夜ふかし閑談

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『仮面山荘殺人事件』ネタバレ・解説 「もう幕だろ」「仮面」の意味とは?

こんばんは、紫栞です。

今回は、東野圭吾さんの『仮面山荘殺人事件』をご紹介。

仮面山荘殺人事件 (講談社文庫)

 

あらすじ

ビデオ制作会社社長・樫間孝之は結婚式を数日後に控えていた矢先、交通事故によって婚約者の資産家令嬢・森崎朋美に先立たれてしまう。

三ヶ月後、毎年恒例だった朋美の両親が所有する山荘での集まりに孝之は招かれ、親族、秘書、主治医、朋美の親友など、ごく内輪の面々で朋美を忍んで語り合った。

しかしその夜、逃亡中の二人の強盗犯が山荘に侵入し、銃で脅された八人は外部との連絡を絶たれて監禁されることとなってしまう。強盗犯は仲間と合流するまでここに居座るといい、八人は何とか脱出を試みるが、まるで“強盗犯以外の何者か”に妨害されているかのように作戦はことごとく失敗する。

 

まさか、この八人の中に裏切り者が?しかし、一体何故・・・。

 

そんな中、八人のうちの一人が殺害される事件が発生。犯人は強盗犯以外の七人の中にいるとしか思えない状況。さらに、朋美の交通事故死への疑惑が持ち上がり、皆は互いに疑心暗鬼に陥っていくが――。

 

 

 

 

 

 

“どんでん返し”初期の有名作

『仮面山荘殺人事件』は1990年に刊行された長編小説。東野圭吾さんのデビューは1985年なので、かなり初期の作品ですね。

 

初期の作品でシリーズ外作品、東野圭吾お馴染みの(?)実写映像化もされていないので(※2019年に舞台化はされています)、他作に比べて世間一般の知名度は薄いかもしれないですが、どんでん返し系ミステリのオススメランキングなどでよく紹介されているので、ミステリ界隈ではとても有名な作品だというイメージ。ミステリファンならとりあえず読んでおけよ、みたいな。

 

個人的にそんなイメージを長年持っていたものの、東野圭吾作品はシリーズものや映像化されるものばかり優先していたので今まで読まずじまいでした。

 

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この度、ようやっと読んでみた次第です。

 

読んでみると、なるほど、これは当時衝撃だっただろうなと納得の一冊。とにかくトリックが度肝を抜くもので、終盤で二転三転する真相には見事に翻弄される。確かに、どんでん返しミステリが好きだと言う人には「とりあえず読んで」と言いたい作品です。

 

 

当初は徳間書店からトクマ・ノベルズで刊行されたのですが、1995年に講談社文庫から刊行されたので、今では圧倒的に講談社文庫版の方が手に入れやすい。

 

 

講談社文庫で背表紙がオレンジだと「東野圭吾作品だぁ~」って感じですね。文庫で280ページほどと読みやすいボリュームなので、ミステリ初心者、読書自体に慣れしていない人にもオススメです。

それなりに知名度のある東野圭吾作品なのに、2023年現在まで映画化やドラマ化がされていないのは意外ですね。“あの”真相が怒られるからか・・・?

 

 

 

 

 

クローズド・サークル×強盗パニック

山荘に八人の男女が閉じ込められ、殺人事件が起こるという展開はミステリのクローズド・サークルのオキマリ設定ですが、今作は天候不良、橋が落ちた、孤島で船が来ないなどの理由で外部との連絡が絶たれての閉鎖空間ものではなく、逃げてきた銀行強盗犯が山荘に侵入してきたことで監禁されてしまうという一味違うもの。

 

いわば、本格推理小説のクローズド・サークルと、強盗犯と対決するサスペンスが合わさった物語。

銃を持った強盗犯との対峙という緊張状態のなか、強盗犯から逃れようと様々な策を講じていく展開はサスペンスとして読ませてくれますし、一味違う状況でありながらも、起こる殺人事件は本格推理小説のド定番そのまま。

 

サスペンスの定番と、本格推理小説の定番。この二つの定番が一つの物語の中で展開されるという、ある意味とても奇妙な構成がこの作品の持ち味になっていると思います。

見方を変えると、一つの作品で二つのジャンルを一緒くたに楽しめる、“お得な”作品ともいえる。

 

とはいえ、強盗犯と対峙している中で"強盗犯以外の人物による殺人事件”を起すという“荒技”を遂行するべく、ストーリー展開にはかなりの無理がみられます。

 

「仲間とここで合流する予定だから」と、八人も人が集まっている山荘に居座り続け、縛り上げて一部屋に閉じ込めずに比較的自由に行動させ、各自の部屋で寝るのを許可するなど、逃亡中の銀行強盗犯の行動としては不自然だし、監禁されている只中で朋美の事故死について議論し始めるなど、妙にご都合主義な流れで物事が進んでいく。

 

「この状況下で本格推理ものやろうってんだから仕方ないのか・・・」と、違和感を感じつつも読者は読み進める訳ですが、この諸々の“奇妙さ”にはちゃんと理由があり、このこと自体が謎を解く鍵となっている。

 

クローズド・サークルと強盗パニックの無茶な合わせ技は、楽しませつつも読者をペテンにかける壮大な罠。本を読み始めた瞬間から私たちはすでに騙されているのです。

 

 

 

 

 

※以下がっつりとネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朋美の従妹・雪絵が殺害され、「犯人はお前たちのなかにいるはずだから、お前たちで誰が犯人なのかはっきりさせろ」と強盗犯に言われて、秘書の下条玲子は推理によって朋美の父親・伸彦こそが犯人だと指摘する。

 

伸彦は朋美の婚約者・樫間孝之に横恋慕していた雪絵が、ピルケースの中身を睡眠薬に入れ替えることで朋美を事故に見せかけて殺害したのだと確信。いつか復讐してやると思っていたところに、強盗犯が侵入してくるという異常事態が発生したので、この混乱に乗じて雪絵を問い詰め殺害した。

下条玲子の推理によって追い詰められた伸彦は窓から飛び出し、湖に身を投げ自殺。

強盗犯たちは朝になったら自分たちは山荘から出て行くといい、人質として樫間孝之を一人ラウンジに残して就寝することに。

しかし夜中になって、死んだと思われていた伸彦が孝之の前に姿を表す。伸彦は、雪絵は朋美の死に関して誰かを庇っていたのではないかと思い至り、それを確かめるために戻ったのだと孝之に説明する。

それを聞いた孝之は、伸彦の首を両手で締め始める――。

 

あの事故の日、朋美の死を願ってピルケースの中身を入れ替えたのはこの物語の語り手・樫間孝之だった。

孝之は朋美という婚約者のいる身でありながら美しい雪絵に心惹かれ、どうやら雪絵も自分を好いてくれているようだと知ると「朋美さえ死んでくれればすべて上手くいくのに・・・」と、思いあまって犯行に及んだ。

 

伸彦にこのまま事の真相を見抜かれては身の破滅。孝之は伸彦を殺害しようとする。

 

しかしそこで、孝之は驚愕することに。皆が一斉に現われ、「これはすべて芝居だった」と種明かしされる。

 

強盗犯二人も、秘書の下条も、主治医の木戸も、途中山荘に様子を伺いに来た警察二人も、伸彦が顧問をしている劇団の役者で、脚本を書いたのは朋美の親友で作家の阿川。

 

強盗犯が来たことも、殺人事件も、すべて作りものの芝居。つまり、実際は“何も起こっていない”。語り手の樫間孝之を、登場人物全員で騙したいたという訳です。

 

 

いや、そんなのアリかよ・・・。

 

なんですけども(^_^;)。これやっちゃったら「何でもアリじゃん」と言いたいですし、作中にそれらしい伏線も見当たらないので、最後にいきなりこの真相を明かされても推理小説としてはアンフェアだと怒る人もいるのではないかと思います。

 

実は、物語のヒントは作中ではなくもっと目立つ部分にあからさまに示されている。

「仮面山荘殺人事件」というタイトルと、目次が「章」ではなく、「幕」となっているところですね。

 

タイトルの「仮面」に込められている意味は、登場人物皆が本来とは違う「仮面」を被って嘘をついていること、山荘での出来事自体が虚構の「仮面」であること。

目次の第一幕~第六幕は、そのまま「芝居」を表す。第一幕のサブタイが「舞台」なのもダメ押しですね。

 

このように、ヒントが“モロ”なぶん、かえって気がつかないと。読み終わってから改めてタイトルと目次見ると、弄ばれたな感が凄い。妙にご都合主義な展開も、それ自体が「芝居」だと見抜くヒントなんですね。

 

 

負け惜しみ的ではありますが、個人的にはもうちょっと作中にもそれらしい伏線張って然るべきなのではないかと思う。推理小説ならば。

 

とはいえ、“ロジックでの犯人追及”からの、“犯人が死んだと見せかけて生きている”からの、“語り手が実は罪人という叙述トリックからの、“全部お芝居でした”という怒濤のどんでん返しは読んでいて楽しい。

二転三転する真相に翻弄されるのはこの手の本の醍醐味ですね。

 

 

 

 

 

 

殺意の証明

伸彦たちがこんな大掛かりな芝居をしたのは、孝之の朋美への殺意を証明するため。

 

孝之は朋美のピルケースの中身を睡眠薬にすり替えた。しかし、死後に確認されたところピルケースの中には錠剤が残っていたと聞かされ、孝之は「朋美は睡眠薬を飲まなかった。朋美は本当に事故死で、自分は罪を犯さずに済んだのだ」と安堵していたのです。

 

しかし、山荘に来て雪絵が自分を庇うために減った錠剤の補充をしたのではないかと思い至り(※芝居でそう誤認させているだけで、雪絵はそんなことをしていない)、やはり自分が雪絵を殺したのだと一気に不安に襲われる。

 

実際は、朋美は自殺でした。

雪絵に「その錠剤は睡眠薬ではないか」と指摘され、ピルケースの中身が孝之によってすり替えられているのに気がつき、“孝之が自分を殺そうとしている”事実に絶望して、朋美は一度停車させた後で崖に突っ込んだ。

このような仕打ちをされたにもかかわらず、孝之を庇うためにすり替えられた睡眠薬を捨て、本来の鎮痛剤を入れ直して。

 

あまりに痛ましい真相で、伸彦たちとしては孝之をこのままではすましておけない。しかし、結局のところ朋美は自殺であり、孝之を法律で裁くことは出来ない。なので、孝之の殺意を証明し、どれだけ酷い罪を犯したかを自覚させようとした。それが伸彦たちの復讐なんですね。

 

“いや、実際すべて虚構の物語だったのだ。そして今こうして自分が何もかもを失ったということだけが事実なのだ。”

 

打ちのめされた孝之は、朋ちゃんを裏切らないでって、お願いしたのに」と言い募る雪絵に「もう幕だろ」と言って山荘を立ち去る。

「もう幕だろ」の意味は、「これで貴方達の復讐は完遂した。お芝居は終了でしょう」って意味ですね。

ここら辺の人間ドラマも今作の見所の一つ。

 

語り手の樫間孝之は朋美との仲を清算して雪絵の結ばれたいと願いつつも、資産家令嬢の朋美との婚約がご破算になれば伸彦からの仕事上の援助が受けられなくなるし、世間体も悪いので、朋美を死なせてしまおうとした。

 

打算と欲まみれの許しがたい人物なのですが、“魔がさして”の犯行であり、欲と良心の間で揺れ動く非常に人間臭い人物でもある。

だからこそ伸彦たちの復讐も効果を絶大に発揮する結果になったと。罪悪感をまったく抱かない人物だったら、伸彦たちのこの大掛かりな芝居はただただ徒労でしかないのですからね。

 

このような三角関係による人間ドラマはパラレルワールド・ラブストーリー』を連想させますね。不貞の誘惑に負けてしまう男女と、純粋故に一人割を食うことになってしまう犠牲者・・・。

 

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良識人風だけどよくよく考えると罪深い雪絵とか、いかにも東野圭吾作品的女性だなと思う。

 

 

今作は死人も逮捕者も出ない、そもそも“事件が起きていない”、ある意味とても平和的なミステリ。(過去に自殺者が出てのものではありますが)

 

そのため、この仕掛けを知って「つまらない」「ただの茶番じゃないか」と思う人も多く、賛否が分かれる作品になっているかと思います。

 

しかしながら、この仕掛けは近年では色々と趣向を変えて様々な作家に書かれているもので、『仮面山荘殺人事件』はその“先駆け”な作品。(文庫版に叙述トリックもので有名な作家・折原一さんの解説が収録されているのですが、「先にやられた!」と、怨み節(?)が綴られておりました。でもだからこそ東野作品で三本指に入る傑作だと思っているらしい)

 

ミステリファンなら予備知識として読んでおくべき、賛否もろとも愉しんでしまえる作品だと思いますので、気になった方は是非。

 

 

 

ではではまた~