こんばんは、紫栞です。
今回は、浅倉秋成さんの『六人の嘘つきな大学生』をご紹介。
あらすじ
大人気IT企業「スピラリンクス」の新卒総合職の採用試験で、五千人の中から最終選考に残った六人の大学生。
最終選考の課題は『チームディスカッション』。一ヶ月後までに六人で協力して最高のチームを作り上げ、提示された案件について議論してもらう。内容が良ければ内定は六人全員に出すとの説明だった。
六人の大学生たちは一ヶ月の間に交流を重ね、六人全員で内定をもらおうと切磋琢磨する。
しかし、最終選考日の数日前になって突然、採用枠は「一つ」にすること、当日のグループディスカッションの議題は「六人の中で誰が最も内定に相応しいか」を議論するものに変更すると通達された。
「仲間」から突如「敵」となってしまった状況に戸惑いつつも、六人は内定をかけてディスカッションを開始する。だが告発文入りの封筒が六通発見されたことで、事態は思わぬ方向へと進み――。
就活デスゲーム
『六人の嘘つきな大学生』は2021年に刊行された長編小説。2024年11月に映画公開も決定しております。
漫画化もされています↓
浅倉秋成さんの大ブレイク作品でして、「このミステリーがすごい!2022年版」国内編8位、「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門6位、「ミステリが読みたい!2022年版」国内編8位、「2022年本格ミステリ・ベスト10」国内ランキング4位、と、2022年の話題作ですね。
たった一つの採用枠を巡って六人の大学生が議論するという一見単純な設定なのですが、議論が鍵をかけられた密室空間で行われること、三十分ごとに内定に相応しいと思う人に票を入れる「投票システム」を議論に導入したこと、そこに六人それぞれを告発する封筒が登場することで、内定をかけた会話劇と心理戦が展開される。
さながら、”就活デスゲーム”ってな様相ですね。
登場人物の六人は、語り手の波多野祥吾、頭脳明晰で清純派美人な嶌衣織、俳優のような男前でリーダーシップのある九賀蒼太、鍛えられた身体でムードメイカーの袴田亮、モデルのような美人で社交性バツグンの八代つばさ、眼鏡をしていて見るからに賢そうな秀才の森久保公彦。
仲間意識が芽生えて仲良しになっていた六人が、一つになった内定を競い合うことになってしまって急転直下。
告発文の登場によって皆の欺瞞が露わになり、疑心暗鬼に陥って一触即発の事態となっていく様はそれだけで読み応えがありますが、それだけでなく、今作は様々な伏線が張り巡らされた二転三転するどんでん返しミステリとなっていまして、読者を良い意味で裏切り続ける”飽きさせない”一冊となっております。
以下、ガッツリとネタバレ~
わるい人・いい人
この小説は二部構成になっています。
一部の「Employment examinationー就職試験ー」では上記したように会話劇による”就活デスゲーム”の様子が波多野の視点で描かれるのですが、合間にインタビューが挿入されています。
インタビューしている時期はこの就職試験から八年後。インタビュアーはスピラリンクスの内定を勝ち取った人物。インタビューして回っているのは当時の採用担当者と就職試験に参加した人物たち。
つまり、インタビューといった形で六人それぞれの八年後の現状が描かれるってことで、話が進む中で一人、また一人と「告発文の犯人」が絞られていくって訳ですね。
物語が始まる前に、波多野がもう過去の話ではあるけれど”あの日”の真実が知りたいとの序文があるため、読者は内定を勝ち取ったのは波多野で、波多野が当時の事件を振り返りつつインタビューをして回っているのだと思わされてしまうのですが、一部の終盤で「告発文の犯人」とされたのは波多野で、真犯人を庇って試験を辞退したことが明かされる。
二部の「And thenーそれからー」は、スピラリンクスに入社して八年経過した嶌が、波多野の姉からの電話をきっかけにかつての就職試験事件を調べる様が描かれる。
一部で関係者にインタビューしていたのは波多野ではなく嶌だったのですね。二部で主人公は波多野から嶌へと交代することとなる。
ここまででもかなり予想外な展開ですね。就活デスゲームものだと思ったら前半で終了して、残りの半分は主人公が交代されて真犯人を追う流れになるのですから。
この小説にはかなりの伏線と叙述的仕掛けが施されていますが、もっとも巧みに仕掛けられているのは人物の印象操作です。
一部でのグループディスカッションで展開されるのは、告発文によって暴かれる優秀で善良だと思われていた人物たちの醜聞。
告発の内容は、いじめの加害者だった、交際していた彼女を妊娠・堕胎させて捨てた、ホステスをしている、詐欺に加担していた・・・・・・。(ホステスしているのが醜聞って納得いかないですが。最後まで読んでも何だか職業差別がある感じでモヤモヤした。別にただお金が欲しいからって理由だけでホステスしてたっていいだろ!)
それぞれの知られざる過去が告発され、各人物は晒されたことで攻撃的に。醜い争いとなる。
そしてダメ押しのように、挿入されるインタビューでは八年後の各人物たちがクズでろくでもない人間のまま過しているように描写されている。
読者もすっかりこのクズ描写を信じてしまう訳ですが、終盤で各人物たちのイメージは180度覆される。一見すると酷いと思える描写は実は全部”切り取られた”もので、全体を知ってみるとむしろ善良な行為だったと明らかに。
何事もそうですが、完全な二元論は存在しない。いい人だと思って見ればいい人、悪い人だと思って見れば悪い人。観察者の見方次第でどうとでも印象は変わる。
ほんの一時の就職試験の面接で本当の人間性などわかるはずもない。ましてや就活生たちは体面を繕う練習をしてきているのだし。それは採用する側も承知のことで、承知の上で面接試験は茶番のように行われる。
告発文事件の犯人は、誰よりも優秀で才覚溢れる友人が試験に落ちて、クズで劣っている自分が最終選考に残ったことで就職活動そのものに疑念と憤りを抱く。採用側は全く本質的なことを見抜けていないじゃないかと。
そして、最終選考に残った他のメンバーの過去を探って告発文事件を起した。試験を滅茶苦茶にしたい、採用担当者は他の最終候補生の本質だって見抜けていないはずだと証明したくて。
でも、犯人は犯人で「クズに違いない」という決めつけで過去を調べて自分の考えにマッチする情報を”切り取って”選んで決めつけたにすぎない。結局、批難している採用側と同じことをしてしまっている。
そしてそれは、自分自身に対しても。
超越する
八年前の就職試験は告発文によって散々なものになった。候補者の六名はそこで明かされた各人の事柄と態度を見て悪感情を抱いてそのまま。八年間、「クズなやつらだった」という印象のまま、特に疑うこともなく、或は「そんなこともあったな」と忘れかけてさえいる。
八年前に一時関わっただけの人達ですからね。試験に落ちた者としては「良くない想い出」で片付けて終わりなのが自然なのだと思います。
波多野は事件での一番の被害者。無実なのに告発文の犯人だとされ、非がないのに試験を辞退することとなり、その後もメンバーにずっと犯人だと思われていたのですからね。不名誉な話です。
しかしまあ、波多野自身はその不名誉を承知の上で犯人を庇って辞退した訳で。”どうでもいい過去の話”としてそのままにしておくのが自然なことではあるのでしょう。
ですが、波多野はもう一度「事件」に真摯に向き合うべく調査をした。それは、波多野が一時ではあるが共に過した仲間を信じたからです。
告発文によって醜い争いを繰り広げた彼ら。普通なら暴かれた悪事を「真実」として受け入れてしまうところを、波多野は彼らが悪人だとは思えないと、告発文のさらに裏側を調査することにした。自分を陥れた犯人も含め、”優秀で素晴らしい人間”だと信じたのですね。
結局は先入観で物事を捉えているだけじゃないかと言われればそれまでですが、波多野は信じることで”超越した”人物。
そんな風にいうととてつもない聖人君子のようですが、最後の封筒の中身で明かされたように、彼にも腹黒な一面があった。その上でこのような調査をしたからからこそ、より”超越”しているといえる。
好きな人
嶌が波多野の姉に「好きだった」と言ったのは恋愛対象としては嘘なのでしょうが、波多野の黒い一面と、それでも結局は封筒を送らなかったことを知って、人間としての愛しさが込み上げたからではないかと思います。
最後の場面で面接した学生に二重丸をつけたのも波多野を想ってなんでしょう。
波多野は嶌に好意を抱いていた訳ですが、最終選考で行われた投票について、
「あんなのほとんど好きな人投票みたいなものじゃないですか。好きだから票を入れちゃうんですよ。『あなたは優秀だと思う』と『あなたが好きです』の境界って結構曖昧ですよ」
を聞いて、嶌が”するどい考察だ”と感心していることから、嶌は票を入れ続けていた九賀のことが好きだったのかと推察出来る。やっぱイケメンがいいんですかね・・・。
そうだとすると、あの九賀との対峙場面は精神的にかなりキツいものだったのかなと。
また、この投票に関しての考察が当たっているのだとすると、波多野に入れ続けていた九賀は、宣戦布告しつつも波多野のことは人として好きでい続けていたのかも知れない。あんな仕打ちしたし、八年経ってもあんな風には言っていましたが。
就職活動がテーマとなっている物語ではありますが、切り取られた一面だけを見て善し悪しを決めてしまうというのは世間一般にいえることだと思います。簡単に決めつけずに、諦めずに、物事や人を見ていく大切さを改めて気づかせてくれる物語となっていますので、気になった方は是非。
ではではまた~