夜ふかし閑談

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『影踏み』映画の原作小説 ネタバレ・感想 横山秀夫の異色の連作短編集~

こんばんは、紫栞です。
今回は横山秀夫さんの『影踏み』をご紹介。

影踏み (祥伝社文庫)

2019年秋に上映予定の映画『影踏み』の原作本ですね。

 

あらすじ
忍び込みのプロ・ノビ師として「ノビカベ」と刑事達の間で綽名される真壁修一は、盗みのため深夜に侵入した稲村家の夫婦の寝室で妻の夫への殺意を感じた。
その妻・稲村葉子の通報によって真壁は住居侵入の現行犯で逮捕される。二年後、刑務所を出所した真壁はすぐにその後の稲村家について調べるが、夫婦は離婚していて事件は何も起こっていなかった。
思い過ごしだったのか?しかし、あのとき確かに女は夫を焼き殺そうと計画していた――。
疑惑を払拭出来ず、真壁は執拗に葉子を追うが・・・。

 

 

 

 

 

 

 


異色の連作短編集
主に警察小説で有名な横山秀夫さん。こぞって映像化される作家さんのうちの一人ですよね。元新聞記者ということで、高い取材能力が遺憾なく発揮された、業界の内部に入り込んだリアリティのある描写で有名・・・と、いう個人的イメージ(^^;)。
※映画化もされた『クライマーズ・ハイ』などは横山さんの新聞記者時代の体験が元になっています。日航機墜落事故のお話ですね↓

 

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

 

 

横山秀夫さんの小説が原作のドラマは散々観てきたくせに、今まで本を手に取ることはなかったのですが、今度映画化されると聞いて今作を読んでみました。なので、私にとっては初の横山秀夫作品です。


『影踏み』は忍び込みの凄腕窃盗犯が主役の連作短編集。横山さんの作品で警察側ではなく犯罪者側視点で描かれているのは珍しいことらしいです。予想通りというか、期待通りというか、警察と窃盗犯との駆け引き、持ちつ持たれつなやり取りや警察の捜査方法、忍び込みの技術や窃盗犯同士でのコミュニティ形成など、普段私たちが知りようもない裏の世界を存分に味わうことが出来ます。
業界用語もたくさん出て来るのですが、日テレ系ドラマの『ドロ刑-警視庁捜査第三課』

 

ドロ刑 -警視庁捜査三課- Blu-ray BOX

ドロ刑 -警視庁捜査三課- Blu-ray BOX

 

 

を観ていての予備知識(?)があったので、聞きかじった単語が作中に度々登場して楽しかったです。“ドロ刑”という単語も「泥棒警察」の略称ですね。

 

一つの事件に関わったことで連鎖して次々と身の回りで事件が起こり、巻き込まれて、その度に「ノビ師」の技術や知識を使って真相を見抜いていくというストーリーなのですが、今作で最も異色なのは、主人公の真壁修一には16年前に死んだ双子の弟・啓二の魂的なもの?が頭の中に住み着いていて、記憶力抜群な弟の意識(魂?)と共に事件を追っていくという、ちょっとファンタジーでSFチックな設定ですね。
姿が見えるとかではなく、耳の中で声だけ聞こえて頭の中で会話しているというもの。“姿は見えなくって声だけ”という設定もまた珍しい。啓二の声は作中では終始《 》で示されています。
初っ端から啓二と頭の中で会話しているシーンなので、読み始めは結構戸惑いますね(^^;)。日頃から捻くれたミステリばっかり読んでいるので、最初はこの設定に別の仕掛けか何かがあるのではみたいな考えも浮かんだりしたのですが(主人公が思いこんでいるだけとか、二重人格とか)、この設定はこのまま純粋に受け止めて読むものです。捻くれたもんばっか読んでると何でも疑ってしまってダメですねぇ・・・。


目次
●消息
●刻印
●抱擁
●業火
使徒
●遺言
●行方

の、7編収録。どのお話もだいたい60ページ程。“連作短編集”という触れ込みではあるものの、この本は7篇全部で一つの物語りになっていて、どのお話も抜かして読んではダメな代物。ですが、どのお話も短篇のお手本のようにしっかりと意外な真相のオチがあり、完成度も高い良作ばかりなので、ミステリとして人間ドラマとして飽きずに愉しむことが出来ます。


ハードボイルド要素もあるせいか、特に二枚目設定ではありませんが主人公の修一がやたらとカッコいい。しゃべり方や立ち振る舞いが。
修一は現在三十代半ばですが、啓二の方は亡くなった19歳の頃のままで時が止まっているためか幼い印象。それにしても、19歳にしては幼すぎるよなぁと読んでいると思う。やたらかわいいですね。二人のやり取りからくる相乗効果(?)でそう感じるのかもしれないですが。

 


映画
映画は2019年11月15日全国公開予定。11月8日に群馬県で先行公開されるようですが。

 

キャスト
真壁修一山崎まさよし
安西久子尾野真千子
啓二北村匠海
久能次郎滝藤賢一
馬淵昭信鶴見辰吾
真壁直美大竹しのぶ
葉子中村ゆり
吉川聡介竹原ピストル
大室誠中尾明慶
安西久子(回想)-藤野涼子
栗本三樹男下條アトム
菅原春江根岸季衣


キャスト一覧から登場人物の省略がみられるので、原作よりコンパクトな内容になっているのではないかと思います。真壁家の過去が原作より掘り下げて描かれるのではないかと予想。
気になるのは原作での“頭の中の会話”をどう画面上で表現するのかですが、予告を観た感じ、啓二の姿をそのまま出すみたいですね。修一にだけ見えるっていう設定なのかな?

主演の山崎まさよしさんは14年ぶりの長編映画主演。山崎さんは横山秀夫作品の大ファンなんだとか。主題歌も担当しています。

 

影踏み (movie ver.)

影踏み (movie ver.)

 

 映画と同じタイトル。

 

 

 


真壁修一・啓二の一卵性双生児の兄弟は両親ともに教職者の家庭で育つ。二人とも優秀だったものの、修一は有名大の法学部に現役合格したが、弟の啓二は受験に失敗。浪人中にヤケになって窃盗を繰り返すようになり、悲観した母親はノイローゼとなって、ある日発作的に家に火を放って啓二を道連れに無理心中。二人を助け出そうとした父親も炎に呑まれて死亡。
一人残された修一は葬儀の場で障害事件を起して大学を退学。以後、弟の影を追うように泥棒をして生きてきた――。

 

と、これが16年前にあった真壁家の悲惨な事情なんですが、弟の啓二がヤケになってしまったのには受験の失敗以外にも理由があって、そこには失恋が絡んでいます。


修一と啓二は共に幼馴染みの安西久子に想いを寄せていました。久子は修一を選び、修一と啓二の間でわだかまりが生じることに。そして、このわだかまりは啓二の死後、修一の中耳に啓二の声が棲みついている現在でも続いています。啓二の“声”は「気にしない」と盛んに言って修一と久子を元サヤに納めようとするのですが、修一の方が中耳の啓二の存在を気にして踏み出していけない状況なんですね。ま、頭の中に弟が居たんじゃなぁ・・・存分に察せられるところではありますが(^^;)。

 

双子というものは、互いの影を踏み合うように生きているところがある。真壁が自分ならそうするだろうと思うことは即ち、啓二がそうする確立が極めて高いことを意味していた。胸の中は黒々としていた。顔形はおろか、自分と心の有り様まで似通った複製のごとき人間が、この世に存在することを呪った。いっそのこと消えてなくなれ。そう念じた。

 

久子を取り合ったことから啓二に対して忌々しい想いを抱いていた修一でしたが、いざ望み通りに啓二が亡くなって“この世でたった一人の人間”になってみると、言いようのない喪失感に苛まれます。修一にとって、双子の弟を失うことは自身の片割れを失うこと、「影」を失うことだったのだと気づくのですね。

 

啓二が現世への未練から真壁の裡に棲みついたのではなかった。真壁が呼んだのだ。どこにも啓二をやりたくなくって、影のない闇から逃れたくて、だから啓二の魂を呼び戻し、自分の中に繋ぎ留めている。あの日からずっと――。

 

やり切れない想いは怒りとなり、啓二を焼き殺した亡き母親へと向かいます。一話目の「消息」で執拗に事件を追ったのも、夫を焼き殺そうとした葉子に母親の姿を重ねて怒りを覚えたからなんですね。

 

 

 

 

 

 

以下がっつりとネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


真相
最終話の「行方」で啓二の“声”が告白する16年前の真相は痛切なものです。


家に火を放って無理心中しようとしたものの、嫌がる啓二の姿を目にして母親は思い直し、押さえる手を緩めました。しかし、母親の手を振り払って一度逃れたものの、啓二に「逃げな」と言いながら丸くなって動かずにいる母親が泣いているのを見て、「本当におふくろを悲しませたんだ」とわかり、逃げるのを止めて母親のところに戻り、そして共に死んだ。

 

思い違いで母親を憎んでいる修一に、啓二は長年修一の中耳に棲みつきながらも真相を言い出すことが出来ませんでした。話せば兄と一緒にいられなくなると、わかっていたからです。

 

啓二は答えを知っていた。
あの日の話をしたら真壁が気づいてしまう。憎んでいた相手は母ではなく、自分の弟だったことに。
啓二がおふくろを奪ったから。
死という永遠の形で、おふくろを独り占めにしたから。
母は啓二を愛していた。死を共にするほど深く、狂おしく、自分ではない、自分と瓜二つの弟を――。

 

思いを振り払うように修一は「それがどうした」と啓二を引き留めますが、啓二の“声”は「大好きだよ」と言い残して修一の中耳から消えてしまいます。残ったのは淡い影のみ・・・。

 

弟への相反する想いが描かれるこのラストは、切なく、哀しく、とても感慨深いです。
“気づいた”後に修一が言う「それがどうした」には凄く心情が表れていると思いますね。憎んでいた相手が啓二だからって、だからなんだと。憎んでいても、弟への愛情は変わりないというか、憎んでいるのも愛しているのも本当なんだという叫びにきこえる。

泥棒から足を洗ったのか、久子と新たな生活を踏み出したのか、修一はこの後どうなったのかは書かれないまま終わっています。そのまますんなりと久子と・・・というのはちょっと考えづらいのですが、啓二の最後の願いが叶っていますようにと読者としては願うばかりです。

 


特殊な状況での人間模様と泥棒による謎解きミステリ、短編のお手本のようでありつつも何処までも長編小説。そんな今作が気になった方は是非。

 

 

影踏み (祥伝社文庫)

影踏み (祥伝社文庫)

 

 

 

 

影踏み (祥伝社文庫)

影踏み (祥伝社文庫)

 

 

ではではまた~