夜ふかし閑談

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『今昔続百鬼-雲』4編 あらすじ・解説 京極堂も劇的に登場!馬鹿二人の珍道中

こんばんは、紫栞です。

今回は京極夏彦さんの『今昔続百鬼-雲』(こんじゃくぞくひゃっき-くも)をご紹介。

文庫版 今昔続百鬼 雲 〈多々良先生行状記〉 (講談社文庫)

 

妖怪馬鹿二人の珍道中

『今昔続百鬼-雲』は妖怪馬鹿の上蓮と妖怪馬鹿重度(かなりヤバイ)の多々良勝五郎の二人が、妖怪伝説蒐集の旅をするなかで遭遇する騒動を描いた中編集。多々良先生行状記。

多々良勝五郎センセイは京極堂こと中禅寺秋彦の妹・敦子が編集記者をしている雑誌「稀譚月報」で妖怪研究家として連載を持っているということで、百鬼夜行シリーズ】

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と関わりのある番外編的作品。京極堂もゲストで出演してしっかりと拝み屋の仕事をしていますので、シリーズファンならば読むべし!な、一冊。もちろん多々良センセイと沼上蓮次の二人も【百鬼夜行シリーズ】、他スピンオフ作品でちょこちょこ登場しています。

 

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多々良勝五郎と沼上健治のモデルは、京極さんの妖怪好事家仲間である多田克己さんと村上健司さん。この三人による座談会がまとめられた『妖怪馬鹿』たる本も刊行されています↓

 

最初に刊行された講談社ノベルス版にはふくやまけいこさんによる挿絵がありました。かわいらしい絵で、なにやら今までにない雰囲気で京極作品が楽しめる・・・かも。

 

 

文庫版にはこの挿絵は掲載されていません電子書籍で出ているのは文庫版の方ですね。

 

 

 

物語の舞台は昭和二十五年初夏~二十六年秋。【百鬼夜行シリーズ】の第一作姑獲鳥の夏より少し前の時間軸ですね。

語り手は一貫して坊主頭で印刷所勤務の妖怪伝説好きである沼上蓮次。小柄の肥満体で人の迷惑も顧みずに怪異を求めて暴走する妖怪研究家・多々良勝五郎センセイに、沼上がひたすら翻弄され、辟易しながら肚を立て、事件に巻き込まれては偶然にも解決させてしまうという流れがこの中編集の基本スタイルとなっています。

 

殺人や村の近代化への葛藤などが描かれているものの、この本はあくまで妖怪馬鹿によるドタバタ冒険コメディー。終始「馬鹿は始末に負えない」といった感じでひたすらコミカル。

今作も京極夏彦作品の代名詞であるレンガ本でどの編も短くはないのですが、軽快に読める中編集となっていますので、【百鬼夜行シリーズ】などを読んだ事がない人や京極作品に敷居の高さを感じてビビってしまっている人にもオススメの作品です。もちろん京極作品全体を知っていた方が愉しみは増すんですけどね・・・。

 

 

 

 

 

 

 

各話・あらすじ・解説

 

『今昔続百鬼-雲』は四編収録。題材に使われている妖怪はいずれも鳥山石燕の画集から。

 

●岸涯小僧(がんぎこぞう)

昭和二十五年初夏。戦後の闇市で偶然にも劇的に多々良センセイと再会した沼上は、二人で妖怪伝説蒐集の旅に出た。山梨の山中で嵐に見舞われ、半ば遭難しかけていた二人は川辺で「か、カッパかッ。どうして――」という叫び声を聞く。

カッパと聞いて異様に興奮したセンセイが飛び出していった結果、無事村を発見。噂に聞いていたお化け愛好家だという老人・村木作左衛門の元になんとかたどり着き、泊めてもらうこととなる。

すると翌日、二人が声を聞いた川辺にあった小舟の中で死体が発見された。死体には無数の噛み傷が。まさかこれは河童の仕業なのか――?

 

「岸涯小僧」は河童の一種とされていますが、画だけで名前の由来などは一切不明の妖怪。

 

村木老人は息子たちと折り合いが悪く、養女で一緒に住んでいる富美に財産をすべて譲ると宣言したことで親族間トラブルが発生している。事件にはそのトラブルが絡んでいるという訳ですね。

村木家は犬を何匹も飼っていまして、お化け好きなせいで悉く変な名前をつけている。読みながら思わず笑ってしまうのですが、これが実は伏線になっていて、可笑しいんだけれども「なるほどなぁ」ともなる真相。

この事がきっかけで、村木作左衛門は多々良センセイの研究にえらく関心し、以後パトロン的存在に。二人が旅先で金に困ると、富美に金を持たせて使いにやるという訳です。二人にとってはなんとも都合の良い老人ですね。

 

 

 

 

泥田坊(どろたぼう)

昭和二十六年二月。懲りもせず妖怪伝説蒐集の旅に出た沼上と多々良センセイの二人は、長野の雪山でまたも遭難しかける。やっとの思いで村を見つけた二人だったが、目撃したのは「タ、オォカ、イ、セ、タオ、カエェ、セ――」と咆哮しながら彷徨う全身真っ黒な得体の知れない人物のみで、他は誰も出歩いておらず、中に人が居る気配はあるのに戸を叩いてもどの家も開けてくれない。

何件か訪ね歩いてやっと家に入れてくれたのは、帰郷中だという田岡太郎だった。太郎によると、村は今「オッカナの晩」で忌み籠りの最中だという。

二人を泊め、占いのために鎮守に行った父・吾市を太郎は一晩待ち続けたが帰ってこず。翌朝になって三人で鎮守に行ってみると、中には吾市の死体があった。鎮守までついていた足跡は被害者の吾市のもののみ。果たしてこれは不可能犯罪なのか――?

 

泥田坊」は、死んだ翁が大切に耕していた田圃を息子が受け継いだものの怠けて農業をせず、挙げ句に売り払ったらば、夜な夜な一つ目の黒い生き物が現われて「田を返せ」と罵るようになったとかいう妖怪。

でもこの話が載っているのは『今昔百器拾遺』のみで、他に似たような伝承が見当たらないので謎に包まれているらしい。

 

前話よりも少し期間が空き、年が明けて二月。またも山で遭難しかける二人。しかも今度は雪山ってことで危険度が増しています。

雪に足跡で、本格推理モノの王道的な不可能犯罪だ!展開に。解決のされ方は全然王道ではないのですが。真相はとてもせつない。

金に困った二人は村木老人に電報を打ち、終盤でお金を持ってきてくれた富美と合流します。

 

 

 

 

●手の目

信州での事件の後、村木作左衛門の養女・富美が持ってきてくれた金子によって懐が暖かくなった沼上と多々良センセイの二人は、調子に乗って東京へ帰る前に群馬方面に寄り道して伝説蒐集をすることに。富美を伴っての道中、大雪のために足止めをくった宿屋で三人は奇妙な話を聞く。

宿屋の主人が高熱にもかかわらず家を抜け出して行方知れずになったという。主人だけでなく村の男達はここ最近、夜な夜なこっそりと何処かに出かけては憔悴して帰ってくるのを繰り返していたらしい。

女将はどこぞの女のところに通っていたに違いないと決めつけて恥じ入るが、話を聞いたセンセイは「何かに取り憑かれたのかもしれない」と興奮。村中を探っているうちに、三人は村で起こっている騒動に巻き込まれることとなるが――。

 

「手の目」は座頭姿だが両の手のひらに目玉がついている妖怪。『諸国百物語』の中の「ばけものに骨を抜かれしこと」という、妖怪に骨を抜かれて皮だけになったという話を元に鳥山石燕が書いたのではといわれているが、やはりほぼ正体が不明の妖怪。

 

こちらは前話での道中の続きになっていて、二人は富美と行動を共にしています。富美ちゃんは十六歳の小娘なのですが、聡明でしっかりもの。村木老人の影響でお化けのことにも詳しく、ワザと多々良センセイを焚きつけて面白がったりする。

なんやかんやあって沼上が博打をすることになるのですが、真剣勝負をしている横で茶々を入れてくるセンセイにマジでムカムカする。

基本的に沼上はいつも多々良センセイに対して肚を立てているのですが(じゃあ何で一緒に旅してんだよって感じですが。ま、ずっと二人きりで行動しているとイライラが募るというのと、沼上も馬鹿だからってことですかね)、この茶々の入れ方は言動がよりリアルといいますか・・・ま、とにかくムカツク(^_^;)。

 

 

 

 

●古庫裏婆(こくりばば)

発端は昭和二十六年の夏の終わり。入定木乃伊の展示を目当てに多々良センセイと東京蒲田で開かれた衛生展覧会を見に来た沼上は、そこでかつての妖怪同人誌仲間である笹田冨与巳と再会した。

冨与巳は出羽の小父の寺から詐欺師によって持ち出されて行方不明になった木乃伊(即身仏)を探しており、奥州から運ばれてきた木乃伊が展示されると聞きつけてこの展覧会に訪れたのだという。検分してみたところ、探している即身仏とはポーズが違っていたため別物だということにその場では落ち着いた。

 

秋になり、資金を貯めて妖怪馬鹿二人にとっては“いよいよ”な地、東北を訪れた沼上と多々良センセイはある事件に巻き込まれ、人生最大の生命の危機に直面する。それは、即身仏にまつわる世にも恐ろしい事件だった――。

 

「古庫裏婆」は、寺の住職の妻が夫の死後古庫裏に住み続けた末に、墓から屍を掘り出して喰らう妖怪になったというもの。石燕の絵には婆の周囲に意味深に色々と描かれているものの、意味は不明。

 

前話からまた少し空いて今度は東北道中。この話のみ書き下ろしなのですが、一番長くて文庫だと250ページある。この話だけで一冊出せますね。毎度のことではありますが。

京極堂こと中禅寺秋彦が登場でテンションが爆上がりです。多々良センセイとは違って周到に、スパッと解決。京極堂による古庫裏婆退治が拝めるので必見ですね。

この事件で助けてもらったことがきっかけとなり、多々良センセイと沼上は中禅寺と知り合い、妖怪好き仲間として親交を持つことに。多々良センセイは『塗仏の宴』に登場しているのですが、

 

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その事を示すように作中で塗仏の絵について少し言及するシーンがあります。また、この話に登場する伊庭刑事陰摩羅鬼の瑕に登場しています。

 

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以上、四編。

 

 

 

 

 

 

妖怪の謎(だけ)解明する

『今昔続百鬼-雲』では由来など不明点が多い妖怪が題材に選ばれています。

物語の中心人物である多々良センセイは四六時中妖怪の事しか考えていない人物。作中で多々良センセイがするのは石燕の妖怪画に隠された隠喩暗喩の読み解きで、事件の謎などまったく解かない。どの事件も多々良センセイが妖怪画の読み解きをした結果、偶発的に、周りが勝手に勘違いして事件が解決に至る。棚ぼた解決的な物語集となっています。

 

妖怪画の読み解きと、多々良センセイと沼上の二人のやり取りが面白いのはもちろんですが、「古庫裏婆」の最後で不思議が残る終わり方をしていること、その不思議をもたらしているのが中禅寺秋彦だというところが、【百鬼夜行シリーズ】全体の中で割と大事なんじゃないかという気がする。「この世に不思議はない」って言っている、その当人が不思議だってところがね。

中禅寺は『百鬼夜行-陽』でも学生時代、榎木津の目の謎を何の前情報も無しにいきなり言い当てていますが、

 

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京極堂、まさか千里眼的な能力でもあるの?」ってな疑惑(?)が芽生えるような描写は今作が初だったので、最初読んだときは結構驚いた。ま、明かしてないだけでマジシャン的なペテンのタネがあるのかもですが。

不思議が残る終わり方をすることで、多々良センセイが不思議を全身全霊で楽しむ人間なんだよとダメ押しで示しているのかなとも思います。

 

“雲”とついているので続編があっても良さそうなものですが、多々良センセイと沼上のコンビが主の本は今のところこの一冊きりです。作者の京極さんもマニアックに走りすぎた自覚があるのか、「書いてくれと言われればいくらでも書けるんだけど、誰にもお願いされない」とインタビューなどで自虐的に語っていたりする。

 

正直なところ、『今昔続百鬼』の続きより本編の【百鬼夜行シリーズ】の新作をまずは書いて欲しいってのがファンとしての希望ではありますが、『今昔続百鬼』だって続編が出るなら絶対に読みたいし書いて欲しい。出版社さん、編集者さん、何とか先生を口説いてくれって感じですね。

 

 

京極夏彦作品ファンも、そうでない方も是非。

 

 

 

 

ではではまた~