こんばんは、紫栞です。
今回は湊かなえさんの『ポイズンドーター・ホーリーマザー』をご紹介。
第155回直木賞候補作。
単行本の表紙がちと怖めですね。文庫版も不気味さが漂っていますが。
『ポイズンドーター・ホーリーマザー』は短編集。イヤミスの女王として名高い湊かなえさんらしく、期待を裏切ることのない、後味が悪く、“リアリティがあり過ぎるエグみ”に溢れたお話が詰まった短編集です。これぞ湊かなえ作品といった著者の王道を行く1冊。やっぱりこういう短編が抜群に上手い作家さんだと久しぶりに読んで実感しました。
この本を原作としてWOWOWプライムでの連続ドラマ化が決定しています。キャストや演出など、どの女優さんがどの様に演じられるのか気になるところ。
私は文庫本で読みましたが、文庫本の方だとドラマの脚本を担当される清水友佳子さんのあとがきが収録されています。同じく湊かなえ原作のドラマ『リバース』の制作にも関わっていた脚本家さんですね。
目次
●マイディアレスト
●ベストフレンド
●罪深き女
●優しい人
●ポイズンドーター
●ホーリーマザー
の、6編収録。
湊さんの作品は連作短編なども多いですが、この短編集は4編までは独立した作品で、終わりの2編「ポイズンドーター」「ホーリーマザー」は繋がったお話。本の表題もこの2編のタイトルを繋げたものになっていますね。
全話主役は女性で6人の女それぞれの物語が描かれます。
まずは表題作以外の4作をご紹介。
●「マイディアレスト」
姉と妹のお話。異性関係に厳格な母親の言いつけ通りに過ごしてきた結果、異性との交際にコンプレックスがある姉が語り手。妹は姉とは対照的に好き勝手に奔放に楽しんでいて、自分には厳しかった母親は何故か妹に関しては放任気味。妹に子供ができて結婚が決まると、今度は妹を優遇するようになる母親・・・。姉からすると言いつけ通りにしてきた自分が阻害され、好き勝手してきた妹の方が優遇されるというのは如何にも納得いかないですよね、ホント。
しかし、こういう状況というのは家庭内で往々にして起こる出来事。上の子には厳しくあたったのに、下の子には甘くなるというのも、今まで問題を起こしまくっていたのに、子供を産むとなったとたんに全てが帳消しになるというのも。何というか分かり見が過ぎる(^^;)
桜庭一樹さんの短編でも同じような設定のお話がありましたね↓
ゾッとするようなラストですが、個人的にはこの「マイディアレスト」が一番短編として纏まっている感じがして好きです。
●「ベストフレンド」
脚本家になる夢を追い続けている主人公が、ライバルへの嫉妬に苦しみ、失脚を願うようになるが・・・な、お話。読んでいる最中はなんで「ベストフレンド」というタイトルなのかと疑問でしたが、結末を読んで納得。う~ん、でも、ちょっとこの結末への持って行き方は強引かなぁとも思いましたけど。今作の中では一番ミステリ色が強い作品ですかね。
湊かなえさんは脚本家を経ての作家なので、脚本賞などの詳細が描かれているのは興味深いです。受賞するまでも大変ですが、脚本家を職業とするにはその後の立ち回りが大切なんですねぇ。
●「罪深き女」
無差別殺傷事件を起こした犯人がいて、このような事件を引き起こさせたのは自分のせいだと警察に訴えに来た女性の証言が中心に描かれるお話。
タイトルの通り、「罪深いんだよこういう人が」と、いった感じ。自分を中心に物事を捉えて、主役気取りで浸っているという。端から見ると独りよがりで滑稽。
しかし、こんな風に自分の言動が周りに多大な影響を与えているのだと思い込んでしまうというのは大なり小なり皆あると思います。こっちは相手にした事をいつまでも気に病んでいたのに、いざ相手に訊いてみると覚えてもいないなんてことありますよね。まぁ逆もしかりですけど。
知らぬうちに自意識過剰になってしまっている状況は多々あります。本来はみんな自分の事で手一杯で他人のささいな言動なんて気にも止めていないことが殆どだったりするんですけどね~。
この作品にも異性関係にやたらと厳しい母親が出て来ます。
●「優しい人」
「誰に対しても優しくするように」という母親の教育によって対人関係や自己主張が上手くいかない女性が主役で“優しさ”とは何かを考えさせられるお話。
主人公は母の教えのままに最初のうちは“優しい人”として相手に接するが、いつも相手に一番ダメージを与える状態の時に抑圧された気持ちが爆発してしまい、反発し、拒絶してしまうので結果的に相手からも、その様子を見ていた他の人々からも「酷いじゃないか」と言われてしまう何だか貧乏くじを引き続ける人生を歩んでいます。
とはいえ、私も主人公の行動はちょっと頂けないんじゃないかと思ってしまいましたね。コレはコレで「罪深き女」だなと。
“優しく”と言いますが、行動は母親の強制によるもので主人公の意思は無視されているので、結局“優しくしている”んじゃなくって、命令に従っているだけなんですよね。職務を遂行しているようなもの。“優しさ”なんて際限のないもの、自発的じゃないと対人関係では無理がくるに決まっていますよね。
“優しい”ことは美徳ではあるのでしょうが、ただ唯唯諾諾と優しく接するだけでは“優しい人”ではなくただの“便利な人”になる。利用する人が悪いのは勿論ですが、主張することをまる放棄して“優しい人”ぶるのもまた問題なんじゃないかと思いますね。
毒親
「ポイズンドーター」と「ホーリーマザー」は“毒親”がテーマ。タイトルは直訳すると「毒娘」と「聖母」ですね。
「ポイズンドーター」は母親のことを毒親だと告発する娘視点で描かれるが、「ホーリーマザー」では一転して母親は聖母のような人だったという友人視点で描かれ、娘は友人に「あんたは毒娘だ」と糾弾される。
この話で最後に出される結論がですね、親に苦しめられたと感じている人には不愉快になったり怒りが込み上げてきたりすると思うので、注意が必要ですね。物議を醸す作品です。
私も読み終わっての率直な意見としては「納得がいかないな」と思いました。
関係の浅い友人に「あんたの母親は聖母のようで、お前の母親に対しての考えは間違いだ」なんて糾弾されても納得なんてできる訳がない。と、いうかそんなことを断言して言える立場にないだろうと。友人は外での母親の姿しか知らないからです。
外での振る舞いと家の中での振る舞いは変わるに決まっているし、家族間でのことは家族にしかわからないのも当たり前。たまに近所で擦れ違う程度でしかない他人が、一緒に暮らしていた娘よりも知っていて理解しているなんてことある訳がない。それを!正論述べている顔をして「毒娘」だの言って糾弾するなんて、何様だ!ほんとに!!
と、思う訳です。
とはいえ、娘の方も納得できる行動ばっかりとっている訳でもないんですけど。それにしても、やっぱり友人の視点は穿って見過ぎだと感じます。どの言動も悪く捉えていて、最初っから全否定する気しか無いように見える。まぁ、学生時代に腹いせで好きな人横取りした奴に優しくしようとは思わないかもですが。
他にも、“極端に酷い目に遭っている人しか声を上げてはいけない、軽度の人が大勢声を上げると本当に酷い目にあっている人が埋もれてしまうから”と、いった意見も「線引きはどうするのか」と疑問。犯罪レベルじゃないと駄目ってこと?結局比較論?
あと、最後の子供を産めば分かるといった意見も、女は子供を産まないと成熟しないと言われているようで、独身には気分が悪いです。
と、まぁグチグチと思ってしまったのですが。
今作ではどのお話も母親が深く関わっています(「ベストフレンド」はちょっと違うかもですが)。父親は完全に無視状態で、描かれるのは母娘。女性作家さんは母親と娘の関係を描く人が多いですね。それだけ影響が強いってことなんでしょうけど。
母と娘
どんな親が“毒親”なのかはハッキリ断言できるものではありません。全ての子供が親を憎むからです。コレはもうどんなに恵まれている人でもそうで、頻度の問題。親が違えば別の人生が、もっと違った人間になれたかも、なれたハズと夢想したことがない人なんていないと思います。親の場合も同様で、どんな出来た親だって、子供を疎ましく思う瞬間というのは必ずある。
尊敬や感謝、愛情を抱きつつ、負の感情も抱く。家族とは、人とは、そういうもの。だから結局折り合いを付けていくしかない。
個人的な意見としては、自己主張が思うように出来ない家庭環境というのはやはり健全な状態ではないと思います。聖母のように愛情を持って育てていたと、いくら周りに思われていたとしても、受け取り側である当人に伝わっていなければ、愛情を注いだ事にはならない。
伝わることが大事で、極端な話、伝わっているなら大抵は大丈夫。
「ポイズンドーター」「ホーリーマザー」の娘・弓香と母・佳香の間違いというのは伝える事を放棄したことだと思います。弓香は先に母親に訴えるべきことを「毒親」として世間に公表したこと。それにたいし、佳香は娘に反論することをせずに死を選んだこと。たとえ糾弾するような形になったとしても、それによって断絶する結果になったとしても、相手にぶつけるべき。
母娘だけでなく、どんな対人関係でも相手に伝える努力は必要だと思います。
まぁ職場などはともかく、家でくらいは言いたいことを言いたいものですよね(^_^;)
ともかく色々考えさせられる短編集です。自分ならどう思うか、是非読んでお確かめください。
ではではまた~