こんばんは、紫栞です。
今回は乙一さんの『シライサン』をご紹介。
あらすじ
大学生の山村瑞紀は親友・加藤香奈の変死を目の前で目撃する。喫茶店で会話をしていた最中に突如なにかに怯えだし、両目の眼球を破裂させるという凄絶な死に様だった。しかし調査の結果、親友の死は唯の心不全で事件性はないものとして処理されてしまう。納得がいかぬ瑞紀の前に鈴木春男という青年が現われる。春男の弟・鈴木和人も香奈と同じように眼球を破裂させて死亡したという。
死んだ二人のSNSをたどったところ、加藤香奈と鈴木和人がバイト先の同僚であったことと、亡くなる数日前に温泉旅行に行っていたことが判明した。旅行はバイト仲間三人でのものだったらしく、瑞紀と春男の二人は旅行の残されたメンバーである富田詠子の元を訪れる。
詠子の話によると、旅行先の旅館のロビーで三人は酒造屋の男からある“怪談話”を聞かされたらしい。異様に目の大きな女が、自分を知っている者を追いかけて殺すという内容の怪談だった。瑞紀と春男にその怪談話をしつつも、女の名前は頑なに言わなかった詠子だが、ある状況下でその名を口に出してしまう。
「お二人は・・・・・・呪われました・・・・・・」
その日から瑞紀と春男の周囲で怪異が起き始める。二人は現状を打破するために三人が怪談話を聞いた湊玄温泉へと向かう。しかし、その地でも既に怪異が起きており――・・・。
ガチホラー
今作は乙一さんの四年ぶりの新作でしかも長編。ま、乙一名義で出していなかっただけで、山白朝子や田中永一名義では出していたようですが。
いずれにせよ量産型の作家さんではないので新作は貴重というもの。本屋で発見して慌てて購入しました。2019年11月には発売されていたみたいですね。またも不覚・・・(^^;)。
今作は2020年1月10日公開予定の乙一さん自身(映画は本名の安達寛高名義になっています)が監督・脚本を手掛ける『シライサン』の原作小説となっています。
ホラーにも色々ありますが、今作は「シライサンという女にまつわる怪談話を聞くと数日後に呪い殺される」という感染系ホラーで、怪異の姿は長い黒髪の女、呪いを仕掛けたのは異能の力を持つ美女・・・と、鈴木光司さんの『リング』を思わせるようなガチガチのド定番Jホラー仕様のお話。もう、凄く怖いです。感染系ホラーには「見たら死ぬ」「音を聞いたら死ぬ」と様々ですが、今作は「知ったら死ぬ」。圧倒的理不尽と、恐ろしい容姿で追ってくる女の様子、凄絶な死に方といい、どれをとっても恐いです。文章の段階でこれですから、映画で映像がつけばさぞ恐かろうと思われます。都市伝説要素があるのも読み手の心をくすぐりますね。
しかし、定番のホラーだと素直に怖がっていたら、最後に驚きの真相が待っているという、乙一らしい仕掛けのある作品にもなっています。
登場人物たち
映画のキャストは
瑞紀-飯豊まりえ
春男-稲葉友
間宮幸太-忍成修吾
間宮冬美-谷村美月
加藤香奈-江野沢愛美
渡辺秀明-染谷将太
小説では瑞紀と春男が主軸となりつつも、ジャーナリストの間宮幸太、その妻で脚本家の冬美、死んだ二人と一緒に怪談話を聞いた富田詠子、旅館のロビーで偶々怪談話を聞いてしまった旅館従業員の森川俊之、幼少期の渡辺に怪談話を聞かせた民俗学者の溝呂木などなど、視点を変え、場所を変え、時間軸を変えてお話は展開されていきます。
以下がっつりとネタバレ~
話が展開していくなかで、“シライサン怪談”のある程度の条件などが明らかになります。
●シライサン怪談を知った者の前に怪談の内容通りの女が現われる。そいつの姿は呪われた者にしか見えず、その女に身体を触れられると眼球を破裂させて死亡する。
●女は目をそらす度に近づいてくる。見続けている限りは近づいてこない(だるまさんが転んだ的ですね)。
●女は三日おきに呪われた者の元を一人ずつ訪れる。
●女は目をそらさせようと呪われた者にとって身近にいた死者を差し向けてくる。(瑞紀には香奈の霊、春男には和人の霊、間宮幸太には交通事故で死んでしまった娘の霊・・・といったぐあいですね)
といったもの。
物語りの中で【シライサン怪談】がどの様に広まっていったのかというと・・・
民俗学者の溝呂木は湊玄温泉の北の山地にかつてあった村「目隠村」のことを調べるなかで石森ミブという、昔の事故が原因で人名を覚えることが出来なくなった「目隠村」出身で現在老人ホームに入居している老女から、流行病で村が消滅する直前に石森ミブが“蔵の女”に言われて村に広めた怪談話が書かれた文章を手にした。溝呂木は書かれていたシライサン怪談を当時九歳の近所の少年・渡辺に聞かせる。
→それから約20年後、渡辺が昔の荷物を整理している際にノートを発見。そこには幼少期に渡辺が溝呂木から聞いたシライサン怪談が覚え書きとして記されていた。渡辺は旅館のロビーで怪談話に興じていた香奈・和人・詠子の三人にシライサン怪談を聞かせる。この時、旅館従業員だった森川も三人と同時にシライサン怪談を耳にしてしまう。
→訪ねてきた瑞紀と春男に、詠子が渡辺から聞いた怪談を聞かせる。(詠子は話す際二人に呪いが降りかかるのを回避しようと“シライサン”の名前を伏せていたが、トラブルから名前を口にしてしまう)
また、連続不審死を追って湊玄温泉に訪れたジャーナリストの間宮幸太は森川から「不審死の原因は渡辺が話した怪談のせいだ」と告げられるが、信じようとしない幸太に森川はついシライサン怪談を聞かせてしまう。
→呪いに対しまだ否定的だった幸太は電話口で妻の冬美にシライサン怪談を聞かせる。
→電話を受けた翌日、冬美は仕事仲間とドラマの脚本打ち合わせの際にシライサン怪談を披露してしまう。
→打ち合わせに居合わせたメンバー数人から話しは広まり、ついにはネットの掲示板に書かれて日本各地にシライサン怪談が知られてしまう。
→大惨事。
と、いう訳で、結果的に最悪の形でシライサン怪談が広まってしまうのです。
ネットの掲示板でシライサン怪談を知ってしまった人々が、眼球を破裂させて死亡するという現象が日本各地で多発し、テレビなどにも取り上げられて“シライサン”の名は都市伝説として皆の知るところとなる事態にまで陥ります。
名前を知っても怪談の内容を正確に知らなければ呪われないらしく、難を逃れた瑞紀・春男・冬美の“偽シライサン怪談”を広めたり、鎮静化させる情報を流布させるなどの工作のおかげで呪われた者の人数が爆発的に膨れ上がるという状態は回避されたものの、今なおシライサン怪談の原型をネットで発見してしまった人が数日おきに一人ずつ死んでいるという状態です。
真相
この物語りの元凶は目隠村の祈祷師一族の娘で、太平洋戦争の時に国に命令された調伏(敵国への呪い)に失敗し、村人に「おかしくなった」と言われて閉じ込められていた“蔵の女”です。
この“蔵の女”が【シライサン怪談】を創作し、世話役で人名を覚えられないという特徴をもった石森ミブに怪談を書いた紙を渡して村に広めさせたのです。目隠村は流行病で消滅したのではなく、この“蔵の女”が仕掛けた【シライサン怪談】によって死に絶えたのですね。“蔵の女”は女の子を身籠もっていたが村人のせいで死産してしまい、村人を恨んでいました。世話役の石森ミブに“蔵の女”は
もうすぐ目隠村は終わるよ。
あなただけ麓の村へ逃げなさい。
山の神様に頼んだ。
たくさんの、お供え物をする代わりに、子どもを返してくれるようにって。
と、告げて“蔵の女”は亡くなります。その後、村人が次々と死んでいき、石森ミブは女に言われた通り麓の村に逃げて難を逃れる。そして、湊玄温泉の旅館に住み込みで働き始めたときに“蔵の女”が枕元に立ち、返してもらったという女の赤ん坊を残していった。石森ミブはその子を大事に育てた・・・・・・。
村人達の命をお供え物として差し出し、死産だった自分の子どもを返してもらったという。何故恐い話を使って殺すという手段を使ったのかはよく分かりませんが(^^;)遊び心ですかね。
しかし、この話はあくまで石森ミブが溝呂木に語ったもの。溝呂木は例の【シライサン怪談】が書かれた文章を石森ミブの孫娘から「祖母に渡すように頼まれた」と言われて受け取ります。さらに、孫娘は祖母の話は作り話だと言います。枕元に赤ん坊が置かれていたというが、実際は祖母が湊玄温泉に越してきた頃には母がお腹の中にいたようだと。その証拠に、この孫娘と石森ミブの顔立ちはよく似ていました。石森ミブの話が事実なら、孫娘と石森ミブに血のつながりはないことになるので、顔が似るはずはないのですね。
そして、古い文章で自分には内容が分からないが、これは明らかに祖母の字だとも。
石森ミブは“蔵の女”が書いたと言っていたのに、これはどういうことだと溝呂木は混乱します。何もかもが石森ミブの作り話だったのかとも考えますが、溝呂木は他の可能性も一つ思いつきます。
石森ミブという女性の方が存在せず、老人ホームにいた女性こそが、蔵の女だったという可能性だ。
女は蔵の中で死んでおらず、何とか抜け出し、麓まで逃げのびていた。女は石森ミブと名乗り、旅館で住み込みで働きながら今日まで生きてきた。
祈祷師一族の末裔であることを隠しながら、一般人として暮らすことにしたのだ。
終盤で判明する事実はもう一つあります。間宮冬美の旧姓が「石森」だということです。
つまり、溝呂木が会った石森ミブの孫娘はかつての冬美だったのです。石森ミブが“蔵の女”だったとするなら、冬美は目隠村の祈祷師一族の末裔だということになります。
間宮夫婦は数年前に交通事故で真央という娘を亡くしていました。公園で遊んでいた最中、道の向こう側に立っていた父親(幸太)に気づき、駆け出していったところを車に轢かれてしまったという不幸な事故で、冬美はいまだ疵が癒えておらず、夫に非はないと理解し夫婦で穏やかに生活しつつも、心の隅では事故の原因をつくった夫を責める感情を抱いていました。
事件から1ヶ月ほど経過し、瑞紀と春男が冬美の元を訪れると、奥の部屋には子どもが居ました。冬美は「親戚の子を預かっている」と二人に言いますが、この子はおそらく“山の神様に頼んで返してもらった真央”です。
詳細は分かりませんが、冬美は夫から電話で【シライサン怪談】を聞いた際、かつて祖母から聞いた話だと気が付いた。そして、話のなかの祖母(“蔵の女”)と同じように「たくさんのお供え物をして、娘の真央を返してもらおう」と思い立った。
意図的に【シライサン怪談】を広め、呪いによる被害者を増やし、お供え物として山の神様に献上した。お供え物が充分な数に達したころ冬美の願いは成就し、真央は冬美の元に返されてきた。
夫の幸太が性懲りもせず目隠村の跡地に行くのを強く止めなかったのも、夫を恨む気持ちが残っていたからなんですね。ま、幸太は読者からしても自業自得という風に感じてしまいますよ。わざわざ死にに行っているというか。「止めときゃ良いのに」っていう。ホラーの定番要素ですね。
山の神様とは
間宮幸太は目隠村の跡地で、例の異様に目の大きな女と呪いによって死んだ人々ばかりが乗っている舟を目撃します。
女は死者をここに連れてくる役目を担っており、三日に一度という出現頻度は、
死者をここに連れてくるのに一日。
あの女が次の被害者のところへ行くのに一日。
なのではないかと想像します。
その後撮影に夢中になっているところを女に捕まり、眼球を破裂させて死んでしまうのですが。
溝呂木が受け取った怪談が書かれた文章には「死来山」と書かれていました。その後音だけが伝わって人名のようになっていたということのようです。「何で“さん”付けなんだ」という疑問がここで解消されると。
字面から目隠村が信仰していた山は「死人が来る山」ということでしょうか。幸太が目撃したのは、冬美が献上した「死来山」へのお供え物たちということなのか・・・そう考えると恐ろしい話ですね。
今作は確りと解決しないまま終わっています。死人は出続けているし、瑞紀と春男も完全に呪いから逃れた状態ではありません。
“蔵の女”が村人に「おかしくなった」と閉じ込められた詳細などあやふやな点も多いです。しかし、怪異が完全に終わらなかったり、謎が残されるのはホラーの定石なのだろうと思います。全部解明されてスッキリ終わったら恐くなくなるでしょうからね。
しかし、幼少期の渡辺は20年前に溝呂木に【シライサン怪談】を聞いたときにはどうしてなんともなかったのかは本当に謎。子どもだったんでノートに書いた後すぐ忘れたということなのか・・・。でも怪談話って一度聞くとなかなか忘れないんではって思いますが・・・(^^;)。
作中に、
瑞紀と春男の創作したバージョン違いを元にホラー漫画家がコミカライズをするとの情報も流れた。
「シライサンを封じ込める短刀があるらしいよ」
「【シライサン怪談】って、古本屋に並んでいた本に載っていたらしいね」
「女の子がそれを見つけて、クラスメイトに話しちゃったのが最初だったって」
との文があるのですが、実はこの漫画、本当に出ています↓
内容も女子高生が古本屋で一冊の本を見つけて、その本に書かれていた怪談をクラスメイトに話したら死んでしまって・・・という青春ホラーもので、ちゃんと「短刀」も出てくるようです。
最初この漫画の紹介ページを見たとき、『シライサン』のコミカライズと書かれているのに小説と内容が違うなぁと疑問だったのですが、小説内で瑞紀と春男が流した派生シライサン怪談を元に書かれたのがこの漫画だよ~という設定での作品なんですね。リンクしているというか、こういう「この本に書かれているのは事実だよ」というスタンスが貫かれるとより怖さが増すので、面白い仕掛けとメディアミックスだなぁと思います。
映画だと“蔵の女”と間宮冬美との関連などが小説より判りにくいのではないかなぁと予想されるので、小説・映画・漫画とそれぞれ気になった方は是非。
ではではまた~