夜ふかし閑談

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『元彼の遺言状』つまらない?面白い?原作小説 あらすじ・感想

こんばんは、紫栞です。

今回は新川帆立さんの『元彼の遺言状』をご紹介。

元彼の遺言状

 

あらすじ

大手法律事務所に勤め、二十八歳にして年収二千万円を稼ぐ才色兼備の弁護士・剣持麗子。指輪の値段が安いと彼氏からのプロポーズをふいにし、ボーナスの減額に腹を立てて事務所を飛び出して休職状態となって一人暇を持て余していた彼女に、大学時代に三ヶ月だけ付き合った元彼・森川栄治が永眠したとの一報が入る。

大学のゼミの先輩で栄治とも交友が深かった篠田によると、栄治は近年重度のうつ病で体力が低下しており、最終的にインフルエンザにかかって死んだのだという。

 

大手製薬メーカーの御曹司で、数年前に祖母の遺産六十億円を相続していた栄治は、「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という、なんとも奇妙な遺言状を残していた。

 

「栄治が亡くなる一週間前に、僕は栄治と会っているんだ。そしてそのとき、僕はインフルエンザの治りたてだった。どうかな。僕は六十億、もらえるだろうか」

栄治の死の真相を知るためにも、代理人になってこの件を調べてくれと篠田に頼まれた麗子は、最初「報酬が割に合わない」と断るが、栄治の資産額を調べ直して三百億円はあることを知ると、成功報酬百五十億円を目当てに仕事を引き受けることに。

 

「完璧な殺害計画をたてよう。あなたを犯人にしてあげる」

 

森川製薬の幹部三人による審査「犯人選考会」をパスするべく、依頼人の篠田を犯人に仕立て上げるプランを練り奔走する麗子だったが、事態は思わぬ展開に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

コミカルな遺言状ミステリ

『元彼の遺言状』は宝島社が主催している第19回このミステリーがすごい!』大賞(通称「このミス大賞」)の大賞受賞作で、新川帆立さんのデビュー作。

 

選考委員の満場一致での受賞と、作者の新川帆立さんが東京大学法学部卒の現役弁護士だという(※今は作家業に専念)経歴も相まって、各方面で大々的に宣伝されて、作者の新川帆立さんはテレビの密着番組などでも取り上げられていたので、知っている人も多いかと思います。(この本を読む前に私もこの密着番組を偶々観ました。YouTubeの「ガチャピンチャンネル」が好きだと言っていて新川さんに親近感が湧いた。私も好きです、「ガチャピンチャンネル」)

 

さらにこの度、2022年4月から綾瀬はるかさん主演でフジテレビ系月曜9時枠での連続ドラマ化が決定。乗りに乗っているというか、ブイブイ言わせてる作品ですね。

 

「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という奇妙な遺言状を巡る物語で、お金欲しさに主人公が依頼人を犯人に仕立て上げるべく奔走するという、今までにない設定が目を引く作品ではありますが、中盤で殺人事件が起こってマジな犯人さがしをする定番推理小説でもあるといった、奇抜さと王道を兼ね備えたミステリ小説となっています。

 

とんでもない遺言状を巡っての推理小説といえば、横溝正史犬神家の一族

 

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遺言状設定が奇抜なので最初は気にもとめないのですが(『犬神家の一族』の遺言状も充分に奇抜なんですけどね)、遺言状の盗難や被害者、一族間のいざこざや出生の秘密など、『犬神家の一族』と共通する点がいくつかあり、オマージュ的に取り入れているのだとわかる。作中でも『犬神家の一族』について言及している部分があります。

 

とはいえ、おどろおどろしい彼方とは異なり、此方はコミカルでエンタメに振り切ったライトな仕上がりになっているので、作品雰囲気は真逆といっていいほどですが。

 

 

 

 

 

賛否が分かれる?

今作のレビューを見てみると、「もの凄く面白かった」「退屈でつまらなかった」と、意見が真っ二つに分かれているのが目立つ。

大々的に宣伝されて猛プッシュされる作品ですと、多くの人に読まれるぶん反発する意見が多くなるものでして、今作はデビュー作だし尚更なのかなと思います。今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』とかもそういった傾向で意見が分かれていますかね。『屍人荘の殺人』は本格推理小説界の衝撃でもあったのでその反動もあるのですが。

 

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元々、【このミス大賞】は「エンターテインメント第一主義を目的とした広義のミステリー」を掲げている賞で、最初から映像化を見据えてのものも多いので、キャッチーさと“今の時代感”に特化しているといいますか。

タイトルを変更させることも多く、今作も応募したときは『三つ前の彼氏』だったのを『元彼の遺言状』に改題。同じ【このミス大賞】関連でいうと、中山七里さんの『連続殺人鬼カエル男事件』も原題『災厄の季節』からの改題です。

 

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どちらも改題後の方がインパクトは強く、より多くの人に手にとってもらうためにタイトルやプロモーションが大事だと熟知している感。“売れる作品”に重きを置いているのが、他の文学賞とは大きく違う点ですね。

 

こういった「本を普段読まない人にもアプローチする本」というのは、推理小説としての完成度や重厚な物語を求めている読者とは相容れなかったりします。今作のレビューも読者層の違いで分かれているのかなぁという感じですね。

『元彼の遺言状』はミステリ要素より主人公のキャラクターやコミカルなやり取りの方が目立つエンタメ作品だというところも大きいかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

剣持麗子

今作の一番の特徴はなんといっても主人公の剣持麗子。

優秀で有能、美人である麗子は“お金第一主義”。愛情も能力もお金で測る彼女は、彼氏が自分の稼ぎから精一杯の予算で買った婚約指輪を「ダイヤが小さすぎる」「お金がないなら、内蔵でも何でも売って、お金を作ってちょうだい」と罵り、ボーナスのカットに腹を立てて「辞めてやる!」と事務所を飛び出す。

 

ボーナスのカットはともかく、相応の稼ぎもないのに無理して百万円以上の指輪を持ってきてプロポーズされたりしたら、かえって「計画性皆無のバカ男か」って感じで不安になって結婚を拒んでしまいそうですが(^_^;)。

とにかく、初っ端から利己主義の強烈キャラが炸裂していまして、話の“ツカミ”がバッチリなんですよ。

 

しかし、この“強烈キャラ”、実は首尾一貫している訳ではない。

作中で、

私には女友達が一人もいない。みんなで横一列に並ぶなんて、私の一番嫌なことだから、それを強要する女という生き物が苦手なのである。

男友達なら、少なからずいるけれど――。

とあって、「うわ!出たよ。自称サバサバ系女の常套句」って感じなんですが、そのわりには出会う女性みんなを好意的に受け止めているし、どちらかというと、心中では女性より男性に対して辛辣な意見を持っている風に見受けられる。

さばけていると思いきや情にほだされやすいし、誰にでもズバズバ言う性分なのかと思ったらそうでもなく、いつも周りを見下しているのかと思いきやそうでもなかったり。

 

麗子の一番の特徴であったはずのお金に対しての考え方も、中盤でブレブレとなっています。

 

そもそも、金自体に価値はない。金を使うことで得られるものに価値があるのであって、使い切れないほどに金があってもそれはただの紙屑。

作中である人物が言う「俺が欲しいのは金だ。もちろん、本当に実現したいことは別にあるが、そのためには金がいる」というのが金儲けの本来

あるべき姿であるはず。とにかくお金を稼ぐことを第一目的として、儲けばかり気にしてその先を考えないのは、やみくもに紙屑を集めて踊らされているということで、賢ぶってそんなことをしている姿は滑稽なものです。

そのことについては麗子も自覚があり、

自分が本当に欲しいものが何なのか分らないから、いたずらにお金を集めてしまうということは、流石の私も分っている。ただ自分では、自分に何が必要なのか分らないのだ。

と、地の文で語っています。

 

分らないが故に、恋人の自分への愛情や仕事の成果をお金で数値化して確認したいという訳で、上記したような強烈なふるまいも麗子なりにもがいている結果なんですね。

読み始めは「かわいさのカケラもない」という人物像だったものが、読み進めるうち、段々とかわいく思えてくる。このブレ、揺れ動きが剣持麗子というキャラクターの魅力になっています。

真相究明の面白さもさることながら、麗子の“本当に欲しいものは何なのか”を追求するのも物語の肝となっていますね。

 

なので、序盤で主人公に拒否反応を起しても是非最後まで読み進めて欲しいと思います。

 

 

 

期待

個人的な感想としては、「犯人選考会」という今までにない展開にウキウキするも、その後はなんだか思っていた展開とは違ってしまって何やら肩透かしな気分に。ま、王道ミステリも好きなので別に良いんですけどね。

340ページほどで読みやすく、読後感がスッキリしているのは良いのですが、親族間のいざこざや出生の秘密などのネタを扱っているわりにはそこら辺の描写が少ないのと、依頼人の篠田や麗子の家族はじめ、各人物の心情の在り方や変化も突飛で無理矢理感がある。犯人に関しても表面的にしか書かれていないので、動機に説得力がないなぁと。全体的に、描写が浅い印象ですね。

 

作者が弁護士ということで、法律に関して専門的な事柄が多々出て来るのですが、ぶっちゃけ、これを読んでもよく解らない(^_^;)。なので、法律的なことを踏まえた最後の謎解きも推理小説的爽快感を私は得られなかった。法律に詳しい人は「なるほど!」ってなるんですかね。

 

後、誤字や文章が一部おかしいところなどがあって、ちょっと気になりましたね。校閲のときに指摘されなかったのだろうか。

 

とはいえ、エンタメ的には充分に楽しませてくれる作品です。これはまだデビュー作ですし、今後に期待大。今作を執筆中は続編など考えていなかったようですが、シリーズ2作目となる『倒産続きの彼女』が既に刊行されています。

 

 

剣持麗子も登場しますが、主人公は後輩弁護士の美馬玉子という、麗子とはまたタイプの違う女性らしいので注目ですね。

 

そのまま映像化すると2時間もあれば事足りる内容ですので、4月からの連ドラはかなりのオリジナル要素が入るんじゃないかと予想されます。ドラマ制作側の手腕が試される物になりますかね。

公式ホームページを見ましたが、大泉洋さんの演じる依頼人の篠田からして設定がだいぶ追加されていました。原作ですと、篠田の出番は本当に少し。ま、そこら辺も読んでいて物足りなさがあったのですが、ドラマでは綾瀬はるかさん演じる麗子とのやり取りが存分に楽しめるのかなぁと。描写の浅さも補強されるんじゃないかと思うので、ドラマも期待大ですね。

 

 

ともかく、普段小説を読まない人も気軽に楽しめるエンタメ作品となっていますので、気になった方は是非。

 

 

ではではまた~