夜ふかし閑談

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『ダリの繭』(作家アリスシリーズ) あらすじ・ネタバレ感想

こんばんは、紫栞です。
今回は有栖川有栖さんの『ダリの繭』をご紹介。

ダリの繭 「火村英生」シリーズ (角川文庫)

あらすじ
推理作家の有栖川有栖は自身の最新作の完成と、犯罪学者の友人・火村英生の誕生日を祝して料理店でささやかな宴をしていたところ、宝石チェーンの名物社長・堂条秀一を見かける。堂条秀一は幻想を愛し、奇行で知られたシュールレアリスムの巨匠・サルバドール・ダリの心酔者で、ダリを真似た“ダリ髭”がトレードマークの有名社長だった。
それから一週間とたたないうちに、堂条秀一が神戸の別宅で殺害される事件が発生。堂条の遺体は“フロートカプセル”の中に入った状態で発見され、奇妙なことにトレードマークの“ダリ髭”が無くなっていた。他にも数々の不可解な点が・・・。
容疑者のうちの一人として有栖の友人・吉住訓夫の名前が挙がり、気になった有栖はフィールドワークでこの事件の警察への捜査協力をすることになった火村に事件の詳細を聞き、一緒にフィールドワークに参加することに。しかし、捜査が進むにつれ友人の吉住は窮地に立たされて――。

 

 

 

 

 

 


装丁いろいろ
『ダリの繭』は【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)の長編2作目。

 

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最初に刊行されたのは1993年。現在、通常の文庫版はこちらですが↓

 

 

 

1999年には愛蔵版が刊行。

 

 

2013年には角川ビーンズ文庫版の上下巻で刊行されています。

 

 

 愛蔵版と角川ビーンズ文庫版の下巻には巻末には書き下ろし拳編シュルレアリスムの午後」という、アリスとお隣さんの真野さんとのお話が収録されています。この挙編は元々は愛蔵版の特典サービスとして書かれたものですね。

内容は道端で会った際の二人の会話といったもので、事件には直接関係ないです。麻々原絵里依さんによるコミカライズでは『朱色の研究Ⅰ』

 

 

 

 

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の巻末にこのお話が入っています。会話の内容はほぼ同じですが、こちらの漫画ではアリスと火村とのお話に変更されています。

文章だけで愉しみたい方は愛蔵版、挿絵ありが好きな人はビーンズ文庫版がオススメ。有栖川さんは文庫化の度にあとがきを書いてくれるのでそちらも必見。個人的に、有栖川さんはあとがきが面白い作家さんの一人だと思っております。

 


新婚ごっこ
シリーズの第1作目というのはどうしても説明的な部分が多くなってしまいがちなので

 

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2作目の長編は主要人物たちの個性や関係性の掘り下げが多くされる傾向が強いです。【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)もご多分に漏れず、この2作目の『ダリの繭』ではアリスと火村の関係性の掘り下げ・・・と、いうか、端的に言えば二人の仲良しっぷりがこれでもかと描かれています。

まず、初っ端からフランス料理店で火村の33歳の誕生日を祝って(アリスの本の完成もですが)シャンパンで乾杯しているところから始まります。
コレはですね、大抵のことは本で書かれていると「そんなもんか」と受け入れてしまう私でも「流石におかしいな」と思いましたね。

しかも、

つまらないことを言いながら周りをふと見渡すと、楽しげに語らい合うカップルで私たちが包囲されていることに気がついた。結構なことだ。他人の幸せそうな様子を見ることは私の喜びである。

確かに結構なことですけど。「ア、アリス、あのさ、もっと気にするべき点があるのでは~・・・」と読みながら思いました。「え?私の方がおかしいのかな?」とか(^^;)。

ちなみに、二人のこの日の予定は

ここで上品な料理とうま酒を賞味しながら互いに祝い合った後、御堂筋を走る車を眺めながら路上でラーメンを食べ、それから私のマンションに彼を引っぱり込んでうだうだ言いながら飲み続ける、というのが素晴らしき今宵の予定であった。

らしい。
この独身万歳!な感じ(笑)学生のままのノリのようで、フランス料理店で乾杯というのが社会的地位のある大人を表している(のか?)。いずれにせよ羨ましい。
しかし、この地の文、大好きっぷりが滲み出ていますよね・・・。語り手のアリスは探偵役の火村のことを普通に(?)友人として好意的に接しているのが示されてします。これはコンビの推理物シリーズでは結構珍しいんですよね。探偵役に振り回されて語り手が苛ついたりで、表面上は反発し合っているが実は・・・・・・みたいなのが一般的には多いですから。このシリーズではどちらかというと語り手のアリスの方が振り回していますしね。

 

角川ビーンズ文庫版のあとがきで有栖川さんは「私は男三人でフランス料理店で食事するけどどうよ?」みたいな事を書いていらっしゃいます。わかってないわねっ!二人と三人じゃ全然違うわよっ!
・・・と、物申したい気分になりますが。
やはり私と同じような疑問を感じてしまう人々からお声が多数あったようですね(^^;)

 

今作の“そういった部分”で特に有名なのが「新婚ごっこ」。ネットで『ダリの繭』を検索すると「新婚ごっこ」と出て来るくらいにファンの間では有名です。


これは何だというと、もうそのまんまで、アリスと火村の二人で新婚ごっこをしているんですよね。フィールドワークの都合上、火村がアリスのマンションに五日ほど入り浸っていたので(その間、大学の講義はずっと休講)、その間のアレコレが色々。本人たちも「新婚ごっこもどきをしている場合ではない」「新婚ごっこはもう終わりだぜ」などと作中で言っています。

これらの部分は著者としては二人の良好でフラットな関係を表したいんだとは思うんですが・・・ちょっと気になってしまいますよね、女子としてはね。しかしコレ、有栖川さん自身はそういった方面のウケ狙いで書いているのではなく、あくまで自然なやり取りのつもりで書いているんだと個人的には思っています。

 

 

ドラマ
『ダリの繭』は2016年放送の日本テレビ系連続ドラマの第4話で実写映像化されました。

 

臨床犯罪学者 火村英生の推理(DVD-BOX)

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ハッキリ言って、ドラマのこの回はなかったことにしたい。と、いうのが個人的な感想です。
長編なのに一週のみの構成で詰め込みすぎだし、大胆すぎるカットがされているし、原作での丁寧な心情描写が雑すぎだし・・・・・・と、まぁ言いたいことはいっぱいある(-_-)「新婚ごっこがやりたかっただけだろ」とか言われてしまうもの納得です。(ちなみに、私は原作の「新婚ごっこ」の方がずっと好きです)でもドラマだと二人の仲がギクシャクする展開でしたね。原作は上記のようにひたすら仲良しな内容なんですけど。

この連ドラは短編はともかく、長編の回がダメダメでしたね。『朱色の研究』は二週にわたってだったので期待したんですが、後半が「なぜあの原作がこうなる」ってな感じで当時は観ていて怒り心頭でした。原作ファンとしてはコレを観て『ダリの繭』をわかった気になられては困るってなものです。原作読んで下さいね!

 

 

 

※『朱色の研究』もね!

 

 

 

 

 

 


以下若干のネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


今作は被害者から“ダリ髭”がなくなっていたことなどの複数の不自然な点が綺麗に繋がっていくのが爽快な王道の推理小説ですが、推理部分以上にタイトルの『ダリの繭』にお話の主題が込められています。
被害者の堂条秀一は別宅にフロートカプセルを置いており、そのフロートカプセルの中で遺体となって発見されるんですが、このフロートカプセル云々から個々の“避難場所”へのお話が描かれていきます。
堂条秀一はフロートカプセルで胎内回帰願望を満たしていたらしく、これはサルバドール・ダリが生前「私は母親の子宮内にいたときのことをはっきりと覚えている」と公言していたことに由来するのですが、堂条本人は別宅のフロートカプセルのことを「繭」と呼んでいました。作中ではコクーニング現象と結びつけて語られています。

 

「(略)八十年代の終わり頃にコクーニング現象というものが言われました。コクーニングとは繭作りという英語ですね。この場合の繭とは、家庭を意味したもので、蚕がせっせと繭を作るように、自分を優しく包んでくれる家庭を再構成しようという姿勢を指したのがコクーニング現象。家庭への回帰。自分が愛せるもの、自分に敵意を向けないものだけに囲まれていたい、という態度」

 

上記は火村先生の解説。
まぁ簡単にいうと精神面での避難場所(シェルター)ってことですね。この話題の延長線上で事件関係者たちのそれぞれの「繭」、そして、アリスと火村にとっての「繭」が語られます。

 

アリスにとっての「繭」は小説を書くということ。
アリスが小説を書き始めた日は高校二年生、十七歳の夏で七月九日の蒸し暑い夜。七月七日の夜にしたためた恋文を翌日クラスメイトの女の子に渡すも、その女の子はその日の夜に自殺未遂を起こす。2ヶ月経って学校に復帰したとき、その子が友人に語った自殺未遂の理由は
――生きていてもつまらないと思って。

この出来事でのショックからアリスは本格推理小説という論理世界の虚構に逃げ込むように推理小説を書くことに没頭。そして、いつしか推理小説を書くことを職業に。

・・・何というか、絶妙にエグいトラウマですよね。
このアリスのトラウマ話は以後シリーズの中で結構引っぱっていく事柄なので、ファンには重要です。菩提樹荘の殺人』でやっとこさ振り切れている感じですね。

 

 

一方、火村にとっての「繭」は

「学問にかこつけて人間を狩ることさ」

警察に協力してフィールドワークをしている理由は「俺自身、人を殺したいと真剣に考えたことがあるからだ」と言う火村先生。コレについてはシリーズで一貫して出て来る事柄で、今だに詳細が明らかにされていないシリーズ最大の謎。毎度のことではありますが、読んでいると危なっかしくって苦しそうな火村に読者は胸を痛ませる訳です。

私が今作で特に好きな場面は、アリスのマンションで火村が「何らかの避難場所は誰にとっても必要だ」と言った後に、ローリング・ストーンズの『ギミー・シェルター』を口笛で吹き散らしているのを壁越しに聴きながらアリスがくすりと笑って就寝するところ。

火村にとって、アリスという友人の存在が少しでも気を抜くことが出来る“避難場所”として機能してくれていたら良いな。そうでありますように。といった願望というか、想いが込められている気がして好きですね。今作で仲良しな描写がたくさんあるのもこういった意味合いがあるのかな~とか(^^)。

 

 

このように、アリスのトラウマ話や二人の関係性の深み、ついでにたまにアリスに鳴かないカナリアを預けていくお隣さんの真野さんも登場するので(真野さんはこれ以降度々シリーズに登場する人物)、シリーズの中でも『ダリの繭』は必見なお話です。もちろん本格推理小説としてのロジックも堂条秀一とサルバドール・ダリを関連づけてのお話の纏め方も見事ですし、93年の作品ですが古くささもさほど感じずに読めますので是非是非。

 

 

 


余談ですが、今作の終わり方、アリスと真野さんが今後恋仲になるのかなぁ~とか読んだ当時は思ったものですが、2019年現在でも今のところそのような展開にはなっていないですね・・・(^^;)いつまでも独身万歳!な様子を楽しみたいのでまぁ良いんですが。

 

 

 

ではではまた~

 

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