こんばんは、紫栞です。
今回は乙一さんの『GOTH』(ゴス)をご紹介。
GOTHとは
『GOTH』(ゴス)は乙一さんの連作短編小説集。ライトノベル雑誌に掲載されていた連作短編でしたが、ライトノベルとしてではなく一般小説として発売された珍しい作品で、第三回本格ミステリ大賞受賞作。コミカライズと映画化もされている人気作で、乙一さんの代表的連作短編集です。
※漫画版と映画について、詳しくはこちら↓
昔、乙一作品は残酷系の“黒乙一”と爽やか切ない系の“白乙一”などとファンの間でジャンル分けされたものでしたが、『GOTH』は“黒乙一”至高の代表作ですね。
内容は、異常な事件や殺人犯、悲惨で悲痛で不条理な死、人間の残酷な面など、忌まわしく嫌悪されるものに対して暗い魅力を感じる悪趣味な高校生男女コンビ「僕」と「森野夜」が、町で起こる猟奇的な事件に次々と巻き込まれていくといったもの。
基本的に、ヒロインの森野が毎度猟奇殺人犯に狙われて、探偵役の「僕」がひそかに助けるといった流れ。
ゴス文化については一概にはどういうものか言い表すのが難しく、作者の乙一さんも深く考えずにタイトル付けたら各方面からツッコまれて、配慮が足りなかったとあとがきで詫びていますが、この本では“ゴス”は“暗黒よりなもの”というざっくばらんな意味で使われているだけで、ゴスファッションなどはまったく関係ありません。
元々「暗黒系」という短編を単発もののつもりで書いたところ、担当編集者さんが登場人物の高校生コンビを気に入ったので連作ものになったとのこと。こういう話を聞くと、名作誕生の裏には担当編集者さんの力量があるのだなぁと思いますね
執筆当時、乙一さんは23歳。衝撃の16歳で小説化デビューした乙一さんですが、
出版界でのライトノベルの地位の低さを痛感されることが度々あったらしく、ライトノベルの読者に本格ミステリの面白さを知ってもらおうという想いもあって『GOTH』を書いたとのこと。それで通常は賞とは無縁だとされるライトノベルで本格ミステリ大賞とっちゃったんですから凄いんですけど・・・。
そのため、『GOTH』は本格ミステリの要素、叙述トリックなどが随所に仕込まれている連作短編となっています。仕掛けの素晴らしさだけでなく、連作ものならではの登場人物たちの微妙な関係性なども絶妙で、私も乙一作品のなかで一番好きな作品です。
読む順番
2002年に『GOTH リストカット事件』(「暗黒系」、「リストカット事件」、「犬」、「記憶」、「土」、「声」収録)というタイトルで単行本が刊行され、
後の文庫化の際に『GOTH 夜の章』(「暗黒系」、「犬」、「記憶」収録)『GOTH 僕の章』(「リストカット事件」、「土」、「声」収録)と二冊に分けて刊行されました。
「リストカット事件」の位置が変えられている訳ですが、ここで注意すべきなのは必ず『夜の章』を読んだ後に『僕の章』を読むこと。順番を間違えると台無しになってしまう仕掛けがあるので、くれぐれも注意です。
※同様に、絶対に原作小説よりも先に映画と漫画版を見ないで下さい!原作の驚きと感動が台無しになります。
十年以上前に私が買ったのは文庫版でしたが、全編合わせて300ページちょっとしかないのに何故わざわざ分冊にしたのか謎。しかも単行本と文庫版では収録順も異なっていて、本に番号も振られていないため、読者を混乱させる。
さらに、2008年に公開された映画との連動企画で書かれた番外編の存在もあって、こちらは最初写真集こみの単行本『GOTHモリノヨル』というタイトルで刊行された後に、
小説部分のみを抜粋したうっすい文庫本がシリーズの三冊目として刊行されるなど、
なんだか何重にもややこしいことに・・・。
しかしながら、このややこしさを解消させる【3冊合本版】が2016年に刊行されたようですので、
今回は【3冊合本版】に収録されている順番で各話簡単にご紹介。(※この合本版には『GOTHモリノヨル』の写真は収録されていません)
各話・あらすじ
「暗黒系 Goth」
森野夜は一冊の手帳を拾う。その手帳には攫った女性を殺害し、山奥で切り刻む過程が書かれていた。最近騒がれている連続猟奇殺人犯の手帳なのではないかと考えた森野夜は、手帳に記されているまだ発見されていない被害者の死体を探しに行こうと「僕」を誘う。
「リストカット事件 Wrist cut」
「僕」がまだ森野と一度も言葉を交わしたことのなかった高校二年の五月末のこと。森野はセクハラまがいのことをしようとした教師を撃退し、学内でちょっとした有名人になった。実は、この出来事には春先から続いていた連続手首切断事件が関係していた。「僕」は今でも、森野の白い手首を見る度にひそかにその事件を思い出す・・・。
「犬 Dog」
町で飼い犬の連続誘拐事件が発生。事件に興味を持った「僕」は、一人調査を開始する。
「記憶 Twins」
不眠症になった森野は、安眠のための紐を買うのに付き合ってくれと「僕」を誘う。森野は度々不眠症になることがあり、その度に首に紐を巻き付け、死体になった自分を想像して目を閉じると眠れるのだという。買いに行った先で、森野は「僕」にずっと以前に首吊り自殺で死んだ双子の妹・夕のことを打ち明ける。
「土 Grave」
人を生きたまま箱に閉じこめ、地面に埋めたいという考えに取り憑かれた男・佐伯は、近所の親しかった男児・コウスケを生き埋めにし、殺害した。三年が経ち、また同様の行為をしたくなった佐伯は道で見かけた少女を拉致し、箱の中に入れて庭に埋める。少女が持っていた学生証には森野夜と書かれていた。
「声 Voice」
郊外にある病院の廃墟で北沢博子という女性が惨殺される猟奇事件が発生した。事件から七週間後、被害者・北沢博子の妹である夏海は、学生服を着た少年からテープを渡される。そのテープには殺される直前の姉が夏海へ残したメッセージが録音されていた。テープの続きがどうしても聞きたい夏海は、警察に通報すべきだと思いつつも事件の犯人だと名乗る少年の指示に従う・・・。
番外編 森野は記念写真を撮りに行くの巻
死体の撮影をするため、女性の殺害を繰り返していた「私」は、七年前に最初の殺人を犯した山に再び訪れる。事件によって有名な心霊スポットとなったかつての犯行現場には、制服姿の少女の先客がいた。森野夜と名乗ったその少女は、犯行現場で記念写真を撮るためにここを訪れたのだという。「私」は森野を殺害し、被写体にしようと考えるが・・・。
以上、番外編も入れると全部で7編。
個人的には、やはり単行本の表題にもなっている「リストカット事件」が一番好き。最初にある一文を読んだ時の、ゾッとすると同時にインモラルな恋愛を感じさせられたのがいまだに忘れられない読書体験として残っているし、この感覚は『GOTH』という物語集全体を表しているものだと思う。
「土」で「僕」が犯人を追い詰めていく過程も好きだし、「声」はこの連作短編の最後に相応しい仕掛けの物語ですね。
話を順に読み進めていくと、「僕」の狂気がドンドンと増していくように読める。なので、最終話の「声」で、「コイツ・・・とうとうやっちまったのか」と読者に思わせるのですが・・・あらためて考えてみると、狂気が増しているなんてことはなくて、最初っからフルにヤバイヤツなんじゃないのかって気がする。
短いですが、シリーズファン的に番外編は絶対に外せない代物で、「読むっきゃない!」な内容。メイン二人の関係性もそうですが、ちょっとした小ネタも効いていてファン心がくすぐられます。
以下、若干のネタバレ~
怪物と少女
読んでいると雰囲気に飲まれてさほど気にならない(と、私は思っている)のですが、この連作短編集は設定にだいぶ無理がある。
一つの町にシリアルキラーがこんなに何人もいてたまるかって感じだし、悪趣味で自ら首を突っ込んでいくアホ二人ではあるものの、森野はあんまりにも殺人犯の引きが良すぎるし、都合良く事件に巻き込まれすぎ。
文庫版『GOTH 夜の章』のあとがきで、作者の乙一さんはダークファンタジーを目指していたと書かれています。
(略)『GOTH』に登場する犯人たちは、人間ではなく妖怪だと考えて下さい。それと対決する主人公の少年も、敵と同等の力を持った妖怪です。もう一人の主人公の少女は、強い霊感があるせいで妖怪が近寄ってくるという特異体質の女の子です。異世界を彷彿とさせる設定やアイテムや用語を使用していないので、現実を舞台にした小説だと思われがちですが、作者の心の中ではおとぎ話のようなものでした。
(略)怪物と怪物の頂上決戦。妖怪大激突。そして恋愛要素あり。といった脳天気な小説が『GOTH』です。
大石ケンジさんによる漫画版で原作者としてよせたあとがきでは、森野は“毎回、なぜかクッパにさらわれるピーチ姫”との暴露もされています。この当時は、乙一さんユーモア溢れるあとがき書いてくれていたんですよねぇ・・・。
主人公の「僕」はこの本の探偵役ですが、推理力だけで真相を解き明かしているのではない。犯人側、怪物・妖怪側への同調・共感があるからこそ思考の先読みが出来る訳で。毎度見事にどの犯人よりも上手を行っているということは、作中一番の危険人物で、怪物で、ラスボスは「僕」なんですね。
似通った趣味ではあるものの、森野は生い立ちもあって“ぶっている”、思春期特有の“装い”の延長に過ぎないが、「僕」はモノホンといいますか、別次元の非人間なんです。
そんな「僕」が、森野のことをひそかに他の殺人者たちから守り続けているのは一見すると謎です。およそ人間らしい感情を「僕」は持っていませんからね。森野の前ではお調子者の演技をしなくていいし、貴重な存在だからってだけとは思えない。
「声」の終盤、「僕」は北沢夏海に「森野さんに愛情を抱いているから?」と問われて、
愛情ではありません。これは執着というのですよ、先輩・・・・・・。
と、心の中でつぶやいていますが、愛情ってのは、結局のところ相手に執着している状態に他ならない。
だから、「僕」は否定しているけれども、実は普通に好き・・・というか、怪物なりに愛情を抱いているということなのだろうと思う。
最初のお話である「暗黒系」から考えると、最終話の「声」と番外編では明らかに森野への執着心が増していますし、守ろうという意識も強くなっていますからね。
でももし他の殺人犯に森野を殺されてもどうこうしてやろうって気はないってところが「う~ん」なんですけども。
森野も「僕」のこと好きなんだけど、相容れない存在であることに気づいていて苦しんでいるといったところ。
普通の人間の少女が、怪物に恋をしてしまった。怪物と少女の恋。まさにファンタジーですね。
やるせなくって厄介で面倒くさい二人の関係性であります。ミステリの仕掛け以上に、そこが凄く魅力的な作品。
暗黒系青春ミステリ小説。まだ読んでいない方は是非。
ではではまた~