こんばんは、紫栞です。
有栖川有栖さんの【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)
を原作としてドラマ化された『臨床犯罪学者 火村英生の推理』の新作が『臨床犯罪学者 火村英生の推理2019』と銘打たれて単発スペシャルドラマとして放送されることが決定しました。
この単発スペシャルドラマでは、原作の「ABCキラー」を映像化するとのことなので、今回はこのお話の詳細について紹介したいと思います。
※「ABCキラー」を放送直後にHuluで『狩人の悪夢』を配信するそうです。
概要
「ABCキラー」は講談社から刊行されている有栖川版【国名シリーズ】の第8弾『モロッコ水晶の謎』
という短編集に収録されている一編で、ページ数は1000ページ程。
※【国名シリーズ】について、詳しくはこちら↓
あらすじは、
安遠町(ANDO)で浅倉一輝(ASAKURA) が、別院町(BETSUIN) で番藤ロミ(BANNDO) が同一の拳銃で射殺される事件が発生。
その後、警察に
「アルファベットは26文字。手元の弾丸は26発。やってみよう、ためしてみよう。どこまで続くかは警察しだい。なるだけ早く止めてくれ。自分で自分が止められないから。まずはA、そしてB。いったい何人イケるだろう」
という、挑戦状のような手紙が届く。
そして、またC、D、と銃殺事件が起きて――・・・。
な、お話。
タイトルやあらすじから分かるように、このお話はアガサ・クリスティの『ABC殺人事件』
がモチーフになっています。講談社文庫が企画したアンソロジー『「ABC」殺人事件』
に寄せて書かれたものです。
今作のシリーズとして突出するべき点は、新聞記者の因幡丈一郎が初登場しているところです。火村とアリスがフィールドワークで警察の捜査に協力していることを嗅ぎつけ、ちょっかいをだしてくる人物で、今作以降ちょこちょこ登場するようになります。
あとがきでの有栖川さん曰く、「目下はちょい役での出演ばかりだが、忘れた頃に派手に暴れるかもしれないので~」とのことですが、大暴れしないままに今日までに至っています。因みに、この本が刊行されたのは2005年である。
「シャングリラ十字軍」と同様に少しだけ出して宙ぶらりんになっている事柄の一つですね(ドラマだとオリジナルでやっていましたけどね。酷いもんだったけど)。ま、そのぶん他の大事な部分に重点が置かれて書かれているのでシリーズファンとしては特に不満はないんですけど。
9月29日の単発スペシャルドラマで因幡丈一郎を演じるのは佐藤隆太さん。原作の因幡は色白で、肩幅の広い、がっちりとした、頭髪が薄くなりかけている男で、容姿の雰囲気は異なりますね。このドラマは最初っから原作とは違うところだらけなので今更ではありますが・・・。
公式サイトでの説明の感じだと、この因幡が不穏な事を火村に仕掛けてくるっぽい。原作だとひたすら滑稽な人って役回りなんですけどね(今のところ)。アリスに胸中で“因幡の白兎”と綽名をつけられています。
あと、今作は広域捜査ということで火村・アリスコンビの大阪・京都・兵庫のそれぞれのお抱え(?)捜査班の面々が一堂に会して対面していますが、これはシリーズでは初めてのことです。
通り魔、愉快犯的事件内容ということで、作中では「絶叫城殺人事件」について多数の箇所で言及されています。
「絶叫城殺人事件」はドラマの第一話でやったお話ですね。
今回の新作に「ABCキラー」が選ばれたのもそういった事を意識してなのかもしれません。
「絶叫城殺人事件」と「ABCキラー」を読むとアリスが通り魔や愉快犯をひたすら嫌悪しているのがよく伝わってきますので、そこら辺も見所ですね。
もちろん、二人の掛け合いも通常運転で楽しいので必見。火村が「三匹の子豚の見立てが~」とか言うところがおかしいです(^^)。アリスから変な影響を受けている火村先生であった。
ABCで、殺人で
アガサ・クリスティの『ABC殺人事件』は本格推理小説で度々採り上げられる古典の一つ。
当初はこの「ABCキラー」、タイトルを「ABCD殺人事件」にしていたらしいのですが、編集部に「赤川次郎先生に同じ題名の作品があります。しかも、うちの文庫から来月発売です」と言われて、「ABCキラー」に改めたんだとか。
※コレのことですね↓
当ブログで紹介した『連続殺人鬼カエル男』も「ABC殺人事件」が要素の一つとして使われています。
それくらいに、いつの時代もミステリ作家がこぞって題材として使いたいモチーフなんですね。
今作の作中では因幡の
「推理小説の作家やファンにとって、ABC殺人事件というモチーフは魅力的なものなんですか?」
と、いう問いに対し、アリスは
「本格ミステリというのは、すんでしまったことを掘り返すのが基本形ですから、時として現在進行形のスリルを欠いてしまう。不可解な法則どおりに進展する事件を描けば、それが解消する場合もあるわけで――」
と、返しています。
確かに通常の事件捜査ものというのは緊迫感が薄いものですから、恐怖を増幅させる、話を盛り上げるものとして“不可解な法則の殺人”は有効なのかと思いますね。
「本当に殺したかったのは被害者のうちの一人で、他の人間はカモフラージュのために殺された、というのが推理小説におけるABC殺人事件の定石や」
作中でのアリスの親切な解説で、正にその通りなんですが、私個人はミステリ作品で最後にこの真相を出されるのがあまり好きじゃないんですよね。私のみならず、皆が「ABC殺人事件」法則で腑に落ちないと思うであろうところは、火村先生が見事に代弁して下さっています。
「(略)精神的な負荷を感じないほど犯人の人格が破綻しているのだとしても、合理的な判断ができるのなら、警察に尻尾を摑まれるリスクが過大であることが判りそうなもんだ」
どんな人格破綻者だとしても、殺人は重労働で証拠を残すリスクはその度に発生する。それを、一件の事件をカモフラージュするために二件も三件も不必要な事件を起すだなんて、よっぽどの馬鹿なのか?もっとスマートでシンプルな方法があるでしょうよ。と、思う訳ですよ。
【作家アリスシリーズ】は語り手のアリスがミステリ作家だという設定を活かして、度々こういった本格ミステリの“お決まり”と、それについてのツッコミが描かれていて、この“メタ感”が醍醐味の一つ。
はて、ここまで作中で「ABC殺人事件」についてツッコミをしてしまって、果たして「ABCキラー」ではどんな真相を用意しているのかと気になってくる作りですね。
以下、結末について少~し触れているので注意。
真相
今作の結末は重いものです。なんとも形容しがたい後味といいますか。マスメディアとか、事件を無責任に愉しんでいる視聴者だとかの恐ろしさというか。真相部分で判明する真のABCキラーは“愉快犯”という言葉がピッタリすぎる犯人です。
ドラマですと事件関係者の一人・花井雅子を高橋メアリージュンさんが演じるらしいですが、ドラマのサイトに書かれている設定で結末を原作と同じにするなら、ドラマは原作以上に重い結末になりそうな予感。
今作での仕掛けはアイディアとしては良いなと思うし、新聞記者を話に絡ませてのラストの締めも、短編として纏まりがあってお話の完成度は高いと思うのですが、名前と町名との符合など、偶然に頼りすぎている感は否めません。
ま、その偶然も含めて“唆し”がより作用したということなのかともとれるのですが。しかし、運命の悪戯にも程があるってな気が。符合する理由のようなものが少しでもあれば、もっと納得出来たかなぁと思います。
しかし、トリック自体は「なるほど」と感服する“怖”さを孕んだものですし、古典ミステリ談義といい、絶妙な後味といい、有栖川作品らしさが存分に発揮されている作品で個人的にはかなりオススメの短編ですので、気になった方は是非。
ではではまた~