夜ふかし閑談

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あの家に暮らす四人の女 あらすじ・感想 三浦しをんによる現代の”おとぎ話”~

こんばんは、紫栞です。
今回は三浦しをんさんの『あの家に暮らす四人の女』をご紹介。

あの家に暮らす四人の女 (中公文庫)

第32回織田作之助賞受賞作。

 

あらすじ
東京杉並区の善福寺川近くにある古い洋館・牧田家。
刺繍作家で三十七歳独身の一人娘・佐知と、その母・鶴代の母娘二人で住んでいるこの家に、佐知の同い年の友人である雪乃と、佐知の刺繍教室の生徒で、雪乃の勤める生命保険会社の十歳年下の後輩でもある多恵美が転がり込んで同居するようになって一年。
多恵美の元交際相手のストーカー騒ぎ、花見と水漏れ騒動、同じ敷地内に住む謎の老人・山田、「開かずの間」にある河童のミイラの秘密・・・・・・。
女ばかり四人が暮らす屋敷には、数々の珍事がもたらされる。
かしましい牧田家の、春から夏にかけての“おとぎ話”のような同居物語り。

 

 

 

 


現代版『細雪
『あの家に暮らす四人の女』は2015年執筆作品。2015年は谷崎潤一郎の没後50年にあたる年で、中央公論新社から決定版の全集が刊行され、

 

谷崎潤一郎全集 - 第一巻

谷崎潤一郎全集 - 第一巻

 

 

谷崎潤一郎メモリアル企画として、谷崎作品にちなんだ作品を現代作家たちが書き下ろすという企画の一環で書かれたのが、この『あの家に暮らす四人の女』です。下敷きとなっているのは谷崎潤一郎の代表作の一つ細雪

 

新装版 細雪 上 (角川文庫)

新装版 細雪 上 (角川文庫)

 

 

大阪の旧家・蒔田家の四姉妹、鶴子幸子雪子妙子が繰り広げる物語りで、谷崎潤一郎の三番目の妻・松子さんの姉妹がモデルとして使われているので有名な作品。※松子さんは次女の幸子のモデル。


今作の作中でも
「私たち、『細雪』に出てくる四姉妹と同じ名前なんだよ」
と出て来るように、名前や登場人物の設定などが所々踏襲されていますが(ラストに下痢の描写があるのとか)、今作は現在設定で東京が舞台の“今の時代ならでは”の女の共同生活が描かれていて、大まかなストーリーは『細雪』とはまったく異なります。


七十歳近くになってもお嬢様気質の鶴代、世間知らずで苦労性の佐知、美人だけど男っ気がなく毒舌の雪乃、ゲテモノ好きでダメ男に甘い多恵美、という、三浦しをん作品ならではの個性的で等身大の登場人物達のやり取りが面白おかしく、時に切なく寂しく描かれています。

 

 


ドラマ
『あの家に暮らす四人の女』は2019年9月30日にテレビ東京スペシャルドラマとして放送されることが決定しています。

 

キャスト
牧田佐知中谷美紀
上野多恵美吉岡里帆
谷山雪乃永作博美
牧田鶴代宮本信子

 

原作の佐知は平凡な見た目でトドのような体型を気にしているという設定なので、中谷美紀さんだと美人すぎるじゃろ!だし、雪乃も永作博美さんだと年齢や容姿の設定が違うなぁと思うのですが、ドラマでは“年齢も性格もバラバラな四人の女性が共同生活をしている”という、原作よりもより“バラバラ感”を強調する作りになっているのかもしれません。

多恵美や鶴代は割と原作のイメージ通りかなぁと個人的には思います。キャスト一覧の二番目に多恵美の名前があるので、ストーカー騒動に時間を割いて描かれるのかも。原作ですと多恵美は四人の中では比較的出番が少なく、印象が薄いですからね(キャラクターは濃いけど)
演出でどう見せるかによってお話の雰囲気やとらえ方が劇的に変わる原作だと思いますので、ドラマではどう味付けされるのかに期待ですね。

 

 

 

 

 


以下、若干のネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

語り手
少し前までは文学界は「父親殺し」が題材とされることがもっぱらでしたが、近年は「父親の不在」を描くことが多くなってきているのだとか。私はエンタメミステリばっかり読んでいるのでよくわかりませんが・・・(^^;)。


今作も「父親の不在」が大きく描かれています。佐知は父親の行方をまったく知らないままに生きてきた女性で、ある種の父親コンプレックスを抱いています。異性に積極的になれないまま今日まで至ってしまったのも、その事が起因しているのではないかと自己分析したりしているのですが、佐知の父は意外な形で常にこの物語りに登場しているのだと終盤でわかる仕掛けが施されています。

 

中盤でいきなりカラスの集合知、カラスのイデアたる「善福丸」が鶴代と佐知の父親との出会いを語る場面があり、それまで四人の日常のやり取りを淡々と読んでいた読者はちょっと驚くというか、戸惑ったりするのですが(※文庫版の表紙絵にカラスが描かれているのもそのため)、終盤で実はこの物語りの語り手は死んだ佐知の父・牧田幸夫なのだということが明らかにされます。


当初の段階から語りの視点が定まらず「これは誰の視点での語りなのかな?」と読んでいて思っていたのですが、この語りは死んで牧田家の周辺を浮遊し、世の動きのほとんどを知り、人の心の動きすら覗こうと思えば自在に覗けるが、“ただ見ているだけ”という、人間がいうところの「神」にほぼ等しい立場となった牧田幸夫によるものだったのです。
読んでいて語りに不審を抱いていたので、この解答には「ああ、なるほど」と腑に落ちましたね。終盤、この“見ているだけ”だった語り手の父は、思わぬ形で娘の佐知を窮地から救います。

 

「父親の不在」に関しては、牧田家の敷地内の離れの守衛小屋に昔から住んでいる山田一という八十代の老人が重要なキーになっています。佐知は行方知れずの父親への複雑な想いから、他人なのにずっと一緒に過ごしている山田老人に対して少し邪険に接してしまっていたのですが、作中で今までに感じたことのなかった“父親の存在”を感じてからは吹っ切れてあたりが柔らかくなります。

 

「(略)私には、山田さんは佐知と鶴代さんの家族に見える。家族だからこそ、甘えて邪険にしちゃうってことなんじゃない」
「うん、そうかも。血もつながってないし、社会的には他人だけど、家族なんだよね。やっとそう認められるようになったというか、腑に落ちたというか、そんな感じ」

 

山田さんの存在によって、「父親の不在」のみならず、他人だけど一緒に暮らしている“家族”である雪乃と多恵美との関係も浮き彫りになっています。

 

 

 


おとぎ話
カラスの集合知「善福丸」や、死人の父親が語りとして登場するので読者の中には「話がいきなりSFになってしまった」と思う人もいるようですが、一部死人が珍妙な力を発揮する場面があるものの、今作はけっしてSFではないと思います。あくまで“あの家”での四人の女の同居物語りが描かれる現代版『細雪』です。


「善福丸」や「死人」は見守っているだけで四人の女の現世界には何ら及ぼすことはないからです。ミイラ乗っ取りは唯一現世に干渉した突発的事柄として、「そんなヘンテコなことも起こりうるかもしれない」くらいの事象として受け止めようというか。「善福丸」や「死人」が語りを勤めるのは今作の“おとぎ話”感を強めるためというのが大きいかなと。

 

作中では現在の結婚観なども度々描かれていますが、でもやっぱり、「仲のいい友達と末永く暮らしましたとさ」なんて、まるで現実味のない“おとぎ話”だと多くの人が感じるでしょう。

 

いつか喧嘩別れするかもしれない。特段の理由もなく、いつかなんとなく疎遠になってしまうかもしれない。けれど、「いつか」の未来を恐れて、夢を見るのをやめてしまったら、おとぎ話は永遠におとぎ話のままだ。孵化せず化石になった卵みたいに、現実化する道は閉ざされる。それって馬鹿みたいじゃないか、と佐知は思う。夢を見ない賢者よりは、夢見る馬鹿になって、信じたい。体現したい。おとぎ話が現実に変わる日を

 

今作は牧田家での女四人のゆるやかな日常が続いていく場面で終わっていて、一見なんの変化もなく感じられますが、多恵美はストーカーと切れて新たな恋に踏み出していて、いつ牧田家を出て行くともわからないし、佐知自身もイケメン内装業者さんとの交際が上手くいけば、いずれは雪乃がいつまでも牧田家に住み続ける訳にもいかなくなるのでは・・・という同居生活の「崩壊」を少し感じさせています。


喜ばしい変化だと思う一方で、楽しい四人の共同生活・“おとぎ話”がいつまでも続いて欲しいという、どこか寂しい気持ちにもなる読後感ですね。

 

とはいえ、先のことばかり考えて不安になってしまいがちな独り者には、まるでオアシスのような、気持ちを軽くしてくれるお話になっていますので、癒やされたい(?)方は是非是非。

 

 

 

細雪(上) (新潮文庫)

細雪(上) (新潮文庫)

 

 


ではではまた~

 

 

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