こんばんは、紫栞です。
今回は東野圭吾さんの『沈黙のパレード』をご紹介。
あらすじ
町の人々から愛された定食屋「なみきや」の看板娘・並木沙織。彼女は十九歳の時に突如行方不明となった。
三年後、彼女の遺体は縁もゆかりもないはずのゴミ屋敷から老女の遺体と共に発見される。
容疑者として浮上したのは、二十年前に草薙が担当した幼女殺害事件「橋本優奈殺害事件」で逮捕された男・蓮沼寛一。
二十年前、十分な状況証拠があったにもかかわらず蓮沼は黙秘を貫き裁判で無罪となった。今度こそはと意気込む草薙であったが、蓮沼はまたしても事情聴取で沈黙を押し通し、証拠不十分で釈放されてしまう。
容疑者が釈放されたことに納得がいかず憤怒に駆られていた遺族たちの前に蓮沼が現われる。蓮沼は営業中の「なみきや」に訪れ、あろうことか店主で沙織の父・祐太郎に賠償金を支払えと要求してきたのだ。
あまりに図々しく不貞不貞しい蓮沼の態度に遺族だけでなく「なみきや」の常連客・町の人々は増悪を募らせていく。そして、年に一度の秋祭りパレードで事件は起きた。
容疑者は遺族と彼女を愛した町の人々。
復讐劇はいかにして遂げられたのか?殺害方法、アリバイは?
草薙と内海、アメリカ帰りの湯川が事件の謎に挑む。
ガリレオの帰還
『沈黙のパレード』は【ガリレオシリーズ】の9作目。
前作『禁断の魔術』から約6年ぶりのシリーズ新作長編です。『禁断の魔術』で湯川は教え子が関わる事件に遭遇。最後は唐突に研究のためにアメリカに飛び立ってしまったところで終わっていたので、このまま自然消滅するのかと危ぶまれていたシリーズですが、見事に帰還してくださいました。感謝。
最初本屋で見かけたときは「ドラマ化の為の大人の事情か?」なんて捻くれたことを考えてしまいましたが・・・2020年現在ドラマ化の話は聞こえてこないので思い過ごしだったようです。失礼な読者ですね、私(^_^;)。と、言いつつ、いずれはドラマ化されるのではないかと思いますが・・・どうなのでしょう?
※2022年に映画化されることが決定しました。やっぱりね!
作中では前作から4年経ったことになっていて、アメリカから帰ってきた湯川は准教授から教授に、草薙は係長に出世しています。二人ともシリーズ当初は30代半ばでしたが今作では四十代に。草薙は巡査部長から警部補、警部、係長ですから、順調に出世していっている感じ。仕事に精を出しすぎているせいかどうか、湯川も草薙もいまだに独り身でそこは変わらないですけどね。
アメリカに行ったきりで音信不通だった湯川。四年ぶりに日本に帰ってきたのに草薙には連絡せず内海に報告メール。「係長のところにも届いていると思っていたんですけど」と内海から聞かされ、「届いてない。何だ、あいつ。失礼な奴だ」と憤慨する草薙。
四年音信不通で、友人の自分は帰国報告を受けていないのに、部下のところにはメールがきているとか、確かに草薙にとっては面白くない現実ですよね。内海から伝わるだろうから必要ないと思ったとのことですが、合理主義もほどほどにしないとダメだろうと思う(^_^;)。
ま、憤慨しつつも湯川に連絡を取って再会する草薙。再会早々に湯川は草薙の因縁めいた事件に関わり、遭遇して事件関係者の一人となる。
複数の犯人
菊野市というのは架空の市で東京の郊外という設定。この菊野市で行われる年に一度のチーム戦のコスプレパレード開催の日に、町中から恨まれていたグズ男・蓮沼が密室で遺体となって発見される事件が発生する訳ですが、この事件を画策していると思われる町の人々の様子を、事が起こる前から不穏に、視点が代わる代わるして描かれています。
良からぬ事をしでかそうとしているのは、沙織の父・並木祐太郎、祐太郎の親友で食品加工会社社長の戸島修作、沙織に歌の才能を見出してプロの歌手にするべくレッスンしていた新倉直紀、失踪当時沙織の交際相手だった高垣智也。
蓮沼に外道極まる振る舞いをされ、憎悪を膨らませていた祐太朗を見かねて、戸島が高垣と新倉に声をかけパレードの日に計画を実行する。
この設定、テレビ朝日の連続ドラマシリーズ『相棒Ⅴ』第三話の「犯人はスズキ」に少し似ている・・・と、いうか、個人的に連想してしまいましたね。
読む前に書籍紹介を見たときに「『相棒』の、あんな感じのお話なのかな~」と先入観がある状態で最初読んだのですが、読み終わったときは良い意味で予想を裏切られたなぁと。『相棒Ⅴ』の「犯人はスズキ」も名作ですけどね。
あと、やっぱり『オリエント急行殺人事件』へのオマージュ作なのかという気も。
計画は戸島が仕切っている状態で、祐太朗・新倉・高垣の視点が所々で入ってくるストーリー展開。犯人たちは分かっているものの、計画の中心人物の戸島の視点が描かれず計画の全容が解らないので、彼らが実行した殺害方法やアリバイトリックを推理して読む“倒叙モノ”の形態の長編。
以下、ネタバレ~
・・・だけじゃない。
「今回は倒叙モノか~」となるところですが、東野圭吾作品だし、【ガリレオシリーズ】だし、やっぱりそれだけでは終わらない。殺害方法やアリバイトリックとはまた別の、“らしさ”満載の二転三転する真相が待ち構えています。
増村
蓮沼は増村英治という男性の住居に居候していて、そこで殺害される。閉めきられた部屋で殺害方法不明の状態で死んでいるのが発見される訳で、その殺害方法の謎を解き明かすのが主軸に進んでいきますが、このトリックに関しては割とヒントも多くって読者としても早い段階でどんなトリックが使われたのかというのは見当が付く。
ミステリとしてはこの後に明かされていく人間関係の方がむしろこの物語りのメインとなっています。
祐太朗たちが蓮沼に危害を加えるべくやろうとした仕掛けというのは、蓮沼を先に部屋で眠らせる必要があるため、一緒に住んでいた増村の協力なくしては出来ないもの。
当初、警察では増村のことを事件とは無関係の、蓮沼と唯一親交がある人間としか捉えておらず、草薙も「蓮沼のような奴と仲良くできる人間もいるのか」などと思っていた訳ですが、実は増村は二十年前の「橋本優奈殺害事件」の後に自殺した優奈の母親・橋本由美子の兄。
姪を殺し、妹を死に追いやった蓮沼のことを恨み、いつか復讐してやろうと何年にもわたってずっと狙っていたのです。そんな中、新たに蓮沼が犯人だと思われる「並木沙織殺害事件」が発生。「自分がさっさと蓮沼に復讐していれば・・・」と悔やみ、蓮沼への怒りも益々抑えられなくなった増村は、並木沙織の親族も自分と同じ想いのハズだと祐太朗に「一緒に蓮沼に復讐しよう」と持ち掛ける。
元々は増村が祐太朗に話を持ち掛けたのが発端で、その後に「捕まっても構わない」と言う祐太朗を牽制し、捕まらないように細かな計画を立てたのが戸島。
不運な傷害致死で前科者となってしまったために、ずっと面倒を見続けてきた腹違いの妹・由美子に「兄」の存在を秘匿させ、影の存在となって由美子の家庭と姪御の成長を見守り生きる糧にしていた増村。増村にとっては自分の人生の希望そのものである由美子の幸せを理不尽に奪っておきながら罪を逃れた蓮沼は到底許せる存在ではありませんでした。
何年もかけて蓮沼を追い続ける増村の執念は読み応えがあり、この本の魅力の一つになっています。
しかし、こんなに憎い相手と四年も親交を持ち続け、一緒に住み、談笑しながら酒を飲んだりするというのは普通に考えて精神的に無理があるのではないかという気はしてしまいます。
絶対途中で耐えられなくなって殴りかかっちゃったりするよなぁ・・・と。ここまで執念深く蓮沼を狙い続けていたのに計画の立案や最終的なところは人任せというのもどうかなぁ。
私が増村なら、ここまで憎み続けてきた蓮沼が懺悔する姿は自分で絶対に見届けないと納得いかないと思う。蓮沼としても今まで仲良くしてきた人間が、かつて自分が殺害した女の子の親族だと知らされるのはかなりの衝撃だろうし、その事実を突き付けることも復讐のうちになるのになぁ・・・と。
こんな風に言うとアレですが、ちょっと“もったいない”のでは。
本当の真相
戸島たちが立てた計画というのは、まず増村が蓮沼の飲み物に睡眠薬を入れて部屋で眠り込ませて外側から施錠、パレードに乗じて液体窒素の缶を運び、蓮沼に声をかけて起こして、部屋の隙間から液体窒素を流しこむ。息が出来ずに苦しむだろうから、「やめて欲しかったら事件の真相を話せ」と迫って吐かせようというもの。聞き出した後に殺すかどうかは祐太郎が蓮沼の態度を見て決めると(※祐太郎がとどめをささないなら、祐太郎が帰った後に自分が殺すと増村は宣言していましたが)。
しかし、パレード当日になって祐太郎の店で客が腹痛を訴えるトラブルが発生。祐太郎が病院まで付き添わなくってはいけなくなったため、計画は中止しようと戸島が他協力者に連絡をするも、新倉は運ばれてきた液体窒素と蓮沼を前に憎しみをおさえることが出来ず、一人で計画を実行。蓮沼を殺害してしまう。
祐太郎に完全なアリバイがあったのは新倉が単独で実行してしまったためだったのか~。で、一件落着しそうになりますが、実はさらに隠された真相があり、湯川はある人物に真相を問いただす。
その人物とは、新倉の妻・新倉留美。
留美は蓮沼に脅されていました。何で脅されていたのかというと、並木佐織殺害の犯人として。
三年前のあの日、佐織は留美に「妊娠したから彼氏と結婚する。歌手になる夢はもういい」と言い放った。佐織に才能を見いだし、一流の歌手にするべく新倉夫婦は心血を注ぎ、やっとデビュー出来るという状況下での佐織のこの発言に留美は逆上し、佐織と揉み合いになり、佐織は頭を打って倒れてしまう。
動かなくなった佐織を見てパニックを起こした留美はその場から立ち去るが、その一部始終を蓮沼は目撃していた。これは脅しの材料に使えると考えた蓮沼は佐織の身体を持ち去り、病死した母の遺体のある実家に隠し、死体遺棄罪の公訴時効が成立する三年を待って遺体が見つかり態と自分が疑われるように実家を放火した。
誤認逮捕で刑事補償金をせしめ、その後は留美を脅迫してずっと金づるにするのが蓮沼の目算でした。
蓮沼に脅迫され、数回要求に応じたものの、どうしようもなくなった留美は夫に真実を打ち明け相談する。そんな時、新倉は戸島からパレードの日の計画を持ちかけられ、この計画を利用して事実を伏せまま蓮沼の口を封じようと考えた。当日、祐太郎の店でトラブルが起きるように仕向け、妻を守るために蓮沼を殺害した――。
湯川の指摘により、三年前に留美と揉み合った際、佐織は気絶していただけでまだ生きており、その後に殺害したのは蓮沼だと発覚。新倉は捕まったものの、祐太郎・戸島・高垣はさほどの罪に問われずに皆日常を取り戻していくのでした。完。
イラッとくる
二十年前の成功体験があったからこその蓮沼の大胆不敵な計画だというのは分かりますが、もっとスムーズに脅す方法があるような気がするし、やっぱりあまりにもリスキーなのでは。本当のところ、殺してるの自分なんだし。
あと、佐織はあまりに勝手すぎますよね。新倉夫婦に無償でレッスンを受け、散々お世話になっておきながら夫婦の歌手育成への気持ちが「重い」と言ってのこの仕打ち。
彼氏の高垣も彼女が歌手デビューする瀬戸際なのに「結婚したい」って言ってみたり不用意に妊娠させたり、相手の置かれている状況をまったく考慮していなくって不誠実だと思う。これが若さか…って感じですが、それまで佐織は非の打ち所のない良い子という印象で描かれていたこともあって意外な事実に腹が立つ。高垣も同様に。
ラストで高垣が「なみきや」に訪れ、並木夫婦はあたたかく迎え入れていますが、私が並木夫婦の立場なら十代の娘を孕ませて殺害されるきっかけを作った高垣とまったくわだかまりなく接するなんて、頭では分かっていても無理だろうなぁと思う。
と、いうか、並木夫婦は新倉夫婦に謝罪すべきなのでは・・・。妊婦に手をあげるのは許せることではないけども・・・貴方方の娘さん、失礼で勝手ですよ。留美が怒るのは当たり前。結果的に新倉は沙織の仇討ちをしたようなもんだし。
計画のことに関しても、祐太郎は殺すかどうかはその時判断するつもりだったと言いますが、どのみち蓮沼に拷問めいたことをした後に生かしておけばまた訴えられるってことになって面倒なことになっていただろうし、自分が殺らなくても増村が殺るって言われていたし、結局蓮沼を生かしとくつもりなんてなかっただろうに…と、ただの逃げ口上に思えて仕方ない。
最終的に佐織を殺害したのはやっぱり蓮沼だったというのもそうですが、もろもろ良い風にまとめようとするあまり登場人物にイライラする結果になっちゃっている気がしますね。
湯川の変化
アメリカ帰りで丸くなったと草薙に称された湯川。
確かに「なみきや」の常連になったり、他の客と親しく談笑したり、女の子にパレードを案内してもらったりと“らしくなく”社交的な湯川が今作では拝めるのですが、「なみきや」の常連になったのは草薙の無念を晴らすために少しでも協力出来ないかと思っての行動だったと最終ページで発覚。
それまでのイライラを忘れられるほどホッコリとした気分にさせてくれて、これのおかげで読後感が改善されて良かった(^_^;)。
『容疑者Xの献身』
での石神の一件以来、湯川は真実を悪戯に追求することに躊躇するようになっていて、場合によっては真相に気づいても秘匿したりすることも。個人的に犯人が裁かれない結末は釈然としなくって、湯川の“やさしさ”がもどかしく感じることもあるのですが、今作は全てが詳らかに明かされる結末で安堵しました。
回を増すごとに湯川の真相究明への配慮は際立ってきていると思います。それに加え、今回は親友への思いやりも知ることが出来て、湯川の成長や変化を楽しめるファン必見の作品です。
登場人物の心境に多少無理がある気がするものの、「橋本優奈殺害事件」と佐織殺害事件の質の違いへの違和感(被害者の年齢の違いとか)や事件発覚のきっかけである放火などの繋がりかたは見事ですし、二転三転するストーリー展開は流石。シリーズファンならやっぱり読むっきゃない!てな本なので是非。
ではではまた~