こんばんは、紫栞です。
今回は米澤穂信さんの『Iの悲劇』(あいのひげき)をご紹介。
2019年9月26日に刊行された新刊ですね。
増税前に本屋行っとこうと行った先で平積みになっているのを発見してそのまま購入。この単行本の著者紹介に「現在もっとも新作が待ち望まれる作家の一人である。」と、書かれている通り、新作が出ると何も考えずにレジに持って行ってしまう。
米澤さんは頻繁に作品を出してくれる量産型の作家さんではないので(1,2年出ないとか当たり前)、昨年の12月に刊行された『本と鍵の季節』から
約半年後の刊行というのは早く感じる。まぁタイミングの問題なんでしょうけど。普段全然出さないくせに同時期に三冊も四冊も出すとかありますよね・・・。
今作は住民皆が去って一度死んだ村・簑石村(みのいしむら)を蘇らせようと、市長肝いりのIターンプロジェクトを担当する市役所「蘇り課」の奔走が描かれる連作短編集。比較的学生ものの青春ミステリで有名な米澤さんですが、
今作は限界集落をテーマにした役所職員が主役の物語りとあって目新しい感じ。大人向けには違いないですが、『追想五断章』や『真実の10メートル手前』
などの連作短編集に比べてもう少し“おかしみ”というかコミカルさがある印象。日常ミステリほど平和的ではないが、殺人が起きる訳でもなく。隠された“悪意”が明るみになる連作短編。
著者曰く、
「ユーモアとペーソスを両輪にした、ミステリ連作」
とのこと。
目新しいテーマではありますが、読後感はやはりどこまでも米澤穂信作品で、最後には確りとした、苦々しい大きな「真相」が待ち受けています。
目次
序章 Iの悲劇
第一章 軽い雨
第二章 浅い池
第三章 重い本
第四章 黒い網
第五章 深い沼
第六章 白い仏
終章 Iの喜劇
「軽い雨」「黒い網」「重い本」「白い仏」以外は書き下ろし作品。第一章の「軽い雨」は【オールスイリ2010】に掲載されたもので、連作短編集として完成するまでに結構な時間を用いていますね。なんとも気長なもんですが、第一章から確りラストに向けての伏線は仕込まれているので唸るばかり。
軽い・重い、浅い・深い、黒い・白い、悲劇・喜劇、と各章のタイトルが対比になっています。
市長肝いりのIターンプロジェクトとして、旧・簑石村に公募で選ばれた延べ12世帯が移住してくる訳ですが、これが何故か癖のある移住者ばかりで次々と「蘇り課」を困らせる謎や厄介ごとばかりが発生する。
「蘇り課」のメンバーは三人。出世志向が強くも、仕事には実直な万願寺邦和。人当たりは良いが、砕けた態度でいつまでも新人っぽさが抜けない観山遊香。とにかく定時に退社することを信条にしている、やる気の薄い課長・西野秀嗣。
後輩と上司が万事この調子で仕事熱心という訳ではないので、結果的に真面目な満願寺ばかりが毎回苦労しているという図式。
いやぁ、市役所職員って、ホント大変だなぁと。最初は出世ばっかり考えている人種かと思われる満願寺ですが、必要以上に感情移入しないまでも住人のためにできうる限り手を尽くす、仕事に誇りを持っている“いい役人”で好感が持てます。真面目なぶん苦労を負っているところが涙ぐましい(^^;)。
終始、お話の語りは万願寺邦和が勤めています。パターンとしては満願寺と観山の二人が移住者間で発生した問題に奔走し、最後にそれまで我関せずな態度でいた西野課長が謎を解明、当人に追求して事を丸く収めてしまうといったもの。
汗をかいていない人がオチをかっさらっていくので、何やら妙な肩透かし感あり。不快ではないですが、若干、万願寺が気の毒。
事を収めるときの西野課長は普段のやる気のない態度とは違ってどこか威圧的なので、謎解き役というよりは、くわせものの火消し役といった印象。読んでいて抱くこの印象は、最後の最後で本来の意味が解る仕掛けになっています。
「簑石村」の由来や登場人物の名前、仏像が出て来たりなど、なんとなく全体に仏教色が漂う本になっている印象も受けます。
各章の概要
序章「Iの悲劇」。前口上。
「軽い雨」は先行して移住してきた二世帯の間に不穏な空気が漂っていたところでボヤ騒ぎが発生。放火の疑いが出るも火を放つ方法が解らない。それに容疑者にはその時間、満願寺と観山と共にいたというアリバイが。
「浅い池」は移住者の一人が育てていた鯉が、四方を完璧にネットで囲われた水田からどんどんと減ってしまう謎。
「重い本」は住民の幼い男児が行方不明に。留守宅に入り込んだとしか思えない状況だが、どうやって入ったのか。
「黒い網」は住人達の親睦を深めようと開催された秋祭りで食中毒が発生。倒れたのは周囲から反感を買っていた人物。誰かに一服盛られたのか?しかし、故意に食べさせる方法はないように思えるけれど・・・。
「深い沼」は西野課長と共に市長の前でIターンプロジェクトの進捗状況を報告しにいった後に、満願寺が東京に居る弟と祖父の法事の件について電話でやり取りするお話。
「白い仏」は満願寺が曰く付きの仏像が安置された部屋から何故か出られなくなる。先程まで普通に出入り出来たはずの部屋の戸が、鍵も掛かっていないのに何故開かなくなってしまったのか。住人は仏像の「祟り」だと恐れ、突飛な行動に出る。
終章「Iの喜劇」。すべては終わり、そして真相が明かされる。
アリバイ、密室、失踪、服毒と、各章色々な謎が用意されています。ミステリとして本格的なものは「軽い雨」「黒い網」「白い仏」。
「重い本」は不運としか言いようのないもので、「浅い池」はちょっと間抜けなお話。
「深い沼」は謎解きの関係ない対話ものですが、この本全体の中で非常に重要な意味を持つお話です。
終章の「Iの喜劇」で全編通してちらついていた僅かな違和感がすべて解消される“謎解き”が展開される。
悲喜劇
終章で明かされる「真相」は、とても苦々しく痛々しいものですが、とらえ方によってはとてつもなく馬鹿馬鹿しいもので、「なるほど喜劇だこれは」といった代物。
しかし、この「喜劇」には限界集落の現実、真実が嫌気のさすほどに表されています。笑ってしまうような滑稽な方法を用いなければいけないほどに逼迫している現状。「喜劇」に弄ばれた結果、発生するのは末端の数々の「悲劇」。大きな「悲劇」を避けるために演じられた「喜劇」とはいえ、演じていることを教えずに個人の人生を弄ぶことは許されるのか。
何ともやるせない気分にさせられます。
田舎者なので、この本で描かれている地方都市の現状は特に身につまされるものが。除雪問題とかは雪国が避けて通れない問題ですからねぇ・・・(-_-)。
最近このブログで取り上げた吉田修一さんの『犯罪小説集』も限界集落をテーマにした短編が収録されていましたが↓
最後の満願寺の問い「本当に、そうなんでしょうか」に応えるものは誰もいないままに物語りは終了しています。
内容的に続編などは見込めない作品となっていますが、この後、主人公の万願寺邦和がどのような道を選んだのか非常に気になるところです。どれが最良の選択なのかも、もはや分かりませんが・・・。“いい役人”である自身を見失わずにいて欲しいと願うばかりです。
ミステリとしての謎解きを愉しみつつ、悲喜劇も味わえる連作短編集となっていますので、興味が湧いた方は是非。
ではではまた~