夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『変な絵』文庫 限定特典『続・変な絵』ネタバレ・感想 事件の本当の真相が明らかに!?

こんばんは、紫栞です。

今回は、雨穴さんの『変な絵』文庫版の巻末に収録されている謎解きゲームと『続・変な絵』について少し。

 

変な絵 (双葉文庫)

 

『変な絵』の単行本は2022年10月に発売されていまして、私は単行本を購入して既に完読しています。

今回の文庫版は特典として雨穴さん書き下ろし小説の『続・変な絵』49ページが収録されているとのことで。まんまと特典に釣られて購入いたしましたよ。だって、このボリュームの書き下ろし小説で、しかも本編に関係しているとか・・・買っちゃうでしょ!そりゃ。

 

文庫版特典は2つありまして、『続・変な絵』の他に『謎解きゲーム~過去からの手紙』もあります。この謎解きゲームはミステリーゲームなどを販売しているクリエイター集団「第四境界」さんと雨穴さんとのコラボ制作なのだそうで。

これだけの情報だと本編の『変な絵』とはまったく関係ないものなのか?とも思ってしまうところですが、そんなことはなく。しっかりと本編に関わっている謎解きゲームとなっております。

 

 

 

 

以下、本編も含めてガッツリとネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

本編の『変な絵』は大変入り組んだ物語ですので詳しくはこちらを御参照頂きたいのですが↓

 

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文庫版ですと本編終了後に『謎解きゲーム~過去からの手紙~』で、

「これからお見せする3枚の画像には、『変な絵』の本当の真相が隠されています。ぜひ、推理してみてください。」

との序文の後に、本編に出て来るものと同じタッチのイラストが写された写真が3枚提示されます。

次のページで、今度は

「これは2022年10月20日に発売された『変な絵』の前日譚です。」

との序文があり、オマケ小説の『続・変な絵』がスタートする。(前日譚なのに”続”って妙な感じですね)『続・変な絵』は、先に提示されている『謎解きゲーム~過去からの手紙』の解答と解説が含まれる内容の物語となっている訳です。

 

『続・変な絵』は単行本発売前の2022年3月の出来事と、単行本発売を経て文庫版刊行を企画される2024年8月の出来事が、本編での事件で一人残された息子・優太の視点で描かれる。

 

先に出て来た3枚の画像は優太にあてた手紙に入っていたもの。由紀が描いていた”謎解きイラスト”がまだあったのだそうで、武司が自殺する前に霊園の人に「2022年になったら息子に渡して欲しい」と頼んでおり、受け取った優太が母が自分に託したメッセージが込められているのであろう謎解きに挑むという流れ。

 

この優太、まだ小学校卒業したばかりなのですが”謎解き名人”として周りで評判なのだとかで、作中でキレキレの謎解きを披露しています。

序文で「推理してみてください」と書かれていたものの、私は早々に考えるの放棄して解答である『続・変な絵』を読んでしまいました(^_^;)。パズルとか暗号とかはどうも苦手ですね。

優太が解き明かしていく過程に「あ~」「へ~」「なるほど~」と、感心しっぱなしでした。いや、よく考えられた謎解きゲームですよ。

 

 

 

 

 

 

導き出された答えが『じぶんあいして』で、「お母さんがいなくっても自分を愛して生きていってね」みたいな。由紀から息子への愛のメッセージなのか~と、一件落着しそうなったところで、実はもう一段階秘められた謎解きがあって、それを解読すると『ぎぼをころして』という、由紀にとっての義母で殺人鬼の直美の殺害を息子に託すメッセージが・・・・・・。

 

はい。いかにも雨穴さんらしい黒い真相が判明して終わっているのですけれども。

 

う~ん。でも、これちょっとどうですかね。

そもそもこの『変な絵』という小説、「義母が自分のこと殺そうとしてるって気がついてたんなら逃げればよかったんじゃない?」と読者間では由紀の行動を疑問視する声が多いんですよ。

私は由紀自身半信半疑だったので「義母が私のこと殺そうとしてる」と訴えたり、すべてを捨てて今の生活から逃げるとか出来なかったんじゃないかと解釈していたんですけど、こんな手の込んだ謎解きを未来の息子に向けてつくる情熱と執念があったのなら、もっと自分が助かる方に労力を費やした方が絶対良かったんでないか?ってなりますね。やっぱり。

 

このオマケによって、由紀の心境の不自然さがより気になってしまうことになっているのでは。

小学校卒業の年だからと2022年を指定していますけど、中学生はまだまだ大人の手が必要な頃だし。そもそも由紀は夫である武司が死ぬとは手紙を書いた時点で思っていないだろうし。数年後に殺すように頼むぐらいなら、自分がやられる前に殺そうとは考えなかったの?ですし・・・。

 

ま、そこら辺は気になってしまうところではありますが、前日譚としての繋げ方は「そうくるか」と唸らされましたね。みんなが大好き栗原さんもちゃんと出て来て”らしい”毒をチラホラ吐いてくれていて必見ですし、このオマケ小説によってモキュメンタリー作品としての補完がなされているので、私のように単行本を買った人間も文庫版を手に入れるべきですよ。

 

「同じ内容を形だけ変えて二度売るなんて、商魂たくましいというか、どれだけ金が欲しいんだと思いますけどね」

 

との、栗原さんによる頷かざるを終えないご意見もありますが。

ファンは商魂に振り回されるしかないんですよ。文庫版の際のグレードアップ化は商法の一つとして受け入れましょう。願わくは、そこに商魂だけでなく”読者への愛”もあるのだと信じて。

 

まだ完全に未読な方はもちろん、単行本で本編は既に完読している方も是非。

 

 

 

ではではまた~

 

 

 

 

 

 

 

『砂男』火村英生シリーズ”幻の事件”がついに読める!単行本未収録作品集6編 あらすじ・感想

こんばんは、紫栞です。

今回は、有栖川有栖さんの『砂男』をご紹介。

 

砂男 (文春文庫)

 

有栖川有栖、幻の作品

こちら、2025年1月4日に刊行された有栖川さんのミステリ作品集。有栖川さんには【学生アリスシリーズ】(江神二郎シリーズ)

 

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【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)

 

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の2大シリーズがあるのですが、この作品集には各シリーズから2編とノンシリーズが2編で、全6編収録されています。どれも単行本未収録作品。

 

作家デビューから35年以上経つ有栖川さんですが、今までの中編集や短編集は各シリーズごと、ノンシリーズはノンシリーズでまとめられているものばかりで、一冊の中で2つのシリーズのお話が一緒に収められているのは初。

 

シリーズもので有名な作家さんですと、シリーズ間で繋がりを持たせたり、クロスオーバーものをやったりすることが多いですが、【学生アリスシリーズ】は【作家アリスシリーズ】のアリスが、【作家アリスシリーズ】は【学生アリスシリーズ】のアリスが書いているというパラレル設定で(※ややこしくてよく分からないという方は上に張った各記事を御参照下さい)キャラクターなどは絶対に交差しないので、それぞれのシリーズの”アリス”が同一人物だと読者が混同しないように短編集でも混ぜて収録は今までしてこなかったのだと思われますが。

実際、今回の作品集でも読者が混乱しないように収録順が配慮されています。

 

本のタイトルにもなっている表題作『砂男』。コアな有栖川有栖ファンなら「おおう!」と、なったことでしょう。

この『砂男』という中編、雑誌「大阪人」にて1997年に一年間連載されていた【作家アリスシリーズ】の1編なのですが、長編化して中央公論社から刊行すると予告されたものの、頓挫してそのままになっていた作品。単行本にも未収録で読むのは困難だったため、ファンの間では「【作家アリスシリーズ】幻の作品」と言われていたものです。

 

私自身も有栖川有栖作品にハマリ始めに耳にして情報としては知っていたものの、読むのは諦めていた作品なので、今作の刊行情報を知った時にはテンションが上がりました。今になって読めるとは・・・!

 

今作ではもう一つ、2004年に「小説NON」で掲載された短編『海より深い川』という、これまた長らく単行本未収録状態だった【作家アリスシリーズ】の短編も収録されていますので、有栖川有栖ファン、特に【作家アリスシリーズ】ファンにとっては生唾ものの一冊となっております。

 

 

 

 

 

では6編、順にご紹介。

 

 

 

 

 

 

 

●女か猫か

【学生アリスシリーズ】(江神二郎シリーズ)の短編。”猫の小説”との依頼を受けて書かれたもので、密室で一人一夜を過した男性が、翌朝顔に猫にひっかかれたような傷をつくった謎を解明しようとするお話。

女・猫・爪、3つの要素がいかにもミステリチックで洒落ている。トリックは困難の分割ものですね。バンド間での恋愛はいつの時代も悩ましい問題ですな。

江神シリーズは読むのが久しぶりで、「アリス、こんなにマリアに惚れてたっけ?」ってなりました。

 

 

●推理研vsパズル研

【学生アリスシリーズ】(江神二郎シリーズ)の短編。パズル研から出されたパズル問題を、推理研の面々で解こうとするお話なのですが、途中から”問題文そのものの謎”を解いてみようといった流れになる。

パズル問題の非常識な設定を意味のあるものとして説明してみようという遊戯ですね。推理というより、仮説の積み重ねを楽しむといったユニークな短編。

作中でアリスたちが挑むパズル問題はオリジナルではなく既存のものらしいのですが、解答を読んでも「理屈として理解は出来ても納得は出来ない」だったので、自分はパズル向いてないなと思いました。なんか頭痛くなったし(^_^;)。

 

 

 

●ミステリ作家とその弟子

ノンシリーズの短編。スランプ気味の大御所作家が、弟子に課題を出して小説創作の何たるかを説いたり、ダメ出ししたりするお話。

浦島太郎、ウサギとカメなど、お馴染みの童話を持ち出してミステリ仕立てにするにはどうする、効果的な書き方、魅せ方は?など、ミステリ作家と弟子でああだこうだ言い合う対話もの。

有名童話を深読みして血生臭い殺人事件ものに仕立てたりなど、シュールな会話が展開されるのが面白いところ。最後はブラックな終わり方をしているのですが、前フリに当たる話題とラストの繋ぎ方はもっと分かりやすくして欲しかった気が。ブツ切りというか、唐突感がありますね。トリックももっと詳細を書いて欲しかった。

 

 

 

●海より深い川

【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)の短編。アパートで殺害された女性と、自殺をした男性。一見何の関係も無い2つの事件が、「海より深い川」という共通したワードで思わぬ繋がり方をする。

詳細を書くとネタバレになるので伏せますが、上記したようにこの短編が”幻の作品”となったのは、時が経ってお話の要となる法律が改正されたため。

さっさと単行本収録していれば大丈夫だったのでしょうが・・・短編ってのは本に収録するにはページ数の兼ね合いの問題がありますからね。タイミング逃すとこのようなことにもなるのかなと。すっかりセンシティブな事柄にもなりましたし。20年で時代は大きく変わったなぁ。

それに加えて、発表出来ないと有栖川さんの方で見切りを付けて【ソラシリーズ】『闇の喇叭』にアイディアを流用したのでお蔵入り扱いとなったようで。

 

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ミステリ短編としてなんら遜色ないので、今まで未収録だったのが本当に勿体ない。火村ファンとしては今回収録して頂いて本当にありがとうございます!ですね。

 

 

 

●砂男

【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)の中編。今作の収録作品の中では一番ページ数があります。

都市伝説「砂男」を研究対象にしていた社会学助教授(※2007年に法改正されて助教授から准教授に呼称変更される前の執筆作品なので、助教授表記のままです)が刺殺された。奇怪なことに、死体には砂時計の砂が撒かれていて――。

と、いう事件。

不穏で、寂しくて、どこか切なくて。書き出しの雰囲気がいかにも有栖川有栖の長編って感じですので、長編化を念頭に置いての執筆だったことは読んでいて伝わってくる。

 

巻末のあとがきによると、インターネットが普及して都市伝説の形が変わってしまったため、断念したとのこと。伝わり方が変わっただけで、都市伝説は今の時代でもあるんですけどね。オカルトは消滅しない。

長編化を断念したとのことで半端なところで終わっているのではないかと懸念しましたが、ちゃんと中編として成立していて安心しました。

しかし、やっぱり尻切れトンボ感は漂ってしまっているので、長編として完成させて欲しかったな~と思ってしまいますね。個人的に都市伝説が大好きなので題材にされるとワクワクしちゃう。都市伝説を題材にした長編に再度挑んで欲しいところです。

 

 

 

●小さな謎、解きます

ノンシリーズの短編。JTのウェブサイトで発表された短編。前に火村とアリスの出会いエピソード「あるトリックの蹉跌」(※『カナダ金貨の謎』収録)

 

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が掲載されたサイトですね。

 

この度のお話は加熱式タバコの宣伝用企画だったらしく、各エピソード後に吸うシーンが入れられています。

商店街にある小さな探偵事務所。「小さな謎、解きます」の張り紙に釣られた依頼人が細やかな謎を持ち込んできて、解決させていくといったストーリー。

甥っ子とのやり取りが可愛らしく、読後感も軽やかで微笑ましい。まさに休憩で読むのに相応しい短編です。しかし、表記の見極めは紙媒体だと至難の業ですねー。

 

 

 

 

 

以上、6編。

 

「海より深い川」と「砂男」以外の4編はどれも洒落が効いていてユニークな短編といった印象。ガチガチの本格ミステリとはちょっとずらして、変化球的といいますか。

有栖川有栖作品の中でも特に【作家アリスシリーズ】のファンである私としては、やはりシリーズ幻の2編が読めたのは格別の喜びでした。読めることはないだろうと本当に諦めていたので・・・。

どちらの作品も20年以上前のもので時代を感じるのですが、そこもまた初期の頃のアリスや火村先生に再会出来たかのようで嬉しかったですね。新年からこのように読む事が出来て何やら幸先が良い気分になれました。

 

どちらかというとファンやマニア向けの作品集かなとは思いますが、気になった方は是非。

 

 

ではではまた~

 

 

 

 

『書楼弔堂 霜夜』シリーズ完結!あらすじ、登場人物、他作との繋がり・・・諸々解説

こんばんは、紫栞です。

今回は、京極夏彦さんの『書楼弔堂 霜夜(そうや)』をご紹介。

 

書楼弔堂 霜夜 (集英社文芸単行本)

 

 

シリーズ完結!〈探書〉の夜 

2024年11月に刊行されたこちら、明治を舞台とした「書楼弔堂」というとんでもなく品揃えが良い本屋に史実の著名人たちが客として訪れる連作短編の〈探書〉物語シリーズ【書楼弔堂シリーズ】の第四弾。シリーズ完結作です。

 

第一弾は夜明けの『破曉』

 

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第二弾は真昼の『炎昼』

 

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第三弾は夕暮れ前の『待宵』

 

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第四弾は夜の『霜夜』

朝、昼、夕、夜での四部作構成だと明言されてきたこのシリーズ、今作が完結の〈探書〉の夜であります。

 

「書楼弔堂」という店が舞台で、元僧侶で年齢不詳な弔堂主人と丁稚の(しほる)が登場するのは共通していますが、このシリーズは本ごとに五年刻みで時代が進み、語り手が変わります。

今作は明治四十年代初頭。語り手は印刷造本会社で活字を起すための元の字を書く仕事をすることになった甲野

時代の流れに乗れない無気力男、封建的な家族に疑問を持ちつつもだからといって何をする気もない女学生、殺伐とした過去を引きずって世捨て人になっている老人・・・・・・と、社会から取り残されてしまっている人達を語り手にしてきたこのシリーズですが、最終作は勤め人で本を造る側という生産的な(?)語り手ですね。

 

地方から東京に出て来たばかりで、何かというと「自分は田舎者だから」と口走ってしまう癖がある青年・甲野。一緒に職人をしていた父親が亡くなったのが切っ掛けで口利きにより東京に出て来たのですが、なにやら実家の方とは色々と訳ありな様子。

 

下宿先の親爺と奥さん、向かいの部屋で暮らしている尾形、勤めている印刷造本会社の面々などがちょこちょこ登場していますが、『炎昼』や『待宵』みたいに語り手とセットで毎話出て来る人物はいないですね。私は尾形が中々におかしみがある人物で好きです。

 

最終作らしく、懐かしのあの人やこの人が勢揃いで登場。シリーズを読む中で気になっていた人物たちのその後が知れるのが熱いです。前三冊が「その後はご想像におまかせするよ~」的な締め方だったので、最終作でこんなに丁寧に拾ってくれるのは有り難い限り。懐かしの人が出て来る度に「おお!」となってなにやら感慨深かったです。

 

もちろん四部作の締めとしての計算され尽くした、”かくあるべし”な書きっぷりもお見事。終わってしまうのは寂しいですが、文句のない、堂々の【書楼弔堂シリーズ】完結作です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各話・弔堂の客たち

 

6編収録。

 

●探書拾玖 活字

客は夏目漱石

夏目漱石は日本人なら誰もが知っている文豪。もはや説明は不要なのですが。シリーズ第一弾の『破曉』の時に名前だけ出ていまして、客としては登場しないのかなぁ~と、思っていたら、最終巻で出してくれたと。明治四十年代のこの頃は、夏目漱石は大学教授を辞めて小説一本でやっていこうっていう矢先ですね。

 

 

●探書廿 複製

客は岡倉天心

岡倉天心東京美術学校(現在の東京芸術大学美術学部)の初代校長で、日本の美術史研究・美術評論家として活躍。本邦美術界を牽引した人物です。岡倉天心という名で一般には知られていますけど「天心」は雅号で、生前は本名の岡倉覚三で呼ばれることが殆どだったのだとか。

不義の醜聞、旧弊との対立など色々あったらしく、お話の中ではそこら辺の事も語られています。

 

 

●探書廿壱 蒐集

客は田中稲城

田中稲城は官吏で図書館学者。帝国図書館(現在の国立国会図書館の前身)の初代館長。政府全体が戦争の方に気を取られ、文化行政を蔑ろにする中で図書館造りに奔走し、後に「図書館の父」と呼ばれた人物。”戦争”と闘っていた人物ですね。

 

 

●探書廿弐 永世

客は牧野富太郎

牧野富太郎は植物学者。新種の植物を多数発見・命名した人物で、「日本植物学の父」と呼ばれています。2023年前期の朝ドラ「らんまん」のモデルになったことで知っている人も多いかと思います。

 

 

●探書廿参 黎明

客は金田一京助

金田一京助言語学者民俗学者。ミステリ界隈では横溝正史推理小説に出て来る名探偵・金田一耕助の名前は、この方から拝借したって逸話が有名。石川啄木の親友だったことでも有名ですね。

一般的には辞書のイメージが強いですが、実際に生涯力を注いでいたのはアイヌ語の研究で、本格的な創始者。標準語の策定にも熱心に取り組んだと。しかし、国全体で言葉は統一すべきとの考えを強く持って推し進めようとしたため、後世では批判的な意見もあるようです。

お話ではまだ初々しく研究に燃えている頃ですね。弔堂主人が危うさを感じてやんわりと警告しています。

 

 

●探書廿肆 誕生

客は釈宗演

釈宗演は臨済宗の僧で、「禅」を欧米に伝えた禅師として知られている。

とはいえ、お話では客で来たよと名前が出て来るだけなのですが。

なんでも、釈宗演と弔堂主人で長々と禅問答をするといった内容のものを最初に書いたものの、丸々ボツにして釈宗演は名前だけ出すことにしたのだとか。禅問答も面白そうですけどね~最終話なので・・・まあまあまあ(^_^;)。

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本の流通

今作は各話、印刷造本会社に勤める甲野が会社からのお遣いで弔堂に訪れ、その度に弔堂に来ている客と対面するといった流れとなっております。

この甲野が勤めている印刷造本会社は「印刷造本改良會」といいまして。読みやすくって扱いやすい書物を造ろうという会なのですが、なんと、この会はシリーズ第一弾の『破曉』の語り手だった高遠が代表的役割をしているのですよ。甲野は毎度、高遠に用事を言いつけられて弔堂を訪れる訳です。

 

『破曉』の時の高遠は病気療養という口実をいつまでも引きずって親と妻子のいる家から離れ、失職したのもそのままに悠々自適な無職生活を続けているってな有様の人物でしたからね。

その後が不明のままだったのですが、十五年の間に社会復帰して家にも帰ったようです。良かった良かった。

 

甲野は毎度、弔堂に行く前に道の途中にある店に寄るのですが、このお店はシリーズ第三弾の語り手・弥蔵がやっていた店です。今でも持ち主は弥蔵であるものの、店の方は鶴田に任せているとのことで、鶴田も毎話登場。相変わらずのお調子者です。お芳という嫁さんと共に店をやっています。五年の間に結婚したようで。読んでいて「おめでとう!」ってなりましたわ。

毎話ではないですが、弥蔵もちょこちょこと出て来てくれています。家族のように三人で暮らしているようで。良かった良かった。

 

 

一風変わった書楼に偉人たちが訪れ、店主と問答し、本を買っていくこのシリーズ。表面的には「京極版、徹子の部屋」といったイメージですが、このシリーズで主として描かれているのは「人物」ではなく、「本の流通」です。

 

明治は本の流通が劇的に進んだ時代。明治二十年代半ばが舞台のシリーズ第一弾『破曉』の頃は出版業がぼんやりと始まりつつある”夜明け前”で、まだ一般人が本を手に入れて読むには一苦労がありました。今作の『霜夜』では出版業界の仕組みがほぼ出来上がり、流通も印刷技術も整って、誰でも本を手に入れて読むことが出来るように。

今作の語り手は印刷造本会社に勤めているということで、字のデザインや紙の選定、装幀など、本を造る過程なども描かれています。本流通の進化を直接的に感じられる設定となっている。

 

シリーズを順に追っていくと、弔堂主人と客との対話ボリュームが巻を増すごとに減っていっているのが分かります。シリーズ第三弾の『待宵』でも少なくなったと感じましたが、今作の『霜夜』ではほぼ問答はしていません。

 

本の流通がままならなかった序盤では弔堂主人は懇切丁寧に、まるで本のソムリエのように、選んで、プレゼンして、本を薦めていました。それは、本を買うという行為がまだ気楽に出来ることではなく、どのような本があるのかの把握も難しかったため、詳しい人に教えてもらう必要があったからです。

流通が進み、読みたい本を自分で選ぶことが出来るようになったなら、”本のソムリエ”はお役御免となる。

 

「もう私の出番などはありません。私がこれまで為て来たことは、私などが居なくてもこの国中で行えるようになったので御座いますから。仕組みは、整ったのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

終わりと始まり

賊に入られてボヤ騒ぎが起きたことが切っ掛けで店をたたむことを決意した弔堂主人。(前のインタビューで「最後は弔堂を火事で全焼させるか」みたいなことを京極さんが仰っていたのでドキリとしましたが、ボヤですんで良かった^_^;)

 

いつまでも変わらずに在り続けて欲しい場所というのはあるもの。書楼弔堂は多くの客たちにとって想い出深い、心の拠り所となっている書舗。

どんなに時代が移り変わろうが、本の流通の仕組みが整おうが、「私の出番はない」なんて寂しいことを言わずに、店を続ければ良いじゃないかと読者としては思ってしまうところですが。

 

高遠、弥蔵と、今までの語り手たちが出て来てくれる中、シリーズ第2弾『炎昼』の語り手である天馬塔子が中々出て来てくれないなと読みながら気を揉んだのですが、最終話で満を持して登場してくれます。

塔子さん、結局『炎昼』の後は嫁ぐことも就職することもなく実家に居たのだそう。そのような立場ではさぞ家に居づらかったのではと想像してしまいますが、この度、両親が相次いで亡くなって天涯孤独に。で、財産と家屋敷を売却したお金を使って神田の水道橋駅の裏手に家を建てたっていうんですね。で、弔堂にある書物の三分の一程度をその家に移し、補完・閲覧・売るといったことをすると。

 

塔子さんが受け継ぐことになるとは驚きですが、実はこの家、百鬼夜行シリーズ】の方で既に登場しています。『今昔百鬼拾遺-鬼』で、鳥口が言っている「水道橋の民家でお婆さんが一人で営っている、中禅寺の古本の師匠だと云う大層な御仁が遺した文庫」というのがソレ。

 

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ファン的にこの文庫は他作と何か繋がってるのだろうなとは思っていましたが、まさかこのお婆さんってのが塔子さんのことだったとは。

 

 

弔堂が閉められることに抵抗はないのかと甲野に訊かれ、塔子さんは「同じ状態を維持するためには、常に変わっていなければいけない」「いつまでも変わらないものというのは、常に変わり続けているもののことなの」と、言う。

百年先、千年先までの次を見据えなければ、嗣いで行くことは出来ないと。

 

「それが出来ないのなら、何かに固執してずっと同じことを続けて行こうとするなら、それは必ず滅びます。過去の栄華を取り戻すべく同じことを繰り返したりすることは、もう愚の骨頂です。後戻りも足踏みも以ての外。わたしなんかにご主人の胸の内までは読み切れませんけれど、この弔堂は――終わるのではなくて、始まるんです」

 

終わって、始まる。【書楼弔堂シリーズ】の第壱話のタイトルが「臨終」で、最終話が「誕生」となってるのも意図的なものなのですね。いつもながら感服するシリーズ構成で恐れ入りますよ。ホント。

 

 

今作では語り手である甲野の訳あり事情も確り落ち着くところに落ち着いています。なるほど大変難しい実家事情で。こちらも読み応えがあります。

甲野は他作で出て来ることありますかねぇ・・・名前だけでも出て来そうな気はする。京極さんのことだし。

 

何やかんや言われてもやはりシリーズが終わるのは寂しくはありますが、弔堂主人は選りすぐりの本を持って北の方に行くとのことで。また他作の方で関わってきそうな匂いがプンプンしております。楽しみですね。

諸々の方は確りついていますが、弔堂主人や丁稚の撓に関しては謎の部分が多いまま。いつか別のところで明かさせるかも知れませんが、一風変わった建物である書楼もひっくるめて、謎めいたまま終えているのもまた良い塩梅かと。

 

 

今年はプライベートでは嫌なことが多かったのですが、30周年で京極さんの新作を何作も読めて読書生活の方は充実していました。年がもうじき変わるこのタイミングで、このような”終わりと始まりの物語”を読めたのは嬉しく、感謝感激であります。

 

 

 

広がり、繋がり続ける京極ワールドから益々目が離せません。来年もどうか、新作よろしくお願いいたします!

 

 

ではではまた~

 

 

 

 

 

 

 

 

『秋の牢獄』3編 あらすじ・感想 秋のオススメ本

こんばんは、紫栞です。

今回は、恒川光太郎さんの『秋の牢獄』をご紹介。

 

秋の牢獄 (角川ホラー文庫)

 

こちらは3編収録された短編集。第29回吉川英治文学新人賞候補作。

恒川光太郎さんの本は前に『夜市』を読んだら滅茶苦茶良かったので

 

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他作も読みたいと思っていたのですが中々読めずじまいで。この度やっと読めたのですが。恒川光太郎さんは主にホラーを書いている作家さんなのですが、どうも短編が多いみたいですね。どの本を読もうか迷いまして、恒川光太郎作品のオススメでよく紹介されていた今作を選んで読んでみました。

本当はタイトルに合わせて季節が秋のうちに紹介したかったのですが・・・ずれ込んで冬になってしまいました・・・(^_^;)。秋のオススメ本です。

 

収録されているのは表題作の「秋の牢獄」と、「神家没落」「幻は夜に成長する」

 

 

 

 

「秋の牢獄」は、女子大生が十一月七日の水曜日を延々繰り返すことになるお話。どんな行動をしても、どこに行っても、朝になればすべて元通りになって十一月七日の水曜日になる。

途方に暮れていたところ、自分と同じく十一月七日の水曜日を繰り返している「リプライヤー」という人達が多数いることを知り、彼らと交流を持つが・・・・・・ってな具合に展開されていく。

SF小説で類似した作品は多数あって設定自体に目新しさはないのですが、同じ日を繰り返すことで諦念していく心情が段階を踏んで描かれていて、ジワジワと苦しく、恐ろしい。

最後の一文がとても良く、これのために書かれたのではと思うほどですね。

 

 

「神家没落」は、民家に迷い込んだ男性がその敷地から出られなくなってしまうお話。元々はとある村で神域として代々守ってきた敷地なのだが、後継者がいなくなったことで偶々迷い込んでしまった男性が役目を押し付けられてしまう。家を出るには別の迷い人が訪れるのを待ち、役目を引き継がせるしかない。

このお話は単に家から出られないというだけでなく、家が定期的に日本各地を移動していくのが面白いところ。乗り物から出られない旅行をしている感覚。不自由はありますが、甘美な環境だともいえる。

中盤で驚きの展開をしています。ガラリと変わる主人公の心情が怖いですね。取り憑かれてしまった人というのは本当に始末におけない。

 

 

「幻は夜に成長する」は、幽閉されている女性が過去を振り返りつつ脱出の時を待っているお話。幼少期に誘拐されて数ヶ月祖母だと信じ込まされて過したことで「幻を視せる」能力を得た女性の半生と、幽閉されるまでの顛末が描かれる。

主人公は団体に拉致され、幽閉されて、薬を盛られて、無理やりに「神」をやらされていて・・・と、とても過酷な状況に置かれています。それはこれまでの半生も然りなのですが、主人公自体には悲壮感はない。やることは恐ろしいですが、この本の中では一番前向きな主人公となっています。

特異な力を持っている者に対する”人間の醜さ”が不快ではありますが、主人公の報復主義がどこか爽快で読後感は悪くないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

この短編三つは同一テーマで「牢獄」が描かれています。いずれのお話も囚われるところから始まり、脱するところで終了となっている。

 

「秋の牢獄」は延々と歳をとらずに自由になんでも出来るが、”翌日”という未来へは進むことが出来ない。何をやっても大丈夫という保障された(しかし囚われた)環境を延々と繰り返すことで老成していき、諦念する。

「神家没落」は世俗から切り離されて囚われることに安らぎを感じ、牢の中に居続けることを願う。

「幻は夜に成長する」ではそれら牢の中での諦念と安らぎをすべて打ち捨て、破壊して新たな世界へと進む。

 

この3編のような特殊な事態には陥っておらずとも、私達生き物は「生」という牢獄に囚われている。

巻末に収録されている坂木司さんの解説に書かれているように、この本は生き物の終末を段階的に描き、輪廻を切り取った物語集なのではないかと。

 

あとやはり、美しいのですよね。だからこそ恐ろしい。読んだのはまだたった二冊ですが、これが恒川光太郎作品ならではの「ホラー」なのだと思います。実に良いですねぇ。他の作品も読みたいです。

 

気になった方は是非。

 

 

ではではまた~

 

 

『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』あらすじ・感想 マジシャンによる華麗な調査手腕!

こんばんは、紫栞です。

今回は、東野圭吾さんの『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』を読んだので感想を少し。

 

ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人 (光文社文庫 ひ 6-24)

 

あらすじ

東京で仕事と数ヶ月後に控えた結婚の準備に追われていた神尾真世は、独り暮らしをしていた父が殺害されたとの一報を受けて故郷に帰郷する。

事件現場となった生家に警察と共に立ち入った真世は、そこで長年音信不通だった叔父の武史と再会した。元マジシャンの武史は警察を頼らずに自分の手で真相を突き止めると宣言し、真世も叔父の調査を手伝うことを決意する。

父の英一は多くの生徒達に慕われた元教師だった。真世の同級生達が同窓会を計画中だったこともあり、英一はつい最近も教え子数名と会ったり電話でのやり取りをしていたらしい。

犯人は真世の同級生の中にいるのか?

武史はマジシャンの能力を活かして皆を煙に巻き、華麗に謎を紐解いていく。すると同級生達の秘密が次々と明らかになっていって――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マジシャンによる殺人事件調査

『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』は2020年11月に刊行された長編ミステリ小説。2025年にこの作品を原作とした映画が公開されることが決定しております。

 

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映像化されると知り、この度読んでみました。2024年1月に『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』が刊行されていまして、シリーズ化されている作品ですね。

 

 

つまり東野圭吾作品の”新たなヒーロー”誕生ということで。活躍するのはかつて海外を飛び回っていた人気マジシャンで今は日本でバーを経営している五十代男性・神尾武史

普通に警察の捜査に協力して事件が解決したところで、警察は遺族に詳細は明かしてくれずじまいだろうということで、独自に調査すると自信満々に言い出す。で、語り手であり武史の姪・真世が「私もお父さんが誰に、なぜ殺されたのか、自分で調べたい!」と、武史の手伝いをすることに。

 

叔父と姪のコンビってのはあまりなくって新鮮ですね。割とコミカルなやり取りをしてくれます。親族が亡くなったのにちょっと脳天気なんじゃないかという気にもなりますが、まあ、あんまりシンミリとばかりされても話に支障が出ますしね。

 

殺人事件の調査をしようにも素人二人、何の手掛かりも持っていないのにどうするんだ?なのですが、マジシャンの能力を最大限に活かし、話術とテクニック(手癖の悪さ)で手品のように情報を入手し、謎を解いていく。

ペテンで人を煙に巻いての調査が読んでいて楽しい作品です。

 

殺人事件調査の必要情報をどこから入手するのかというと、やっぱり警察からということになりますので、いかにして警察のだまくらかし、転がして情報入手をするかが主な描写になっている。

探偵小説というのは警察が協力的なものが殆どなので、警察が敵のように扱われるのもまた新鮮ですね。

 

500ページほどあり、見た目では結構なボリュームだと感じますが、実際に読んでみると追う事件も1つだけだしサクサク読めます。レビューですと中盤での中だるみを指摘する声もありますが、私はさほど気にせずに読めましたね。

 

 

 

 

 

 

コロナと田舎町の殺人

手品師の事件調査という特色の他に、この作品は2020年当時のコロナ禍まっただ中での殺人事件で、舞台が地方のとある町というところも特徴の1つ。

 

コロナ禍で変化したものは多々ありますが、その中でもそれまでと大きく変わったものの1つは葬儀のやり方。今はだいぶ緩和されていますが、まっただ中のこの時期は接触や密を避けるため、一人ずつ個室に入っての焼香やオンライン方式が採られたりしました。

今作はそのコロナ禍での葬儀状況を逆手にとって犯人当ての材料に使ったり、コロナ禍のために変化した人間関係、町おこし計画の頓挫による地方の葛藤や、観光地の苦しみが作品に反映されています。

 

読んでいると、「コロナ禍」を描くのが作者が強く掲げたテーマなのかなと感じさせますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

色々と気になる

今作、事件自体は非常に地味といいますか、特に奇々怪々なところの無い、トリックも何もない事件内容なのですよ。

なので、ひたすら神尾武史のマジシャン的調査手腕が見所となっています。レビューを見てみると、武史が上から目線で偉そうなのが受け付けないとの声もありますが、個人的にはこれくらい不遜で活き活きとしていた方が”いかにもミステリの素人探偵”って感じで読んでいて痛快で面白い。

ガリレオシリーズ】など、年齢を経てなんでしょうが初期よりだいぶ湯川先生の人柄が丸くなってしまって、良い変化なのでしょうがやっぱり淋しさがありますしね。

 

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名探偵ってのはやはり変人奇人の方が読んでいて楽しい。

 

 

しかしながら、重きを置いているのが武史の調査手腕の方とはいえ、この事件1つに500ページも使ったのか・・・とは正直、思ってしまいますね。

 

犯人も動機も読者には早い段階で予想出来てしまうもので驚きがない。東野圭吾作品なので叙述もののどんでん返しや「え!数行しか出て来ていないあの人が?」な、展開を期待してしまうのですが、今作ではそういった仕掛けはまったくないです。逆に驚きですね。

 

警察を出し抜いたり調査の過程は面白いのですが、解決編はもっとマジックショーさながらに華々しくやって欲しかったなと。近年は少なくなってきつつある関係者一同を集めての解決編だったのでワクワクしたのですが、どうも肩透かしを喰らった気分。

葬儀の時の映像を見せて追い詰めていく流れでしたが、解決編はやはり理責めで犯人を落して欲しい。ミステリ小説ならば。

 

あと、タイトルの”ブラック・ショーマン”というのがあまりピンとこないのですよね。最後に黒ずくめの格好を少ししただけで、誰かが「ブラック・ショーマン!」と呼んでいる訳でもないし・・・。

 

真世の結婚問題や同級生の夫婦関係問題も半端なまま終わっています。どっちも現実的に関係修復は「無理じゃね?ダメじゃね?」なんですけども。

同級生の夫婦関係とか、おさんどんは女性がやるのが常識的だっていう著者の考えが透けて見えるようで嫌でしたね。出産と育児で家事がおろそかになっているのを指摘されて「彼の言う通りだ」とか妻側がなっているんですけど、いや、「言う通りだ」じゃないですからね!コロナで仕事ぽしゃって家にいて、手伝いもしないのに家事に難癖つけてんじゃないよ!

 

武史がマジシャンを辞めた理由など、色々と含みを持たせてはいますが今作では明かされずじまいなので、割と長期的なシリーズ化をするつもりなのかと思います。映像化もされますしね。

 

事件そのものについてはちょっと残念な部分もありましたが、神尾武史のキャラクターは気に入ったので、とりあえず二作目の『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』も読みたいと思っております。

 

 

 

 

 

 

ではではまた~

 

 

『大樹館の幻想』ネタバレ・考察 ラストの”あれ”の謎は?乙一による館もの長編ミステリ!

こんばんは、紫栞です。

今回は、乙一さんの『大樹館の幻想』をご紹介。

 

大樹館の幻想 (星海社 e-FICTIONS)

 

あらすじ

巨大針葉樹の幹を囲むように建設されている洋館・大樹館。偉大な小説家である御主人の奥方の十三回忌で大樹館に家族がそろったその日、使用人として住み込みで働いている穂村時鳥は自信の腹から”胎児の声”を聞く。

”胎児の声”は未来から語りかけていると言い、「これから殺人事件が起こり、大樹館は事件の謎を残したまま炎に包まれる」と訴える。

幻聴かと思っていた時鳥だったが、”胎児の声”が訴える通りに物事は進んでいき、事件が次々と発生。

未来を変えるべく、時鳥は”胎児の声”に導かれながら大樹館が燃え落ちる前に事件の謎を解こうと推理を開始するが——。

 

 

 

 

 

 

 

 

乙一、初の館もの本格ミステリ

『大樹館の幻想』は2024年9月に刊行された長編小説。星海社 令和の本格ミステリカーニバル」ように(?)書き下ろされた作品のようで、ゴリゴリの館もの本格推理小説です。

デビュー以来、ミステリ小説は多く書いてきている乙一さんですが、どの作品も短編で叙述系のどんでん返しものが主でした。少ないページ数の中で奇想天外な仕掛けと完成度の高い物語が展開されるのが持ち味で凄味。

 

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そのため、ド定番な舞台設定の推理もの作品は今までさほど(と、いうかほぼ)なかったのですが、今作は本当の、本格長編推理小説。しかも館もの。推理小説特有の図解がたくさん挿入されており、タイトルも”いかにも”。

 

こんなにガチガチでゴリゴリのベタベタ本格推理ものは乙一史上初なので、乙一が書く本格推理ってどんななの!?」と読む前からテンションが上がりました。私は乙一作品が好きであるのと同様に、伝統的な定番ミステリも好きな人間ですから。

 

乙一さん作品ですと他名義のものも含め、長編はホラーやヒューマンものでしたからね。400ページ以上の長編でミステリを書いてくれているのも初です。

タイトルに「幻想」とあるように、舞台も登場人物も文章も耽美で幻想的。別名義の山白朝子よりの作風寄りですかね。

 

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登場人物の名前もゴテゴテで、皆名前に相応しい美形・美人なので、もはや少女漫画的。語り手はほぼ時鳥なのですが、地の文での表現が一々乙女チックです。

 

 

そうはいってもやはり乙一ですので、耽美に王道のミステリをやりながらも奇抜な要素が盛込まれています。それが上記のあらすじにもある”胎児の声”に導かれての推理ですね。

 

 

 

以下、ネタバレ含む感想となりますので注意~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来からの干渉

主人公の穂村時鳥は現在妊娠初期の状態です。本人もまださほどの自覚症状はしておらず、「ひょっとして・・・」ぐらいに思っていたところ、腹の中から”胎児の声”を聞く。

 

胎児を通して時鳥に呼びかけているのは、十数年後の未来に暮らしている時鳥の息子・穂村ツバメ。ツバメは理系の大学に通っていて、精神を過去にいる自分に重ねる時間遡行の実験の被験者をしている。

ツバメの居る未来では、十数年前の大樹館での事件は「多くの謎を残したまま焼失したことで伝説と化した事件」として、多くの人々に考察されていて、使用人の時鳥は犯人の最も有力な容疑者として疑われ続けた。そのような状態のためろくな職に就けず、ツバメを一人で育てていた時鳥は金に困窮して自身の病気を放置してしまった結果、早くに亡くなってしまったと。

 

ツバメが時間遡行の実験に参加したのは、過去の母親を救うため。ここで混乱しそうになるのは、”胎児の声”で呼びかけて過去を変えたところで、十数年後にいるツバメの世界を変えることは出来ないということ。

この実験で過去を変えても、枝分かれした別軸世界となるだけとのこと。パラレルワールドってことですかね。

なので、何をしたところでツバメ居る世界の時鳥の命を救える訳ではないのですけども。ツバメとしては、あくまで母親の無実を証明して汚名をそそぎたい一心での実験参加だと。

 

ツバメは当然、過去の母親を守ろうと疑われる原因となった行動をとらないように言い、時鳥はその助言に従って行動する訳ですが、それによって”大樹館の事件”の事件内容が大きく変わることとなる。

未来からツバメが干渉したことで、ツバメが居る世界では起きていない別の死亡事件が発生し、元々の”大樹館の事件”は意図も犯人さえも異なるものへとすり替わる。

 

パラレルワールドが発生した結果、動機もトリックも犯人も違うものとなるのがこの作品の面白いところですね。同じ舞台で2パターンあるという。

 

トリックに関しては数学的というか物理的なもので、図解がないと理解するのは厳しいですかね。真相のトリック以外にも、ツバメと共に色々な”未来で探偵たちが提唱している仮説”を論じたり検証したりする場面で図解が沢山出て来ます。

これらの図解やシンキングタイムはいかにも本格推理小説って感じで、乙一作品でやられると新鮮さがありました。

 

舞台となる大樹館は上記したような幻想的表現で描写されているのですが、「大木を囲むようにフリルのように重なっている館」ってのは文章だけだとちょっと想像しにくいので、館の図解も欲しかったです。

 

 

 

 

父親

今作、初っ端にまず気になるのは「時鳥が妊娠している子の父親は誰なのか?」だと思います。

穂村時鳥は数年前から山奥にある大樹館で住み込みで働いているただ一人の使用人ですので、こんな閉鎖的環境で誰と肉体関係を持ったのか下世話ながら気になってしまうところ。

 

ツバメも読者も子供の父親は創作活動で度々大樹館に帰ってきていた次男の彗星だと思わされるのですが、終盤で実は彗星ではないと明らかにされる。

「じゃあ誰よ?」なんですけれども、それがこの小説、確りと明言されないままに終わるんですよね。

 

でも、ま、これはもう御主人様しかいないと思いますね。読んでいてずっと時鳥の御主人様への想いはただ世話になったというだけにしては強すぎてほぼ崇拝って感じでしたし、御主人様が息子の彗星と「時鳥の表情を変えられるか」の賭けをしたのもそういうことなのかと思えば納得がいく。

 

作品の中盤、数ヶ月前にクリームシチューの調理中、御主人様の小説を鍋に落してしまったが、本が溶け込んで活字成分によりとても美味になったという、よく分からない、意味不明な、幻想も幻想な事柄を時鳥が語っているのですが、

 

”嚥下すると御主人様の物語が私の一部となり、お腹の中に生命として宿るのを感じた。”

 

との一文からして、これは妊娠の暗喩だったのかと。

 

作中では何度も時鳥が「大樹館では夢と現実の区別がつかなくなる」と語っているので、時鳥は夢うつつに御主人様との関係を結んでいた・・・ってことなのか?「大樹館の幻想」のなせるワザなのでしょうかねぇ・・・。

 

 

正直、乙一作品ですのでもういっちょドカンとしたどんでん返しや度肝を抜く展開を期待してしまう気持ちは少しありましたが、本格ミステリとしての完成度は高く、乙一らしい奇抜さもあって十分に面白く、読み応えもあって満足な一冊でした。

 

気になった方は是非。

 

 

 

ではではまた~

 

映画『嘘喰い』ひどい

こんばんは、紫栞です。

今回は、映画『嘘喰いを観たので感想をほんの少し。

嘘喰い Blu-ray豪華版

 

こちら、2022年に公開された、迫稔雄さんの漫画作品を原作とした実写映画。

 

作品ジャンルは、特殊な賭博場が舞台のギャンブルデスゲームもの・・・・・・の、はず。

 

公開前も公開中も色々と言われた映画でして、まあ、前評判も公開されてからの評価も世間的にはよろしくなかったのですが。好きな役者さんが出ていましたし、私、ギャンブルもののドラマや映画を観るのが好きなので、最近AmazonPrimeの見放題に入ったと知って観てみました。原作は未読です。

 

 

 

で、率直な感想はですね、ええ、覚悟はしていたのですけれども、面白くなかったですね。

今まで私が観たギャンブル映画の中では一番酷い。ギャンブル映画というだけでなく、単純に映画としてもダメダメでびっくりしました。つまらない!

 

 

まず、ストーリーに説得力がない。ゲームも人間関係もダイジェストすぎて共感もなにもない。ついていけないんですよね。

「どこまでもついて行きます!」とか「さすがバディだ」とか「アンタに五億賭ける」とか「忠誠を誓った」とか、劇中で言うんですけど、どう考えても各人そんなに関係が深まる要素が見当たらないので観ていて「え?なんで?」の連続。

 

それはギャンブルゲームの方も然りでして、映画内容の説明文には「死のババ抜き」「航空機制圧バトル」「殺し屋からの脱出ゲーム」「悪魔のルーレット」「デスポーカー」と、5つのゲームをやっていると書いてあるのですが、鑑賞後にこの説明文を読んだ瞬間は「嘘だ!そんなにゲームやってないよ!」ってなりました。

 

しかし、ま、思い直してみるとやってるはやっている・・・ということらしい。

「航空機制圧バトル」「悪魔のルーレット」「デスポーカー」の3つはサラッとほぼダイジェストで流しただけなんですよね。ゲームもルールの説明もさほどなく、だた負けたよ勝ったよの結果がボンヤリ示されて終わり。観ている側としては、こんなの劇中でゲームをしたとはカウント出来ない・・・と、いうか、認めないぞ私は。

 

観ていて”やってた”と明確に分かるのは「殺し屋からの脱出ゲーム」「死のババ抜き」だけですね。

「殺し屋からの脱出ゲーム」はホント、森の中で銃持った人達から逃げるってゲームでして。只のサバイバルゲームだとしか思えなかったですね。「いや、こういうのが観たいんじゃなくってさ・・・」と終始ポカンとしてしまいました。

こっちは心理戦や頭脳戦が観たいのよ。しかもサバイバル中に主人公側が仕掛ける罠もことごとく陳腐でどっかで見たことあるようなものばかりだし。

 

で、最後に「死のババ抜き」なんですけど。これはそれなりにイカサマとか色々あるジャンブル。「や~とゲームらしいゲームし始めた・・・」と思って残り時間見てみたらば、もうラスト40分。観ている側としてはこの映画、最後の40分しかゲームしてないじゃん!なんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

総じて、この映画はギャンブルゲームの見せ方が下手なのではないかと思う。監督の中田秀夫さんはジワジワとした恐怖が迫ってくるジャパニーズホラーで有名な映画監督さんですが、いつもの演出法とギャンブル映画のエンタメが噛み合ってないのかなと。

 

ギャンブルもの作品でワクワクするのって、ゲーム内容の説明や図解とか、登場人物の心の声とか、印象的な台詞回しとか、役者のオーバーリアクションなんですよね。

カイジ』『ライアーゲーム』『賭けグルイ』にみられるような、分かりやすさと極端なほどの過剰演出、そしてギャンブルの”ひりつき”。

 

ダイジェストな脚本もですが、ゲームもの特有の演出が出来ていないのが評価が悪くなってしまった要因でしょうか。

他、もっとも目立ってしまっているのが”ある女性”のミスキャスト感ですね。カジノのオーナってことでドスのきいた声でやっているつもりなのでしょうが、出来てないし似合ってない。カイジ』の天海祐希が恋しくなる・・・。

 

 

ハイブランドコーデでせめて見た目だけでも楽しませて欲しいところですが、カジノのオーナを意識してか関西風(?)の派手派手な格好とヘアメイクでこれまた似合っていない。

これはもうやる前からこの役には合わないだろうことは誰の目にも明らかなので、役者というよりキャスティングした人物が悪いと思う。

 

 

そんな訳で、良かったのはB'zの主題歌だけですね。「リブ」が収録されているアルバム『Highway X』は名盤ですので、是非。

 

 

 

ではではまた~