夜ふかし閑談

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『名探偵の有害性』あらすじ・ネタバレ感想 ”名探偵”は有害か?

こんばんは、紫栞です。

今回は、桜庭一樹さんの『名探偵の有害性』をご紹介。

 

名探偵の有害性

 

あらすじ

およそ30年前の平成中期、名探偵が大流行していた時代があった。名探偵と名乗る者がたくさんおり、トップの四人は四天王と呼ばれて、派手な事件が起こっては彼らが呼ばれて推理を披露・解決する姿をテレビで放送し、マスコミが騒ぐ。名探偵が人気タレントやアイドルのように華やかに活躍し、賞賛されていた時代が。

 

鳴宮夕暮はそんな名探偵四天王の一人・五狐焚風の助手として20代を過した。名探偵ブームは10年ほどで終焉し、それと共に探偵活動は停止。令和となった現在は親が残した喫茶店を夫と一緒に営む日々を送っていた。

 

そんなある日、夕暮の店に20年前に離れてそれきりだった五狐焚風が突如訪れる。それと同時に、YouTubeの人気チャンネルで”名探偵の有害性”を告発するという動画がアップされた。槍玉に挙げられた名探偵は五狐焚風――。

 

名探偵と助手だったあの時、私達は何をしたのか?

ネットで糾弾される最中、夕暮は風と二人で過去の推理を検証する旅に出る。

 

 

 

 

 

 

 

かつての名探偵と助手、二人の旅路

『名探偵の有害性』は2024年8月に刊行された長編小説。タイトルに”名探偵”とあるのでミステリかと思う人も多いでしょうが、読んでみると確かに「推理」は扱っているものの、本筋はそこでは無いと分かる長編小説となっております。

各章で謎解き要素は盛込まれているのですが、そういった要素は本当にライトなので、ミステリを期待して手に取ると肩透かしをくらうかも。

でも探偵小説への愛は存分に感じる事が出来る作品なので、探偵小説好きは興味深く読めるはず。

 

設定がちょっと変わっておりまして、平成中期に”名探偵が大流行した”とあるのですが、これは小説や漫画など創作物としてのミステリブームがあったというだけではなく、実際に起こった事件に名探偵が呼ばれて解決するという、リアルでの名探偵ブームなんですね。

特に人気のある名探偵は芸能事務所に所属し、事件の依頼が来れば撮影クルーを引き連れて現場へと赴き、推理をカメラの前で披露する。芸能活動として「名探偵」をするタレントが人気の時代があったと。

 

当たり前ですが、現実の日本にはそんな時代はありません。実際の事件に名探偵が出張っていってプロの刑事たちを蔑ろに好き勝手するなんて時代は。

本格推理小説は往々にしてそんな設定ばかりですが、それはあくまで創作だから。実際にはそんな探偵はいないということも、非現実的で荒唐無稽だということも誰もが知っている。

しかし、この物語ではそういう、荒唐無稽な状態の時代が本当にあったよと。人権とか倫理的問題とかあるし、そもそも警察がこんなテレビの暴挙を許すはずも無いのでツッコミどころ満載なのですが・・・ま、ある種のファンタジー設定ですね。

 

うーん、でも、昔やっていた霊媒師呼んで事件を霊視してもらうとかいう企画番組に近いんですかね。そう考えると平成中期ならあり得たのでは・・・?と、思える気も。でもあの手の番組も当時は散々ヤラセを疑われたしなぁ・・・。

 

と、そんな輝かしい名探偵タレントとして活動していた風と助手の夕暮なのですが、ある日いきなりその20代の頃の輝かしい日々をYouTubeの人気チャンネルで糾弾される。

曰く、「軽薄極まりないブーム」「狩人のゲーマー」「超法規的存在」「家父長制の亡霊」「暴力」「抑圧」。

・・・・・・ちょっとよく解らない言い分も入っているんですけど、令和の今からすると平成の名探偵ブームなんぞけしからん、名探偵は暴君だ!告発する!という訳です。

 

風と夕暮はかつての自分たちの名探偵活動を50歳になろうという今でも密かに誇りにしていたため、「いや、そんなハズは無い」「自分たちは正しかったハズだ」と、確かめるべく過去の解決させた事件を検証する旅に出る。

 

老いた名探偵と助手の二人の追想の旅路が描かれる物語ですね。

 

全七章で、一章ずつ一つの事件を検証していく構成。語り手は一貫して夕暮です。

50歳の中年女性が語り手というのは、少女小説のイメージが強い桜庭一樹作品では新鮮さがありますが、桜庭さんらしい文章はそのままです。「風」「夕暮」という、主要人物に名前らしからぬネーミングをするのもいつもの通りですね。

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名探偵の責任

名探偵ってのは颯爽と現われ事件を解決し、去って行くもの。風も夕暮も事件を解決したその後の事は特に気にとめずにいました。ただ良いこと、正しいことをしたんだと思って終わり。

しかしながら、扱うのは犯罪や殺人という大事な訳で。名探偵の活動ってのは通りすがりの人の人生を決定的に左右してしまうこととなる。

 

過去を振り返る旅の中で、二人は名探偵として事件に関わった自分たちにはその都度他人の人生への責任が生じていたのだと思い知らされます。

自分たちは唯々その場の空気に乗せられて、それが正しいし当然のことなのだと思っていた。でも、時代が変わった今では”その空気”はもう説明出来ない。残るのは”しでかした”事実だけ。

 

「(略)時代の空気は消えてしまって、個人の罪だけ残るのね」

 

そしてやっぱり、名探偵がもっとも影響と責任を伴うのは助手の人生。言うなれば、名探偵の活躍による最大の被害者は助手なのです。

 

 

 

 

名探偵と助手の特異性

風と夕暮は大学生の時に知り合い、名探偵と助手の男女バディとしておよそ10年間一緒に過しました。ですが最後の事件での取り返しのつかない失敗により、バディは解散。それ以降の二人は20年間一度も会うことなく過してきた。

 

YouTuberに糾弾されるなんて事態にならなければ、このまま一生再会することなく終わっていただろう二人。

結婚して夫と共に喫茶店を営んでいた夕暮ですが、死後に名探偵の五狐焚風と虹の橋の袂で落ち合って、またバディを組むのだというロマンチックな夢想を胸に密かに抱き続けていました。

それほど夕暮にとっては名探偵の五狐焚風は特別で大切な精神的支柱だったのですね。助手として名探偵と一緒に”あの時代の空気の中”をがむしゃらに闘った日々から気持ちがいつまでも動かずにいた。

 

恋愛関係のように憑物が落ちるように終わることが出来ない、だだ仕事として付き合っているのでもない。名探偵と助手ってのは他のどの関係とも違う特異なものなのですよね。

 

これは推理小説ファンならば皆承知な事だと思うのですが。この特異な関係性がその手の推理小説の醍醐味ですよ。

だからこそ名探偵と助手にはいつまでもその何とも言い難い関係を続けていて欲しいというか、永遠性を求めてしまうものですが、この物語は”探偵と助手の終焉”が真っ向から描かれています。

 

過去を検証する旅をする中で、夕暮は自分が常に誰かの付属品のような立場で生きてきたことに気づく。風と同じように賢いのに、何者にもなれないまま、出来ないままにだらだらと生きておばさんになってしまったと。

そしてそれは全部、名探偵・五狐焚風のせいなのだと。助手にとって「名探偵」はとても有害なのですよね。ある側面では。

 

過去を検証する旅は、名探偵・五狐焚風の最後の事件となった。風は自分の人生の謎をかつての助手である夕暮と旅することで解いて、「名探偵」を降りる。

風が名探偵でなくなったと同時に夕暮も「助手」ではなくなり、今更ながらに自分自身の人生を生きる決意をする。

夕暮にとっても、かつての名探偵との旅は自立のための旅となったのです。

 

 

あのね、風くん。きっとね、これからもずっと、わたしはわたしの大切な名探偵のことが、時に無茶苦茶だった若き日のあなたのことが、こっそり、ずっと大好きよ。

だけどね、もしこの先の人生後半の五十年で、あなたより先に死んだとしても、虹の橋の袂であなたのことを待ったりは、もうしないでしょうね。

だってわたしもわたしなりの人生をこれから歩いていくんだもの。一歩一歩、自分の道を進むたび、きっと過去から遠ざかっていくんだわ。

 

 

バディもの推理小説が好きな私としては、この自立物語は読んでいてとても寂しくなってしまいました。良いことなんでしょうけどね、でもバディの別れってやっぱり悲しくなってしまう。

風と夕暮の掛け合いが楽しかったので尚更。50歳でいい大人なのにどこか幼稚さ漂う妙なやり取り。ま、いくら歳をとろうと青春時代の仲間に会えばたちまちその時に戻ってしまうってことなのでしょうか。

 

なので、最後のあの一文にはとても救われましたね。

 

この描きっぷりは流石桜庭一樹といった感じ。立場を弁えずに好き勝手するのに何だか憎めない、絶妙に迷惑な人であるさんなど、主要二人以外の登場人物たちも非常に桜庭作品らしい面白さがあります。

地の文がセリフのように書かれている箇所が多々あるので、桜庭一樹作品に慣れてない人には少し読みづらさがあるかとも思いますが、途中で止めずに受け入れて最後まで読んで欲しいです。

別れが描かれていますけど、これは作者の”バディもの推理小説への愛”が込められた作品だと思うんですよね。時代の変化を描きたいというテーマもあるのでしょうが。

 

気になった方は是非。

 

 

 

ではではまた~