夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『invertⅡ覗き窓の死角』2編 あらすじ・解説 シリーズ3作目 城塚翡翠、涙の訳とは?

こんばんは、紫栞です。

今回は相沢沙呼さんの『invertⅡ(インヴァートⅡ) 覗き窓の死角』の感想を少し。

invert II 覗き窓の死角 城塚翡翠

 

シリーズ3冊目、倒叙集2冊目

こちら、2022年9月に刊行された【城塚翡翠シリーズ】の新作。

度肝を抜いた『medium霊媒探偵城塚翡翠

 

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倒叙ミステリの中編集『invert城塚翡翠倒叙集』

 

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に続く、霊媒探偵・城塚翡翠が活躍するシリーズ3作目です。

 

“invertⅡ”ということで、犯人視点の倒叙ミステリ集第2弾。シリーズとしては3作目だけどタイトルに「Ⅱ」とついているのでちょっとややこしいですかね。

2作目と3作目は読む順番を間違えてもさほど支障はないと思いますが、今回もやはり必ず1作目の『medium霊媒探偵城塚翡翠』を先に読んでいないと絶対にダメです。依然要注意。ま、このシリーズはこの先ずっとそうだと思いますが・・・。

 

お馴染みの遠田志帆さんによる美しい装画でして、初回ですとこの絵の限定ポストカードが本に付いてきます。青、赤ときて、今回は黄色の表紙。次は緑ですかね。(今村昌弘さんの『兇人邸の殺人』の時も同じようなこと書きましたが・・・)

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装画を見ておわかりでしょうが、城塚翡翠、泣いております。シリーズ読者としては「どうしたどうした!?」って感じになりますね。もちろん作品内容を表しているものでして、中身を読めば涙の理由が分かりますよ。

 

 

 

 

 

 

 

各話・あらすじ

前作は3編収録の中編集でしたが、今作は2編収録で表題となっている「覗き窓の死角」は300ページほどある長編レベルのボリュームとなっています。

 

では順にご紹介。

 

 

●「生者の言伝」

とある計画を遂行するため、友人の家族が別荘として使っている屋敷に数日間不法侵入していた十五歳の夏木蒼太は、予期せず屋敷にやって来た友人の母に忍び込んでいたところを見つかり、揉み合いの末に刺し殺してしまう。

途方に暮れているところに、嵐で車が故障してしまったので雨宿りをさせてくれと20代と思しき女性二人――城塚翡翠千和崎真が訪ねてきた。

綺麗な年上女性に翻弄され、蒼太は二階に死体を放置したままの屋敷に二人を招き入れてしまうが――。

 

こちら、シリーズ1作目の『medium』よりも以前の、数年前の出来事として書かれています。

犯行の直後によりにもよって名探偵が偶然にも訪ねてきて相手をしなくてはならないという“ついてない犯人”もので、コメディ色が強いお話。

シチュエーションもコメディの描き方も金田一少年の事件簿の短編集に収録されている「殺人レストラン」を彷彿とさせる。

 

作中でも「長寿漫画の高校生探偵かよ」と出て来るので、オマージュ的なものなのかもしれない。

加えて、15歳の少年が美人に好意的な態度をとられてラッキースケベ(翡翠は探るためにワザとやっているんですけどね・・・)展開があるなど、ライトノベル風味も合わさっています。ここら辺の感じは読んでいると女性読者は冷めてしまうかも。このシリーズはいつもそうだって気もしますが・・・。

 

コメディ色が強いので骨休め的なお話かと油断していると、最後に驚かされる。やはりただでは終わらないといった感じ。

蒼太君の計画ですが、何故ここに滞在する必要があったのかがいまいち解らない。蒼太君の嘘をつく時の癖についても、なんとなく分かりはするがキッチリとした明言はなしなので、余韻を残すためなんでしょうが個人的にはもう少しスッキリさせて欲しかったですね。

 

 

 

 

●「覗き窓(ファインダー)の死角」

写真家の江刺詢子は、かつて妹を自殺に追いやった憎い仇であるモデルの藤島花音を殺害するべく入念に練った計画を実行する。その計画は、2週間前に偶々知り合った城塚翡翠をアリバイ証人に仕立て上げるというものだった。

強い動機を持っている詢子が犯人ではないかと疑いを強めていた警察は、アリバイ証人が翡翠だと聞いて驚愕する。確認してみると、翡翠は確かに死亡推定時刻に詢子と一緒にいたので、彼女に犯行は不可能だと断言した。しかし、翡翠の態度はいつもと様子が違っていて――。

 

“覗き窓”と書いてファインダーと読ませるこちら、翡翠のことを名探偵とは知らずにアリバイ工作に利用するという、これまた不運な犯人が描かれていますが、このお話で気の毒なのは翡翠の方なんですよね。

それというのも、犯人の詢子は翡翠にとってミステリ愛好家の同士で友人。見た目と性格のせいでこれまでまともに友人がいなかった翡翠は、詢子と友だちになれてたいそうはしゃいでいたのです。それなのに犯人として対峙しなければいけないというこの仕打ち・・・。いつもと違って詢子に対してはニュートラルな状態で接していた翡翠を最初に見せられるぶん、これは読者も辛い。

犯人の詢子は話が進むにつれ嫌悪感が増していく。やはり復讐殺人を自己満足だと自覚せずに正義だと思っている人物というのは滑稽でしかない。

 

このシリーズですと無闇に期待してしまうものですが、どんでん返し要素はこのお話では薄め。正当な倒叙推理小説ですね。

トリックも本格推理モノの王道的なもので、それこそ【金田一少年の事件簿】などで繰り返しやっているようなトリックなのですが、“翡翠だからこそ”解らなかったのが読者的にも悔しい。このシリーズだからこそのミスリードで「あ~やられたなぁ」といった感じ。

仕掛けよりも、翡翠の人となりなどに重点が置かれていてこれはこれで新鮮で読み応えがある。今までは皆無だった翡翠視点での描写があるのも必見です。

 

事件解決の決め手となる“あるもの”ですが、翡翠も詢子も気が付かないのは若干無理があるなと思う。写真家なら被写体をじっくり見るだろうし、“アレ”をなくすのってショックなんですよ。事件に関係無くっても探せるところは探すだろうし、詢子にも聞くだろうに。

「女性ってこうでしょ?よくわかってるでしょ?」といった感じで思考の仕方、服装やメイクについても細かく書いていますが、こういった部分がやはり突き詰められていないぞと。

同性間での容姿が優れているものへの嫌悪感が描かれがちですが、同性だって群を抜いて美しい女性には憧れるものですし、かわいい女子が好きな女性は案外多いのですよ。

 

後、作中で詢子が考える「ふわふわ女子は本格ミステリを好まない」というのは男性の本格ミステリ愛好家が女性に抱く思い込みの典型でしょ。

前からそうでしたが、女性読者としては諸々男性作家特有の部分が少し引っ掛かりますかね。ま、もっとあからさまな作家もいるのでこれ位は気にするほどでもないかもですが・・・。

 

 

 

 

 

 

人間味のある翡翠・シリーズの広がり

2編収録ではあるものの、今回の本は「覗き窓の死角」がメイン。

今までの翡翠は超絶美女の、ぶりっこ口調と仕草で相手を揺さぶり鋭く真相を見破るという、素が見えにくい探偵役でしたが、「覗き窓の死角」で翡翠の人間的な部分が明らかにされています。美女には美女なりの、能力がある者には能力がある者なりの悩みと葛藤があるらしい。

 

このお話では前からちょこちょこ登場していた蝦名刑事、翡翠に対して否定的なんだか肯定的なんだかよくわからない“めんどうくさい”態度をとる三十代男性刑事・槙野翡翠を徹底的に嫌っている女性鑑識課員の奥谷など、刑事さんサイドが賑やかに。※シリーズ1作目に登場していた鐘場刑事は捜査情報の漏洩問題で部署異動したらしい。

 

翡翠が嫌いつつも協力している警視庁の官僚・諏訪間駕善の登場、翡翠の亡くなった弟、警察と法務省が積極的に翡翠を利用したがる謎など、ここにきて大きくシリーズが広がりをみせてきたなといった感じ。

思わせぶりな描写や事柄がちらつかせられているので、今後のシリーズの動きに期待大です。

 

 

日本テレビ系で10月から『霊媒探偵・城塚翡翠』のタイトルで連続ドラマ化が決定していますが、発表される役者さんがことごとく原作のイメージと真逆なので個人的に困惑しております。これは、“あえて”の真逆キャスティングなのですかねぇ・・・。

1作目の話をやるみたいですが、連ドラでどのようにやるのかも不安。超評判の作品なのでいずれ実写化はするだろうと思っていましたが、やるなら映画だろうと思っていた。ネタ的に・・・。

 

ドラマだけでなく、連載誌「アフタヌーン」にて『medium』のコミカライズが連載開始されています。

作画は乙一作品や『Another』十角館の殺人のコミカライズも担当した清原紘さん。

 

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初回限定のポストカードと一緒にこのコミカライズの広告も本に付いていたのですが、コミカライズのキャラクター像は原作のイメージ通り。原作者の相沢沙呼さん完全監修なんだそうな。相変わらず清原紘さんの絵柄は美麗ですね。

 

 

そんな訳で、小説、ドラマ、漫画と、これからシリーズ自体がどのように動いていくのか気になるところ。なんにせよ、今後とも追っていきたいと思います。

 

 

ではではまた~

 

 

 

『ピンクとグレー』小説 映画 あらすじ・解説 やばい?わからない?違いを考察

こんばんは、紫栞です。

今回は、加藤シゲアキさん原作の『ピンクとグレー』の小説と映画の違いについて紹介していきたいと思います。

ピンクとグレー (角川文庫)

 

先月、映画を観た後に小説を読みました。前に映画のPERFECT BLUEからストーリー着想を得ていると知り、映画の予告も面白そうで気になっていたのですが、やっと観て読んでと出来た次第。

 

原作小説と映画でかなり違いがあるのですが、その違いが何やら興味深い違いだと感じたので、少し考察してみたいなと。

 

ではとりあえず、小説と映画を順にご紹介。

 

以下、小説と映画についてネタバレしていますのでご注意~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小説

 

作者の加藤シゲアキさんはジャニーズ事務所所属のタレントで、アイドルグループ「NEWS」のメンバー。『ピンクとグレー』は2012年に刊行された作家デビュー作ですね。

 

ジャニーズアイドルが小説を出版するということで当時話題になりました。通常は賞を受賞してのデビューが多い文学の世界ですので、受賞なしでの刊行は読書家から否定的に言われることも。賞を取ったら取ったで「話題性で取れたんだろう」なんて意見も出たので、もはやこういった色眼鏡で見られることはこの先も避けられないことなのでしょうが。

 

吉川英治新人文学賞は伝統のある賞なので、話題性だけで取れるなんてことはないだろうし、芸能界は芸術的センスや想像力・創作能力が高い人達が集まる世界なので、お笑い芸人やアイドルの書いた小説が評価されることは不自然なことではないと個人的には思います。

ま、才能があってもなかなかデビュー出来ないとう人がごまんといる世界なので、不公平感は拭えないものでしょうけど。

しかし、1年に一冊ペースで出せているのは凄いですよ。(専業作家さんでも数年出さないって人いっぱいいますからね・・・)今年でもう小説家デビュー10周年なのに驚き。おめでとうございます。

 

 

ストーリーの着想を得たという『PERFECT BLUE』は今敏監督のアニメーション映画で、芸能界に身を投じる主人公が精神的に追い詰められていくサイコホラーの傑作ですが、

 

 

『ピンクとグレー』は芸能界が舞台の青春小説。

色眼鏡云々はさておき、現役アイドルが芸能界舞台の小説を書くというのは興味をそそられる。

 

幼馴染みである河田大貴(りばちゃん)と鈴木真吾(ごっち)の二人は、高校生の時に共に読者モデルとして声をかけられたことをきっかけに一緒に芸能活動をスタートさせるが、いつまでも業界でぱっとした仕事にありつけない大貴と猛烈にスターダムを駆け上がっていく真吾との間には徐々に距離広がっていき、やがて別れが訪れる――。

 

という、ありがちですが設定を聞いただけで苦しくなるような切ない青春物語ですね。

 

『ピンクとグレー』というタイトルは、曖昧な二人を中間色の二色で表しているということらしい。

文庫版は単行本から改稿されていまして、作者の加藤シゲアキさんのあとがきとインタビューが収録されています。

 

 

物語の語り手は終始大貴で、本の三分の二は大貴が真吾(ごっち)と過した日々を出会った小学生時代からトビトビに回想している様子が描かれていく。

学生時代の様々な出来事、一緒に芸能事務所に入っての同居生活、幼馴染みのサリーとの恋、「白木連吾」(芸名)としてどんどん売れていき変わっていく真吾、真吾への劣等感と売れない焦りから鬱憤をためていく大貴、二人の衝突と決別、数年後に再会して再び親友同士として笑い合う二人・・・・・・

 

と、青年二人の青春が描かれる訳ですが、ここで事件が起きる。再会した翌日に、真吾は首を吊って自殺してしまうのです。「最後の白木連吾はりばちゃんに決めて欲しい」と6通の遺書を大貴に託して。

 

相応しいと思う遺書を選び、“白木連吾”として綺麗に真吾の遺体を整えた後に警察に連絡した大貴は自殺幇助などの疑いで留置場に。出て来てみると、大貴は自殺した大スター白木連吾のイケメンの親友として話題になっており、白木連吾絡みの仕事が次々舞い込むようになった。

 

「白木連吾とのことを書いてみないか」という誘いに乗り、大貴はノンフィクション小説を執筆。本はたちまちベストセラーとなり、今度はこの本を原作とした映画化の話が持ち上がる。白木連吾――ごっちを大貴が演じるという提案で。

 

その提案を受け入れた大貴は、撮影でごっちを演じることで同化するように危うい精神状態となっていく。そして、首を吊る場面の撮影時に本当に首を吊ろうとして意識が遠のき――

と、物語は大貴の生死が確りと分からないままに終わっています。

 

 

つまり、三分の二までの内容は大貴が書いたノンフィクション小説で、残りの三分の一は本発売後の大貴が現在体験している出来事ですよという構成になっています。たぶん。(どこの章までがノンフィクション小説として出版した部分なのかが、読んでいてもよく分からないのですよねぇ・・・)

 

本を書くことで追想し、演じることで追体験をする。

 

簡単にいうと、“なぜ親友は死を選んだのか”という謎を知るために、アレやコレやと試行錯誤する様が描かれている物語ですね。

 

ここで終わっている小説に対して、映画では“その後”、追体験した後の結果が描かれています。

 

 

 

 

 

 

 

映画

 

2016年公開のこちらの実写映画、「幕開けから62分後の衝撃!!ピンクからグレーに世界が変わる“ある仕掛け”に、あなたは心奪われる――。」という謳い文句がついていました。

 

“62分後の衝撃!!”とはどういうことだ?

なんですけども、この映画、前半の62分まで原作に沿ったストーリーが描かれるのですが、首を吊るシーンのところでカットがかかり、撮影終了のクランクアップ風景が映し出される。

 

つまり、ここまでは映画の撮影でした~と。ごっち、スターの白木連吾だと思っていた人物(中島裕翔)が、実は売れない友だちの方のりばちゃん(菅田将暉さんが演じていた方)でしたよ~と。観ている者があっけにとられるどんでん返し的仕掛けとなっています。

 

かなり大胆で面白い構成ではありますが、捉え方によっては鑑賞者をこけにしたような仕掛けなので、この時点でかなり評価が分かれる映画なのですけども。(前半丸々ですからね・・・)

原作小説では終盤での出来事だった【大貴が白木連吾役を演じる映画の撮影】が、この映画では前半部分になっている訳です。

 

じゃあ、残った後半の1時間ほどは何をするのかというと、映画撮影を終えた後の大貴の様子、死んでしまったごっちに囚われていた大貴が苦しみながらも乗り越える様、“二人の本当の別れ”が描かれる。

 

 

 

 

 

「しょーもな」

小説と映画で構成もテーマも違いはしますが、“なぜ親友は死を選んだのか”という謎を知るべく、ごっちのことを理解しようとアレコレしている点は共通しています。

 

大貴としては、業界に翻弄され変わっていく自分に嫌気がさした、芸能界でスターとなったことで友人や恋人と決裂してしまったことなどが理由なのではないかと、自分が知っているかぎりのごっちとの出来事を回想していくのですが、そこには「自分の存在が良くも悪くも相手に影響を与えていて欲しい」という願望がある。

 

数年ぶりに再会して盛り上がった翌日に死なれて、「最後の白木連吾はりばちゃんに決めて欲しい」と遺書を託されたのですから、大貴がある意味“思い上がってしまう”のもしょうがないことですよね。

 

しかし、後になってごっちのお母さんから渡されたビデオテープを観て、ごっちの自殺には年の離れた姉の存在が強く関わっていたのだと知る。

ごっちは姉を行動の指針としていた人物で、幼少期にダンスのステージ上で転落し亡くなった(※原作では転落後、病院でチューブを切って自殺。映画では自ら転落してそのまま亡くなる)姉を知りたいとステージの世界に飛び込み、生前姉が言っていた「やらないなんてない」の言葉の通りにその世界で行動力を発揮していた。

 

そして、姉が死んだのと同じ年齢になったら死のうと、前々から決めていた。

 

小学校の時からの幼馴染みで、一時期同居生活もしていて、スターの「白木連吾」ではない本来のごっちのことならば自分が誰よりも知っていると思っていた大貴ですが、ごっちがここまで姉に影響を受けている人物だとはまるで知りませんでした。大貴はその事実に打ちのめされる。

他人を理解しようとする行為の徒労感・むなしさを叩きつけられるのですね。

 

このごっちのお姉さんですが、これがまた死んでしまった理由がわからない。こうすればステージで高く飛べる「やらないなんてない」と、決行してしまったということなのかなぁ~・・・と、ボンヤリと想像することしか出来ないのですね。

はっきりとわからないからこそ、ごっちもここまで囚われてしまったのでしょう。姉が生きた年齢までしか生きないと決めるほどに。

 

自殺してしまったごっちのことを理解しようとしていた大貴だったが、ごっちはごっちで自殺してしまった姉を理解しようとしていた。なんとも皮肉な、言ってしまえば「しょーもな」なお話。

 

 

小説では、大貴はこの事実を映画撮影中に知っています。知った上で首を吊るシーンの撮影に臨み、ごっちと同一化して“本当の共演”を果たせた感覚を得て終わる。

しかし、この同一化で表現されているごっちの思考も、結局は大貴の願望からくる妄想にすぎない。死者が最後に何を想っていたのかは、死者にしかわからないこと。残された者は想像することしか出来ないのですから。

 

 

映画ですと、撮影終了後にこの事実を知り、周りから「白木連吾」の話を聞いて、自分の行為のむなしさを実感し、「しょーもな」とごっちの幻影と決別し、先に進もうとするところで終わります。

 

 

 

 

違いを楽しむ

小説ですが、各章が年齢と飲み物で、最後の章が「27歳と139日 ピンクグレープフルーツ」となっているのは凝っているし洒落ていて良いなと思うのですが、回想部分と違う部分とでごちゃごちゃとしていて読みにくい。

上記したように、“どこまでが小説として出版した部分か”も、もっと分かりやすくしてハッキリと二部構成にした方が作品としてまとまったのではないかな~など、面白いのだけれど、もっと面白く出来たのではないかという気がする。

デビュー作だし、狙って分かりにくくしているのかも知れませんが。

 

小説は最後死んだかどうか気になるところかと思いますが、スタッフに引き下ろされる時に意識があるので大丈夫だったのではないかというのに私は一票。

 

 

大胆に構成を変えているものの、映画はその点分かりやすいです。タイトルに引っ掛けて画面の色を変えているのは表現として面白いし、原作で幼少の大貴が言っていた「しょーもな」というセリフで冒頭と最後を繋いでいるのも作品のまとまり方として良いと思う。

映画には原作者の加藤シゲアキさんがカメオ出演しているのですが、私は初見では気づけなかった・・・。横断歩道でのシーンのようです。気になる方は是非探してみて下さい。

 

行定勲監督は叙情的で綺麗な映像を撮るのが特徴ですが、ベッドシーンなど性的な部分は誤魔化さずに割と赤裸々に撮る監督でもあり、この映画も出演者のファンなどは衝撃を受けますかね。検索すると「やばい」と出て来るのはそのせいでしょうか。一応R指定はないのですけど。

 

“6通の遺書”は興味を惹く設定なのですが、原作小説も映画もこの設定を活かしきれていない印象。映画だと6通の遺書の内容が明かされないままですしね。なら6通出してくるなよと思う。

小説の方ですと6通全部の内容がちゃんと書かれていますよ。

 

 

 

 

ダラダラと書きましたが、このブログでとりあげているのはほんの一部。『ピンクとグレー』は他にも様々な要素が描かれた青春物語です。

「わからない」「理解できない」となる人もいるでしょうが、小説も映画も色々と考えさせられる考察しがいのあるものとなっていますので、気になった方はセットで是非。

 

 

 

 

ではではまた~

『落日』湊かなえ あらすじ・考察 イヤミスじゃない!?一気読み推奨ミステリ

こんばんは、紫栞です。

今回は、湊かなえさんの『落日』をご紹介。

落日 (ハルキ文庫 み 10-3)

 

あらすじ

長年下積みをしつつも世に出るチャンスをなかなかつかめずにいる新人脚本家・甲斐千尋(本名・甲斐真尋)の元にある日、デビュー作が評価され大注目を浴びている新進気鋭の映画監督・長谷部香から「新作の脚本について相談させてほしい」とメールが届く。

 

十五年前、引きこもりの男性が自宅で妹を刺殺後に火を放ち、就寝していた両親もろとも死に至らしめた『笹塚町一家殺害事件』。

 

すぐに犯人の立石力輝斗が逮捕され、とっくに裁判で死刑判決が確定しているこの事件を題材に、香は新作を撮りたいらしい。それというのも、香は事件が起こる以前、五歳の時に一時期笹塚町に住んでいて、立石一家とは同じアパートだったのだという。被害者の妹とは少しばかりの面識もあったらしい。

香が真尋にメールを送ってきたのも、千紘が笹塚町出身だと知ってのことだった。

 

「知りたい」と必死な様子の香に気圧され、「無理に蒸し返す必要はない」と思う千尋はあまり前向きな気持ちになれないながらも『笹塚町一家殺害事件』について調べ始める。すると、思いもよらぬ証言が次々と出て来て――。

 

隠された真実にふれていく真尋と香。二人がたどり着いた「真実」、「物語」とは――。

 

 

 

 

 

 

 

「映画」と「裁判」

『落日』は2019年に刊行された長編ミステリ小説。WOWOWで連続ドラマ化が決定しています。

WOWOW湊かなえ作品が連続ドラマ化されるのは『贖罪』

 

『ポイズンドーター・ホーリーマザー』

 

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に続き3作目ですね。

 

作者へのインタビューによると、

「今回は、版元の社長から“裁判”、担当編集者から“映画”という言葉をいただき、なら裁判シーンのある映画を作る話にしようと思いました」

とのことですが、十五年前に起こった『笹塚町一家殺害事件』を題材に映画を作りたいと映画監督の香に協力の申し出を受けた脚本家の真尋が、地元である笹塚町の人たちに立石一家、主に被害者で犯人の妹である立石沙良についての話を聞いていくというストーリーですので、実際は映画を作るために取材をする物語ですね。

 

テーマは“裁判ではわからない隠された真実”。

 

色々と伏線が散りばめられ、あらゆる人物・出来事が繋がりに繋がっていくのが見事な作品なのですが、レビューを見てみると「何がなんだかよく分からなかった」との意見が割とある。

これは、本が400ページ以上あり、中盤は中だるみともとれる展開をするので、休み休み読んで分からなくなってしまうということだと思います。

人間関係などが複雑に入り組んでいるので、読む期間を空けちゃうと思い出すのに苦労するかなと。私は時間があって一気読み出来たので、把握するのに苦労はしなかったのですが。なので、出来れば一気読みがオススメの作品ですね。

 

イヤミスで有名な湊かなえさんですが、今作はイヤミスではありません。(見方を変えればイヤミスではあるかも知れませんが・・・)

読後に溢れる感情は嫌悪感ではなく感動です。イヤミスが苦手な人にも安心してオススメできる貴重な(?)湊かなえ作品ですね。

 

 

 

 

 

二人の主人公

物語は全六章。各章の語り手は一貫して真尋なのですけども、各章の前に香の幼少から現在に至るまでの「エピソード」が挿入されているという、二つの視点・それぞれの物語が交互に描かれ、同時進行していく構成になっています。

 

こういった構成は湊かなえ作品でよくなされるもので、それぞれの物語が同時進行しながら最終的に一本に繋がっていく仕掛けは、湊かなえミステリの特徴の一つ。

 

既に刑が確定していてひっくり返ることはない事件を調べるというストーリーなので、ドキドキハラハラといった緊迫感はありません。そのぶん、人間ドラマに重点が置かれた作品となっています。

 

描かれるのは、『笹塚町一家殺害事件』を通しての甲斐真尋と長谷部香、二人の物語

 

これから自殺をしようとしている人々の人生の最後を終えるまでの最後の一時間をドキュメント形式で描いた初監督作品「一時間」が海外の大きな賞を取り、注目されている駆け出し映画監督・長谷部香は、才能に加えて美貌にも恵まれていながら、どこかオドオドしていて余裕のない人物。

 

幼少期、教育熱心な母親から問題を間違える度にアパートのベランダに閉じこめられるという仕打ちを日常的に受けていた香には、ベランダを区切っている板ごしに手だけを触れ合わせてコミュニケーションを取っていた友だちがおり、その子の存在が幼少の香にとっては心の拠り所となっていた。

後になってその子が一家殺害事件で殺害された立石沙良だったということが分かり、「彼女がどう生きたか、彼女を殺害するに至ったお兄さんはどんな人だったか、何故彼女は殺されなければならなかったのかを知りたい」と、『笹塚町一家殺害事件』を題材に映画を撮りたいと考える。

 

 

対して、遙か前に二時間ドラマの脚本を手掛けて以降、目立った成果が出せておらず焦っている新人脚本家・甲斐真尋は、「知りたい」と息巻く香に「知ることがそれほど大事だとは思っていない」と言って持ちかけられた仕事を断る。

 

結局、業界関係者の元彼に「こんなチャンスを逃すなんてどうかしている」と言われて後ろ向きながらも引き受けることになるのですが、「知りたい」という気持ちが創作の原動力となっている香と、見たい物だけを見せる「現実を忘れさせてくれる娯楽」が創作意欲の千尋とで対比的に描かれています。

 

真尋に現実逃避的な思考が強いのには“ある出来事”が大きな影を落していて、事件に向きあうことで真尋が目を背けていたものも明らかになっていく。探っていくうちに思わぬ真実が浮上し、無関係だったはずの『笹塚町一家殺害事件』は真尋自身の物語となる。

 

作者の湊かなえさんは脚本家でもあるので、業界の話などは実体験が盛込まれているのかと思えてリアリティを強く感じられます。真尋は若干作者の自己投影がされているかもですね。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~ ※最後の真相には触れていません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「事実」と「真実」

 

「この認識が合っているかわからないけど、実際に起きた事柄が事実、そこに感情が加わったものが真実だと、わたしは認識している。裁判で公表されるのは真実のみでいいと思う。そうしなきゃ公平とは言えない。だけど、人間の行動には必ず感情が伴っている。そこを配慮する必要があるから、裁判で問われることも真実の方でなければならないのだろうけど、果たして、それは本当の真実なのかな」

 

これは第四章で香と真尋が裁判所でいくつかの裁判を傍聴した際に香が言うセリフ。

 

『笹塚町一家殺害事件』は、世間にはアイドル志望で夢と希望に溢れていた女子高生の妹を、無職の引きこもりで家族を困らせていた兄が刺殺し、家に火を放ったことで就寝中だった両親も殺すことになった事件といったように認識されている。

 

捕まった力輝斗は死刑を望み、あまり多くを語らなかったので「事実」から分かることだけが公表されそのように認識されるのに拍車をかけたのですね。

 

 

話が進行するにつれ、妹の沙良には嘘をつき周りを陥れて楽しむ虚言癖があったこと、日頃から沙良は兄の力輝斗には辛くあたっていたこと、両親は昔から沙良ばかりをかわいがり、力輝斗を疎外していたこと、香の幼少の頃の“板ごしの友だち”は沙良ではなく、虐待を受けていた力輝斗の方である事などが明らかに。

 

ここまででも当時報道や裁判で世間が受けた印象とはだいぶ違うことが分かり、事件の見え方がすっかり変わる訳ですが、最終的に力輝斗が沙良を殺害するに至ったのにはある“決定的な出来事”があったのだと、終盤でさらに驚きの真相が判明。その出来事は実は千尋のすぐそばで起こっていて・・・・・・。

 

と、これらの過程が様々な仕掛けを用いて描かれていて読者を引き込むのですが、苦境や内情が知れたところで、立石力輝斗が妹と両親を殺害した「事実」は変わらない。

 

いまさら判決が覆ることもないし、香や真尋がやっていることは端から見れば無駄なことなのです。それでも「事実」ではなく「真実」を知ることで香と真尋は当事者たちの気持ちを想像し、痛みを受けながら自分が今まで抱えていた問題に向きあう道を進む。

 

『落日』というタイトルは、舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』の劇中歌「サンライズ・サンセット」のイメージでつけられているのだとか。


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“再生に繋がる一日の終わり”という希望が込められたタイトルなのですね。

 

 

香に関しては、「家族」「母娘」「毒親といった、湊かなえさんが繰り返し描いてきたテーマがフルで詰められている印象。

 

湊さんは“嫌な母親”を描くのは天下一品なのですが、父親に関してはいつもさほど踏み込んで描かれないのですよね。今作ですと、香は自殺した父親のことを引きずっているという設定なので他作より父親に対しての描写が多いとは思いますが、やはり深く踏み込んではいない感じ。

 

どんでん返し系の仕掛けに関しては、この手のミステリを読み慣れている読者なら容易に解るものだと思います。真尋の姉についてなど、すぐにピンとくるかと。

色々な伏線・人物が繋がっていくのが面白い作品ではありますが、あまりにも諸々繋がりまくるので、「偶然にも程がある」と呆れる読者もいるやもしれません。

 

中だるみを感じさせるのは主に上記した裁判所での傍聴シーンなどだと思いますが、作者としては今作のテーマを示すためにも絶対に入れたいシーンだったのだと思います。退屈かも知れませんが、テーマがわかりやすくなって良いのではないでしょうか。

 

 

個人的に“力輝斗が善人、沙良が悪人”と、あまりにクッキリハッキリと見えるように描かれているのはリアリティがないかなと気になりました。

これはしかし、真尋が想像で補っているということでこうなっているのでしょうが。真尋が行着いた「物語」がこれだということで、あくまで真尋がふれた真実から導き出した創作なのですね。

 

 

“裁判ではわからない隠された真実”というテーマの他にも、“なぜ創作をするのか”にもじっくり目が向けられている作品。

イヤミスではありませんが、湊かなえ作品の特色・醍醐味がまるっと味わえる作品になっていますので、気になった方は是非。

 

 

 

ではではまた~

 

 

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『invert 城塚翡翠倒叙集』“あの”メディウム続編!3編あらすじ・感想

こんばんは、紫栞です。

今回は相沢沙呼さんの『invert(インヴァート)城塚翡翠倒叙集』をご紹介。

invert 城塚翡翠倒叙集

 

まさかの続編

こちら、ミステリランキング5冠を獲得し、2020年のミステリ界で話題を攫いまくった長編小説で2022年10月から連続ドラマ化も決定した『medium霊媒探偵城塚翡翠

 

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の続編で、霊媒師の城塚翡翠が探偵役として活躍するミステリ中編集。前作の仕掛けが仕掛けなので、ネタ的に続編は難しいだろうと読者の誰もが思ったことでしょうが、まさかの続編です。

 

タイトルの「invert」(インヴァート)は逆さ・裏返し・反対・逆転という意味で、倒叙推理小説は英語で「invert detective story」と書く。今作は3編収録の中編集ですが、すべて犯人視点で物語が進行する倒叙モノに特化した本になっています。

 

この本を読むとやはりどうしても前作のネタバレはくらってしまうので、絶対に先に『medium霊媒探偵城塚翡翠』を読まなければダメ。もう、絶対、絶対に読む順番は間違えないようにして下さい!一作目の驚きが台無しになります。

今作の最初にも

*この作品は『medium霊媒探偵城塚翡翠』の結末に触れています。未読の方はご注意ください。

と注意書きもありますので。とにかく厳守で。

 

 

 

 

 

 

 

各話・あらすじ

 

上記の理由で、前作を読んでいない人はこれから紹介するあらすじにも注意ですので悪しからず。

 

 

●雲上の晴れ間

ITエンジニアの狛木茂人は、幼馴染みで会社社長である吉田直政を自宅風呂場での事故に見せかけ殺害する。念のために死亡推定時刻に“社内にいなければ絶対に出来ない作業をしていた”という鉄壁のアリバイを用意し、無事事故で処理されそうだと安心していた狛木だったが、隣の部屋に越してきた美女・城塚翡翠が「私には霊感がある。あなたの部屋を訪ねたときに男の人の霊が視えた」と言い出して――。

 

わざわざ隣人のふりして近づく翡翠。恋愛慣れしていない若い男性という、非常に翡翠が手のひらで転がしやすそうな犯人で、実際モロに思いのままになっている。まったく、こんな都合良く男性の妄想みたいな女子が好いてくれる訳ないだろうに。気が付きなさいよ。

最後、「女性というのは、恐ろしいですね」と言う狛木に対し、翡翠が「女性が恐ろしいのではありません。わたしからすれば、男性が愚かなのです」と返答しているのが正にって感じ。

アリバイトリックはプログラミングに関するものですが、専門知識がなくても容易に解けるものになっていますかね。なので、物証当てがメインの物語となっています。

 

 

 

●泡沫の審判

小学校教諭である末崎絵里は、元校務員で卑劣な犯罪行為を繰り返している田草明夫を夜の学校で殺害する。窃盗目的で学校に侵入し、逃げる際に転落死したのだろうと警察が判断しようとしたところに城塚翡翠が現われ、「これは、殺人事件です」と断言。翡翠は事件を探るためスクールカウンセラーとして小学校に潜入し、末崎を苛つかせて揺さぶりをかけるが――。

 

わざわざスクールカウンセラーになって犯人に近づく翡翠。事件解決後も契約期間終了までは勤めるというのだから、ようやる。

頭の硬い女性教諭が相手ということで、いつものぶりっ子キャラとは変えるのかとも思いましたが、いつも通りのキャラクター設定で犯人をイライラさせることで揺さぶりをかける戦略。女性視点だと翡翠のあざと女子の振る舞いは本当にイラッとくる。男性視点だと「バカだなぁ、男って」なんですけど。

卑劣なことをしている田草から子供たちを守りたかったという犯行理由なのですが、殺さなくっても何とでもやりようがあっただろうとどうしても思ってしまう。末崎は自分が盗撮された写真が警察に見られるのも承知の上での犯行をしているので、田草の脅迫が恐ろしかったという訳でもないだろうし、余計に。

 

 

 

●信用ならない目撃者

元捜査一課の刑事で、今は表向き探偵社の社長をしながら裏で脅迫によって荒稼ぎをし、“犯罪会のナポレオン”とも喩えられる雲野泰典は、裏家業の事実を知った部下の曽根本を殺害する。

捜査一課時代の知識と経験を駆使し、自殺に見せかけた完璧な殺害計画を実行した雲野だったが、向かいのマンションの住人に犯行を一瞬目撃されたかも知れないという懸念が残った。すると数日後に、会社に刑事と共に訪ねてきた捜査協力者で殺人事件ではないかと疑う城塚翡翠から「男が拳銃を手にしていたという目撃証言がある」と聞かされる。しかし、目撃者は決定的な場面は目撃しておらず、酒で酔ってもいたため証言は曖昧らしい。

現場には証拠はなにひとつ残されていない。事件を左右するのは目撃証言のみ。

雲野と翡翠はそれぞれに目撃者の女性に接触。目撃証言を巡る闘いが始まるが――。

 

男性の犯人であるものの、犯罪慣れしていて(※殺人を犯すのはこの事件が初)、年齢高めで人生経験豊富、霊能力もまったく信じていないしで、翡翠の今までのキャラクター設定で懐柔するのは困難な相手。読んでいて「そうだよね、チョロい男性ばっか出してる訳にいかないよ」ってなった(^_^;)。

目撃者は涼見梓という30代の女性なのですが、目撃したものを思い出してもらおうとする翡翠と、勘違いだったと思わせようとする雲野とで目撃者へのアプローチ合戦をするのが主となっています。

普通は目撃者にわざわざ近づくのは犯人の立場からするとリスキーだろうところですが、雲野は“犯罪会のナポレオン“とかいわれて犯罪者として(?)自信に満ちあふれるので(目撃されている時点でどうなの?ですが)、大胆にも目撃者に恋愛的アプローチをしちゃう。やめときゃいいのに・・・。

 

収録されている作品の中では一番ページ数があり、先の2編のほぼ倍の長さ。この中編集のメインともいえるお話で、仕掛けの驚きもふくめてもっとも“城塚翡翠らしい”ものとなっていて読みごたえもあります。

 

 

 

 

 

 

以下、若干のネタバレ~※事件の真相には触れていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カマトト探偵

今回の中編集は倒叙に特化しているからなのか、日本人の間では倒叙モノで一番馴染みがあるだろうミステリドラマ古畑任三郎へのオマージュが多々あります。

 

3編ともパターン化されていまして、犯人が殺人を犯すところからスタートし、主に犯人の視点で物語が展開されるなかで、翡翠と世話係兼助手である千和崎真の二人の会話がちょこちょこ入る。最後の解決編で犯人と翡翠で1対1の対決。エピローグで翡翠と真の会話で終了という流れ。

 

解決編の前には翡翠から読者への挑戦状のような芝居がかった口上があるのですが、古畑任三郎を意識したというか、翡翠がわざとらしく真似していまして、部屋の明かりも一々消したりする。

独特のキャラで犯人を苛つかせつつ揺さぶりをかけるのも古畑的ですかね。

 

 

翡翠と真、女性二人のコンビ色が強い作品にもなっています。

 

今作は前作の『medium霊媒探偵城塚翡翠』の続編ということで、読む前から読者の期待のハードルがむやみに高くなってしまっています。

前作が驚愕の仕掛けで読者をアッと言わせているぶん、どうしても前作と同等レベルの驚きを続編の今作に期待してしまうのですね。

 

正直、前作ほどの衝撃はないのですが、今作は3編目の「信用ならない目撃者」に前作と同種の驚きを与える仕掛けが施されています。

「信用ならない目撃者」でのミステリ要素が突出しているのはもちろんですけど、先の2編「雲上の晴れ間」「泡沫の審判」倒叙モノとしては正統派、言うなれば“普通の推理小説”なのがこの本の最大の引っ掛けとして作用している。

二つ続けて正統派を読んだ後なので、3編目も同じようなミステリなのだろうと思ってしまうのですね。

 

先の2編も推理小説として充分に完成されたものなんですけど、3編目を読んで“城塚翡翠”で読者が期待するミステリが得られて「やっぱり最後にやってくれましたか」となる。

 

個人的に、翡翠の“霊媒探偵”としての特色が薄いのが少し残念でしたね。奇術のシーンや怪異に見せかける演出なども今作ではさほど披露していないので、霊媒探偵”というより、抜群の容姿を駆使してぶりっ子を演じることで相手に取り入る、もしくは苛立たせて油断させる“カマトト探偵”といった感じ。

作中でも真ちゃんに

「殺人鬼と恋愛ごっこをすることでスリルと快感を得るドS探偵」

とか言われちゃっていますが、なんか、本当にそうだなと。

 

それもあってか、前作以上に翡翠の口調とかに本気でイライラしてしまった。相手を煽りまくる態度は前作では状況が状況だったので爽快さがあったのですが、今回は最初からネタが割れている状態ですからねぇ・・・。人によってだいぶ好みが分かれる人物像になっていると思います。

苛立たせるために効果的だとして「はわわ」「あれれ」などと言うのですが、現実でそんな口調をやられたら、男女問わずにおかしい人だと距離を置かれると思う。(私はコ○ン君が「あれれ~」と言うのも毎度少し苛ついてしまう)

いくら美人に言い寄られて浮かれ頭の男性でも一気に冷めるでしょうに。

それともこれがリアルで、愚かな男性はわざとらしすぎるあざと女子も見抜けないものなのでしょうか。そうなら、とても嫌な現実ですけども・・・どうなのでしょう?

 

 

翡翠と真のやり取りも漫画的というか、わざとらしさがあって私としてはちょっと「うーん」だったのですが、真が翡翠の世話係兼助手になった経緯がそれなりに何かありそうなのにまだいっさい明かされていないので、シリーズはまだ続けるつもりなのかもしれません

・・・・・・・と、思っていたら、2022年9月18日にこのシリーズの第三弾が発売予定だそうです。

 

タイトルが「invert」なので、また倒叙もののようですね。

※読みました!詳しくはこちら↓

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この手の仕掛けの推理小説は冊数を重ねるごとにハードルが上がって作者的に苦しくなりそうですが、相沢沙呼さんの手腕に期待したいですね。ドラマも放送されることですし。

 

 

前作『medium霊媒探偵城塚翡翠』を読んだ方はこちらの続編も是非。

 

 

ではではまた~

 

 

 

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『夜市』小説 あらすじ・感想 怖い。けれども美しい幻想ホラー 夏のオススメ本~⑧

こんばんは、紫栞です。

今回は、夏のオススメ本で恒川光太郎さんの『夜市』(よいち)をご紹介。

夜市 (角川ホラー文庫)

 

傑作幻想ホラー小説

『夜市』は2005年に刊行された中編小説集。第12回ホラー小説大賞受賞作し、第134回直木賞候補にもなった「夜市」と、書き下ろしの「風の古道」が収録されている小説集で恒川光太郎さんのデビュー作。

 

「夏なので有名ホラー小説読みたい!」とネットで検索した際、残穢

 

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と同様に各サイトでオススメされていたので、この度読んでみました。

 

中編で、「夜市」が70ページちょっと、「風の古道」が100ページちょっとといったボリュームですが、2編とも計算し尽くされた無駄のない構成と、幻想的な世界観、哀しく切ない読後感で、とんでもなく素晴らしく美しいホラー小説となっています。

賞の受賞も名作と謳われるのも納得の作品ですね。

 

 

 

 

各話・あらすじ

 

●「夜市」

大学二年生のいずみは、高校時代の同級生である裕司から「夜市に行ってみないか?」と誘われる。裕司に連れられて夜に岬の森へ行ってみると、そこでは人ならぬものが様々な品物を売る市場が開かれていた。

どうやら異界であるらしいこの夜市では、望むものが何でも手に入るという。

裕司は小学生の頃に夜市に迷い込み、「現世に戻るためには買い物をしなければならない」と言われて一緒にいた幼い弟を売って「野球の才能」を買ってしまった。現世に戻ると、裕司の弟は最初から“存在していない”ことになっており、裕司は確かに野球部で活躍することが出来たが、弟を売ってしまった罪悪感は消えることなく裕司を苛んだ。

裕司が今夜、夜市を訪れた目的。それは弟を買い戻すことだった――。

 

弟を買い戻すのにわざわざ事情を知らないいずみを付き合わせるという時点で読者は悪い予感がするかと思いますが、その悪い予想は痛切に翻される。そこで終わっても短編として十分完成されたものとなるところでしょうけど、この物語はその先にさらに驚愕の真相があり、それでいて蛇足感がまったくない。物語の完璧な構成に感服します。

 

夜市の設定からして「欲」がテーマの一つとして描かれているので、ホラー小説を読んでいる意識もあって人間の悪意や邪さが垣間見える展開だろうと思ってしまうところですが、この「欲」の描き方も読者の予想を超えた描き方をされていて驚く。

“ここでは無欲なる者はどこにも行けない。”という一文で納得すると同時に深い哀しみに襲われるラストですね。

 

「夜市」は映画化の話が過去にあったようですが頓挫したんだとか。二時間でやるには話を膨らませないと厳しいとは思いますが、一時間のドラマとかには凄く向いてそう。民放向きではないかもですけど。アニメ映画にも向いてそう。世界観がちょっとジブリぽさがある。

 

2018年に奈々巻かなこさん作画で漫画化されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

●「風の古道」

「私」は七歳の時、公園で父とはぐれて不思議な道に足を踏み入れた。その時はお稲荷さんの裏から出て自宅に戻ることが出来たが、後になって、あれはどうやら現実に存在する道ではないようだと幼いながらに悟った「私」は、禁忌のように誰にもその道のことを話さずにいたが、12歳の夏休みに心霊スポットの話になって思わず親友のカズキにその秘密の道のことを話してしまった。

話を聞いて面白がったカズキに「今からその道に行ってみよう」と提案され、「私」はカズキを連れて再びお稲荷さんの裏に訪れた。秘密の道に入ることが出来た「私」とカズキは、最初のうちはお化けが通る異界の道を冒険し楽しんでいたが、いくら足を進めても道の出口にたどり着くことが出来ずに途方に暮れる。

道にあった茶店で店主と客に話を聞いてみると、ここは「古道」といわれる大昔から日本にある道で、決して普通の人間が足を踏み入れたてはいけない特別な道であり、正式な出口まではまだまだ相当距離があるという。

その晩は茶店に泊めてもらい、翌日「私」とカズキは茶店の客だったレンに案内してもらい、出口を目指すこととなった。

しかし、その道中で思わぬ災厄に見舞われて――。

 

 

異界の「道」が舞台の物語で、すぐ其処に現世が見えているのに向こう側からは認識されないし戻れないというのが面白い。

物語は「私」の回想話となっていて、序盤は「私」とカズキの夏休みの不思議体験ってな感じでノスタルジックに、途中から古道の永久放浪者であるというレンの出生とそれに絡んだ物語が展開される。

このお話も「ああ、アレがコレに、ソレがアレに繋がるのね」といった具合に無駄のない構成で、美しい世界観だけでなくエンタメとしても愉しませてくれるものになっています。カズキの顛末とレンの辛いけれども愛情に溢れた出生話が泣ける。

“道は交差し、分岐し続ける。一つを選べば他の風景を見ることは叶わない。”

恐ろしくも儚い、やるせない人生の一場面を描いた物語ですね。

 

「風の古道」は2006年に木根ヲサムさんが「ネモト摂」名義で漫画化。週刊ヤングサンデーにて全5話の短期連載でした。

その後、設定や登場人物を一部引き継いだ形で2007年に「まつはぬもの~鬼の渡る古道~」というタイトルで漫画化されています。

 

 

こちら、なんとアクションものになっているのだそうで、原作とはかけ離れた作品なんだそうです。確かに表紙だけみても如何にも少年漫画といった雰囲気。

 

最初に「風の古道」というタイトルで連載されたものは原作に忠実なものだったようですが、こちらはどうやらコミックが刊行されていないようで今となっては読むのが難しいみたいです。

 

 

 

 

異世界と現世

「夜市」も「風の古道」も民俗学などから題材をとり、さらに発展をさせた異世界と現世の物語となっています。

構成の素晴らしさに唸らせられますが、エンタメ的な面白さだけでは終わらない感慨深い読後感がとにかく良い。哀しくも美しい、だからこそ怖いという紛れもないホラー小説ではあるものの、恐ろしさを凌駕する切なさと感動のある幻想小説でもあります。

 

ストーリーだけでなく、幻想的な世界観と文体がたまらない2編ですので幻想文学好きやホラーが苦手な人にも読んで欲しい作品。夜、薄暗い部屋でムードたっぷりのなか読むのがオススメです。

 

この夏、是非いかがでしょうか。

 

 

 

 

ではではまた~

 

 

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『ダイナー』映画 ネタバレ・感想 ひどいのか?面白いのか?奇天烈映画

こんばんは、紫栞です。

今回は、映画『Dinerダイナー』を観たので感想を少し。

Diner ダイナー

 

平山夢明さんの小説『ダイナー』の実写映画化作品ですね。原作小説については前にこのブログで記事を書いたんですけど↓

 

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映画化で興味を持って読んでみたら、す~ごく面白くって感銘を受けまして、大好きな小説となりました。

しかしながら、読むきっかけとなった映画に関しては、公開と同時に酷評の嵐でレビューもさんざんだったので、観るのを躊躇していたんですよね。原作が気に入りすぎたので余計に・・・。アマゾンプライムで見放題対象になっていたので、やっとこさ観てみました。

 

 

観てみての率直な感想としては、まぁ、評価が低いのも頷けるというか、原作ファンは到底納得しないだろうし、原作をまったく知らない人も「なんじゃコリャ」と思うような映画になっているな~と。

しかし、全部ひっくるめてこの奇抜さがとにかく好きだという人もいるだろうとも思う。とにかく、好き嫌いがハッキリ分かれる作品ですね。

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

原作も世界観は独特なのですが、この映画は原作とはまた別の方向に独特です。

ティム・バートンチャーリーとチョコレート工場不思議の国のアリスみたいなのをやりたいのか、いつもの蜷川実花監督の極彩色に玩具箱みたいなゴテゴテ感と気味の悪さが追加されている。観ていて、「あ~ティム・バートンやりたいんだな~」て。

 

それでも“らしさ”は出したいのか、花まみれなのは相変わらずですけど。

ダイナーというのは元々、北アメリカ特有の簡易食堂のことなのですが、店内にアメリカらしさがまるでない。これはやはり、むやみに花を飾っているせいだと思うのですが・・・ダイナーに花、いらないよ(^_^;)

 

店内がこんななので、いきなりハンバーガーを出されると割と戸惑う。そして、肝心のハンバーガーが美味しそうに見えない。

画の色合いに全力投球なせいか、ハンバーガーまで毒キノコみたいな派手派手しい極彩色なんですよね。映えはする(のかどうかも微妙ですが)、しかし食べたくはない。食べると死にそうなんですもん。

 

「目が疲れてしょうがない」「下品にしか見えない」など嫌悪感を抱く人もいるでしょうが、ティム・バートンを感じつつも作り込まれた美術と他映画にないカラフルな画は見物で、この作品の特色なのですが、ハンバーガーは物語の要なので“美味しそうに見える”ことに重点を置いて欲しかったですね。

 

 

画はともかくとして、いただけないのはやはり脚本。

原作小説との違いについては、合っているところを言う方が簡単なくらいに違うところだらけなのですが、オリジナル要素満載でやるにしてももうちょっとやりようがあっただろう・・・というか、まとまりがなさすぎる。

 

映画は原作小説よりもボンベロ(藤原竜也)とカナコ(玉城ティナ)とのラブストーリーがどうやら主軸の物語となっています。

原作ファンからするとボンベロとカナコの間にある愛情はこんな普通の恋愛的なやり取りじゃないだろうとか言いたくなるところですが(ラブはラブなんですけどね)、ま、映画は別物なんだってことで良いという事にしても、ラブストーリーの進め方が強引過ぎる。

 

原作小説ではボンベロの相棒である犬の菊千代をカナコが助けたことがきっかけで二人の関係性が変化するのですが、映画だとそこのシーンが曖昧なので、いきなりボンベロがカナコのこと名前で呼ぶようになって、優しくなって、命がけで庇ってくれて・・・と、急にどうした!?状態。カナコもボンベロにいつ惚れたんだお前状態で、終盤でこれまたいきなりキスシーンがあって困惑する。

急すぎて二人の心情の変化についていけないのですよね。ラブストーリーやりたいならもっとそうなる段階を丁寧に描いて欲しいところ。

 

 

 

個性豊かでグロテスクな殺し屋が次々に登場するのが『ダイナー』という作品の特徴ですが、確かにアクが強い殺し屋たちが豪華キャストでたくさん登場するものの、みんなさほど見せ場もないままあっという間に退場してしまう。

 

一応原作のスキン(窪田正孝)とキッド(本郷奏多)のエピソードが前半の主になっているのでこの二人は他の殺し屋たちより出番が多いですが、それでも“多少”って感じで、「あら、もう退場か~」となる。役者による再現も良く、二人が辿る展開は原作に沿っているものの、なにやら物足りなさが。

 

それというのも、過去の生い立ちなどの説明が全部省かれているので観ていても「いきなり豹変して、よく分からないけどヤバイ人だな」で終わってしまうんですよね。

 

スキンは母親が作ってくれたスフレが~と言って写真チラ見せするだけだし(ちなみに、スキンの母親は木村佳乃さん。写真のみの出演)、キッドはヤバイ整形繰り返していてもう長くないと説明されるだけだし。ま、原作のキッドの生い立ちなどはエグすぎて出せないのかも知れませんが・・・。

 

『ダイナー』は原作も漫画版も設定・描写もろもろグロテスクなのですが、この映画はそういった描写がないので苦手な人でも大丈夫です。人はバンバン死にますけど、殺戮シーンは花が散ることで表現されています。なぜか。

キッドが菊千代に頭をかぶりつかれる場面は忠実にやっていましたけど。銀魂思い出して少し笑いそうになってしまった(^_^;)。その後頭から血をダラダラ流したままボンベロに言われて退店していましたけど、あれはあの後死んだということで良いのだろうか。

キッドの合成ですが、やっぱり不自然なので個人的には無理に合成はしなくても良かったのではないかと思いますね。

巨大犬の菊千代は良く出来ていました。でも、原作よりも存在が蔑ろにされていて、その点はファンとしては残念です。(原作ファンの観点から感想を述べるなら、他も残念なところだらけなんですけど・・・)

 

 

スキンとキッドが退場した後は本当によく分からないドタバタ殺戮劇となる。

組織の内部抗争なのですが、小栗旬土屋アンナ奥田瑛二も即退場です。特に、小栗旬さんの即退場っぷりはビックリする。真矢ミキさんだけ少し長く観られるかな。

 

他、メイクが濃くって分かりにくいですが、斎藤工佐藤江梨子武田真治金子ノブアキ、秒というか、ほぼワンカットでのみで品川徹川栄李奈板野友美が出演。

 

今は亡き組織のボス・デルモニコの姿として蜷川幸雄さんを描いた絵画が出て来るなど、キャストの無駄遣いと言ってしまえばそれまでですが、無闇矢鱈に豪勢です。「どこに誰がいるか探してみてね!」といった、贅沢な遊びを提供して下さっていますので、映画を観る際はそのように楽しんでみて下さい。

 

 

 

 

 

最後はどう?

さて、どうやらラブストーリーであるらしい映画『Diner』。ラストシーンは生死不明だったボンベロが、メキシコで店を開いて待っていたカナコの元に菊千代と共に現われて抱擁するところで終わっています。

 

どう考えてもボンベロの生存は不可能だろう状況からのハッピーエンドなので無理があると思われるところですが、実はこれ、メキシコの「死者の日」だから、死者のボンベロがカナコに会いに来たということなのではという説が。

ボンベロは黒ずくめの服装だし、わざわざメキシコなのもこのためかとしっくりくるので、それが正解なんだろうなと私も思いますが・・・・・・しかし、個人的には気づかないふりでハッピーエンドだということにしておいた方が良いのではないかと。その方が娯楽としてスッキリする。

 

原作小説はカナコが見せ開いていつかボンベロが来てくれるのを待っているところで終わっていて、戦闘の最終的な状況もあやふやにされているので、原作は映画よりもボンベロの生存の可能性が高いのですよ。

続編として『ダイナーⅡ』も小説連載していましたし(2019年6月を最後に更新ストップしていますけど・・・)

 

なので、ファンが望むハッピーなラストを見せてもらったと思っておきましょうよ、と。

 

 

そんな訳で、評価の低さやひどいと言われるのは十分に理解出来るけれども、徹底的に嫌いにもなりきれない映画というのが私個人の感想ですね。

 

河合孝典さんによる漫画版『DINER ダイナー』も原作とはストーリーも変えられて独自の作品となっていますし、

 

 

この映画も別物として(滅茶苦茶だけど)楽しめば良いんじゃないかと思います。

 

数名、メイクが濃くって誰だか分からない方もいますが、主演二人をはじめとして役者がいつもとはまた違う印象で綺麗に撮られていて、毒々しい画面には見応えもありますので、この世界観がちょっとでも気になった方は是非。

 

 

 

映画が気に入った人も気に入らなかった人も、原作は別次元で素晴らしい最凶エンタメですので、映画で納得せずに是非読んで下さい!お願いします!

 

 

 

ではではまた~

 

 

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『紅だ!』桜庭一樹の新シリーズ?あらすじ・感想

こんばんは、紫栞です。

今回は桜庭一樹さんの『紅だ!』を読んだので感想を少し。

紅だ! (文春e-book)

 

あらすじ

東京の新大久保駅近くに構える百人町第百ビル一階、元チキン屋の探偵事務所「道明寺探偵屋」。

社員は女子テコンドーの元オリンピック選手・真田紅(さなだくれない)と、元警視庁勤務の黒川橡(くろかわつるばみ)の二名のみのこの探偵社に、一人の謎の少女が飛び込んできた。

チキン屋と勘違いして飛び込んできたらしきその少女は、自らをハイタカだと名乗り、妙な流れから紅にボディーガードを依頼する。大金を所持しており、何者かに追われている“如何にも訳あり”な様子のハイタカを訝りつつも、紅は依頼を受けることに。

 

同じ頃、「道明寺探偵社」のもう一人の社員である橡は警視庁勤務時代の先輩である藤原から偽札事件の調査を依頼されていた。

 

大規模な偽札事件と命を狙われる少女・ハイタカ。やがて、二つの事件は繋がり始めるのだが――。

 

 

 

 

 

 

バディものエンタメ小説

『紅だ!』は2022年7月に刊行された長編小説。

長編とはいっても、200ページもないので実質は中編小説ぐらいのボリューム。ライトノベルから一般文芸まで書く桜庭さんですが、今作は書き下ろしであるもののだいぶライトノベル寄りの作品となっているのでより読みやすいです。

 

男女バディものでミステリエンタメ、ライトノベル寄りということで、桜庭さんのライトノベルの代表作GOSICKシリーズ】を彷彿とさせる作品ですかね。

 

【GOTHICシリーズ】はメルヘンチックな世界観で展開されるミステリ小説でしたが、こちらは現在の日本(※作中で描かれているのは2019年11月の数日間)が舞台で、30歳の女性と28歳の男性とのコンビものなので、ファンタジックさのない現実的な物語となっています。

 

この本を見て誰もが(年代にもよるかもしれないですが・・・)気になるのはこのタイトルだと思いますが、実は皆が思う通りでして、主人公の名前が紅(くれない)なので、XJAPANのあの有名な雄叫びを真似していつも橡を驚かせており、死んでしまった「道明寺探偵社」のオーナー・道明寺葉との思い出の曲が「紅」だということで、作中で歌っている場面もあります。

 

 

 

序章?

読後感はかなり軽いのですが、執筆時期が『少女を埋める』とかぶっていて、作者が問題にも直面していたためか、かなりその影響を受けているように思える。

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登場人物の謎の少女・ハイタカの設定はモロで、田舎で少女、「女で頭が良いのも考えもの」という台詞は『少女を埋める』にもあったので、“閉塞的世界での女性差別”について、読者に向けて更にダメ押しでメッセージを送っているのかなぁと。ラストの展開もしかり。

紅と橡の人物設定にしても、女性の紅の方が年上で戦闘能力が高いなど、ジェンダーを意識している感じ。他関係者も、能力が秀でている人は女性だし。

 

別に悪くはないのですけど、自叙伝・私小説を読んだ後に普通の小説で同じテーマを描かれると、書き手の思想・主張ばかり透けて見えてしまう気がしてちょっと何だかなぁ・・・と、なってしまう。

作品に作者の思いが投影されるのは当たり前のことなんですけどね。

 

少し童話的な描き方をするのは桜庭さんのいつもの作風ではありますが、30歳と28歳のコンビにしては人物の描き方が幼稚な気がする。ま、現実的には30前後でもこれくらいの子供っぽさがあるものなのかも知れませんが。

偽札事件にしても、そんなに簡単に上手くいくとは思えないのでリアリティはないですかね。

成人コンビで刑事事件を扱う物語なら、もっと一般文芸よりの雰囲気と文章で書いて欲しいなぁと個人的には思うところ。

 

 

この物語、「道明寺探偵社」のオーナーだった道明寺葉の死についても謎のままで、紅と橡も葉さんの死でのわだかまりを今回の事件で払拭し、晴れてバディとして再出発ってところで終わっていますので、今作はまだ序章ってな感じなのですが続くのでしょうか?シリーズ化させるつもりなのですかね?

※シリーズといえば、GOSICK の続編シリーズ途中で止まっているけどどうなってんだ・・・。

 

序章感が強く、まだなんとも言えないのですが、今後があるなら読んでいきたいと思います。

ライトなエンタメで読みやすいので、気になった方は是非。

 

 

ではではまた~