夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『騙し絵の牙』ネタバレ・感想 映画化される”あてがき”小説!

こんばんは、紫栞です。

今回は塩田武士さんの『騙し絵の牙』をご紹介。

 

騙し絵の牙 (角川文庫)

 

あらすじ

出版大手の薫風社でカルチャー誌「トリニティ」で編集長を務める速水輝也。憎めない朗らかな笑顔と、才知に長け、瞬時に場を和ませるユーモラスな会話。“天性の人たらし”といわれ、周囲を魅了する速水は仕事熱心で部下からの信頼も厚く、日々よりよい雑誌作りに邁進していた。

出版業界が不況の中、すれすれで実売率六割を死守していた「トリニティ」だったが、ある日、速水は上司から廃刊の可能性を匂わされてしまう。「トリニティ」を守るため、黒字化のために奔走する速水。社内の派閥抗争、女優作家のデビュー、大物作家の大型連載、企業タイアップ、映像化・・・。

様々な出来事に翻弄されながらも雑誌と小説を愛し、編集者としての情熱を失わない速水。それは異常なほどの“執念”を浮かび上がらせるほどに。

やがて、速水は出版業界全体にメスを入れるべく牙を剥く――。飄々とした笑顔の裏に隠された、彼の真意とは――?

 

 

 

 

 

 

あてがき

『騙し絵の牙』は2017年に刊行された長編小説。2018年本屋大賞6位の作品。

出版業界が舞台の物語りなのですが、特徴的なのは俳優の大泉洋さんが主人公を演じると想定されて書かれている「あてがき」小説だということ。表紙と各章に大泉洋さんの写真が使われているのが駄目押しというか、「あてがき」の宣伝となっています。

 

文庫版の巻末に収録されている大泉洋さんの解説によると、

 

「もともとプロジェクトのきっかけは、本書の担当編集者に雑誌『ダ・ヴィンチ』の表紙に出させていただく度に、“何かお薦めの本ない?”と訊いていたことから。というのも、そこではお薦め本を一冊、選ばなくって。その後に続く、“映像化されたら、僕が主演できるような作品をね”というひと言も定番だった(笑)。それを毎回言うものだから、編集者は面倒くさくなったんでしょうね。“じゃあ、もう私が大泉さんを主人公としてイメージした小説を作ります!”と。それが映像化を見据えた、僕の“主演小説”の出発点でした。

 

てなことらしいです。

 

「言ってみるもんだな」みたいな話ですが、この本を読んでも分かるように、出版業界は不況で世間の小説離れも進んでいる状態。人々を惹きつけるような目新しい企画をいつでも探している状態の最中、大泉さんの毎度の発言から思いついて企画にしたということでしょうか。

昨今の小説業界はドラマ化と連動しての刊行だとか、

 

www.yofukasikanndann.pink

 

出版社の垣根を越えての横断刊行企画だとか、

 

www.yofukasikanndann.pink

 

本当に色々なことに挑戦しているなぁという印象を受けますね。

 

 

そんな訳で、最初っから映像化を見据えての小説なのですが、本が面白くなければ映像化もなにも始まらない。

思いつきから出たような企画ですが、“あてがき小説”の作者として選ばれたのが取材路能力の高い社会派小説で有名な塩田武士さんだというのがちょっとした変化球で上手く作用したのか、

 

www.yofukasikanndann.pink

 

話題になって本屋大賞にランクインされ、当初の予定通り大泉洋さん主演で映画化される運びとなりました。感染症による騒動で一度延期となりましたが、2021年3月に公開の予定です。

 


映画『騙し絵の牙』【予告編】3月26日(金)全国公開

 

ちゃんと映画化までたどりつけて目出度い。

これで映画もヒットしてくれたらもっと目出度いのでしょうけど。どうなりましょうか。とりあえず主演がイメージ通りなのは間違いないですが。設定は人物など結構変更点があるみたいなので映画は映画でよりエンタメ的になっているかもしれないですね。

 

“あてがき小説”は、人物のイメージが分かりやすく示されるということなので、読者としては読んでいて楽(?)です。容姿もそうですが、言動もちゃんと「大泉洋ぽい」。私は大泉洋さんについて詳しくはないのですが、それでも万人が“ぽい”というだろう人物に主人公の速水輝也はなっていると思います。

しかしながら、そういった大泉洋さんのパブリックイメージだけで描写を留めていないのが流石塩田武士さん。分かりやすい人物イメージを使っているからこそ、裏での苦悩や葛藤が強く伝わってくるようになっていて、圧倒的リアリティもあり、ドンドンと読ませてくれる重厚な作品となっています。

 

 

 

 

 

食わせ物だらけのお仕事小説

出版業界を舞台に、本を愛する敏腕編集者が右往左往する今作。

雑誌や文芸の苦しい現状についての詳細は、前にブログで紹介した大崎梢さんの『プリティが多すぎる』

 

www.yofukasikanndann.pink

 

や、早見和真さんの『小説王』

 

www.yofukasikanndann.pink

 

で同じことが繰り返し語られていたので、個人的に目新しさはなかったのですけども。当たり前ですが、小説家は本が好きですから世間の本離れを憂いるでしょうし、取材もしやすいし、現状を訴えたいという想いもあって普遍性がないのは承知で題材に選ぶのかもしれません。

 

今作はそれだけでなく、大物作家や苦手な上司とのスレスレのやり取り、新人作家を上手く“のせる”手腕や部下の扱い方、社内の派閥争いに理不尽に振り回される様など、四十代一会社員の立場や苦悩はかなり綿密に描かれていて描写の鋭さや取材力を感じます。

ただ単に編集者たちが苦悩しつつも頑張っているというだけでなく、皆が皆、それぞれ頭の中で策略を巡らしている一筋縄じゃ行かない人達だらけなのが特徴。敵か味方かは時と場合による、そんな世界が展開されています。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騙し?

この物語り、簡単に言うと、雑誌のために誠意を持ってひたすらに頑張っていた男が、力及ばずに落胆して社を去って行った・・・・・・と、見せかけて、実は裏で着々と独立して自分の会社設立を実現させるために抜け目なく動いており、退職後、薫風社でのコネや企画を全て持っていって大成功を収めたよ。と、いうもの。

速水の周りはどいつもこいつも信用出来ない嘘つきの食わせ物だなぁと読者に思わせておいて、実は主役の速水が一番の食わせ物でしたというオチですね。

 

「あいつは騙し絵みたいなもんや」

「騙し絵?」

「華やかな美人やと思ってても、視点を変えて見たら、牙を剥く悪魔が浮かび上がる、みたいな」

 

と、いう作中の会話が『騙し絵の牙』というタイトルを表しているのでしょうが、映画の予告での文言のように「してやられた!気持ちよく騙された!」ってなるかというと少し微妙です。

 

そもそも、今作の紹介文に“ミステリー小説”と書かれていたりしますが、個人的にはミステリー小説だとは思えない。読み終わっての印象は「お仕事小説だ」というもので、ミステリーだという触れ込みだと、別の意味で読者は「騙された!」となってしまうのではないかと。

 

一応外国語を勉強しているという伏線は出てくるのですが、伏線といえるようなものはほぼこれだけなので、速水視点でずっと進行していたのに最後の別視点で「実はこうでした!」と、バーンとやられても唐突すぎて感嘆するもなにもない。

インパクトを与える狙いなんでしょうけど、個人的には速水が退職後に起業するまでの過程を丁寧に見せて欲しかった。「騙される」という触れ込みを訊いていたぶん、そこを期待して読んでいたというか。

 

プロローグとエピローグで速水の同期・小山内甫からの視点にしているのは、“見え方の反転”を示しているのでしょうが、速水の生い立ちなどをエピローグで全て持ってくるというのもちょっとどうかと。生い立ちを謎解きの詰めみたいに持っていっていますが、小山内が態々速水の生い立ちを根掘り葉掘り調べるのは変だし。

生き別れた、作家志望だった養父からの原稿を待ち続けていたという事情は痛切ですが、でもだからってそれが何

 

違法行為をした訳でもなく、速水は自らの手腕で堂々と起業しただけなのだから、まるで「罪人」みたいな扱われ方するのはおかしいですよね。謎解きの答えみたいに出すのは疑問。

 

このエピローグによって、せっかくの“優れたお仕事小説”部分が薄れてしまっているのでは・・・なんて気がしないでもない。エピローグ前の段階で終わっていても充分に面白い作品なので、人によってはエピローグ自体が丸々余計だと思う人もいるかも。

なんにせよ、ミステリ的仕掛けを期待して読むと肩透かしを食らいますね。

 

 

 

すべて本当

 

「俺が自らの野望のために自分たちを利用していたんではないか、と。作家との人脈を築いてたたんも、雑誌のために奔走してたんも、みんな己の会社設立のためにやってたんや、と」

 「そう考えると楽やわな。結局、勧善懲悪の枠組みの中で物事を整理した方、収まりがええわけや。そうやないと混乱するから。でも、それは分かりやすいけど、真実ではない。完璧で華のある速水も、自身の目的のために冷酷になる速水も、父親のために原稿を待ち続けた速水も、娘を愛する速水も、どれもほんまもんや」

 

結果的に、周りをいいように利用して騙していたようにみられてしまう速水ですが、速水が雑誌「トリニティ」のため必死に奔走していたのも、小説を愛して、作家のことを何よりも思いやっていたのも全て本当です。

そもそも、今作はプロローグとエピローグ以外は速水視点で、その都度心情も描かれているのだから嘘なはずがないのです。会社を設立したのも、速水としてはそこに至るまでの必然性があってのことです。速水としては。

「騙し絵みたいだ」というのは、あくまで周りがそう“見ようとしている”だけ。速水があまりにも周りに好感を持たれる人物だったので、反動で表の顔だ、裏の顔だと言っているだけにすぎない。

 

とはいえ、個人的には主役である速水にさほど好感を持つことが出来なかったのですけど(^_^;)。自分が浮気しているのを棚に上げて奥さんの価値観を批判したりだとか、妻はどうでもいいけど子供はとにかく大事で渡したくないとか、身勝手な男だなぁと思う。

最後に故郷と母親を切り捨てるのもなんだか納得いかないし・・・・・・もう過去には囚われたくないってことなのでしょうけど。お母さんが気の毒ですよ。

 

 

大泉洋さんをイメージして描かれた「速水輝也」。どの様な見方をするかは読者それぞれに。

 

 

騙し絵の牙 (角川文庫)

騙し絵の牙 (角川文庫)

 

 

 

ではではまた~

『巷説百物語』7編 あらすじ・解説 シリーズ開幕の第一弾!

こんばんは、紫栞です。

今回は京極夏彦さんの巷説百物語をご紹介。

巷説百物語 「巷説百物語」シリーズ (角川文庫)

 

江戸時代を舞台に、御行の又市率いる一味が公には出来ぬ厄介事の始末を金で請け負い、妖怪譚を利用した仕掛けで解決させていく妖怪小説のシリーズ【巷説百物語シリーズ】。『巷説百物語』はそのシリーズの第一作目。

 

※シリーズ全体の詳細はこちら↓

  

www.yofukasikanndann.pink

 

シリーズの一作目である『巷説百物語』では、戯作者志望で百物語を開版するべく怪異譚を蒐集している青年・山岡百介が又市ら一味と出会い、裏の世界に足を踏み入れてゆく様が描かれる。

 

主要登場人物御行の又市考物の百介の他に山猫廻しのおぎん事触れの治平で、「塩の長司」で四玉の徳治郎が、「帷子辻」で靄船の林蔵無動寺の玉泉坊が登場しています。

 

文体は仕掛けられている側の心象だったり、証言者の一人語りだったりと様々な視点で提示されることで事件の全体像がみえてくる構成になっていて、最後の章で百介が又市たちから種明かしを聞くのが“オキマリ”となっています。

 

 

 

 

 

 

各話、あらすじ・解説

一話完結型な連作短編で、七編収録。

巷説百物語シリーズ】で題材として採られている妖怪たちは全て、天保12年(1841年)に刊行された竹原春泉の画、桃山人の文の『絵本百物語』から。

 

 

 ●小豆洗い 

越後の難所・枝折峠で豪雨に遭い、川岸の山小屋で雨宿りすることにした僧・円海。山小屋には白い御行姿の男、垢抜けた傀儡師の女、初老の商人、得体の知れない若い男など、十人ほどの男女が集まっていた。退屈しのぎに江戸で流行りの百物語と洒落てみようとなったのだが、怪談が終わるたびに円海は何故か取り乱してゆく。

 

記念すべきシリーズ一作目で、百介と又市たちの出会いのお話。「百物語しようよ」という所から全てが始まるのが心憎いなぁといった感じですが、シリーズ三作目の『後巷説百物語』を読むと、このお話が心憎いどころじゃない更なる意味を持っているものなのだということが解って驚愕する。

仕掛けは比較的単純なのですが、怪談の語り口や、「小豆洗い」は川で小豆を洗う妖怪で音の怪異だとのことで、オノマトペが多用された文体が怪しい雰囲気を高めてくれます。出来れば雨が降っている夜、部屋で一人の時に読むのがオススメ。

巷説百物語シリーズ】の第一話はこれっきゃないっ!ていうお話ですね。

 

 

 

 ●白蔵主

甲賀の国・夢山の麓にある社で、狐釣りである弥作はおぎんと名乗る女と出会う。おぎんは江戸からずっと弥作の後を尾けてきたと云う。弥作は火盗改めの密偵か、狐が化けたものかとおぎんを疑い、疑心暗鬼に陥る。弥作には火盗改めに追われ、狐に怨まれる覚えのある忌まわしい過去を持っていた。

 

“白蔵主”とは白狐が化けたもので、寺の住職を殺して成り代わり、何年も騙し続けたとかなんとか。能狂言の題材として芝居になったりもしていて有名(?)な伝承。

なんといっても狐の化身なのではないかと疑われるおぎんが良い。読者はおぎんの正体を知っているのに、「まさか本当に狐なんじゃ・・・」と思わせられてしまう程に妖艶でミステリアスな女性の描きっぷりは流石。

弥作の境遇はやるせなく、どちらに転んでも後味の悪い結末の仕掛けなので、百介が釈然とせずに又市に問いただしています。又市ら一味がどのような道理で仕事を請け負っているのかが示されるお話ですね。

 

 

 ●舞首

伊豆の国、巴が淵。荒くれ者である鬼虎の悪五郎。その悪五郎を斬ってくれと依頼された「首切りの又重」こと石川又重郎と、その二人を狙う田舎侠客・黒達磨の小三太。悪党どもの三つ巴の結末はいかに。

 

「舞首」は三人の博打打ちが諍いをしたあげくに揃って死罪となり、首を海に流したところ、三つの首が一箇所に集まっていつまでも罵り合いを続けたとかいう、恐ろしいような、どこか滑稽な伝承。

悪人だらけの三つ巴の合間合間に又市たちの影がちらつき、「どうなるの?どうなるの?」と、とにかく顛末が気になるお話。“首なし死体”が仕掛けに利用されているとあって、ミステリ要素が強いかも。

 

 

 ●芝右衛門狸

淡路の国の大百姓で評判の好々爺・芝右衛門。孫娘を辻斬りに殺される禍に見舞われ、傷心の芝右衛門は庭に訪れた人の言葉を解しているがごとき狸を可愛がり、話し相手とする。傷心故に気が触れたのではと村で噂されているのを知り、芝右衛門はこの狸に「明日は人の姿に化けてこい」と言い渡す。すると翌日の夜、狸は老人の姿で現われた。この老人は「自分の名も芝右衛門だ」と云い、「芝右衛門狸」として村で評判の人気者となるが・・・。

 

元の伝承は、狸が人に化けて芝居を見物しに来たところで犬に食われて死んでしまったのだが、その後三十三日間変身が解けずに人間の姿のまま、正体を見せなかったとかいうもの。

 好々爺と狸のやり取りが微笑ましいですが、その一方でどこぞの若侍の様子が血生臭く不穏に描かれる。温度差があるぶん、どのように話が繋がるのかが見所。芝右衛門の爺さんは本当の善人で好々爺なので、最後誤解させたままなのがチト気の毒。

 

 

 

 ●塩の長司

加賀の国、小塩ヶ浦の馬飼長者・長次郎。慈悲深いと評判だった長次朗は、十二年前に三島の夜行一味に襲われ、先代と妻子を殺されてしまう。それ以来、長次朗は顔を隠し、滅多なことでは人前に出ないようになった。

一方、又市は小悪党仲間である四玉の徳次郎から死んだはずの長次朗の娘・おさんを見つけたと聞かされるのだが・・・。

 

「塩の長司」は家で飼っていた馬を食べて以来、馬の霊気が口内を出入りするようになったとかいう怪事。似たような言い伝えは他にも様々にあるのだとか。

“馬を食べる”という行為がキーになっているお話で、時代背景を色濃く感じる。現代人としてはピンときませんが、この時代は確かに肉を食べる習慣はさほどなかったし、まして飼っている馬を食べるなんて非道なことだったのだろうなぁと。

このお話もミステリ色が強いですかね。

 

 

 

 ●柳女

北品川の旅籠、柳家。柳の巨木を祀り、十代続いた老舗旅館であるが、今の主人である吉兵衛はこの巨木に信心を持たず、柳を祀った祠を破壊する。それ以降、吉兵衛は妻を娶り、子をなす度に不幸に見舞われ、四人の妻と三人の子を失った。

おぎんは幼馴染みである八重と再会するが、八重は吉兵衛のもとに五人目の妻として嫁入りすることになったという。八重の身を案じたおぎんは又市に相談を持ち掛けるが・・・。

 

風の激しい日に、子供を抱いた女が柳の下を通ったら首に柳の枝が巻き付いて事故死し、それからというもの、夜な夜な柳の下に恨み言をいってすすり泣く女が現われるようになった――と、いうのが『絵本百物語』での「柳女」の解説。

おぎんが又市に依頼するとあって、減らず口どうしの二人の会話がまず楽しい。気乗りしない又市ですが、おぎんに押し切られてしぶしぶ立ち上がるのですね。

同じ男のところに嫁いだ女が次々と――と、いう筋は【百鬼夜行シリーズ】の陰摩羅鬼の瑕と似ている。真相も。

 

www.yofukasikanndann.pink

 

どちらのお話も悲しいしやるせないのですが、こちらのお話はかなり恐ろしい真相ですね。

 

 

 ●帷子辻

京洛の西、帷子辻。与力・笹山玄蕃の病死した妻女の遺体が盗まれ、腐乱した状態で放置されたのを皮切りに、祇園の芸妓、料理屋の下女、花売りと、相次いで女の腐乱死体が辻にうち捨てられる事件が発生。まるで、腐りゆく美女の遺骸を描いた画図「九相図」を再現するかのような怪事の真相とは。

 

世の無常を示すため、檀林皇后の御尊骸がうち捨てられた逸話が地名の由来となっている「帷子辻」。

大阪ってことで、又市の大阪時代の朋輩でシリーズ五作目『西巷説百物語の主役・靄船の林蔵が登場しています。美醜が絡んでくる話なので、嗤う伊右衛門とリンクしている話題や場面があり、仕掛けが終わった後、又市が珍しく塞ぎ込んでいる。この又市の心境は『嗤う伊右衛門』を読むと理解が深まります。

 

www.yofukasikanndann.pink

 

「弔い」について、このお話を読んで考え方が変えられたというか、気付かされたので、個人的にいつまでも忘れられない特別なお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの序章 

以上、七編。

どれも素晴らしい一話完結型連作妖怪仕掛け小説でありますが、実はこの本はほんの序章というか、シリーズ開幕の、概略を示す看板みたいなものです。

シリーズの一作目『巷説百物語』の段階では、又市たちの素性や何故このような仕掛け仕事をしているのかなどの背景は明かされていません。それらは「続」「後」「前」へと続いていくのですが、単純に続いている訳ではなく。シリーズ全体にも驚くべき仕掛けが施され、感嘆と感動を読者にもたらしてくれます。

 

時代小説であるものの、

「人に魂などない!」

「況んや冥界などというものはない!」

「生きた身体そのものが魂でございます。生き残った者の心中にこそ――冥府はあるのでございます。だから――死したるものは速やかに、あなたの心の中にお送りせねばならぬのです。そうでなくては生きている者の示しがつかぬ」

など、妖怪小説でありながら超現実主義的な京極夏彦作品の特徴は一貫されていて、「悲しいやねえ、人ってェのはさあ」という【巷説百物語シリーズ】のテーマも繰り返し示されています。

この徹底した、完成された物語構成。是非、シリーズ開幕の今作から順を追って愉しんでいって欲しいです。

 

 

 

 

 

ではではまた~

 

 

www.yofukasikanndann.pink

 

 

www.yofukasikanndann.pink

 

『御手洗潔シリーズ』ドラマ・映画 悔やまれる、大人の事情・・・

こんばんは、紫栞です。今回は御手洗潔シリーズ】の映像化作品について少し。

 

探偵ミタライの事件簿 星籠の海

 

前の記事で【御手洗潔シリーズ】についてまとめましたが、

 

www.yofukasikanndann.pink

 

このシリーズは2015年に単発スペシャルドラマ『天才探偵ミタライ~難解事件ファイル「傘を折る女」~』(短編集『UFO大通り』に収録されている「傘を折る女」が原作)が、

 

UFO大通り (講談社文庫)

UFO大通り (講談社文庫)

 

 

2016年には『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』のタイトルで映画化されています。

 

 

探偵ミタライの事件簿 星籠の海

探偵ミタライの事件簿 星籠の海

  • 発売日: 2016/12/30
  • メディア: Prime Video
 

 

単発スペシャルドラマですと主演の御手洗潔玉木宏さん、石岡和己役堂本光一さんが演じています。

御手洗潔シリーズ】は生活環境が時代と共に変化するシリーズで、原作では1994年に御手洗が脳科学者として海外に行ってしまって以降、日本に帰らずじまいの設定ですが、このドラマでは御手洗と石岡君が馬車道の部屋で同居生活している設定となっています。

やっぱり同居時代がこのシリーズの黄金期(?)ですからね。映像化するなら御手洗潔と石岡コンビが一緒にいて、ホームズ役とワトソン役やってるパターンですよ。

 

ドラマの原作である「傘を折る女」は短編で、ラジオ番組の投稿からストーリーが展開する流れは面白いのですが、ミステリとしては推理も仕掛けも結構無理がある作品(^_^;)。そこがまた【御手洗潔シリーズ】“らしさ”なのかもですが・・・。

シリーズの特徴である御手洗と石岡君の掛け合いはドラマ用の脚色や改変があるもののコミカルで楽しかったので、ファンの間やネットでは盛り上がりました。

 

この単発スペシャルドラマは映画化を見据えての企画だったらしく、同じく玉木宏さん主演で翌年の2016年に『星籠の海』を原作とする映画が公開されたのですが、

 

星籠の海(上) (講談社文庫)

星籠の海(上) (講談社文庫)

 

 

映画では助手役が石岡くんから変更。広瀬アリスさんが演じる映画オリジナルキャラクターの小川みゆきが助手役となっています。一応電話で少し(本当に少し)石岡くんが登場してはいるのですが、この際の声も堂本光一さんではなくって藤尾勘太郎さんが演じています。

 

この助手役の変更ですが、当初は映画でも堂本光一さんが続投で出演する予定だったのが、ドラマの視聴率が振るわなかったので所属事務所からNG が出たんだ・・・・とか。

原作者の島田荘司さんがツイートしたりして話題になったりもしたのですが・・・実際のところはどうなのでしょう?

個人的に、こんなことを作者がツイートで暴露しちゃうのはファン心理としては微妙ですが、真相はどうあれ“大人の事情”での降板は間違いないでしょう。主演はドラマと同じなのに、ドラマで相棒役をしていた人物が映画で不在なのはかなり不自然ですからね。

制作側も石岡和己が不在なのは痛手だと重々承知しているのか、作中で石岡くんの名前を度々出すなどの配慮がされていましたが、コレ、原作シリーズ知らない人には訳分からないだろうし。

肝心の「御手洗潔」の人物像も映画では説明不足ですね。石岡君が不在な時点で原作ファンにはウケが悪くなってしまうのだから、もっと原作をまったく知らない人でも愉しめるようにした方が良かったのでは。

 

原作の『星籠の海』は「福山を舞台にした映画を創りたい」という映画化ありきで書かれたものなのですが、シリーズの特色であるダイナミックな仕掛けや奇抜さは薄い作品なので、「せっかく御手洗潔シリーズの映画化ならもっと“らしい”過去の作品をやれば良いのに」と個人的には思いましたね。

良くも悪くもね、「そんなバカな!?」という度肝を抜かすものが御手洗シリーズだと思う。

 

映画はドラマ版と制作スタッフが異なり、『相棒』の制作スタッフが担当。全体的に重々しい画と雰囲気で、シリーズのワトソン役である石岡くんがいないし、石岡くんの前じゃないから御手洗の変人ぷりが発揮されないしで(ドラマ版の御手洗も原作よりクールでしたが、映画はより物静かな人物に)結果的に【御手洗潔シリーズ】らしさが皆無の、よく分からない事件ものになってしまっていました。

 

原作とは人物設定など細部が変えられています。原作の事件関係者たちはそれぞれ「うわぁ」っていう女性だったり、情けなさ過ぎる男性だったりと、ムカムカする登場人物たちが多く登場し、(特に女性学者さんは御手洗シリーズでは珍しく仕事第一の女性かと思ったら、やっぱり結婚願望が強い女性で何だかもの凄くガッカリした。どうしても女はそんなもんだと言いたいみたいですね・・・)偽装工作もえげつないのですが、映画ではすべて「普通」になっていた。そもそも事件関係者の内面描写自体が少ないんですけど。原作よりムカムカしないし引かないものの、酷く単調な作品に。

劇場まで観に行ったのですが、観終わっての一番の感想は「退屈」でしたね(^_^;)。

 

私としては、ドラマの方がコミカルで御手洗と石岡くんの掛け合いも楽しかったので好きなのですが、残念ながらDVD化もされていないので今となっては観るのが困難に。ホント、大人の事情が悔やまれる・・・。堂本光一さんの演じる石岡くん、結構良かったんですけどねぇ。ドラマのコンビのまま映画化されて欲しかったなぁ。

 

御手洗役の玉木宏さんは、作者の島田荘司さんご指名でのキャスティングなんだとか。映画化前は【御手洗潔シリーズ】の初期の数冊しか読んでいなかったので(映画館行く前にシリーズ一気読みした)、「そんなにイケメンのつもりで書いていたのか。全然そんなつもりで読んでいなかったぞ」と、驚いた(^_^;)。その後読み進めて、原作でもちゃんと美形設定なんだと理解したのですけども。

 

作者ご指名なのでアレなんですが、役作りなのか声質なのか、セリフが聞き取りにくいのが個人的にちょっと「う~ん」でしたね。推理ものでは探偵役のセリフが聞き取りにくいのは致命的ですから。玉木宏さんは好きな役者さんなんですけど。

 

人気シリーズであるにも関わらず、三十年以上映像化されなかったのは作者の島田さんが作品数の少ないうちに映像化されて悪い影響を受けることを恐れていたためらしい。機が熟し、御手洗潔を演じて欲しい役者を見つけて・・・と、満を持しての映画化だったと思うのですが、色々残念な形になってしまいましたかねぇ・・・。

 

何作もある人気シリーズですので、また新たに映像化されてもいいのではないかと。これで映像化はこれっきりというのは如何にも勿体ない。

ドラマ版のディスク化は今からだってして欲しいもんですが、難しいでしょうか。

 

大人の事情・・・憎い・・・・!

 

 

ではではまた~

 

※漫画も出ています↓

 

 

『御手洗潔シリーズ』 順番・概要まとめ

こんばんは、紫栞です。

今回は島田荘司さんの御手洗潔シリーズ】の概要・順番などをご紹介。

 

御手洗潔の挨拶 (講談社文庫)

 

御手洗潔シリーズとは

占星術師だったり私立探偵をしていたり脳科学者だったりする変人秀才男・御手洗潔を探偵役とする推理小説のシリーズ。

物語りの語り手は主に御手洗の友人である石岡和己が務めており、「石岡和己が御手洗潔の事件記録を本にして発表している」という形式で描かれています。

御手洗潔がホームズ役を、石岡和己がワトソン役をといった、まさに“和製シャーロック・ホームズ”な代物で、1981年に刊行されたデビュー作『占星術殺人事件』を始めとして、およそ40年経った現在も続いている、日本を代表する本格推理小説シリーズです。

 

映像化もされています↓

 

www.yofukasikanndann.pink

 

 

 

 

シリーズ特徴

御手洗潔シリーズ】は魔法としか思えないような魅力的な謎の提示と、大胆な仕掛けが特徴的。機械トリックものが多く、奇抜で派手さがあるので金田一少年の事件簿名探偵コナンなどの本格推理漫画的な空気感や謎解きを求めて推理小説を読むのなら、まずはこのシリーズをオススメしたい。実際、日本の本格推理漫画は島田作品の影響を少なからず受けているのだろうと思いますが。トリック盗用問題などもありましたしね。

www.yofukasikanndann.pink

 

 もちろん日本本格推理界にも多大な影響を与えていますよ。

 

長年続くシリーズものだと描かれる時代が限定されていたり、主要人物が歳をとらない“サザエさん形式”だったりするものも多いですが、

 

www.yofukasikanndann.pink

 

この【御手洗潔シリーズ】は作中時間がリアルタイム進行していて、登場人物もしっかり歳をとっていくのが特徴の一つ。

主要人物は御手洗と石岡くんの他に暗闇坂の人喰いの木』から登場する御手洗大好き大女優の松崎レオナ『龍臥亭事件』から登場する石岡くんラブの犬坊里美といますが、40年もやっているもんで、皆さんもう結構なお歳。事件の謎解きだけでなく、各人の立場・交友・生活環境の変化や経過もシリーズを愉しむ上で大事な要因になっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリーズ順番

  • 占星術殺人事件(長編)
  • 斜め屋敷の犯罪(長編)
  • 御手洗潔の挨拶(短編集)
  • 異邦の騎士(長編)
  • 御手洗潔のダンス(短編集)
  • 暗闇坂の人喰いの木(長編)※石岡和己が探偵役
  • 水晶のピラミッド(長編)
  • 眩暈(長編)
  • アトポス(長編)
  • 龍臥亭事件(長編)
  • 御手洗潔のメロディ(短編集)
  • Pの密室(中編集)
  • 最後のディナー(短編集)
  • ハリウッド・サーティフィケイト(長編)※松崎レオナが主役のスピンオフ
  • ロシア幽霊軍艦事件(長編)
  • 魔神の遊戯(長編)
  • セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴(中編集)
  • 上高地切り裂きジャック(中編集)
  • ネジ式ザゼツキー(長編)
  • 龍臥亭幻想(長編)
  • 摩天楼の怪人(長編)
  • 溺れる人魚(短編集)
  • UFO大通り(短編集)
  • 最後の一球(長編)
  • リベルタスの寓話(中編集)
  • 犬坊里美の冒険(長編)※犬坊里美が主役のスピンオフ
  • 進々堂世界一周 追憶のカシュガル(短編集)※文庫版で「御手洗潔進々堂珈琲」と改題。
  • 星籠の海 Tne Clockwork Current(長編)
  • 屋上の道化たち(長編)※文庫版で「屋上」と改題
  • 御手洗潔の追憶(短編集)
  • 鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース(長編)

 

 

他、『毒を売る女』

 

毒を売る女 (光文社文庫)

毒を売る女 (光文社文庫)

 

 

という短編集に収録されている「糸ノコとジグザグ」“演説好きの男”として御手洗が登場。(作中では「御手洗潔」と明記されていないのですが、本の説明文で「御手洗潔シリーズの傑作」と書かれているので“そういうこと”で良いらしい)「糸ノコとジグザグ」は本格推理ものファンや作家さんの間でも名高い短編ですので、シリーズ外の短編集の収録で見落としがちでしょうけど読んでおくべし。

 

切り裂きジャック百年の孤独という長編では偽名で御手洗が登場しています。

 

切り裂きジャック・百年の孤独

切り裂きジャック・百年の孤独

 

 

短編集の進々堂世界一周 追憶のカシュガル(文庫版で「御手洗潔進々堂珈琲」と改題)

 

 

は御手洗が京大生だった頃のお話たちで、本の紹介に“ミステリ”と書いてありますが、実質ミステリではないらしく(それって詐欺なのでは・・・)、この短編集だけは私は読んでいません。

 

 

『龍臥亭事件』石岡和己が、『ハリウッド・サーティフィケイト』松崎レオナが主役。御手洗は電話での登場でヒントを与えてくれるものの、謎解きするのはそれぞれの主役たちなので、実質スピンオフ作品となります。

スピンオフ作品は『犬坊里美の冒険』もありますが、こちらは御手洗がまったく登場せず、石岡和己が電話で登場しています。※【御手洗潔シリーズ】のスピンオフについて、詳しくはこちら↓

 

www.yofukasikanndann.pink

 

 御手洗が電話のみで登場というのは中編や短編にもあります。1000ページ越えの長編でも御手洗が登場するのは最後の謎解きでチョロッとのみというものも多いので、なんというか、出し惜しみ系名探偵(?)ではある。

 

あと、長編ですと殺人事件の謎解きとは直接関係のない過去の事柄が当時の当事者視点で長々と描かれていて「本来描きたいのはこっちで、推理小説部分はオマケなのでは」と、いったものも。

そういった推理小説部分以外も面白いし読みごたえがあるのですが、御手洗の登場を目当てに読むとなると結構な忍耐が要求されると思われます。

 

私のオススメはやっぱり初期の作品ですかね。好きなのは『異邦の騎士』『暗闇坂の人喰いの木』『眩暈』などの長編。

特に『異邦の騎士』

 

改訂完全版 異邦の騎士 (講談社文庫)

改訂完全版 異邦の騎士 (講談社文庫)

 

 

はシリーズを愉しみたいなら絶対、絶対に外せない長編ですので、是非『異邦の騎士』までは、いや、それを経て御手洗潔のメロディ』収録の「さらば遠い輝き」までは、必ずシリーズの刊行順に読んで欲しい。刊行順に読むのが『異邦の騎士』を、「さらば遠い輝き」を、と、いうかシリーズを、十二分に愉しむためのポイント。

 

 

 

 

 

 

以下多少のネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変化・気になるところ

御手洗潔シリーズ】には大きな転換期があります。石岡くんと横浜の馬車道ルームシェアしていた御手洗ですが、『龍臥亭事件』の前に石岡くんを一人部屋に残し、探偵業を廃業して脳科学者として海外に渡ってしまうのです。

1994年。御手洗潔と石岡和己、二人の別れでありました。

 

その後、シリーズがどのように続いているのかというと、御手洗がまだ日本にいた頃の事件を思い出して石岡くんが書いているというパターン、御手洗が渡欧し研究者となって以降の助手役・ハインリッヒが語り手を務めるパターン、御手洗が電話のみで登場パターンなどですね。

 

この転換期のせいかどうかは分かりませんが、シリーズは後半の方になるとセリフの多い簡素な文章が目立ち始め、初期と比べるとかなり読みやすくなっていきます。

御手洗潔シリーズ】は「そんなバカな」「魔法だ」といった謎の提示が魅力的なシリーズですが、実は最後の謎の解明を聞いても感想は「そんなバカな」「魔法だ」てな作品ばかり。実行するには荒唐無稽で、偶然に頼りすぎだし、辻褄合わせもかなり強引。作品によっては冷静に見るとバカミス寸前・・・いや、もうバカミスなのでは?というものも多い。

 

それでも目の離せないストーリー展開や濃厚な雰囲気、人物の描写で有無を言わせない面白さがあったのですが、文章が簡素になったことで「バカミスなのでは?」感が際立ってしまっている気が。

最近読んだ『犬坊里美の冒険』『屋上の道化たち』(※文庫版で『屋上』と改題)はかなり酷いもので、登場人物もバカバカしい者ばかり。刊行前によく編集者からのダメ出しが入らなかったなというような呆れる作品でした。

最新作である『鳥居の密室』は良かったので、

 

鳥居の密室: 世界にただひとりのサンタクロース

鳥居の密室: 世界にただひとりのサンタクロース

 

 

笑わせようとしてワザとやっているのかもしれませんが。(まったく笑えませんけどね)

 

 

個人的に、登場させる女性がそろいもそろって男に寄生して見栄を張りたがるバカみたいな女ばかりなのが気に障るところ。いかにいい男を捕まえるかという、結婚願望が強い女ばかりで、結婚に興味ないとか、お仕事第一というキャリアウーマンや自立した女性を出してくれないんですよね。(レオナは違いますけど。でもレオナはレオナで読者に嫌われてるね^_^;)

御手洗が女嫌いの設定だからというのもありますが、読んでいるとやっぱり作者自身が女性を嫌悪しているのかなぁと感じてしまう。

なにかというとアメリカを比較に出して日本の制度批判をするのも安直で、諸々視野が狭くなってしまっているのではないかと。こういった部分は初期作品から気になってはいましたが、近年はさらに目立つようになって、読む度イライラさせられてしまうのが私個人の現状です。

 

これで女性人気が高いというのだから驚き。御手洗と石岡くんのコンビがウケているのでしょうけど。島田さんはファンの二次創作に寛容な作家で有名で、公認のパスティーシュ本なども刊行されているのですが、

 

御手洗パロディ・サイト事件〈上〉 (SSKノベルス)

御手洗パロディ・サイト事件〈上〉 (SSKノベルス)

  • 作者:島田 荘司
  • 発売日: 2001/08/01
  • メディア: 新書
 

 

ある種、こういったファンにサービスしすぎなところも懸念される点な気もする。

 

 

 

 

どうするつもりなのか

御手洗は2020年の今日に至るまで日本に一度も帰国せずですので、御手洗潔と石岡和己のコンビが現在の事件に挑むことはなく、二人が一緒に事件に取り組んでいた日々はもはや遠い思い出となりつつある・・・と、いうか、なっています。御手洗が日本を離れたのが1994年。御手洗も石岡くんももはや70代。余生を楽しもうってなお歳です。

 

あまりに規格外な天才である御手洗と共に過したことで著しく自尊心が低下し、思考停止するようになってしまった石岡くんを慮ってという意図もあって日本を離れた御手洗。(その前に石岡くんに一緒に海外に行かないかと誘っているし、自分が日本を離れても石岡くんが横浜の部屋を出て行かないように指示したりしているので、御手洗の中でも様々な葛藤があるでしょうが)

 

自分の存在が大事な相手をダメにしてしまうとはなんとも苦々しく、哀しいことですが、石岡くんはそれ以来横浜の部屋で一人、昔を思い出しながら本を書き、その稼ぎで糊口をしのぐ日々です。

『龍臥亭事件』などでの謎解き、里美ちゃんの存在などで自己肯定が多少出来るようになった描写はあるものの、石岡くんのこの状態が本当に良好なものなのかどうかは判別しかねる。結局、過去にすがりついての孤独な日々を20年以上過しているってなことになっているのでは・・・と、いう。別にその生活が悪いってなことではないですけど。

 

御手洗に石岡くんの元を去らせ、ホームズ役とワトソン役をバラバラにさせてどう展開させるつもりだと読者に思わせてから、長い年月がたちました。このシリーズが輝いていたのはやはり横浜の馬車道の部屋で二人が探偵業をしていた一期間でしょうが、あれはもはや遠い輝きなのでしょうか。 

 

作者はこのシリーズを最終的にどうさせるつもりなのかと思う。御手洗を日本に一時帰国させる予定でいると仰っていますが、こんなに長い時が経って、今さら二人を再会させるってのは、それはシリーズの完結を意味しているのでしょうか。

 

会わせるなら会わせるで、早くしてあげた方が良いのでは。二人とも余裕がある歳でもないし。縁起でもないですが、生きているうちに再会させて欲しい(^_^;)。

 

読んでいてムカついてしまうこともありますが、ここまできたらシリーズの最後まで付き合うつもりですので、どう完結させるのか、注目して今後も追っていきたいと思います。

 

 

 

ではではまた~

 

 

ミタライ 探偵御手洗潔の事件記録(1) (モーニング KC)

ミタライ 探偵御手洗潔の事件記録(1) (モーニング KC)

  • 作者:原 点火
  • 発売日: 2013/01/23
  • メディア: コミック
 

 

 

 

www.yofukasikanndann.pink

 

『岸辺露伴は動かない』漫画 1・2巻 あらすじ紹介 露伴の奇妙な見聞録~

こんばんは、紫栞です。

今回は荒木飛呂彦さんの岸辺露伴は動かないを簡単にご紹介。

 

岸辺露伴は動かない 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

岸辺露伴は動かない』は日本を代表する漫画作品の一つで超長期連載されているジョジョの奇妙な冒険の第4部「ダイアモンドは砕けない」に登場する、スタンド能力者の漫画家・岸辺露伴(「だが断る」で有名な人)が物語りのナビゲーターを務める短編漫画集。

 

 

最近ジョジョのアニメシリーズを見返していたのと、今年2020年12月末に実写ドラマが放送されること、荒木さんの短編漫画を読んだことがなくって興味が湧いた・・・など、諸々の切っ掛けで今更ながらに読んでみたら非常に面白かったので、紹介しようじゃあないかと思った次第。

 

 

ジョジョ奇妙な冒険』のスピンオフ作品ですので、もちろん『ジョジョの奇妙な冒険』を知っていた方が十二分に楽しめるのですけども、ジョジョのストーリーや魅力について逐一書いていたらとてもこのブログだけでは収まらない・・・と、いうか、新たに専門ブログを立ち上げなければならなくなるレベルなので(^_^;)ここでは割愛させて頂くのですが、この『岸辺露伴は動かない』は、岸辺露伴「ヘブンス・ドアー」という、“生物を読み書きできる本のようにし、本になった対象の情報を読み取ったり、新たな事項を書き加えて行動を制限することができる”スタンド能力(超能力)を持っている事だけ分かっていれば、読むのに支障のないように描かれているので、最悪『ジョジョ奇妙な冒険』を全く読んだことがない人でも愉しめる短編集です。

スピンオフという要素がなくとも、短編として十分魅力のある作品集ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年12月時点で2巻刊行されています。

 

1巻

 

 ●エピソード16 懺悔室

露伴がイタリアで取材中に教会の懺悔室で耳にした恐怖のお話。

 

●エピソード02 六壁坂

露伴が取材のために買った山で目にした「六壁坂」の妖怪話。

 

●エピソード05 富豪村

富豪ばかりが集まる外界から遮断された村に、露伴と編集者が訪れたときの出来事。

 

●エピソード06 密漁海岸

料理人・トリオに頼まれてクロアワビの密漁を手伝うことになった露伴だが――な、お話。

 

岸辺露伴 グッチへ行く

通訳と共にフィレンツェ郊外にある『グッチの工房』を訪れた露伴。そこで祖母の形見であるグッチのバッグの修理を頼むが――な、お話。

 

 

 

2巻

 

 ●エピソード04 望月家のお月見

一族全員の命日が「中秋の名月」である望月家の、忙しい夜のお話。

 

●エピソード07 月曜日 天気-雨

打ち合わせに向かうため電車に乗ろうとする露伴だが、駅では「何か」おかしな事が起こっていて――な、お話。

 

●エピソード08 D・N・A

事故で夫を失った女性。数年後、彼女は「精子バンク」から提供を受けて娘を授かるが、その娘には色々と奇妙なところがあって――な、お話。

 

●エピソード09 ザ・ラン

モデルにスカウトされ、肉体を鍛え上げることに生活の全てを捧げるようになった男性。露伴はスポーツジムで彼とランニングマシンを使ったゲームをするが――な、お話。

 

 

 

 

 

OVAだと今のところ「富豪村」「六壁坂」「懺悔室」「ザ・ラン」の4話、

 

 

 

ドラマはNHKで12月28日~12月30日の三夜連続で「富豪村」「くしゃがら」「D・N・A」の3話を放送予定。


高橋一生、『岸辺露伴は動かない』実写ドラマで主演 , 脚本は小林靖子

 

「くしゃがら」は漫画ではなく、岸辺露伴は叫ばない』という短編小説集に収録されている作品。書いているのは北國ばらっどさん。

 

 

ドラマの脚本は『ジョジョ奇妙な冒険』のアニメシリーズで脚本を担当している小林靖子さんがそのまま務めるそうです。これだけでとりあえず観てみようってなる・・・。

 

 

 

 

最初の「懺悔室」が雑誌に掲載されたのが1997年で、一番近年に描かれた「ザ・ラン」が2018年。掲載された年代が飛び飛びなので、作品によって絵柄の変化が結構あります。個人的に「六壁坂」のときの露伴先生の顔が好き。

コミックスだと荒木飛呂彦先生の解説が各話の後に書かれていて、そこもまた面白くって見所の一つです。

 

この目次を見て先ず気になるのはエピソードナンバーのバラバラさ加減だと思うのですが、調べてもどういった基準でナンバリングされているのか分からない。

そもそもまだシリーズ化が決まっていなかった最初の「懺悔室」からし“エピソード16”となっているので、単に「いっぱいエピソードがあるよ」ということなのかな?

因みに、「懺悔室」は編集部からの短編執筆依頼の際に「スピンオフ・外伝は絶対禁止」と言われていたのに、ドジャーンとやっちまったらしい。

大丈夫なのか、それで・・・って感じですが、こうしてスピンオフの短編集ができて、アニメになって、ドラマにもなったのだから結果オーライなのでしょうね。

 

「懺悔室」は『岸辺露伴は動かない』より先に刊行された短編集死刑執行中脱獄進行中にも収録されています。

 

 

 

この短編集もオススメ。

 

 

ジョジョ奇妙な冒険』はバトル漫画ですが、この短編集はどれもホラー、サスペンス色が強く、“奇譚”という言葉がピッタリくる代物。ジョジョ自体もホラー、サスペンス、ミステリ、な要素がありますけどね。『岸辺露伴は動かない』は「敵」がいて戦うといったものではないということです。荒木さん版「世にも奇妙な物語り」。

 

 

 

 

 

 

 

私は特に「六壁坂」「富豪村」「月曜日 天気-雨」がお話としては好み。

解説で“「富豪村」の大きな収穫は、登場する女性編集者=泉京香のキャラクター。この女性に対し、ムカつきながら描きました。でもキャラとしては大好きで傑作の出来と自負します。”と、ありますが、今のところ漫画では「富豪村」以降にこの泉京香(名前は小説家の泉鏡花からとっているのだと思われる)は登場していません。

 

 

「密漁海岸」には『ジョジョ奇妙な冒険』4部に登場するトニオ・トラサルディーが、「D・N・A」には同じく4部に登場する山岸由花子がゲスト出演しています。

「密漁海岸」は「密漁します」「だから気に入った」のセリフのくだりがやりたくって描いたとのこと。これ、たしかに露伴は密漁に協力する義理は全くないんですよね。ただトニオさんの決意(?)が気に入ったので手伝うっていう。露伴の人となりが垣間見えるエピソードで良い。密漁は犯罪ですけどね。

「D・N・A」は掲載されたのが「別冊マーガレット」とあって、他と雰囲気が違ってロマンチックなお話。由花子さんの顔が4部のときと全然違う・・・。

 

「ザ・ラン」は「こういう筋肉バカっているよなぁ・・・」って感じで、一番現実的な恐怖のあるお話。

 

岸辺露伴 グッチへ行く」はファッション雑誌「SPUR」に掲載された、『GUCCI』のバッグを題材にした漫画。この漫画では露伴と通訳の女性が着ているものは全てGUCCIの服。とても似合っている。

お話もさることながら、大胆な構図や服装が見所。コミックだとカラーでの収録ではないことが悔やまれる。荒木さんの絵はいつだってカラーで見たい。

と、思ったらカラー版もあるらしい↓

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、短編は作者の力量が問われるものだと思っていて、今までの読書遍歴での経験上、“時代を超えて売れ続けている長編作家さんというのは、短編を描かせてもとんでもなく上手い”という方式が私の中ではあります。今回の『岸辺露伴は動かない』も期待を裏切らない短編作品たちでした。やっぱり天才は天才なのよ。

長編の岸辺露伴 ルーブルへ行く』もあるらしいので今度はこちらを読んでみたい。

 

 

岸辺露伴 ルーヴルへ行く (愛蔵版コミックス)

岸辺露伴 ルーヴルへ行く (愛蔵版コミックス)

 

 

岸辺露伴は動かない』、ジョジョを知らなくとも気後れせずに手に取ってみて欲しいです。

 

 

 

ではではまた~

『MW(ムウ)』ネタバレ・解説 手塚治虫が描く「同性愛」と「サイコパス」

こんばんは、紫栞です。

今回は手塚治虫さんの『WM(ムウ)』をご紹介。

MW 手塚治虫文庫全集(1)

 あらすじ

エリート銀行員である結城美知夫には、凶悪な連続殺人犯という裏の顔があった。犯行を重ねて追い詰められるたび、神父・賀来巌のいる教会に訪れて懺悔し、逃がしてもらうといった行動を繰り返している。

結城と賀来の二人は15年前に沖ノ真船島で起こった軍の化学兵器「MW(ムウ)」の漏出事故の生き残りであり、それ以来肉体関係を伴う奇妙な関係が続いていた。

「MW」の漏出によりおびただしい数の変死体が転がる地獄絵図を目の当たりにした二人だが、この漏出事故は軍と政治家たちの手によって隠蔽され、跡形もなく処分されてしまう。

 

結城はこの時に「MW」による後遺症で身体を蝕まれ、良心とモラルが欠如し反社会的人格に。賀来は島で見た光景に苦しみ、神に救いを求めて神父となった。

悪行の限りを尽くす結城を救済しようとする賀来だが、結城は聞く耳を持たずに改心する兆しはまったくない。それでいて、結城は賀来を雁字搦めにするように関係を持ち、犯罪に協力させ続ける。

 

やがて、結城のターゲットは15年前の「MW」漏出事故に関わった人物たちに絞られていく。結城の目的は復讐か?それとも――。

 

 

 

 

 

前衛的な作品

『MW(ムウ)』は「ビックコミック」で1976年から1978年の間に連載されていた作品。2009年に実写映画化されたことで知っている人も多いと思います。

 

狂気の殺人者を主役とした所謂ピカレスクもので、残酷な殺人描写と同性愛が描かれるとあって、手塚作品の中では異色作とか問題作と謳われている物語りです。

とはいえ、この時期に「ビックコミック」で連載していた手塚作品はどれもこれも問題作だったんでは・・・と、いう気がしないでもないですが・・・(^_^;)

 

www.yofukasikanndann.pink

 

 

www.yofukasikanndann.pink

 

 

 物語りの主役である結城美知夫は今なら“サイコパス”と世間から認知される人物。

生まれながらの悪党だとか、虐待によって精神崩壊した主役のピカレスクものは遙か昔からありますが、この作品の結城は化学兵器の毒ガスによる中毒症状で大脳がおかされ、良心やモラルをなくしてしまったという“後天的な脳疾患によるもの”だという設定が現代的。

 

今でこそ多く見かけるようになったものの、1970年代に「同性愛」を題材にしているというのも当時はかなり珍しいことだったのではないかと思います。「やおい」や「BL」という言葉もまだちゃんとなかった頃ですからね。(ま、この物語りの結城と賀来の関係はやおいとかBLとはちょっと違うのですけども)

 

現在では特別目新しい題材ではない「サイコパスの殺人者」と「同性愛」ですが、1970年代にこれらが描かれているのは作者の先見の明を感じるというか、前衛的な作品だなぁと。

 

私は映画化された2009年に小学館文庫(全2巻)で読みました。

 

MW(ムウ) 小学館文庫 全2巻セット

MW(ムウ) 小学館文庫 全2巻セット

  • メディア: セット買い
 

 

 

他、今手に入りやすいのだと、手塚治虫漫画全集」の全3巻と、

 

 

 

 

電子書籍ですかね。

 

MW 1

MW 1

 

 

 

お高いですが、《オリジナル版》だと雑誌掲載時そのままのカラーや未収録ページ、単行本とは異なるエンディングなど完全収録されているそうです。

 

MW (ムウ) 《オリジナル版》1

MW (ムウ) 《オリジナル版》1

  • 作者:手塚治虫
  • 発売日: 2018/08/20
  • メディア: コミック
 

 手塚治虫は単行本刊行時に書き直すことが多い漫画家なのですが、この『MW(ムウ)』もご多分に漏れずという訳ですね。単行本だと改訂されている手塚治虫自身が登場する番外編まで収録されているらしく、大いに気になるところですが・・・入手するのはちょっと躊躇するお値段ですな(^^;)。

エンディングは内容が大きく異なるということではなく、ページ構成やセリフが単行本版と雑誌掲載時では違いがあるらしい。

 

 

 

 

 

モデル

作中での「MW」ガス漏出事件はお話の主軸であり、詳細やそれによる政治的判断、国民の動きなどもかなり具体的に描かれているのですが、この事件やそれに伴う騒動には下敷きになっている実際の事件があります。それが、1969年に起こった沖縄県美里村の知花弾薬庫でのVXガス漏出事故。

被害にあったのは基地にいたアメリカ軍人二十数名とされていますが、これにより極秘裏に毒ガスが貯蔵されていた事実が明るみとなりました。

島民や国民が知らぬ間に化学兵器である大量の毒ガスが持ち込まれていたこと、「機密」だらけで詳細が分からず不審点が多いことなどで、住民を始め日本国内で恐怖や怒りの声が上がり、アメリカ軍で毒ガスの移送作戦がされることとなった事件です。

 

作中では漏出事故で流れ出た「MW」ガスが風によって島をよこぎり、島民八百人以上が死亡。某国と日本政府は双方の利益のために島で起こった出来事を丸々“なかったこと”として大規模な隠蔽工作をする・・・。という、よりダイナミックなお話になっていますが、致死性の高い大量の毒ガスが、民間人が多くいる場所に秘密裏に貯蔵されていたのが事実としてあったからには、この作中のような世にも恐ろしい事態も十分に起こり得るのですよね。決して荒唐無稽なことではないのです。

 

結城が狂気の殺人者になってしまったのは、人間が戦争のために作った化学兵器のせい。犯行を加速させた原因は国の隠蔽体質。

手塚治虫はこの作品でも痛烈な戦争批判をしている訳ですね。

 

 

 

 

 

男と女

ピカレスクものである今作。主人公の結城美知夫は良心というものが一切ない極悪非道の殺人者なのですが、特徴的なのが男として女性を誑かす一方で、女装・男娼などの行為を巧みに使って犯行を重ねていく点です。 

結城には歌舞伎役者の血が流れていて、女性に化けるのが得意だという設定。顔も声も自分が殺した女性そっくりになりすますことが出来て、親にまで見破られないというのはさすがに無理があるだろとは思いますが、男性性と女性性を両方使えるというのは見方によっては究極の万能感であり、その万能性を持つ人物が冷酷な殺人者だというのが恐ろしくて巧妙なところ。

女と寝てた数時間後には男と寝ているという忙しさには若干呆れてしまいましたけどね・・・(^_^;)。

 

タイトルの「MW」は作中では毒ガスの名称として出てきますが、作品内容が暗示されているものなのではないかとされていて色々な説がある。中でも有力だとされているのがMan(男)とWoman(女)を合わせているのではないかという説ですね。結城の性別の変幻自在さを指しているのではないかと。(他に「反転」を意味しているのではないかとかいう説も)

 

結城は賀来と肉体関係を持っていますが、結城にとって男と関係を持つときは同性としてではなくて“女性になっている”という感覚なのではないかと思われる。本来の性別は男性だけれども、女性になることも出来る。二つの性を行き来することを、結城は戸惑いなく自身の最大の武器としてフル活用して満喫しているというか。どっちの性も当たり前に使いこなす、一つの身体の中に男と女“二つの性”が両立している人物。

 

なので、賀来との関係も厳密には「“同性”愛」じゃないのかも。そもそもこの二人は恋愛関係って感じともちょっと違う気が。沖ノ真船島での強烈な体験を共有したが故に、双方相手に執着している印象ですね。

結城は賀来に対しても酷いことばっかりするし、社会的に陥れようとかもするのだけど、賀来が自分から離れることを許さないし、賀来は結城さえいなくなれば自分の悩みが全て解消させる状態で、人類の為にもこんな男は自分が殺すべきなのでは・・・とか思うのだけど、いざ結城が死ぬかもという状況になると「結城!死ぬな!」と必死の行動をする。

 

なんにせよ、相手に対し何やかんやで愛情は強く持っているお二人。ここら辺のやり取りはこの作品の大きな見所の一つです。

 

 

 

 

映画

映画は2009年に【手塚治虫生誕80周年企画】で制作されました。

結城が玉木宏さん、賀来が山田孝之さん。

 

MW -ムウ-

MW -ムウ-

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

映画との連動企画で単発ドラマMW-ムウ-第0章~悪魔のゲーム』も放送されました。主演は佐藤健さんで、映画の数ヶ月前を描いた内容になっています。

 

 

 

どちらも設定も細かなストーリー展開もかなり変更されているので、原作というより“原案”レベルですね。

 

原作の特徴である、上記した結城の女装や男娼的行為はまったくないですし、戦争批判・単純な二元論の否定といった原作のメッセージ性も薄いので、「ただ美形が人殺ししまくる映画」といった代物。ま、クライムサスペンスとして観るならそれだけでも良いのかも。

 

「同性愛」の描写については、双方の役者さん事務所からはOKが出ていたものの、スポンサーからのお許しが出なかったために非常にびっみょ~な“匂わせ”をするに留められたらしい。いやぁ、時代ですねぇ。今だったら「同性愛」描写も普通にやるだろうな~。

裏設定としては映画の結城と賀来も肉体関係があるということになってはいるのだとか。いや、そんな伝わらない裏設定を出されてもだな・・・(^_^;)。

 

「同性愛」描写がNG なら、原作通りに実写化しろといってもどだい無理な話ですね。おかげで映画の結城と賀来の関係性はかなりボヤボヤで、観ている側は何も掴めないものになっている。

原作に比べて結城が賀来に対して「おもちゃ扱い」でドライなのがなんだか悲しかった。原作だと賀来の為に涙流したりしていたのにねぇ・・・。

 

他、賀来がやたら女々しくなっているのと、バンコクでの大規模ロケで張り切っているにしても、冒頭30分あまりを誘拐事件での追いかけっこに費やしているのは、いくらなんでも時間を割きすぎだろうと思いました。

しかし、玉木宏さんの悪役っぷりなどは見応えがあるので、役者さん目当てに観るなら楽しめる映画です。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

善と悪

「MW」ガスの行方を追って残虐非道な犯罪を重ねていく結城。15年前の漏出事件の隠蔽工作に加担した人物たちを次々と殺していく姿を見て、賀来は結城が「MW」についての真相を告発し、自分たちの人生をめちゃくちゃにした連中に復讐しようとしているのだと思っていましたが、結城の目的は復讐ではなく「MW」を手に入れること。「MW」を分析して大量生産し、それを使って人類を滅亡させることでした。

 

結城には「MW」ガスの後遺症がまだ残っており、時折発作を起したり人事不省になったりで余命幾ばくもない。

「僕の命も長くは持たないだろう 僕が死んでしまえばもうこの地球なんざ用がないよ だから全人類に僕につきあって死んでもらうんだ」

と、この最終目的の為に手段を選ばずに色々する様が描かれているのがこの作品なのですね。

 

 

「そんな そんなバカな」「こいつはもしかしたら完全な狂人なんだろうか?」

賀来が言うように、結城は完全な狂人。この圧倒的理不尽な希望による行いは、悪魔というよりむしろ神の所業に近い。

結城に惚れこんでしまった女性・澄子が作中で言う「悪魔も神さまも結局 同じものなんじゃないのかしら?」というセリフが印象的。

結城のような狂人が出来上がってしまったのは、人間が作りだした兵器のせい。人間は、人間が作り出した物によって自滅の道を進む馬鹿な生き物ということなのか。では、「悪」とは一体何なのか。

 

 

この作品は「男と女」「善と悪」といった“境界の曖昧さ”を結城と賀来の関係を通して描くのが目的の作品なのだと思います。単純な二元論思考の否定がテーマ。

 

ラスト、結城は自分にそっくりな兄と入れ替わることで死を偽装。(ぶっちゃけ、“そっくりな兄”が終盤で登場する時点でこのラストはお察しなところがありますが・・・^_^;)警察や世間をまんまと騙し、ニヤリと笑うところで終わっています。

これからまた新たな悪巧みを企てるのですね~と、匂わせての終わり。

 

個人的に、こういった本当の結末をぼかす終わり方は好きではないのですが、このラストもまた“綺麗で分かりやすい結末”の否定で、「現実の物事は物語りみたいに綺麗に決着がつくものではなく、曖昧なものなんだよ」って示しているのかな?と、後々になって思った次第。(最初読み終わった時は、ひたすらモヤモヤして「終わってないじゃん!」って感想ばかりだった)

 

 

 

手塚治虫の描く「同性愛」と「悪」、気になった方は是非。

 

 

MW 手塚治虫文庫全集(1)

MW 手塚治虫文庫全集(1)

 

 

 

ではではまた~

『ファーストラブ』 原作小説 ネタバレ・感想 秘められた”初恋”の記憶とは?

こんばんは、紫栞です。

今回は島本理生さんの『ファーストラブ』をご紹介。

 

ファーストラヴ (文春文庫)

第159回直木賞三十五賞受賞作。

 

あらすじ

「動機はそちらで見つけてください」

父親を殺害した容疑で逮捕された女子大生・聖山環菜。彼女はキー局の二次面接の直後に父親を刺殺し、多摩川沿いを血まみれで包丁を持ったまま歩いていたという。アナウンサーになることを父親に反対されての犯行だろうみられたが、聖山環菜は「動機は自分でも分からないので見つけてほしいくらいだ」と警察の取り調べで語ったという。

 

この事件を題材に、環菜の半生を描くノンフィクションの執筆を出版社に依頼された臨床心理士の真壁由紀は、拘置所にいる環菜本人や彼女の周りの人々と面会を重ねていくが、自らを「嘘つき」と称する環菜の言動と、食い違う周辺人物たちの証言に事件の謎は深まっていく。やがて、環菜は自身の“初恋”について語りだすが――。

 

彼女はなぜ、父親を殺さなければならなかったのか?

 

由紀は環菜の半生を追うなかで自分の過去と向き合いながら、聖山家の暗部を暴いていく。それは、あまりに悲痛な「家族」の在り方だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋物語り・・・?

『ファーストラブ』は2018年に刊行された長編小説。直木賞を受賞し、2020年にNHKでドラマ化、2021年に映画公開予定とあって、島本理生さんの代表作の一つですね。

 島本理生さんは濃厚な恋愛小説を書く作家さんというイメージが強かったので、恋愛小説にさほど興味をそそられない私は今まで島本さんの作品は読んだことがなかったのですが、映画の予告編を観て興味をそそられたので読んでみました。


映画『ファーストラヴ』予告編【2021年2月11日(木祝)公開】

 

島本さんへのそういったイメージがあったのと、本の「ファーストラブ」という題名、血の繋がらない父親を女子大生が殺害したという事件内容から、センセーショナルで濃厚な恋愛要素を盛込んだサスペンスものかと読む前は予想していたのですが、いざ読んでみるとこういった予想はことごとく覆される作品になっています。だからといって期待外れでガッカリするようなことはなく、十分に“読ませる”作品なのですが、人によっては「思ってたのと違う」と戸惑うかもしれません。

 

やっぱり「ファーストラブ」という題名が誤解を招く大きな原因になっていると思うのですが・・・この題名にしたのは本当のテーマを隠すための読者へのミスリードの意図がある・・・かもしれない。

 

ジャンルとしては「家族小説」とするのが一番しっくりくるのかなと。推理小説的な仕掛けなどはないものの、ミステリアスな環菜の存在や、真相を探っていく過程、伏線が綺麗に回収されていくストーリー展開にはミステリとしての面白さがあり、ページ数もそこまでではないので、こういったジャンルに親しみがない人や読書の習慣がない人でもとっつきやすい本だと思います。

 

 

 

 

映画・ドラマ

ドラマはNKK BSプレミアムで2020年2月22日に単発ドラマとして放送されました。

 

特集ドラマ「ファーストラヴ」

特集ドラマ「ファーストラヴ」

  • メディア: Prime Video
 

 

キャスト

 

 

映画は2021年2月に公開予定。監督は堤幸彦さん。『望み』に続いてドシリアスな家族物映画を撮っている訳ですね。

 

www.yofukasikanndann.pink

 

キャスト

 

 

ドラマと映画でキャストを比較するのもまた楽しい。

 

主人公・由紀と大学の同期で親戚でもある弁護士・迦葉は“かしょう”と読ませる変わった名前。お釈迦様の弟子の一人の名前らしいのですが、この人物は由紀に次ぐ主要人物で出番も多いので、一々この慣れない名前が出てくるのは読んでいてなんだか気障り・・・(^_^;)。

他の我聞や聖山(ひじりやま)もそうですが、名前の由来が話に絡んでいるということもないですし、もっと一般的な名前の方が読んでいて邪魔にならないのになぁと。ひょっとしたら仏教に因んだ暗示的な名付けなのかもしらんですが。

ま、取るに足らないことではあるのでしょうけど・・・。文章表現だと人物名一つでも読むのに少なからず影響があるのだということを改めて思い知りました(^^;)。

 

 

 

嘘つき

 

正直に言えば、私、嘘つきなんです。自分に都合が悪いことがあると、頭がぼうっとなって、意識が飛んだり、嘘ついたりしてしまうことがあって。

 

と、物語りの序盤で早々に聖山環菜は面会に来た由紀に自分は嘘つきです宣言をする。

その宣言通り、環菜は言っていることがどこまでが本当でどこから嘘なのか判然とせず、情緒不安定気味で気分にもむらっけがあるので、作中の由紀や迦葉、そして読者も大いに翻弄される訳です。

この環菜の不可解さと、それに並行して由紀と迦葉の間に過去に何かがあったらしき描写がちらつくので、真相が知りたくって読者はドンドンページをめくっていくことに。

 

事件の当事者である環菜だけでなく、事件とは関係ないところで主要人物二人も過去に親から受けた仕打ちから精神的不健康な部分があり、読んでいると「どこもかしこも、どいつもこいつもトラウマだらけで難儀なことだな」って感じで、世間では所謂“メンヘラ”と称されてしまうような登場人物ばかりなので、胸焼けというか、若干気重になってしまうところはあります。

作中でも環菜が迦葉のことを「男メンヘラ」だと言い放つ場面があり、由紀に「そんな言葉は、使うものじゃない」とたしなめられています。

“メンヘラ”という言葉は私も乱用して使われているのには元々嫌悪感を持っていたのですが、ここの部分を読んで、実際に様々な理由で精神的に弱っていて、傷ついている当人に「メンヘラ」と一括りにした、軽薄な言葉をぶつけるのは本当に無神経で腹の立つ事だなと痛感しました。ま、環菜の場合は正直「お前が言うな」というのもありますが・・・(^_^;)。

 

テーマがテーマなので気重になるのは致し方ないところです。それでも先が気になる、読者を最後まで惹きつける描写力は見事ですね。

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口に出してはいけない

この物語りのテーマは“かくれた性虐待”

環菜は十歳から十四歳まで、父親・那雄人が自宅のアトリエで定期的に行っていたデッサン会でモデルをさせられていました。デッサン会の参加者は全員男性で、自分は服を着ているものの、男性のヌードモデルと背中合わせにポーズをとらされてのものでした。

私は美術短大出身なので実際にヌードモデルデッサンも授業でやりましたが、モデルが裸の女性だからといって、絵のモチーフとして観察することと視姦はもちろん別物であり、大半の生徒はちゃんと授業だと割り切って受けているものです。(ま、私は女性だし短大は共学だったので学校によっては違いがあるのでしょうけど)

が、全裸の男性と服を着た少女のモチーフなんて“そういったこと”を意識させてしまうし、デッサン会でモチーフとして選ぶのは不自然だとは思う。

指導者に真顔で提示されれば「芸術とはそういうものだ」と思わされてしまうというのは、美術学校ならではの独特の空気で線引きが難しいところですね。

 

十歳くらいというのは、女性は男性の欲を何となく感じ取り始める過敏な年頃。その多感な時期に、不特定多数の男性にどこか欲を滲ませた視線で見られることは非常に精神的負担が大きいものだろうということは、女性でなくともまともな大人なら分かることのはずですが、父親の権限や芸術の曖昧さで黙認され続けました。

腕を切ったら「傷が塞がるまでは」とモデルを一時解放されたことが切っ掛けで、環菜はモデルをしたくない一心から自傷を繰り返すようになり、そのうちに、この事に関係なくストレスを感じれば自傷をするのが癖となっていく。

 

「知らない男の人の裸がすぐそばにあるとか、小学生の私を酔った男の人たちが触ったり、抱き着いてきたりして、いつなにをされるか分からなくて怖いのに、それをそばで見ている親が助けてくれない。だから腕を切って、傷が塞がるまではデッサン会からも解放されて。つらいことから救ってくれたのは血を流すことだけでした。だから、あの日も私は同じようにしただけです」 

 

直接的にな暴力を受けたことはないものの、典型的なモラルハラスメント加害者である父・那雄人に日頃から「何かあれば戸籍から抜く」と幼少から言われ続け、母親である昭菜は那雄人に従順で、自分が怒られないようにと振る舞うばかりで娘の意見を聞こうとしない。この「家族」のなかでは、環菜は自分の本当の気持ち、様々な苦しみを口にすることが出来ませんでした。それらは口に出してはいけないことだと常識のように思い込まされていたのです。

 

どんな人間にも意思と権利があって、それは声に出していいものだということを、裁判を通じて私は初めて経験できたんです。

 

やっと自分から堂々と言えた場が、裁判で父親を殺した被告人としてというのがやるせないですね。

 

 

 

 

 

初恋の記憶

作中、環菜は自分の初恋は12歳のときに恋人として付き合っていた「祐二くん」という人物だと言い出す。

 

夜一人で留守番をしているときに家に鍵をかけたからという理不尽な理由で父に激怒され、家を追い出された12歳の環菜は、祖父母を頼るも「お前が悪い」と助けてもらえず、途方に暮れて道端でうずくまっていた時に声をかけてくれたのが、当時コンビニ店員で大学生だった小泉祐二。

 

小泉祐二は怪我をしていた環菜の傷を手当てし、「家に帰りたくない」と言う環菜を自分の独り暮らししているアパートに一晩泊め、布団が一組しかないからと一緒に寝て、その後にこのアパートに避難してくるようになった環菜と性的行為をするようになる。

 

環菜は「すごい、楽しかった」「あんなに優しくされたことなかった」「恋愛で一番いい思い出」と由紀に語りますが、普通に考えてこの祐二くんは色々とダメですよ。12歳の子に何しているんだという。間違いなく糾弾されるべき犯罪者です。

 

由紀は、現在は結婚して妻がいる小泉祐二に会いに行って話を聞きますが、やはり祐二の方は環菜のように“あれが恋愛だった”という認識はない。下心が抑えられず、少し手を出したら環菜に言い募られて引けなくなり、関係を持つものの環菜のことも捕まるのも怖くってさっさと別れたというのが本当のところ。

“欲望にも罪悪感にも負けて、世間の目に怯え、少女一人救うこともできずに逃げた。”

半端で、無責任で、罪深い男。

強制わいせつ罪の時効が過ぎているので罪に問えないのが腹立たしいですね。

 

「初恋のいい思い出」などと最初由紀に語った環菜でしたが、祐二が結婚していると知らされると、「あんなことした人が普通の女の人と付き合って結婚するとか意味分からない」と語気を荒げる。

 

本当は、環菜も祐二とのことが初恋の記憶なんかじゃないことは分かっていました。あれは初恋だったと騙っていただけで、環菜にとっては祐二も恐怖の対象である男の一人で、憎い相手なのです。

 

祐二も、デッサン会の生徒も、環菜の今までの交際相手も、皆口をそろえて「あっちが誘ってきた」と言う。「嫌がっていなかった」「笑っていた」「だから自分には非はない」と。

 

しかし、環菜としては男性の下心を感じとって反射のように“相手が望む態度”をとっていただけであり、むしろ嫌悪していました。

幼少の沈黙を強いられた不健全な家庭環境から、自分の気持ちを主張することなど思い付くことも出来ず、けれど誰かに頼っていたいからただただ相手の期待に応え続けるが、最終的にはいつも相手には逃げ出され、周りには“そういう女だ”と蔑まれる。

 

環菜が親から受けた虐待は具体性のない、あやふやなものですが、直接的な事をされた訳ではないぶん、誰にも言えずに苦しみ続けて、環菜と同じような振る舞いをしてしまう人というのは多くいるのだろうと思います。環菜の場合は「初恋」が決定的な切っ掛けとなり、結果として元凶の父親を死なせることになってしまった。

 

 

 

 

 

終盤の裁判で初めて明かされる父親殺害の真相はちょっと意表を突くもので一応の辻褄も通っているのですが、無罪主張はやはり無理があると感じました。だからあの判決は妥当ではあるかなぁと。

由紀の「初恋の記憶」ですが、迦葉とのことだろうと見せかけて夫である我聞のことだったというのも意表を突かれた点。迦葉とのことは「恋愛ではないけど特別で大事な思い出」ということらしい。ちゃんと秘密が氷解して良かった。

 

個人的に、裁判シーンはもっと盛り上げても良かったのではないかというのと、由紀の夫・我聞がいい人で、素敵すぎて、なおかつイケメン。と、都合が良すぎて現実味がないのが気になりましたかね。読んでいて散々腹を立てさせられた、何処までも自分本位な環菜の母・昭菜の過去も詳細は分からずじまいでしたが・・・ま、それはそれであやふやなままで良いのかな。

 

今一度虐待について深く考え直されましたし、家族小説としてもサスペンスとしても十分に没頭して読むことが出来ました。テーマは重いですが、読後には穏やかな気分になれるのでオススメです。ドラマ・映画で気になった方は是非。

 

 

 

ファーストラヴ (文春文庫)

ファーストラヴ (文春文庫)

 

 

 

 

ではではまた~