夜ふかし閑談

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『罪の声』ネタバレ・感想「グリコ・森永事件」をモチーフにした”まるで真実”な小説!

こんばんは、紫栞です。
今回は塩田武士さんの長編小説『罪の声』をご紹介。

罪の声 (講談社文庫)


2020年公開の映画『罪の声』と、現在【イブニング】にて連載されている漫画『罪の声 昭和最大の未解決事件』の原作小説ですね。

 

あらすじ
2015年夏。京都で紳士服のテーラーを営む曽根俊也は、自宅で母から頼まれた探し物をしている最中に、亡き父のものらしき黒革のノートと古いカセットテープを発見する。ぎっしりと英字が書かれたノートには“ギンガ”“萬堂”という日本語表記が紛れていた。
そして、再生したカセットテープには、三十一年前に日本を震撼させた未解決事件「ギン萬事件」に使われた、男児が読み上げる脅迫音声が。その声は幼い頃の自分の声とまったく同じものだった。

一方、大日新聞大阪本社の文化部記者である阿久津英士は、年末掲載予定の昭和・平成の未解決事件の特集で「ギン萬事件」をやることになった社会部の取材班に、応援要員として加わることに。強引に借り出され、最初のうちはこの仕事に気乗りがしなかった阿久津だったが、取材をするうちに「ギン萬事件」の謎に取り憑かれ、没頭していく。

罪に怯えながらも叔父とともに父の交友関係を探っていく曽根と、記者として事件を追う阿久津。やがて、二人は互いの存在を知るが――。

 

 

 

 

 

 

 

 

グリコ・森永事件
『罪の声』は第7回山田風太郎賞を受賞し、さらに、週刊文春ミステリーベスト10」第1位、第14回本屋大賞第3位にも選ばれた話題作。本屋さんで平積みにされているのを見かけたことがある人も多いことと思います。
このカバー装画がなんとも印象的で記憶に残りますよね。

 

罪の声 (講談社文庫)

罪の声 (講談社文庫)

 

 この絵は2005年シェル美術賞入選作品である中村弥さんの「幼い記憶」という作品で、単行本、文庫本ともにこの絵が装画として使われています。

装画のために描かれたものではないので、この絵が小説の内容をモロに表しているということではないのですが、小説内容と上手く合致し、それでいて「これはどんな本だろう?」と興味を惹く得体の知れなさがあって、良いなぁと。選んだ人のセンスが光りますね。

 

 

今作は昭和59年から昭和60年までの間におこなわれた一連の企業脅迫事件「グリコ・森永事件」をモチーフにしたサスペンス小説。


「グリコ・森永事件」は「三億円事件」と並んで昭和最大の未解決事件として有名ですが、結構複雑な事件なので、「三億円事件」ほど詳細を密に知っている人は少ないかなと思います。現に私がそうだったんですけど(^_^;)。青酸入りの菓子をばら撒いたのと、“キツネ目の男”の似顔絵が不気味だなぁというぐらいですかね。

 

作者の塩田さんは兵庫県出身で元神戸新聞社の記者という経歴の持ち主。「グリコ・森永事件」は阪神を舞台に展開された事件なので、関西出身である塩田さんにとっては幼少から記憶に刻まれているものだったのではないかと。

大学時代から「グリコ・森永事件」をモチーフにした小説を書きたいという想いがあったようですが、筆力が高まるまで書かずに熟考していたとのこと。2010年に作家デビューしてから、2012年に神戸新聞社を退社、2016年に満を持して書かれた小説です。

そんな訳で、作者の気合いと熱意が十分に感じられる作品となっています。

作品はフィクションであり、企業名や名称などは変更されていますが、作中で描かれている「ギン萬事件」は史実の「グリコ・森永事件」をほぼそのままに、脅迫文・脅迫電話の内容、事件の発生日時、場所まで忠実に再現するのに努めたとのこと。
作者の徹底した取材により、非常にリアリティのある作品となっていて、まるでルポルタージュを読んでいるような感覚に陥ります。元新聞記者さんとあって、新聞社での描写や記者が事件を追う過程も抜群ですね。

 

 

 


映画・漫画
映画は監督が土井裕秦さんで、キャストはテーラーを営む曽根俊也星野源さんが、新聞記者の阿久津英士小栗旬さんが演じることが発表されているのみで他キャストはまだ不明です。
公開も2020年となっているだけで、何月何日なのかも不明ですね。今年の映画界は色々と先の見えない事態に直面しているので、2020年より公開が後になることもあり得るかもしれません。せっかく制作される映画ですから、安心して劇場で楽しめる状態で公開して欲しいものですが・・・。

 


須本壮一さんによる漫画『罪の声 昭和最大の未解決事件』は現在【イブニング】にて連載中で、コミックスは3巻まで刊行されています。

 須本壮一さんは今までに拉致問題を扱った『めぐみ』や、百田尚樹さんの小説『永遠の0』『海賊とよばれた男などの小説のコミカライズを多数手掛けている作家さんのようですね。

 

 

 

 

 

 

以下、ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


犯人
「グリコ・森永事件」(作中では「ギン萬事件」)は企業社長の誘拐から始まり、大手食品会社が次々と脅迫され、実際に毒入りの食品がばら撒かれたりした事件。

菓子製品がビニール包装されるようになったのはこの事件が切っ掛けで、「流通食品への毒物の混入等の防止等に関する特別措置法」通称「グリコ・森永法」が制定されるなど、社会に与えた影響も大きなものでした。


犯人グループは「かい人21面相」(作中では「くら魔天狗」)と名乗って企業への脅迫状とは別に、警察を挑発するような関西弁の挑戦状をマスコミや新聞社宛に送りつけ、現金受け渡しの際には犯人と警察での息詰まる攻防があったりと、サスペンス映画顔負けの劇場型犯罪だったこと、犯人グループが「終息宣言」をした後は一切の活動をやめて闇に消え、誰も逮捕されないままに未解決のまま終わってしまったのが、30年以上経った現在でも語り継がれる理由だと思います。

 

何回も企業に大金を渡すように脅迫した犯人たちでしたが、指定した場所に現われずにすっぽかしてばかりで、結局公には一度も現金を受け取ることがなかったとされています(企業側が警察に黙って裏で取引していたのではとも言われていますが)。


「これだけ世間を騒がしてるくせに何のつもりなのか」といった感じですが、『罪の声』では犯人グループの真の目的は企業を脅迫することで株価を操り、現金を得ることだったというものになっています。

犯人グループは9名で、それぞれに能力を活かしての構成でしたが、グループ内で意見の対立がおき、二つの派閥に別れてしまった。一枚岩ではなくなってしまったがために、後半は妙な犯行になってしまったと。

 

この計画の立案者が曽根俊也の伯父・達雄だったという真相に、俊也も阿久津もそれぞれに到達。達雄に会いにイギリスへと向かった阿久津は、そこで本人から犯行の詳細を聞きますが、昭和最大の未解決事件の内情はとても滑稽で陳腐なものでした。阿久津はやりきれない気持ちになります。

この小説で描かれる真相はフィクションであるものの、実際の犯人グループが起した行動のチグハグさと、作中の犯人グループ間での内輪揉めはよく合致していて、実際の「グリコ・森永事件」も犯人たちは本当にこのような事態に陥っていたのではないかと読んでいると思わせてくれます。
犯人たち、それぞれの行動が作り物感のない生々しいものだといいますか・・・。このリアリティは相当の綿密な取材と資料との照らし合わせがなければうまれないものでしょうね。脱帽です。


「キツネ目の男」に関しては「どんな男かよく知らない」と、謎が残るのもまた不気味さが残って良いですねぇ。

 

 

 


子供を巻き込んだ事件
「グリコ・森永事件」では被害企業との接触に三人の子供の声が入った録音テープが使用されていました。作者の塩田さんは「子供を巻き込んだ事件なんだ」という強い想いから今作を執筆されたとのことです。

 

今作は七章から成る物語りですが、六章の段階で犯人たちメンバーの特定、犯行目的や当時犯人グループの間で何が起こっていたかなど、事件の真相究明は殆どが済んでしまいます。「まだ最後の七章が残っているけど大丈夫?」と、読者として余計な心配をしてしまうのですが、それはもちろん杞憂に終わる。

 

この小説は、父・伯父の交友関係を辿ることで事件を追っていく曽根俊也と、記者として僅かな手掛かりから事件を追う阿久津英士の語りが交互になって展開されていきます。事件を追う中で自分の他に事件を追っている者の存在に気が付き、六章の序盤で阿久津が曽根のテーラーを訪れて二人は初めて対峙し、阿久津は俊也に「あなたの伯父さんに会ってきます」といってイギリスに向かい、曽根達雄から事件の真相を聞くことに成功する。

七章では阿久津が俊也に「一緒に人捜しをしませんか?」と、話を持ち掛けます。捜すのは犯行に使われたテープの声の主。俊也とは別に事件に巻き込まれた子供。
この二人の子供は、曽根達雄を計画に誘った犯人グループのそもそものリーダーで、元警察官・生島秀樹の子供、姉のと弟の聡一郎でした。

俊也はあまりに幼い頃のことで、自分の声が録音されて犯行に使われたことはまったく覚えておらず、自分が事件に関わったなどとは知らずに今までの人生を歩んできましたが、生島家の二人の子供はその時、中学生と小学生。父が事件の犯人であることも、自分たちが何をさせられたのかも分かっていました。

犯人グループの諍いで父である秀樹と姉の望は殺害されてしまい、残された母・千代子と聡一郎もこの事件に翻弄され続ける辛い人生を強いられました。

 

犯行の殆どが明かされた後に、俊也と阿久津は二人で聡一郎を捜す。その過程で事件が生んだ悲劇、もう一人の“子供の声の主”の人生を追う。


この七章こそ作者が今作で書きたかったことなのでしょう。いわば、六章までは前振り。しかし、七章で描かれる聡一郎の人生が読者の胸に痛切に響いてくるのは、六章までの圧倒的な取材によって現実と創作が曖昧になるほどのリアリティがあるからこそ。
読んでいて「いつになったら俊也と阿久津は出会うのだろう」と読みながら思っていたのですが、最終章で二人に聡一郎を追わせるとは・・・。「なるほど、そうきたか」とまたも脱帽ですね。

 

 

母親
七章の最後には意外な事実が明かされます。俊也が発見した黒革のノートとカセットテープは母・真由美が隠し持っていたもので、俊也の声を録音したのは伯父ではなく母だったのです。母も「ギン萬事件」に加担した一人だったのですね。
何というか、気を抜いていたところでの母の告白だったので驚きました(^_^;)。確かに、母に言われて実家で探し物をしていたらノートとテープを見つけたんだった、そうだった。
自分の寿命が短いことを悟って、息子が見つけるように誘導したと・・・。

学生運動でのことなどがあって「警察へ一矢報いたかった」『奮い立った』ってことですが、自分の子供の声を犯行に使うなんてぞっとしますよね。

 

事件が、自分の子ども同様、他の子どもたち、延いては社会全体をも巻き込んだことに、二十八歳の母はどれだけの想像力を持って対峙していたのだろうか。

 

軽はずみな行為によって、多数の人々の人生を狂わせることになる。犯罪とはやはり許されるものではないのだと知らしめる物語りですね。


エピローグで俊也と阿久津の二人は、聡一郎と生き別れになっていた母・千代子とを再会させることに成功。「ギン萬事件」があったことで出会った二人は、再び違う道を歩んでいきます。
やっと終わったという充足感と、少しの寂しさが残る結末。読みごたえ満載の1冊でした。


映画、漫画で気になった方、「グリコ・森永事件」に興味がある方は是非。

 

罪の声 (講談社文庫)

罪の声 (講談社文庫)

 

 

 

 


ではではまた~

 

 

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