こんばんは、紫栞です。
今回は、米澤穂信さんの『可燃物』をご紹介。
警察ミステリ
こちら、2023年7月に刊行された本で、群馬県警捜査第一課・葛警部の活躍を描く短編集。
作者の米澤穂信さんは学生が主役の日常ミステリや、通常とは一味違う舞台設定での本格ミステリ作品を多く書いている作家なのですが、
今作は捜査一課の警部が主役ってことで、こう言ってはアレですけど、設定が今までになく“普通”で逆に新鮮。
本の説明をろくに見もせずに「米澤さんの新刊だ~」で即買いしたんですけど、届いてから説明読んで少し驚いてしまった(^_^;)。
5編収録で、比較的淡々と捜査過程が描かれつつ、最後に葛警部の推理によって事件が解決されるといった構成になっています。
米澤穂信作品ですと、個性的なキャラクターによる絶妙な会話劇、コミカルさが持ち味になっている作品も多いですが、今作は主人公の葛警部の人物像が人物像ですので、そういった軽妙さは一切なしです。作品雰囲気としては『満願』とかに近いですかね。
生真面目に、鮮やかに、警察ミステリが展開されております。
では、一話ずつ簡単にご紹介~
●崖の下
スキー場で四人の遭難者が発生。数時間後、遭難者のうちの二名が崖の下で発見されるが、一人は意識不明の重体、もう一人は首を何かで刺されて死亡していた。殺人事件として警察は捜査を開始するが、凶器が見つからず――。
状況的に犯人は丸わかりだけれども、凶器が分らない。「凶器は何か?」の解明に主軸が置かれているお話。
他に遭難者が二人いるので色々と余計に考えてしまいましたが、さほど関係なかった。これも一種のミスリードなんですかねぇ・・・。
真相はなにやら壮絶。結末もまた然り。この凶器、いつまでも忘れないだろうなと思う。友達にクイズで出したい。
●ねむけ
強盗致傷事件が発生。田熊竜人という男が容疑濃厚と目され張り込みをしていたが、車での尾行中に田熊が交通事故を起した。目撃者たちの証言の一致から、事故は田熊が信号無視をしたことによるものだと推察される。強盗致傷での証拠が足りないため、別件でこの事故による危険運転致傷罪で容疑者を引っ張ろうということになるが――。
目撃証言を巡ってのお話。こういうお話読むと、ホント、証拠がほぼ目撃証言だけでの逮捕とかダメなんだなと。自分がそんな目に遭ったらと思うと怖いですね。タイトルがほとんど答えになっていて、ミステリとしては比較的当てるのが容易ですかね。最後に強盗致傷事件の方もサラリと解決させているのが鮮やか。
●命の恩
山麓の有名な行楽地〈きすげ回廊〉で男性のバラバラ遺体が発見された。ほどなく遺体の人物が野末晴義という五十代の男だと判明するが、晴義は交友関係が狭く、日常的に接していたのは一人息子の勝と、数年前に山で晴義が命を救って以来あごで使っていたという宮田村昭彦のみで、特に強い怨みを買っていた様子はない。遺体が切断され行楽地にばらまかれた意図とは――?
何で遺体にこのようなことをしたのかが推理の要になっているお話。タイトルと設定から、誰がやったのかは丸わかり。ま、犯人当てに重きを置いている話ではないってことでしょうね。本人は真剣なんだろうが、他二人にとっては迷惑なのだろうなぁ。これ。
葛の事件捜査への姿勢が強く出ていますね。
●可燃物
住宅街で可燃ゴミにばかり火を付ける連続放火事件が発生。葛班が捜査に当てられるが、何故か犯行はぴたりと止まり、容疑者も絞り込めずに捜査は行き詰まってしまう。
張り込みがバレたため犯人が雲隠れしてしまったのではないかと上層部に指摘された葛だったが、葛は犯行が止まったのは別の理由によるものだろうと考えていた――。
表題作。連続放火の動機当て話。容疑者の見当がまったくついていないところからスタートするので、捜査過程が面白い。刑事さんってそういうところ見ているのか~って感じですね。
終わり方は無常。しかし、ま、どんな言い分だろうとやっぱり身勝手な犯行ですからね。やむなしかなと。
●本物か
ファミリーレストランで立てこもり事件が発生。ガラス壁越しにチラリと姿が見えた犯人の手には、黒い拳銃状のものが握られていた。
店から避難した従業員と客たちの証言から、どうやら犯人は店員の説明と出されたメニューが違うと憤った客の男で、店長が居るという事務室にその男が駆け込んだことで立てこもり事件に発展したのだろうと考えられた。
しかし、どうみても突発的な事件にしか思えないのに、犯人が拳銃らしきものを手にしていることに葛は違和感を覚え――。
立て籠もり事件は通常葛班の担当ではないものの、行きがかり上関わることになるお話。
ファミレスバイト経験者まず言いたいのが、客に店長が居る場所教えて向かうのを放置ってダメでしょ。「店長を出せ!」って言われたら、店長または代理の責任者を店側の判断で呼ばないと。客にバックルーム向かわせてどうする。
とはいえ、この話は葛警部の推理が冴え渡っていて良き。個人的に、収録作の中では一番好きですね。後味も良く、最後の収録作に相応しいと思います。
捜査と鮮やかな推理
葛警部は冷静沈着で付き合いにくい人物。警部という立場だが場をなごませるような気遣いはしないし、冗談どころか雑談も皆無。
しかし捜査能力はピカイチで、警察官として真っ当な職業倫理を貫いている。上司や組織、部下からの好感度も気にしない。「事件を正しく速やかに解決させること」にのみ注視し、行動するというのが葛警部の刑事としての在り方です。
「どこまでもスタンダードに情報を集めながら、最後の一歩を一人で飛び越える」
部下は葛警部の前では常に緊張を強いられるし、上司としては葛のような警部は扱いにくい。結果的に、部下に慕われず、上司には疎まれている。
最後に鮮やかな推理で一人かっさらっていっちゃうんですから、そりゃ周囲は面白くないですよね。でも、面白くはないものの、みんな葛が有能なのは認めていて、疑う者はいない。
謎を解くためまずは情報を出揃わせて、その情報を元に真相を導き出す。
米澤作品では珍しい警察の捜査第一課が舞台の物語集ですが、警察機構や組織を描く「警察小説」ではなく、今作はあくまで本格推理もののミステリ。
学校、異世界、戦国時代・・・と、様々な舞台設定で書かれてきていますが、舞台がどんなに特殊だろうと米澤穂信作品は常に“本格推理小説”。それは舞台設定が“普通”である今作もしかり。
シンプル設定だからこそ、直球で「推理もの」が描かれていますね。葛警部始め、各人物容姿などの詳細説明がほぼ無いのもそのためかと。
本の説明には“新たなミステリーシリーズ始動”と書かれていますが、このシリーズは続いていくのですかね?新シリーズを続々と繰り出すより、他のシリーズの続きを優先して書いてくれって気もしますが。これ、毎度言っていますね、私・・・・・・・。
しかして、どのシリーズだろうと、単発作品だろうと、“ハズレ”がないのが米澤穂信作品。
今後も、どんな作品だろうと買い続けていきたいと思います。
ではではまた~