夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『金田一37歳の事件簿』11巻 ネタバレ・感想 犯人との頭脳バトル!その結末は・・・?

こんばんは、紫栞です。

今回は金田一37歳の事件簿』11巻の感想を少し。

金田一37歳の事件簿(11) (イブニングコミックス)

 

一瞬「え?オペラ座?」ってなる表紙ですが・・・ま、違います。怪人出しまくっている漫画なので、デザインもかぶっちゃいますよね(^_^;)。

 

11巻も通常版のみ。収録内容は9巻から続いている『綾瀬連続殺人事件』が完結。新章である『殺人二十面相』が1話収録です。表紙絵はこの『殺人二十面相』を受けてのものですね。

前巻の10巻で「作中ではスーツ姿なのに何で表紙絵がパーカー姿なんだ」と思っていましたが、

 

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この11巻で金田一がパーカー姿で犯人と対峙しているのを見て「ああ、それでか」と。今回もそうですが、表紙が次の巻の内容を“先取り”しているってことなのか。表紙は本の内容に合わせた方が良いと個人的には思うのですが・・・。

 

 

 

 

 

 

以下、ガッツリとネタバレ。犯人も明かしていますので注意~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●「綾瀬連続殺人事件」

9巻から続いていたこの事件ですが、

 

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今巻で7話中6話というほぼ1冊使ってやっとこさの完結。表紙絵は怪人がでばっていますが、この巻は完全に『綾瀬連続殺人事件』が主の本ですね。

 

続いてきた『綾瀬連続殺人事件』ですが、この巻に入ってから趣が大きく異なっています。

 

まず、序盤でもう犯人は小美野悠人であることが金田一の口から確信を持って告げられる。警察の調べで小美野が15年前に起きたリンチ殺人事件の被害者・如月晃一の弟であることも明らかとなり、トリックの解明と証拠集めの為に小美野の恋人でアリバイの証言者であるフミに協力してもらい“オトしに”かかる――と。

 

そんな訳で、犯人である小美野の視点も入っての探偵と犯人との攻防戦というか、頭脳バトルが描かれるといった倒叙モノな展開に。

 

 

はい、あ~・・・前の記事で予想したように、やっぱり小美野さんが犯人でしたね。

 

お酒が出るパーティーに自家用車で来たり、スタンガン持つようにすすめてきたり、一々フミちゃんと一緒に行動しようとしたり等々・・・色々怪しすぎましたからねぇ。ま、後半にこのような展開を用意していたのなら、犯人当てには元々重きを置いていなかったということなのかもですが。

メインであるアリバイトリックもやっぱり車のトランクを利用したものでしたね。シリーズファンとしては「ラベンダー荘でのトリックの応用だなぁ~」となるトリック。

 

 

 

今の車はトランクスルーが主流だから、トリックの為にクラシックカーを用意するってところが時代を感じた・・・。小美野さんはベストセラー作家なので、国産の中古車を乗っていたら不自然だから、ベンツのクラシックカーを態々買ったってことらしいです。著名人ともなると、アリバイトリックを行なうにも常人とは違った苦労が伴うようで(^^;)。

トランク開けた時に被害者が大きな音出したりしたらどうするんだとか、トランクで練炭たいたまま運転したら危ないんじゃないかとか、色々リスキーなんじゃ?って感じですが、それはこのシリーズではいつもの事ですかね。

 

受賞作の小説「綾瀬連続殺人事件」も小美野さんが書いたとのこと。ベストセラー作家なんで、新人賞で大賞を取ることなんて簡単って言っていますが、言うほど簡単じゃないというか、別名で発表されてもファンは作家の書き癖で気がついたりするし、選考委員の先生達も小美野さんの作品は当然読んでいるんだろうから、悟られないで書くのは結構難しいのではないかと。あまり読者なめない方が良いよ。

 

あと、スタンガンが大型ホームセンターに売っているのかとずっと疑問だったのですが、少なくともこの作中では普通に売っているようです。マジで?さすが都会は違うなぁ(^o^;)。

 

11巻に入って以降、犯人との1対1の攻防戦となるため、小美野、フミ、金田一の三人でのやり取りが殆どとなり、解決編も今回はこの三人での少人数制。

三人の他には時たま刑事の真壁先輩が出て来るぐらいで、作家の間宮先生も冬樹アガサも、編集者の箕田も、レギュラーメンバーであるはずのまりんちゃんも一切出て来なくなちゃうので、いきなり登場人物が大幅に減ったみたいで妙・・・と、いうか、いきなり別作品が始まってしまったような唐突感は否めませんね。途中でガラッと趣を変えていることにより、物語が間延びしてやたら長く感じてしまうような。そのくせ、動機面の描写は雑にサラッと流しているのも、頭脳バトルしてたのに最終的に金田一が仕込んだひっつき虫でオチてしまうのも何やら残念。今までにない展開で、コレはコレで面白いとは思うのですが。

 

いきなり退場してしまった訳ですが、冬樹アガサなどは今後別の事件で出て来るかもな~って気もしますかねぇ・・・どうなのでしょう。ま、別にそんなに出て欲しい訳でもないのですけど・・・(^_^;)。

 

 

 

 

 

 

ヘルメスの告白

話の初っ端に高遠さんが思わせぶりに出て来ていたので予想は出来たことですが、この事件も“高遠さん案件”だったらしく、小美野悠人はあの高遠さん率いる(?)十二神のうちの一人で計略の神である「ヘルメス」の名を拝命している人物だったことが明らかに。

最初が全身整形の結婚詐欺師だったのでアレでしたが、売れっ子俳優に続いてベストセラー作家とは。割と社会的地位が高い人材もそろえているのですかね。

 

 

さて、「ヘルメス」であったものの、高遠さんに言われて利用するために近づいたフミちゃんと付き合ううちに絆されて本当に好きになってしまった小美野さん。最後に「僕を――魔界から連れ戻してくれて ありがとう・・・!」と告げ、フミちゃんに「十二神ヘルメスの告白」というファイルが入ったスマホを秘密裏に託す。

 

おそらく高遠さんが今後企んでいることが記されているのだろうこのファイル。「気になる!早く内容教えて!」と、なるところですが・・・そう素直にこの漫画のストーリーは進んでくれないようで、フミちゃんは玲香ちゃんの“あの事件”以来(この事件がどんなものだったのかもまだ明かされていませんが・・・)、本当は事件に関わりたくないという金田一の心情を慮って、小美野さんから託されたファイルのことはとりあえず黙っておいて、自分一人で出来るだけ調べてみようと決意しています。

37歳になってから何だかんだでもう10冊以上も殺人事件と向き合い続けておいて「本当は事件に関わりたくない~」とか、今更金田一が言っても説得力がない感じですが。結局、高遠さんの事も気になってしょうがない様子ですし・・・読者的には「サッサと言っちゃえよ!」なんですけど。ま、多少もったいぶられても致し方ないか。

 

内容が気になるのは勿論ですが、一人で調べてみるとかフミちゃんの身が心配ですね。フミちゃんは今回の事件でもう十分辛い目に遭ったので、これ以上不幸なことは起きないで欲しいものですが・・・。

 

 

 

次は乱歩

新章の『殺人二十面相』はこの巻には1話しか収録されていないのでまだ何とも言えないのですが、この安直なタイトルから察せられるように、江戸川乱歩が絡む事件になるようです。

ハロウィンと江戸川乱歩展のコラボイベントを金田一とまりんちゃんが担当することになって~という流れですね。

 

性質上、少年時代から横溝正史風味を推してきた(のだと思う)このシリーズ。・・・乱歩・・・メインに持って来ちゃって良いんだ・・・。横溝正史江戸川乱歩って、小説やミステリにまったく興味ないと混同しちゃっている人もいるのですが(現に私の友達もそうだった・・・)、昭和が舞台の日本ミステリというところが共通しているだけで全くの別物です。当たり前だけど

ん~でも、『巌窟王』とかもやりましたしね。

 

 

単に題材として取り上げるってだけで、そう気にすることでもないのかな。

 

 

 

次の第12巻は2022年3月発売予定。また楽しみに待ちたいと思います。

 

 

 

ではではまた~

 

 

 

 

『透明な螺旋』ネタバレ・感想 ガリレオシリーズ第10弾!明かされる“ガリレオ最大の秘密”とは?

こんばんは、紫栞です。

今回は東野圭吾さんの『透明な螺旋』について感想を少し。

透明な螺旋

 

あらすじ

房州沖で男性の銃殺遺体が発見され、警視庁捜査一課の草薙俊平の班は捜査を開始する。数日後、銃殺遺体の身元が行方不明者届けを出されていた上辻亮太だということが判明。捜査員は行方不明者届けを提出した上辻の交際相手で同居女性の花屋店員・島内園香に連絡を取ろうとするが電話は繋がらず、自宅アパートは留守で、勤務先に聞いてみると、上辻の行方不明者届けを提出した三日後に突然休職を願い出て来たとのことだった。

事件直後の謎の失踪。警察は島内園香と、園香と行動を共にしているらしき年配女性の絵本作家の行方を追うがいっこうに手掛かりはつかめず。手をこまねいていた草薙は、失踪している絵本作家の作品に「さんこうにした本」として友人の物理学者・湯川学の著作を発見する。

細すぎる糸だとは思いつつも、ダメもとで横須賀の両親のマンションに滞在している湯川のもとを訪ねた草薙だったが、事件の話を聞いた湯川はその後意外な行動に出て――。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガリレオの真実”とな

『透明な螺旋』はドラマや映画でお馴染み、物理学者の湯川学が探偵役を務めるミステリシリーズガリレオシリーズ】の第10弾。

 

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このシリーズも何だかんだでもう十冊目なのですね。いつの間に・・・って感じが不思議とちょっとあるのですが、前作の『沈黙のパレード』がシリーズ6年ぶりの新作で再始動だったのでそう感じるのかもですが。

 

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シリーズ8作目の『禁断の魔術』の最後でニューヨークへと旅立った湯川。9作目の『沈黙のパレード』では4年ぶりに准教授から教授となった湯川が日本に帰ってきて、草薙も捜査一課の係長になっているなど、登場人物の年齢が高まり、それぞれ社会的立場も変わってのシリーズ再スタートでした。

今作は300ページほどの長編で、前作から引き続き、大学教授の湯川、係長の草薙、その部下である内海薫の三人が主要メンバーとしてお話が展開されています。

 

私は本を買うときはいつも紙媒体で買うので気にしたことがなかったのですが、東野圭吾さんは電子書籍化には消極的な作家さんらしいですね。少し前に友達から聞いて意外な印象を受けたのですが、確かにこの本の末尾にも「著者は本書の自炊代行業者によるデジタル化を認めておりません」と書いてある。コロナ禍での外出自粛が続く中、読書を楽しんでもらおうと2020年に代表作7作品のみ特別解禁されたようですが、

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基本的には本屋で紙の本を買って欲しいというのが東野さんのお考えのようです。

 

また、作中で何年の出来事なのか明確には記されていないのですが、どうやら今作は感染症の騒動が過ぎ去っての設定になっているようなので、ちょっとした近未来を描いているのだと思われます。作中のように、早くマスクが必須でない世の中になって欲しいものですねぇ。

 

 

ガリレオの真実」「シリーズ最大の秘密が明かされる」と、単行本の帯には煽りまくった文句が躍っているのですが(本の帯というのは大抵誇張した文句が書かれるものですけど)、今作ではこれまであまり語られてこなかった湯川先生の生い立ちや親御さんのことが描かれていて、今回、湯川は認知症が進行した母親の介護をする父親の手助けをするため、横須賀の両親のマンションに滞在しているという設定になっています。

 

 

 

 

 

探偵役のバックボーン

このシリーズの探偵役である湯川学は今まで、私生活の見えない、何を考えているかもよく分らない、とにかく頭の切れる人物として描かれてきたので、「母親の介護」という現実感ありすぎる事柄がぶっ込まれてちょっと当惑しますね。作中の草薙と内海も驚いていますが。

 

推理小説の探偵役というのは、自分のことは多くを語らず、過去も私生活も謎めいていて・・・という設定が多い。以前の湯川もこのタイプの探偵役でしたが、シリーズの中で三十代から五十代と年を重ねたことで変化しているということでしょうか。確かに前作『沈黙のパレード』での湯川は人としてだいぶ丸くなっていて、シリーズ初期の頃のような変人奇人感はほぼ皆無になっていましたけど。当初は短編が中心でしたが、長編が多くなったというのも影響しているのでしょうかね。

 

長年やっているミステリシリーズで登場人物にリアルタイムで歳をとらせる設定ですと、人物がどんどん丸くなったり、我を通すことがなくなったりするものは多かったりしますが、

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初期から読んでいる読者としては、こういう変化ってキャラクターにとっては良いことなんでしょうけど、淋しくもあるのですよね。湯川も草薙も「だいぶ昔のことだ」「懐かしいな」みたいな事ばかり作中で発言するし・・・読んでいると若干もの悲しくなってくる(^_^;)。

 

最初がミステリアスな探偵役だったぶん、【ガリレオシリーズ】の読者は湯川の生い立ちだとか、親御さんがとか、別に知りたくないというか、求めてない人が多いのではとも思いますね。

 

 

 

 

 

 

以下、ネタバレ注意~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最大の仕掛けは他作に?

長編といっても300ページほどのボリュームですぐに読めてしまう今作ですが、殺人事件に関してトリックらしいトリックはないし、犯人当ての愉しみもないし、推理小説的な面白さは殆どないです。このシリーズならではの物理学・科学を利用したトリックも登場しないので、【ガリレオシリーズ】らしからぬ、異色の作品になっていますね。

 

じゃあ何がメインなのかというと、人間関係と犯人の動機になるのでしょうが、この「夢を見続けるために殺した」という真の動機も、色々な作品で扱われているもので描写も浅いので、特に目新しさも感慨もない。

園香が失踪するのはやっぱり行動として不自然さを感じるし、その提案をした奈江さんもまた然り。

湯川が養子で、生みの母親がこの絵本作家の松永奈江だったという事実も、正直「へー」という感想しか抱けなくって、「ちょっと・・・どうなんだろう今回のは・・・」な読後感だったのですが、ネットで検索したところによると、実はこの作品、1994年に刊行された東野さんの単発長編『むかし僕が死んだ家』とリンクするようになっているのだとか。

 

 

 

ガリレオファンは驚くはず 東野ファンはもっと驚くはず」

 

と、今作について著者の東野さんは仰っているのですが、20年以上前の作品と繋がるという、初期からの東野圭吾ファンをマニアックに喜ばせる仕掛けが隠されていたという訳ですね。今作の最大の仕掛け、帯にある「ガリレオ最大の秘密が明かされる」とはきっとこのことなのですよ。

 

終盤、湯川が昔両親と一緒に暮らしていた家についてやたらと詩的な表現をしていて「急にどうした先生?」と、なったのですが、これもきっと『むかし僕が死んだ家』と関係しているのですね。私は東野圭吾作品については【ガリレオシリーズ】と【マスカレード・ホテルシリーズ】、

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他単発長編を何冊か読んでいる程度なので『むかし僕が死んだ家』についてはまったくの無知。こればかりは長年のファンが羨ましいかぎりですね。自力で気づけたときの驚きと感動は相当だと思いますよ。しかし、私もガリレオ先生と密接な関わりがあると聞いては読むしかありません。近日中に読んで、またこのブログで感想を書きたいと思います!

 

 

 

 

 

ではではまた~

 

 

『書楼弔堂 炎昼』シリーズ第二弾!6編 登場 登場人物・あらすじ ネタバレ解説

こんばんは、紫栞です。

今回は京極夏彦さんの『書楼弔堂 炎昼(えんちゅう)』をご紹介。

書楼弔堂 炎昼

 

〈探書〉昼

『書楼弔堂 炎昼』は明治が舞台の〈探書〉物語シリーズの第二弾。「書楼弔堂」という、とんでもなく品揃えが良い本屋に、史実の著名人たちが本を探しに訪れて“その人の人生にふさわしい一冊”に出合っていくという連作短編もの。

※このシリーズの概要について、詳しくはこちら↓

 

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このシリーズは朝、昼、夕、夜という構成で書いていくものだそうで、第一弾である前作は明け方を表す「破曉」がタイトルについていましたが、第二弾である今作はお昼ってことで「炎昼」

 

 

前作は明治二十年代半ばが舞台でしたが、今作は明治三十年代初頭です。「書楼弔堂」という店が舞台で、元僧侶で年齢不詳な弔堂主人と美童で口が達者な丁稚・撓(しほる)が登場するのは同じですが、このシリーズは本ごとに語り手が変わります。

 

今作では塔子という十代後半の女性が語り手。塔子の祖父は元薩摩藩士で、「女は良妻となってなんぼ。勉強なんてさせるのは無駄だし、小説なんて俗物が読むものだ」と、閉口してしまう考えの持ち主で、両親も口を開けば「余計な物にうつつを抜かすな。早く結婚しろ」と言うばかり。

おかげで、塔子は今まで小説を一冊も読んだことがないのですが、禁止されていると憧れが募るもので、読んでみたいとずっと思って過してきた。そんな折、ひょんなことから「書楼弔堂」に足を踏み入れ、本の魅力に目覚めていきます。

育ちの良いお嬢さんということで、語り口はまるで童話のように丁寧で穏やか。前作の「破曉」は無職のまま妻子と家をほっぽってダラダラと気ままな生活を送ってしまっている三十代男性・高遠が語り手だったので、印象は前作とだいぶ異なりますね。

 

そして、今作にはサブキャラクターとして松岡國男後の柳田國男が登場。作中ではまだ松岡家に婿入りする前、二十歳過ぎの学生で、新体詩人として名を馳せていた頃ですね。噂を聞きつけ「書楼弔堂」を訪れることとなり、その後店の常連となってお話に大きく関わっていきます。

 

 

 

各話・解説

『書楼弔堂 炎昼』は六編収録。

以下、各編に登場する史実の著名人たちについて紹介しますが、「どの著名人か?」を予想するのもこの物語の楽しみの一つとなっていますので、ネタバレをくらいたくない人はご注意下さい。ストーリーについてのネタバレも含みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探書漆 事件(じけん)

 

〈探書〉の客は田山花袋(たやまかたい)。『蒲団』『田舎教師などの作品で知られる文豪で、自然主義派の代表的作家。と、いいつつ、私、自然主義文学たるものがよく解っていないのですが・・・(^_^;)。19世紀末にフランスで起こった文学運動で、簡単に言うと(もの凄く簡単に言うと)、誇張や美化をくわえずに率直に素直に書くって感じでしょうか。解らないですけど。ま、実際に作品を読んでみればよいのでしょうが。

 

 

物語の舞台は明治三十年。田山花袋(本名は録弥)は尾崎紅葉のところに入門して少し経った頃で、まだ作家として本格的に活動する前。尾崎紅葉は前作『書楼弔堂 破曉』でも名前だけちょこちょこ登場していましたね。そこら辺の繋がりで人づてに「書楼弔堂」のことを聞き、松岡國男と共に噂の本屋を探していたもののたどり着けず、道で偶々出会った地元民の塔子に案内してもらって三人で「書楼弔堂」に行くことに。

 

田山と松岡でああだこうだと議論を戦わせるところが面白い。双方で憎まれ口をたたき合うのですが、「殿方は仲が良い程罵りあうのだ」ってことで、たいそう仲良しな感じに描かれています。

 

『炎昼』では収録されている六編すべてにお話を表す花が出て来るのですが、この「事件」は塔子が芙蓉をボンヤリと見ているところから物語がスタートしています。

 

 

 

探書捌 普遍(ふへん)

 

〈探書〉の客は添田平吉こと添田唖蟬坊(そえだあぜんぼう)。明治から大正にかけて活躍した演歌師の草分け的存在で、まっくろけ節『ノンキ節』


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などの流行曲が有名。「演歌師」というのは演歌を歌う芸人さんのこと。今では演歌というと歌謡曲のジャンルの一つとなっていますが、元々は政治や社会問題を風刺する歌「演説歌」が始まりなのだとか。

 

物語の舞台である明治三十年代の頃ですと、添田平吉は二十代半ばの青年。既に演歌師として活動していましたが、演歌師としての己の在り方に疑義を抱いていて、店主が客に相応しい本を見付けてくれるという噂を聞き、自分はどんな本を欲しているのかも判らぬままに「書楼弔堂」に訪れる。八卦見や霊術家でもありませんから、お目に掛かったばかりの方の欲しいものを中てることなどできはしません」と、さすがに弔堂店主も困っています。

 

またもお祖父様に叱られ、むくれて今日こそ『書楼弔堂』に行って禁止されている小説でも読んでしまいましょう!と、思いつつ、なかなか踏み出せずに道端に佇んでいた塔子ですが、そこで弔堂に行く途中だという松岡と再会。では一緒に行こうという事になり、訪ねてみると店の前に添田が立っていて、三人で来店することに~・・・てな流れのストーリー。

 

出て来る花は野菊。この話の最後で、塔子は人生初の小説を買うことに成功(?)しています。

 

 

 

探書玖 隠秘(いんぴ)

〈探書〉の客は福來友吉。フルネームでは分らなくとも、“福来博士”と言われればオカルト好きはピンとくると思います。明治四十年代に行なわれた千里眼実験で有名な、東京帝国大学心理学研究室の“超心理学者”ですね。この千里眼実験の被験者だった御船千鶴子が、鈴木光司さんの小説『リング』に登場する貞子の母親のモデルに使われているので一躍有名になった・・・と、いうか、再注目されたので知られていますが、この千里眼実験を題材に使っている作品は他にも多数あります。京極さんも魍魎の匣でこの実験について取り上げていますね。

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意外な形で全体のストーリーに関わってくるので必見です。

 

年が明け、明治三十一年。『普遍』の最後で塔子が弔堂で売ってもらった小説は『小公子』。家族に隠れて読み、初めての小説に夢中になった塔子は誰かと『小公子』について語り合いたいと友人の美音子と会うも、美音子は最新の学問である心理学について父親と衝突したばかり。なんだかよく分らない学問について熱く語る美音子に気後れしてしまい、小説の話は出来ずじまいに。消化不良な気分に陥った塔子は弔堂を訪れるが、そこには先客で勝海舟がおり、ここでも弔堂主人と勝海舟が心理学について問答していた。

勝海舟が店を去った後、塔子が「もっと小説が読みたいです」と新たな本を所望すると、弔堂主人は二日後までに本を仕入れておく、松岡も来る予定だし、一緒にどうかと言う。約束の二日後に弔堂に行ってみると、松岡の連れで福來友吉も居て――。

と、いった流れのストーリー。

 

福來友吉はこの時、東京帝國大學の哲学科の学生。同じく帝國大學の学生である松岡の先輩として登場しております。同時期に在学していたことは確かであるものの、実際は柳田國男と福來友吉に接点があったのかどうかは分っていません。ここでは“もし交流があったなら面白いな”というif物語として書かれています(いや、この【書楼弔堂シリーズ】はすべてif物語ですけども)

後年の千里眼実験以降、福来博士は学会を追放されて評価は散々なことになってしまう訳ですが、このお話では純粋に自然科学を見極めたいと研究への熱意に満ちあふれている優秀な学生として描かれています。松岡も弔堂主人も人柄については好ましく思いつつも、自然科学を見極めたいという研究方針には危惧を抱き、心配して最後には“ちょっとした意地悪”をしているのがこのお話の見所。

 

出て来る花は水仙。前作『破曉』に引き続き、勝海舟が弔堂に意見を聞きに来るのもまた必見のお話になっています。

 

 

 

探書拾 変節(へんせつ)

 

〈探書〉の客は平塚らいてう平塚らいてう(平塚らいちょう)は大正から昭和にかけて思想家、作家、評論家として活躍した、女性解放運動家。女性の社会地位向上の為に生涯活動した人物です。

 

「隠秘」での出来事からおよそ半年後。縁談話をしつこくすすめてくる家族達から逃げ出し、弔堂に行こうとしていた途中でこれまた道端で花をボンヤリと眺めていた塔子。気味の悪い花だと思っていると、「時計草がお好きなのですか」と邪気ない少女に声をかけられる。少女はハルと名乗り、聡明そうな物言いで己が通っている女学校の授業内容に納得が出来ず、逃げ出してこんなところまで来てしまったのだと言う。道すがら話をし、成り行きで共に弔堂に入店してみると、これまた松岡が先客で訪れていて――。

てな流れのストーリー。

 

明治三十一年のこの時は、平塚らいてう(本名・平塚明)はまだ十二三の少女。ですが、この物語ですととてもそんな年齢とは思えないほど聡明で己の意見を確りと持っている非常に大人びた少女として描かれています。年上であるはずの塔子もタジタジですね。

武家の作法からくる男尊女卑や女性の社会的立場については京極夏彦作品で度々描かれるテーマで、作中で松岡とハルが問答する事柄は『格新婦の理』『今昔百鬼拾遺 天狗』でも繰り返し語られています。

 

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時代の流れを描くうえで、外せない事柄の一つだということで繰り返し描かれているのだと思いますが、男性作家でこんなに執拗に(?)書いてくれるのも珍しいのではないかといつも感服いたします。

世の中がこの作中の松岡のようにフラットな考えの男性ばかりなら、女性はもっと生きやすくなるのですがねぇ・・・。

 

 

 

探書拾壱 無常(むじょう)

 

〈探書〉の客は乃木希典日露戦争での英雄とされた陸軍軍人で、“乃木将軍“と言われれば知っている人も多かろうと思います。 

 

祖父が病気となり、存命のうちに早く婿をとって世継ぎを産めと改めて母親に強くいいつけられた塔子。祖父の余命が後わずかだということも、とにかく縁談を受けろと言う母の言葉にも戸惑うばかりの塔子は、また家を逃げ出した。その道すがら、具合が悪そうな年配者と遭遇し、休ませてもらおうと近くの弔堂へ二人揃って行くことに。ついてみると、この年配者と弔堂主人は旧知の間柄であることが判明して――。

と、いった流れのストーリー。

 

乃木希典は軍人としては色々と評価が分かれる人物。敵の名誉も重んじ、誠実で責任感の強い乃木の人柄を明治天皇は買っていたらしく、後の昭和天皇である迪宮裕仁親王の教育係を任せられ、その迪宮裕仁親王にもたいそう慕われたということですが、軍人としては愚将だったともよく言われます。明治天皇崩御した際に殉死したことでも広く知られているのですが、この事に関しても当時一部では“前近代的行為だ”と冷笑的な声が上がったりもしたようです。

 

作中の明治三十一年の時、乃木希典は五十歳。日清戦争を経て、台湾総督に就任するも辞職して日本に戻り、休職中だった頃。弔堂主人とは古い付き合いだということで、僧侶だったかつての弔堂主人は乃木に何度も「あなたのように優しい人に軍人はむいていません」と説いたが、結果的にいずれの忠告も聞いてもらえなかったということで、戦争帰りの休職中で弱っている乃木に弔堂主人は最初冷ややかな態度で接してします。今までになく厳しい様子の弔堂主人ですね。退店する前には「死んで義を果たそうなどとはするな。人は生きてこそです」という言葉を贈っています。

 

史実ですと、乃木はこの後しばらく休んでいましたが、明治三十七年に日露戦争が開戦して復職。旅順要塞攻略で勝利し賞賛されたものの、たくさんの死者を出してしまったことを悔い、自責の念にかられて何度も涙を流していたのだとか。そして、明治天皇崩御の後に自ら命を絶ってしまう訳です。

結局、最後まで弔堂主人の願いは聞き入れてもらえなかったというこの結末は酷く哀しいですね。やはり能力はあっても“いい人”は軍人にはむかないという事でしょうか。

 

出て来る花は百日草。乃木と弔堂主人との問答が主のためか、この話には松岡が登場しません。ま、理屈屋の松岡がこの場にいても話がややこしくなるだけでしょうからね・・・(^_^;)。

 

 

 

探書拾弐 常世(とこよ)

 

祖父が亡くなり、弔堂からも読書からも一年半ほど遠ざかっていた塔子。弔堂主人と丁稚の撓の二人にも、一年前に勝海舟が亡くなった日に紅梅の下で出会したきりとなっていたが、ある日、本への想いが湧き上がり、たまらなくなって久し振りに弔堂を訪ねようと決意する。

歩みを進めていると、道の途中でこれまた久し振りに松岡と遭遇。なにやら覇気のない様子の松岡に、「身内に不幸があって、弔堂には一年以上足が遠のいていた」と塔子が語ると、松岡は「実は私の方にも不幸があったのですよ」と言う。これも何かの思し召しかと、二人は一緒に弔堂へ――。

てな流れのストーリー。

 

時間が進み、舞台は明治三十三年の年が明けて少し。このお話ではゲストは無しで、語り手の塔子、松岡、弔堂主人の三人で物語が展開されます。

サブキャラクターとして全編通じて己の進むべき道を模索していた松岡國男(後の柳田國男)のメイン回が最後でやっとこさ。さて、松岡の〈探書〉、“ふさわしい一冊”とはこれいかに。

 

塔子は祖父を、松岡は想い人を、弔堂主人は勝海舟を、と、三人とも近しい人を亡くした体験をした後ということで、“人が死ぬとはどういうことか”といったことから始まり、「あの世」とは、「幽霊」とは、と、弔堂主人の語りが広がっていきます。

「あの世とは、即ちこの世に生きる人、凡ての中にあるものなのでございます。生きている人の数だけ、それはございます。その中にあるものこそが魂ではございますまいか」

「戻らぬ者を戻そう、戻って欲しいと願うから、幽霊は出る」

などの弔堂主人の言葉が胸に響くお話となっていますね。

 

シリーズ一作目の『破曉』からスペシャルな感じで度々登場していた勝海舟が亡くなってしまって、読者としても淋しい。このシリーズでは気持ちの良いとても魅力的な老人として描かれていましたからね。別作品の『ヒトごろし』にも登場していましたし。

 

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ま、史実に沿って時代を追う物語なのでしょうがないのですけども。数話前は元気だったのにあっけなく・・・というのがまた淋しさを募らせますね。

 

 

 

 

以下、さらにネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柳田國男

作中の明治三十年代初頭の頃、松岡國男は帝大生の新体詩人ですが、その後は名門の柳田家に婿入りして柳田國男となり、ドンドンと出世。出世しただけでなく、それぞれの地方の歴史を研究する郷土学を提唱し、日本民俗学の開拓者となる。明治四十三年に発表した岩手県遠野地方に伝わる説話を集めて記した遠野物語が特に有名ですね。

京極夏彦が書く妖怪小説において、郷土学や民俗学は切っても切り離せないもの。近年は『遠野物語』に関する作品も色々出しているのですが、

 

 

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この『書楼弔堂 炎昼』では、もう著者である柳田國男自体を登場させちゃっている訳ですね。理屈屋で多少頭が固いが、優秀で好感の持てる人物として設定されています。

 

無知なもので、学生時代は詩人だったということに結構驚いてしまいました。『炎昼』では、松岡は失恋中であり、想い人への気持ちと一緒に新体詩を書くのはもうやめようとしているところから始まっています。詩をやめ、己は何をしたいのか、弔堂の常連として通って行く中で模索していく様、文学から離れて郷土学への論考を見出すまでの過程が描かれています。

 

最終話である「常世」で、松岡に弔堂主人は「貴方様の一冊は、貴方様自身がお書きになるものと推察いたします」「いつか必ずお書きになると信じております。上梓をお待ちしておりまする」と言い放つ。松岡國男から柳田國男となって後、何冊も本を上梓しているのですが、そのうちのどれが“生涯の一冊”になったのかは読者に委ねる形で終わっています。やっぱり『遠野物語』かなぁ~とか思いますが・・・どうなのでしょう。

 

 

 

 

 

塔子

シリーズ第一弾の『書楼弔堂 破曉』は明治二十年代半ばが舞台で、文明開化後の急激な変化にいまだ馴染めずにいる人々、出版法が成立したことなどによる「本」の在り方の大きな転換期などが描かれていましたが、今作の語り手は十代後半の若い女性ということで、明治時代の女性の立場の変化などが描かれています。

 

語り手の塔子は、元薩摩藩士である厳格な祖父の元で育ち、何も不自由していない生活を送りながらも、祖父や両親が言う「女なんだから」という締め付けや禁止事には漠然とした疑問を持っている。

塔子は何かしらの信念があって強く反発しているという訳ではないので、江戸の頃ならさして疑問も感じずにサッサと言われるまま縁談を受けたりなんなりしたのではないかとも思える人物なのですが、明治三十年代のこの頃は女性解放運動や女性の社会地位向上などの活動の兆しが出始めた時代。御一新からしばらく経ち、新しい生活に慣れてきた中で、旧制から女性が受けてきた仕打ちは不当なものなのではないかという声が上がり始めたということだと思いますが、世間のこういった声が耳に入ってくる中で、塔子は祖父や両親の在り方が前時代的なのではないかと、何かしら言われる度に釈然としないモヤモヤした気持ちを抱えます。

 

とはいえ、「変節」に登場したハル(平塚らいてう)のように確りとした考えや反発心を持っている訳でもなく、目上の殿方と対等に言い合うことなどとても出来ない塔子は、いつも黙って少し家から逃げ出すのを繰り返すのみ。ちょっとした意表返しとして隠れて小説を読み始めて本の魅力に取り憑かれていくも、塔子自身も「自分はただ現状から目をそらしたくって本の世界に逃げているだけなのでは?」との考えも常に脳裏にあり。そのため、祖父の容態がいよいよ悪くなってからは罪悪感もあって、一年以上読書からは離れて生活しています。

しかし、本への想いは捨てきれず再び弔堂へと向かう。この先、自分がどうしたいのかはいまだ判らずじまいだが、「本」への情熱だけは取り戻すのですね。

 

シリーズ第一弾の語り手である高遠と同様、塔子も別に人として成長はせず、縁談話などはどうなったのかなど、この後どのような人生を歩んだのかは分らないままに物語は終わっています。

作者のインタビューによると、このシリーズは語り手が成長しないのがテーマなのだとか。別に成長しなくっても、身にならない読書でも良いじゃないかという想いが示されているのでしょうか。

 

最後、塔子は弔堂主人にすすめられて三日で自転車に乗れるようになるだとかいう教則本を買います。最後の最後にはずっと不明だった塔子の苗字が「天馬」だということが明らかになる。『破曉』の高遠も最後の最後で下の名前が明かされていたので、同じパターンですね。

何でいきなり自転車?って感じであり、ネットの検索ワードにも「天馬塔子 自転車」と出て来るので、塔子も実は自転車で何かしら有名な史実の人物なのでは?と勘違いして検索する読者が多いのかなぁと思われるのですが、天馬塔子は完全にこの小説の架空の人物ですので、お間違いのないよう。ま、勘違いしてしまうのもしょうがないと思いますが・・・(^_^;)

 

 

 

次は夕

次作は〈探書〉の夕。五年おきスタートがこのシリーズのオキマリであるらしいので、次の舞台は明治三十五年からですね。今作は前作から日清戦争をはさんでの明治三十年が舞台で、乃木希典が登場する「無常」でも戦争について触れられていましたが、次作では日露戦争開戦が時代背景に絡んでくるでしょうから、戦争についての事柄がさらに多くなることが予想されますけど・・・果たして今度はどのような作品になっているものか。ま、本屋で本を買う話だということに変りはないと思いますが(^^;)。

 

 

次作も楽しみに待ちたいと思います。

 

 

ではではまた~

 

『明智恭介 最初でも最後でもない事件』感想・紹介

こんばんは、紫栞です。

今回は今村昌弘さんの『〈屍人荘の殺人〉エピソード0 明智恭介 最初でも最後でもない事件』の簡単な紹介と感想を少し。

 

〈屍人荘の殺人〉エピソード0 明智恭介 最初でも最後でもない事件 屍人荘の殺人シリーズ

 

題名がやたらと長いこちら、今村昌弘さんのデビュー作でシリーズ第一弾の長編小説『屍人荘の殺人』

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前日譚にあたる短編小説となっています。

このシリーズは2021年現在で長編が三作出ているのですが、この短編が出たのは2019年12月で、シリーズ二作目の『魔眼の匣の殺人』の後になります。

 

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三作目の『兇人邸の殺人』は今年2021年に出ましたね。

 

 

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タイトルにある明智恭介」とは、一作目の『屍人荘の殺人』の主要人物の一人で、神紅大学ミステリ愛好会会長。会長と言ってもミステリ愛好会は二人だけのサークルで、他のメンバーはシリーズの語り手である葉村譲だけなのですけど。この短編も語り手は葉村君ですね。

 

ページ数は140ページほど。販売形態は電子書籍のみで、お値段は300円と少し。

 

個人的に小説は紙媒体で読む派なので、発売されたのは知りつつも「そのうち短編集発売されたら一緒に収録されるかな~」とか思って買っていなかったのですが、今のところ書き下ろし長編を主に執筆している作家さんですし、短編集が刊行されるにしてもえらく先のことになりそうだといい加減悟ったので(^_^;)、この度購入しました。

一色原稿だと印象が変わりますが、表紙絵はシリーズの他三作と同じく遠田志帆さん。メガネをかけている方が明智恭介で、隣が葉村譲。一作目の『屍人荘の殺人』はミヨカワ将さんによる漫画版も出ているのですが、

 

 

キャラクターデザインはだいぶ異なりますね。

 

 

『屍人荘の殺人』を読んだ読者は承知のことなのですが、この明智先輩は一作目の途中で〇〇〇になってしまったため、それ以降は登場しない人物。今作は『屍人荘の殺人』での事件が起こるおよそ四ヶ月前の出来事で、葉村君は大学入学したてであり、明智さんと知り合って二週間ほど。当たり前ですが、明智さんもこの時はピンピンしており、ミステリオタクの変人として葉村君を振り回しています。

 

 

 

 

 

 

 

あらすじとしては、

 神紅大学のキャンパス内で窃盗事件が発生。侵入した窃盗犯はキャンパス内で気絶していたところを逮捕されたものの、逮捕された窃盗犯は「もう一人の侵入者に襲われた」と証言。もし本当に他にも窃盗犯がいたのだとしたら穏やかじゃないということで、窃盗の被害にあったコスプレ研究部から事件を調べて欲しいと明智さんの元に依頼が。明智さんと葉村君の二人で奇妙な窃盗事件の調査に乗り出す――。

 と、いったもの。

 

 本来のこのシリーズはトンデモ要素による特殊設定で本格推理が展開されるのを特徴としているのですが、前日譚にあたる今作はそんな突飛な要素はなく、短編ミステリといわれて皆が想像する言うなれば“普通”の推理小説となっています。

 

長編での特殊設定の印象があまりにも強いので拍子抜けする人もいるかもしれないですが、ま、短編ですし、前日譚でそんな突拍子もない要素入れられても困惑するだけになりそうだし、普通で良いと(?)思います。『屍人荘の殺人』で世界が一変する前の、明智さんと葉村君二人のミステリ愛好会での日常が知れる作品として書かれているのかと。

 

殺人などは起こらないロジックもので、ミステリとしても派手派手しさはない感じですが、見取り図もちゃんと挿入されていて如何にも本格推理小説な感じ。見取り図や読者への挑戦状とかが入っていると本格推理小説感が一気に増しますね。しかし、電子書籍だと見取り図があっても振り返るのが面倒で「やっぱり紙がいいな・・・」とか読みながら思っちゃいましたね。見取り図に限らず、やっぱり電子書籍だと前のページを振り返るのが面倒というのはミステリ小説ではかなり痛手な部分だなぁと。機能を駆使すれば解消されることなのかもですが・・・。

犯人当てはそんなに難しくない物語になっているかと。消去法で解る感じ。

 

コスプレ研究部が事件の舞台になっているのが面白ポイントで、ミステリ愛好会もそうですが、大学のサークル活動の様子が多く描かれていると青春ミステリとして楽しく読めますね。私は大学サークルって入ってなかったので、こんな青春も味わっておけば良かったなぁと羨ましくなる。

 

長編の方でホームズ役を務めている比留子さんは事件を呼び寄せてしまう所謂“死神体質”で、自分の身を守るために仕方なく謎を解くことになるという“消極的な探偵”なのですが、明智さんはミステリオタクで謎をいつでも追い求める“積極的な探偵”。あまりにも前のめりすぎて暴走して空回りしてしまうので、葉村君がブレーキ役としてワトソンをしているといったコンビ仲。

明智さんは比留子さんのようなバリバリのキレがあるホームズ役という訳ではなく、葉村君と協力することによってなんとか真相にたどりつくという“かろうじてホームズ役が出来ている”という人物。

ワトソン役にこだわりがあるのか、何故かどうあってもワトソン役に“なろうとする”葉村君ですが、長編の方で比留子さんにも言われているように、実はだいぶ鋭いんですよね。今作では実質半分の謎は葉村君が解いているので、ほとんど探偵役じゃないかって感じで助手役としては立ち位置が曖昧。『屍人荘の殺人』の時の行動もそうですが、やはり葉村君は「そう素直なワトソンではない」という風に一貫して描かれているのだなぁと。

 

こういった微妙なバランスで明智さんと葉村君の二人は“神紅のホームズとワトソン”をやっていたのですね。ここから四ヶ月後に起こる出来事を考えるとなんとも悲しい。かつての二人の日常を知ったことでより悲しさが募ってしまったな・・・と。

私はやっぱり比留子さんより明智さんのほうが魅力的に感じてしまうので、やっぱり退場させるにはあまりにも惜しい人物だったのではないかとばかり思ってしまう。なんとかして本編でも復活させてくれないものだろうか・・・でもアレじゃあ無理か(-_-)

 

このお話を読まなくともシリーズの長編を愉しむのに支障はありませんが、明智さんに未練が(?)あるシリーズファンにとっては嬉しいボーナストラックのような作品になっていますので、気になった方は是非。

 

 

 

 

ではではまた~

『兇人邸の殺人』「屍人荘の殺人」シリーズ第3弾 感想・解説 今度は〇人に襲われる!?

こんばんは、紫栞です。

今回は今村昌弘さんの『兇人邸の殺人』(きょうじんていのさつじん)をご紹介。

 

兇人邸の殺人 屍人荘の殺人シリーズ

 

あらすじ

神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と剣崎比留子は、斑目機関の研究資料を探し求める医療関連の大企業・成島グループの子会社社長である成島陶次に請われ、廃墟テーマパークにそびえる「兇人邸」に向かうこととなる。

「兇人邸」にはテーマパークを運営する昭島興産会長で、かつて斑目機関の研究者だった不木玄助が棲んでおり、不木は定期的にテーマパーク従業員を「兇人邸」に来させるのだが、指示されてその屋敷に入った者はその後、姿を見ることは二度とないという。

 

成島とその秘書、荒事を想定しての傭兵たち、情報提供者のテーマパーク従業員と共に、深夜に「兇人邸」に侵入した葉村と剣崎だったが、侵入して不木と使用人二人を捕らえ、自分たちと同じタイミングで屋敷に侵入してきたフリーライターと鉢合わせした矢先に、信じがたい“あるモノ”に一行は襲われる。

恐怖の一夜が明けてみると、剣崎の姿は見えなくなっていた。脱出する手立てを封じられ、“あるモノ”と共に屋敷に閉じ込められることとなった一行。さらに、別の殺人者が一行の中にいる可能性が浮上して――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『兇人邸の殺人』は仰天ミステリで評判になり数々の賞を受賞した今村昌弘のデビュー作『屍人荘の殺人』から始まるシリーズの第三弾。

タイトルの「兇人邸」の読み方は“きょうじんてい”。このタイトルの読み方が一見すると分らない感じ、第一作目を思い出しますね(^_^;)。今回も遠田志帆さんによる美麗な表紙絵の本になっております。

青、

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赤、

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ときて、今回は緑ですね。次は黄色になるのかな・・・?

 

このシリーズは他に〈エピソード0〉として前日譚にあたる短編も電子書籍で刊行されています↓

 

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シリーズの名称が何になるのか分からないのですが(今作の帯には“『屍人荘の殺人』シリーズ”と書かれていますけど)、シリーズの構成や特色的にどの事柄を語っても前作や驚き設定のネタバレになってしまうので、以下ネタバレ注意です~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は巨人

斑目機関」というかつて奇怪な研究をしていた組織の存在を絡ませることにより、超自然的なものを前提とした特殊設定でバリバリの本格推理が展開されるのを特徴としているこのシリーズ。

第一作目でゾンビ、二作目で“絶対に当たる予言”ときて、三作目の今回は「巨人」です。

二メートルを優に超え、筋肉が異様に発達している巨体。目の位置に穴が空いている頭陀袋を頭にかぶり、片腕で大鉈をブンブン振り回し、意思の疎通は出来ず、拳銃で撃たれても平気な強靱な肉体で、どうやら傷の治癒も早い。日光を極端に嫌って夜の間しか出て来ない・・・と、ホラー映画そのままみたいな怪物が今回は登場。

 

前作『魔眼の匣の殺人』の作中で“サキミ”が予言したことの一つとされていた、およそ40年前の斑目機関のある施設で起きた大量殺人」

 

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 この“ある施設”というのが、超人研究をしていた施設で、不木は当時この施設の研究者で、大量殺人が起こった際の混乱に乗じて被験者の一人と共に姿を消し、「兇人邸」にその被験者を閉じ込めて研究の続きをしていた。成島たちに制圧され、自暴自棄になった不木は巨人となった被験者を解放し、成島たち一行を襲わせたという訳です。

 

傭兵たち6人が登場した時点での「このうち半数はすぐ死んじゃいそうだな・・・」という読者の予感そのままに、傭兵3人と情報提供者のテーマパーク従業員は「兇人邸」に侵入してすぐの段階で巨人に襲われて死んでしまう。巨人は死体の首を必ず切り落とし「首塚」に集めるという恐ろしい習性も持っていて、なかなかグロテクスな惨劇シーンが暗闇の中で展開されます。ここまでの段階では完全にホラー・スリラー小説なパニックもの。「いったい何を読まされているんだ・・・」というこの感じは、第一作目の『屍人荘の殺人』の流れそのままですね。ま、このシリーズは一作目の初っ端がアレでしたから、何を出されてももう驚かないよって感じではあるのですが。一作目と同じく、この後に特殊設定ながらも本格推理が展開される訳です。

前作の『魔眼の匣の殺人』が予言モノってことでスリラー色はなかったのですが、今作は第一作目を踏襲するようなストーリー展開でホラー・スリラー要素が強め。一作目よりも色々とこういった要素の描写力がパワーアップしていて、推理部分以外のところでも読ませる作品となっています。

 

 

 

 

 

安楽椅子探偵

今作はワトソン役(で、あろうとしている)葉村譲と、どうやら「兇人邸」に人を探しにやって来たらしき訳ありのフリーライター剛力京の視点が交互に描かれ、さらに40年前の超人研究の被験者の少女・ケイの《追憶》が合間合間に挿入されるという構成になっています。

 

探偵役の比留子さんはというと、巨人に襲われた最初の一夜に皆がちりぢりに逃げた際、別館の巨人が居座る側の区画にある一室に逃げ込んだことで取り残されてしまい、一夜が明けても部屋から出られないという状況に追い込まれてしまう。この部屋は本館の離れにある小部屋と窓どうしが隣接しているので、他の生存者と話をしたり、棒を使って物を渡したりは出来るものの、救出する手立ては見つからず。結局、葉村たちが比留子さんと合流出来るのは物語の最後の最後にやっと。なので、今回の比留子さんは室内から出ずに与えられた情報のみで推理を組み立てる「安楽椅子探偵」として能力を発揮しています。

 

危機的状況で最後まで合流出来ないとあって、今作では前作のようなコミカルなやり取りは少なめです。ま、前作のコミカルさは若干余計だったというか、ちょっと寒々しいところがあったので(^^;)、私は今作ぐらいの雰囲気でのやり取りの方がこのシリーズの場合は好みですね。

 

後、どうでもいいことではあるのですが、比留子さんの閉じ込められていた部屋はトイレあるのかなぁと読みながらずっと気になっていた(^_^;)。本に載っている見取り図によると、トイレ・シャワー室として書かれているのは本館の一箇所しかないんですけども。こんな広い屋敷でトイレが一箇所だけってことはないかですかね。図では省略しているだけ?元はホーンテッドマンション的なテーマパークの施設だし、一箇所だけってこともあるのかもですが。

この「兇人邸」の内部がですね、元アトラクションだからなのかなんなのか非常に入り組んだ間取りになっていまして、よくもこんな複雑な設計の建物考えたな!と。見取り図がないととても話を追えないですね。

 

このシリーズはずっとクローズド・サークルものできていますが、今作は屋敷の外にはテーマパークの客が普通にいて、施設内のアナウンス放送やら音楽も聞こえてくるという、屋敷の内と外での温度差が精神的負担となって押し寄せてくる、一風変わった閉鎖空間になっているのも今作の特色ですね。今までにないクローズド・サークルになっていると思います。

 

 

 

 

 

 

困難の分割

「兇人邸」での混乱の最中にさらに混乱させる二件の殺人事件が起きる訳ですが、巨人とは別の「40年前の超人研究被験者の“生き残り”はこの中にいる!」ってな疑惑が勃発し、その“生き残り”が犯人だろうから突き止めようという展開に。

「40年前の生き残りなのだから、年齢で分かるだろ?」と、普通はなるところですが、なんせ超人研究の被験者ですので、実年齢より肉体年齢はめっちゃ若いかもしれないということで、見た目年齢はアテにならないのですね。

 

今作はどのトリックも「困難の分割」で統一されています。工程を何個かに分けることによって、一見不可能に見えることを可能にするという本格推理ものでお馴染みのトリックですね。「困難の分割」という言葉は元々ミステリ用語ではなく、物理学の用語らしいですが。作中で比留子さんも言っています。

 

事件に使われたトリックより、最後の「鍵を手に入れて脱出する方法」のほうがメインで、一番の見せ場になっているかと。このトリックというか、方法を描くために物語を組み立てて設定も作り込んだのであろうと思われます。犯人が探偵の敵ではないという通常とは違う状況も、この結末のためだったのだなと。とてつもない覚悟を見せつけられるトリックには唯々感服させられます。

 

しかし、首なし死体がゴロゴロ出て来る異常な現場であるにもかかわらず、今作の登場人物たちは皆凄く冷静ですね。葉村君もどんどん逞しくなっているというか。葉村君はゾンビに襲われるのも経験しているからアレなのかもしれないが。常人なら気がふれてもおかしくない状況だと思うのですけども。異常事態の連続で感覚が麻痺しているのかな?

 

犯人当てについては、登場人物表が実は大きなヒントになっていて、一人だけフルネームで表示されていない人がいるんですね。読み終わった後になって考えてみると、あまりにもモロにヒントになっているなぁとちょっと驚いてしまうのですが、今作では犯人当てには重点を置いていないということなのでしょうかね。

正直、殺人トリックなどミステリ的な部分に関しては若干物足りなさがあるのですが、物語としては前二作以上に読ませるものになっています。超人研究の被験者たちの顛末はあまりにも惨く、哀しいもので、胸が締め付けられますね。

 

 

 

 

次作

今作は葉村君の「どうしてここに。重元さん」という台詞で終わっています。シリーズ読者でも「重元って誰だったっけ?」ってなる人多いかと思いますが(かくいう私もそうなったのですが^_^;)、第一作目の『屍人荘の殺人』で登場したゾンビ映画マニアの人です。『屍人荘の殺人』の最後で行方知れずになっていたのですよ。

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屋敷から脱出してすぐのところで終わっているため、作中で罪を犯してしまったフリーライターの剛力や、「兇人邸」の使用人で前科持ちぽかった阿波根令実がどのような処置になったのかも分らずじまいになっていて、諸々次の作品に繋がりそうな雰囲気です。

阿波根は作者が進めたいストーリーの都合で左右されているのがミエミエで、行動の不自然さが目立ってよろしくない人物になってしまっていましたね・・・。不自然といえば、終始嫌われ者の嫌な奴だった成島も、最後の行動が唐突すぎましたね。今まで人に任せっきりで自分では危ない行動はしようとしなかったくせに・・・お話として、ここら辺は納得のいかない残念なポイントでした。

 

このシリーズはずっと書き下ろしできているのですが、この感じだと次作もすぐ出そうですかね?どうなのでしょう。

作者の今村昌弘さんは最近は短編も書かれたりしているようですが。

 

 

このシリーズのエピソード0が出ているのを最近知ったので、こちらもチェックしたい↓

 

 

次作もまた楽しみに待ちたいと思います。

 

 

 

 

 

ではではまた~

『鳩の撃退』原作 あらすじ・解説 実話がベース!?嘘か本当か新感覚小説

こんばんは、紫栞です。

今回は佐藤正午さんの『鳩の撃退法』をご紹介。

 

鳩の撃退法 上

 

第六回山田風太郞賞受賞作。

 

 あらすじ

一年前の二月二十八日。夜には大雪が降ったその日、かつては直木賞を受賞したこともあるベストセラー作家だったものの、流れ流れて地方都市で風俗店「女優倶楽部」の送迎ドライバーとして糊口をしのぐ日々を送っていた津田伸一は、行きつけのドーナッツショップで仕事帰りの男と偶々相席となり、一時言葉を交わした。別れ際、津田は男に「こんど会ったときに、今読んでいるピーターパンの話をしよう」と社交辞令のたわいもない約束をする。

 

相席した男の名前は幸地秀吉。バーの経営者だった幸地秀吉はこの二月二十八日の夜を境に妻と四歳の娘と共に忽然と姿を消した。

 

それから数日後、津田は亡くなった古書店店主・房州老人の形見分けにキャリーバッグを受け取る。古本が詰まっているだけだろうと思っていた津田だったが、鍵付きのそのキャリーバッグを開けてみると、そこには三千万円を超える札束が入っていた。突如転がり込んできた大金。しかし喜びもつかの間、床屋で使ったそのうちの一枚が偽札だったということが判明して――。

 

「一家三人神隠し事件」、その事件と同時に姿を消したという郵便局員、ピーターパンの本、房州老人が残した厄介な金、偽札、その偽札の出所を探る本通り裏の“あのひと”・・・。

読まれるあてのない小説を書き始めた津田の手によって虚と実、過去と現在は入り混じり、様々な人々の人生を左右した二月二十八日、雪降る一日の、“鳩が飛び立った”物語が浮かび上がる。

 

津田が書くこの物語はホントウなのか、ウソなのか。それを決めるのは――?

 

 

 

 

 

読まされてしまう小説

『鳩の撃退法』は2014年刊行の長編小説。1000ページ越えの結構な長さの小説で、単行本も文庫本も分冊の上下巻になっています。

 

今月、2021年8月27日にこの本を原作とした映画が公開予定で、私がこの本を読もうと思ったきっかけは、この映画のエイプリルフール限定フェイクビジュアルの洒落が効いていて気に入ったためです。

 

www.oricon.co.jp

このフェイクビジュアルに書かれているストーリーが可笑しくって、こんなユニークなことをしてくる映画の元のお話はどんなものなのかが気になって読んでみた次第です。

 

読み終わった今となっては、エイプリルフールのこのセンスも納得というか、原作もユニークさと独特のセンスに溢れた作品となっています。

 小説のサイトも面白い↓

shosetsu-maru.com

物語の主人公であり語り手は津田伸一。読者は終始、津田に翻弄されることとなるのがこの作品の特色。

しかしこの津田、元有名小説家であるものの、今は日銭を稼ぎつつ「女は頼りになる」をモットーに女性の住居に居候するのを繰り返す住所不定のロクデナシ。読者はこの津田の語りに1000ページ以上付き合わされる訳で、物語も時系列がゴチャゴチャと入れ替わったり、唐突に別な事柄が挿入されたりと全体的につかみ所がない感じで進んでいくので、どちらかというと読みにくい小説に分類されるのは間違いないのですが、ロクデナシのどうしようもねぇ野郎だと思いつつも何処か憎めない津田の人柄と、軽快な語り口、絶妙なおかしみに満ちた会話劇により最後まで引っ張られてしまうことになる。いわば、“読まされてしまう小説”となっています。津田に翻弄されるのが癖になってしまうというか、それが楽しくなってくる作品。

 

津田の人柄が人柄なので、だらだらと無計画に思い付きで書かれているような印象を受けるのですが、実はかなり綿密に作り込まれた物語になっていて、思わぬところで思わぬ事が伏線となっていて、思わぬ場所で思わぬ時に回収される、なかなか高度なミステリとして愉しめる作品にもなっています。

 

ただ、何度もいうようですが、津田のロクデナシっぷりがアレなので(どんだけだよって感じですが^_^;)、津田の人柄がどうしても受け付けないという人には完読は難しいかなと思います。津田に付き合えるかどうかがこの作品の肝ですかね。

癖が強く、人を選ぶ作品ではありますが、私個人としては大変面白く読むことが出来ました。なので、この本を手に取った人は早い段階で見切りをつけずに、まずは上巻の半分ぐらいはなんとか!欺されたと思って!読み進めて欲しいなぁと思います。

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小説(ウソ)か、現実(ホントウ)か

この本、まずページをめくると、

この物語は、実在の事件をベースにしているが、登場人物はすべて仮名である。僕自身を例外として。 

津田伸一

 と、もっともらしい注釈的文章が書かれているのですが、これは嘘です。

あまりにももっともらしいので、ウッカリ「実在の事件がモデルに使われている物語か・・・」と勘違いする人もいるかも分からないですが、そもそもこの本の本当の作者は表紙に書かれているように佐藤正午さんですし、「津田伸一」は作中のみの完全な架空の人物なので。

 

「実在の事件をベースにしている」という“テイ”で描かれている物語でして、この本は、元小説家の津田伸一が関わりを持った偽札にまつわる様々な事件について、誰に読まれるあてもなく小説を執筆している。それが、今あなたが読んでいるこの本だよ~という設定。

なので、第一章よりも先に書かれている津田伸一による注釈から、もうこの物語は虚構の小説としてスタートしているという訳です。

中村文則さんの『去年の冬、君と別れ』でもこんなような仕掛けありましたが、

 

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『鳩の撃退法』ではミステリの仕掛けではなく設定として用いられている。

 

書き手である津田が創作の材料としている“実在の事件”、事柄は、「一家三人神隠し事件」と、ドーナッツショップで幸地秀吉が津田に言った「家内は僕と出会ったときもう妊娠していた」「あり得ないんだよ、下の子が産まれるとか」という台詞。にもかかわらず、失踪当時幸地の妻・奈々美は妊娠していたようだという噂。同時期に起こった郵便局員・晴山の失踪。ハンディカムに残された映像。房州老人から津田への大金。偽札。津田の手を離れては戻ってくる本『ピーター・パンとウェンディ』。などなど。

 

これらの一見バラバラで何の繋がりも無さそうな事件や事柄が、津田が小説を執筆していくなかで徐々に結びついていき、最後には真相に辿り着く。小説を書きながら事件の謎を追うといった風に物語が進む訳です。

 

しかし、津田が書いているのはルポルタージュやノンフィクションではなく、あくまで小説。物語としての創作物で、現実ではない架空のもの。嘘なんですね。

 

津田さんは、むこうとこっちでまる二年間に見聞きした現実の出来事を小説に書いている、そういうことですか。いや、違う、と僕は答えた。どう違うんです?僕が見聞きした現実の出来事とは、辞書的な意味での事実、過去に実際あった事実という意味だろう、僕が小説として書いているのは、そうではなくて、過去にあり得た事実だ。過去に実際あった事実と、過去にあり得た事実とはどう違うんです?過去に実際あった事実とは新聞記事だ、一方、過去にあり得た事実、これすなわち小説だ。ちなみに過去にあり得た事実が一流の小説家の手にかかると、過去に実際にあった事実と混同される。

 

と、一流の小説家である津田の手腕により、読者の私達は、何がホントウで何がウソなのか判然としない、虚実の入り混じった小説世界に誘われる。

 

作中の奈々美と晴山の不倫場面や、その後の幸地秀吉と本通り裏のあの人・倉田健次郎との緊迫したやり取りや、幸地秀吉とその家族が失踪する直前の出来事など、リアリティがあって登場人物の心情も伝わってくるし熱中して読んでしまうのですが、ここら辺の部分、津田が実際には居合わせていない場面はすべて、津田による小説としての創作になっています。

 

不倫場面などは読者に読ませた後で、実は晴山が神社前で白くまアイスを奈々美と食べたというシーンは津田が女子大生をナンパするときに使った手口そのままだったとか、過去に奈々美に酷い仕打ちをし、幸地秀吉と倉田健次郎の手によって消されたことになっている「欠端」という男が存在ごと丸々津田の創作で、「欠端」というのはそのナンパした女子大生の名前であり、珍しいので小説に使ったなどということが明らかとなり、熱中して読んでいた読者としては狐につままれたような妙な感覚に陥る。こういった部分がこの小説の巧みなところですね。

 

こんなに創作部分を入れて、読まれるあてのない小説を書いて、津田は一体何をしたいのか。それは、物語序盤での津田が幸地秀吉とした会話に起因している。

津田が、幸地秀吉が持っていた本の帯に書いてあった「別の場所でふたりが出会っていれば、幸せになれたはずだった」というキャッチコピーを見て、津田が「でもだったら」「小説家は別の場所でふたりを出会わせるべきだろうな」と答えた。この会話から。

 

そもそも僕がこの小説を書こうと思い立ったのは、神隠しにあった幸地家の全員を生かしておくためなのだ。言い方を換えれば、生きている幸地秀吉と再開するためだ。小説ならそれができる。

 

無意識的にそんな目的を持って小説を書いていた津田ですが、書いていたお陰なのかなんなのか、終盤で津田にとって思いも寄らぬ、もしくは願っていた通りのサプライズが起こります。ここで書いていた津田自身さえも小説(ウソ)なのか、現実(ホントウ)なのか分からなくなってしまう現象が起こるんですね。

 

晴山青年と一緒に死んでいたという若い女が誰なのかなど、ミステリ的には疑問が残る点もあり、本当はどうだったのだ?となるのですが、よくよく考えてみると「いや、そもそもこの小説は津田が物語として創作して書いているものなのだから、本当も嘘もないんだよな」とあらためて思い、「じゃあこの場合、真相究明に躍起になるのはナンセンスなのか?」と、考えてみたり、しまいには「いいか。本当だの嘘だの、読んでいて面白ければどっちでも」と、結論づけたりして。

つくづく小説家・津田伸一に翻弄されているな~って感じですね。

 

 

 

鳩の行方

『鳩の撃退法』というこのタイトルにある「鳩」ですが、これは作中で倉田が偽札を「鳩」と呼んでいるところからきています。一万円札の裏には鳳凰の絵柄が刷ってあるから、それと区別して鳩と呼んでいるんだろうと。これは編集者のヒラコさんの推測で、津田は「かもな」と濁した返答をしているだけですけど。

 

この小説は最後、三枚の偽札-“三羽の鳩”がどのようにして飛び立ったのか、その行方と経緯が、津田が知り得る情報を元にした推測により、順を追って明かされることで終わっています。

 

三千枚以上の万札を持ちながら、床屋で使った最初の一枚が偽札だったと指摘され、試しにもう一枚を駅の券売機に入れたらはじき出されたことで、三千枚以上の万札のうち何枚が偽札か分からない状況となり、使えないまま持て余していた津田。

何枚かは本物の万札なのではないかと思いつつも使う踏ん切りはつかず、預けていたロッカーの鍵を倉田健次郎と繋がりのあるチンピラに渡して町を去って東京に来たのですが、後で金はすべて本物だったことが明らかとなる。津田が使った二枚だけが偽札だったのですね。

 

元々、房州老人がキャリーバッグの中に入れていた三千万以上の大金は、若くして亡くなった奥さんが房州老人に残した遺産。房州老人は奥さんの残したお金には一切手をつけず、本屋の稼ぎだけで独り生活してきたのですが、死が間近に迫り、使わずじまいだった大金をキャリーバッグに詰めて津田に渡るよう仕向けた。偽札二枚を一番とりやすいような場所に紛れさせて。

 

偽札の出本は本通り裏の“あのひと”、所謂ヤ〇ザ的渡世をしている倉田健次郎。手違いで三枚の偽札が世に出てしまい、様々な人の手を渡って津田の持っていたピーターパンの本に三枚の偽札は挟まれた。

その後、勘違いからピーターパンの本は津田と一緒に車に同乗した子持ちの女性の元へ。房州老人が津田と知り合いだと知っていたその女性は、房州老人に「津田さんに返しておいてくれ」と、ピーターパンの本を房州老人に渡す。房州老人は津田にちょうど三万円と少し貸していたため、本に挟まれた三枚の万札を見て、房州老人は「これは津田が自分に返すために用意していた三万円だ」と早合点し、自分の懐に入れる。翌朝、ホテルをチェックアウトする際に房州老人はそのうちの一枚を支払いに使った。その後、ホテルで偽札騒動が起き、捜査の手が及ぶことはなかったものの、房州老人は自分が使った万札が偽札だったのではと感づき、残りの二枚を大金にわざと紛れさせ、津田に渡した。

 

房州老人が何故そんな事をしたのか、亡くなってしまっているのでちゃんと確認することは出来ませんし作中でも不明のまま終わっているのですが、ま、ちょっとした悪戯心だったのだろうと思います。

札束を前にして使うことが出来ないという状況にし、「さぁ、津田さん。どうする?」と、悪戯小僧的なちょいと困らせる罠を仕掛けた。あわよくば、これが津田伸一の最新小説のネタの提供になってくれればいいなと期待して。

 

札束を前に津田は大いに困り、これをネタに小説を書き始めた訳ですから、結果的に津田はほぼ房州老人の思惑通りに行動したといっていい。多分、房州老人としては偽札の事がなくっても津田に三千万くれてやろうと思っていたんじゃないかなぁ~と個人的には思いますが。

 

しかし、もとをたどると房州老人に偽札が渡ったのは津田が本に札を挟むなんて無精なことをしたからで、津田が自分の手で大金をダメにしてしまったようなもの。何とも皮肉な結果ですね。

知らないところで偽札を巡る物語に津田が一役買っていたというのもまた、生きていることの“おかしみ”というか、何気ない行動が、本人の知らないところで多大な影響を与えているのだという事実がラストで明らかになることで、物語に深い余韻を残しています。

『ピーター・パンとウェンディ』にある、

私たちが生きていくあいだに、私たちの上にきみょうなできごとがおこり、しかも、しばらくは、そのおこったことさえきがつかないことがあります

 そのままですね。

 

 

 

 

 

読者参加型小説

町を去った後、東京の中野で見習いバーテンをしていた津田は、店に客としてやって来たかつての津田の小説の大ファンだという編集者・鳥飼なほみに「また小説を出しませんか」と熱心に誘われ、金欠だった津田は「じゃあ今ある原稿を金で買い取ってくれ」と、執筆していた一家三人神隠し事件にまつわる書きかけの小説を見せる。

で、鳥飼は出版界では札付きの問題児である(※昔、不倫人妻をモデルに本を書いて訴えられたため)津田伸一の小説を出版すべく、上層部を説得するために先輩編集者のヒラコさんを抱き込んだり、一緒になって物語の先の筋を考えたり、企画書を作ろうだなんだと奔走する訳ですが、結局のところ、津田伸一が新作小説を世に出せたのかどうかは明記されないままにこの本は終わっています。

 

津田が書き続けた“読まれるあてのない小説”はどうなったのか。それは、読者である私達が今この『鳩の撃退法』というタイトルの本を実際に読んでいる、その事実をもって証明されるようになっている。“読まれるはずのない小説”を読んでいる「読者」の存在が、この小説の結末「津田の新作小説はなんとか世に出せた」というオチとなる。「読者」はいつの間にかこの小説を完成させるのに一役買っているという、“読者参加型小説”となっているのですね。

 

各サイト、この本の紹介文で「小説表現の限界点を突破している」と書かれているのですが、まさしくその通りだなぁと。読書家もそうでない人も、未体験の新感覚を味わえる今までにない小説作品となっています。

映画ではこの読者参加型新感覚小説が映像でどのように表現されるのかが気になりますね。脚本や演出方法など、かなりの工夫を施さないとエンタメ映画として成立させるのはかなり難しい原作だと思うのですが・・・どうなのでしょう?映画は富山が舞台となっているようで、富山と東京、過去と現在、二つの場面で交差して描かれるのだそうな。

 


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映画で注目されて、もし!もしですけど、続編が出るなんてことがあったら是非読みたい。津田の書く小説がまた読みたいですね。ドーナッツショップ店員の沼本とか好きだったけど出番が少なかったので、続編出るなら編集者の鳥飼なほみと共にまた出して欲しい。出版社上層部のデビィ夫人とかも気になるし。

 

佐藤正午さんの本を読むのは今回が初で、これを機に佐藤さんの別作品も読みたいなぁ~ともなっていますが、同じくらいに『ピーター・パンとウェンディ』J・M・バリー作/石井桃子

 の本も読んでみたくなりましたね。作中でこの本からの引用が度々あるのですが、なかなか哲学的な内容なんだなぁと驚かされました。

 

色々と気になった方は是非。

 

 

 

 

ではではまた~

『遠巷説百物語』6編 あらすじ・解説 11年ぶり!シリーズ第六弾!舞台は遠野

こんばんは、紫栞です。

今回は京極夏彦さんの『遠(とおくの)巷説百物語をご紹介。

 

遠巷説百物語 「巷説百物語」シリーズ (角川書店単行本)

 

11年ぶりッ!

『遠巷説百物語』は2021年7月に刊行された巷説百物語シリーズ】の第六弾。
前作の『西巷説百物語』からおよそ十一年ぶりのシリーズ最新作です。前作『西巷説百物語』でシリーズは終わりです的なことを公式サイトなどで仰っていたので、まさか十一年後にまたシリーズ新作を書いてくれるとは驚き。作者の京極さんとしても【巷説百物語シリーズ】はもう書く予定はなかったらしいのですが、角川のお化け専門雑誌「怪」が廃刊になった後、「怪と幽」という新雑誌が誕生したことにより、また書くことになったと。

巷説百物語シリーズ】はずっと「怪」で連載されていた作品でしたし、新雑誌の目玉になる連載としてってことでしょうか。どこの出版社も雑誌存続が厳しく、廃刊が相次いでいるなかでこの“お化け専門雑誌”、しぶとく生き残っていますねぇ。

 

なんにせよ、シリーズファンとしては新雑誌誕生に感謝しかないです。また【巷説百物語シリーズ】の新作を読む機会を与えてくれて、本当に有り難き幸せであります。

 

江戸時代を舞台に、公には出来ぬ厄介事の始末を金で請け負うを渡世とする者達が、妖怪譚を利用した仕掛けで解決させていく妖怪小説のシリーズである巷説百物語シリーズ】

 

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本どうしで密接に繋がっているとはいうものの、一冊ずつ趣向も時系列も変わって別作品として書かれてきたこのシリーズですが、第六弾である今作は江戸末期の岩手県遠野地方が舞台。シリーズ全体の時系列としては、『続巷説百物語』収録の「老人火」で百介が又市らに別れを告げられてから数年後、弘化二年~三年(1845年~1846年)の出来事で、『続巷説百物語』~『後巷説百物語』の間ですね。

 

タイトルの『遠巷説百物語』の「遠」は遠野のことなんですね。遠野は“化け物が集まる土地”。妖怪小説家として遠野に関係する本や物語を多数書いている京極さん。巷説シリーズにも絡めてきたという訳ですね。

 

 

 

物語の中心人物となっているのは、遠野南部家当主の密命を受けている宇夫方祥五郎。この密命というのが、「市井の動向を探るため、巷に流れる噂を逐一聞き付け、真意を見定め、悉く知らせよ」との令で、“御譚調掛”(おんおはなししらべがかり)と揶揄した呼称で呼ばれる人物。密命っていわれると何やら大仰ですが、祥五郎はお人好しで腕っぷしの弱い人物なので、物語上の役割としては巷説~後巷説の三冊での主要人物である山岡百介に近いですね。

 

その“御譚調掛”である祥五郎が情報屋的に毎度頼る人物が乙蔵。乙蔵は豪農の倅で妻子持ちであるものの、野良仕事を嫌って色々な渡世に手を出しては失敗するを繰り返すといった、いつの時代にもいる困った男。しかし、世事には通じていてとても物知りであり、近郷近在の醜聞、噂、些事などなど、耳に入らぬものはないと豪語する、祥五郎としては便利な男で、いつもこの乙蔵から咄を買っているという訳です。

 

で、今回の“仕掛け人”は誰かというと、アニメで登場した後に“逆輸入”の形で『前巷説百物語』に出て来た長耳の仲蔵

 

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仲蔵は器用でどんな細工物でも上手く拵える人物として『前巷説百物語』では仕掛け仕事のサポート役的ポジションでしたが、今回はメインの仕掛け人として活躍しています。又市や林蔵みたいに決め台詞はないですけどね。

 

他、『西巷説百物語』に登場した六道屋の柳次が仲蔵の仕事の手伝いで登場。

 

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仲蔵が棲んでいる家の持ち主である座敷童衆みたいな見た目の謎の少女・お花も仕掛けの手伝いをしています。

 

物語のパターンは、

冒頭での昔話の紹介→祥五郎が乙蔵から巷の噂を聞く→その噂の当事者の語り→祥五郎が仲蔵から仕掛けを明かされる

と、いったものになっています。

 

 

仲蔵は『前巷説百物語』での一件から江戸から都落ちして流れ流れて遠野に。柳次は別に追われた訳じゃないのだけども、上方での元締めだった一文字屋仁蔵が亡くなり、仕事が遣りに難くなったってんで遠野に来たそうな。

これらの面子から、『西巷説百物語』と同様にスピンオフ的印象をシリーズファンは抱くかなと思いますが、単体の作品としての面白さは勿論、このシリーズ全体を繋ぐような要素も盛込まれており、最終話にはやっぱり“あの男”も登場していますので必見です。

シリーズの新作を読むのは十一年ぶりですが、やはり巷説百物語シリーズは面白い(^.^)!

 

 

 

 

 

 

 

 

各話、あらすじと解説

 

『遠巷説百物語』は全六編収録。

 

巷説百物語シリーズ】で題材として採られている妖怪たちはすべて、天保12年(1841年)に刊行された、画・竹原春泉、文・桃山人の『絵本百物語』から。

 

 

 

※以下、若干ネタバレを含みます

 

 

 

 

 

●歯黒べったり(はぐろべったり)

弘化二年の晩春。宇夫形祥五郎は乙蔵から、御菓子司山田屋から座敷童衆が出て行ったのを目撃したという咄と、愛宕山の裾野にある鳥居の蔭に、花嫁姿で目鼻がなく、お歯黒をべったりとぬった口を大きく開けて笑う女が夜な夜な出るという咄を聞く。

城の勘定方である侍の大久保平十郎はその花嫁姿の女と出会したらしく、「二本差しが狐狸妖怪を見て腰を抜かした。武門の恥だ」と周りに誹られて発奮し、もう一度出向いて化け物を斬ってやると息巻いているのだとか。

 

乙蔵はさらに、何でも器用に拵える元江戸者で化け物みたいな面相をした大男・仲蔵が、去年から山口の壇塙の裏手に小屋を建てて住み着き、評判になっていると祥五郎に告げる。

 

祥五郎はそれら巷の噂を確かめるべく、大久保に会い、山田屋と仲蔵なる男の住まいへと出向くことにするが――。

 

「歯黒べったり」は目も鼻もない顔に、お歯黒をべったり付けた大口だけがある花嫁姿の妖怪のこと。伏せている女に気づき、戯れに声を掛けてみたらば、この恐ろしい顔で振り向き、大きな口でケラケラ笑うという、「のっぺらぼう」と似通ったところのある妖怪。

 

あらすじを見ると間抜けそうですが、大久保さんは剣の腕も確かで人柄もキチンとした人です。

真相部分の姉妹の関係性は『西巷説百物語』に収録されている「野狐」での姉妹をどこか連想させる。人はやっぱり哀しいものですねぇ。

『続巷説百物語』収録の「野鉄砲」で使われた小道具の“野衾”がまた使われています。

 

 

 

 

●磯撫(いそなで)

弘化二年の十月。十日ばかり山間を巡り、町場から離れていた祥五郎は、乙蔵から浜で馬よりも牛よりも大きい大魚が橋野川を遡ろうとしているのが目撃され、騒ぎになっているという咄と、数日前に遠野の米は盛岡の半兵衛という男が一手に取り扱うこととすると奉行所から通達があり、そのために米の荷送りが止まり、あわせて魚の扱いも止まってしまい、豊作であるにもかかわらず遠野は今や飢饉のような状態になりつつあると聞かされる。

勝手に売り買いが出来なくなった米商人や漁師たちの不満は日に日に高まり、このままではいつ押し寄せが起こってもおかしくないと危惧した祥五郎は、「半兵衛なる男に米の扱い全てを任せる」というあまりにおかしな通達を疑問に思い、町奉行の是川五郎左衛門の元を訪ねる。是川も盛岡藩の勘定方である児玉毅十郎からの通達には疑義の念を抱いていた。

 

祥五郎は是川に「これは大胆な不正なのではないか」と進言し、是川と共に逃げた半兵衛と児玉を追うが、そこに大魚が現われて――。

 

「磯撫」は肥前松浦の近辺の海に出るという怪魚。尾びれに細かい針が無数にある大きな魚で、北風が吹き荒れると現われて、海面を撫でるように近づいて尾びれの針で人を引っ掛けて海中に落して食らうのだとか。

 

この物語で描かれる「半兵衛騒動」というのは実際にこの頃の遠野で起こった出来事なんだそうな。虚実が入り混じり、巷説百物語シリーズならではのオチがつけられています。

決着の付き方から、祥五郎は仲蔵たちが事を収めるために殺しをしたのではと疑いますが、仲蔵は「儂は荒事はしねえ」とキッパリと言い放っています。『前巷説百物語』での損料仕事の時は荒事も辞さない渡世だったんですけども、仲蔵の仕事の仕方は又市にだいぶ感化されていることが伝わってきますね。

 

 

 

●波山(ばさん)

弘化二年の十一月。ここ一月ばかり、遠野では娘が行方知れずになった後に、焼け爛れた無残な死骸で戻されるという凄惨な事件が三件続いていた。

山男の所為だと謂う者も居るが、これは夜に飛び、啼いて光り、火を吐く大きな鳥、伊予の深山に棲む「波山」という鶏の所為に違いないと乙蔵は祥五郎に自身の考えを述べる。

 

乙蔵の主張を聞き、判断に迷う祥五郎だったが、どの娘も最初に被害が出た横田の油商・鳳凰屋の近辺で行方知れずになっていることに気づき、町奉行の是川から「娘焼き殺しの下手人を捕らえろ。人ではなく、化け物であった場合は退治せよ」と命じられ、鉄砲を渡された町廻役同心・高柳剣十郎と共に事件を調べ直す。

 

「波山」は伊予に伝わる怪鳥。大きな鶏のような姿で火を吐き、バサバサと羽音をたてるので「婆娑婆娑(ばさばさ)」ともいわれる。普段は山奥に居て人前に出ることは滅多になく、音に気付いて人が外を覗いても、忽然と姿を消してしまうのだとか。

 

今作の中では一番血生臭い事件。“狂ってしまった人”による云々というのはこのシリーズに限らず京極作品ではよくある。

鉄砲名人として名が知れてしまっている高柳ですが、実は鉄砲の腕は微妙。なので、仕掛け仕事でサポートとして「旗屋の縫」が登場します。「旗屋の縫」は民譚で語られる猟師の名称なんだけども、ここでは鉄砲名人が代代継ぐ名とされている。

 

 

 

 

●鬼熊(おにくま)

弘化三年の小正月。遠野では様々な行事が行なわれ、人々は活気に満ちていた。祥五郎は出来るだけ出歩いて村や人の様子を見て回っていたが、賑やかな様子を目にしても、藩政や公儀への不安から心中は穏やかではなかった。

そんな折、祥五郎は乙蔵から盛岡藩では禁じられているはずの隠し女郎屋が遠野にあり、そこには遠方からも客が来ているようだという噂を聞かされる。乙蔵の咄によると、その隠し女郎屋の女たちは盛岡藩の領民ではなく、他所の女で十人以上はいるのではないかという。場所は貞任山の方で、貞任山では昨日、雲を衝くほどの大きな熊が出たと騒ぎになっているらしい。

翌日、町医者である田所洪庵の元に町廻役同心・剣十郞の使いだと祥五郎が訪れ、土淵で発見された遺体の検分を依頼される。祥五郎と共に洪庵が現場に行ってみると、そこには信じがたいほど巨大な熊の死骸と、その熊によって押し潰されたらしき屋敷の下敷きになっていた三つの遺体があった――。

 

「鬼熊」は木曽谷に伝わる妖怪。熊が歳を経て妖怪になったもので、デカくて怪力の化け物熊。人前にはあまり出て来ないものの、夜更けに里に現われて家畜を奪い、山に持ち帰って食べるのだとか。

 

女郎が関係する物語はこのシリーズでは比較的多い。ま、時代が時代ですからね。京極作品では女を人とも思っていない男はもれなく死ぬ運命にある。

お医者の洪庵と娘さんとのことを考えるとあまりに気の毒というか、いたたまれない顛末だなぁって思うところですが、最後の仲蔵の言葉を信じて前向きにとらえたいですね。

小道具としてまたも“野衾“が使われています。

 

 

 

●恙蟲(つつがむし)

弘化三年の春。遠野では豊作満作を祝う祭りを盛大に行なおうと人々の間で盛り上がっていた。しかし、祭りをしたいという願い出に奉公である是川五郎左衛門は快諾したものの、勘定方と連絡が取れないために話がまったく進展しないという。どうやら数日前から勘定方の組屋敷一画がまるごと隔離されている所為で、奉公と勘定方で擦り寄せが出来ないらしいという咄を祥五郎は乙蔵から聞かされる。

乙蔵は勘定方組屋敷で疫病が出たための隔離で、騒ぎになるのを防ぐために隠しているのではないかというが、祥五郎はその咄に疑念を抱く。

 

その頃、勘定方佐田久兵衛の娘・志津は、父親の死因は疫病だと聞かされ、外出の一切を禁じられていた。疫病だといわれても釈然としない志津の元に、勘定吟味方改役である大久保が訪れ、この度の疫病騒ぎには不審な点が多すぎると聞かされる。さらに、そこに祥五郎が現れ「これは疫病ではなく謀殺だ」と二人に告げるが――。

 

「恙蟲」は、夜な夜な民家に入り込んでは寝ている住人の生き血を吸い、ついには殺してしまうという虫。「ん?それってダニじゃない?」って感じで、実際にツツガムシというダニは存在していて、ダニ目ツツガムシ科の総称とされている。『絵本百物語』では妖怪として紹介されているんですね。因みに、『絵本百物語』の中でも博士が退治してくれる。

 

魚、鳥、熊ときて、今度は虫。謀殺だなんだと面倒なことが絡みまくっているので、ひとまずここは虫の所為にして隔離状態を解消させようってことで仕掛けをする訳で、「虫ばら撒いただけ」と仲蔵はいいますが、ダニを集めるのが地味に大変そうだなと思う。「骨が折れたが、まあそこは蛇の道はへびだ」とも言っていますが・・・こういう渡世ってダニが多くいる場所にまで詳しくなれるのか?

ここで出てくる謀殺が次の「出世螺」にも関係していて、この物語の最後で祥五郎は仲蔵に仕事を依頼する。志津さんとの約束を果たすためなのですが、この依頼をする前に仲蔵が祥五郎に「女房でも貰いな」といっているのが先の展開への“におわせ”になっていますね。

 

 

 

●出世螺(しゅっせほら)

弘化三年。恙蟲騒動から三ヶ月ほど経ったある日、祥五郎は遠野領の領主・南部義晋公に呼び出され、恙蟲騒動から明らかとなった公金横領に先の老中・水野越前守が深く関わっているらしいこと、行方の知れぬ金が未だ領内のどこかに隠されているのではないかという咄を聞かされる。

一方、先人の掘り残しの金があるのではと各地で発掘を続けていた乙蔵は、大麻座で遂に金塊を発見。興奮し、数日喰わずにいたために眩暈を起して路肩に蹲っていたところ、「八咫の烏」だと名乗る黒ずくめの姿をした男に声を掛けられる。八咫の烏は「遠野には今物騒な連中が入り込んでいる。懐のものは、暫くは誰にも見せない方が御身のためだ」と乙蔵に忠告するが――。

 

 「出世螺」は深山にいるホラ貝が、山に三千年、里に三千年、海に三千年を経て龍と成ったもの。出世したホラ貝ってことですね。出世螺が山からぬけるときには大きな洞穴が出来、螺の肉を食べると長生きするといわれるけども、実際にはそれで長生き出来たということを確認出来ないので、嘘をつくことを「ほらをふく」と云うようになったとも。

 

最終話にはやはり又市が登場です。この時はもう“御行の又市”ではなく、“八咫の烏”となっています。『続巷説百物語』収録の「老人火」で百介が目にした扮装ですね。

 

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ここではおぎんは登場していませんが、又市とおぎんはやはり一緒に行動しているようです。

仲蔵とは『前巷説百物語』の「旧鼠」での一件以来、もう会うことはないだろうと思っていた又市が、二十年以上前に縁が切れたと思っていたが、こんな処で繋がるとは、「生きるなあ哀しいし、辛えがね、少しだけ面白え」と言うのが感慨深い。

 

ここで出てくる一揆も実際にこの頃の遠野で起こった出来事なんだそうな。お金の動き云々は結構ややこしくって読んでいてこんがらがってくる。『続巷説百物語』収録の「死神 或は七人みさき」で触れられていた金塊がここで大いに関わってきて、シリーズファンを唸らせる筋になっています。

物騒な連中が登場し、祥五郎が斬られたりしてヒヤヒヤしますが、最終的には志津に看病されたことがきっかけで二人は結婚するので、結果オーライというか、良かった良かったという結末に。祥五郎はお人好しで、志津は気丈な娘なので、二人は良い夫婦になりそう。

二人で江戸に出て小商いをすることに決めたとのことで、後々別シリーズなどでこの二人の店が出て来ることもあるかもですね。※『狂骨の夢』に佐田申義という人物が登場していますが、関係あるんですかね?

 

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終盤では又市の口から五六年前にあった「でけえ鼠」との事件について、情報が小出しにされています。「でけえ鼠」が、筆頭老中だった水野越前守のことだったことがここで確りと明かされているので、次作ではこの事件の詳細が描かれるのですね。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

遠野

「遠野は化け物が集まんだ。咄だって、なんぼでも来る」

と、乙蔵が作中でいうように、柳田國男による説話集遠野物語で有名な遠野は、河童や座敷童衆など数多くの民話が伝わっている場所。国境で様々な職の人々が住み、交易の要所でもあったことから様々な噂や化け物が集まるハナシまみれの土地となったそうで。

 

今作では遠野の史実や『遠野物語』とリンクしている部分がチラホラり。

物語の中心的人物である宇夫方祥五郎は「遠野古事記という文献の著者である宇夫形広隆の子孫で、“御譚調掛”の密命を受けたのもこのご先祖様のことがあったからという設定。

 

「乙蔵」は『遠野物語』に出て来る人物。新田乙蔵という、峠のところで甘酒を売っている九十代の老人で、村の人には乙爺と呼ばれており、年の功もあって色々な事に詳しくハナシ好き。だけども、お風呂に入ってなくって大変に臭うので、村の人は近くに寄ってきてくれないのだとか。

柳田國男の『遠野物語』が発表されたのは明治四十三年。『遠巷説百物語』の舞台は弘化二~三年ですので、“乙爺”の若い頃、二十代前半の頃のこととして描かれているのですね。

 

他、「磯撫」の半兵衛騒動や「出世螺」での一揆以外にも史実や『遠野物語』とリンクする箇所があるらしいので、照らし合わせて読むとより愉しめるようになっているようです。私もこれから所持している本を読み返して復習してみようかと思っております。

 

 

 

 

ハナシ

巷説百物語シリーズ】は第一弾の『巷説百物語』が多視点、

 

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『続巷説百物語』が百介による傍観者視点で、

 

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後巷説百物語』が多重構造、

 

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『前巷説百物語』が仕掛ける側である又市の視点で、

 

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『西巷説百物語』が仕掛けられる側視点

 

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と、本によって描き方や構成が異なるシリーズ。

 

遠野が舞台である今作はどうなっているのかというと、「昔話の逆の道筋を辿る」という試みがされています。

通常、「昔話」というのはまず出来事があって、当事者の体験談があって、色々要約やら細部がこそぎ落されて風聞となり昔話になるんですけども、今作では冒頭に乙蔵が語っているらしき「譚」が紹介された後、風聞である「咄」、当事者視点の「噺」ときて、「話」で仕掛けの暴露をするという三段構成になっています。

 

今作で中心的人物となっている宇夫方祥五郎は、身分は浪士だけども殿様の紐付き、武士でも町人でも百姓でもないという半端な立場で、どんな人物とも対等に接する善良な人物。

どっちつかずの傍観者だった百介と通ずる部分が多々あるのですが、“百物語だった”百介とは違い、祥五郎は“おはなしを創る人”となっています。

 

 

「旦那の仕事は話ィ集めることじゃねえのか。それがどうだよ。見てりゃどうも、話を創ってねえか」

「どういう意味だ」

ただの傍観者じゃねえと言っているんだよと長耳は言う。

「話に咬んで、話ィ曲げてるじゃねえか。まあ、悪い方にゃ曲げねえってだけで、旦那が絡めば筋書きが変わる。集めてるだけたあ、到底思えねえ」

 

お人好しで義理や人情に左右される祥五郎は、殿様に仕事の報告をするときにどの立場の人にとっても都合が良くなるように内容を曲げてしまうんですね。只の出来事が、祥五郎が関わることで創作されたお話に、物語になるという訳です。

祥五郎の存在によって「昔話の逆の道筋を辿る」ことが出来る構造となっているんですね。

 

仲蔵にも言われるように、祥五郎のこういった在り方は危なっかしい。自分でも軸が何処か振れていると自覚していた祥五郎は、最後には侍身分を捨て、志津と添って遠野を去る。“おはなしを創る人”からは無事卒業出来たとあって、そこも含めてめでたしめでたしな結末ですね。

 

そしてさらに、この本は祥五郎に巷の噂を伝えていた乙蔵が、「峠で甘酒を出す茶屋を営む譚好き親爺」として巷の噂となり、祥五郎がその噂を聞き知ったところで終わります。

ハナシを語っていた乙蔵自身がハナシとなりましたというオチ。ここから各話の冒頭の「譚」に繋がるだなと読み終わると分かる仕掛けになっているのだと。いつもながら、なんて完成された構造なんだ!と、脱帽ものです。

 

 

 

了(しまい)へ!

作者曰く、第三弾の『後巷説百物語』で終わるつもりが直木賞を受賞してしまって終わらず、第五弾の『西巷説百物語』で終わったつもりでいたのが復活した【巷説百物語シリーズ】。

じゃあ三冊以降は後付け後付けで書いているのかというと、それがそんな事はなく、ちゃんとすべてが密接に繋がる、非常に綿密な物語として隙なく描かれています。

 

何故こんなことが可能なのかというと、実際に書くかどうかはさておき、第一弾を発表した段階でシリーズの全体像は決めていたかららしい。

 

このシリーズは次作で今度こそ本当に完結だとのこと。シリーズが意図せず続くことになり、伸ばし伸ばしになったおかげで、作者の京極さんが当初考えていた筋書きは無事書ききられることとなったようで、京極さん自身は面倒なのかもですが、ファンとしては喜ばしいことです。

 

次作『了(しまいの)巷説百物語』は既に「怪と幽」で連載中。『続巷説百物語』の頃から度々触れられていた「でけえ鼠」との対決、事触れの治平と一文字屋仁蔵が亡くなることとなった“幻の事件”の詳細がやっと明らかになる!(はず)

 

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最終作は仕掛けを暴こうとする側の視点で、又市たちは「敵」として描かれるのだとか。興味深いですね!

 

本当に終わるんだと思うと少し寂しいですが、シリーズ最終作、楽しみに待ちたいと思います。

 

ではではまた~