こんばんは、紫栞です。
今回は有栖川有栖さんの『捜査線上の夕映え』をご紹介。
あらすじ
東大阪市内のマンションで、頭を鈍器で殴り殺された男性の遺体が発見される。殺害された男性は元ホストで、凶器は現場にあった御影石の置物。遺体は殺害後にスーツケースに詰まられ、クロゼットに押し込まれていた。
よくある平凡な、ありふれた事件。しかし、異性関係のトラブルや金銭問題で三人の容疑者が浮上するも、防犯カメラ映像やアリバイに阻まれて捜査は難航する。はっきりしていることは、被害者の身元、凶器、被害者と接点がなくアリバイが成立している第三者が何らかの形で事件に関与していることのみ。
警察の要請により、英都大学准教授で犯罪社会学者の火村英生とミステリ作家の有栖川有栖も捜査に協力するが、これだけの事実では真相を突き詰めることができず、捜査は膠着状態に。だが、捜査陣を惑わす“ジョーカー”の存在により、事態は意外な方向へと動き出す。火村とアリスは真相への旅に出るが――。
エモーショナル
『捜査線上の夕映え』は2022年1月に発売された【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)の長編小説。
450ページほどで、それなりのボリュームがある長編となっています。最初単行本を目にしたとき、ぶ厚くって嬉しかった。有栖川さんは最近長編がどんどん長くなっていく傾向ではあるのですが。
夕焼け空が綺麗なカバー写真が目を引く装丁となっているこちらの本、あとがきの有栖川さんの言によるば“「余情が残るエモーショナルな本格ミステリが書きたい」という漠然としたイメージから構想をまとめていった。”とのこと。「エモーショナル」は感情的、情緒的なさまの意ですので、今回はそのような物語が展開されているという訳です。ま、有栖川さんの長編は読後感がいつでも哀愁漂うといいますか、情緒的なんじゃないかとは思いますが(スッキリ爽快で終わるのはほぼない)。今回の長編はいつもよりもっと意識的に書かれています。
タイトルに“夕映え”とありまして、夕陽といえば、シリーズファンは初期の長編『朱色の研究』を連想すると思うのですが、
今作はやはり全体的に『朱色の研究』を意識したかのような構成になっていますかね。なので、『朱色の研究』的雰囲気だという心構え(?)で読めば間違いはないと思います。
大阪での事件ということで、登場するのは大阪県警の船曳班。京都府警、兵庫県警と出て来るなかで、大阪県警の船曳班はシリーズの一番代表的な捜査班というイメージが持たれているかなと思うのですが、長編で出て来るのはえらく久し振りな感じ。それもあって、火村がアリスのマンションに泊まる場面も久し振りな気がする。
船曳班の面々の他に、今回は新たに布施署長に就任した中貝家警視(女性)が初登場。火村とアリスに興味を示してきます。犯罪社会学者と作家のヘンテココンビが捜査協力していると聞いたら気になるのが当然なんでしょうけど(^_^;)。
記者の因幡丈一郎もちょろっと登場。この人って、初登時はなんとも不穏で今後劇的な展開でもあるのかとビクついたもんですが、回を増すごとにそれなりの節度がある常識人になっている感じで、このままシリーズに影響がもたらされることはなさそうですよね・・・。有栖川作品は嫌みな人もどこかお上品になりがち。
あと、『鍵の掛かった男』でアリスに協力してくれた巡査部長・繁岡さん(返事が「ふぉい」の人ですね)が天満署から布施署に異動になったとのことで再登場。あれっきりのキャラクターかと思っていたので、再登場は嬉しいですね。今後ちょくちょく出てきてくれるのだろうか。
コロナ禍
もう一つ、今作の大きな特徴が「コロナ禍」ですね。【作家アリスシリーズ】は現在の現実世界が舞台のシリーズ。火村とアリスはサザエさん方式で“永遠の34歳”なのですが、二人は永遠の34歳のままリアルを生きている。こう言うとなんとも妙な状況を書いているもんだって感じですが。ま、今更です。
で、今おかれているリアルといったら、「コロナ禍」ですよ。なので、火村とアリスも読者と同じようにコロナ禍の中で感染症対策に余念がない日々を過しております。
連載期間の関係もありまして、作中での設定は2020年の9月。第三波がくる前の、緊急事態宣言から何カ月か経ってすこ~し感染者数が落ち着いたころ、政府のGO TOトラベルキャンペーンをやっていた頃ですね。この後、冬にまた爆発的に感染者増えたんですけども・・・。
自粛生活でほぼ人に会わない生活を送っていた二人。英都大学は完全リモート授業になっているものの、火村の下宿先には高齢者が居るということで、警察の方も捜査協力の要請は控えていたため、フィールドワークは長らくお休み状態だったのですが、婆ちゃんも「行っといなはれ」と6月頃から言い続けてくれているし、十分に気をつけて行動すれば大丈夫かということで、久し振りの大阪県警からのリクエストに二人そろって応じることに。
コロナで警察の捜査も不便な点が多く書かれていてなるほどなぁと。マスクで顔が半分隠れてしまうって、捜査にはかなり痛手ですよね。因みに、火村先生は黒の不織布マスク派らしい。火村が黒いマスクしていると威圧感が凄そう・・・(^_^;)。
序章で火村とアリスがリモート通話をしているのもそうですが、捜査協力している最中もことある毎に友人に会える喜びと、フィールドワークに参加出来ている感動を噛み締めているアリスが微笑ましいですね。火村も腕がうずいていたのか、若干はしゃぎ気味でテンション高め。二人ともいつも以上にやり取りを楽しんでいる御様子です。
以下、若干のネタバレ~
旅
今作では、物語の途中で雰囲気がガラッと変わります。全体の三分の二ほど、第四章までは船曳班の鮫山さんに事件の経緯のレクチャーをうけたり、森下さんのアテンドで事件関係者に順番に会ったり、コマチさんこと高柳真知子の独自捜査を聞いたり、捜査会議に参加したりで話が進むのですが、第五章「真相への旅」で火村とアリスの二人は捜査本部から離れ、瀬戸内海の島へ旅に出る。
作中でアリスが言っている通り、刑事ドラマから旅番組に変わったって感じですね。毎日朝から晩まで警察の捜査に参加するも、どうも今ひとつ真相に踏み込んでいけない状態の中で、いきなり火村の誘いで瀬戸内海二人旅ですから、まるで「え?気晴らし旅行ですか?」なんですけども。アリスが久々の旅にはしゃいで満喫しまくっているから尚更ですね。
もちろん、気晴らし旅行では断じてなく、事件関係者の過去を探って真相を究明するための旅なんですが。
この旅で物語は一気に動きを見せる訳ですが、三分の二読まされた後唐突に旅行で、その旅行描写も移動から懇切丁寧に事件とは関係ないことを描いていますので、シリーズファンじゃない人にとっては単調で妙に長い話だなぁと感じてしまうかもしれないですね。ファンにとっては事件とは関係ない部分も楽しいというか、このシリーズの醍醐味でもあるんですけども。しかし、本当に旅行に行きまくる二人です。目的があって島のゲストハウスに泊まる際、火村は社会学者として島の暮らしの現状を調査するのが目的、アリスは作家としての取材という“設定”でオーナーに説明するのですが、このオーナーは何の疑いもなく最後まで信じていましたけど、「社会学者とミステリ作家が二人そろって辺境の島に訪れるってどんな状況だよ。ゴチャゴチャ言っているけど、半分以上はただの友人同士での旅行だろ」ってなりそう。それとも、妙に思いつつもあえて指摘しないでくれていたのだろうか。
瀬戸内海での場面はどんどん事件関係者の過去が明らかになっていくのが面白いのですが、自転車で競争をする34歳男性二人が微笑ましすぎましたね。
この旅の他にも、事件関係者たちがそろいもそろって事件発生時期に旅行に出ているなど、旅行が強く関係する「旅の物語」となっています。
ジョーカー
物語の序盤で捜査陣を惑わす“ジョーカー”の存在が示唆される通り、今回は意外な人物が裏切りともとれる行動をするという、このシリーズでは今までにない展開をしています。
ジョーカーの正体には最初たいそう驚いてしまったのですが、よくよく冷静に考えてみると別に罪を犯した訳でもないし、今後のシリーズに影響もないだろうから「そんな大事じゃないか」って感じなのですが。
防犯カメラに映らない犯行方法がメイントリックではありますが、この本でのミステリ的面白さは、「“ジョーカー”が何故そのような行動をしたのか」から推理を組み立てていくロジックですね。通常は妨害でしかないジョーカーの行動ですが、この“本来ならばしないはずの行動”から火村は推理を組み立て、膠着状態を脱する。
これにともない、シリーズ準レギュラーの過去が明かされています。有栖川さんのあとがきによると、「この背景はかねて考えていたわけではなく、書きながら作者が「知った」ことである」とのことです。て、これ、『菩提樹荘の殺人』のあとがきでも同じこと書いていたんですけど。何をどう言おうと結局後付け設定は後付け設定ですよね。ま、後付けでも全然構わないんですけども。火村先生の秘密についてもいつかそうやって「知って」くれるんだと思います。
しかし、トリックに重きを置いていない物語とはいえ、今回のメイントリックは個人的にはいただけないですね。密室殺人で鍵師が犯人でしたと言っているようなもので、「・・・は?」ってなってしまう。この無茶なところが愛のなせるワザって風に描かれていましたが。愛の試練が厳しすぎる。
エモーショナルに力入れているにしても、もうちょっとちゃんとトリックらしいものにして欲しかったですね。
身勝手ではあるものの、犯人の心情など諸々はなんともいえず情緒的。有栖川ミステリだなって感じで、そこら辺は大満足ですね。「暴かれないなら満足、暴かれたとしても“この人”になら心は満たされる」と、いう、“どちらに転んでもかまわない”という犯人の有り様や、物語の途中で舞台と雰囲気が変わるのは『朱色の研究』を連想させる構成ですね。『朱色の研究』ほど、物語に夕陽は絡んでないのですが。もっと大きい意味でというか、物語全体の雰囲気や心境を表して「夕映え」ってことでしょうか。確かに、読後は夕焼け空を見ているときのような心境になります。
なにはともあれ、有栖川ミステリを堪能できるのは間違いなく、シリーズファンなら外せない長編で必見な部分もあるので是非。
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ではではまた~