夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『The Book』(ザ・ブック) ジョジョ 小説 乙一による力作!ネタバレ・感想

こんばんは、紫栞です。

今回は乙一さんの『The Book ~jojo’s bizarre adventure 4th another day~』をご紹介。

 

The Book ~jojo’s bizarre adventure 4th another day~ (集英社文庫)

 

あらすじ

2000年1月、杜王町。ぶどうヶ丘学園高等部一年の廣瀬康一と漫画家の岸辺露伴は、コンビニの前で全身が血に汚れたまま歩いている猫と遭遇する。猫に怪我をしている様子はなく、血はどこか別の場所でつけてきたものと思われた。二人は猫がはめていた首輪に書かれていた電話番号と名前から飼い主の家を捜し当てて訪問し、一人の女性の遺体を発見する。

密室の中、その女性は“車に轢かれたのが死因”だとしか思えぬ奇妙な状態で死んでいた。

 

解決まで二ヶ月半もかかることとなる、奇妙な事件の幕開け。しかし、本当のストーリーはとっくの昔、まだ“彼”が母親の胎内で小さな細胞だったときから始まっていた・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

乙一×ジョジョ

『The Book jojo’s bizarre adventure 4th another day』は、荒木飛呂彦さんによる大人気超長編漫画ジョジョの奇妙な冒険の第四部ダイヤモンドは砕けないの世界設定を借りた、乙一さんによるオリジナル物語の小説作品。

 

刊行されたのは2007年で、それ以前も同じような形で『ジョジョ』の三部、五部と小説が刊行されているのですが、四部はまだ出ていませんでした。そこで、乙一さん自ら「『ジョジョ』の四部は小説にしないんですか?もしも書く人がいなかったら、書かせていただけませんか」と申し入れがあって実現したもの。

 

乙一さんは1996年に『夏と花火と私の死体』で第6回ジャンプ小説・ノンフィクションを受賞してデビューしたとあって、もともとジャンプとは馴染みのある作家。

 

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驚愕の十六歳でのデビューでしたが(ちなみに、この本の作中で“貴重な十代の時間を小説執筆にあてるなんてもったいないことをするものだとおもった。宝石をドブにすてるようなものだし、今すぐやめて、もっと外であそんだほうがいいとおもう。もしも自分が十代でデビューした作家なら、そんな忠告をしたいところ”という文章が出てくる)、十代の頃から『ジョジョ』のファンで、「もし『ジョジョ』の小説を書かせてもらえるのなら第四部がいいな、とぼんやり夢想していた」とのこと。

 

バトル漫画といえ、『ジョジョ』の四部は一つの町で起こる奇妙な出来事、短編の連なりのような構成になっているので、怪奇譚的な短編を得意とする乙一さんと相性がいいと読者的にも思うところ。

今作は370ページあって、乙一さんの作品の中ではかなりの長編となりますがね。スピンオフの岸辺露伴は動かない関連での短編小説も書いてくれないかなぁなんてことも思うところ。

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 ファン故に気合いが入りまくったためか、書いては気に入らなくってボツにするというのを繰り返し、小説の内容は二転三転して、葬った原稿は2000枚以上。執筆にかかった期間は五年。その五年間、この小説のことばかり考え、収入が途絶えながらも別件の仕事をやって生活費を稼ぎ、三回引っ越しし、結婚までして、やっとこさ完成したのが今作。

 

物語自体の面白さはもちろん、「これまでに食べたパンの数をおぼえている人間がこの世にいるだろうか」など、ところどころジョジョ愛が垣間見える文や、「名前?意外とこういうスタンド名ってやつは、洋楽からとったりする場合がおおいんだよな」などのメタ発言が出て来て、読んでいて「フフッ」となります。

 

そんな訳で、ジョジョファンにとって申し分ない作品になっていますが、ちょっとしたことながらも、猛烈に違和感があるのが岸辺露伴の一人称が「私」になっているところ。露伴「僕」と言っているイメージが強いし、漫画でもアニメでも「僕」って言っていたと思うのですが・・・(全部の発言を確認した訳ではないから断言は出来ませんけど)。この小説では「私」なのかい?でも、「私」って言った後に「ぼくたち」と発言もするから訳がわからない。どういうこと?気分?露伴先生の。

 

あと、妙な具合にひらがな表記が多くって若干読みにくくなっているのも謎。乙一さんは作品によって漢字の量を変える作家ではあるのですが、「おもう」や「かんがえる」がひらがなで、「遭遇」や「腫瘍」が漢字というのは解せませんね。

 

乙一ファンでジョジョも好きなので気になっていたものの、ずっと読めていなかったのですが、この間、ジョジョの第四部のアニメを観終わって「めっちゃ面白いじゃん!」と改めて感動したので、興奮冷めやらぬままに勢いでやっとこの本を購入した次第です。いや、ホント、何で今まで読まなかったのかと後悔しましたね(^_^;)。

 

2007年にハードカバー版が、

The Book 〜jojo's bizarre adventure 4th another day〜

The Book 〜jojo's bizarre adventure 4th another day〜

  • 作者:乙一
  • 発売日: 2007/11/26
  • メディア: 単行本
 

 

2011年にJUMP j BOOKS から新書版が、

 

The Book jojo's bizarre adventure 4th another day (JUMP j BOOKS)

The Book jojo's bizarre adventure 4th another day (JUMP j BOOKS)

  • 作者:乙一
  • 発売日: 2011/12/19
  • メディア: 新書
 

 

 

2012年に文庫版がそれぞれ刊行されています。

 

 

 

 持ち運びに便利なのはもちろん文庫版でしょうが、最初のハードカバー版は作中に登場するスタンド能力【The Book】と同じく「単行本サイズのダークブラウンの表紙で、三百八十ページほどのあつさがある本」で、荒木さんのイラストが飛び出す仕掛けなどもあって凝った作りのものになっていてオススメ(私は最初文庫で買って、その後ハードカバーを見つけ、素敵な装丁に惹かれて結局そっちも買った…)

どの版にも荒木さんの各章扉絵と挿絵は収録されていますが、乙一さんのあとがきは文庫版には収録されていませんので注意。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蓮見琢馬の復讐

今作の舞台は、原作での吉良吉影との戦いが終わってからおよそ半年後。

原作漫画からの登場人物は東方仗助廣瀬康一虹村億泰岸辺露伴山岸由花子トニオ・トラサルディー東方朋子など、一通り出てくる。

語り手は康一君の他に、小説オリジナルの登場人物である、ぶどうヶ丘学園高等部二年の蓮見琢馬、ぶどうヶ丘学園高等部一年で琢馬と親交があり、好意を抱いている双葉千帆、婚約者の男に突き落とされ、ビルとビルの隙間から出られなくなってしまった飛来明里と、複数の視点で物語が構成されています。物語が進むにつれ、各人物の繋がりが明らかになるつくり。

 

ビルとビルの隙間から出ることが出来ずに長期間過すハメになるという、なさそうであるような、どうにかできそうでできないような、この奇妙な状況設定は凄く乙一作品的。こんなにも発見してもらえなかったのは、明里をこんな目に遭わせた男・大神照彦【黒い琥珀の記憶】(メモリー・オブ・ジェット)なるスタンド能力を持っていたためなのですが(大神は単に「幸運」と呼んでいた)。海外旅行先で、矢じりのようなモノで肩を傷つけたと言っているので、十中八九、“あの矢”によるものですねぇ・・・。

飛来明里はこの奇妙な状況下で大神照彦の子を身籠もっていることに気が付き、たった一人で出産する。そのときの子が蓮見琢馬。

 

 

今作は、蓮見琢馬の父親への人生をかけた復讐を描いた物語。仗助たちはその人生に途中参加しただけ、琢馬としては“思わぬ邪魔が入った”という形ですね。

 

 

蓮見琢馬は幼少から見聞きしたものすべてを記憶し、“忘れることがない”という人物。超記憶症候群サヴァン症候群、瞬間記憶能力(カメラアイ)のような特性で、それで今までに食べたパンの数だっておぼえている訳ですが、“忘れることが出来ない”という苦悩から、【The Book】という、自分の人生がすべて文章で記されている【本】の形のスタンド能力を手にする。これがページを人に見せると琢馬の体験を見た者に追体験させることが出来たりなどする能力で、ジョジョ的スタンドバトルに発展していくという訳です。

 

琢馬が生まれながらにスタンド能力を持っていたこと、復讐の障害になる人物をスタンド能力で殺害したこと、探り始めた仗助たちへの牽制のために東方朋子に危害を加えたことが決定的となって、琢馬は仗助たちと戦わざるをえなくなるのですが、本来の目的は一貫して父への復讐。

最後、仗助との戦いには敗れるものの、琢馬は大願だった父への復讐は成就させています。

空恐ろしい方法での復讐だったのですが、復讐を成すことだけを考えて人生を終えることとなった琢馬の一生というのは、飛来明里の子供への想いのことをふまえると酷く悲しくてやるせない。暗闇の中での唯一の希望で、必死の思いで産んだ子に、こんな風に人生を消費して欲しくなんかなかったはずですからね。

 

 

 

 

リーゼントヘアの【彼】

途中、語り手の康一君が地の文でいきなり、原作で描かれた謎の「リーゼントヘアの少年」についてメタメタな発言をしだして読者は驚くこととなる。後の展開への前フリになっているのですが、それにしたってもうちょっと自然なやり方があったろうに・・・何故なんだ(^_^;)。

 

原作を読んだ人なら誰でも知っている、1987年の冬、仗助の命を救ってくれた「リーゼントヘアの少年」。原作では結局何者だったのか明かされずじまいだったのですが、今作では康一君のメタ発言によって、当時からファンの間で一番多く言われていた仮説、「リーゼントヘアの少年は、敵のスタンド能力で過去にタイムスリップした仗助自身だったのではないか」という説が紹介されています。

確かにそう考えるのが一番キレイな形に思えるのだけど、原作者の荒木さんが明かしてない以上、ただの憶測でしかありませんね。この謎って、今後他の部で明かされるのかなぁ・・・。明かされたら「スゲぇ」ってなるけど。果たして、作者は覚えているのだろうか。

 

「リーゼントヘアの少年」は、仗助にとって今の自分の生き方を形作る重大な存在。琢馬は「【彼】は君自身だったんじゃないのか」「僕はこの町の人物なら全員記憶している。【The Book】で検索して、【彼】なんて“いなかった”ということになったらどうする?」と、仗助を精神的に揺さぶって勝機を見出そうとする。

ここら辺のシーンが小説ならではのバトルシーンといった感じで良い。琢馬の【本】のスタンド能力という設定も存分に発揮されていて巧いなと。この揺さぶりに対する仗助の“答え”も原作ファン納得のものとなっています。

 

 

 

 

 

少年ジャンプ的でない結末

17年前、飛来明里を閉じ込め、子供を取り上げ、死なせた後、大神照彦は結婚して苗字が変り、双葉照彦となっていた。

つまり、双葉千帆は照彦の娘で、琢馬とは腹違いの兄妹。誰とも親しい交友関係を築こうとしなかった琢馬が、千帆とだけは例外的に親しくしていたのは「妹」だから。そして、そのことを利用して父に復讐するため。

琢馬は照彦の共犯だった織笠花恵は殺害しましたが、照彦を殺害する気は端からありませんでした。父の照彦にはもっと罪深く、冷酷な復讐を用意していたからです。

 

最終的に、復讐は千帆の手によって成されて終わるのですが、最後の最後に康一君が知るこの「復讐」の内容も、そのことを語る千帆も恐ろしい。「楽園を追放され、永遠に荒野をさまよいつづける罪人」のようになった千帆ですが、それでも強くしなやかに生きる彼女に康一君は「遠くへ!遠くへ行くんだ!運命も追ってこない遠くへ!」と、スタンド【エコーズ】を使って言葉を運ぶ。

倫理観や道徳観が揺らぐ、とても重い真相と結末。およそ「友情・努力・勝利」などといった少年漫画的ではない代物となっていますが、とても深く心に残る結末となっています。

 

少年誌的ではないものの、色々とひっくるめて乙一作品らしい、ジョジョ四部らしい見事な作品となっておりますので、気になった方は是非。

 

 

ではではまた~

 

The Book 〜jojo's bizarre adventure 4th another day〜

The Book 〜jojo's bizarre adventure 4th another day〜

  • 作者:乙一
  • 発売日: 2007/11/26
  • メディア: 単行本
 

 

 

 

 

『火の鳥 大地編』ネタバレ・感想 幻の”続編”、小説化!

こんばんは、紫栞です。

今回は桜庭一樹さんの『小説 火の鳥 大地編』をご紹介。

 

小説『火の鳥』大地編 (上)

あらすじ

昭和十三年(1938年)一月、日中戦争の勝利に沸く日本占領下の上海。財閥総師の三田村要造の娘・麗奈と結婚し、異例の出世をした關東軍将校の間久部緑郎は、伝説の不老不死の生物「火の鳥」の調査隊長に任命される。

中国大陸のシルクロードにあるタクラマカン砂漠の中にある“さまよえる湖”と呼ばれるロプノール湖。この湖の周辺の動植物には、長寿と極めて強い活力が認められるのだが、これは火の鳥の“未知のホルモン”によるものではないかという可能性が猿田博士の研究で浮上したのだという。

火の鳥」の力を皇軍の士気高揚に有効利用することを目論見とする「ファイヤー・バード計画」。スポンサーは義父である三田村要造であり、成功した暁には二階級特進を約束された緑郎は、必ずや任務を成功させようと奮起する。

現地調査隊のメンバーは、緑郎の弟であるが密かに共産主義に共鳴する正人、その友人で実は上海マフィアと通じているルイ、清王朝の元皇女・愛新學羅顯玗こと川島芳子、通訳として同行することになった西域出身の謎の美女・マリアと、食わせ者ばかり。

途中、現地調査隊の動向が気になり追ってきた猿田博士も加わり、一行は苦労の末にロプノール湖周辺、かつて楼蘭という小国があった跡地にたどり着く。その地で、緑郎たちは火の鳥の驚愕の力を知ることとなるが――。

 

 

 

 

 

 

 

著者・桜庭一樹/原案・手塚治虫

『小説 火の鳥 大地編』は2021年3月に刊行された長編小説。上巻下巻に分けての同時刊行で、桜庭さんの小説作品の中ではかなりのボリュームの長編となっています。

不老不死の生物・火の鳥に翻弄される人々を壮大なスケールで描いた、手塚治虫のライフワーク作品であり、学校の図書室に必ず置いてある漫画の筆頭、火の鳥

表紙にドーンと“小説” “火の鳥と書かれていてもどういうことかと困惑することと思いますが、こちらは「漫画の神様・手塚治虫の遺稿に、直木賞作家・桜庭一樹が新たな命を吹き込む!!」という、朝日新聞社創刊140周年記念で企画された作品。

 

火の鳥』は複数の編から成り立っている作品で、各編のエピソードが一つの物語として完結しているので、読んでいてそれほど気に留めることもないのですが、『火の鳥』は作品全体としては未完です。生前に漫画作品として執筆されたのは「太陽編」が最後ですが、作者の手塚治虫はその後に続く複数の「〇〇編」の構想を練っていたらしく、周りに構想の一部を語ったりしていたのだとか。

「大地編」はそんな構想のみが残された幻の作品。

構想のみですが、「大地編」は日中戦争が舞台の物語と、幕末から明治維新が舞台の物語と二種類あるらしく、ストーリーを手掛けた舞台劇の原作として書こうとしていた・・・雑誌連載するにあたって雑誌社側から要望があったため変更した・・・と、そこら辺の事情はよくわからないのですが、この小説は日中戦争が舞台の物語の方の、手塚治虫による「火の鳥 大地編」構想原稿(原稿用紙2枚と5行)をもとに、桜庭一樹さんが小説として書き上げたものです。

 

桜庭さんは手塚作品の中で一番『火の鳥』シリーズが好きなのだそうで、そのことがきっかけで執筆依頼がきたのだそうな。

連載前から話題になっており、桜庭一樹ファンで手塚作品も好きな私は「桜庭さんが『火の鳥』を書く!?読むしかない!」と、刊行を心待ちにしておりました。

 

桜庭一樹さんは量産してくれる作家さんではなく、前作の短編集『じごくいきっ』も刊行されたのは2017年で4年前。 

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その前も短編集や中編集が続いていたので、長編小説となるとかなり久し振りですね。個人的に色々と待ちに待っていた代物で、買うときも読むときも興奮しました。もっと小説書いて欲しいな・・・(^_^;)。

 

 

 

 

SF戦争史

手塚治虫の残した構想原稿にはどの程度の内容が書かれていたものか、読者は気になることと思います。下巻の巻末にこの構想原稿が収録されていまして、それによりますと、書かれているのは序章と第1幕

序章で猿田博士がタクラマカン砂漠をさまよっている場面、第1幕で緑郎が火の鳥調査隊長に任命され、正人が八路軍(中国共産党の軍)のスパイとして捕らえられるも、緑郎の弟ということで放免される・・・までが手書き文章で綴られています。

構想原稿とはいっても、物語全体の組み立てが書かれている訳ではなく、序盤のストーリーが書かれているにすぎないということですね。

この構想原稿から分かる事柄は、登場人物として猿田間久部緑郎間久部正人、財閥総帥の三田村要造、その娘である麗奈が出てくること。

昭和十三年(1938年)が舞台で、關東軍による戦争が描かれ、タクラマカン砂漠火の鳥がいると思しき場所として出てくるということ。

 

 

手塚治虫による構想原稿のストーリーが描かれているのは、この小説では一章「上海」の「その一 關東軍ファイヤー・バード計画」までで、およそ30ページほどですね。なので、それ以降のストーリー展開や登場人物はすべて桜庭さんのオリジナルとなります。

 

 

桜庭さんの手により、川島芳子山本五十六石原莞爾東条英機など、実在の人物が登場人物として追加され、今作は日中戦争から敗戦までを描くSF戦争史ともいうべき物語になっています。

オリジナルのキャラクターは桜庭一樹作品らしく、硝子、賛美歌、雪崩・・・と、ヘンテコな名前がつけられています。桜庭節。

 

この目立つ単行本の装画は漫画家のつのがいさんで、登場人物紹介には手塚プロダクションによるイラストが描かれているのですが、「著者が手塚治虫のキャラクターからイメージした登場人物像を手塚プロダクションが作画。登場人物名の後に手塚作品におけるキャラクター名を付した」と、なにやら少しややこしい説明文がついているのですけども、スターシステムで手塚作品感を強めたい・・・ってことかと思う。多分。

登場人物紹介には人物の説明もされているのですが、この説明が普通にネタバレになっちゃっていて良いのかな?と、お節介なことも思う。

桜庭さんは登場人物の田辺保という天才工学博士をブラック・ジャックのイメージで描いたとインタビューで仰っていますし、イラストもついているのですが、『ブラック・ジャック』ファンの私としては田辺保がブラック・ジャックのイメージだっていうの、納得がいかない。見解の相違ですね(^_^;)。

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイムスリップ

今作がどういった代物の物語かというと、關東軍が火の鳥の力を使い、日本が戦争で有利になるようにタイムスリップを繰り返して歴史を変えまくっている。と、いったもの。

なんでも、火の鳥の首を使うと最大7年前までタイムスリップ出来るという「鋼鉄鳥人形」を発明したとかでそんなことになったのですけども。最初マリアが「ここは七回目の世界だ」と話す時点で回数に驚きますが、その後、三田村要造が「実は十五回目の世界だ」と言って、「じゅ、十五回!?」と、さらに驚くことに。

で、さらにその後どう物語が展開されるかというと、猿田博士が持っていた強力な自白剤によって、三田村要造がその十五回タイムスリップしまくった自身の半生を延々と語るといった流れに。

 

自白剤スゲぇといった具合に全部が全部話してくれる要造。十五回タイムスリップした経緯を延々追うとあって読んでいて途方に暮れる感がありますが、そこは直木賞作家の桜庭一樹さんですので、飽きさせずに読ませてくれます。と、いうか、この要造の語り部分が今作の一番の見せ場になっていると思いますね。

 

戦況を変えるために何度もタイムスリップを繰り返すという設定のため、国や軍があの時こうしていたらこうなっていただろうという、本来の歴史とは違う“もしもの世界”を一々描かなければいけないとあって、下巻の巻末に記されている参考文献の数が膨大。こんなに参考文献が並んでいるの、私のこれまでの読書体験でも見たことないのではないかというくらい冊数があります。100冊以上ですね。参考文献の量から、この物語を書くのは相当に大変だっただろうなということが窺えます。

 

 

 

 

 

火の鳥

タイムスリップを繰り返す時間旅行ものの戦争SFになっている今作。

面白いは面白いですが、もとの手塚治虫の『火の鳥』をふまえると「“火の鳥”である必要はあるのか」というのが正直なところ。タイムスリップの原動力で使われているというだけなので、それなら火の鳥を持ち出さなくても物語は成り立つだろうと思ってしまうのですね。

 

火の鳥』は、不老不死を巡って、壮大なスケールの中で生と死、人間の愚かさと尊さが描かれる物語。

やはりこれは桜庭一樹の小説作品であって、手塚治虫ならやっぱりもっと違った『火の鳥』を漫画で描いただろうと想像します。

読んでいると川島芳子山本五十六石原莞爾東条英機など、だいぶ漫画的に描かれていて、著者としては“手塚作品らしさ”を意識したのは分かるのですが、どうあっても小説は小説なのだし、もっと小説ならではの内面描写とか入れても良かったのではないかと。

登場人物全員が何かしらの間違いを犯す“人間くささ”、愚かさと尊さは多く描かれていてのですが・・・“火の鳥”感が薄いような気はしてしまう。

 

三田村要造の語りが終わった後も現地調査隊の面々が「鋼鉄鳥人形」を使ってタイムスリップをするのですが、読者は敗戦までの本来の歴史を知っているので、どういう結末になるのか分かってしまうのも楽しむ上で少し妨げにはなっていますかね。

 

結局、火の鳥の首を此の世から綺麗に消し去るしかないとなる訳で。最後、意外な人物が火の鳥の首を持って原子爆弾が落ちるとわかっている広島に向かい、火の鳥を燃やすことで決着をつけるのですが

・・・こんな事言っちゃあ台無しなのかもしれないですが、普通に燃やすんじゃダメなのか?

と、思ってしまう(^_^;)。

 

ま、強大な力の誘惑により、猿田博士も正人もそれが出来なかったってことなのだろうとは思いますが。火の鳥の首を燃やすために自分まで一緒に死ぬことはなかろうに・・・。

最後の章のタイトルが「広島」となっていることからも、このラストは予想がついてしまうので、ストーリーとして何かもう一段あって欲しかったような。驚きの展開がなくっても読ませる筆力が桜庭一樹作品の強みで魅力ですけどね。

 

 

とはいえ、俯瞰的視点で無常な残酷さを描くところなどは手塚作品と桜庭作品で共通しているところだと思うので、桜庭さんに執筆依頼がきたのはなにやら納得。

個人的に、久々に桜庭さんのこんなに長い長編を読めて嬉しかったです。“火の鳥”という天才が残した作品をふまえるからゴチャゴチャ考えてしまうのであって、普通にSF長編小説として読むなら十分に愉しめる巨編になっていますので、手塚治虫の『火の鳥』を読んだことがない人も是非。

 

 

 

 

小説『火の鳥』大地編 (上)

小説『火の鳥』大地編 (上)

  • 作者:桜庭 一樹
  • 発売日: 2021/03/05
  • メディア: 単行本
 

 

小説『火の鳥』大地編 (下)

小説『火の鳥』大地編 (下)

  • 作者:桜庭 一樹
  • 発売日: 2021/03/05
  • メディア: 単行本
 

 

 

 

ではではまた~

 

 

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『馬鹿と嘘の弓』感想 ※ネタバレあり

こんばんは、紫栞です。

今回は森博嗣さんの『馬鹿と嘘の弓』の感想を少し。

※以下、ネタバレ含みますので注意~

 

馬鹿と嘘の弓 Fool Lie Bow (講談社ノベルス)

 

こちらは講談社ノベルスから2020年10月に刊行された長編小説。一連のシリーズとは関係ないかと思ってチェックしていなかったのですが、本屋さんで表紙をめくったら登場人物一覧に加部谷恵美小川令子、の名前が。慌てて購入したという訳です。

※各シリーズについて、詳しくはこちら↓

 

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大まかなあらすじとしては、

小川令子と加部谷恵美、女二人だけのこの探偵事務所に、ホームレスの青年・柚原典之を調査してくれという匿名の依頼がくる。で、対象について調査をする訳ですが、自ら望んでホームレス生活をしている柚原を調べさせ続ける依頼人の目的がわからない。そんなこんなしていたら、柚原と面識があった老人のホームレスが路上で死亡。この老人、1年半前まで大学教授をしていた乃木純也という男で、家もお金もあるのに路上生活をしていた。遺品から柚原が写った写真が出てくるのですが、この写真は匿名の依頼人から送られたのと同じもので――。

 

と、いったお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時系列としては【Xシリーズ】の最終作『ダマシ×ダマシ』から約半年後。

 

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小川さんが探偵事務所の社長となり、恵美ちゃんがそこの社員となって、仕事に慣れだしたころですね。

あそこからの続きを書いてくれるとは思ってもみなかったので嬉しいかぎり。しかも、後日談の単発作品ではなくシリーズものらしいです。シリーズ名はまだ何なのか分からないですね。

女性二人が主のシリーズは今までになく新鮮ですが、二人のほのぼのしたやり取りが楽しいです。【Xシリーズ】の小川さんと真鍋くんのやり取りに似たところはありますけど。

恵美ちゃんはもともと【Gシリーズ】の主要人物ですが、【Gシリーズ】は9作目の『キウイγは時計仕掛け』と10作目の『χの悲劇』の間で時間軸がぶっ飛ぶので、この『馬鹿と嘘の弓』はその空白期間での出来事でもある訳ですね。ところで、【Gシリーズ】の最終作はいつ出るんだ・・・。

 

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小川さんと恵美ちゃんだ~仲良く探偵事務所やってんね~(^_^)

 

なんて、ぼ~っと読んでいると、最後に突き落とされるのが今作。この作品は一言で表すなら「一人の馬鹿が最低の愚行をするまでのお話」。

タイトルの『馬鹿と嘘の弓』は“Foot Lio Bow”で風来坊と読める。なるほど。

 

いやはや、まさか今になってこんな馬鹿で愚かな人物を出してくるとは驚き。天才ばかり書いてきた森さんだからこその衝撃ですね。

お話はホームレスの青年・柚原、加部谷恵美、小川令子の視点で描かれていて、たんたんと進んでいく(森博嗣作品ではいつものことですけど)。

柚原のパートでは社会学的なことがつらつらと書かれる訳で、基本的人権だの、国が悪いだの、周りは気が付かない家畜のような馬鹿ばかりだのなんだのといった意見だか不満だかが続く。社会の在り方のここがおかしいあそこがおかしいといった指摘はうなずけるところもありますが、目の前で働こうとしない健康な青年にこんなこと言われたら「いや、怠けたいだけでしょ?」と返答してしまうと思うし、最後にやらかす“アレ”といったら・・・なんともはや。

あれですね、「バカって言うヤツがバカなんだよ~!」ってな、子供の喧嘩のセリフそのままというか。こんな馬鹿に馬鹿呼ばわりされる筋合いはないんだよ、たとえ家畜のような私達でも。

 

恵美ちゃんは柚原には“小さな幸せ”が必要だと言っていて、それは本当にそうだなと思うのですが、結局、何事にも感動しようとせず、世間や人と繋がることを拒否する柚原にはこちらが何をどうしてあげても無駄なのだろうと思う。

 

恵美ちゃんは海月くんにふられてから男を見る目がなくなってしまったのかな?『ダマシ×ダマシ』での出来事の後にこれはあまりにも辛い。小川さんがいてくれて本当に良かった。最後の最後で読者も救われましたわ。

 

この本の背表紙には「予測不能ミステリィ」と書かれていますが、予測不能ではあるものの、今作はミステリとして成立しているとは言い難い(いつものことですけど)。謎解きはありませんし、やりっ放しで保留にされている疑問もあるし、ドーンとぶちかまされて終わったってな感じ。

この一気に突き放される結末、どうしろというのだ!って感じなので、シリーズのようだというか、シリーズじゃないと困る。

 

【Xシリーズ】と同じく、こちらもスピンオフ的シリーズになるのでしょうか?そこまで何冊も続く感じではなさそう。【Gシリーズ】と【WWシリーズ】もありますしね。

 

何はともあれ、この衝撃作からどのように続いていくのか気になるところ。他シリーズと同様に読み続けていこうと思います。

 

 

ではではまた~

 

 

 

 

 

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『アヒルと鴨のコインロッカー』小説・映画 ネタバレ解説 タイトルの意味とは?

こんばんは、紫栞です。

今回は伊坂幸太郎さんのアヒルと鴨のコインロッカーをご紹介。

 

アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)

あらすじ

大学新入生の椎名は、引っ越してきたばかりのアパートでボブ・ディランの『風に吹かれて』を口ずさんでいた最中に隣人の青年・河崎に声をかけられる。河崎は初対面の椎名にいきなり「一緒に本屋を襲わないか」と持ちかけられる。なんでも、同じアパートに住んでいる外国人留学生が彼女と別れて落ち込んでいるので、広辞苑を盗んでプレゼントしたいのだという。

あまりにも訳のわからない、おかしな誘い。相手にする気など無かった椎名だったが、悪魔めいた印象の河崎に押し切られ、乗せられて、決行の夜にモデルガンを持って書店の裏口に立ってしまった。

 

強盗をした実感のないままに事は終わり、翌日になって、椎名は大学で河崎から「もし会うことがあっても信じるな」と忠告を受けていたペットショップ店長の麗子と出会う。椎名は麗子から、河崎と、ペットショップ店員の琴美、ブータン人のドルジ、三人の二年前の物語を聞かされることとなり――。

 

 

 

 

 

 

本屋強盗とペット殺し

アヒルと鴨のコインロッカー』は2003年に刊行された、伊坂幸太郎さんの5作目の長編小説で、第25回吉川英治文学新人賞受賞作。名作といわれ、映画化もされた、伊坂幸太郎さんの初期の代表作です。

2016年以降はほさかようさんの脚本で何度か舞台化もされているようですね。2021年1月からの公演も予定されていたようですが、コロナで全公演中止になってしまったようです。

 

 

〈現在〉と〈二年前〉の出来事が交互に描かれる構成で、〈現在〉は大学生の椎名の視点、〈二年前〉はペットショップ店員の琴美の視点で描かれています。

 

〈現在〉では、上記のあらすじのように椎名が河崎に奇妙な本屋強盗に付き合わされる顛末が、〈二年前〉ではペットショップ店員の琴美が、町を騒がしていたペット殺しの犯人たちと出会い、付け狙われることとなってしまって――と、いう話がそれぞれ展開される。

 

〈二年前〉に登場するのは琴美の他に、琴美の恋人であるブータン人のドルジ、琴美の元彼で女たらしの河崎、ペットショップ店長で琴美の雇い主の麗子さん。

〈現在〉の椎名もですが、どの登場人物も魅力的でやり取りも面白いです。琴美の正義感ゆえの危うさは読んでいてヒヤヒヤしましたが。個人的に麗子さんがイチオシ人物。

 

人物が一部共通しているものの、「本屋を襲って広辞苑を1冊盗む」という妙な計画と、二年前のペット殺しに纏わる話がどう繋がるのか、読者は最初困惑して読み進めることとなるのですが、終盤には様々な断片が綺麗に繋がり、驚きの真相が待ち構えている。

 

微妙に突拍子もない事柄、軽快な語り口、独自の洒落た世界観に、見事などんでん返し、切なさ漂う結末・・・・・・と、これぞ伊坂幸太郎作品だ!という小説となっております。

 

伊坂さんの作品では楽曲が印象的に使われることが多いのですが、

 

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今作ではボブ・ディランの声が「神様の声」として重要な役割を担っています。「人を慰めるような、告発するような、不思議な声だろ。あれが神様の声だよ」とのこと。こう書かれると実際に曲を聴きたくなっちゃいますね。↓

 


Blowin'The Wind ボブ・ディラン 風に吹かれて

 

 

 

 

 

 

 

 

以下ガッツリとネタバレ~(映画

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒルと鴨

終盤に明らかになる事実、それは〈現在〉で椎名と接していた河崎は〈二年前〉の河崎ではなく、琴美の恋人だったブータン人のドルジだったこと。ドルジは椎名に自分は河崎だと名乗り、外国人であることを隠して日本人として振る舞っていたのです。

〈二年前〉はカタコトの日本語で“いかにも”外国人という印象だったドルジですが、二年間で日本語会話を徹底的に勉強して流暢に喋れるようになっていたという訳。会話に特化した習得をしたので、漢字などは読めないといったところが作中に伏線として散りばめられています。

 

どんでん返しミステリには性別・時代設定・場所の誤認、同一人物と見せかけて別人、別人と見せかけて同一人物、など様々なパターンがありますが、今作は日本人だと見せかけて外国人だというトリック。

〈現在〉の椎名視点のパートと、〈二年前〉の琴美視点のパートで出てくる「河崎」は別人で、〈二年前〉のパートに主要人物として登場しているドルジが〈現在〉で〈二年前〉の「河崎」を演じているというのが今作での仕掛けになっているのですが、この事が驚きの真相となるのは〈現在〉の椎名の視点が入るからこそ。

 

「君は、彼らの物語に飛び入り参加している」

 

と、作中で麗子さんが言うように、この物語は元々、琴美、ドルジ、河崎の三人の物語。全く関係のない、飛び入り参加の椎名の視点が入ることで、ミステリとして初めて成り立つ構成になっています。

 

 

二年前、ファーストフード店にペット惨殺犯人たちがいるのを見付けた琴美とドルジは警察に通報したが、駆け付けた警察に気が付いた犯人たちは店の裏口から慌てて逃亡。店の外で様子を伺っていた琴美は、突然飛び出してきた犯人たちの車に轢かれて死んでしまう。

轢いた勢いで車が傾き、道路に停まっていた木材を積んでいたトラックにぶつかって犯人たちも二人死亡したが、一人は生き残った。生き残った犯人の一人・江尻は警察に捕まったものの、共犯の二人が死んだのをいいことに、自分はただの使い走りだったと主張して執行猶予になった。

琴美が死んでしまい、ひどく落ち込んでいたドルジと河崎は、新聞の記事に出ていた写真から江尻が父親の経営する本屋で働いていることを知る。反省している様子がまったくない江尻の姿に、河崎はドルジと共に閉店間際の本屋で江尻を襲う計画を立てるが、計画を実行する前に発案者だった河崎が突然死んでしまう。

琴美も河崎も死んでしまい、残されたのは「二人で本屋を襲う計画」だけ。

二人を喪った悲しみと江尻への憎しみが募りつつも、ドルジは途方に暮れていました。そんなところに現われたのが、ボブ・ディランの『風に吹かれて』を口ずさんでいた椎名。生前、河崎はボブ・ディランのことを「神様の声だ」と言っていました。“きっかけ”を与えられたように感じたドルジは、河崎と行う予定だった計画を椎名と行うことにする。本来の江尻を殺すという目的を伏せ、「広辞苑を盗むため」と偽って。

琴美が死んだときの状況から、ドルジは店の裏口から江尻に逃げられるような事態になることはどうしても嫌だった。裏口を見張ってくれる人物が必要だったのです。

 

椎名の前で日本人を装ったのは、外国人だと知られたら相手にされないと思ったから。外国人留学生として日本にやってきたドルジは、日本人の外国人への無意識的な差別をよく承知していました。「河崎」だと名乗って生前の彼を真似した言動をしていたのは、「河崎」がドルジにとっての日本語の先生で、最も親しかった日本人男性で、なおかつ計画を遂行するために“別人になりたかった”から。

 

 

タイトルの「アヒルと鴨」というのは、外国人と日本人を表すものです。〈二年前〉、アヒルと鴨の違いをドルジに尋ねられた琴美が「(アヒルは外国から来たやつで、鴨はもとから日本にいるやつ)」と大雑把に説明する会話を受けてのもの。

 

「(もしそうなら、僕と琴美は、アヒルと鴨だけど)」

ヒルと鴨か。悪くない表現だな、とわたしは思った。よく似ている動物にも思えるけど、実際にはぜんぜん違う。

 

 

 

 

 

世の中は、滅茶苦茶

ドルジが生まれ育った国、ブータンチベット仏教の国で、因果応報と輪廻が強く信じられているのだそうな。善いことをすれば、いつか報われる。悪いことをすれば、全部自分に戻ってくる。たとえ今世では大丈夫でも、来世でしっぺ返しがくる。

死んでも、生まれ変わるから怖くない、悲しくない。

 

そうやって人生を穏やかに送っていたブータン人のドルジですが、理不尽な出来事で琴美が死に、河崎も死んでしまって、元凶である裁かれるべき罪人の江尻が楽しそうに笑っている姿を見て、今までのブータン人としての思想や死生観は崩れてしまう。

世の中は、綺麗に因果応報に出来てはいない。実際は、世の中は、滅茶苦茶

 

来世でしっぺ返しがくると謳われても、現実に目の前で圧倒的に理不尽なことが起こってしまえば「不公平だ」と憤る気持ちは抑えられないし、生まれ変わるから悲しくないと思っていたはずでも、実際に大事な人が死んでしまえばどうしようもなく悲しい。

 

ブータンで信じていたものが分からなくなったドルジは、“ブータン人である自分”を切り離し、「河崎」という別人になることで本屋襲撃計画を実行する。「神様の声」であるボブ・ディランを口ずさんでいた椎名と共に。

 

 

 

 

 

 

映画

アヒルと鴨のコインロッカー』は2007年に実写映画化されました。

 

アヒルと鴨のコインロッカー

アヒルと鴨のコインロッカー

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

どんでん返しの仕掛けがあるのに、どうやって映像化するんだ!?と、原作を読んだ人間は思うところですが、映画では前半に出る〈二年前〉の回想にはドルジ田村圭さん、河崎瑛太さんで見せて、事の真相が判明した後の回想ではドルジ瑛太さん、河崎松田龍平さんで“本当の回想”として改めて見せるという、割と直球の表現方法になっていました。

椎名(濱田岳)の大学の同級生役で岡田将生さんが、バスの運転手役で眞島秀和さんが出演していて今見るとビックリする。どちらもほんの数分の出演ですね。眞島さんにいたっては一回目観たときは気が付かなくって、エンドロールに名前があって驚いて巻き戻した・・・(^_^;)

 

演出も役者さんの演技も素晴らしく、この映画も原作同様に非常に評価の高い作品です。

比較的、原作を忠実に再現しているといえる映画になっていますが、二時間という時間内にストーリーを纏まりよく、分かりやすくするように所々変更点があります。どれも映画としてみせるならこの方が良いと思える変更ですね。

 

 

原作と映画で大きく違うのは主に二つあって、その一つが河崎の死因

色男で複数の女性と交際していた河崎がHIV に感染しまったという設定は同じなのですが(琴美とは肉体関係を持つ前に別れたので、気楽に接することが出来る人物としてちょくちょく会いに来ていた)、原作だと前に交際していた女性がエイズで死んだと知って、自分がうつしたからだと思った末の自殺でした。映画だと、ドルジと一緒に本屋を襲おうとしたまさにその時に、病状が悪化してそのまま死んでしまうというふうに変更されています。

原作でも本屋襲撃計画実行前に河崎が自殺してしまうというのは、ちょっと唐突で違和感がありましたし、映画のあの流れで原作通りに自殺という事柄を出すと妙な感じになるので、この変更は良かったと思います。

病院に連れて行く途中の車での場面が悲痛でやるせなくって。この場面があることで、その後、ドルジが河崎として振る舞って本屋襲撃計画をやり直そうとする心情が理解しやすくなっているかと。

 

 

 

 

コインロッカー

もう一つの大きな違いは、ラストの、ボブ・ディランの曲がエンドレスで流れる状態にしたラジカセをコインロッカーに入れて鍵を掛ける、“神様を閉じ込める”場面。

これは、〈二年前〉にペット惨殺犯人たちに暴力で対抗したことを悔いたドルジに琴美が言った「神様を閉じ込めて、全部なかったことにしてもらえばいいって」という台詞を受けてのおまじない的行為なのですが、原作だと神様を閉じ込めるのがドルジなのに対し、映画では椎名が神様を閉じ込めています。

場面自体は忠実な再現なのですが、役割を交代することで原作と映画ではラストの捉え方が大きく異なることとなる。

 

本屋襲撃で江尻を殴りつけたものの、江尻は死にませんでした。殺すつもりだったドルジはここで予定を変更。椎名に気が付かれないように江尻を本屋から運び出し、海の近くにある林の木に足を刺して縛りつけて、カラスに食べさせようとしました。

鳥葬を模した行為で因果応報を試したかったのか、すぐに死なしてしまっては報いが足りないと思ったのか・・・。

相当に衰弱していたものの、江尻は発見されて一命を取り留めました。結果的に殺人未遂ということになり、麗子さんは自首をすすめますが、ドルジは返答を濁す。

で、コインロッカーでの例の場面となる訳ですが、原作のようにドルジが神様を閉じ込めるとなると、これ、見方によっては自分の罪を逃れたいというふうに捉えられますよね。映画では椎名が神様を閉じ込めることで、“友人からの気の利いた慰め”といったものになっている。自首する必要はないと言いたい訳ではないが、神様にちょっとしたお目こぼしを願うくらいは友人としていいだろ――と、いったものに。

 

椎名は、ずっと「彼ら三人の物語」に飛び入り参加していた部外者の立場でしたが、ラストに椎名がドルジの前で神様を閉じ込めることで、“ドルジと椎名のコインロッカー”に、ドルジと椎名の、「二人の物語」に成った。と、映画の方だとよりタイトルに繋がる意味合いが強くなっていると思いますね。

映画のキャッチコピーである「神さま、この話だけは見ないでほしい。」がまた秀逸。

 

 

 

原作も映画も、神様を閉じ込めた後に犬を助けるために道路に飛び出したドルジがどうなったのかはハッキリと描かれてしません。

因果応報だというなら、ドルジは殺人未遂の罰が当たって死んでしまったのか・・・と、なるところですが、世の中が滅茶苦茶だということは三人を襲った悲劇から証明されているし、神様は閉じ込めたしねぇ。

深く考えず、読者や視聴者の好きなように解釈していいのではないかと思います。個人的には、ドルジと椎名にはまた再会して欲しいと願っていますが。

描ききらない濁したラストがまた良いですね。映画の、ボブ・ディラン『風に吹かれて』が流れるエンディングは何とも言えない余韻を残してくれます。なるほど、人を慰めるような、告発するような、不思議な声、神様の声、か・・・。


風に吹かれて ボブディラン 日本語訳付き2

 

 

原作と映画、どちらも名作ですので、気になった方は是非。

 

 

 

 

アヒルと鴨のコインロッカー

アヒルと鴨のコインロッカー

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

ではではまた~

『後巷説百物語』6編 あらすじ・解説 シリーズ第三弾。百介の百物語、完結!

こんばんは、紫栞です。

今回は京極夏彦さんの『後(のちの)巷説百物語をご紹介。

後巷説百物語 「巷説百物語」シリーズ (角川文庫)

 

“あれ”から四十年後

江戸時代を舞台に、御行の又市率いる一味が公には出来ぬ厄介事の始末を金で請け負い、妖怪譚を利用した仕掛けで八方丸く収めていく一話完結型の妖怪小説のシリーズ巷説百物語シリーズ】

 

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シリーズ第一弾巷説百物語

 

 

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第二弾『続(ぞく)巷説百物語

 

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に続いての第三弾が『後(のちの)巷説百物語』なのですが、今作は前二作とはかなり趣が異なります。

 

まず大きく違うのは、前作『続巷説百物語』の最後に収録されていた「老人火」で百介が又市たちと別れてから四十年後、文明開化の明治十年(1877年)が舞台であること。

年老いた百介は自らを「一白翁」と名乗り、薬研堀の九十九庵という閑居に遠縁の娘・小夜と一緒に暮らしていているのですが、この九十九庵に一白翁の博識頼りに元幕臣の若者四人が不可思議な事件を携え相談しに訪れて、百介はかつて又市たちが施した仕掛け話を逸話として若者たちに語り聞かせる――といった、百介の昔語りで物語は進んでいきます。

 

前二作の『巷説百物語』『続巷説百物語』はハッキリとした年代が分からずあやふやだったのですが、今作で正確な年代が記されていることで逆算して前二作で描かれた時代が明らかになるのもチェックポイント。

 

幕臣の若者四人は、貿易会社勤務で物語の中心的存在として描かれる笹村与次郎、奇談好きの東京警視庁一等巡査・矢作剣之進、洋行帰りのハイカラで小理屈ばかり捏ねる無職遊民・倉田正馬、いまだに侍然とした堅物の剣術使い・渋谷惣兵衛といった面々。

巡査である剣之進が「こんな奇っ怪な事件が起こった」と仲間内で話題に出して、四人であーだこーだ言った末に「このままじゃ埒が明かないから、不思議話にやたら詳しい一白翁に相談しに行こうぜ」となり、そこで一白翁から聞いた逸話をヒントに剣之進が事件解決の糸口を見出すというのが大体の毎度の流れ。おかげで剣之進は「不思議巡査」の異名を取るようになる。

こう書くと剣之進が出張っている物語のように思われるかもしれないですが、この四人の中で中心的存在として描かれるのはあくまで笹村与次郎で、百介の視点や語り以外は全て与次郎からの視点で描かれています。

 

笹村与次郎は前作『続巷説百物語』収録の「死神 或は七人みさき」で騒動の舞台となった北林藩の元江戸詰め藩士。あの騒動の後、義理堅いことに北林藩は百介に藩を救った恩人として恩賞金を月月渡していたらしく、与次郎はその恩賞金を届ける役目を任されていたことで一白翁こと百介と知り合い、御一新で藩士ではなくなった後も交流を続けているという設定。

かつて北林藩で又市たちが仕掛けた祟り話を、現実にあったこととして幼少から聞かされて育ったため、百介が語る怪奇譚も受け入れやすく、興味を惹かれるという土台があるのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各話、あらすじと解説

後巷説百物語』は六編収録。

 

巷説百物語シリーズ】で題材として採られている妖怪たちは全て、天保十二年(1841年)に刊行された竹原春泉の画、桃山人の文の『絵本百物語』から。

 

 

●赤えいの魚(あかえいのうお)

維新から時が経ち、世相の混乱が一段落した感がある明治十年(1877年)。笹村与次郎は矢作剣之進、倉田正馬、渋谷惣兵衛の前で半月前に酒の席で聞いた「ゑびすの顔が赤く染まると島が滅ぶ」という珍奇な伝説を語った。与次郎としては単に座持ちの与太話のつもりだったのだが、聞いた三人はこの話があり得ることか否かで議論を戦わせることになってしまい、埒が明かなくなった四人は薬研堀の九十九庵に住まう博識の老人・一白翁に意見を求めることにする。

一白翁こと山岡百介は若い頃、怪異譚を求めて諸国を巡っていた好事家であり、それは奇妙な体験談を沢山持っていた。相談を受けた一白翁は四十年前に自らが体験した「恵比寿の顔が赤く塗られただけで崩壊してしまった島」、戎島での怪異を語り始める。

 

四十年前、年に数回しか陸地から見ることが出来ない幻の島・戎島に偶然辿り着いてしまった百介は客として島親・甲兵衛に迎え入れられるが、戎島は掟が何よりも重んじられる島だった。島親に逆らってはならぬ、笑ってはならぬ、明かりを燈してはならぬ――掟を破ると恵比寿の顔が赤くなり、島が滅ぶのだという。

島親の狂人ともいうべき傍若無人な振る舞い、能面のような顔で一切感情を見せずに唯々従い続ける異様な島民の姿に百介は嫌悪と恐怖を感じるが、特徴な海流によって島から出ることは叶わない。絶望していた百介の前に“あの男”が現われる――。

 

 

「赤えいの魚」というのは、島だと思って船で近づいてみたならば、実は島ではなくって巨大な魚の背でしたよ~ってな怪異。

時系列としては、シリーズ第一弾『巷説百物語』に収録されている「柳女」の後、品川から江戸に戻る途中での出来事で、百介からすると十二件目の仕掛け仕事ですね。

 

個人的に、【巷説百物語シリーズ】のなかで一番怖いのがこのお話(今のところ)。この戎島が怖ろしくってですね、読んでいると地獄を覗いている気分になる。その恐怖ってのは、“理屈が通じない恐怖”。百介から、世間一般からすると、酷く異常で残虐な行いも戎島では普通で当たり前のこと。この島では異分子の百介の方が“おかしい”という扱いとなってしまう。

こんな島から生涯出られそうもないとあっちゃ、百介が身投げしたくなるのも分かるというもの。又市が来てくれて本当に良かったなぁと(^_^;)。

島親が退屈しのぎにやることがもはや地獄絵図で酷いもんですが、産まれた時から周りが感情を一切見せぬ能面顔で唯々自分の命令に従うだけというのは、気が狂う状況なのだろうなと思う。逆差別、最上級の差別なのでしょうね。

 

 

 

 

●天火(てんか)

両国近辺で不審火が続いていた最中、油商いの根本屋が全焼する事件が発生。下手人として挙げられたのは根本屋の後妻で、今までの不審火も全てこの女の仕業であろうと考えられたが、後妻は火を付けたのは五年前に亡くなった前妻で、前妻の顔をした火の玉が窓から飛び込んで主人を追い回したのだと奇怪な主張をしているという。

巡査の矢作剣之進は困り果て、与次郎たちに話を持ち込んだ後に一白翁に相談する。意見を求められた一白翁は「天は時に偶然を装って人に罰を与えることがある」と、過去に体験した「天火」に纏わる騒動を語り始める。

 

摂津のある村で、死人の遺恨の火である“顔のある火の玉”が飛ぶという怪火の噂を聞きつけた百介は村を訪れるが、怪事は既に霊験あらたかな六部・天行坊によって鎮められていた。たいそう村人の信頼を得ているらしき天行坊に会いに行ってみると、天行坊の正体は御行の又市だった。これはいつもの仕掛け仕事なのか?それとも――。 

 

「天火」というのは、またの名を“ぶらり火”。地面より五十五メートルあたりは魔道で、様々な悪鬼が住みついて災いをなすとかいわれる怪異。

時系列としては、シリーズ第一弾『巷説百物語』収録の「帷子辻」での後、百介からすると十四件目の仕掛け仕事ですね。

 

「帷子辻」での仕掛け仕事の後、又市はいつになく塞ぎ込んでいる様子で百介は面食らっていました。その直後にこの村での又市のらしからぬ振る舞いですから、仕掛け仕事なのか、それともマジなのか、判らなくなってしまう百介。

このお話ではなんと、又市が代官の妻に惚れられるという役回りをしています。本の中では又市の容姿についての言及はほぼ無いのですが、結構色男なんですかねぇ。

 

 

 

●手負蛇(ておいへび)

与次郎たち仲間内三人を集めて、巡査の矢作剣之進は「蛇というものは、果たしてどれ程活きるものなのであろう」と言い出す。なんでも、池袋の旧家が祀る蛇塚で男が蛇に噛み殺される事件が起きたのだが、その蛇は七十年間石函の中に閉じ込められていたのだとしか思えぬというのだ。

行き詰まった与次郎たち四人は一白翁の元を訪れる。話を聞いた一白翁はどこか嬉しそうな様子で事件を解き明かしてくれた。実は、一白翁は四十年前、当の蛇の祠を建てた場に居合わせていたのだという。祠を建てたのは事触れの治平で、封印の札を貼り蛇入りの石函を設置したのは御行の又市――。

一白翁は「祟りが生きていた」と意味の解らないことを言い、顔をほころばせる。

 

「手負蛇」というのは、蛇を半殺しにして放置しておくと夜に訪れて仇をなそうとするから、殺るならちゃんととどめを刺さないと駄目だよ~てな伝承。 

おそらく、時系列としては今作収録の「山男」と「五位の光」の間の出来事で、百介からすると十六件目の仕掛け仕事(たぶん)。

百介が初めて又市に依頼した仕事だったというこの事件。又市が三十年以上前に仕掛けた“祟り”が、文明開化の世の中にまだ有効だったことに「不思議なものですねえ」「久し振りに懐かしい人に会うたような気がしましてねえ」と微笑む老いた百介が切ない。

 

 

 

●山男(やまおとこ)

武蔵野の野方村の大百姓の一人娘・いねが行方不明になり、三年後、高尾山の麓附近の村外れで幼子を連れた状態で保護された。幼子はいねの子で間違いないようだったが、父親が誰かを尋ねると途端にいねは錯乱し、六尺を超す裸で毛むくじゃらの大男に自分は拐かされたのだと述べた。

三年前、神隠しに遭ったいねを捜す山狩りの際には野方村の男が一人、高野山の麓で刺殺体となって発見もされている。果たしてこれは山に住まうという「山男」の仕業なのか?

巡査の矢作剣之進が与次郎らと共に一白翁の元に相談に訪れると、話を聞いた一白翁はどこか哀しそうな様子で、かつて自分が遠州秋葉山で遭遇した山男騒動について語り始める。旅の途中に御行の又市、御燈の小右衛門とともに遠州に着いた百介は、山男が人を助けたという話と、山男が娘を攫って人を殺したという話を耳にして興味を引かれ、又市を伴って二つの事件が起きた白鞍村を訪れる。そこで、一年前に攫われて行方不明になっていた娘・お千代を洞穴の中の牢屋で見つける。その近くにはなぎ倒された巨木の下敷きとなった三人の男の死骸があった――。

 

「山男」というのは、まぁ、深山にいる鬼のような姿の大男。喋ったりはしないが、ときには村人を助けてくれたり力自慢をすることもあるってな伝承。

時系列としては、今作収録の「天火」の後の出来事で、百介からすると十五件目の仕掛け仕事ですね。

 

このお話では百介と一緒に住んでいる遠縁の娘だという小夜が一気に存在感を増しています。あまりに悲痛な事件を前に、真相を明かすかどうか迷う百介の背を小夜が押してくれるのですね。

このお話では時代によっての対処の違いが明確化されています。幕末の頃ならば仕掛けを用いての八方丸く収める方法も通ったが、文明開化の世では「理由はどうあれ、人殺しは罪」。顛末を明らかにして、罪人は正しく裁かなくてはならない。

そう在ってしかるべきだと思いつつも、百介は妖怪が役に立たなくなった世に淋しさを覚える。それは「巷説百物語」「続巷説百物語」と読んできた読者も同様ですね。

 

 

 

●五位の光(ごいのひかり)

摩訶不思議なる事件を次次に解決したことで「不思議巡査」として異名を取るまでになった巡査の矢作剣之進。その評判を聞きつけた元公卿の由良公房から、剣之進はある相談を持ち掛けられる。

四十年か五十年近くも昔、まだ三四歳の童であった由良公房卿は、山中で光る女に抱かれていた。女は公房卿を父親の胤房卿に抱き取らせ、その後大きな青鷺となって燐光のようなものを発しながら飛び去ったという。童の頃の曖昧な記憶であるため、公房卿自身も勘違いか妄想であろうと思っていたが、二十年後に信濃国を訪れた際に記憶と同じ場所を見付け、その地で再び光る女と出会ったというのだ。女の横には漆黒の塊であるような男が立っていた。漆黒の男は自らを八咫烏と名乗り、公房卿に此処は決して踏み込んではならぬ場所と告げた後、またしても青鷺に変じて飛び去ったという。

与次郎と剣之進から相談を受けた一白翁は「八咫烏」と聞いて動揺した様子を見せ、与次郎にかつての体験談を語り始める。それは、一白翁こと山岡百介が又市を手伝った最後の仕掛け仕事だった――。

 

「五位の光」という鷺の名は、五位の位階を鷺が授かったという故事からのもの。この鷺は夜発光してあたりを照らすのだとか。

時系列としては、シリーズ第二弾『続巷説百物語』に収録されている「老人火」の出来事の前で、百介からすると十七件目の仕掛け仕事ですね。

 

八咫烏」「青鷺」のワードが出て来て、前作の「老人火」を読んでいるだろう読者はテンションが上がる。百鬼夜行シリーズ】

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 との繋がりがある事柄も出て来て、京極夏彦ファンとしてはこれまたテンションが上がるお話。

元公卿の由良家は陰摩羅鬼の瑕 

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 で登場する一族で、健御名方の頭骨を御神体として崇める「南方衆」は狂骨の夢に登場する〈汚れた神主〉たちですね。

 

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又市が施した仕掛けが、昭和の世に起きた事件に影を落としていたことが解る仕組み。又市さんは罪深いお人ですよ。

このお話では少なくとも又市が二十年前までは確りと生きて、かつてと同じように狂言芝居をしていたことが発覚。自分が関わったことには、最後まで関わり続けるという又市の在り方を改めて知らされ、百介は自分のことも何処かで見ていてくれたのだろうかと涙を流す。

 

 

 

●風の神(かぜのかみ)

由良公房卿の子息・由良公篤が主催する孝悌塾の門下生たちの間で、化け物が本当に存在するか否かの議論が巻き起こり、それを確認するために百物語怪談会をしようという成り行きになった。ついては、百物語の正しい作法を教えてくれと公篤卿は父の公房卿を通して「不思議巡査」こと矢作剣之進に相談を持ちかける。

剣之進から話を聞き、与次郎は一白翁の居る九十九庵を訪れるが、庵には和田智弁という僧侶の先客がいた。和田智弁は一白翁と一緒に住んでいる娘・小夜の命を救った恩人であるという。

和田智弁が帰った後、与次郎はこの度の百物語怪談会について一白翁に意見を求めた。話を聞いた一白翁は与次郎に、自分にもその百物語怪談会で怪異を語らせてほしいと申し出る。さらには、ある人物を百物語の席に招いてはどうかと推薦してきた。

 

 九十九の怪異が語られ、最後の百話目、一白翁は「風の神」という話を語る。語り終わった後、引き起こされる怪事とは――。

 

「風の神」というのは、風に乗じて所々を廻り、人を見ると黄色い風を吹かせてくる。この風に当たると疫病による熱病を患ってしまうてな伝承。

十九件目、百介にとって正真正銘、最後の仕掛け仕事です。

 

シリーズ第一作目「小豆洗い」での百物語から始まった物語は、百物語によって終わる。

今まで百介が体験してきた巷説が語られ、仕掛けは「小豆洗い」とほぼ同様のもの。これ以上なく完璧で、完全な最終話となっていますね。

ここで登場する和田智弁は【百鬼夜行シリーズ】の鉄鼠の檻と関わりのある人物。

 

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由良公房卿が遭遇した青鷺、この百物語怪談会でのエピソードは百鬼夜行-陽』に収録されている「青行燈」でも触れられています。

 

 

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以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小夜

四十年前、「老人火」での一件以降、百介は死んだように生きてきました。それほど百介の中では又市達と過した数年は“生きた”日々だった訳です。菅丘李山の名で戯作を開版し、生駒屋でほとんど閉じこもった生活を送っていた百介の前に、元治元年になって小夜が現われる。

小夜は幼い頃は母・りんと共に漂泊する山の民として生きていた娘でしたが、八歳の時に母が山中で暴漢に殺害されてしまい、遺体の横で衰弱していたところを臨済宗貫首である和田智弁に保護されたのですが、小夜が首から提げていたお守り袋の中には百介の戯作の奥付が入っており、そこには又市の字で「信用出来るご仁也。窮した際は頼るべし。からす」と記されていた。

“頼れ”と記されていたことに胸が熱くなり、百介は小夜を引き取って育てることにする。そうして禅師に連れられてやって来た幼い娘・小夜の顔はおぎんに生き写しでした。殺害されたりんはおぎんの娘で、小夜はおぎんの孫なのだと百介は悟る。

 

又市達と過した日日。その時期が虚構ではなかったことを、小夜の存在は何よりも雄弁に示してくれる。生きているのか死んでいるのか判らない、いや、死んでいるようにただ生き永らえている百介にとって、小夜は大事な宝物なのである。

 

そんな訳で、生駒屋を出て九十九庵で小夜と共に十年以上暮らしてきたと最終話の「風の神」で明かされています。

おぎんに子供というのも驚きですが、果たして子供の父親は誰なのか・・・おぎんの娘であるとして、りんはどのような経緯で山の民として生活していたのか・・・非常に気になるところですが、今作では分からずじまいです。

しかし、又市が深く関わっていることは間違いない。じゃあ、あの後又市とおぎんが・・・?う~ん。どうなのでしょう。

 

 

 

百物語とは

 

中途半端のどっちつかず。筑羅が沖の態。

 

虚構と現実の真ん中あたりに、どっちつかずの場を作る。

そうした呪術が百物語です。

 

と、百介は語る。

 

百介はシリーズ内でずっと、彼方と此方、表と裏の境界で迷う人物として描かれてきました。表の世界に完全に腰を据えることが出来ず、裏の世界に惹かれるものの、完全に一線を踏み越える覚悟はない。

「老人火」での一件で又市達と別れた百介は、自分は裏の世界で生きることは出来ないのだと決定的に思い知らされ、以後、生きてはいるけれど、どこか死んだように四十年もの時を過してきた。

 

又市達と過した一時期に於いては、百介自身が百物語だったのだ。百介の前で又市達が騙る度、どっちつかずの筑羅が沖は彼岸に揺れ此岸に戻った。そうして次次と怪異が生まれた。

怪を語れば怪至る。将にそうだったのだ。

 

百物語本の開版を夢見て諸国を巡って怪異端を蒐集していた百介ですが、戯作を開版して物書きになったものの、結局百物語本は開版しませんでした。

自分で見聞きしたものごとでも、書き記してしまえば物語。

百物語自身であった百介は、百物語を終えるのが厭で、思い出の中で保留していたのですね。

 

最後、百介は百物語怪談会で又市達との体験を語ることで“物語”にし、幕を閉じる。百介の百物語は今作『後巷説百物語』で完全に完結となります。

 

 

 

終わり

この『後巷説百物語』は八十過ぎの老人となった百介の昔語りの態で展開していく本。百介は達観した老人になっているし、又市達は昔話の登場人物として語られるだけで、又市以外の他の一味は台詞もまともにない。くわえて、文明開化の世で妖怪は不要となりつつあるなど、シリーズを読んできた読者としてはこの本全体がなんとも淋しいものだと感じることと思います。

 

しかしながら、今作は単に置いていかれた老人の回顧譚で終わってはいない。ただの“お話のなかの人”だった又市は「手負蛇」「山男」「五位の光」と徐々に現実の人物として浮上し、「風の神」で現世に立ち現れ、最後の仕掛けである百介の百物語の片をつける。

何ともいとおしく、あたたかで感慨深いラストは思わず泣けてきてしまいます。

 

「妖怪てェのは、土地に湧くもの時代に湧くもの。場所や時世を間違えちゃ、何の役にも立ちゃしないのサ。御行の又市は妖怪遣いで御座んしょう。ならばこの時世に相応しいモノを遣うに決まっている」

 

憑物は憑けるだけでなく、落とせなくてはならない。「妖怪遣いの物語」の後は「憑物落とし」の物語へ。

ここに至って【百鬼夜行シリーズ】と関連する事柄が出てくるのも、時世への繋がりが示されているということなのでしょうかね。

 

百介はここで退場となりますが、妖怪遣いの物語はまだまだ広がり続けます。シリーズの時系列では最終となる『後巷説百物語』の次は、妖怪遣い誕生の“始まりの物語”『前(さきの)巷説百物語』へ、いざ!

 

 

 

 

ではではまた~

 

 

 

 

 

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『人間昆虫記』ネタバレ・解説 手塚治虫が描く悪女の生き様

こんばんは、紫栞です。

今回は手塚治虫さんの『人間昆虫記』をご紹介。

 

人間昆虫記 1

 

 

あらすじ

恒例の芥川賞の授賞式がプリンスホテルで行われた。受賞したのは十村十枝子(本名、臼場かげり)。十枝子の堂々とした美しい姿がテレビで放送されているのをみながら、彼女の本名と同名の女・臼場かげりはアパートで首を吊って死亡した。

 

十村十枝子――彼女の名が新聞や雑誌をにぎわし始めたのは七年ほど前。

最初は「劇団テアトル・クラウ」の若手ナンバーワン女優として名を馳せた。あっさりと劇団を辞めた後には突如としてデザインの分野に進出し、国際的な評価を持つニューヨーク・デザイン・アカデミー賞を受賞。そして今度は、手なぐさみに書いたという処女作「人間昆虫記」で芥川賞をも射とめてしまった。

 

二十代前半の若く美しい女にそんな違った分野の才能がいくつも――マスコミは彼女に「才女」の冠をささげ、嫉妬と憧憬を抱き、いったいどんな女なのかと関心を寄せる。

 

授賞式の後に十枝子を訪ねてきた水野遼太郎との話の内容を立ち聞きし、同名の女が自殺したことを知った雑誌記者の青草亀太郎は、十枝子が何か妙な過去を持っていると勘ぐり、授賞式後に生まれ故郷の田舎へ向かう十枝子の後をつける。

そこで青草は異様な光景を目撃。コレをネタに十枝子と二人で会う約束を取り付けるが、約束の当日、青草の前に「劇団テアトル・クラウ」の元演出家・蜂須賀兵六が現われ、「彼女に近づくな」と忠告をする。

 

青草は蜂須賀から、十枝子は模倣の天才で、他人の能力を完璧に真似し、作品を盗み全てを奪うことでのし上がってきた寄生虫のような女だと聞かされるが――。

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の悪女の物語

『人間昆虫記』は1970年~1971年にかけて「プレイコミック」で連載された漫画作品。

十村十枝子という一人の悪女の生き様と、彼女に群がり、翻弄され奪われていく者たちをとおして、喰うか喰われるかの人間社会を昆虫世界になぞらえて風刺している物語。

手塚治虫によるピカレスクものの代表としてよく名が挙げられる、大人向け漫画をバンバンと描いていた後期の作品群の中でも比較的有名な作品だと思います。

奇子

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『MW-ムウ』

 

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と、当ブログで紹介してきたので、『人間昆虫記』もやらないと!とか思って今回初めて読んでみた次第。

 

個人的に、こちらも『奇子』などと同様に、題名は知っていたけど十代の頃は変にビビって手を出さなかった作品。前評判などでやっぱり「子どもに読ませるものじゃない」とか言われていましたし、『人間昆虫記』というタイトルがなんだか怖くって。「昆虫標本の人間版みたいなものか?」と、勝手にとんでもなくグロテスクで猟奇的な想像を当時はしていたのですよね。長じてからそんなグロいお話ではないようだと知ったのですが。

しかし、文学においては共感と嫌悪感の双方を抱かせるような人物が“グロテスク”と考えられるらしく、その意味では『人間昆虫記』の主役・十村十枝子は正に、とんでもなくグロテスクだと言える。

後で調べて思ったのですが、タイトルは1963年の映画『にっぽん昆虫記』からの連想も少なからずあったのかもしれないですね。

NIKKATSU COLLECTION にっぽん昆虫記 [DVD]

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  • 発売日: 2009/07/17
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連載されていた1970年代は高度経済成長期の終わりかけで、左翼やら無差別テロ、中国の文化大革命などのさまざまな暗いニュースが報道されるなか、日本が経済成長のために躍起になっているという、慌ただしく、不条理で、そしてどこか空虚な時代だったのだそうな。この作品ではそういった時代背景も色濃く反映されています。

「その陰と陽の不条理な時代に、マキャベリアンとしてたくましく生きていく一人の女をえがいてみたいと思ったのです」

と、講談社刊の手塚治虫漫画全集『人間昆虫記』に収録されているあとがきで作者は語っています。※手塚治虫文庫全集にもあとがきは収録されています。全1巻。

 

人間昆虫記 手塚治虫文庫全集

人間昆虫記 手塚治虫文庫全集

 

 

 

私は秋田文庫版で読みました。全1巻。

  

人間昆虫記 (秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka)

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  • 作者:手塚 治虫
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他、今手に入れやすいのは電子書籍で全2巻で出しているものですかね。

 

 

 

『人間昆虫記』も、お高い《雑誌オリジナル版》が刊行されています。

 

 

人間昆虫記 ≪オリジナル版≫

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雑誌掲載時のカラー扉絵やコミックス未収録ページ、予告や毎回の「あらすじ」も完全収録された、マニア向けの豪華版ですね。

奇子』や『MW-ムウ』では《雑誌オリジナル版》にコミックスとは異なるエンディングが収録されていたりしますが、『人間昆虫記』は雑誌掲載時と単行本とでエンディングに差はないようです。

手塚治虫は単行本刊行時に描き直しをすることが多い漫画家なのですが、『人間昆虫記』ではしなかったようですね。それだけこの作品の纏まり方に満足していたということでしょうか。

 

 

『人間昆虫記』は2011年にWOWOWでテレビドラマ化もされています。全7話。

 

人間昆虫記 [DVD]

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  • 発売日: 2012/02/24
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漫画の方だと、同姓同名の小説家志望だった臼場かげりと何があったのかはハッキリと書かれていなくて、「同姓同名設定にした意味とかあるのか?」と割と疑問なのですが、こちらのドラマだとそこら辺の顛末も描かれているようです。

 

 

 

 

 

模倣の天才

『人間昆虫記』は春蟬(はるぜみ)の章浮塵子(うんか)の章天牛(かみきり)の章螽蟖(きりぎりす)の章の、四つの章で構成されています。どれも虫の名前ですね。

主要登場人物の名前も昆虫の名をもじったものになっています。徹底して昆虫まみれ。作者の手塚治虫は大の虫好きだったとあって、マニアックに細部を詰めたのでしょうね。章代や登場人物名に使っている昆虫名は、内容や人柄・役割などを表すものになっているのだと思います。なので、昆虫に詳しい人はより愉しめる内容かと。

 

主人公・十村十枝子の本名である臼場かげりはウスバカゲロウという虫の名をもじったものです。ウスバカゲロウはアリジゴクの成虫の名として有名。アリジゴクは罠を仕掛け、落ちてきた獲物に毒性の高い消化液を注入して死に至らしめるという怖ろしい虫。そして、ウスバカゲロウは卵から幼虫、蛹、成虫と、完全変態をする昆虫で、外見はトンボによく似ている。        

 

才能のある者にとりつき、能力をすいとり、作品を盗むことでのし上がっていく模倣の天才・十村十枝。

彼女は一つのものに囚われず、女優として、デザイナーとして、小説家として、名誉と賞賛を得ても、それらを惜しげもなく脱ぎ捨てて新しいものに挑戦し変容し続ける。まるで羽化し続ける蝶のように。

どんなに才能のある人間でも、何か一つ褒めそやされ評価されれば、成功体験を引きずって愛着や執着が湧き、簡単には手放すことは難しい。そもそもが好きで、得意で、やり始めたことでもあるのですからね。十枝子にはソレがない。だからこそ世間は驚くのですが、それは十枝子が他人の模倣をしているだけだから。昆虫の擬態のように身を守るためだけにやっていることで、本来が自分のものではないので、何の未練もなく捨てることが出来るという訳です。

 

「あなたは自分のモノは持っていない ただ ものすごく巧妙に他人(ひと)のモノをまねして自分のモノに奪ってしまうだけなんだ!」

 

と、作中雑誌記者の青草に糾弾されますが、言われた十枝子はキョトンとしている。(※コマの中で、十枝子の表情の横に本当に「キョトン」と書いてある)

十枝子にとって、自分のモノではないこと、“ホンモノではない”ことは何ら気にすることではないのです。彼女は本来の芸術家が求める「自分の中にあるものを創作・創造して表現したい」という気概は持っていないのですからね。

 

では、手段を選ばず、他人から全てを奪って、時には殺人までやってのけるのは名誉や出世欲のためなのかというとそれもまた違う。

 

十枝子が“ソレ”をするのは、模倣の天才的能力が自分にあるから。授かった能力だから使う、それだけのこと。計算ではなく、生き物としての生存本能でやっていることなのです。

 

劇団に所属している最中、有望なデザイナーである水野遼太郎と出会い、恋をした十枝子は、水野のアシスタントになるためにあっさりと劇団を退団する。水野と一緒にいたいという想いが第一にあっての行動だったのでしょうが、十枝子は結局水野のデザインを盗用して出し抜き、国際的な賞を受賞して水野に怒鳴られ、追い出されることに。

本当に愛している水野に対してまで、模倣して出し抜かずにはいられない。出来るからやった、当然のことだと悪びれもしない。

自然界の昆虫のように、本能で生きている女なのですね。不条理な文明社会に存在してしまったがために、十枝子はなんとも厄介な悪女として生きることになった。

 

創作・創造は、今日では全て先人の模倣から始まるものです。こんなに文明が進んでいる世界で、完全なオリジナルなど有り得ない。作者である手塚治虫だって、先人たちの様々な創作物から着想を得て漫画作品に昇華しているのですからね。十枝子の模倣能力はそれをおもいっきり誇張したものだともいえる。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水野・しじみ

水野に酷い仕打ちをしておきながら、その後も諦めきれずに想いをよせて口説き続けていた十枝子ですが、水野は商事会社社長の金文に紹介された「しじみ」という元芸者で十枝子と瓜二つの女と結婚する。

自分のことを振り続けていた男が、よりにもよって自分と同じ顔の女と結婚したとあって、十枝子はかなりのショックを受けます。十枝子は十枝子で、大企業の重役である釜石桐郎とゲームじみた契約結婚をしていたのですけどね。

 

最初は十枝子と同じ顔に惹かれてしじみと付き合いだした水野でしたが、次第に心底しじみを愛するようになります。しじみもまた、水野が自分に十枝子の亡霊をみているのだと気付きながらも水野を慕う。想い合う二人でしたが、しじみは実は幽門癌で余命幾ばくもない身体でした。

水野は知らされていませんでしたが、しじみは元々金文の愛人で、四回の堕胎で身体をボロボロにさせられ、お座敷に出れなくなり請け出された後は、昼間は金文の会社で働かされ、夜には娼婦として客をとらされるという、酷い扱いを受けてきた女性でした。親切ぶって水野としじみを引き合わせた金文でしたが、その実はいよいよ使い物にならなくなったしじみの厄介払いが目的だったのです。

 

しじみが死んでしまい、この話を知って憎しみを募らせた水野は金文を殺害。逮捕されて、そのままお話からフェードアウトしてしまいます。

 

しじみは因業な男に搾取され、オモチャにされるといった、この時代の社会に振り回される辛い女性像を表すような人物。この時代の女が社会に弄ばれずに生きていくには、マキャベリアンじみた、度を超えている程のたくましさがなければ無理だったのかもしれません。

 

「女ひとりでせいいっぱい生きていくってこんなにむなしいもんかしら」

 

群がるものに喰われて散々な人生を送ったものの、最後は水野に想われて満たされて死んでいったしじみと、群がるものを喰らって、誰もがうらやむ華々しい人生を送りながらも虚しく生きていく十枝子。

同じ顔で、まるで真逆の人生を歩んでいるしじみを対比的に描くことで、十枝子という女の社会の中での在り方が浮き彫りになっている。

 

 

 

母親

世間では「才女」として通っている十枝子ですが、実際は母親を唯一の心の拠り所としている平凡な田舎娘です。

 

母親は数年前に他界しているのですが、十枝子は生前の母親そっくりの蝋人形を故郷の実家に置き、何かある度にこの蝋人形相手に本音を吐き出して甘えている。裸になって、蝋人形のお乳を吸う真似をし、玩具箱のような部屋でおしゃぶりをすって寝ている姿はどこまでも異様です。

 

釜石とギャンブルな結婚をしていた最中、十枝子は悪戯に子どもを欲しがった釜石によって妊娠させられ、なんとかして堕ろそうと必死に知略をめぐらし、自分と瓜二つのしじみに協力させて堕胎します。とにかく、十枝子にとって自分が子どもを産むことなど以ての外なのです。

嫌なのは、子どもを産むことではなく「母親」になること。まだまだ母親にどっぷりと甘えていたい幼児だから、「母親」になって大人になり、自分以外の者のために生きるだなんて、十枝子にとっては考えることも出来ないことなのですね。

 

模倣するだけでなく、あらゆる策を練って世渡りをしている十枝子ですが、中身は子どもそのもの。完璧な悪女のように見えますが、やっていることは実は行き当たりばったりで、盗めると思えば盗むし、邪魔だと思えば殺すし、自分と競争しようとする者が現われれば勝って打ち負かそうとする。本能のままに生きているのも、子どもだから。

 

子どもである十枝子にとって、絶対的に信用出来るのは母親のみでした。十枝子が目的のためには殺人までいとわなくなったのは小説家デビューの一件からですが、このように手段がより過激になったのは母親が死んでしまったのが原因なのかも知れません。

 

 

 

オチ

ラスト、写真家の大和に玩具箱のような部屋で寝ている姿を見られた十枝子は、こんなにまで執着していた田舎の家と母親の蝋人形をあっさりと燃やして、前々から行きたがっていたギリシアへと旅立ち、大和から脅して奪い取った写真で、今度は写真家としてギリシアで成功を収めます。

拠り所にしていたものを一切棄て、本当に一人きりになった十枝子は、ギリシアの寂れた地に佇みながら、「私・・・・・・さみしいわ・・・・・・ふきとばされそう・・・・・・」と、呟いて物語は終わる。

 

どこまでも一人で生きていくことしか出来ない、十枝子の空虚さが滲み出る感慨深い終わり方ですね。

 

全てを知ってしまった写真家の大和ですが、破滅したり、死ぬことにまでならなくって良かったね、と思いました。写真盗られて悔しがっていましたけど、もともと十枝子が被写体のヌード写真なんだし、くれちまえよ、と。十枝子のそれまでの犠牲者たちの顛末から考えれば、大和はかなり難を逃れた方だと思いますね(^_^;)。

作中で毎度、十枝子についての解説者の役割をしてくれていた蜂須賀さんは最後やっぱり殺されちゃって「あぁ・・・」となった・・・。

 

いろいろ悪どいことをしているのに、裁かれずに野放しのまま終わっているので、今作は主人公の十村十枝子に感情移入出来るかどうかで、大きく評価が分かれる作品だと思います。

しかし、一気に読まされてしまう作品であることは間違いないので、気になった方は是非。

 

 

ではではまた~

 

 

人間昆虫記 手塚治虫文庫全集

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『スウェーデン館の謎』あらすじ・感想 雪の夜、館で起きた哀しい事件

こんばんは、紫栞です。

有栖川有栖さんのスウェーデン館の謎』をご紹介。

 

スウェーデン館の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

 

あらすじ

小説の取材で雪深い福島の裏磐梯のペンションに宿泊していたミステリ作家の有栖川有栖は、童話作家・乙川リュウの館、地元の人間がスウェーデン館と呼ぶログハウスに招かれる。

おいしいコーヒーとお菓子をごちそうになり、有名童話作家の主と美しい奥方、他の招待客らと共に楽しい語らいの時間を過し、その夜には乙川が「話足りなかったから」と、わざわざ北欧の酒を提げてペンションを訪ねてくれた。

旅先での良い思い出になったと喜び、スウェーデン館の人々との別れを惜しんでいた有栖だったが、翌朝になってスウェーデン館で客人のうちの一人が殺される事件が起こったことを知らされる。

館の離れで他殺遺体が発見されたのだが、外部犯の痕跡はなく、母屋と離れの間に犯人の足跡も見当たらないという不可解な現場だった。

訳のわからない事件を前に、名状しがたい不安感に襲われた有栖は、友人の犯罪社会学者・火村英生に応援を頼むが――。

 

 

 

 

 

 

定番!館・足跡

スウェーデン館の謎』は【作家アリスシリーズ(火村英生シリーズ)】

 

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の5冊目の本で、長編としては4冊目。また、講談社で刊行される【国名シリーズ】では2冊目の本となります。

  

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1995年刊行で、角川から刊行された長編『海のある奈良に死す』

 

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から2ヶ月後に発売された作品。

 

主にバレンタイン・デイである2月14日の長い1日が描かれており、雪深い中に建つ館が舞台。

ミステリで雪といったら足跡トリック!ってことで、館で殺人事件が起こって足跡の謎を解明するといった、本格推理小説の定番ものを堪能することが出来る作品になっています。パズルクイズや図解が挿入されていたりする点も、本格推理小説を読んでいる感を高まらせてくれる。

 

講談社ノベルス版と文庫版が出ていて、私が所有しているのは文庫の方なのですが、文庫版だと巻末に作家の宮部みゆきさんによる解説が収録されています。小説においての「探偵」の在り方を追求する興味深い解説もさることながら、宮部さんは大の火村ファンであるらしく、非常に愛が伝わってくる解説となっていて面白いです(^_^)。

 

 

 

好意?

旅先で事件に遭遇するのもこのシリーズの定番なのですが、今回はアリスが取材の為に一人旅行しているという状況からスタートで、探偵役の火村は後半からの登場になっています。

 

巨漢でバイカル海豹に似た容姿の童話作家・乙川リュウや館の客人たちと楽しく語らう中、アリスは、美しいスウェーデン人のヴェロニカ夫人に心惹かれる。

火村にからかわれたアリスは「好意やない、好感を持ったんや」と言いますが、まぁ、結構ヤバかった。アリスは不貞行為は勿論ダメだという当たり前の良識を持った男ですので、人妻に言い寄るようなことはしませんがね。

密かに憧れるに留めようと心の中で必死になっている様は、長年続いている【作家アリスシリーズ】の中でもこの作品でしかお目にかかることが出来ないアリスの姿です。

 

海豹のような容姿であるものの、館の主である乙川リュウは非常に女性にもてる人物で浮気癖があり、トラブルになったこともあると聞かされたアリスが、あんなに美人の妻がいながら許せん!バイカル海豹の分際で!と、心中で思ってしまい、いやいや、そんな失礼なことを思ってはいかんと考えを打ち消そうとして支離滅裂な文章になってしまうのが可笑しい。

とはいえ、事件の謎について考えるときにヴェロニカも容疑者から外しては考えないシビアなアリスですけど。推理作家の悲しい性なのか・・・(^^;)。

 

事件が起こり、にっちもさっちもいかない現状を打破しようと電話で火村を呼び寄せる訳ですが、ヴェロニカ夫人から不安を取り除くために火村の力を借りようというのがまずあったと。

 

朝っぱらに電話をかけてきて、無償でこれからちょいと福島に来てくれとか無茶ぶりする友人、普通なら相手しないだろうところですが、火村は電話の後すぐに新幹線二本と快速を乗り継いで風のように京都から遥々駆け付けてくれるのでした。まったく、そんなんだからアリスがどんどん付け上がる・・・(^_^;)。

 

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕にまかせて」

乙川リュウとヴェロニカの夫妻には、三年前に幼い我が子・ルネを事故で亡くしています。一人で遊んでいる最中に沼に落ちての事故死でした。

綱木淑美から三年前のあの時、実は事故現場の近くに居合わせたが故意に助けなかったという告白を聞き、頭に血が昇ったヴェロニカは口論の末に淑美を殺害してしまう。

 

淑美はかつてリュウと不倫関係にあったのですが、淑美が本気になったらリュウは彼女から離れていった。諦めきれない淑美は三年前のあの日、リュウに復縁を求めましたが「君は僕の妻になれたとしても、ルネの母親は到底務まらない」とすげなく断られ、その直後に事故が発生。ルネが沼に落ちたのかも知れないと思いつつも、何もせずにその場を立ち去ってしまったというのが三年前の事故の秘密でした。

 

淑美を殺してしまい、しばし呆然としていたところにペンションから帰って来たリュウが現われる。ヴェロニカは自首を促してくれるものと思っていましたが、リュウ「僕にまかせて」と言って足跡トリックのアイディアをひねり出し、ヴェロニカに実行させた。

 

「(略)彼女は『そんなことはとてもできない』と答えました。その時、僕は言ったんですよ。『僕の前からいなくならないで欲しい。だからやってくれ』。それでもまだ躊躇っていたので、次にこう叱りました。『幸せな老後を送っている親父さんやおふくろを悲しませないでくれ。いつも、ずっと、そばにいてやってくれ』。――その二つが僕の本音でした。他人の命など知ったことか、というような醜悪な考えです」

 

と、まぁ、火村に真相を見破られ、妻が罪の告白をする姿を見て、乙川リュウは反省する。

 

ハイハイ、大いに反省して下さいといった感じですね。

息子を死なせることになったのも、妻が殺人者になってしまったのも、元はといえばリュウのせいです。全てが自分のせいなのに、何が「僕にまかせて」なのか。

執拗な元浮気相手と縁を切るのに幼いルネの存在を持ち出し、自首することを望む妻に年老いた親たちのこと持ち出して説得する。

自分のことを棚に上げた、他人を引き合いに出しての狡い、残酷な言い分で、なんだか詐欺師めいている。なぜか女性からモテると噂の人物だったらしいが、なるほど、どうやら口先でモテてきた男なのだなと想像させられますね。(いるよね、そういう人・・・)

 

「僕にまかせて」という言葉は、乙川リュウが自身の作品の中の登場人物に言わせる決めゼリフ。男らしさを表す素晴らしい言葉として作中で書いているらしいが、罪を犯し、悔いて自首しようとする妻に対して「僕にまかせて」と偽装工作を強要するのは親切ぶった押し付けでしかない。親切ぶっているぶん、悪質でもある。

“男らしさ”を説いていた人物が、蓋を開けてみればこの有り様だとは。“男らしさ”を説く滑稽さ、男の身勝手さを糾弾している側面も今作には込められているのではないかと思いますね。

 

 

 

 

 

何を言ったのか

罪の告白をするリュウに向け、火村は「愛する者を守るためなら自分も何だってやるだろう」「罪を犯してでも」と、犯罪者に対して一貫して厳しい立場をとっていた彼らしからぬことを言う。

 

私が驚くほど、火村はきっぱりと断言した。まるでそう語る彼の脳裏に、彼が全存在と引き換えにしてもいいと念じる具体的な誰かの顔を思い浮かべているかのようだった。

 

火村の過去、「俺自身が人を殺したいと思ったことがあるから」については、2021年現在も明かされていません。どんな過去なのか、読者は想像をたくましくするしかないのですが、シリーズファンである宮部みゆきさんは「火村センセが過去に誰かを殺そうとした問題には、絶対に女性が絡んでいるはず!」と、睨んでいるらしい。ついては、その運命の女性の名前を小説で出すときがきたらミユキってつけてくれと作者本人に懇願したことがあるのだとか。今作の解説で書かれています。宮部さん、ホントに火村ファンなのね・・・。

私も、思い人・大事な人に何かがあって火村は特定の人物に殺意を向けたのではないかとは思うのですが・・・どうなのでしょう?

 

エピローグで、アリスと共にルネが命を落した沼のほとりにきた火村は、アリスが脳裏で幻覚に浸っている最中に何かの言葉を口にする。アリスはそれが「愛する者を守るためなら自分も何だってやるだろう」と口走ったことに関する独白だったような気がして問い詰めますが、火村は「言ってねぇって」と教えてくれず、結局分からずじまいのまま終わっています。

 

過去を振り返っての独白のようでもあるし、彼岸に行きかけたアリスの意識を此方へ引き戻すために声を発したようでもある。これは本当のところはまったく分からないので、色々考察して楽しむのが良さそうですね。

 

 

 

封印された思い出 

ヴェロニカの不安を取り除こうと火村を呼び寄せたものの、結果としてヴェロニカを犯人として指摘することになってしまったこの事件。

アリスにとっても、火村にとっても、なんとも哀しく辛い事件として印象に残ることとなり、二人の間でスウェーデン館については封印された思い出となっています。イコールでバレンタイン・デイ自体も苦い思い出になっちゃってるのかな?永遠の34歳設定なので、その辺は分かりませんが…。

 

この終わり方の余韻が有栖川有栖作品の醍醐味なのですけどね。

ちょっと危うさはあるものの、トリックもパズル的で解ったときの爽快感があって私は好きです。

切なさや哀しさが目立つ作品ですが、雪をかぶってワチャワチャする二人のいつものやり取りなど、笑える場面もありますので是非。

 

 

ではではまた~