夜ふかし閑談

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秘密-トップ・シークレット4巻 ”目隠し”も必見「私鉄沿線連続殺人」と「特別編」

こんばんは、紫栞です。
今回は清水玲子さんの『秘密-トップ・シークレット』4巻収録の「私鉄沿線連続殺人事件」と同時に収録されている短編の「特別編」を一緒にご紹介。

新装版 秘密 THE TOP SECRET 4 (花とゆめCOMICS)

 

まず「私鉄沿線連続殺人事件」から

 

あらすじ
2061年11月22日。田無発新宿行7時45分の通勤電車内にて、薬剤師の里中恭子が何者かに刺殺される事件が発生。容疑者は朝のラッシュに紛れ逃亡。乗車率140%の電車内での事件にもかかわらず、一週間経っても未だに事件の目撃者が一切名乗り出ない状態で捜査は難航していた。
そんな中、私鉄沿線沿いで連続殺人事件が発生。被害者たちは性別・年齢等すべてがバラバラであったが、通勤通学で同じ私鉄「田無発新宿行7時45分」を普段から利用していたことが判明。薬剤師刺殺事件との関連があるとみて第九のMRI捜査で調べたところ、被害者達はいずれも薬剤師刺殺事件のあった車両に乗り合わせていたことが確認された。
犯人は何故里中恭子が殺された車両に乗り合わせた人達を次々と殺していくのか?何故犯人はこの大都市でたった数分間同じ車両に居合わせただけの人物を探し出すことが出来たのか――?
12月1日、大久保のカプセルホテルで里中恭子を突き飛ばしたと思しき男が変わり果てた姿の変死体として発見されるが、男の死因はウィルス感染によるものだった。

 

 

 

 

 

 

ちょっとした転換点
この4巻収録の「私鉄沿線連続殺人事件」はウィルス感染ものです。クライムサスペンスのシリーズなら1回は必ずと言っていいほど出て来る生物兵器。この『秘密-トップ・シークレット』もご多分に漏れず、4巻目でやっているという次第です。
シリーズの1巻から3巻までは主に猟奇性が高い殺人ものを扱っていて、このシリーズ自体がそういった事件のみ扱うものなのかと思わせていたところにウィルス感染ものなので、1巻から順番に読んできた読者は少し驚きや意外性があるんじゃないかと思います。
この巻からシリーズで扱う事件の範囲や種類が広がっていくので、自由度が増したというか、近未来警察ミステリという特性を活かしたシリーズ展開になっていくので、見ようによってはシリーズの転換期とも感じることが出来る巻ですね。

 


三好先生
今作から監察医の三好雪子が登場。三好先生は亡くなった鈴木の婚約者で薪さんとも旧知の仲の人物。

三好先生はこの巻以降、青木とワチャワチャして薪さんとあーだこうだなったりザワザワしたり(^_^;)しますので、三好先生が登場するという点でもシリーズの転換期だという気がします。3巻までは事件捜査以外の部分はあまり描かれていなかったのですが、この巻以降、恋愛要素なども出て来て人間関係が複雑化していきます。
三好先生は今作では遺体の解剖中にウィルスに感染してしまい、命の危機に陥りますよ。

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

傍観者効果
この事件の犯人は電車内でウィルスを散布、その後感染者に現われる感染の初期段階の症状である爪の斑点を見て、里中恭子の刺殺事件の車両に乗り合わせていた人々を判断。放っておいてもいずれ感染死するはずの被害者達を、何故かわざわざ刺殺してまわります。
電車内で毒物を撒くというのは1995年の地下鉄サリン事件を連想させられるのでテロの印象が強くなりますし、実際に当初は犯人も生物テロを企てて電車に乗り込んでいたという設定ではありますが、今作で主軸として描かれているのはテロではなく、1964年の「キティ・ジェノヴィーズ事件」などで知られる集団心理の一つ、“傍観者効果”です。

「キティ・ジェノヴィーズ事件」はニューヨークで起こった殺人事件。被害女性が自宅マンションの前で暴漢に襲われた際、悲鳴で多くの近隣住民が事件に気がつき、目撃していたにも関わらず、誰も通報をせず助けにも入らずに結果的に女性は死亡してしまったという痛ましい事件。傍観者が多数いる場合、自身が積極的に行動することを避けてしまう集団心理が事件の根本にあります。


今作での発端の事件、「電車内刺殺事件」の被害者・里中恭子は足の悪い老婆を座らせてあげたいと、混んでいる電車の座席に荷物を置いていた男に注意し、罵声を浴びせられた末に刺殺されてしまいます。その間、電車内にいた沢山の人々は状況を認識しつつも見て見ぬフリをし、誰も助けることをしなかった。被害者が刺されて倒れた後も、その様子を横目で見ながらわれ先にホームへと逃げていった。

 

危なそうな奴 話の通じなさそうな奴には近付かない事 見なかった事 気が付かなかった事にする――
どうせ自分には関係がないんだから
バカ相手にいちいち注意したり人助けしていたら命がいくつあっても足りやしない

 

そして、その後も目撃者として誰ひとり名乗り出ることもない。名乗り出られない理由は、その場に居ながら見て見ぬフリをし、結果的に被害者が死亡した事実からくる罪悪感、反省、負い目、殺人に荷担した意識が目撃者達に共通してある為。怖くって、恐ろしくって警察に出て来られないんですね。

 

 

 

 


犯行の謎
電車内でウィルスをばらまき、その後、車内に居合わせた乗客達を次々と殺害した犯人・張真(ジャンジェン)は里中恭子の勤めていた薬局に定期的に通っており、特別言葉を交わすことなどはなかったものの密かに思いを寄せていた。ウィルスを散布する目的で乗車したものの、車内に里中恭子の姿を発見して実行を取りやめが、目の前で里中恭子はあのようなことに。彼女を見捨てた乗客達の姿に張は絶望し、憎しみを抱きます。


犯人の張真は優秀なものの、日本での人間関係に馴染めずに疎外感を感じる日々の中で鬱屈した思いが募り、ウィルスを作ってテロを起そうとするといった、最初は愉快犯的側面が強いのですが、電車内での里中恭子の刺殺事件を目撃し、里中恭子の最後を看取った後は目的が一変、同じ車両に乗り合わせていた人間をウィルス感染しているかどうかで判断して殺してまわります。


放っておけばいずれ病状が悪化して死亡するだろう感染者をわざわざ探し出し、危険を冒して殺していたのは何のための行為なのか、すぐには合点がいかないですよね。
憎しみが強まって、より直接的に殺害してやりたくなったのかなとは思うのですが。張が感染者達を感染の初期段階で殺害したために皮肉なことに張が殺した被害者の周りには二次感染者が出ていないので、ウィルスによる被害拡大を嫌ったのではないかとも作中では書かれています。
当初の愉快犯的思想は完全になくなっている状態ですね。里中恭子の死をきっかけに良くも悪くも劇的に変化しています。

テロを企てていたくせに、見て見ぬフリをした乗客達に腹を立てるというのは何とも勝手な話ですが、読んでいると張真の気持ちも痛切に伝わってきます。青木に組み伏せられながら「もしあの時、あんたがいたら――」と思う場面がやるせない。

しかし、見て見ぬフリをした乗客達を簡単に非難することもまた出来ない。確かに酷いですが、読者としては「もし自分が同じ状況に置かれたら、作中の乗客達と同じように見て見ぬフリをするかもしれない」と、空恐ろしい思いもします。誰だって面倒ごとは避けたいと考えるものですからね。
終盤に登場するお婆さんも腹立たしくはあるんですけど、すごくリアリティがあるなぁと。薪さんの説得の仕方が怖くって(^^;)面白かったですね。
もうこの漫画シリーズ自体がですね、読者を単純な傍観者的心境にさせてくれない漫画だなと痛感する次第です。

 

 


特別編
4巻の巻末には「特別編」の短編が収録されています。内容は仕事がら不眠症気味になっている薪さんが仮眠中に「秘密」を喋ってしまうのではないかと恐怖するお話。泉鏡花「外科室」みたいな心境で、作中でも「外科室」について言及されています。

 

 

 

―泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。

―泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。

 

 

このお話は薪さんの内面がかなり突っ込んで描写されていてですね、性的な事柄にも触れられていて衝撃度が高いです。コレに出て来る“目隠し”がシリーズ内ではちょっとした有名ワードでして、ネットの検索候補でチラホラ挙がっていたりします。
短編で“特別編”ですが、本編よりよっぽど衝撃度も注目度も高いです。今後の動向にだいぶ関わってくる内容ですし、実は読者に衝撃を与えるだけでなく“ある事件”の重要な伏線も張られているので、絶対に必見で「読まなきゃダメなヤツ」です。短編だからといって読み飛ばしたりしないようにお気を付け下さい!


そんな訳で、『秘密-トップ・シークレット』4巻、シリーズが結構大きく変化する巻で重要だと思いますので、是非是非。

 

 


ではではまた~

 

 

 

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