夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

秘密-トップ・シークレット5巻「屍蠟化死体事件」ネタバレ・あらすじ

こんばんは、紫栞です。
今回は清水玲子さんの『秘密-トップ・シークレット』5巻収録の

 

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「屍蠟化死体事件」と同時収録の短編「特別編」をご紹介。

 

新装版 秘密 THE TOP SECRET 5 (花とゆめCOMICS)


あらすじ
2062年。ガンを患い余命幾ばくもない梨田は、60年前に金欲しさに子供を誘拐・殺害した罪を告白する。梨田の証言により死体の捜索を開始した警察は屍蠟化死体を発見するが、この死体は中年男性で、死亡時期は20~25年前。梨田の起した事件とは無縁のもので、捜索中に偶然発見されたものだった。
解剖医の三好雪子は、遺体の状況から犯人は性的倒錯者の可能性のある異常者なのではないかと推察、第九にMRI捜査を求める。
遺体の状態・事件の緊急性のなさなどから室長の薪は雪子の申し出に難色を示すが、青木が薪に意見したことにより、青木が勤務時間外に一人で捜査することに。捜査により死体の身元が判明、脳映像の再現にも成功するが、映像の解析を進めた結果浮かび上がった容疑者は思いもよらぬ人物だった。
しばらくして、死体の捜索を続けていた警察はもう一体の屍蠟化死体を発見する。この死体こそ梨田が証言した事件の被害者男児のものだった。時効が成立しているため事件は立件不可能だが、被害者の母親はMRI映像の閲覧を希望する――。

 

 

 

 

 

 

二つの事件
今作では二つの屍蠟化死体(外気と長時間遮断された湿地や多湿な環境に放置されたことのよって腐敗を免れ、内部の脂肪が変性して全体が鑞状になった死体のこと)が同じ沼地から発見されるのですが、この二つの死体はまったく関連がないそれぞれ別の事件のもの。
前4巻までは猟奇性が高いものや世間的影響が大きい重大事件を扱っていましたが、

 

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今作はどちらも20年前・60年前と過去の事件で重大性も薄いものです。

 

流れとしては最初に中年男性の他殺体が発見されて捜査、この他殺体に関係した悲劇的な事件が起き、後味は悪いが一応事件は収束したところで、元々探していた子供の死体を発見。今度は被害者男児の母親が息子の死ぬ前のMRI映像の閲覧を希望、警察は承諾するが、閲覧中に思いもよらぬ事件が起きる――と、いった構成。
別個の事件を何故並べて描いているのか。一見すると戸惑いますが、そこには確りと意図があります。

子供の死体の方は証言通りに梨田が60年前に殺害した被害者のものですが、もう一方の死体は梨田の証言によって捜索していたら偶然に発見されたもの。こんな巡り合わせがなければ今後も発見されなかったであろう死体で、三好先生が「屍蠟化死体だからMRI捜査が出来るかもしれない」と言わなければ事件として発覚すらもしなかった代物。まったく不運な犯人だって感じで、三好先生も「薮蛇となったこの犯人は運が悪かったとしか言えないけど」と序盤で言っていますが、三好先生のこの発言自体が皮肉なことに三好先生自身にそっくりそのまま返ってくるという“藪蛇”な展開になります。

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薮蛇
中年男性の他殺体の身元は、25年前に行方不明になっていた堀江太一。親戚に引き取られたことで姓が変わっていますが、この男性は三好先生の十年来の親友である浜田葵の父親。

25年前。堀江太一は酷いDV男で、妻に子供達の見ている前で熱した調理油をかけて結果的に殺害。母親の死後、父親の暴力は長男の尚にむかい、命の危険を感じた尚は家を出る決意をします。まだ幼い妹・葵を置いて。お金が貯まったら妹を迎えに行こうと決めていた尚ですが、ある時、自分は我が身可愛さで妹を見捨ててきただけなんだと気がつきます。自分がいなくなれば、父親の暴力は残された葵にむかうとわかっていながらの自分の行動に深く後悔し、尚は葵の身を案じて実家に戻ります。ですが、そこに待っていたのは父親の死体とその横に蹲る妹の姿でした。
葵は父親の暴力に絶えかねて包丁で父親を殺害していたのです。尚は父親の死体を沼地に埋め、妹を人殺しにしてしまったことに負い目を感じ、今後何があっても葵を守り抜くと堅く心に誓います。
そうして25年経った現在、葵は結婚を間近にひかえていましたが、何の因果か、それとも知らず招き寄せてしまっているのか、その婚約者は父親と同じように暴力を振るう男でした。葵は25年前と同じ状況に追い込まれて錯乱し、包丁で婚約者に襲いかかります。そこを兄の尚が止めに入り、「二度とお前に人殺しはさせない」「たとえオレが人殺しになっても」と、葵から包丁を奪って変りに婚約者に襲いかかり、返り討ちにあって死んでしまいます。

三好先生は結果的に友人の幼少のころの犯罪、兄が命懸けで守ろうとした妹の「秘密」を暴いてしまった訳です。25年前の、DV被害者である子供の犯罪。まさに掘り返さない方がいい事件でした。


実は薪さんは遺体の刺し傷の状態から犯人が「小さい子供」なんじゃないかと見当がついていました。最初、真相解明に乗り気じゃなかったのはそのためです。

親友の身体の痣にも気づかず、遺体の刺し傷から性的倒錯者の可能性しか思い至らぬ三好先生の“観察力のなさ”を、終盤、薪さんは激しく糾弾します。
確かに、気がついている身としては三好先生の的外れな意見や藪蛇な行動にはイライラするかもですが、「じゃあ早く言ってよ」って感じだし、意地悪しているようにしかみえません(^^;)
なぜこんなに意地悪を・・・やっぱり青木が三好先生に惹かれていることが原因なのか?

※詳しくは4巻↓

 

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ってとこで今度は三好先生にやり返される訳ですが・・・う~ん、薪さんも薪さんですけど、三好先生も相手をやり込めるためにセクシャリティのことを持ち出すのは禁じ手というか卑怯な気がするなぁ・・・と、何とも言えない気分に~・・・なったとこで、唐突に何故か青木が三好先生にプロポーズ。
「???」
と、読者的にはもう混乱の渦で、「さらに事態をややっこしくすることしてんじゃねぇ」と青木に怒りを覚えたりします(笑)
しかも、三好先生実は薪さんのことが好きらしく~~~?


もうしっちゃかめっちゃかですね。
このしっちゃかめっちゃか、今後も引っぱるので、まぁ静観して見守っといて下さい(^_^;)

 

 


対比
しっちゃかめっちゃかの後、今度は梨田の殺害した被害者男児MRI映像閲覧を95歳の母親がします。

自分の息子が殺されるところを見るなど並大抵の覚悟では出来まいと思いますが、この母親、本当に覚悟を決めてこの場に来ていました。「第九」に来る前に加害者の梨田を殺害していたのです。
手錠をかけられた老婆に、薪さんは「なぜこんなおろかな事を」「あなたの今までの人生や被害者、ご主人の名誉も失う事に・・・」と訴えますが、95歳の母親は「夫はもう8年も前に亡くなった」「関係者もとっくにいない。自分は95歳だ」「これでもまだ私には守るべきものがありますか」と泣き崩れる。


息子の死ぬ直前にみた「幸せな夢」の映像を見ながら「梨田も悪夢に苦しんできたはずだ」と言った薪さんに「では・・・今度は その犯人の・・・梨田の脳の画を見せて頂けるのかしら 死ぬまで見続けたというその夢を」と言い放って空気が一変するところがそら恐ろしいです。
確かに60年間も自分たち家族を苦しめていた犯人が「もう自分は末期ガンで長くないから懺悔して天国に行きたい」などと言って今になって証言するなんていうのはとても許せるものじゃないですよね。相手が死ぬ前に自分で殺したいというのも分かる気がします。病室にそんな易々と入れるかなぁとか、着物についた血痕そんなに簡単に落とせるのかなぁとか疑問はありますが・・・。


十歳に満たない子供が自身を守るために行った殺人と、95歳になった老婆が60年苦しんだ末“守るものがない”ために行った殺人。
正反対ですが、同じようにやり切れぬ事件が対比で描かれています。

 

 

後味が悪い
この漫画シリーズは後味が悪い事件が多いですが・・・と、いうか、殆どがそうだという気もしますが(^^;)
その中でも今作は上位に食い込む後味の悪さです。

作画ももう拍車をかけてですね。尚が実家に戻って父親の遺体と妹の葵の姿を目の当たりにするところや、95歳の母親が皺だらけの顔で泣き崩れるところも画から漂う絶望感がもの凄いです。ラストの薪さん同様、頭を抱えてうなだれたくなります。

 

5巻は最後に岡部さんが主役の「特別編」が収録されています。これもそんなに軽くなく、結構重いお話なのですが、それでも救いがある終わり方していますので本編読んだ後で少しは晴れやかな気分に・・・なる、かな・・・?

分かりませんが。

とりあえず“あの子”死ななくて良かったと心底思った話だった(^^;)


色々と複雑な心境になる5巻。読んで是非色々と考えてみて欲しいです。

 

 

ではではまた~

『今昔百鬼拾遺 鬼』概要・感想 百鬼夜行シリーズ新作スピンオフ!

こんばんは、紫栞です。
今回は京極夏彦さんの『今昔百鬼拾遺 鬼』(こんじゃくひゃっきしゅうい おに)をご紹介。

今昔百鬼拾遺 鬼 (講談社タイガ)

 

あらすじ
「あ――そう、鬼の因縁だとか云っていました」
昭和29年3月、駒沢野球場周辺では「昭和の辻斬り事件」と呼ばれる日本刀を使った連続通り魔事件が発生。容疑者は捕まり、事件は収束に向かっていたが、最後の七人目の被害者・片倉ハル子は殺害される以前から学院の後輩だった呉美由紀に「先祖代代、片倉家の女は斬り殺される定めだ」と云い、自らの“女が斬り殺される家系”を畏れていたらしい。

自分が被害者になることを予見していたかのような生前のハル子の発言に疑問を持った呉美由紀から事件の相談を受けた「奇譚月報」の記者・中禅寺敦子は調査に乗り出す。
調査する先々で耳にするのは「鬼の因縁」、そして「鬼の刀」。片倉家の家系を辿っていくうち、敦子と美由紀の二人はとんでもない“因果”を目の当たりにするのだが――。

 

 

 

 

 


百鬼夜行シリーズ!新作!
2019年4月19日に出ました~百鬼夜行シリーズ】最新作!

 

 

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サイドストーリーズの百鬼夜行-陽』から数えるなら七年ぶり、

 

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長編で数えるなら邪魅の雫以来十三年ぶりの新作となります。

 

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もう発売を知ってから楽しみでそわそわしていました。こうして無事(?)読めて嬉しい限りです(^^)

今作『今昔百鬼拾遺 鬼』は正確にいうと【百鬼夜行シリーズ】のスピンオフ的作品で、昨年2018年に行われた三社横断京極夏彦新刊祭り・「三京祭」の期間限定サイトで公開されていたお話の書籍化です。講談社鉄鼠の檻 愛蔵版』

 

鉄鼠の檻

鉄鼠の檻

 

 

角川の『虚談』

 

虚談 (怪BOOKS 幽BOOKS)

虚談 (怪BOOKS 幽BOOKS)

 

 

新潮社の『ヒトごろし』

 

ヒトごろし

ヒトごろし

 

 

をそれぞれ購入し、各単行本の帯についているパスワードを全て集めると読めるという代物でした。
私は『虚談』と『ヒトごろし』は購入したものの、『鉄鼠の檻 愛蔵版』は田舎で直接目にすることも叶わずに買わずじまいだったので(ネットで買えるんですけど、お高いので実物を見ないまま購入は気が引けてしまった^^;)、こんなに早く書籍化してくれるとは思っていなかった分、嬉しさ爆発です。

このスピンオフ『今昔百鬼拾遺』はどうやら中禅寺敦子が主役のシリーズもので、昨年同様に三ヶ月連続で刊行されるのですが、なんと、同じシリーズなのに三社別々のところから刊行されます。
今作の「鬼」は講談社タイガからで、5月24日に「河童」角川文庫から、

 

 

6月26日には「天狗」新潮文庫から

 

 

 

刊行されます。


同じシリーズなのに何故こんな刊行に?と、ちょっとややこしい感じになっていますが、三社横断企画のサイトで公開されていたものなので、ケンカしないようにってことなんですかね(^_^;)
すべて文庫での刊行ということで講談社からは講談社タイガでの刊行。創立のときに作家一覧に名前を連ねていたのに長年刊行されずじまいだった“アレ”です。
個人的に講談社ではもう百鬼夜行シリーズは書かないのだと思っていたので、ちょっと驚きでした。スピンオフだからいいのかな?

 

※2020年に「鬼」「河童」「天狗」の三作を一冊にまとめたものが講談社からノベルス・文庫と『今昔百鬼拾遺 月』として刊行されました。↓

 

 

 

 

 

いや、結局講談社からまとめて出すんかい。

どうなってんのでしょう。大人の事情は。講談社と【百鬼夜行シリーズ】はどんなことになってるのよ今のところ。

 

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ま、シリーズファンとしては講談社ノベルスと本の分厚さに愛着があるので嬉しいは嬉しいですけどね。

 

 

『今昔百鬼拾遺』は三作とも表紙に使われているモデルは今「福岡一の美少女」と話題の女優・今田美桜さんです。

・・・・・・三作ともお面被っていて顔が写っていないのですが。

なんという“かわいい”の無駄遣い。少なくとも今作の「鬼」では表紙以外の写真でも顔が隠れているので意味不明の試みに驚きです。著者の京極さんも驚いていましたね。

 

 

登場人物
『今昔百鬼拾遺』は敦子と、『格新婦の理』に登場した呉美由紀の二人が事件を追う役割を担ったシリーズです。
この記事↓

 

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でも書いたように、私は呉美由紀ちゃんの再登場を熱望しておりましたので、これもまた嬉しさ爆発。ありがとうございます!ですね(^o^)

 

呉美由紀は『格新婦の理』での事件後、閉鎖された「聖ベルナール女学院」理事長代理の鈍感で楽観的な正義漢の柴田の便宜でまた全寮制の女学院に編入しています。最初は中禅寺か榎木津に相談しようと思っていたものの、両者とも例によって旅行中に起きた事件に関わっている最中で不在。※栃木に行っているらしい(おお!?)
それで妹の敦子におはちが回ってきたという訳です。


敦子と美由紀ちゃんの組み合わせって予想していなかったんですが、属性が同じ?というか、何というか、云われてみれば馬が合いそうな組み合わせですね。敦子の方が論理的で、美由紀ちゃんの方が爆発力(?)がありますけど。

 

他、【百鬼夜行シリーズ】からは鳥口守彦が登場します。敦子が調べ物の際に頼るという流れです。こういう協力をするから兄の中禅寺秋彦に「妹を誑かす不届き者」扱いをされるんですが(^^;)
鳥口といえば、『塗仏の宴』

 

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以降の陰摩羅鬼の瑕』『邪魅の雫と二作続けて不在で、スピンオフの『百鬼徒然袋』

 

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でチョロと登場したぐらいで音沙汰なしでしたので、ファンの間では登場を熱望されていた一人。登場して嬉しいですが、予定されている本命シリーズの長編・栃木で起こる『鵺の碑』にはやっぱり置いてけぼりをくらっているみたいで残念です。大作に出られないぶん、この『今昔百鬼拾遺』には多く登場して欲しいものですね。今作「鬼」ではやっぱり少ししか登場していませんが・・・。

 

シリーズの空気感もそうですが、敦子や鳥口にしろ、十年以上ぶりに書いているとはまったく思えないくらいに前作との齟齬がありません。間隔開けずにずっと書き続けてきたかのようです。呉美由紀に至っては二十年以上前に登場したきりのキャラクターなんですけどね。この“しれっ”とした感じが逆に凄まじく思える。流石。

 

後、青木の紹介で玉川署刑事課捜査一係の刑事・賀川太一が登場します。見た目が子供っぽく、思ったことをどんどん口走っちゃうなかなか愉快な刑事さんで楽しいです。次作の「河童」や「天狗」にも出て来るのかな?
青木は名前のみの登場でしたね。敦子視点だと青木も鳥口もてんで意識されてないなと何か気の毒になってくる。脈なしなのかな、やっぱり(^_^;)

 

 

 

 

リンク
今作は期間限定サイトで公開される前から触れ込みとして『虚談』『ヒトごろし』にリンクした物語りだとなっていました。
個人的に“リンクした”とはいってもすこ~し関係するだけかな~と侮って(?)いたのですが、もうリンクもリンク、今作の事件の大元にめちゃくちゃ関わってくるお話になっていました。
『虚談』の方は収録されている短編の「ちくら」とリンクしているのですが、

 

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『ヒトごろし』の方はもうガッツリですね。

もはや今作は『ヒトごろし』の後日談レベルです。
“鬼の刀”と出て来るあたりから「お?」ですね。まさか“あの刀”やお涼があんなことになっていたとは・・・・。
事件の真相と相まって『ヒトごろし』を読んだ人にはさまざまな思いが去来するお話になっています。単体でも愉しめる作りにはなっていますが、『ヒトごろし』を読んだなら後に必ず読むべきお話で、絶対にセットで愉しむべきだと思います。順序が逆になっても然り。『ヒトごろし』の単行本はぶ厚くって見るだけで心が折れるかもですが、最近電子書籍版も出たので是非・・・・・・!↓

 

 

 


この本の素晴らしさについて、詳しくはこちら↓

 

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我ながら長々書いた・・・(^^;)

美由紀ちゃんが登場しているので、もちろん『格新婦の理』も読んでおいた方が良いですね。京極夏彦作品は全部が全部なんかしら繋がっているので云っていくとキリがないですが・・・。

 

 

 

ライトじゃない
今作は講談社タイガからの刊行とあって、ページ数も250ページぐらいと百鬼夜行シリーズとは思えぬほどに薄いです(一応長編となっていますけどね。レンガ本になれているファンは短編のように感じてしまう)。じゃあ内容もライトなのかというと全然ライトじゃないんですけど。


ところどころクスリとする部分はありますが、他のスピンオフの『百鬼徒然袋』『今昔続百鬼-雲』

 

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みたいなコミカルよりではなく、扱っている事件自体はだいぶ重くて雰囲気も本来の百鬼夜行シリーズに近いです。妖怪のウンチクとかは入らないですが、因縁や妄信に囚われてしまった人々が描かれるミステリというのはこのシリーズ独自のものですね。

 

『今昔百鬼拾遺 鬼』では謎解き役を敦子が担っています。作中、美由紀ちゃんに何度も「お兄さんに似ていますね」と云われていますね。どうやら美由紀ちゃんは『格新婦の理』での憑物落としに感銘を受けたらしく、あの中禅寺の理路整然としたしゃべりを見習いたいらしいです。で、敦子に何度も「やめとけ」云われてる(笑)
謎解きはしませんが、美由紀ちゃんは終盤で思いがけない活躍をします。「どちらかと云うと探偵さんの影響が濃い」ですね。
とりあえず、美由紀ちゃん最高。惚れ直しました(^o^)

 

久しぶりすぎる百鬼夜行シリーズの新作、期待通りの面白さで一気読みでした。もう読み終わった直後から「今すぐ次作読みたい!」とウズウズしております。


次作の『今昔百鬼拾遺 河童』は5月24日発売。待ち遠しいです!

 

 ※出ました!読みました!詳しくはこちら↓

 

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ではではまた~

 

 

 

 

 

パラレルワールド・ラブストーリー 原作小説、ネタバレ! 異色の謎解き恋愛小説~

こんばんは、紫栞です。
今回は東野圭吾さんのパラレルワールド・ラブストーリー』をご紹介。

 

パラレルワールド・ラブストーリー (講談社文庫)

 

2019年5月31日に公開予定の映画の原作本ですね。

 

あらすじ
敦賀崇史は大学院在学中、週に三度ほど山手線を利用していた。毎回、決まった時刻に同じ電車に乗り、同じ車両、同じドアの脇に立って外の風景を眺めるのが習慣となっていたが、いつからか崇史は山手線と並行して走っている京浜東北線の車両に乗っている若い女性に目を留めるようになる。

彼女は毎週火曜日に同じ時刻の電車、同じ車両の同じドアに立っていた。並走する車両に彼女の姿を探すようになるうち、彼女と目が合うことが多くなった。毎週二人は二枚のガラス越しにほんの二・三秒見つめ合う。
崇史は名前も知らない彼女に恋をした。

しかし、卒業にともなって山手線を利用することもなくなり、結局彼女とは直接会うことも出来ないままに崇史の恋は終わってしまう。

大学院を卒業後、崇史はアメリカに本社のあるバイテックという企業が運営しているMACという学校に幼馴染みで親友の三輪智彦と共に入り、リアリティ工学の研究者として給料を貰いながら研究を行う日々を過ごしていた。

ある日、崇史は智彦から「彼女を紹介したい」と言われ、喫茶店で待ち合わせをする。足に障害があり、今まで女性・恋愛に距離を置いている様子だった智彦に恋人が出来たと聞き、大親友の幸せを心から喜ぶ崇史だったが、智彦が連れてきた津野麻由子と会った瞬間、そんな思いは吹き飛んでしまう。

麻由子はあの京浜東北線の彼女だった。

智彦への嫉妬に苦しむ崇史だったが、ある朝目が覚めると、彼女は自分の恋人として隣にいた。夢と記憶との符合や記憶と食い違う状況に混乱する崇史。麻由子が自分の恋人である「世界」と、麻由子が親友の恋人である「世界」。どちらが現実なのか?

目覚める度に変わる二つの「世界」で恋と友情は翻弄されていく。いったい自分に“何が”起こっているのか、崇史は謎を解明しようと調べ始めるが――。

 

 

 

 

 

 

 

「恋」と「友情」と「記憶」の物語り


パラレルワールド・ラブストーリー』は1995年刊行で、今から20年以上前の作品となります。スマホはおろか携帯電話も作中には登場しないので、電話事情に関しては読んでいると時代を感じますが(電話環境ってのはここ二十年でホント様変わりしましたよね)、違和感はそれぐらいで他は驚くほど今の時代と齟齬なく読めます。むしろ近未来的なお話だという印象。リアリティ工学の研究について色々と出てきますので、専門的知識がある人には気になる点もあるかもですが、大多数の人には今現在の方がより受け入れやすいお話になっているんじゃないかと。


タイトルに“ラブストーリー”と入っている通り、今作は一人の女性を巡る親友との三角関係が展開される普遍的な(しかし悲劇的な)ラブストーリーが展開されるのですが、これに「記憶」の混乱が入ることによって他にはない“ある意味ホラー”な謎解き恋愛小説になっております。ぶっ飛んでいて少しファンタジックな設定ではありますが、ラブストーリーにくわえ、親友との友情の行方、数々の謎や伏線が繋がっていく過程など、東野圭吾作品らしく楽しませてくれます。


「アイデアが生まれたのは20代。
小説にしたのは30代。
そして今ではもう書けない。」

と、いう、40代の頃に東野さんが言った今作についてのコメントが印象的。

上の画像による文庫の他に、最近になって映画化にあわせてか吉田健一さんによるイラストカバー版も刊行されています。

 

 

 

映画

 

 


映画の監督は『ひゃくはち』『宇宙兄弟』『聖の青春』などの森義隆さん。主題歌は宇多田ヒカルさんのアルバム『初恋』

 

初恋

初恋

 

 

に収録された「嫉妬されるべき人生」が使われています。タイトルが凄く合っている・・・。

キャスト
敦賀崇史玉森裕太
津野麻由子吉岡里帆
三輪智彦染谷将太
小山内譲筒井道隆
桐山景子美村里江
篠崎悟郎清水尋也
柳瀬礼央水間ロン
岡田夏江石田ニコル
須藤隆明田口トモロヲ


このお話はとにかく崇史・麻由子・智彦の三人の三角関係物語りなので、この三人がキャストでは重要なことになりますね。感情の揺れ動きがお話のキーになっているので役者さんの演技に注目です。

 

キャスト一覧に篠崎の恋人の直井雅美の名前がないのがチト気になる。映画には登場しないんでしょうか。

映画の公式サイトには「驚愕の108分!」「頭フル回転ミステリー」という文句が躍っていますので『去年の冬、君と別れ』

 

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みたいな視聴者ダマシ系(?)の仕掛けでアッと言わせる感じの映画になっているんですかね。
公式サイトには「映像化不可能と言われ続けてきた~」とも書いてありますが・・・個人的に原作小説を読んだ感じとしては「え?そうかな?」と。構成は少し複雑ですけど、別に原作通りにやれば結末で普通に驚かせることが出来るんじゃないかと思います。『去年の冬、君と別れ』や『イニシエーション・ラブ』みたいに原作がバリバリの叙述モノといった訳でもないので(叙述は叙述なんですけど)・・・まぁ場面がドンドン変わるので視聴者が混乱しないように作るのは難しいのかな。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パラレルワールド
今作は第10章まであり、視点は全て崇史。各章始めに麻由子が崇史の恋人で同棲している「世界」が描かれ、その後で“SCENE”として麻由子が智彦の恋人である「世界」が描かれる構成。各章、そんなに長くない中で「世界」が変わるので読んでいると場面の変動がせわしなく感じるかと。状況が把握出来ないまま二つの違う「世界」が交互に示される訳で、読者も序盤は主役の崇史同様に混乱します。
タイトルに“パラレルワールド”とあるので、読者にこれはちょっとしたファンタジーで、二つの別世界を並行して小説で描いているのだと思わせられるようになっています。しかし、延々並行して進めていったところで「このお話はどう着地するんだ?」と、読みながら疑問を常に感じるんですよね。作者の意図が解らなくって戸惑う。小説ジャンルもちゃんと説明書きにありませんし。ファンタジーなのかミステリーなのか判断しかねるなぁと。

話が進むにつれ、崇史が“思い出していく”ことでこの二つの「世界」は別ものではではなく、繋がっているのだということが明らかになっていきます。


麻由子が智彦の恋人だったのが過去の出来事で、麻由子が崇史の恋人であるのが今現在。


一つの「世界」が時系列を変えて描かれていることで、まるで二つの別世界があるかのように見せかけられている。タイトルにある“パラレルワールド”というワードが読者をミスリードさせる一要因になっている仕掛け。

 

では何故崇史は前から麻由子は自分の恋人だったと思い、智彦とのことを都合良く忘れていたのか。崇史はここで自分の「記憶の改編」が何者かによってされたのではないかと考え、智彦が研究していた「リアリティ工学の常識を根底から覆す大発見」に思い至る。
で、智彦や須藤と共に研究していたメンバーの一人、須藤の不可解な言動やいきなりの辞職、智彦の急なアメリカ行きの事柄などからかなりきな臭い事態に話は展開していきます。

 

 

 

 

ラブストーリー
個人的な話ですが、私は普段ラブストーリー、特に三角関係を扱った作品はそこまで好んで読まないし、映像作品で観ることも少ないです。(ラブコメは好きなんですけどね)
それというのも、「恋愛」には推理小説やクライムサスペンスのような“かくあるべし”な理路整然とした解決というのは無いからです。どんなに前後の行動とかけ離れていようと、理不尽な選択や結末を迎えようと、それが「恋」だから!と、言われば納得するしかなくなる。人の気持ちは理屈じゃないから・・・・・・と、まぁ、そういった部分が普段ミステリー作品ばかりに触れている人間には不服なときもある(^^;)

 

今作も親友との三角関係が主軸ということで、やっぱり読んでいるとモヤモヤしてしまうんですよね。
主人公で語り手の崇史は、親友の恋人に横恋慕することで智彦に嫉妬や憎しみを抱くようになるうちに足が不自由な彼に対し、自分が心の底では見下していたんだということに思い至っていきます。ついには智彦がハンディを持っているせいで麻由子が自分の元に来てくれないのだとまで。

麻由子はあいつに縛られている。
あいつが普通の身体なら、彼女もあいつと別れる決心がついたに違いない。だけどハンディキャップのあるあいつを捨てることが、彼女にはどうしてもできないのだ。
あいつはそういう彼女の優しさにつけこんでいる。
それをフルに利用して、彼女を得ようとしている。
あいつさえいなければ。
智彦さえいなければ。

これは智彦に黙って麻由子と関係を持った後の崇史の心境で、まったくもって得手勝手で酷いんですよ。端から見れば。

裏切っておいて、何もしていない智彦に殺意まで芽生えさせるほどに歪んでしまう。何よりも大切な親友だったはずなのに。まさに恋は人を狂わせるといった感じでしょうか。

崇史は作中の割と早い段階で「智彦との友情が壊れてもいい。仕方がない」と思い始めます。それほどまでに自分は麻由子のことをどうしても諦められない程に好きなんだと。あっさりと「友情」より「恋愛」を選んでしまおうとするのですが、麻由子は「大事なものを、どうして簡単に壊せるの?」と言って二人の「友情」を守ろうと、崇史に心引かれている素振りをさせつつも“誘い”を拒み続ける。(その態度がまた崇史の心をこじらせさせているんですが・・・)

 

「きっと、あなただって気がつくわ」と彼女は静かに続けた。「彼との友情を犠牲にするなんてこと、結局できないんだってことにね」

 

 

 

真相
智彦は二つのことに悩んでいました。一つは研究班の助手だった篠崎のこと。もう一つは麻由子のこと。

智彦の記憶パッケージ研究班では「記憶の改編」に成功していました。しかし、実験途中で篠崎が意識をなくして昏睡状態になるという事故が起こってしまった。上司の須藤らと共に篠崎の身体を隠し、昏睡状態から目覚める方法を模索する智彦でしたが、篠崎が昏睡してしまったのは自分が研究を進めることに必死で安全性を考慮しなかったためだと自責の念に駆られます。
そして、麻由子については彼女の気持ちが崇史のほうにむいていることに以前から気づき、早くあきらめなければと思っていました。だけど、どうしてもあきらめられないと悩んでいたのです。
悩み続けた結果、智彦は両方を同時に解決させる方法を見つけだします。自分が実験台になって篠崎の事故の再実験を行い、その結果を参考に須藤たちに昏睡状態から目覚める方法を開発してもらう。そして、自分は記憶改編システムを使って麻由子が恋人だったことを記憶から消し去り、昏睡状態になっている間に崇史と麻由子にも記憶を改編してもらって二人に恋人として結ばれてもらう。そうすれば昏睡から目覚めたとき、自分は心の底から二人を祝福出来るはずだ、と。

 

「恋」のために「友情」を犠牲にしようとした崇史に対し、智彦は自分の「記憶」と引き替えに「友情」を保つことを選んだのです。

 

促されて智彦の麻由子に関しての記憶改編を手伝ったのは崇史です。実験の最中に崇史は自分も麻由子を忘れるよう記憶改編をすれば良いのではないかと思いはしますが、恐怖が勝って尻込みします。
“記憶を変えるのは、自分を変えること”
並大抵の覚悟で決断できることではないのです。それでも智彦は崇史との友情を保とうとこのような方法を選んだ。
崇史は激しい後悔と悲しみ、感動に胸が締め付けられます。自分の弱さと愚かさを突き付けられ、智彦の強さを知るのです。


以前から麻由子は自分の恋人だったという「世界」は、崇史に施された記憶改編によるものでした。智彦の昏睡をうけ、麻由子がそうしようと言い出したのです。
すべてを忘れてやり直しましょう――。
と。
崇史は苦しみからその提案に乗ります。しかし、後になって須藤たちが智彦の研究データを探すも見付からず、昏睡の直前にデータを崇史に託したのではないかという事になります。記憶改編された崇史を監視するため、麻由子は崇史と同棲します。麻由子が希望したことでした。

 

 

 

 

結末
「友情を壊さないで」とか言っている麻由子ですけど、真相が解ってみると、見方によっては麻由子が一番酷いことしているんじゃないかって気がします。
ずっとあやふやな態度とって智彦との肉体関係を拒み続け、結局崇史と関係を持って裏切り、智彦が昏睡状態になったら今度は崇史と恋人として幸せそうに同棲生活とする・・・・・・・なんなんだいったい

 

ラスト、崇史は「俺は弱い人間だ」と言い、麻由子は「わたしもよ」と言ってこの物語りは終わります。
何かときれい事を言っていた麻由子でしたが、実際は行動が伴わずに事態を悪化させ、最終的には「崇史との恋人生活」という欲望に負けている。崇史だけじゃなく、麻由子の人間的な弱さも明るみになる訳です。

 


智彦と篠崎は無事昏睡から目覚められるのか?全てを知った崇史と麻由子はこの後どうなったのか?今作は解らずじまいで終わっています。


運命的に恋に落ちた二人ですが、たとえ智彦が無事昏睡から目覚めたとしても、やっぱり何事もなかったように晴れて恋人になるなんて道はないだろうとは思います。個人的にはそうじゃないと駄目でしょうと言いたい。読んでいて終始智彦にばかり同情してしまっていたので、欲に負けて勝手な行動ばかりとった二人には怒りばっかり感じていましたから。

でもわかってはいます。「恋」だから誰にどう言ってもしょうがないのだということは(^^;)

 

そんな訳で、『パラレルワールド・ラブストーリー』は“ラブストーリー”を改めて思い知らされるお話でした。「恋」のキラキラした部分じゃなくて、「恋」によって明るみになる人間の弱さが描かれているものですね。
もちろんミステリー部分も面白かったです。やっぱり東野圭吾作品は謎を紐解いていく過程が読んでいて愉しく、次々とページをめくることが出来ます。


映画で気になった、恋愛謎解き小説に興味がある方は是非。

 

 

 

 

ではではまた~

 

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『塗仏の宴 宴の始末』ネタバレ・考察・人物相関

こんばんは、紫栞です。
今回は京極夏彦さんの『塗仏の宴 宴の始末』をご紹介。

文庫版 塗仏の宴 宴の始末 (講談社文庫)

『塗仏の宴 宴の始末』は百鬼夜行シリーズ】の七作目。

 

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『塗仏の宴』は二部作構成。シリーズ六作目の『塗仏の宴 宴の支度』が上巻で、今作『塗仏の宴 宴の始末』はその下巻となります。
※前作の「支度」についての詳細はこちら↓

 

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以下、「支度」について壮大にネタバレしていますので、「支度」を未読の方は必ず「支度」を読んでからお進み下さい。

 

 

 

 

 

 


あらすじ
世界が――少しずつ歪み始めた。

蓮台寺温泉で起こった裸女殺人事件。被害者は三ヶ月前の事件で一族のほとんどが死に絶えた織作家の唯一の生き残り・織作茜だった。
関口巽は “消えてしまった村”「戸人村」を探して静岡県韮山山中に居たはずが、気がつくと蓮台寺で木に吊された織作茜の遺体を眺めている状態で発見され、蓮台寺裸女殺人事件の容疑者として警察に拘束されてしまう。錯乱して何を訊いても譫言みたいなことしか云わぬ関口だったが、最初に現場に駆け付けた警官に「よく解らない。解らないんだけれども、多分僕がやった、そして、やった僕は逃げて行ったんだ」と口走ったらしい。
その頃、東京では榎木津礼二郎木場修太郎がそれぞれに行方知れずとなり、中禅寺敦子も何者かに連れ去られてしまう事態に。これには妖しげな宗教集団がそれぞれに関わっているらしく、青木・鳥口・益田の三人は右往左往して中禅寺秋彦に示唆を求めるが、中禅寺の反応は思わぬものだった――。
“消えてしまった村”「戸人村」。その村の「佐伯家」にあったという死なない生き物“くんほう様”とは一体何なのか。村人五十人鏖殺事件は本当にあったのか。この一連の騒ぎは“何”のためのもので、誰が起しているものなのか。
“参加者たち”は伊豆韮山に集結し、長い年月を掛けて支度された宴(ゲーム)は遂行される。

舞え歌え、愚かなる異形の世の民よ。
浄土の到来を祝う宴は、
――さぞや愉しいことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

宴の開催
前作『塗仏の宴 宴の支度』ではそれぞれに語り手が違う短編が六編収録で得体の知れぬ「宴」の支度完了までが描かれていましたが、

 

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下巻にあたる今作『塗仏の宴 宴の始末』は長編でいつも通り1000ページ以上を使って「宴」の本番と始末までが描かれ、前作の六編で散りばめられていた様々な謎が収束されていきます。

「支度」では、関口が逮捕された事件の被害者が『格新婦の理』の織作茜だったことが判明したところで終了。

 

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逮捕された関口同様、読者も困惑がきわまったところでこの「始末」にお話が持ち越される訳ですが、いざ「始末」に進んだら今度は木場と榎木津が行方知れずになり、敦子が変になり、関口は起訴される寸前だしで、事態は前作以上に悪化の一途を辿ります。


シリーズの主要人物達がモロに事件に巻き込まれていくという今までにない展開で「どうなっちゃうの?」てな心境に。シリーズが大きく動こうとしている予感がヒシヒシとしてきて、読んでいると言いしれぬ興奮をしてきます。「盛り上がってまいりました!」みたいな感じですね。後半の宗教団体たちが韮山に集結するシーンはまさに「宴」で「百鬼夜行」そのものです。

 

 

 


薔薇十字団
今作では語り手として村上貫一という刑事さんが序盤割と長めに務めています。関口が容疑者として逮捕されている蓮台寺裸女殺人事件を担当する刑事なのですが、この村上刑事は前作「支度」の「うわん」で登場した村上兵吉の兄で、“宴騒ぎ”の当事者の一人。貫一の家は養子の息子が本当の親の事を知ってしまい、家を出て行方知れずになり、奥さんは息子を見つけたい一心で「成仙道」に入信してしまうといった具合で、家庭崩壊の危機に陥っています。


他、ところどころで謎の人物の語りが入ります。黒幕の視点ですね。

 

中盤から青木、鳥口・益田の三人が色々と行動して頑張っています。木場や榎木津、敦子が行方不明になることで、この三人が不安でアタフタする訳です。青木ら三人は今作での頑張りからファンの間で「下僕三人組」「三馬鹿」と通称が与えられるように。

「(略)トリ頭に馬鹿オロカにコケシ顔が並んでいる!こんな連中に主役が張れるとでも思っているのか馬鹿者。百年早いぞ。三人合わせて三百年早いぞ!」

上記は榎木津の御言葉。いきなり登場していいとこかっさらっていきます(いつもの事かも知れませんが・・・)三人とも頑張っても主役は張れないようです(^^;)

 

途中、「あんたらは何者だ」と問われて鳥口が「薔薇十字団だ」と答えちゃいます。

「ば、薔薇十字――って」
「僕等は榎木津さんの下僕らしいし、探偵じゃないから探偵団とは云えないし――まあそんなところっすよ。いいでしょ――」

かくして、今作で「薔薇十字団」誕生。下僕の活躍にご期待下さい。
「薔薇十字団」については益田も十分に認識しているようで、『百器徒然袋』でも発言しています↓

 

 

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中禅寺の事件
今作『塗仏の宴』が前五作と決定的に違う点は、京極堂こと中禅寺秋彦が事件に対して傍観者ではないというところです。
中禅寺はいつもあえて事件に飛び込んでいこうとせず、傍観者に徹し、最後の最後に拝み屋として事件関係者の“憑物”を落すという役割を担っている人物。事件の当事者になってしまっては“憑物落とし”に支障が出るということで、弁えていつでも傍観者を貫いている訳ですが、今作では傍観者として一貫した態度でいつも鳥口たちを“ある意味”安心させてくれていた中禅寺の様子が何やらおかしい。それで中盤「下僕三人組」も不安をより一層深めてしまうのですが。

「僕は思うんだけどね鳥口君」
「何すか」
「今回の中禅寺さんは慥かに様子が違う。何が違うのか昨夜から考えていた。それで、もしやと思った」
「な、何を――」
「今回の事件はあの人の事件なんだ」

実は今回の中禅寺は事件の当事者。
織作茜が殺されたのは中禅寺が先の事件で関わったから、関口が犯人に仕立てられたのは中禅寺の知人だから、敦子が「気道会」の襲撃を受けたのは中禅寺の妹だから。これは、“ある人物”からの「ゲームには手を出すな」という中禅寺に宛てたメッセージで、当て擦りの嫌がらせなのです。

何のいわれがあってこんな嫌がらせを受けねばならないのか。ここで出て来るのが戦時中に中禅寺が所属し、精神誘導・生命などを研究していた「陸軍第十二特別研究所」。シリーズ二作目魍魎の匣

 

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美馬坂教授が研究者の一人として所属し、中禅寺が「嫌だったんで真面目にやらなかった」と云っていた“アレ”です。
そして、極めつけに姑獲鳥の夏で中禅寺が“呪った”内藤赳夫が登場します。

 

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佐伯家・陸軍第十二特別研究所
ネタバレもネタバレになりますが、『塗仏の宴』って真相は佐伯家の人々が“皆が皆、実際にはそんな事件は起こっていないのに、自分が家族を殺し、「村人五十人鏖殺事件」を実行した犯人だと催眠術で思い込まされていた”というモノで、規格外ではありますが(規格外なのはいつものことですが)結構解りやすい真相なんですけども、佐伯家の人々がゲーム「宴」の為にやらされていた宗教団体と名称・・・これが、人数が多い分こんがらがるので(^^;)自分用も兼ねて一覧でまとめたいと思います。

 

佐伯家
●佐伯癸之介-佐伯家当主 「韓流気道会」会長・韓大人
●佐伯初音-癸之介の妻 自分を襲った甚八を殺害。その後、身籠もって出産後に死亡。
●佐伯甲兵衛-癸之介の父 「成仙道」指導者・曹方士 
●佐伯乙松-癸之介の弟 「徐福研究会」主催者・東野鉄男
●佐伯亥之介-癸之介の息子 「太斗風水塾」南雲正陽
●佐伯布由-癸之介の娘 「華仙姑処女」
●佐伯玄蔵-佐伯家の分家 「条山房」の「長寿延命講」主催者・張果老(通玄)
●佐伯甚八-玄蔵の息子 初音に殺害される。
●岩田壬兵衛-玄蔵の父(佐伯家から勘当されている)「みちの教え修身会」会長・磐田順陽
●雑賀笙-初音が甚八に襲われた後に出産した子 「藍童子

 


次に佐伯家の面々に世話役として付いていた元「陸軍第十二特別研究所」の三人。

刑部昭二「成仙道」の布教者として曹方士(佐伯甲兵衛)に付く。
岩井崇「韓流気道会」師範代として韓大人(佐伯癸之介)に付く。
宮田耀一-漢方薬「条山房」で働きながら張果老(佐伯玄蔵)に付く。

●元内務相特務機関山辺班・尾久国誠一(雑賀誠一)
薬売りとして催眠術を使って暗躍しながら華仙姑処女(佐伯布由)に付く。童子(笙)を息子として育てていた。

 

他、「陸軍第十二特別研究所」の一員とは無縁ですが、南雲正陽(佐伯亥之介)には羽田隆三の第一秘書で東野を恨むように仕向けられた津村信吾が。
東野鉄男(佐伯乙松)には羽田隆三の財力が割り振られています。(※羽田隆三自身は「宴」とは関わりはない)


磐田順陽(岩田壬兵衛)には世話役とか付いてないのですが・・・韮山に土地を持っている加藤只次郎と懇意だし、別にいっか~って感じなんだろうか・・・?

 

一覧だけでもこんがらがりますが、作中ではこれらの人物相関がさらに巧妙に入り組んで描かれています。こんなに多くの事柄を計算ずくで書ける著者の手腕にただただ感服しますね。私はこの一覧を書いただけで頭が痛い(笑)

 

堂島静軒
記憶を好き勝手に改竄して人の人生を弄ぶ、非人道的で悪趣味な「宴」。この「宴」の仕掛け人で今作の黒幕は堂島静軒(どうじませいけん)。
堂島は元帝国陸軍大佐で「陸軍第十二特別研究所」では中禅寺、美馬坂、刑部などの上官だった男で、現在は表向き郷土史家を名乗っています。陸軍時代、中禅寺は「堂島大佐の懐刀」なんて云われていたらしいですが、中禅寺は堂島の本性を知って途中で離れたんだそうな。めっちゃ嫌ってます。堂島の方は未だに中禅寺のことを評価している様子ですが。

 

百鬼夜行シリーズ】にこんなラスボス的な人物が登場するとは・・・って感じでシリーズファンには初読だと結構な驚きがあるかと。堂島は戦時中、中国大陸で相当えげつないことをしていたようで、榎木津が過去を“視て”「こ――この化け物め」と云って後退りした人物。
あの榎木津が後退りするんですよ?もうこれだけで遣ってきた事の酷さが解りますよね。

 

堂島静軒は善く響く低い声と、真っ白い和服に籠目紋が入った小豆色の羽織り姿という出で立ちで、「この世には不思議でないことなどないのです」と嘯く人物。
モデルがいるのかどうか不明なんですが、これらの事柄から中禅寺とは対極に位置する人物としての印象が強いですけども、実は中禅寺も堂島も云っている事の根本は同じなんですよね。
中禅寺の「この世には不思議なことなど何もない」というのは、この世の全ての事柄・事象を知っている訳でもないのに、解らないからって気安く“不思議だ”と云ってかたづけるな。みたいな意味で、云い替えると「この世の中、何が起こっても当たり前だ」というスタンスでの発言なんですよね。だから榎木津の目の事とかも別段驚いたりしないよ~っていう。
堂島の「世の中の現象全て不思議と云えば皆不思議だ」の発言も「何が起こっても当たり前だ」という、同じ内容の発言です。云い方を替えているだけ。
巷説百物語シリーズ】でも出て来る「世に不思議なし、世凡て不思議なり」ですね。

 

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「それは貴様も同じことだ中禅寺。貴様のしていることと私のしていることは全く同じだ」
「ただ一つ違うところはな――」
「――貴様は愉しんでいないが」
「――私は――娯しんでいる」

同じなのに、何故堂島はこんなにも邪悪に見えるのか。それは愉しんでいるから。こんな非人道的で悪趣味なゲーム(宴)を企画したのも、個人的な娯楽の一貫。ただそれだけなんですね。
この愉しんでいるかどうかで人物の見え方が違うというのは『ヒトごろし』の土方と沖田にも共通していると感じる点ですね↓

 

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家族
佐伯家が崩壊したこともそうですが、今作「始末」では村上貫一を通して“家族”についても描かれています。
貫一や兵吉がいた村上家は、堂島などの企てによって崩壊させられたのですが、これが別に手荒なことをして崩壊させた訳ではなく、貫一にしろ兵吉にしろ、通常は上手くいくはずもない子供の突発的な家出をサポートしただけに過ぎません。

 

「(略)家族と云うものは実はどんな家族だっておかしいのだ。異常なのだ。でもね、家族が家族で居るうちは、それは異常でもなんでもないんだ。だから――壊すのは簡単なことだ。先ず――第三者の視点を導入する。それだけで家族は変容する。観察することが対象に変化を齎す。そうすれば――後はそこから生まれる差異を増幅させれば済むことだ」

 

「親を憎まぬ子は居ない。子を疎ましく思わぬ親も居ない。また親を敬わぬ子は居ないし、子を慈しまぬ親も居ない。人の心と云うものは常に矛盾している」

 

どの家族も端から見れば異常。でも、家族内ではどんなことも平凡なことだと思っているし、親や子供に不満はあっても、経済的に自立が出来ない・体面を保ちたい・義理や恩がある・・・と、障害や囚われた思いがあり、それを疑問にも感じずに家族で居る。
家族を家族たらしめているのは、もちろん愛情もあるだろうけれども、こういった異常な部分やしがらみによるところが大きかったりする訳で。
三者に「あなたの家族は異常だ」と云われれば平凡な家族の日常は崩れ去り、親が体面を保つことを放棄し、子供が経済的な力を手に入れて、親も子供も一切の障害がなくなり個人の自由に生きるなら“家族”など要らなくなる。もっと云うなら、家族に世間一般の“正常だとされる概念”を完全に当てはめようとするなら、家族など最初っからないほうが良いのだということになりかねない。

 

「(略)家族を護って何の意味がある。国を護ることに意味がないのと同じだけそれは無意味ではないか。法を守ることに何の根拠がある。迷信を信じるのとどう違うと云うのだ。個性を主張し、性差を主張し、立場を主張し、そんな醜い世の中に何の救いがあるのだ。格差をなくせ段差をなくせと叫んで、概念の化け物のようになって生きることにどんな得があると云うのだ」

 

上記は堂島のセリフ。この作品は昭和二十年代後半が舞台ですが、“概念の化け物”というのは現代の社会を象徴しているように思えますね。近年はSNS が盛んになって晒される枠組みが大きくなったことで「正しさ」にかこつけ、度を超えるほどの主義・主張がうるさく叫ばれる世の中になっている気がします。まさに“概念の化け物”ですね。


と、読んでいて思わず堂島の意見に同調したくなったところで中禅寺の以下の切り返し↓

「それでは伺いましょう。意味があることにどんな意味があるのです?得があることや、救いがあることや、根拠のあることは、損をすることや救われないことや無根拠なことより勝っていると云うのですか?そんなことはないでしょう。だから、あなたに兎や角云われる筋合いはない」

 

こんなこと云われちゃ、ぐうの音も出ない(゚Д゚)
あ、意味・・・なかった。っていう衝撃というか目が覚める思いというか。とにかく感銘を受けました。こういう驚きがあるから京極ファンは辞められない。さらに、この後の中禅寺の決めゼリフと榎木津の「そのとウりだ!」が爽快でシビれます。ジャジャーン!って感じ。

 

意味だのなんだの、別に必要ないんですよ。特に家族なんかにはね。

家族とは、きっと解決するものではなく継続するものなのだろう。

 

先輩刑事の有馬が貫一に「親子に本当も嘘もあるか!」と怒鳴るシーンも好き。この有馬刑事の名前、「有馬汎(わたる)」ですが、水木しげるさんの作品にも同じ漢字表記で「有馬汎(ぼん)」という学者が登場しているらしいです。

 

 


主要人物達の見どころ
今作は中禅寺が事件の当事者の一人ということで、中禅寺の人間くささが垣間見られるし、今までになくマジギレしていて怖い。怖いけどもカッコいい。こわカッコいいですね。「軽はずみに催眠術なんか使う奴は――二流だよ」や、「ただで済ませるさ。僕を誰だと思っている」や、「あのな坊や。勘違いするなよ」などのセリフがシビれます。※私は中禅寺ファンです。


そして今作はですね、榎木津の有り難みを強く感じるお話となっております。京極堂の座敷に榎木津が登場してからの空気の変り方が凄いです。絶望感漂う雰囲気を一発で粉砕してくれます。中禅寺を唆すシーンは必見です。友人思いな榎木津。
石橋を叩いて渡らない本屋、石橋を叩いて落ちる関、石橋を叩き壊す馬鹿修、石橋なんぞ叩きもしないで飛び越える探偵
と、いう例えが凄くよく言い得ていて可笑しいです。

韮山山中での榎木津と木場との闘いも必見ですね。


木場といえばお潤さん。やっぱり木場のことが・・・木場、モテモテですね。シリーズの登場人物達のなかで一番モテていると思う。本人は気がついてないけど。お潤さんと中禅寺の会話が大人な雰囲気(?)で少しドキドキします。鳥口は中禅寺が女を口説いてる姿は想像出来ないと云ってましたが、中禅寺が本気で口説いたら何かヤバそうだな、と、お潤さんとの会話で思いました。
都合により関口が不在ですが、普段はあまり描かれない雪絵さんの心境や、敦子を巡るアレコレとか、朱美の相変わらずの啖呵の切り方とか、今作から新加入の河原崎松蔵とか※河原崎さんは『百器徒然袋』にも登場します↓

 

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見どころ一杯でもう云いきれない・・・(^^;)とにかく全てが必見です!

 

 

第一期完
気になる堂島静軒ですが、最後、中禅寺に「今後は一切の手出し無用だ。解ったな――」と云い残して、藍童子を連れて姿を消します。今後も何かしらの形で黒幕的立場を発揮しそうな予感を漂わせつつの退場ですね。藍童子もまた登場するのかな?

シリーズ最大の敵っぽい人物の登場をもって【百鬼夜行シリーズ】の第一期は終了。否が応でも今後に期待してしまうところですが、果たしてどうでしょう。※シリーズ九作目の邪魅の雫で少し関係してくるんですけどね。

 

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いやいや、まだまだこんなもんじゃなでしょうと。直接対決に期待。

 

シリーズ第一期のクライマックス、ファンなら読み飛ばすことの出来ない必読の書ですので是非是非。

 

 

 

 

文庫版 塗仏の宴 宴の始末 (講談社文庫)

文庫版 塗仏の宴 宴の始末 (講談社文庫)

 

 

 

ではではまた~

 

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『小説王』 ドラマの原作本ネタバレ。 読書家ならば必ず共感する”小説”物語!

こんばんは、紫栞です。
今回は早水和真さんの『小説王』をご紹介。

小説王

 

2019年4月に開始される連続ドラマの原作本です。

 

あらすじ
吉田富隆は大学時代に文芸新人賞を受賞して華々しく作家としてデビュー。受賞作「空白のメソッド」は映画化もされ注目を集めるが、二作目以降はヒットに恵まれず、三十三歳になった今でもファミリーレストランのアルバイトで食いつなぐ日々を送っていた。
「空白のメソッド」に感銘を受け、大手出版社の文芸編集者となった富隆の小学校時代の同級生である小柳俊太郎は、富隆の才能を信じ「いつか一緒に仕事を」という約束を実現させようと奮闘するが、富隆はくすぶり続けている状態から中々抜け出せぬままアルバイトをクビになり無収入に。俊太郎も文芸部の出版不況や編集長との衝突などで富隆への連載依頼はいつまでもままならない状態だった。
富隆は一念発起し、「これが最後」という思いで勝負作を書き始める。俊太郎と共に今までにない手応えを感じる作品が出来上がりそうだという矢先、俊太郎の文芸編集部は存続の危機にたたされてしまい・・・。
いくつもの苦難が立ちふさがるなか、富隆と俊太郎は“すごい小説”を世に出すことが出来るのか。
何を目指して本を作るのか?小説とは、物語とは何のために存在するのか?
“小説の力”を信じ、思いの全てを捧げる小説家と編集者。二人の友情と小説を愛する人達の物語。

 

 

 

 

 

 


小説家と編集者
早水和真さんは近年ですとWOWOWでドラマ化された『イノセント・デイズ』などの作品で知られる作家さん。

 

イノセント・デイズ (新潮文庫)

イノセント・デイズ (新潮文庫)

 

 

 

連続ドラマW イノセント・デイズ [DVD]

連続ドラマW イノセント・デイズ [DVD]

 

 

ちなみに、この『小説王』は著者の早水さん自身が“『イノセント・デイズ』のアンサーストーリーと位置付けている”と明言されていますので、『イノセント・デイズ』を読んだ方、ドラマを観ていた方で読み終わった後、観終わった後に“答え”を欲したならば読むべき小説だともいえます。

 

今作は上記のあらすじの通り、小説家と編集者が主役のエンタメ小説。小説で、小説家と編集者が主役のお話を描くということで、作家や編集、本に携わる人々の世界が大いに保証済みのリアリティでもって読むことが出来ます。
本格推理物のジャンルですと小説家が主役のものは結構見つけることが出来ますが、通常のエンタメ作品でド直球に“小説家”という職業を描いているものは珍しいかもしれないですね。文庫版に掲載されている森絵都さんの解説によると、著者の早水さん自身、インタビューで「正直、小説家の小説なんて、書きたくなかったんです」と語られているとのこと。では何で書いたのかというと、編集者から「小説家と編集者の話を書いてほしい」と依頼を受け、最初は難色を示したものの「今小学生の息子が高校生になった時に、自分はこういう仕事をしているんだ、と読ませたくなる小説を書いてほしい。そういう小説を書いてくれるのは早水さんだから」という言葉に心動かされたからなのだとか。
健全すぎるほど健全な経緯で驚きですが、こんな編集者さんとのお仕事だったからこそ『小説王』が書けたのかなと思います。編集者さんが作品に与える影響の大きさを感じますね。

ドラマ化で気になったのと、本作りの裏側のお話が個人的に好きなので、読んでみたのですが、本好き人間ならば「同感、同感」とうなずいてばかりで同調しっぱなしの作品で大変面白く読むことが出来ました。書店員さんの評価が高いのも納得の小説です(^^)

 

 

 

単行本・文庫
この記事のトップの画像は『小説王』の単行本の表紙画像です。

 

小説王

小説王

 

 

この表紙の装画は、故・土田世紀さんの90年代の漫画作品編集王のカットが使用されています。

 

編集王(1) (ビッグコミックス)

編集王(1) (ビッグコミックス)

 

 

作中でも『編集王』についての話題が出て来ますので、『小説王』というタイトルは『編集王』という作品を受けての部分もあるのかなぁと思います。

私は文庫で読みました。文庫は2019年3月に刊行で比較的出たばかり。

 

小説王 (小学館文庫)

小説王 (小学館文庫)

 

 

こちらの装画も真っ赤でインパクトが強いですね。文庫版だと作家の森絵都さんの解説が巻末に掲載されています。

 

 

ドラマ
連続ドラマはフジテレビ系列での制作で地上波放送の開始は2019年4月22日。地上波放送の前にFODで先行配信されるらしいです。

 

キャスト
吉田富隆白濱亜嵐
小柳俊太郎小柳友
佐倉晴子桜庭ななみ

もう4月にはいっていますが、どうも調べても詳細がよく分らないですね。放送時間も曖昧です。たぶん深夜帯だと思うんですけど。放送回数は全10回とのこと。ネット記事に掲載されている出演者さんたちのコメントを読んでみると、どうやらもう全話撮り終わっている状態みたいですね。
原作だと上記の主要三人以外にも重要で個性的な登場人物が目白押しなのですが・・・。他キャストがどうなっているのか気になるところですね。

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 


出版不況
今は文芸冬の時代で出版不況な御時世なんだとか。確かに紙の本が売れないとかは聞きかじったことはありますし、雑誌もどんどん廃刊になったり休刊になったりしていますよね。漫画とかもマイナーな雑誌での連載ですと読んでいて気が気じゃなかったり・・・。私自身、読んでいた漫画が掲載誌休刊で続きが読めない事態に陥ったことがあります(-_-)
『小説王』では文芸部の危機的状況が絶滅寸前みたいに描かれており、実際、作中では俊太郎が所属している文芸雑誌が休刊に追い込まれてしまいます。確かに小説って、好きな作家のものを単行本や文庫で読む人がほとんどで、連載の形で雑誌を購入して読む人は少ないだろうなぁとは思います。
で、まぁ現実的に文芸誌は売れてない。
連載媒体がなくっても書き下ろしで本を出せばそれでいいんじゃないの?って考えてしまうし、正直なとこ読者としては読みたいものが読めれば連載でも書き下ろしでも問題はないですよね。じゃあ何で連載の形にこだわるの?と、いうと作家に原稿料を支払うためで――・・・といった出版、文芸に関する内情が『小説王』では次々と明かされていきます。

「掲載媒体はべつに作家を食わせるためにあるわけじゃないんです」

 

「(略)実際いまって短編集が売れる時代じゃないじゃないですか。よっぽど名のある作家のものか、さもなければよほど出来のいいものしか掲載しないっていう方針は、あながち間違っていないと思うんです」

 

向こう数年のうちに多くの文芸誌が消えていくだろうと思っていたし、印税ではなく原稿料を当てにしている作家は全員淘汰されていくこともわかっていた。文学賞も軒並み減らしていくだろうし、映像化のマージンだってどんどん削られていくはずだ。
よほどの売れっ子か、資産家、あるいはパートナーにしっかりとした稼ぎがあるか、パトロンでもない限り、専業作家など成り立たないと気づいていた。

などなど。
専業作家や文芸誌の厳しい実情がこれでもか!と書かれていますね。読んでいると小説好きの一市民として寂しく辛い気持ちになってきます。「小説の役割は終わったのか」という一文まで出て来ます。

 

 

 


小説(物語り)の力
富隆は全力を注いで作品に没頭。「すごい小説」を生み出しますが、俊太郎の所属している文芸誌が休刊になってしまったことで作品を発表する機会を逸してしまいます。
で、どうするのかというと、企業サイトでのウェブ連載で現状を打開していくわけですが。
今作の紹介文に“出版業界にケンカを売る”“出版界の常識を無視した一手を放つ”などと書かれているので、よっぽど奇抜なことでもするのかと思いきや、単に“ウェブ連載”で個人的にちょっと拍子抜けだったんですけども(^^;)


この小説は奇をてらうことなく、純粋に、愚直に、ただただ物語りの力を信じて行動する様が描かれています。編集者である俊太郎は富隆の小説を読み、「すごい小説」だと実感。「とにかく読んでもらえればわかる」と、富隆の小説の面白さ“力”をまるで疑うことなく奮闘。
小説に取り組む富隆も、編集者の俊太郎も、打算や斜に構えたりすることもなく一つの作品の為にひたすら情熱を注ぐ熱いストーリーです。

 

作中で描かれているように、文芸誌を始め出版業界全体が不況だし、本だけでなく音楽業界もCDが全く売れない時代で、芸術・娯楽作品を扱う業界自体が勢いを失っているのは事実なのでしょう。しかし、だからといって物語りや音楽が必要なくなり皆が求めなくなるのか、無くなるのかといったら決してそんな事はないし、そんな心配はするだけ無駄だと思います。そんなことはこの『小説王』を読まずとも、創作物を好む人間ならば分かりきっていることです。


芸術や娯楽の為の創作物というのは、生き物として生活する上では全て必要のないもの。それでも、歴史の中で検閲や弾圧を受けても創作物が完全に消えることはなく作られ続け、人々はそれを鑑賞してきた。だから、たとえ“商品”として売れなくなろうと創作物の役割が終わることはない。

『とりあえず今日だけ生きてみようと思いました。明日もそう思える気がします。吉田先生の次の作品が楽しみだから』

これは作中、生きづらい毎日を過ごしている中学生の女の子からのファンレターの一文。
この心境は深刻さの度合いはどうあれ、創作物に一喜一憂する全ての人達の総意だと思います。辛くっても、つまらない毎日でも、作品を楽しみに日々を過ごそうと思える。創作物を愛する人というのは、皆が創作物に救われた体験をしているものなんだと。
だからこそ、『小説王』は読書家ならば必ず共感すること請け合いな小説なのです。

 

 

 

小説を読んで欲しい。
お話は終盤“某文学賞を受賞出来るか否かといった展開になります。“某文学賞”が何という文学賞なのか、作中では最後まで明記されていませんが、日本中が注目する文学賞直木賞であることは明白です。

さて、富隆は直木賞を取れるのか――!で、結果はまぁ読者の予想外のものなんですが。
私はこの展開で良かったと思います。それまでの流れが「ちょっとうまくいきすぎだなぁ」とか、「結末がまだ分からない段階の小説をそんなに皆が皆賞賛するのかな?」とか、作中作である富隆の小説『エピローグ』の中身は読者には知りようがないぶん、現実味が乏しかったので、これで全部が全部上手くいっていたら「絵空事だ」という印象が強くなっちゃいそうでしたので。

作品作りが主軸の物語ですが、富隆の恋人の晴子や、俊太郎の奥さんである美咲など、女性二人の逞しさも読んでいて愉快でした。この小説は主要登場人物が皆いい人で爽やかに読めますね。編集長も最初は俊太郎が不満をぶつけていましたが、個人的には「ちゃんと正論言ってくれていると思うけど」って感じでした。個人的にはベテラン作家の内山先生が好きです。男性の登場人物が怒ると皆チンピラ口調になるのが少し引っかかりましたが(^^;)

『小説王』は大沢形画さんの作画で漫画化されています↓

 

小説王 (1) (角川コミックス・エース)

小説王 (1) (角川コミックス・エース)

 

 

小説が苦手な人はまずは漫画を読むのも手かと。


個人的にいつも感じる事ですが、小説って読まないひとは本当に読まなくって、どんなにオススメしても読んでくれませんよね!
活字を読むことをハードルが高いと思っている人は結構いて、完全に娯楽で読んでいるにも関わらず「偉いね」なんて的外れな褒め言葉を頂くこともしばしばです。教養本を読んでいるならともかく、娯楽小説を読んで遊んでいるだけなのに・・・。それだけ活字と娯楽を結びつける人が少ないということでしょうか。

映像化作品や漫画の方が楽だし、私だって漫画もドラマも映画も大好きですが、活字には活字でしか味わえない感動というものがありますからね。苦手な人も一歩足を踏み出して欲しいです。私自身、学生時代は全く小説を読まない人間でしたが、読書で感動体験をしてからもう虜ですから(^^)。


『小説王』は読書家にオススメなのは勿論、“小説”に不慣れな人にも、小説を読むことの面白さを与えてくれる1冊だと思います。コレを読んで、読書の深みに嵌まってみてはどうでしょうか。

 

小説王 (小学館文庫)

小説王 (小学館文庫)

 

 

 

小説王

小説王

 

 

 

ではではまた~

『犯人たちの事件簿』5巻 歴史的奇行が見られるスピンオフ

こんばんは、紫栞です。
今回は【金田一少年の事件簿】シリーズのスピンオフ漫画金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿(5)』のご紹介と簡単な感想を少し。

金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿(5) (講談社コミックス)

今回の表紙絵はKC11巻のパロディ。

金田一少年の事件簿 (11) (講談社コミックス (2106巻))

 

前巻で”大物犯人”を出したものの、

 

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今回も通常運転通で、金田一少年に謎を解かれてしまった犯人たちの物語が展開されますよ。5巻に収録されているのは『黒死蝶伝説殺人事件』『飛騨からくり屋敷殺人事件』『怪盗紳士の殺人』の三つの事件と、巻末に作者の船津さんの「華麗ならぬ仕事場日記」3ページを収録。

 

 

 

 

 


ファイル12「黒死蝶伝説殺人事件」(本家ではファイル16)

 

 犯人:小野寺将之
5巻目ともなると切り口が色々と出て来るもので、この事件では本格推理物の定番「読者への挑戦状」が1ページ目にあります。1ページ目に挑戦状があるのはかなり斬新ですが、挑戦状の内容は頭に輪っかつけた小野寺さんが「果たして僕は金田一少年に勝てたのでしょうか?」というもので、まぁ出オチですね。
巻末の「華麗ならぬ仕事場日記」でも書かれていますが、「黒死蝶伝説殺人事件」では「悲恋湖伝説殺人事件」で爆死したと思われていた犯人・遠野英治に激似な男が登場します。コレが遠野と同一人物なのかどうかは実は作中では確りと明記されていなかったんですね~。私は完全に遠野のつもりでいたんですけど・・・。
この事件では蝶の生態を利用してのトリックが多用されているということで本家では解決編でカラーページが出て来たのが当時はちょっとビックリだったんですが(理科の教養漫画みたいでね)、このスピンオフでも御丁寧にもカラーページをやってくれていました。凄い(^o^)
黒死蝶伝説って犯人の小野寺さんはかなり失策が多かったんだというのを読んでいて思い出しました。「カリマイナチウス」とか揚羽さんにいきなり告白するのとか。作中でも“歴史的奇行”と書かれていましたが、本当にそう思ったなぁ私も、本家読んだ当時は。金田一にコンタクトケース目撃させるための行動にしか見えなくってひたすら不自然でした。
「いや・・僕が何してんの?」「どう考えてもどうかしてる」が凄い笑えました。

 

 

 

 

 

 

 


ファイル13「飛騨からくり屋敷殺人事件」(本家ではファイル9)

 

 犯人:紫乃・仙田猿彦
猿彦は途中で殺されてしまうので犯人の印象が薄いですが、共犯者ものの「飛騨からくり屋敷殺人事件」。印象は薄いものの、紫乃さんよりもよっぽど行動していて負担が重い猿彦。犯人視点だと猿彦の方がいかに大変だったかが分かりますね。犯人としての志が低い(?)せいか、ミスを連発。共犯者選びに失敗してるな感が否めない結末となっています。
紫乃さんって本家だとド迫力だったんですよねぇ。読み返して「コレ、演技だったのか・・・」と思うと凄まじい。
飛騨からくり屋敷は本家だと人間関係がかなり複雑で横溝正史作品へのオマージュ色も強いのですが、

 

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スピンオフだと全面的に触れられていませんね。解決編がいったん金田一が村から退場した後に戻ってくるというもので当時ドラマ観てたときとかも「ちょっとひねったパターンだな」と思った記憶が。

 

 


ファイル14「怪盗紳士の殺人」(本家ではファイル13)

 

 犯人:和泉さくら
「怪盗紳士の殺人」は【金田一少年の事件簿】シリーズでは珍しく、殺人が起きるまでが結構長かったんですよね。脇役が盗み働いたり本物の怪盗紳士が出て来たりで、犯人の和泉としては本当にトラブル続きだったのがよく分るスピンオフになっています。殺人を犯す前からハプニング対処にかなり費やされていてご苦労さまな感じ。
まぁ殺人を犯すイメージのない怪盗紳士の名前を利用して殺人を犯そうというのが無謀なんですけどね。このスピンオフの作中でも書いていましたけど、根本的な問題ですよ。本物の怪盗紳士が扮していた醍醐真紀について何かあるかなと思っていたのですが、スピンオフではさほど触れられていませんでしたね。和泉が金田一のこと好きだったというのも完全無視です。まぁシリアス面はあえて完全排除のスピンオフということで。
しかし、髪の毛切って誤魔化そうとするの、ちょっと無理がありますよね・・・。

 

 

 

 

 

そんな訳で、5巻も懐かしさが込み上げながら楽しく読めました。個人的に特に「黒死蝶伝説殺人事件」が読んでいて当時のことを思い出してかなり懐かしくって面白かったです。

次巻は異人館ホテル殺人事件』『墓場島殺人事件』『速水玲香誘拐殺人事件』を収録予定で発売は2019年夏ごろとのこと。

速水玲香誘拐殺人事件』をやったらこのスピンオフ漫画は・・・どうなるんでしょう?気になりますね(^^)

 

※出ました!詳細はこちら↓

 

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ではではまた~

 

 

 

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秘密-トップ・シークレット4巻 ”目隠し”も必見「私鉄沿線連続殺人」と「特別編」

こんばんは、紫栞です。
今回は清水玲子さんの『秘密-トップ・シークレット』4巻収録の「私鉄沿線連続殺人事件」と同時に収録されている短編の「特別編」を一緒にご紹介。

新装版 秘密 THE TOP SECRET 4 (花とゆめCOMICS)

 

まず「私鉄沿線連続殺人事件」から

 

あらすじ
2061年11月22日。田無発新宿行7時45分の通勤電車内にて、薬剤師の里中恭子が何者かに刺殺される事件が発生。容疑者は朝のラッシュに紛れ逃亡。乗車率140%の電車内での事件にもかかわらず、一週間経っても未だに事件の目撃者が一切名乗り出ない状態で捜査は難航していた。
そんな中、私鉄沿線沿いで連続殺人事件が発生。被害者たちは性別・年齢等すべてがバラバラであったが、通勤通学で同じ私鉄「田無発新宿行7時45分」を普段から利用していたことが判明。薬剤師刺殺事件との関連があるとみて第九のMRI捜査で調べたところ、被害者達はいずれも薬剤師刺殺事件のあった車両に乗り合わせていたことが確認された。
犯人は何故里中恭子が殺された車両に乗り合わせた人達を次々と殺していくのか?何故犯人はこの大都市でたった数分間同じ車両に居合わせただけの人物を探し出すことが出来たのか――?
12月1日、大久保のカプセルホテルで里中恭子を突き飛ばしたと思しき男が変わり果てた姿の変死体として発見されるが、男の死因はウィルス感染によるものだった。

 

 

 

 

 

 

ちょっとした転換点
この4巻収録の「私鉄沿線連続殺人事件」はウィルス感染ものです。クライムサスペンスのシリーズなら1回は必ずと言っていいほど出て来る生物兵器。この『秘密-トップ・シークレット』もご多分に漏れず、4巻目でやっているという次第です。
シリーズの1巻から3巻までは主に猟奇性が高い殺人ものを扱っていて、このシリーズ自体がそういった事件のみ扱うものなのかと思わせていたところにウィルス感染ものなので、1巻から順番に読んできた読者は少し驚きや意外性があるんじゃないかと思います。
この巻からシリーズで扱う事件の範囲や種類が広がっていくので、自由度が増したというか、近未来警察ミステリという特性を活かしたシリーズ展開になっていくので、見ようによってはシリーズの転換期とも感じることが出来る巻ですね。

 


三好先生
今作から監察医の三好雪子が登場。三好先生は亡くなった鈴木の婚約者で薪さんとも旧知の仲の人物。

三好先生はこの巻以降、青木とワチャワチャして薪さんとあーだこうだなったりザワザワしたり(^_^;)しますので、三好先生が登場するという点でもシリーズの転換期だという気がします。3巻までは事件捜査以外の部分はあまり描かれていなかったのですが、この巻以降、恋愛要素なども出て来て人間関係が複雑化していきます。
三好先生は今作では遺体の解剖中にウィルスに感染してしまい、命の危機に陥りますよ。

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

傍観者効果
この事件の犯人は電車内でウィルスを散布、その後感染者に現われる感染の初期段階の症状である爪の斑点を見て、里中恭子の刺殺事件の車両に乗り合わせていた人々を判断。放っておいてもいずれ感染死するはずの被害者達を、何故かわざわざ刺殺してまわります。
電車内で毒物を撒くというのは1995年の地下鉄サリン事件を連想させられるのでテロの印象が強くなりますし、実際に当初は犯人も生物テロを企てて電車に乗り込んでいたという設定ではありますが、今作で主軸として描かれているのはテロではなく、1964年の「キティ・ジェノヴィーズ事件」などで知られる集団心理の一つ、“傍観者効果”です。

「キティ・ジェノヴィーズ事件」はニューヨークで起こった殺人事件。被害女性が自宅マンションの前で暴漢に襲われた際、悲鳴で多くの近隣住民が事件に気がつき、目撃していたにも関わらず、誰も通報をせず助けにも入らずに結果的に女性は死亡してしまったという痛ましい事件。傍観者が多数いる場合、自身が積極的に行動することを避けてしまう集団心理が事件の根本にあります。


今作での発端の事件、「電車内刺殺事件」の被害者・里中恭子は足の悪い老婆を座らせてあげたいと、混んでいる電車の座席に荷物を置いていた男に注意し、罵声を浴びせられた末に刺殺されてしまいます。その間、電車内にいた沢山の人々は状況を認識しつつも見て見ぬフリをし、誰も助けることをしなかった。被害者が刺されて倒れた後も、その様子を横目で見ながらわれ先にホームへと逃げていった。

 

危なそうな奴 話の通じなさそうな奴には近付かない事 見なかった事 気が付かなかった事にする――
どうせ自分には関係がないんだから
バカ相手にいちいち注意したり人助けしていたら命がいくつあっても足りやしない

 

そして、その後も目撃者として誰ひとり名乗り出ることもない。名乗り出られない理由は、その場に居ながら見て見ぬフリをし、結果的に被害者が死亡した事実からくる罪悪感、反省、負い目、殺人に荷担した意識が目撃者達に共通してある為。怖くって、恐ろしくって警察に出て来られないんですね。

 

 

 

 


犯行の謎
電車内でウィルスをばらまき、その後、車内に居合わせた乗客達を次々と殺害した犯人・張真(ジャンジェン)は里中恭子の勤めていた薬局に定期的に通っており、特別言葉を交わすことなどはなかったものの密かに思いを寄せていた。ウィルスを散布する目的で乗車したものの、車内に里中恭子の姿を発見して実行を取りやめが、目の前で里中恭子はあのようなことに。彼女を見捨てた乗客達の姿に張は絶望し、憎しみを抱きます。


犯人の張真は優秀なものの、日本での人間関係に馴染めずに疎外感を感じる日々の中で鬱屈した思いが募り、ウィルスを作ってテロを起そうとするといった、最初は愉快犯的側面が強いのですが、電車内での里中恭子の刺殺事件を目撃し、里中恭子の最後を看取った後は目的が一変、同じ車両に乗り合わせていた人間をウィルス感染しているかどうかで判断して殺してまわります。


放っておけばいずれ病状が悪化して死亡するだろう感染者をわざわざ探し出し、危険を冒して殺していたのは何のための行為なのか、すぐには合点がいかないですよね。
憎しみが強まって、より直接的に殺害してやりたくなったのかなとは思うのですが。張が感染者達を感染の初期段階で殺害したために皮肉なことに張が殺した被害者の周りには二次感染者が出ていないので、ウィルスによる被害拡大を嫌ったのではないかとも作中では書かれています。
当初の愉快犯的思想は完全になくなっている状態ですね。里中恭子の死をきっかけに良くも悪くも劇的に変化しています。

テロを企てていたくせに、見て見ぬフリをした乗客達に腹を立てるというのは何とも勝手な話ですが、読んでいると張真の気持ちも痛切に伝わってきます。青木に組み伏せられながら「もしあの時、あんたがいたら――」と思う場面がやるせない。

しかし、見て見ぬフリをした乗客達を簡単に非難することもまた出来ない。確かに酷いですが、読者としては「もし自分が同じ状況に置かれたら、作中の乗客達と同じように見て見ぬフリをするかもしれない」と、空恐ろしい思いもします。誰だって面倒ごとは避けたいと考えるものですからね。
終盤に登場するお婆さんも腹立たしくはあるんですけど、すごくリアリティがあるなぁと。薪さんの説得の仕方が怖くって(^^;)面白かったですね。
もうこの漫画シリーズ自体がですね、読者を単純な傍観者的心境にさせてくれない漫画だなと痛感する次第です。

 

 


特別編
4巻の巻末には「特別編」の短編が収録されています。内容は仕事がら不眠症気味になっている薪さんが仮眠中に「秘密」を喋ってしまうのではないかと恐怖するお話。泉鏡花「外科室」みたいな心境で、作中でも「外科室」について言及されています。

 

 

 

―泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。

―泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。

 

 

このお話は薪さんの内面がかなり突っ込んで描写されていてですね、性的な事柄にも触れられていて衝撃度が高いです。コレに出て来る“目隠し”がシリーズ内ではちょっとした有名ワードでして、ネットの検索候補でチラホラ挙がっていたりします。
短編で“特別編”ですが、本編よりよっぽど衝撃度も注目度も高いです。今後の動向にだいぶ関わってくる内容ですし、実は読者に衝撃を与えるだけでなく“ある事件”の重要な伏線も張られているので、絶対に必見で「読まなきゃダメなヤツ」です。短編だからといって読み飛ばしたりしないようにお気を付け下さい!


そんな訳で、『秘密-トップ・シークレット』4巻、シリーズが結構大きく変化する巻で重要だと思いますので、是非是非。

 

 


ではではまた~

 

 

 

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