夜ふかし閑談

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『黒牢城』(こくろうじょう) 解説・感想 米澤穂信による新感覚戦国ミステリ!

こんばんは、紫栞です。

今回は米澤穂信さんの『黒牢城』(こくろうじょう)をご紹介。

 

黒牢城 (角川書店単行本)

あらすじ

天正六年、冬。摂津池田家の家臣から上り詰め、摂津一国を任され織田家重臣となっていた荒木村重は、突如として織田信長に叛旗を翻し、有岡城に立て籠もる。

織田方の軍師・小寺官兵衛(黒田官兵衛)は謀叛を思いとどまるよう説得するための使者として単身有岡城に来城するが、村重は聞く耳を持たず、官兵衛を殺すこともせずに土牢に幽閉した。

籠城戦の最中、城内では数々の奇妙な事件が起き、翻弄される事態に。不可解な事件によって家臣や民たちの人心が乱れることを危惧した村重は、囚人である官兵衛に謎解きを求めるが――。

 

 

 

 

 

 

 

戦国×ミステリ

『黒牢城』は2021年6月に刊行された小説。まずタイトルの読み方が分からなくって躓くところかなと思うのですが(本自体にもルビ振られてないし)、「こくろうじょう」と読むのだそうです。

今作は戦国が舞台の時代小説。米澤穂信さんは青春ミステリや社会派ミステリを書いているイメージが強い作家さんですが、

 

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シリーズ外作品だと色々な題材に果敢に挑戦されているかなと。

 

 

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『折れた竜骨』で魔術やら剣士が登場するファンタジー小説を書いた時も驚きましたけど、

 

 

 

今度は時代小説。しかも戦国時代。一体どのような本になっているのか予想もつかずに、とにかく米澤さんの新刊だからと読んだ次第です。

 

 

今作では天正六年の冬からの約十ヶ月間におよぶ籠城戦の様子、有岡城の“内”での出来事が主に荒木村重の視点で描かれる。

織田信長の軍が迫っているなか、毛利の援軍をひたすら待ち続けるばかりの長期の立て籠もり。危機は確実に迫っているが、為す術はなく身動きは出来ない。まさに四面楚歌の閉鎖空間である有岡城

そんな有岡城で怪事が起き、殿である村重は人心の乱れが落城に繋がることを恐れ、なんとか謎を解こうと奮闘する。しかして、結局考えに行き詰まり、最終的に『羊たちの沈黙』でクラリスレクター博士にアドバイスを求めるかのように、囚人の官兵衛に怪事を語り、謎解きを求めるというパターンになっています。

 

村重が官兵衛に謎解きを持ちかけるのは、城内で自分以上に頭が切れるのは官兵衛だけだから。官兵衛としてはそんな頼みに応じる義理は皆無なのだけども、落城すれば囚人の身である自分も命を落すことになるし、切れ者故に謎を仕掛けられたら解かずにいられない性分だろう、きっと。と、思って、村重は官兵衛の居る土牢を訪れる。

で、ま、立場があるから直接の正解は言わないのだけども、官兵衛は村重に毎度ヒントを与えてくれる。ヒントをもとに村重は謎を解き、それを皆の前で披露して人心を落ち着かせるというのが一連の流れです。

しかして、官兵衛は本当に村重が思っているような“知識のひけらかし”を耐えることが出来ないというだけの男なのか否か・・・ここら辺の疑心暗鬼感、心理戦が物語の見所の一つとなっている。

 

羊たちの沈黙』では捜査官と猟奇殺人鬼の奇妙な交流が描かれていますが、今作では捕らえた当人である城主と、幽閉された敵方の軍師との奇妙な交流が描かれているという訳ですね。

 

私自身、時代小説は初めてではないものの、戦国時代モノは今まで読んだことがありませんでした。ほぼほぼミステリを好んで読んでいる私にとっては、戦国時代は馴染みのないものなのですよね。私が知らないだけなのかもですが、やはり戦国時代が舞台の推理小説というのは非常に稀なものなんじゃないかと思います。

読む前は「何でまた戦国時代」と思いましたが、いざ読んでみたらば、この時代、この空間、この設定ならではのミステリ小説となっていて感服しました。新感覚の戦国ミステリ小説ですね。

 

黒田官兵衛が有名な軍師であることは何となく知っているけれども、荒木村重のことは全く知らない。大河ドラマほどの知識も皆無の私のような歴史オンチでも愉しめる作品となっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この本は四つの事件が各章で起き、その都度解き明かしていくという連作短編のような構成になっています。

第一章「雪夜灯籠」では雪が積もる中での足跡なき殺人事件。

第二章「花影手柄」では討った首のどれが大将首であったのかの見定め。

第三章「遠雷念仏」では密使と屈強の武者が警護の最中に殺された事件。

第四章「落日孤影」では謎の鉄砲玉はどこから、何者によって撃ち込まれたものなのか、その方法と意図を探る。

 

と、戦国の世で籠城戦真っ只中という舞台設定ではあるものの、どの事件も“如何にも本格推理小説”といったものになっており、謎が出てきて、推理して、合理的に解決させる流れになっています。どのような舞台や設定であれ、あくまで描くのは本格推理小説だというのは、米澤さんが一貫させているスタイル。

四つの事件、四つの謎が主だって描かれる中で、小さな疑問点や引っ掛かり、この物語の根本的な謎である、官兵衛を生きたまま牢に入れたのは何故なのか?村重が信長を裏切った理由とは?村重の真意は?官兵衛の思惑は?などなど、様々な「謎」は複雑に絡み合い、終盤で一気に収束し、解き放たれる。

一話完結型で描きつつ、終盤で一気に物語全てを一つに纏め上げる大きな謎解きを披露するのもまた、米澤さんの定番スタイルですね。

 

本格推理小説ではあるものの、今作の舞台は戦国時代。無用に人が死にすぎている時代であり、何かというとすぐ人死が出て、どんな人も常に死ぬのを覚悟して生きているような有り様。「進めば極楽、退かば地獄――」。血は常に流れ続け、神仏への信仰心がなければ立つ事も歩くこともままならない過酷な世です。

こんな世の中ですので、「謎」が出てきてもそれに対しての捉え方は現在とは異なる。人々にとって、摩訶不思議な死や現象は神仏が起すもの。「謎」は解き明かされるものではなく、御仏の「罰」。

この、時代による捉え方の違いが物語の重要な要素となっていています。そして、最後には神よりも主君よりも“尤もおそるべし”罰が示される。

 

 

 

 

 

因果

荒木村重が突如信長に叛旗を翻したことで起こった有岡城立て籠もり。史実で語られているこの籠城戦の顛末はというと、あてにならない援軍を待ち続けてダラダラと十ヶ月間籠城した後、荒木村重は夜中に数名の側近とともに有岡城をひっそりと脱出。嫡男の村次の居る尼崎城へ移って、それきり戻ることはなかった。主の居なくなった有岡城は総攻撃を受けて落城。村重の妻と一族を始め、有岡城に残っていた人間は女子供も含めてほぼ全て処刑され、数百人が命を落す悲惨な最期を遂げたと。

※因みに、官兵衛は長きにわたる幽閉で足を悪くしたものの、落城の際に味方に救い出されています。

 

いきなり信長を裏切り、信長側からの再三の説得にも応じずに籠城し続け、取り返しようも無く信長を怒らせた末に皆を城に残したまま一人トンズラ。しかもその後も逃げ続けてちゃっかり毛利に亡命。本能寺の変で信長が死んだ後は誰にもお咎めを受けずに茶人として生きたというのだから、「謀反を起こした挙げ句、皆を見殺しにして一人逃げた卑劣漢」という、戦国武将としてはなんとも悪名高い人物として認識されることとなっているようです。

 

こうした史実から受ける印象は「考え無しの馬鹿者」って感じですが、今作の村重は切れ者で配慮にも長けている理知的な、愛妻家な人物として描かれています。

では何故、村重は信長を裏切り、最後には一人城から脱出するようなことをしたのか。いまだに理由の解らない歴史上のこの謎を、“囚人である黒田官兵衛”を絡ませ、二人の思惑の対峙を通すことで、今作は史実を用いたミステリ小説として見事に仕上げられています。

 

『黒牢城』は「因果」の物語。村重が官兵衛を殺さずに幽閉したことが原因となり、結果として有岡城は落城することになった。そして、因果は巡っていく。官兵衛を殺さなかったこともまた、史実では謎とされていることですね。

 

時代小説と本格推理、思惑と企てを隠し持つ者同士の二人のヒリヒリするようなやり取り、城内の人々の人心の揺れ動き、緊迫の合戦描写などなど、諸々が一度に愉しめる贅沢な一冊となっておりますので、歴史に詳しい人も、そうでない人も気負わずに是非。

 

 

 

ではではまた~

 

 

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