夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

スマホを落しただけなのに2 続編小説 ネタバレ・あらすじ 囚われの殺人鬼のその後~

こんばんは、紫栞です。
今回は志駕晃さんのスマホを落しただけなのに 囚われの殺人鬼』をご紹介。

スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼 (宝島社文庫)

 

あらすじ
クラッキング技術を使い、長い黒髪の女性ばかりを狙って殺害して山中に埋めていた「丹沢山中連続殺人事件」の犯人を逮捕した神奈川県警。丹沢山中から発見された女性の遺体は六体だったが、犯人はその中の五人の殺害は認めたものの、長谷川祥子という女性の殺害に関しては供述を一切していなかった。
神奈川県警生活安全サイバー犯罪対策課の桐野良一は「丹沢山中連続殺人事件」の犯人のPCから長谷川祥子の情報を探るように命じられるが、いくら探っても長谷川祥子の情報は見つからない。桐野が収監中の犯人と面会すると、犯人は長谷川祥子なんて女は、見たことも聞いたこともない」「長谷川祥子を殺したのはMだと思います」と供述する。
「M」とはダークウェブの住人たちの中で有名なクラッカーだった。犯人は「M」から様々なクラッキング技術と丹沢山中に死体を埋める方法などをネット上で教わったのだという。この供述から警察が丹沢山中をさらに捜索したところ、新たに吉見大輔という男性の死体と身元不明の長身の男性の死体が発見された。

一方その頃、巨額の仮想通貨流出事件が発生。この仮想通貨流出事件も「M」の仕業ではないかという噂が浮上。その噂を証明するように、また丹沢山中から仮想通貨流出事件に関わる新たな死体が発見される。

「M」の正体を探るには相当のサイバー技術が必要だと神奈川県警は判断。異例の処置として、桐野は収監中の「丹沢山中連続殺人事件」の犯人と共に「M」の捜査をするように命じられる。調査を開始すると、桐野の恋人でセキュリティ会社に勤める松田美乃里のもとに「M」を名乗る人物から脅迫メールが送られてきて――・・・。

「M」とは何者なのか。そして、捜査に協力する「丹沢山中連続殺人事件」犯人の真意とは。

危険にさらされながら捜査を進めるなかで、事件は思わぬ事態へと発展していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかの第2弾
今作は2017年に刊行され、2018年に映画化もされたスマホを落しただけなのに』の続編。

 

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前作はスマホを落したことからシリアルキラーに狙われることになる女性の恐怖が描かれている作品で、物語りの最後に犯人も確り捕まっていたため、続きがあるなどとは想定しにくい作品だったのですが、まさかの続編です。


どう続いているのかというと、前作で捕まった犯人とサイバー犯罪課の刑事が手を組んで事件を追うサイバー・サスペンスものとなっている。犯人の他にも前作で登場した毒島刑事なども今作に登場しています。前作での主人公だった稲葉麻美や、その恋人の富田誠は今作では登場していませんね。

前作はスマホを持つことで起きる恐怖を一人の女性の視点で描かれていた作品で、ごく身近に潜む危険が恐ろしいリアリティーのあるホラー小説という感じでしたが、今作はサイバー技術もつ者同士の攻防戦というか、サイバー上でのやり取りが主軸となり、事件自体もとんでもなく大きな事態に発展しています。情報化社会の恐怖を、規模を大きくして~というものですね。

 

 


映画・違い
映画の方も今作を原作として2020年2月に続編映画として公開予定です。この映画の予告編を観ると前作での犯人がまるわかりになってしまうのですが・・・(^^;)。ま、仕方ないんですかね。

公式サイトを見たところ、原作からのかなりの変更があるようですね。

まず、主役が原作の桐野から前作に登場した刑事・加賀谷学(千葉雄大)に変更になっています。加賀谷は原作でも1作目に登場していた刑事ですが、原作ではサイバー犯罪に特に詳しい訳でもない普通の(?)刑事でした。映画ではサイバー技術に詳しい設定に変更されていたので、その設定を活かしたということでしょうかね。前作の主要キャストが主役をした方が続編感も高まりますし。

前作では所轄刑事でしたが、今作ではサイバー犯罪対策課に異動になったという設定のようです。「黒髪の女性にトラウマがある」という設定も映画では追加されているようで、精神的な揺れ動きが原作より強調されているのかも知れません。

 

前作の毒島刑事(原田泰造)や浦野(成田凌)もキャスト続投。原作には登場しないのですが、稲葉麻美(北川景子)と富田誠(田中圭)も映画には登場しているようです。予告編だと結婚式していますね。

他、松田美乃里(白石麻衣)の勤めるセキュリティ会社社長・森岡の名前が笹村一(鈴木拡樹)に変更されていたり、原作には居ない人物などが追加されていたりなどしているので、映画は原作とは違う要素が結構入った作品になっていそうです。
個人的な予想ですが、映画の方が原作よりホラーテイストが強くなっているのではないかと。

 

 

 

 

 

 


以下、ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕掛け・犯人
前作での構成が踏襲されていて、今作もAパート、Bパート、Cパートと三つのパートが交互に描かれて展開していきます。
Aパートが桐野視点、Bパートが美乃里を狙っている「M」らしき男視点、Cパートが美乃里視点。
今作のメインの仕掛けの一つは、Bパートの犯人だと思われていた男が実は桐野の身辺調査をしていた警視庁公安部のサイバー攻撃対策センターの捜査員だったというものですね。名前は兵頭彰。映画だと井浦新さんが演じている人物です。

 

一連の殆どの騒動は桐野の元職場で美乃里のセキュリティ会社の社長の森岡一。コンサルタントをしていた会社の管理の甘さに気づき、「M」の名をかたって五八〇億円の仮想通貨を奪おうとしたが、ホワイトハッカーの「JK16」に暴かれそうになったので、ネットで外国人を雇って殺害し(この「JK16」、凄腕だとかいう話だったのにアッサリと殺されてしまってなんとも肩透かしだった・・・)丹沢山中に遺棄。警察のサイトにマルウェア仕込んで拡散させたり、信号機をクラッキングするなどの陽動作戦をしている間に仮想通貨をダークウェブ上で交換し、さらにこの混乱を利用して美乃里を「JK16」と同じ方法で殺害しようとした。

 

三年前に長谷川祥子と吉見大輔を殺害したのは本来の「M」。ホワイトハッカーである吉見大輔に正体を知られたため、吉見大輔の恋人であった長谷川祥子と共に丹沢山中で殺害した。その後、今度は浦井が「M」の正体を知ってしまい、「M」は吉見大輔らと同じように丹沢山中で浦井を殺害しようとしたが返り討ちにあい、浦井は逆に「M」を殺して丹沢山中に埋めた。
身元不明の長身男性の死体というのが「M」だったと。

 

Bパートの描写が引っかけだというのも、森岡が犯人だというのも、本来の「M」は既に存在しないのではないかというのも、この手の小説を読み慣れている人には容易に見当がつくと思います。森岡が美乃里を殺害しようとした理由が桐野を愛していたからだというのは見抜けませんでしたが・・・(^^;)。

前作と違い、美乃里が殺されそうになるのは何だか余計だという感じが否めない。美乃里も拉致されてもさほど怖がっていませんしね。犯人に読まれる恐れがあるのにメールに桐野の母親が入院している病院名を書くのは迂闊すぎるし、大混乱してる最中にそんな内容のメールを打つのもかなり違和感がありました。桐野や美乃里の行動や気持ちの変化にもついて行けないところがあり、展開の無理矢理感は個人的に読んでいて少し気になりましたね。前作でも思いましたが、主要人物にあまり好感が持てないんですよ。恋人に脅迫メールが届いたっていうのに、「警察に恋人の存在を報告すると結婚せざるを得ない」と報告を渋るのには腹が立ちました。デキ婚を狙おうかと軽はずみに発言する美乃里もまたアレなんですけど・・・(-_-)。

 

 

 


スマホ、落してない
スマホを落しただけなのに~」というタイトルですが、今作ではスマホを落していません。
前作は現代人にとって最も生活に密着した道具であるスマホから個人情報が流出し、拡散されて主人公が追い詰められていくお話であり、「スマホを落した」という些細なことを切っ掛けに個人が集中的に攻撃されるということで、現実味があるぶん怖さを実感できる作品でそこが特色だったのですが、今作では警察のサイトや信号機がサイバー攻撃を受けるなど事件がスケールアップしてるため、どうしても現実味が薄くなって恐怖感は半減しているように感じます。そもそも主役の桐野と恋人の美乃里が殺人犯と思われる人物から脅迫メールなどが届いても悠長に構えているんですよ。あんまりのんきなので、読んでいるとちょっとイライラしてきます(^^;)。

前作の主人公である稲葉麻美はOL でしたが、桐野はサイバー犯罪対策課でFBI からも注目される凄腕の技術者、美乃里はWEBセキュリティ会社勤務と、一般的な職業とは異なるので疑似体験しにくいというのもありますね。二人ともプロフェッショナル感はさほどないのですが・・・。

“囚われの殺人鬼”である浦井ですが、前作では「サイバー知識がある厄介な黒髪女好きの変態野郎」で、ただ気持ち悪いだけの人物だったのですが、今作では凄腕クラッカーとしてやけに盛られた設定となっています。最終的には警察内の混乱に乗じて脱走。捜査に協力している最中に県警のデータベースを改竄し、まんまと国外逃亡しているところで終わっています。

「浦井光治」という名前は元々「M」の名前であり、殺した後で浦井光治と名乗っていたことが判明。状況的には「M」を引き継いだような形になっているということですね。本当の名前は分からないままです。

 

 

桐野は警察官だった父親が死亡した事件を調べるために民間から警察に職を変えたとのことですが、結局今作では父親の事件については解らずじまいのまま。なんでも「一国の運命が左右される事件」なんだとか。これもまた盛っていますね・・・。

 

この『スマホを落しただけなのに~』は既に第3弾のスマホを落しただけなのに 戦慄するメガロポリス

 

が刊行されており、どうやらこの第3弾でも含みを持たせた終わり方をしているんだそうな。

 

第2弾で優秀なサイバー犯罪対策課の刑事を登場させ、浦井を凄腕クラッカーに押し上げ、公安の捜査官を出し、伏線で「一国の運命が左右される事件」を出してきて・・・と、だいぶ風呂敷を広げてきた雰囲気。サイバー・サスペンスとして長期的なシリーズ化が見据えられていそうですね。どれほど続けるつもりなのでしょうか?とりあえず第3弾もまた読んでみようと思います。

 

 

※読みました!詳しくはこちら↓

 

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ではではまた~

 

 

 

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「百鬼夜行 陽」10編のあらすじ・繋がりまとめ ~”あの”長編はどうなっている!?な短編集

こんばんは、紫栞です。
今回は京極夏彦さんの百鬼夜行-陽』をご紹介。

定本 百鬼夜行 陽

 

サイドストーリーズ第二弾
百鬼夜行-陽』は短編妖怪小説集で百鬼夜行シリーズ】(京極堂シリーズ)

 

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のサイドストーリーズの第二弾。概要は百鬼夜行-陰』と同じで、シリーズの各事件に関わった人々の物語りが描かれています。
※『百鬼夜行-陰』について、詳しくはこちら↓

 

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百鬼夜行シリーズ】の二作目の短編集なのですが、「陰」が最初に刊行されたのが1999年で、この「陽」の刊行は2012年。十三年間の開きがありますね。


「陰」の方は『塗仏の宴』終了後の短編集だったので触れられているのは姑獲鳥の夏『塗仏の宴』までの関係者達でした。「陽」の方では主に『陰摩羅鬼の疵』邪魅の雫、そしてまだ見ぬシリーズ次回作の『鵼の碑』に関わる短編が二作ぐらいずつ収録されていて、『塗仏の宴』以降の事件関係者の短編集なのかという風に最初は思ってしまいますが、実は魍魎の匣狂骨の夢『格新婦の理』の関係者のお話も収録されているので、やっぱりシリーズ全作を読んでいた方が愉しめる作品集となっています。

巻末に著者の京極夏彦さん自身による妖怪画と説明文による「百鬼図」が収録されています。「陰」ですと、本によってはこの「百鬼図」が収録されているものとされていないものとありますが、「陽」の方は最初に刊行されたのが「百鬼図」が収録された文藝春秋の定本版でしたので、

 

定本 百鬼夜行 陽

定本 百鬼夜行 陽

 

 

その後刊行の文庫版、

 

定本 百鬼夜行 陽 (文春文庫)

定本 百鬼夜行 陽 (文春文庫)

 

 

講談社

 

完本 百鬼夜行 陽 (講談社ノベルス)

完本 百鬼夜行 陽 (講談社ノベルス)

 

 

にも、収録されていると思います。電子書籍版はよく分かりませんが・・・。

 

百鬼夜行 陽 青行燈 大首 屏風のぞき【電子百鬼夜行】

百鬼夜行 陽 青行燈 大首 屏風のぞき【電子百鬼夜行】

 

 

 

 

 

 

収録作品
「陰」同様、今作も十編収録されています。前回の記事と同じように、自分用を兼ねて順番に各編の主役と物語りの概要や繋がりをまとめたいと思います。

 

 

 

 

以下、シリーズのネタバレを多大に含みますのでご注意~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


●青行燈(あおあんどう)
主役・平田兼三
平田兼三は『陰摩羅鬼の疵』で登場した人物。由良家の財産管理を任されている「由良奉賛会」の一人。由良胤篤に見込まれて会社から出向してきたという扱いで、『陰摩羅鬼の疵』での事件後、由良家の財産処理のいっさいを担当することに。お話は由良家に残された莫大な書物の処分を請け負った古書肆・中禅寺秋彦から、由良家の歴史書的なもの(歴代当主たちの日記)の扱いについて相談されるところから始まっています。短編に中禅寺が登場すると何かスペシャルな気分になる。本編でも中禅寺は出し惜しみされている感ありますからね・・・(^^;)。
平田は幼少の頃から、実際には存在しないのに「自分には妹が居る」という根拠のない違和感に囚われていて・・・というもの。何故そんな“気がする”のか解らないままにお話は終わっています。今後長編の方で何かしら関わってくる可能性もあるかもですが・・・でもただこの短編の要素としてというだけのことかも。
『陰摩羅鬼の疵』自体が別シリーズの後巷説百物語

 

後巷説百物語 「巷説百物語」シリーズ (角川文庫)

後巷説百物語 「巷説百物語」シリーズ (角川文庫)

 

 

 

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と密接な繋がりがあり、この「青行燈」でもかなりの部分で言及されています。巷説を読んでいる人の方が何倍も愉しめるお話ですね。

 

 

 

●大首(おおくび)
主役・大鷹篤志
大鷹篤志『陰摩羅鬼の疵』で刑事として登場。由良邸での事件後に失踪し、邪魅の雫では思わぬことで渦中の人物の一人となる。
インターネットサイト『e-ROTICA 』で発表された短編作品。『e-ROTICA 』は官能小説に馴染みのない有名小説家達に官能小説を書いてもらおうという野心的な企画特集であり、この「大首」も官能小説として書かれたものです。


愛情と性的興奮の乖離に悩む大鷹の心情が描かれる話で、好意を持っている人物によりも女体の“部分”に興奮してしまうという、フェチシズム的な印象を受ける。こういう事で悩む人、男女限らず結構な数いるのではないかと思いますね。
「官能」にスポットを当てられた小説なので“官能小説”ではあるのでしょうが、読んでいて性的興奮をするようなお話ではありません。つまり、別にエロくない。やっぱり京極夏彦作品だなぁといった感じ。なので安心(?)して下さい。
このお話では大鷹が『陰摩羅鬼の疵』の事件被害者・奥貫薫に懸想していたことが書かれています。と、いっても言葉を交わしたりはしていない。姿を見て憧れていたというもので、唯一の自発的行動はお風呂を覗いたことだけ。・・・愚かですね。

 

 


●屛風闚(びょうぶのぞき)
主役・多田マキ
多田マキは『格新婦の理』に登場。非合法で小間式簡易宿泊施設(主に娼婦相手の部屋貸し)をしている老婆で、『格新婦の理』ではこの宿に川島新造前島八千代がやって来て事件が・・・――といった運び。

多田マキは川島喜市に「今夜泊まりに来る女の着物を盗って欲しい」と頼まれ、盗った友禅を近所の質屋に質入れするのですが、その行為をする直前に多田マキが今までの自分の人生を回想する。幼少の頃に高価な屏風に傷をつけてしまい、言い出せずにいたら使用人が暇を出されたという体験から、常々「うしろめたい」という想いに囚われながら生きてきたというお話。
多田マキは本人も自覚している通りの“糞婆ァ”。『格新婦の理』でも逞しい婆さんだなぁといった印象で如何にも受難の人生を歩んでいそうでしたが、今作ではその詳細が明らかにされます。親が破産し、亭主に棄てられ、男に騙されて売られて・・・と、なるほど、逞しくなるには充分な人生を歩んでいますね。

 

 


●鬼童(きどう)
主役・江藤徹也
江藤徹也は邪魅の雫に登場する「愚か者」。“榎木津に初対面で叱責された人”ですね。今作では『邪魅の雫』での事件より以前、酒屋で住み込みの手伝いをすることになる直前の、母親が死んでしまった直後の江藤の心情が描かれる。
榎木津に叱責されるだけあって、江藤徹也はまさに“邪”といった人物。どんな時でも「つまらない」という態度で、心中では常に周りに文句と苛立ちばかり唱え、変化を求めて邪なことをする。虚ろで害悪なヤツです。『邪魅の雫』でもそうでしたが、読んでいると何ともむかっ腹が立ってくる人物ですね。今作では『邪魅の雫』で事を起す前段階が描かれていて、「ああ、“これ”をしたから“あれ”もしたんだなぁと」。江藤の母親のことを想うとやりきれない気分になります。邪魅の雫』では榎木津が叱ってくれて本当にスッキリした。

 

 


●青鷺火(あおさぎのひ)
主役・宇田川崇
宇田川崇は狂骨の夢に登場した小説家の先生。『狂骨の夢』では宇田川先生が関口に妻の奇妙な体験と言動を相談することで物語りが開始されます。
今作では宇田川先生が戦時下に埼玉県本庄に疎開してきてから、利根川で後に妻となる女性を助ける直前までが描かれる。
お話としては近所に住む老人・宗吉さんから「人は死ぬと鳥になるのじゃないか」と訊かれて、若くして死んでしまった妻・“さと”のことに思いをはせるというもの。宇田川先生は【百鬼夜行シリーズ】のなかでもホントに不遇な目にあってしまう人物。好感度が高いせいもあり、『狂骨の夢』での先生の結末を考えると、この短編も何か胸に迫ってくるものが。
「人は死ぬと鳥になる」という考えが新鮮で面白いです。

 

 


●墓の火(はかのひ)
主役・寒川秀巳
シリーズ全作を読んでいる人でも「誰!?」となるでしょう。それもそのはず、この寒川秀巳は未だ長編には登場していません。つまり、まだ見ぬ次作長編『鵼の碑』に登場が予想される人物だと思われます。
今作で寒川は植物学者だった父の死の真相を究明するために日光を訪れ、寒川の父が死んだとおぼしき現場である山の岩場で“光りを放つ墓”を発見するところで終わっています。この石碑がやがて日光で起こる不可解な事件の契機になる――らしい。


今作には笹村市雄という、十九年前に殺害された両親の死の真相を追っている人物も登場しています。笹村の父は新聞記者で汚職事件を追っていたらしいとのことです。寒川の父も笹村の父も何らかの隠蔽絡みで死亡したのではと匂わされている感じですが・・・果たしてどうなのでしょう。

 

 

 

 

 

 


●青女房(あおにょうぼう)
主役・寺田兵衛
寺田兵衛は魍魎の匣に登場した「穢封じ御筥様」。“あの”久保竣工の父親ですね。
寺田兵衛の、というか、寺田家の箱作り過程については『魍魎の匣』の作中でも客観的事柄として語られていますが、今作では当人目線でより細部が分かるようになっています。
話は戦場から戻る復員船の中での元上官との会話が主になっています。題名からもわかるように、妻のことを思う兵衛の心情のお話。兵衛の妻・サトは出産後に気が触れてしまい、産まれた子供もまったく口をきかないしで、兵衛は日々辟易していました。そこに召集令状が届き、逃げるように妻子を残して出征してきたことから、兵衛は家に帰るのを恐れているのですね。

復員船の中で兵衛は妻がおかしくなったのは箱作りに夢中になった自分のせいだと反省。やり直そうと前向きな気持ちになり家に帰りますが、そこには“あの”、箱が――。さらなる苦悩の始まりということで、空恐ろしい結末ですね。

 

 


●雨女(あめおんな)
主役・赤木大輔
赤木大輔は邪魅の雫に登場。簡単に言うとヤクザ崩れのチンピラで、根は悪くないんだけど、良かれと思ってやることが裏目に出てしまう人物。『邪魅の雫』では加害者であり被害者なんですが、今作では犯行後に逡巡し、己の半生を回想。自身が殺害されるまでが描かれています。
雨の時に見える女の幻覚によって良心が揺さぶられてきた赤木の心情が話の主軸になっています。可哀想なぐらいやることが裏目に出る人生ですね。
赤木は困っている女をほっとけない質で、チンピラだけども独自の正義漢を貫こうとする男。何というか、属性(?)は木場にちょっと近いのですが、決定的な違いによって受ける印象はまったく違う。それは偽善的で独りよがりであるところ。そしてその事に無自覚であること。『邪魅の雫』では女性視点の際に散々指摘されていましたね。赤木みたいな男は確かに女性側からみると滑稽に見えるだろうなぁと思う。

 

 

 

●蛇帯(じゅたい)
主役・桜田登和子
『墓の火』に続き、こちらも未発表の長編『鵼の碑』に関係してのお話。主役の桜田登和子もシリーズ長編には登場していない人物ですね。桜田登和子は榎木津の兄が経営している「日光榎木津ホテル」に勤めているメイドで、紐状の物を異常に恐れるという恐怖症に苦しんでいて――と、いうお話。最後にはある真相が明かされるのですが、果たしてこの事が『鵼の碑』ではどう作用するのか・・・。


同僚のメイドとして『格新婦の理』『百器徒然袋-風』に登場した奈美木セツが登場しています。『百器徒然袋-風』でのゴタゴタで失職した後、「日光榎木津ホテル」に来たようです。榎木津が口利きをしたのではないかと思われます。「責任取れ」云っていましたからね(^^;)。

 

百器徒然袋 風【電子百鬼夜行】 (講談社文庫)

百器徒然袋 風【電子百鬼夜行】 (講談社文庫)

 

 

セツは相変わらずの調子ですね。他に倫子という十九歳の娘もメイド見習いとして作中に登場していて、この倫子もおそらく『鵼の碑』にも登場するのではないかと思います。『鵼の碑』は「日光榎木津ホテル」が舞台の一つとなるらしいので。この倫子、な~んか思わせぶりな感じなんですよね。何かしらありそうな予感。

 

 


●目競(めくらべ)
主役・榎木津礼二郎
百鬼夜行-陰』の方は最後に関口巽が主役の短編がボーナストラック的に収録されていましたが、この「陽」の方では榎木津が語りの短編が最後に収録されています。榎木津の語りというのは『魍魎の匣』で少~しあって以来ですので、「陰」以上に大サービスなボーナストラックだと感じる。


榎木津視点で何が語られるのかというと、ズバリ“異能の目”のこと。幼少の頃からどの様に“それ”が視えていたのかが明らかにされます。幼少期はさすがの榎木津もそれなりに戸惑っていたようですね。親父さんが目のことを訊かされて開口一番に「そうなのかい」と気楽に流しているのが可笑しい。しかし、それ以上に初対面で先輩に向かっていきなり「あんたに視えているのは他人の記憶ですよ」と云い放つ中禅寺はもっと可笑しい。別の意味で。

中禅寺にこう云われるまで榎木津自身も何が視えているのかよく解っていなかったらしいので、何の言葉も交わしていない後輩にいきなり謎の解明をされたといった妙ちくりんな展開だったんですね。中禅寺は何で話も聞いていないのに解ったのでしょう?「不思議はない」と云いますが、中禅寺自体が一番の不思議ですよね。ホント。


お話は榎木津が京極堂の座敷で中禅寺と関口と喋っている最中、「そうだな。探偵をしよう」といって事務所の名前を中禅寺が読んでいた「薔薇十字の名声」からとるところで終わっています。姑獲鳥の夏で語られていたあの逸話ですね。
他にも、榎木津が週に何度かただ昼寝しに来ている理由が座敷が好きだから(金持ちだったんで座敷の生活に馴染みがないらしい)とかいったことも分かったりしてなんともファン心をくすぐる短編になっていますので必見です。シリーズファンは絶対読むべし!

 

 

以上、十編。

 

 

 

『鵼の碑』はどうなった
この『百鬼夜行-陽』が2012年に刊行された当初、収録作に『鵼の碑』に関係している短編も含まれているとあって、「よし、やっと『鵼の碑』が刊行されるのね!」と胸躍らせたファンは多数いるだろうと思います。著者の京極さん自身もテレビ番組で「やっと出せそう」と云っていましたからね。しかし、待てど暮らせど刊行されず、もはや2020年。刊行されないままに元号まで変わってしまった訳ですが。

ファンは『百鬼夜行-陽』を読んでの期待が宙ぶらりんのままにされてしまっているのですよ・・・どういうつもりなのでしょう。なんらかの大人の事情でもあるのでしょうか。


昨年刊行された『今昔百鬼拾遺』

 

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今昔百鬼拾遺 月 (講談社ノベルス)

今昔百鬼拾遺 月 (講談社ノベルス)

 

 

でも“日光の事件”のことが言及されているので、話の内容などは当初の予定から大きく外れるものではなさそうですけどねぇ・・・。

 

『鵼の碑』について、現在分かっていることは、

●日光が舞台
●榎木津の兄が経営する「日光榎木津ホテル」が出てくる
●榎木津の兄と奈美木セツが登場する
●山にある墓が関係している
●なんらかの隠蔽が十九年前に行われた

などですかねぇ・・・。


出ない限り妄想を逞しくするしかない訳ですが。いつか!いつか読める!と夢見てこれからも日々を過していこうと思います。ま、とにかく出して下さいお願いします!と。頼みます・・・(T_T)。

 

※2023年、『鵼の碑』の発売がついに決定しました!↓

 

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そして読みました!

 

ネタバレなし↓

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ネタバレあり↓

 

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ではではまた~

 

百鬼夜行 陽 青行燈 大首 屏風のぞき【電子百鬼夜行】

百鬼夜行 陽 青行燈 大首 屏風のぞき【電子百鬼夜行】

 

 

 

百鬼夜行 陽 鬼童 青鷺火 墓の火 青女房【電子百鬼夜行】
 

 

 

百鬼夜行 陽 雨女 蛇帯 目競【電子百鬼夜行】

百鬼夜行 陽 雨女 蛇帯 目競【電子百鬼夜行】

 

 

 

 

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「シライサン」原作小説 あらすじ・解説 戦慄の”仕掛け”徹底解剖!

こんばんは、紫栞です。
今回は乙一さんの『シライサン』をご紹介。

小説 シライサン (角川文庫)


あらすじ
大学生の山村瑞紀は親友・加藤香奈の変死を目の前で目撃する。喫茶店で会話をしていた最中に突如なにかに怯えだし、両目の眼球を破裂させるという凄絶な死に様だった。しかし調査の結果、親友の死は唯の心不全で事件性はないものとして処理されてしまう。納得がいかぬ瑞紀の前に鈴木春男という青年が現われる。春男の弟・鈴木和人も香奈と同じように眼球を破裂させて死亡したという。
死んだ二人のSNSをたどったところ、加藤香奈と鈴木和人がバイト先の同僚であったことと、亡くなる数日前に温泉旅行に行っていたことが判明した。旅行はバイト仲間三人でのものだったらしく、瑞紀と春男の二人は旅行の残されたメンバーである富田詠子の元を訪れる。
詠子の話によると、旅行先の旅館のロビーで三人は酒造屋の男からある“怪談話”を聞かされたらしい。異様に目の大きな女が、自分を知っている者を追いかけて殺すという内容の怪談だった。瑞紀と春男にその怪談話をしつつも、女の名前は頑なに言わなかった詠子だが、ある状況下でその名を口に出してしまう。
「お二人は・・・・・・呪われました・・・・・・」
その日から瑞紀と春男の周囲で怪異が起き始める。二人は現状を打破するために三人が怪談話を聞いた湊玄温泉へと向かう。しかし、その地でも既に怪異が起きており――・・・。

 

 

 

 

 

 

 

ガチホラー
今作は乙一さんの四年ぶりの新作でしかも長編。ま、乙一名義で出していなかっただけで、山白朝子や田中永一名義では出していたようですが。

 

 

 

 

いずれにせよ量産型の作家さんではないので新作は貴重というもの。本屋で発見して慌てて購入しました。2019年11月には発売されていたみたいですね。またも不覚・・・(^^;)。

今作は2020年1月10日公開予定の乙一さん自身(映画は本名の安達寛高名義になっています)が監督・脚本を手掛ける『シライサン』の原作小説となっています。

 

ホラーにも色々ありますが、今作は「シライサンという女にまつわる怪談話を聞くと数日後に呪い殺される」という感染系ホラーで、怪異の姿は長い黒髪の女、呪いを仕掛けたのは異能の力を持つ美女・・・と、鈴木光司さんの『リング』を思わせるようなガチガチのド定番Jホラー仕様のお話。もう、凄く怖いです。感染系ホラーには「見たら死ぬ」「音を聞いたら死ぬ」と様々ですが、今作は「知ったら死ぬ」。圧倒的理不尽と、恐ろしい容姿で追ってくる女の様子、凄絶な死に方といい、どれをとっても恐いです。文章の段階でこれですから、映画で映像がつけばさぞ恐かろうと思われます。都市伝説要素があるのも読み手の心をくすぐりますね。
しかし、定番のホラーだと素直に怖がっていたら、最後に驚きの真相が待っているという、乙一らしい仕掛けのある作品にもなっています。

 

 

 


登場人物たち

シライサン

シライサン

  • 飯豊まりえ
Amazon

映画のキャストは

瑞紀飯豊まりえ
春男稲葉友
間宮幸太忍成修吾
間宮冬美谷村美月
加藤香奈江野沢愛美
渡辺秀明染谷将太

 

小説では瑞紀と春男が主軸となりつつも、ジャーナリストの間宮幸太、その妻で脚本家の冬美、死んだ二人と一緒に怪談話を聞いた富田詠子、旅館のロビーで偶々怪談話を聞いてしまった旅館従業員の森川俊之、幼少期の渡辺に怪談話を聞かせた民俗学者の溝呂木などなど、視点を変え、場所を変え、時間軸を変えてお話は展開されていきます。

 

 

 

 

 

以下がっつりとネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


話が展開していくなかで、“シライサン怪談”のある程度の条件などが明らかになります。


●シライサン怪談を知った者の前に怪談の内容通りの女が現われる。そいつの姿は呪われた者にしか見えず、その女に身体を触れられると眼球を破裂させて死亡する。

●女は目をそらす度に近づいてくる。見続けている限りは近づいてこない(だるまさんが転んだ的ですね)。

●女は三日おきに呪われた者の元を一人ずつ訪れる。

●女は目をそらさせようと呪われた者にとって身近にいた死者を差し向けてくる。(瑞紀には香奈の霊、春男には和人の霊、間宮幸太には交通事故で死んでしまった娘の霊・・・といったぐあいですね)

 

といったもの。

 

物語りの中で【シライサン怪談】がどの様に広まっていったのかというと・・・

 

民俗学者の溝呂木は湊玄温泉の北の山地にかつてあった村「目隠村」のことを調べるなかで石森ミブという、昔の事故が原因で人名を覚えることが出来なくなった「目隠村」出身で現在老人ホームに入居している老女から、流行病で村が消滅する直前に石森ミブが“蔵の女”に言われて村に広めた怪談話が書かれた文章を手にした。溝呂木は書かれていたシライサン怪談を当時九歳の近所の少年・渡辺に聞かせる。

 

→それから約20年後、渡辺が昔の荷物を整理している際にノートを発見。そこには幼少期に渡辺が溝呂木から聞いたシライサン怪談が覚え書きとして記されていた。渡辺は旅館のロビーで怪談話に興じていた香奈・和人・詠子の三人にシライサン怪談を聞かせる。この時、旅館従業員だった森川も三人と同時にシライサン怪談を耳にしてしまう。

 

→訪ねてきた瑞紀と春男に、詠子が渡辺から聞いた怪談を聞かせる。(詠子は話す際二人に呪いが降りかかるのを回避しようと“シライサン”の名前を伏せていたが、トラブルから名前を口にしてしまう)
また、連続不審死を追って湊玄温泉に訪れたジャーナリストの間宮幸太は森川から「不審死の原因は渡辺が話した怪談のせいだ」と告げられるが、信じようとしない幸太に森川はついシライサン怪談を聞かせてしまう。

 

→呪いに対しまだ否定的だった幸太は電話口で妻の冬美にシライサン怪談を聞かせる。

 

→電話を受けた翌日、冬美は仕事仲間とドラマの脚本打ち合わせの際にシライサン怪談を披露してしまう。

 

→打ち合わせに居合わせたメンバー数人から話しは広まり、ついにはネットの掲示板に書かれて日本各地にシライサン怪談が知られてしまう。

 

大惨事。


と、いう訳で、結果的に最悪の形でシライサン怪談が広まってしまうのです。

ネットの掲示板でシライサン怪談を知ってしまった人々が、眼球を破裂させて死亡するという現象が日本各地で多発し、テレビなどにも取り上げられて“シライサン”の名は都市伝説として皆の知るところとなる事態にまで陥ります。


名前を知っても怪談の内容を正確に知らなければ呪われないらしく、難を逃れた瑞紀・春男・冬美の“偽シライサン怪談”を広めたり、鎮静化させる情報を流布させるなどの工作のおかげで呪われた者の人数が爆発的に膨れ上がるという状態は回避されたものの、今なおシライサン怪談の原型をネットで発見してしまった人が数日おきに一人ずつ死んでいるという状態です。

 

 


真相
この物語りの元凶は目隠村の祈祷師一族の娘で、太平洋戦争の時に国に命令された調伏(敵国への呪い)に失敗し、村人に「おかしくなった」と言われて閉じ込められていた“蔵の女”です。
この“蔵の女”が【シライサン怪談】を創作し、世話役で人名を覚えられないという特徴をもった石森ミブに怪談を書いた紙を渡して村に広めさせたのです。目隠村は流行病で消滅したのではなく、この“蔵の女”が仕掛けた【シライサン怪談】によって死に絶えたのですね。“蔵の女”は女の子を身籠もっていたが村人のせいで死産してしまい、村人を恨んでいました。世話役の石森ミブに“蔵の女”は

 

もうすぐ目隠村は終わるよ。
あなただけ麓の村へ逃げなさい。

山の神様に頼んだ。
たくさんの、お供え物をする代わりに、子どもを返してくれるようにって。

 

と、告げて“蔵の女”は亡くなります。その後、村人が次々と死んでいき、石森ミブは女に言われた通り麓の村に逃げて難を逃れる。そして、湊玄温泉の旅館に住み込みで働き始めたときに“蔵の女”が枕元に立ち、返してもらったという女の赤ん坊を残していった。石森ミブはその子を大事に育てた・・・・・・。

村人達の命をお供え物として差し出し、死産だった自分の子どもを返してもらったという。何故恐い話を使って殺すという手段を使ったのかはよく分かりませんが(^^;)遊び心ですかね。


しかし、この話はあくまで石森ミブが溝呂木に語ったもの。溝呂木は例の【シライサン怪談】が書かれた文章を石森ミブの孫娘から「祖母に渡すように頼まれた」と言われて受け取ります。さらに、孫娘は祖母の話は作り話だと言います。枕元に赤ん坊が置かれていたというが、実際は祖母が湊玄温泉に越してきた頃には母がお腹の中にいたようだと。その証拠に、この孫娘と石森ミブの顔立ちはよく似ていました。石森ミブの話が事実なら、孫娘と石森ミブに血のつながりはないことになるので、顔が似るはずはないのですね。
そして、古い文章で自分には内容が分からないが、これは明らかに祖母の字だとも。
石森ミブは“蔵の女”が書いたと言っていたのに、これはどういうことだと溝呂木は混乱します。何もかもが石森ミブの作り話だったのかとも考えますが、溝呂木は他の可能性も一つ思いつきます。

 

石森ミブという女性の方が存在せず、老人ホームにいた女性こそが、蔵の女だったという可能性だ。
女は蔵の中で死んでおらず、何とか抜け出し、麓まで逃げのびていた。女は石森ミブと名乗り、旅館で住み込みで働きながら今日まで生きてきた。
祈祷師一族の末裔であることを隠しながら、一般人として暮らすことにしたのだ。

 


終盤で判明する事実はもう一つあります。間宮冬美の旧姓が「石森」だということです。
つまり、溝呂木が会った石森ミブの孫娘はかつての冬美だったのです。石森ミブが“蔵の女”だったとするなら、冬美は目隠村の祈祷師一族の末裔だということになります。

 

間宮夫婦は数年前に交通事故で真央という娘を亡くしていました。公園で遊んでいた最中、道の向こう側に立っていた父親(幸太)に気づき、駆け出していったところを車に轢かれてしまったという不幸な事故で、冬美はいまだ疵が癒えておらず、夫に非はないと理解し夫婦で穏やかに生活しつつも、心の隅では事故の原因をつくった夫を責める感情を抱いていました。

事件から1ヶ月ほど経過し、瑞紀と春男が冬美の元を訪れると、奥の部屋には子どもが居ました。冬美は「親戚の子を預かっている」と二人に言いますが、この子はおそらく“山の神様に頼んで返してもらった真央”です。

 

詳細は分かりませんが、冬美は夫から電話で【シライサン怪談】を聞いた際、かつて祖母から聞いた話だと気が付いた。そして、話のなかの祖母(“蔵の女”)と同じように「たくさんのお供え物をして、娘の真央を返してもらおう」と思い立った。
意図的に【シライサン怪談】を広め、呪いによる被害者を増やし、お供え物として山の神様に献上した。お供え物が充分な数に達したころ冬美の願いは成就し、真央は冬美の元に返されてきた。

夫の幸太が性懲りもせず目隠村の跡地に行くのを強く止めなかったのも、夫を恨む気持ちが残っていたからなんですね。ま、幸太は読者からしても自業自得という風に感じてしまいますよ。わざわざ死にに行っているというか。「止めときゃ良いのに」っていう。ホラーの定番要素ですね。

 

 


山の神様とは
間宮幸太は目隠村の跡地で、例の異様に目の大きな女と呪いによって死んだ人々ばかりが乗っている舟を目撃します。
女は死者をここに連れてくる役目を担っており、三日に一度という出現頻度は、
死者をここに連れてくるのに一日。
あの女が次の被害者のところへ行くのに一日。
なのではないかと想像します。
その後撮影に夢中になっているところを女に捕まり、眼球を破裂させて死んでしまうのですが。

 

溝呂木が受け取った怪談が書かれた文章には「死来山」と書かれていました。その後音だけが伝わって人名のようになっていたということのようです。「何で“さん”付けなんだ」という疑問がここで解消されると。
字面から目隠村が信仰していた山は「死人が来る山」ということでしょうか。幸太が目撃したのは、冬美が献上した「死来山」へのお供え物たちということなのか・・・そう考えると恐ろしい話ですね。


今作は確りと解決しないまま終わっています。死人は出続けているし、瑞紀と春男も完全に呪いから逃れた状態ではありません。
“蔵の女”が村人に「おかしくなった」と閉じ込められた詳細などあやふやな点も多いです。しかし、怪異が完全に終わらなかったり、謎が残されるのはホラーの定石なのだろうと思います。全部解明されてスッキリ終わったら恐くなくなるでしょうからね。

 

しかし、幼少期の渡辺は20年前に溝呂木に【シライサン怪談】を聞いたときにはどうしてなんともなかったのかは本当に謎。子どもだったんでノートに書いた後すぐ忘れたということなのか・・・。でも怪談話って一度聞くとなかなか忘れないんではって思いますが・・・(^^;)。


作中に、


瑞紀と春男の創作したバージョン違いを元にホラー漫画家がコミカライズをするとの情報も流れた。
「シライサンを封じ込める短刀があるらしいよ」
「【シライサン怪談】って、古本屋に並んでいた本に載っていたらしいね」
「女の子がそれを見つけて、クラスメイトに話しちゃったのが最初だったって」


との文があるのですが、実はこの漫画、本当に出ています↓

 

 

内容も女子高生が古本屋で一冊の本を見つけて、その本に書かれていた怪談をクラスメイトに話したら死んでしまって・・・という青春ホラーもので、ちゃんと「短刀」も出てくるようです。
最初この漫画の紹介ページを見たとき、『シライサン』のコミカライズと書かれているのに小説と内容が違うなぁと疑問だったのですが、小説内で瑞紀と春男が流した派生シライサン怪談を元に書かれたのがこの漫画だよ~という設定での作品なんですね。リンクしているというか、こういう「この本に書かれているのは事実だよ」というスタンスが貫かれるとより怖さが増すので、面白い仕掛けとメディアミックスだなぁと思います。

 

映画だと“蔵の女”と間宮冬美との関連などが小説より判りにくいのではないかなぁと予想されるので、小説・映画・漫画とそれぞれ気になった方は是非。

 

 

ではではまた~

 

 

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『アリバイ崩し承ります』原作小説 あらすじ・紹介 上質の”アリバイ崩し”ミステリ7編

こんばんは、紫栞です。
今回は大山誠一郎さんの『アリバイ崩し承ります』をご紹介。

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

2020年1月からテレビ朝日系の土曜ナイトドラマ枠で放送開始される連続ドラマの原作本ですね。

 

アリバイ崩しに特化した短編集
『アリバイ崩し承ります』は数あるミステリの分野の中でも“アリバイ崩し”に特化した作品集。7編収録されていますが、すべてのお話でアリバイに関わる謎解きが展開されます。

お話の舞台は〈美谷時計店〉。店内には数々の時計と「時計修理承ります」の張り紙と共に「アリバイ崩し承ります」と書かれた紙が。
「当店では、先代の店主からの方針で、時計にまつわるご依頼は何でも承るようにしております」
とのことで、成功報酬としてアリバイ崩しに成功したら五千円をいただくというシステムで常時依頼を受け入れている何やら奇特なお店。


亡くなった祖父に十四年間、時計修理の知識とアリバイ崩しの仕方を仕込まれ、店を引き継いだ若き店主(二十代半ばぐらい)美谷時乃の元に、捜査一課の新米刑事の「僕」が毎度仕事などで直面したアリバイ崩しを依頼しにやってきて、内容を説明。聞き終わった時乃さんが「時を戻すことができました。――アリバイは、崩れました」と言って、鮮やかに解決してくれるといったパターンとなっています。

「何で時計屋さんが仕事としてアリバイ崩しを?」と当然の疑問を抱くでしょう。作中の「僕」も作中で時乃さんに問いかけているのですが、その答えが、

 

「アリバイがあると主張する人は、何時何分、自分はどこそこにいたと言います。つまり、時計がその主張の根拠となっているのです」
「まあ、そうですね」
「ならば、時計屋こそが、アリバイの問題をもっともよく扱える人間ではないでしょうか」
いや、それは違うだろう。

 

そう、「違うだろう」なんですけども(^^;)。


でも一応このよくわからない理屈でアリバイ崩しを承っていると。先代からの教えだと真面目にこう答える時乃さん。ま、実際はお祖父さんの趣味だったんだろうなぁって感じですが・・・。

刑事が民間人に捜査中の事件の詳細をペラペラ話すのは問題であり、作中の「僕」もダメなことは承知しているのですが、困るとついつい時乃さんを頼ってしまうという有り様。

 

 

 

 

 


各話紹介

●時計屋探偵とストーカーのアリバイ
大学教授が殺害された事件。最有力容疑者は被害者にストーカー行為をしていた元夫だが、胃の内容物から特定された死亡推定時刻に居酒屋で友人二人と飲んでいたというアリバイがあった。

 

●時計屋探偵と凶器のアリバイ
死体よりも先に凶器の拳銃がポストから発見された殺人事件。製薬会社に勤めていた被害者の上司が容疑者として浮上するが、犯行時刻だと思われる時間に従妹達と喫茶店で話しをしていたというアリバイがあった。

 

●時計屋探偵と死者のアリバイ
「僕」は散歩の最中に交通事故現場に遭遇。轢かれて瀕死の重体を負った推理作家から殺人の告白をうけるが、詳細を述べる前に推理作家は死亡してしまう。証言の通りの場所で他殺体が発見されるが、推理作家には被害者の死亡推定時刻にアリバイがあった。

 

●時計屋探偵と失われたアリバイ
ピアノ講師が自宅マンションで他殺体として発見される。アリバイのない被害者の妹が容疑者としてあげられるが、その妹が犯人だと思えない「僕」は、時乃に“アリバイ探し”を依頼する。

 

●時計屋探偵とお祖父さんのアリバイ
珍しくアリバイ崩しの依頼ではなく、壁掛け時計を買いに〈美谷時計店〉を訪れた「僕」。お茶をごちそうになる際に時乃から昔祖父に出題された“アリバイ問題”の話を聞いてアリバイ崩しに挑戦する。

 

●時計屋探偵と山荘のアリバイ
「僕」は休日に訪れた山荘で殺人事件に直面する。現場に残された足跡から、犯行が可能だったのは中学生の少年一人だということになるが、どうしても少年が犯人だと思えない「僕」は、少年が逮捕されるのを阻止しようと〈美谷時計店〉に他の容疑者のアリバイ崩しを依頼する。

 

●時計屋探偵とダウンロードのアリバイ
元会社経営者の男性が自宅で死体となって発見される。事件発生から3ヶ月が経過したころ、ある大学生が容疑者として浮上し、友人と一緒に居たと主張するが、友人は日にちをはっきりとは覚えていなかった。しかし、犯行日の当日のみダウンロードすることが出来た楽曲を容疑者は友人の前でダウンロードしており、そのことは友人も確りと覚えていた。脆弱だが崩せないアリバイに悩まされ、「僕」は時乃にアリバイ崩しを依頼する。


以上7編。

 

 

 

 

お話はどれも30、40ページほどなので読みやすいです。問題提示の後にすぐ解答があるので、読んでいて清々しいですね。しかもそれらが殆ど殺人事件を扱った本格ものの、長編でも充分使えそうな謎ばかりなのが凄い。このページ数ならば荒削りなことになりそうなものですが、どれも細部まで練り込まれたアリバイトリックで、本格推理短編小説としてとても上質です。こんなに贅沢に愉しませてもらって良いのですか?と言いたくなるような作品集。ちょっとした時間の合間に読むのに丁度良い本ですね。


ページの関係で非常にタイトな構成になっているので、そのぶんドラマではお話を色々と膨らませるのではないかと思います。

 

どのお話も読んでいて解くことは出来なかったし、トリックはどれも見事なのですが、私は特に「お祖父さんのアリバイ」「山荘のアリバイ」がお気に入り。「お祖父さんのアリバイ」はお祖父さんの“アリバイ問題”への気合いが可笑しく、孫への愛情も垣間見られて良い。「山荘のアリバイ」は足跡もので如何にも本格推理小説なところが個人的にツボです。


主人公の新米刑事「僕」は、作中で名前が明かされません。時乃さんは終始「お客様」と呼んでいるし、同僚の先輩刑事たちには「新人」と呼ばれています。


この本では「時計屋探偵とダウンロードのアリバイ」の最後で時乃さんと「僕」がほのかに“いい感じ”になるところで終わっているのですが、ドラマの方では刑事さんが「ひょんなことから〈美谷時計店〉の裏にある母屋に下宿することになった左遷されてきた警察キャリア・察時美幸(さじ・よしゆき)」という風に変更されています。演じるのは安田顕さんとあって、年齢も警察内での立場もだいぶ違いますので、ほぼドラマオリジナルキャラクターでしょうね。原作のような“いい感じ”になるとは到底思えない設定ですが、時計店の母屋に下宿とは、何やら楽しそうな変更。


“見た目だけはクールな空回り刑事”渡海雄馬(とかい・ゆうま)として成田凌さんも主要キャストで出演されるのだとか。こちらのキャラクターもドラマオリジナルですね。


公式サイトでドラマの設定を見るにオリジナル要素が強そうですが、浜辺美波さんが演じる探偵役の美谷時乃は原作通りのキャスティングだと思います。原作の時乃さんは小柄で色白、兎を思わせる風貌で、ボブヘアーというところも一致していてピッタリ。
個人的にテレビ朝日土曜ナイトドラマ枠が好きなので、オリジナル要素も含めて楽しみたいと思っています。

 

好青年な新人刑事「僕」に出会えるのは原作のみとなりそうなので、ドラマで気になった方にはこの原作本も是非読んで欲しいなぁと。もちろん本格推理小説好きも是非。

 

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

 

 

 

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

 

 

 


ではではまた~

「百鬼夜行 陰」まとめ 10編、事件・人物の繋がり一覧

こんばんは、紫栞です。
今回は京極夏彦さんの百鬼夜行-陰』をご紹介。

定本 百鬼夜行 陰

 

サイドストーリーズ
百鬼夜行-陰』は百鬼夜行シリーズ】(京極堂シリーズ)

 

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の各作品に登場する人物・関わった人物を主役とした妖怪小説の短編集。百鬼夜行シリーズ】のサイドストーリーズといったもので、どの短編もシリーズを知らなくても愉しめる作りにはなっていますが、シリーズを読んでいる人の方が何倍も愉しく読むことが出来ます。シリーズのより深み、シリーズ全編を読んだからこその“知っている”喜びを存分に味わえる短編集ですね。


このサイドストーリーズは現在「陰」「陽」の二冊があり、

※『百鬼夜行-陽』について、詳しくはこちら↓

 

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「陰」の方では『姑獲鳥の夏』から『塗仏の宴』までの作品に登場した各事件関係者の過去の出来事や心境が描かれています。
妖怪小説と云えど、中禅寺の登場する【百鬼夜行シリーズ】は憑物落としがあることによってミステリ要素が強い作品となっていますが、この百鬼夜行「陰」「陽」は憑くものの、憑物落としは一切なし。なので“憑きっぱなし”のままにどのお話も終わっています。狂気や妄執に取り憑かれた人々の、正に「妖怪小説」だという代物ですね。

 

百鬼夜行-陰』は講談社ノベルス版、

 

百鬼夜行-陰 (講談社ノベルス)

百鬼夜行-陰 (講談社ノベルス)

 

 

講談社文庫版、

 

百鬼夜行 陰 (講談社文庫)

百鬼夜行 陰 (講談社文庫)

 

 

文藝春秋の定本版

 

定本 百鬼夜行 陰

定本 百鬼夜行 陰

 

 と、その文庫版

 

定本 百鬼夜行 陰 (文春文庫)

定本 百鬼夜行 陰 (文春文庫)

 

 電子書籍

 

百鬼夜行 陰(全)【電子百鬼夜行】 (講談社文庫)

百鬼夜行 陰(全)【電子百鬼夜行】 (講談社文庫)

 

 

と、それぞれ刊行されていますが、個人的に本で買うならおすすめなのは定本版

2013年に「陽」を刊行するにあたり、(出版社変更の事情で)装いも新たに同時発売されたもので、巻末に著者の京極夏彦さん自身によって描かれた画、書き下ろし特別付録「百鬼図」が収録されています。本で各短編の表題に使われている妖怪の画と簡単な説明文が書かれていて非常に親切。各短編への理解も深まる(ような気がする)もので妖怪初心者にとっては大変有り難い代物です。やっぱり鳥山石燕のものだけでは難易度が高いですからね・・・。もちろん京極さんの妖怪画も必見です。

 

※定本版は実は講談社版でも後に刊行されています。ややこしい・・・。

 

完本 百鬼夜行 陰 (講談社ノベルス)

完本 百鬼夜行 陰 (講談社ノベルス)

 

 

 

 

 

収録作品
十編収録されています。では順番に各編の主役と物語りの概要をば。シリーズファンである私自身も人物や状況がごっちゃになってしまったりするので、自分用も兼ねてまとめたいと思います(^^;)。

 

以下、シリーズのネタバレを大いに含みますので注意~

 

 

 

 

 

 

 

 


●小袖の手(こそでのて)
主人公・杉浦隆夫
杉浦は『絡新婦の理』の登場人物。“女物の着物を被っていた人”ですね。
子供への恐怖心から教師を辞め、妻も愛想を尽かして出て行き、一人家に引き籠もる生活を続けていたところ、隣家の少女・柚木加奈子(魍魎の匣登場人物)が何者かの白い腕に首を絞められているところを目撃し、幻影に取り憑かれる。
『絡新婦の理』で杉浦は加奈子と面識があったと触れられていますが、その詳細が分かるお話。杉浦の犯行直前の心境は勿論、加奈子の家の状況や“あの夜”の直前の様子なども知れるので『魍魎の匣』のサイドストーリーとしても愉しめます。

 

 


●文車妖妃(ふぐるまようび)
主人公・久遠寺涼子
涼子は姑獲鳥の夏の登場人物。このお話では涼子は幼い頃から小さな女の幻覚を見ることがあり、その小さい女を巡る回想という形でお話が進んでいきます。
涼子は数々の出来事や置かれていた状況のせいで非常に複雑な人物なのですが、このお話ではそれらの“複雑さ”に涼子自身がまったく無自覚な常態だったのが改めて分かるものになっています。

キーワードになっているのは手紙。恋文ですね。『姑獲鳥の夏』での解決編(憑物落とし)で語られていたことと照らし合わせて読むとスルスルとピースが嵌まって色々と納得します。『姑獲鳥の夏』を未読の人には不明箇所が多いかなと思いますので、この本の中でも単体で愉しむのは厳しいお話になっているかもしれません。

 


●目目連(もくもくれん)
主人公・平野祐吉
平野は『絡新婦の理』に登場した“目潰し魔”。常に誰かに見られているという恐怖“視線恐怖症”に苦しむ平野が、最初の犯行に至るまでの物語り。
精神科医として平野を診察したのは狂骨の夢に出て来た降旗弘。そんな訳で、降旗による平野の診察場面があるのですが、降旗も降旗で精神面は大概なので(『狂骨の夢』を読んでいればお分かりでしょうが)だいぶ空回りな診察ぶりですね。実際、『絡新婦の理』で中禅寺に明かされていた通り、この時の降旗の診断は間違いだったので、この診察ぶりは「なるほど」といった感じ。
他に、通りすがりの僧侶として鉄鼠の檻での被害者にして事の元凶・小坂了稔も登場しています。

 

 


●鬼一口(おにひとくち)
主人公・鈴木敬太郎
この鈴木敬太郎・・・って、誰?と、姑獲鳥から塗仏まで読んだ読者も困惑するでしょう。鈴木敬太郎は他の【百鬼夜行シリーズ】にも登場しない人物です。しかし、実は京極さんの近未来を描いた別作品『ルー=ガルー 忌避すべき狼』

文庫版 ルー=ガルー 忌避すべき狼 (講談社文庫)

文庫版 ルー=ガルー 忌避すべき狼 (講談社文庫)

 

 での出来事に大きく関わっている人物。このお話では戦時中に“あるもの”を口にしたために「鬼」に囚われるようになってしまう鈴木の様子が描かれる。この戦時中の体験が『ルー=ガルー 忌避すべき狼』では大きな影を落しています。初読の際、この繋がりに気が付いたときは武者震いしたものです。
百鬼夜行シリーズ】の方はどうかというと、魍魎の匣に登場した久保竣工と被害者の娘の一人・柿崎芳美が出て来ます。久保と話しをしたことがまた鈴木に影響を与えてしまうんですね。
他に、「鬼」の説明役として『塗仏の宴』『百器徒然袋』に登場した宮村香奈夫(和書専門店「薫紫亭」の店主で中禅寺の書店仲間。覆面歌人・喜多島薫童の正体でもある)も登場しています。

 

 

 

 

 

 


●煙々羅(えんえんら)
主人公・棚橋祐介
またも誰って感じですね。この人は本当にこの短編のみに登場する人物です。幼少期に兄の婚約者が焼身自殺するところを目撃して以降、煙に異様なほど執着するようになり、火消しとなった男のお話。
この“兄の婚約者”というのが和田ハツという名で、棚橋は鉄鼠の檻での「明慧寺」の火災に赴いた際に和田滋行が焼死するところを目撃。ハツとそっくりな顔だったと棚橋は云っており、おそらく和田ハツと和田滋行は親族関係にあるのではないかと思われます。棚橋は牧村托雄と鈴の生家の火災にも立ち会っていたと作中で語られており、『鉄鼠の檻』と深く関わるお話になっています。

 

 


●倩兮女(けらけらおんな)
主人公・山本純子
山本純子は『絡新婦の理』に登場。「聖ベルナール女学院」の教員で“目潰し魔”の三人目の犠牲者。登場というものの、『絡新婦の理』では既に故人だった人物ですね。
厳格に生真面目に生きてきたために“笑うこと”が出来ず、悶々とその事について悩んでいます。殺害される直前までが描かれ、学院内の売春に頭を悩ませる場面もありますね。“笑い”に対しての考察が読んでいて面白い。
実は山本純子は柴田財閥の柴田勇治の婚約者。なので、柴田勇治とのやり取りも作中にあります。相変わらず、「悪い人じゃ~ないんだけどねぇ・・・」ですね(^^;)

 

 


●火間虫入道(ひまむしにゅうどう)
主人公・岩川真司
岩川真司は『塗仏の宴』に登場。警視庁の刑事ですが、童子にいいように操られて全てを失い、最後には藍童子を殺害しようとする人物。
このお話では藍童子と出会ってから殺害しようとするまでが描かれています。岩川は一見権威主義で卑怯で好感が持てる人物ではないのですが、平凡さ故に流されて道を踏み外していく様子や心情など、非常に感情移入しやすい人物ですね。岩川は最終的に薬物依存病になっていたので、その描写もあります。

 

 


●襟立衣(えりたてごろも)
主人公・円覚丹
円覚丹は『鉄鼠の檻』で「明慧寺」の覚首(リーダー的なもの)を務めていた人物。このお話では祖父・円覚道が立ち上げた新興宗教「金剛三密会」の詳細と顛末が描かれています。
この本の中では一番宗教色が強い作品ですね。作中で明かされる打ち明け話が身も蓋もない。生まれたときから信じ込まされてきたのに、祖父が死んだ途端にこんな事を知らされたらそりゃ愕然とするよなぁと(^^;)。
鉄鼠の檻』で桑田常信の行者だった(加賀英生の衆道の相手と云えば分かりやすいでしょうか)牧村托雄の父親だと思われる牧村拓道が円覚道の一番弟子として登場します。

 

 


●毛倡妓(けじょうろう)
主人公・木下囶治
木下は警視庁の刑事で青木文蔵の同僚として度々シリーズに登場している人物。
娼婦嫌いだとシリーズのなかでも言及されている木下。今作は娼婦嫌いになった理由が明かされるお話。幼少期の体験のせいなんですね。シリーズとの繋がり場面としては魍魎の匣で久保竣工のもとを青木と共に訪れた際のやり取りがあります。青木や長門さんが登場しますね。
この短編はこの本の中でもモロに怪談ちっくな物語りになっているのではないかと思います。

 

 


●川赤子(かわあかご)
主人公・関口巽
本の最後に収録されているのはシリーズでお馴染みの関口巽の物語り。ここまで九編読んできて最後に関口というのは、なにかボーナストラック的な感じがする。
このお話では関口の“子供を持つことへの恐怖”が語られています。いつも思う事ではありますが、関口はよく雪絵さんみたいないい人と結婚することが出来たもんだなぁと不思議。
姑獲鳥の夏』の事件前の物語りで、奥さんの他に敦子鳥口が出て来ます。最後は産婦人科での奇妙な噂話をしに関口が京極堂を訪れる場面、シリーズ第一作の最初の一行、
「どこまでもだらだらといい加減な斜頚で続いている長い坂道を登り詰めたところが――目指す京極堂である。」
で、終わっている。最初に戻るという仕掛けが洒落ていて見事ですね。

 

 

以上、十編。


百鬼夜行シリーズ】は『塗仏の宴』で第一期終了といった感じで一旦の区切りがあります。塗仏まで読んだら、おさらい的気分も兼ねてこの『百鬼夜行-陰』を読むと良いかと。
読んで是非シリーズものの醍醐味を味わって頂きたく思います(^_^)。

 

 

 

定本 百鬼夜行 陰

定本 百鬼夜行 陰

 

 

 

百鬼夜行 陰(全)【電子百鬼夜行】 (講談社文庫)

百鬼夜行 陰(全)【電子百鬼夜行】 (講談社文庫)

 

 


ではではまた~

 

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『カナダ金貨の謎』感想 有栖川版国名シリーズ第10弾!

こんばんは、紫栞です。
今回は有栖川有栖さんの『カナダ金貨の謎』をご紹介。

カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)

【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)

 

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のなかの講談社で刊行している“有栖川版国名シリーズ”第10弾です。

 

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2019年9月発売。9、が・・つ・・・。このシリーズの大ファンである私ですが、刊行されているのに気が付いたのが11月でした・・・。3ヶ月も気が付かないとは・・・悔しいです、かなり。3ヶ月も知らずに過して、ホント、一体何にうつつを抜かしていたんだ私は。
前作の『インド倶楽部の謎』

 

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が13年ぶりの国名シリーズだったとあって、次が出るまではまだ間があるだろうと油断していたというかなんというか。

 

今作の『カナダ金貨の謎』は中短編集。

目次
●船長が死んだ夜
●エア・キャット
●カナダ金貨の謎
●あるトリックの蹉跌
●トロッコの行方

の5編収録。

【作家アリスシリーズ】は近年長編の刊行が続いていたので短編集は久し振りですね。

 

「船長が死んだ夜」『7人の名探偵 新本格30周年アンソロジー

 

 

という豪華な作家たちの書き下ろしが詰まったスペシャルなアンソロジーのために書かれた中編。新本格30周年を記念してのものだからか、内容は超王道の推理小説。三人の容疑者全員に何らかの恐怖症があるのがなんとも本格推理って気がする。謎の提示は“何故ポスターは剥がされたのか”ですね。毎度お馴染み、アリスのトンデモ仮説がいつも以上にキレていて(?)可笑しい。シリーズの醍醐味ですね。奇をてらうことのない王道の謎解きが愉しめます。

出だしが面白いです。アリスのところに電話がかかってきて、火村先生の「魔が差したんだ。やっちまった」という穏やかでない告白から始まるのですが、何かと思ったら免停をくらってしまったので車を出してくれという頼みだったという次第。

恐縮しきりの火村先生に対し、アリスの方は観光気分で友人との旅行を楽しんでいる。火村の訪問予定が空いて内心喜んでいるし。「山田風太郎記念館に行きたい」だの言う。読んでいるといつも思うことですが、独身社会人男性の二人旅行って楽しそうで良いなぁ。こんな風に気楽に遠出したいものです。ま、この二人が特殊なだけで、世の社会人男性はこんなに自由に行動できるもんじゃないですけどね・・・。


宿の近くで事件が発生。山田風太郎記念館に行く前に現場に寄ってみようという野次馬精神で赴いたら捜査に当たっていたのが樺田班だったので、そのまま捜査協力することに。樺田班と言えばツンデレ野上さんですが(私的に)、今作では火村・アリスと共に三人で大蒜チップスをつまみながら捜査の話をしたりなど微笑ましい場面が。


ページの都合上、有益な情報をもたらしてくれる証人に歩いているだけでとんとん拍子に出会っていく。火村は高齢女性への接し方が最もマイルドで〈お婆さんキラー〉だとアリスが地の文で語っていますが、火村先生の“キラーっぷり”は全年齢女性対応な気がする。アリスは教え子の学生に素っ気なさすぎると感じているようですが、教え子相手ならあれぐらいが普通だよなぁと。現に学生達もまったく不快に思っていないどころかキャーキャー言っているし。「ファンは大事にしろよ」みたいな感覚なんですかね、アリス的に。
終盤のアリスの“やらかし”に関しては『英国庭園の謎』を思い出しますね。

 

英国庭園の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

英国庭園の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

 

 

 

 

たいした助手ですよね、本当に(^_^;)。
コミカルなだけでない、苦い気分になる終わり方など、色々とシリーズの定番の魅力が詰まった中編ですね。

 

 

 


「エア・キャット」は著者曰く“コント風の短編”。猫にまつわる小説という依頼を受けて、「猫を絡めて書くなら火村か」ということで書かれたもの。短編でよくあるパターンですが、アリスと先輩作家の朝井小夜子さんが飲み屋で火村を話題にして話しているというシチュエーション。
ちょっとしたミステリ仕立てになっていて、悔しいことに解けなかった(^^;)。解ってみると何てこと無い真相なのですが。
結果的に火村の猫馬鹿っぷりが朝井先生に暴露される結果に。ペルシャ猫の謎』に収録されている「猫と雨と助教授と」風味のお話ですね。

 

ペルシャ猫の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

ペルシャ猫の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

 

 

ニヤニヤしちゃうお話。

 

 

 

 

 

 

 


「カナダ金貨の謎」は表題作の中編。表題作では珍しく、語りの半分部分が犯人視点の倒叙モノになっています。もう半分はアリスの語り。

【作家アリスシリーズ】はアリスの視点での語りが大半を占めているシリーズなので、倒叙ものだと普段二人がどの様に見られているのかが分かる。火村先生は総じて初対面の男性にウケが悪い。まぁ、殺人犯としては「フィールドワークで捜査協力しています」なんでいう男が目の前に現われたら当然いい気はしないものだとは思いますが。いつもは人畜無害っぽくみられるアリスですが、この犯人には「コイツも油断できないぞ」と警戒されています。鋭いな、犯人。京都での事件ということで、登場するのは柳井班。


犯人は被害者を殺害後、「さぁ、これから偽装工作をするぞ!」というタイミングで予定外の事態が発生して偽装工作の計画が頓挫してしまいます。周到な計画を用意していても現実は思うようにいかないものだよなぁというのは推理小説では度々感じることではありますが、まさかの出だしからおじゃん。何を使ってどの様な偽装工作をする予定だったのかも明かされないままお話が展開されるという。で、探偵役(火村)はどう謎解きをするのかというと、この“実行されなかった偽装工作の準備の痕跡”から犯人を特定していきます。

この謎解きのとっかかりが新鮮で良いですね。ロジックも見事です。今作はシリーズ内でも評価が高い「スイス時計の謎」

 

スイス時計の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

スイス時計の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

 

 

とちょっとした繋がりがあり、著者のあとがきでも“姉妹編ともいえる”と書かれているのですが、「スイス時計の謎」と同様に中編として完成度が高い作品になっていると思います。中折れ帽の男が謎のままで不気味なのがまた良し。個人的にはこの本の中で一番好きな作品です。

鍵を落したのを偽装工作に利用しようとするのは『怪しい店』収録の「ショーウィンドウを砕く」でもありましたね。

 

怪しい店 「火村英生」シリーズ (角川文庫)

怪しい店 「火村英生」シリーズ (角川文庫)

 

 

動機に関しては「別に殺さなくっても・・・」といった感じではあるのですが、施そうとしていた偽装工作との関連性が上手いな、と。推理小説としてだけでない感慨が残るお話になっています。動機面はやっぱりアリスの方が強いようですね。

 

 

 

「あるトリックの蹉跌」JT「ちょっと一服ひろば」というサイトにアップされた短編。

サイトで読むにはJT のID 登録が必要でした。「火村とアリスの出会いのお話」というファン殺しの文句がついていて、まんまと誘惑に負けてID 登録してしまった。タバコ吸わないくせに・・・(^^;)。

このJTの企画は豪華で、他に参加していた作家さんも惜しげも無く自身の代表作シリーズのスピンオフを書いていましたね。話にタバコを絡めること、「一服ひろば」を舞台で出すことが条件だったようです。


シリーズ第一作『46番目の密室』

 

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で語られていた、アリスが大学の講義中に書いていた小説の内容を知ることが出来る話になっています。短いお話ですが、ちゃんとミステリ仕立てになっている。小説のトリックは火村に瞬殺されていますけど。


初対面だから当然ですが、互いに「火村君」「有栖川君」と言っているのが新鮮すぎるし、「交際していた女の子」についてアリスが語っていたりなどして少し驚いてしまう。長年続いているシリーズですが、今まで双方共に交際女性の話は出たことがなかったですからねぇ。さほど思い入れがなかった相手らしく、アリスの語りはサバサバしたもんですが。
それにしても、アリスは火村との出会いの思い出を美化しているような節がある。「46番目の密室」のときからそうだった。それだけアリスのなかでは大事な思い出ということなんでしょうが。
最後の「あっと驚く結末」が洒落ていて良いです。とにかくシリーズファン必見のお話ですね。

 

 

 

 

 

 


「トロッコの行方」ロッコ問題という思考実験が下敷きにある中編。「トロッコ問題って聞き覚えあるけど何だっけ?」だったのですが、読んでいて思い出しました。確かに話題にされていた時期があったな~と。私も最初この問題を知ったときは「なんて嫌な問題なんだ」と思ったものです。


ロッコ問題は簡単に言えば「五人を救うために一人を殺すかどうするか」という問いなんですが、今作はこのトロッコ問題的状況下でのミステリという指向。
しかし、愛人にお店を持たせる資金を得たいがために借金返済の矛先を悩むという状況はそもそも前提が破綻しているように思う。愛人にお店持たせるのを止めれば良いだけでしょ?と。八野の娘と完全に同意見ですね。お金の余裕がなくなった人間が人に施しをしようとするのはそもそも間違い。これは唯の男の見栄ですよ。女にいい顔したいっていう・・・。私が犯人なら被害者の愛人より八野の方に俄然殺意が湧くところです。

 

最初、火村とアリスで事件について長電話するのですが、仕事の修羅場を乗り切った直後でハイになっているアリスが可笑しい。電話の最中に火村先生がトイレで中座する際の「登場人物が会話の最中にそんなことで中座やなんて、リアリズムで描かれた小説でもお目にかかったことがないわ」というアリスのメタなセリフも。この絶妙な可笑しさが有栖川作品の持ち味だと常々思っております。

今作はえらく久し振りな気がする船曳班。謎解きに関しては呆気ないほどあっさりしていますね。「トロッコが車輪を軋ませながら急停止するような幕切れ」を狙ってのことらしいですが、何が決め手となって火村が犯人特定をしたのかもうちょっと説明が欲しい気がします。意外な犯人には素直に驚きましたけどね。

 

 

以上5編。


長編ももちろん好きですが、中短編集もやはり良いですね。楽しくてずっと読んでいたくなります。やはりシリーズものは主要人物の魅力が重要。
特にこの本は神戸・京都・大阪のそれぞれのお抱え(?)捜査班を各中編で満遍なく触れることが出来ますし、短編2本もファンにはたまらないものなのでおすすめの1冊です。
有栖川版国名シリーズもキリの良い10作目ではありますが、まだまだ続けて下さるようなので、今後とも楽しみですね。もう【作家アリスシリーズ】は定期的に読みたい。

 

 

 

※脱線
キャメル問題
上記した都合で図らずもJTのID 登録をした私。そのおかげでついこの間JTからメールが届いたのですが、なんと火村先生がいつも吸い続けてきたキャメルが製造中止になるとのお知らせが。
近年は自販機でお目にかかることもなくなり、すっかりマイナーな銘柄になっていた駱駝のパッケージのキャメル。私自身も【作家アリスシリーズ】読むまでキャメル自体知らなかったぐらいですしアレなんですが、とうとう製造中止になってしまうとは・・・。


この本でも「カナダ金貨の謎」と「あるトリックの蹉跌」で大活躍(?)していたキャメル。今後このシリーズでのキャメルの扱いはどうなるのでしょう。別のタバコを吸っている火村先生は想像出来ないものがあるのですが・・・。こういうことがあると永遠の34歳設定がネックになってきますねぇ・・・。

 

 

このことも含め、今後に注目です!

 

 

カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)

カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)

 

 


ではではまた~

 

 

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屍人荘の殺人 続編!「魔眼の匣の殺人」感想・解説~〇〇〇に続き、今度は予言!?

こんばんは、紫栞です。
今回は今村昌弘さんの『魔眼の匣の殺人』(まがんのはこのさつじん)をご紹介。

魔眼の匣の殺人

 

あらすじ
夏に起こった娑可安湖集団感染テロ事件から数ヶ月が経ち、季節は冬。神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と剣崎比留子はテロ事件に深く関わっていたと思われる「斑目機関」について独自に調べていたところ、『月刊アトランティス』という雑誌に掲載されていた記事にいきあう。その記事では、娑可安湖集団感染テロ事件が発生する前に事件が“予言”されていたのだ。
『月刊アトランティス』にはこの“予言”は編集部に届けられた差出人不明の怪文書であり、テロ事件後に続けて届けられた同一人物によるものと思われる手紙には「数十年前W県の人里離れた村に見知らぬ男たちがやってきた。彼らはM機関と自称し、村人に多額の謝金を渡し、村の最奥に実験施設を建て、各地から人を集めて超能力実験を行っていた」と書かれていたという。
記事を元手に問題の村を突き止め、11月の最終週にその場所に赴いた葉村と剣崎。道中、目的地を同じくする男女の高校生、ツーリングの途中でガス欠になってしまった男性、葬儀帰りに車のトラブルに見舞われた父子、墓参りに来た元村民の女性といった面々と次々と遭遇し一緒になって村を捜索するも、何故か村には村民が一人も居なかった。

元村民の女性の案内により、村の川を越えた向こうにある『魔眼の匣』と呼ばれる箱形の建物に向かうことにした一行。『魔眼の匣』の主・“サキミ様”は村で予言者として恐れられている老女だった。彼女は来訪者に「あと二日のうちに、この場所で男女が二人ずつ、四人死ぬ」と“予言”する。
橋が燃え落ち、閉じ込められてしまった葉村たち。予言が成就するがごとく一人の死者が。さらに、客の一人である女子高生も予知能力があるらしく――?

“予言”によって混乱と恐怖に満ちていく“匣の中”、葉村たちはこの二日間を生き残り、謎を解き明かすことが出来るのか。

 

 

 

 

 

 

シリーズ第二弾
『魔眼の匣の殺人』は前作『屍人荘の殺人』で強烈なデビューを果たした今村昌弘さんの第二作。

 

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思わせぶりな描写で締められていたものの、内容が内容だけに1回こっきりの単発ものだろうという印象が強かった前作・『屍人荘の殺人』ですが、なんとシリーズ化。ミステリ愛好会の葉村君を語り手に、剣崎さんが探偵役として展開する作品になっています。

あまりにもインパクトが強すぎた前作・・・続編をやるにしてもここでいきなり普通の推理小説を持ってくる訳にいかないだろうし、いったいどんな作品になるんだろうといった感じですが、読んでみると前作の設定と遜色なく「なるほど、こういった特色のシリーズにするのか」とすんなりと納得出来る作品になっています。この第二弾によってシリーズ在り方がハッキリしたと思われますね。

 

 

 


予言とクローズド・サークル
『屍人荘の殺人』は〇〇〇とクローズド・サークルでしたが、今作は予言とクローズド・サークル。
前作のテロ事件の黒幕である斑目機関」には現在判明しているだけで拠点施設の他に分署とも呼ぶべきいくつかの研究施設があり、関東地方に一つ、近畿地方に二つ、中国地方に一つ存在し、それぞれの施設ではテーマの全く異なる研究を行っていたとのこと。
つまり、怪しげで一見すると荒唐無稽なことをそれぞれの場所で研究してたよ~と。戦中の中野学校的イメージでしょうか。

 

今作ではそのうちの一つの施設、超能力実験が行われていた施設での出来事が尾を引いている事件ということですね。
前作同様、今作も信じがたい現象が起こるものの、その実中身はひたすらベタな本格推理モノになっています。
本格推理ド定番に“トンデモ要素”をぶっこむ、“トンデモ要素”を踏まえた条件下でのみ成り立つ推理劇を展開する。
と、いうのがこのシリーズの流れというかパターンなんだろうと。まだ二作目なので今後どの様になるのか分かりませんが・・・。

 

今作での“トンデモ要素”は「絶対にはずれない予言」
サキミ様という老女による「二日の間にこの地で、男女が二人ずつ四人死ぬ」という予言と、十色真理絵(といろまりえ)という女子高生による「絵に描いた光景が数十分後に現実のものとなる」というタイプの(?)異なる予言が組み合わさって物語りは構成されています。

 

 

 

ホワイダニット
今作は本格推理小説としてはホワイダニット(なぜ犯行を行ったか)が主題の作品となっています。閉ざされた空間で、容疑者も限られる不利な状況下でなぜ犯人は殺人を犯したのか。それには唯のクローズド・サークルにはない「予言」が大きく関わっているようだが、しかしどうして・・・?と、いう謎ですね。

「二日間で男女が二人ずつ四人死ぬ」という予言によって引き起こされる動機と犯行。「予言」が装置として最大限に活用されたミステリとなっています。

 

とはいえ、普通に犯人当ても難しいんですけど(^^;)。フーダニット(誰が犯人か)としても充分な読みごたえがあると思います。犯人当てに関してはロジックで解き明かす感じですね。今作では物理トリックがないので、人によっては長編なのに地味だと感じることもあるかもしれませんが(ロジックものは本格ファンが好むイメージ・・・)、最後のどんでん返しは必見ですよ~。

 

 

 

 


以下若干のネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

受け入れがたい
「絶対にはずれない予言」が前提になっている今作。個人的なことではありますが、私は他の超能力はともかくも、未来予知だけは懐疑的に思っていまうんですよね。絶対当たるなんて受け入れがたい。もちろんファンタジーなら話は違うのですが・・・。


そもそも、性別と人数だけが分かる予言ってなに。なんでそんなに中途半端な予言なの?お話の都合上としか思えない。そしてまさにその通りだったし。


犯人の犯行動機は「予言による死が自分に降りかからないように先に他の人間を殺す」というもの。予言を信じたからこその犯行動機ですが、信じたからといって他の人を殺害すれば自分は難を逃れるはずだなんて考えるかなぁと疑問。もっと超常現象的な風にとらえるというか、人為的な行為で変えられるという考えは飛躍だという気がする。危険物がないところに閉じこもるとか、そういったことをする方が先じゃないかなぁと。恐慌状態になって誰彼構わず殴りかかるとかならまだ分かりますけどね。

 

アリバイを確保するために交換殺人を持ち掛けたという話ですが、これもアリバイなんて気にせずに自分でさっさと同性の人物を一人殺して、遺体を隠すなりなんなりした方が手っ取り早いし論理的(予言を信じている時点で論理的ではないですが・・・)だと思う。結果的に同性が二人、事故で死んだから本来は殺人なんてする必要もなかった訳で。犯人は無駄に異性を二人殺すという非常に馬鹿馬鹿しい事態に陥っていると言って良い。

十色真理絵「絵に描いた光景が数十分後に現実のものとなる」という予知能力に関しても、

「絵に描いてある状況が誰かの身に起きるなら、他人を絵の状況に近づけてやればいい。十色さんの予知能力を逆手にとる、まさに斬新な発想です」

 

と、ありますが、ホントに斬新(^_^;)


しかもこの方法が有効だというのだから「絶対はずれないくせにそんなにポンポン変えられるって・・・なんなの?予言って」と言いたくなってしまう。

予言の絵にあわせて何やかんやするってジョジョ三部のトト神の話思い出しますね。

 

 

アレは傑作だった・・・。どことなくドラえもん的でもあるような感じ。


いずれの出来事も「予言」があったがために起こったことであり、「予言」があったからこその「予言」
本末転倒というかなんというか・・・この作品を読んで思ったことは「絶対にはずれない予言など、無意味で余計で人を不幸にするものでしかない」ということですね。それがテーマにされているなら納得するお話ではあるのですが、どうもそうではないので、「予言」についてや人物たちの行動は不自然でやはり釈然としないモノがあります。ま、ファナンタジックな設定を受け入れて愉しんで欲しいという事なんでしょうが・・・。

 

こんな感じで犯行動機は「うぅ~ん」だったのですが、最後の「呪い」の話で説得力が増したのでなんとか納得。これに関しての伏線は見事でした。最後のどんでん返しの真相の伏線も見事でしたね。
犯人指摘終了までがモヤモヤするものの、終盤で驚くほど巻き返されている印象。犯人判明後に今作の本領が発揮されているのではと思います。

 

 

 


登場人物たち
前作同様、本には最初に本格推理小説らしく見取り図と登場人物一覧が載っています。この登場人物一覧に明智恭介」の名前が書かれているので前作の読者はあらぬ期待をしてしまうのですが・・・。ま、やはり期待は期待のままでした(^^;)。

トンデモ要素を盛込んだシリーズならば、いっそのこと“死人が(まともに)生き返る”なんてこともして欲しいものです。ダメでしょうか・・・?

 

個人的に主要人物の二人、葉村君と剣崎さんにさほど魅力を感じることが出来ないので、明智さんの存在をいつまでも気にしてしまう(-_-)。前作よりも親しくなっている二人ですが、やり取りがどうも浮かれたラブコメじみていて、読んでいると何やらシラける。著者としてはコミカルに読みやすくって意図なんでしょうけど、ひたすら滑っている印象。特に剣崎さんが“男性が思い浮かべるクールだけど茶目っ気もある理想の女の子”という妄想の範疇から抜け出ていない感じで、もっと深い描写が欲しいなぁと思うところ。個人的に前作での剣崎さんの行為に反感を持っているので、それを引きずっているというのもあるでしょうが・・・。

 

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脇の人達のほうが魅力的に感じますね。でも容赦なく死んじゃったり犯人だったりするっていう・・・(^^;)
前作同様、剣崎さんによる人物記憶術が今作でも披露されていますが、人数は多いものの今回は年齢や性別もバラバラで皆それなりに特徴的なのでこの記述は別に要らないように感じました。
最初は嫌な感じでしたが、師々田さんが読んでいて段々と愛着が湧いてきて可笑しかったです。親子のやり取りも楽しかったですね。また出してくれたらなぁと思うのですが・・・どうでしょう?

 

 

 

今後
今作の最後に次の事件への言及があります。なんでも、「サミミが予言を的中させた、極秘研究施設での大量殺人--のその後に関わる」事態になるらしいです。

 

※2021年8月。シリーズ第3弾出ました!詳しくはこちら↓

 

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結構長いシリーズになりそうな予感ですね。何シリーズと呼べば良いのかまだよく分かりませんが。

次はどんな“トンデモ要素”が登場するのか気になるところ。前作で失踪した重元さんがどうなったのかなど、「斑目機関」に関してはシリーズを追うごとに全貌が明らかになっていくでしょうからそこら辺も必見ですね。

 

 


ではではまた~