こんばんは、紫栞です。
今回は清水玲子さんの『秘密-トップ・シークレット』5巻収録の
「屍蠟化死体事件」と同時収録の短編「特別編」をご紹介。
あらすじ
2062年。ガンを患い余命幾ばくもない梨田は、60年前に金欲しさに子供を誘拐・殺害した罪を告白する。梨田の証言により死体の捜索を開始した警察は屍蠟化死体を発見するが、この死体は中年男性で、死亡時期は20~25年前。梨田の起した事件とは無縁のもので、捜索中に偶然発見されたものだった。
解剖医の三好雪子は、遺体の状況から犯人は性的倒錯者の可能性のある異常者なのではないかと推察、第九にMRI捜査を求める。
遺体の状態・事件の緊急性のなさなどから室長の薪は雪子の申し出に難色を示すが、青木が薪に意見したことにより、青木が勤務時間外に一人で捜査することに。捜査により死体の身元が判明、脳映像の再現にも成功するが、映像の解析を進めた結果浮かび上がった容疑者は思いもよらぬ人物だった。
しばらくして、死体の捜索を続けていた警察はもう一体の屍蠟化死体を発見する。この死体こそ梨田が証言した事件の被害者男児のものだった。時効が成立しているため事件は立件不可能だが、被害者の母親はMRI映像の閲覧を希望する――。
二つの事件
今作では二つの屍蠟化死体(外気と長時間遮断された湿地や多湿な環境に放置されたことのよって腐敗を免れ、内部の脂肪が変性して全体が鑞状になった死体のこと)が同じ沼地から発見されるのですが、この二つの死体はまったく関連がないそれぞれ別の事件のもの。
前4巻までは猟奇性が高いものや世間的影響が大きい重大事件を扱っていましたが、
今作はどちらも20年前・60年前と過去の事件で重大性も薄いものです。
流れとしては最初に中年男性の他殺体が発見されて捜査、この他殺体に関係した悲劇的な事件が起き、後味は悪いが一応事件は収束したところで、元々探していた子供の死体を発見。今度は被害者男児の母親が息子の死ぬ前のMRI映像の閲覧を希望、警察は承諾するが、閲覧中に思いもよらぬ事件が起きる――と、いった構成。
別個の事件を何故並べて描いているのか。一見すると戸惑いますが、そこには確りと意図があります。
子供の死体の方は証言通りに梨田が60年前に殺害した被害者のものですが、もう一方の死体は梨田の証言によって捜索していたら偶然に発見されたもの。こんな巡り合わせがなければ今後も発見されなかったであろう死体で、三好先生が「屍蠟化死体だからMRI捜査が出来るかもしれない」と言わなければ事件として発覚すらもしなかった代物。まったく不運な犯人だって感じで、三好先生も「薮蛇となったこの犯人は運が悪かったとしか言えないけど」と序盤で言っていますが、三好先生のこの発言自体が皮肉なことに三好先生自身にそっくりそのまま返ってくるという“藪蛇”な展開になります。
以下ネタバレ~
薮蛇
中年男性の他殺体の身元は、25年前に行方不明になっていた堀江太一。親戚に引き取られたことで姓が変わっていますが、この男性は三好先生の十年来の親友である浜田葵の父親。
25年前。堀江太一は酷いDV男で、妻に子供達の見ている前で熱した調理油をかけて結果的に殺害。母親の死後、父親の暴力は長男の尚にむかい、命の危険を感じた尚は家を出る決意をします。まだ幼い妹・葵を置いて。お金が貯まったら妹を迎えに行こうと決めていた尚ですが、ある時、自分は我が身可愛さで妹を見捨ててきただけなんだと気がつきます。自分がいなくなれば、父親の暴力は残された葵にむかうとわかっていながらの自分の行動に深く後悔し、尚は葵の身を案じて実家に戻ります。ですが、そこに待っていたのは父親の死体とその横に蹲る妹の姿でした。
葵は父親の暴力に絶えかねて包丁で父親を殺害していたのです。尚は父親の死体を沼地に埋め、妹を人殺しにしてしまったことに負い目を感じ、今後何があっても葵を守り抜くと堅く心に誓います。
そうして25年経った現在、葵は結婚を間近にひかえていましたが、何の因果か、それとも知らず招き寄せてしまっているのか、その婚約者は父親と同じように暴力を振るう男でした。葵は25年前と同じ状況に追い込まれて錯乱し、包丁で婚約者に襲いかかります。そこを兄の尚が止めに入り、「二度とお前に人殺しはさせない」「たとえオレが人殺しになっても」と、葵から包丁を奪って変りに婚約者に襲いかかり、返り討ちにあって死んでしまいます。
三好先生は結果的に友人の幼少のころの犯罪、兄が命懸けで守ろうとした妹の「秘密」を暴いてしまった訳です。25年前の、DV被害者である子供の犯罪。まさに掘り返さない方がいい事件でした。
実は薪さんは遺体の刺し傷の状態から犯人が「小さい子供」なんじゃないかと見当がついていました。最初、真相解明に乗り気じゃなかったのはそのためです。
親友の身体の痣にも気づかず、遺体の刺し傷から性的倒錯者の可能性しか思い至らぬ三好先生の“観察力のなさ”を、終盤、薪さんは激しく糾弾します。
確かに、気がついている身としては三好先生の的外れな意見や藪蛇な行動にはイライラするかもですが、「じゃあ早く言ってよ」って感じだし、意地悪しているようにしかみえません(^^;)
なぜこんなに意地悪を・・・やっぱり青木が三好先生に惹かれていることが原因なのか?
※詳しくは4巻↓
ってとこで今度は三好先生にやり返される訳ですが・・・う~ん、薪さんも薪さんですけど、三好先生も相手をやり込めるためにセクシャリティのことを持ち出すのは禁じ手というか卑怯な気がするなぁ・・・と、何とも言えない気分に~・・・なったとこで、唐突に何故か青木が三好先生にプロポーズ。
「???」
と、読者的にはもう混乱の渦で、「さらに事態をややっこしくすることしてんじゃねぇ」と青木に怒りを覚えたりします(笑)
しかも、三好先生実は薪さんのことが好きらしく~~~?
もうしっちゃかめっちゃかですね。
このしっちゃかめっちゃか、今後も引っぱるので、まぁ静観して見守っといて下さい(^_^;)
対比
しっちゃかめっちゃかの後、今度は梨田の殺害した被害者男児のMRI映像閲覧を95歳の母親がします。
自分の息子が殺されるところを見るなど並大抵の覚悟では出来まいと思いますが、この母親、本当に覚悟を決めてこの場に来ていました。「第九」に来る前に加害者の梨田を殺害していたのです。
手錠をかけられた老婆に、薪さんは「なぜこんなおろかな事を」「あなたの今までの人生や被害者、ご主人の名誉も失う事に・・・」と訴えますが、95歳の母親は「夫はもう8年も前に亡くなった」「関係者もとっくにいない。自分は95歳だ」「これでもまだ私には守るべきものがありますか」と泣き崩れる。
息子の死ぬ直前にみた「幸せな夢」の映像を見ながら「梨田も悪夢に苦しんできたはずだ」と言った薪さんに「では・・・今度は その犯人の・・・梨田の脳の画を見せて頂けるのかしら 死ぬまで見続けたというその夢を」と言い放って空気が一変するところがそら恐ろしいです。
確かに60年間も自分たち家族を苦しめていた犯人が「もう自分は末期ガンで長くないから懺悔して天国に行きたい」などと言って今になって証言するなんていうのはとても許せるものじゃないですよね。相手が死ぬ前に自分で殺したいというのも分かる気がします。病室にそんな易々と入れるかなぁとか、着物についた血痕そんなに簡単に落とせるのかなぁとか疑問はありますが・・・。
十歳に満たない子供が自身を守るために行った殺人と、95歳になった老婆が60年苦しんだ末“守るものがない”ために行った殺人。
正反対ですが、同じようにやり切れぬ事件が対比で描かれています。
後味が悪い
この漫画シリーズは後味が悪い事件が多いですが・・・と、いうか、殆どがそうだという気もしますが(^^;)
その中でも今作は上位に食い込む後味の悪さです。
作画ももう拍車をかけてですね。尚が実家に戻って父親の遺体と妹の葵の姿を目の当たりにするところや、95歳の母親が皺だらけの顔で泣き崩れるところも画から漂う絶望感がもの凄いです。ラストの薪さん同様、頭を抱えてうなだれたくなります。
5巻は最後に岡部さんが主役の「特別編」が収録されています。これもそんなに軽くなく、結構重いお話なのですが、それでも救いがある終わり方していますので本編読んだ後で少しは晴れやかな気分に・・・なる、かな・・・?
分かりませんが。
とりあえず“あの子”死ななくて良かったと心底思った話だった(^^;)
色々と複雑な心境になる5巻。読んで是非色々と考えてみて欲しいです。
ではではまた~