夜ふかし閑談

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『いぬやしき』映画 ネタバレ・感想 ラストシーンについての考察

こんばんは、紫栞です。

今回は映画のいぬやしきについて感想を少し。

いぬやしき

 

こちらは奥浩哉さんの漫画作品が原作の映画。

 

 

ある日いきなり機械の身体になってしまった初老の男性と高校生男子が対決する物語で、(見た目が)さえないおじいさんの方がヒーローで、イケメン高校生の方が悪役という珍しい設定が漫画連載当初話題になっていたなぁと記憶していますが、私は漫画の方はチラホラひろい読みした事はあるもののほぼ未読。CGアクションが前面に押し出されている作品もさほど好んで観ないのですが、機会があって、2018年公開の映画ながら今更鑑賞した次第。

なので、私がこれから書くのはあくまで『いぬやしき』の映画にみについての感想となります。

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

序盤、犬屋敷(木梨憲武)が家族や会社に冷たく当たられる場面が延々続いて世代じゃなくとも割と気が滅入る。特に娘の麻里(三吉彩花)が何か強い怨みでもあるのかというレベルでいちいち怒り顔で接してくるのが理不尽。

同級生にも「厳しすぎない?」と言われているあたり、ありふれた思春期の男親への嫌悪感を越えた態度だと思うのですが、何でここまで嫌っているのかは描かれないのでモヤモヤする。

あと、家族に買った家を「小さい」とバカにされていますが、あの家十分デカイと思う。

 

ダメ押しのように病院で余命宣告までされた後、公園で途方に暮れていたらいきなりピッカーン!ドッカーン!で、身体が兵器に全振りした機械になる訳ですが、何故、誰が“そんな事をしたのか”は最後まで観ても解らずじまい。

画面見ているだけで撃たれるとか、水が動力源とかも普通に考えると大いに疑問で、十代の頃の私ならこういった謎は気になってしょうがなかったろう部分ですが、今はいい加減大人ですから、この映画はそういった謎の解明はあえて省いているのだとわかる。描きたいテーマは別にあるのだと。

 

とはいえ、劇中で「おそらく高度な知的生命体」ですましてしまっているのは「いや、そんな安直な・・・モルダーじゃあるまいし」と、思いましたけど(^_^;)。

 

ヒーローは犬屋敷さんの方であるものの、観ているとやっぱり獅子神(佐藤健)サイドの方が気になる。

当時、獅子神を演じた佐藤健さんは二十代後半でしたので、最初に制服姿で出て来たときは「無理がある!!」ってなったんですけど、ま、役者の実年齢を知っているからそうなるのであって、知らなきゃ意外と大丈夫なのか・・・も・・・?ま、他の同級生役の方々も皆20代だったし。

獅子神は難役なので、未熟な役者さんじゃ駄目だった・・・というか、盛大に事故ることになったでしょうから、良いんじゃないかと。悪役っぷりもやはり格好良かったですし。

他の役者さんも含めこの配役で良かったと思います。木梨さんも芸人のイメージが強くてコントに見えるなんて意見もありましたが、私は気にならなかったですね。伊勢谷友介さんや生瀬勝久さんがすごいチョイ役で出演していてビックリしました。

 

 

犬屋敷と獅子神を繋ぐ役割をしている友達の安堂(本郷奏多)がすごいマトモでなにやら安心する。虐められて引き籠もっていたのによく擦れずに真っ当さを保てるもんだ。バンバン人が死んで悪意ばっか見せつけられる物語なので、こういう子いると無性に安心する。人としての当たり前の感情を思い出させてくれるというか。

 

一家惨殺をした事が発端となり、獅子神は追い詰められて最悪の殺人鬼に成り果ててしまう訳ですが、その肝心の一家惨殺をした理由がわからない。浮気して別の女と家庭を持っている父親を殺すのを思いとどまったのは母親(斉藤由貴)の想いを受けてのことだとは察することができるのですが、その後になんでまったく関係ない一家を殺しちゃうのか。

 

獅子神に告白してきて匿ってくれるクラスメイトの女子・渡辺(二階堂ふみ)の存在も唐突すぎて無理やりとってつけたように感じてしまう。

 

観ながら、多分原作の漫画では獅子神の感情描写はもっと丁寧で、渡辺も大変に重要な人物なのだろうなぁ~と。

こう感じさせてしまうのは映画として問題があるのでしょうが、原作漫画は全10巻あるとのことなので、説明不足になってしまうのは致し方ないことでしょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

ラストシーンについて

と、思い返してみると気になるところは多々あるのですが、ラストシーンがすべてを払拭してくれるぐらい良くて個人的に満足しました。

単純なもんで、映像もので最後が良い、或は気に入ると作品全体が良かったような気分になる。終わりよければ何とやらってヤツですね。今回この記事を書こうと思ったのもこのラストシーンがあったためです。

 

本編は犬屋敷さんが娘の麻里に優しげな眼差しで見られながらお味噌汁を飲んでいるところで「いぬやしき」と映画のタイトルがバーンと画面に出てエンディングが流れるのですが(ところで犬屋敷さん、仕事は大丈夫なのか?サボりまくってたけど)、このエンディング、途中で止まって犬屋敷家とは別の場面が流れる。

 

なんでエンディング途中にシーンが差し込まれているのかなぁと最初疑問でしたが(せっかちな人はエンディング流れてすぐに退室したり、ディスク停止させちゃったりしますからねぇ・・・)、犬屋敷さんを主人公とする『いぬやしき』の物語はあそこで終了だからなのかなと。このラストシーンには犬屋敷さんは関係ないですからね。

 

で、その本当のラストシーンはというと、右腕(おそらく右脇腹も)失った状態の獅子神が、序盤でのシーンのように漫画雑誌を持って安堂の部屋を訪ねてくるといったもの。

 

「こわいか?」と聞く獅子神に、「こわいけどうれしい」と雑誌を受けとり、「生きてたんだね」という言葉の後に“良かった”とは続けないところが安堂の感情がせめぎ合っているのだと窺える。そんな姿に獅子神は「お前はかわらないな」と言ったんでしょう。

だからこそ、「友達だもん」と言う安堂の言葉も本心からのものだと獅子神は受け止められたのだろうなぁと。

安堂が目を離した隙に獅子神は消えてしまい、開け放たれたベランダの窓を切なそうな何とも言えない表情で見る安堂の姿でこの映画は終わっています。

 

 

獅子神が生きているラストなので続編があるのではないかとも噂されていたらしいのですが、私はこのラストだからこそ続編はないだろうという気がする。もう獅子神はあんな殺戮行為をしないだろうと確信が持てるラストになっていると思うので。

 

お二方の演技が良いのも相まって感動的なラストになっているのですが、このラスト、原作漫画とは全然違うものらしい。

漫画でも同じように殺戮を繰り返した後の獅子神が安堂の部屋を訪れる場面があるけれど、友達に会いに来ただけの獅子神に対し、安堂は酷い事を言って突き放してしまい(獅子神はそれだけの事してるので当然なのですが)、後になって獅子神がとった行動を知って後悔することになるのだとか。

 

映画のあのラストシーンは安堂の幻覚だったのでは?なんて説もあるらしいです。獅子神が部屋を立ち去る時に音がしないのはおかしいとかで。

漫画雑誌を受けとっていたし、幻覚ではないんじゃないかとは思うのですが、映画は原作漫画のifストーリーというか、一種のマルチエンディング的なものとして描いているのかもしれない。あの時こうしていたら・・・みたいな。

 

いぬやしき』は映画公開前の2017年にアニメ化されていて(アニメは概ね原作通りのストーリー)、

 

#3 安堂直行

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安堂直行のみアニメ版も実写映画版も同じ本郷奏多さんが演じているのですが、安堂くんだけ同じ俳優を起用しているのはそのためなのかもしれない・・・と、いうのは考えすぎか。

 

 

この映画が気になった方は是非、エンディング流れた後も少しお待ちいただいて、本当のラストシーンまで観てほしいと思います。

 

 

ではではまた~