こんばんは、紫栞です。
今回は伊井圭さんの『啄木鳥探偵處』(きつつきたんていどころ)をご紹介。
虚実が入り混じった明治探偵譚
今作は1999年に刊行された本です。作者の伊井圭さんはこの本の第一話「高塔奇譚」で受賞して1996年にデビュー。2014年に亡くなられているので作品数は多くないのですが、今作をはじめ、時代ミステリを得意としていた作家さん。
2020年4月より、この本を原作としてアニメが開始されるそうで、PV映像を偶々目にして面白そうだったので読んでみました。
『啄木鳥探偵處』は明治四十年代の浅草が舞台。歌人で有名な石川啄木を探偵役に、啄木の親友でアイヌ語研究の国文学者の金田一京助(横溝正史が金田一耕助の命名に名前を拝借したのでも有名ですね)を助手役とした全五編の連作短編の探偵小説です。
概要としては、家族を養うために副業として探偵業を始めた石川啄木が、親友の金田一京助を強引に助手として調査に付き合わせて依頼される事件の真相を解明していくというもの。
東京生活時代の石川啄木が困窮に喘いでいたのは本当だし、親友のために金田一京助が生活面やお金をその度に援助していたのも本当ですが、もちろん副業で探偵業をしていたなどという事実はありません。史実と実在の人物を使っての、虚実が入り混じった明治探偵譚となっております。
各話、あらすじ・紹介
目次
●第一話「高塔奇譚」
明治四十二年九月の中旬。日本一の高塔、浅草十二階として名をはせる凌雲閣に、夜な夜な幽霊が現われる謎を解いてくれと依頼された石川啄木は、幽霊騒動を報じる新聞記事を手に金田一京助の元に訪れた。啄木に強引に誘われた京助が一緒に夜の凌雲閣へと赴くと、噂の通りに塔の十階部分に幽霊を目撃する。啄木に頼まれ、京助は探偵業の助手をすることとなるが――。
「高塔奇譚」は第三回創元推理短編賞受賞作。この短編が賞を受賞したことが後押しとなり、『啄木鳥探偵處』としてシリーズ化されたということのようです。トリックが云々というよりも、犯人が幽霊騒ぎを起した理由や、伏線の回収が素晴らしい作品。せつなくてやり切れない真相が胸を打ちます。
●第二話「忍冬」(すいかずら)
明治四十三年師走。千羽座の人気役者・橘屋乙次郎が死体となって発見される。喉笛を食い破られたような無残な死体の傍らには、浅草奥山の傀儡館にある評判の活人形「金銀花」の頭が口の部分にべったりと血を付けた状態で転がっていた。乙次郎は生前、この「金銀花」に懸想しているかのごとく熱心に傀儡館に通っていたらしく、巷では“人間と人形の奇怪な心中か”と囃されるが――。
カラクリ人形が命を宿したかのごとく囃される事件というのは、いかにもレトロなオカルトチックという感じでこのシリーズに合っている・・・と、いうか“有って欲しい”という代物。短い中で展開が色々と動くので一気に読めます。
●第三話「鳥人」
明治四十四年の二月はじめ。空中飛行で人気を博している幸楽座の奇術師・榊樹神の元に「鳥人よ飛べ、分身が待つ黄泉の国まで飛ぶがいい」という脅迫ととれるような文が届く。榊のことが心配になった座長の山根は啄木に探偵を依頼するが、依頼を受けたすぐ後に榊樹神は電線に首を引っかけた死体となって発見される。これは奇術の練習中の事故死なのか?それとも――。
この本の中ではもっともページ数のある作品で、トリックなどはいかにもな機械トリックで珍しいものではなのですが、この物語りに影を落しているのが明治四十三年に起こった「大逆事件」。社会主義者たちが天皇の暗殺を企てたとして逮捕され、十二名の死刑執行がなされたという事件ですが、今では社会主義者たちを弾圧したかった当局のでっちあげだったという説が有力とされているもの。石川啄木は社会主義に惹かれており、この事件には大きなショックを受けたようです。これらの事実を踏まえて読むとより感慨深くなる作品ですね。
●第四話「逢魔が時」
明治四十四年四月。緑町の商店の商い仲間で作った「無尽の会」の会員の家から子供がかどわかされ、二、三日で戻されるという奇妙な連続誘拐事件が多発していたなか、同じく「無尽の会」の会員である成田屋の子供・市松がかどわかされる事件が発生。他の家と同様に二、三日で市松も帰らされるだろうと思っていた成田屋の主人・成田嘉平であったが、二ヶ月ちかくが過ぎても市松は帰されなかった。嘉平は啄木に探偵を依頼。具合の悪い啄木にかわり誘拐事件の調査をする京助だったが、成田屋に脅迫状が届き――。
京助が割と頑張って探偵をしているお話。最後に啄木がする謎解きもさることながら、途中の身代金強奪の活劇なども見物。成田屋を狙う前準備で犯人は四件のかどわかしをするのですが、もう物心が付いている子供をかどわかすってかなり大変なんじゃないかという気がする(^_^;)。
●第五話「魔窟の女」
明治四十一年春。啄木の口車に乗ってしまい、一緒に浅草私娼窟の銘酒屋「華ノ屋」でお女郎買いをしようということになった啄木と京助。場になれぬ京助は“おたき”という娼婦を買ったものの、事も起さずに早々に部屋を出、一人帰路についたのだが、そこで官憲から先ほどの娼婦“おたき”が死亡したと聞かされる。“おたき”がとった最後の客だと疑いをかけられ困惑する京助だったが、官憲が現場にあったノートだと差し出してきたのは啄木のローマ字日記だった。翌朝、店から帰ってきた啄木を京助は問い詰めるも、啄木の激しい罵りに、二人は互いが犯人だろうという怒鳴りながらの議論になってしまう。よもや友情もこれまでかという状況下、謎の少年が現われ――。
こちらは第二回創元推理短編賞の最終選考に残った「浅草情思」を加筆修正したもの。
“第二回”とあるので、第三回で受賞した「高塔奇譚」よりもオリジナルが書かれたのはこちらが先なんですかね?どのように加筆されたのかは不明ですが、この本の最後を飾るのに相応しい作品になっています。
「高塔奇譚」より少し時間を遡り、啄木が探偵業を始める切っ掛け・・・に、なったかもしれない事件が語られていて、このお話では謎解きをするのは啄木ではなく“謎の少年”です。
この作中での啄木はかなりの罵詈雑言を京助に吐いていて、「なんで?」と疑問なのですが、真相を知ると啄木の態度には大いに納得出来るし、思わぬ伏線にも唯々感服。
事件の仕掛けとは別に、最後の明かされる“ある”真相が本格推理小説ファンをニヤリとさせるものになっています。
以上、全五話。
皆簡単に自害するし、糞野郎も多いし、女性がことごとく酷い目に遭っていたりしていますが、それが明治という時代だったのかなぁと。当時の浅草の風景描写なども読んでいて面白いです。
アニメ・登場人物
アニメは2020年4月よりTOKYO MX、BSフジ、CSファミリー劇場ほかで放送・配信予定。
史実や実在の人物を使っての作品とはいえ、原作小説では登場する主要人物は石川啄木(浅沼晋太郞)と金田一京助(櫻井孝宏)のみで、他共通して登場するのは二人の妻たちぐらいなのですが、アニメでは主要人物がだいぶ増やされているようです。このアニメで追加されている人物たちが非常に興味深い。皆実在する文学界の著名人たちなんですね。
●野村胡堂(津田健次郎)
『銭形平次 捕物控』著者。金田一京助とは中学時代の同級生で、啄木の先輩。
●平井太朗(小野賢章)
後の江戸川乱歩。今作では小説家を目指す文学少年として登場。
●吉井勇(斉藤壮馬)
後に「ゴンドラの唄」の作詞で有名になる歌人。
●萩原朔太郎(梅原裕一郎)
後に「近代詩の父」と呼ばれる詩人。
●芥川龍之介(林幸矢)
後の有名文豪。今作では“孤高の天才高校生”として登場する(らしい)。
他、森鴎外や夏目漱石も登場するらしいです。野村胡堂や吉井勇などは実際に啄木や京助と交友があったとされている人物たち。他、有名文豪たちなどもお話に盛込み、アニメでは原作小説よりさらに史実や文学好きが愉しめるつくりに作り替えられているようです。
以下若干のネタバレ~
啄木の病
石川啄木は明治四十五年に肺結核により二十六歳の若さで此の世を去っています。この本で描かれているのは明治四十一年から四十四年。すでに病状がかなり進んでいる状態で、咳き込んだり、入院している描写もあります。
しかし、具合の悪い啄木が描かれるものの、啄木の見栄っ張りで酒好きの女好き、たかり魔で嘘吐きで、人をくったような颯爽とした態度を崩さず、それでいて周りを魅了する“人たらし”な啄木が軽快に描かれているため、作品全体にはそこまでの悲壮感はないです。
最後はどの様に締めるのか気になりながら読んでいたのですが、最終話の「魔窟の女」の冒頭部分で初めて、この本は啄木の死去から十年あまりが経過した大正十一年から、京助が親友との探偵譚を回想して書いていたものなのだということが明らかにされます。
最後に啄木が探偵として活躍しない、“探偵業を始める切っ掛けになったかもしれない事件”を持ち出してくるのが粋だなぁと思いました。「二銭銅貨」を出してくるのもまた粋ですね。
全話に渡って描かれてた、京助の啄木への想いが仕掛けの一部として作用しているのも凄い。
「淫靡倒錯とは無縁の、いわば啄木は男としての、僕の最大なる憧れだったのだ」
と、いうことらしいですが、京助の啄木への陶酔っぷりは親友という枠をこえていましたからね。奥さんとしては啄木に頼まれるまま仕事手伝いし、お金を渡す主人には苛立ちもするだろうと。作中の奥さんは啄木が家にくる度、また金の無心かと嫌な顔をしています。
実際の石川啄木も金田一家へのたかりっぷりは異様なほどだったらしく、金田一京助の息子である金田一春彦も子供心に驚いて呆れていたといいます。それでも金田一京助は啄木が死ぬまで援助し続けたというのだから、現実の金田一京助もこの本で描かれているのと同じくらいに、石川啄木に魅了されていたのかなぁと思えてきますね。
各話、話の終わりには石川啄木が記した短歌が事件を象徴するように出てきますが、本が始まる最初には啄木の歌集『一握りの砂』より
何かひとつ不思議を示し
人なみのおどろくひまに
消えむと思ふ
という短歌が示されているのが、この本を読み終わってみるとなんとも感慨深く胸を打ちます。
読む前は「何で石川啄木を探偵役にするのだろう」と疑問でしたが、史実を踏まえての物語構成はお見事で愉しめました。
アニメで気になった方は是非。
ではではまた~
- 価格: 800 円
- 楽天で詳細を見る