夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『ミッドナイト』最終話があまりの衝撃で未収録!?ブラックジャックのスピンオフ作品!

こんばんは、紫栞です。

今回は手塚治虫の漫画作品『ミッドナイト』のアレコレについて少し。

ミッドナイト(1) (手塚治虫文庫全集)

ブラックジャックのスピンオフ的作品

『ミッドナイト』は1986年5月~1987年9月まで「少年チャンピオン」で連載された作品で、手塚治虫最後の週刊漫画雑誌での連載作品。(※この作品以降のものは、いずれも短編か未完の長編)

 

“夜はいろいろな顔を持っている その顔をひとつひとつのぞいていく男がいる その名をミッドナイト”

と、毎度この言葉から始まるこちらの作品、タクシー営業のライセンスを持っていないモグリの深夜タクシードライバーであるミッドナイト(本名・三戸真也)が、タクシーを走らせる中で訳ありの乗客たちと関わっていくという一話完結型の連作短編もの。基本的には乗客にまつわる話がメインとなっていますが、断続的にミッドナイト自身の物語も描かれる。

 

手塚治虫で「少年チャンピオン」というと、『ブラックジャック』を思い浮かべる人が大半だと思いますが、一話が20ページほどの連作短編で、主人公がモグリのアウトローで、ある目的のために金を集めている、通常は客の物語が描かれるが、時偶主人公自身にスポットが当てられたストーリーも描かれる・・・――などなど、この作品は設定も構成も、タイトルも主人公の名前のつけ方も(黒男=ブラックジャック、三戸真也“みとしんや”=ミッドナイト)、『ブラックジャック』を踏襲するようなものになっています。

 

それどころか、ブラックジャック自身も途中から物語に関わることとなり、数話に登場。最終回では非常に重要な役割を担っていて、見方によってはブラックジャックの存在ありきで書かれているとも言える、ブラックジャック』のスピンオフ的作品となっています。

 

ミッドナイトの性格もしゃべり口調も、ハッキリ言ってほとんどブラックジャックと同じ。作中でもブラックジャック「お前さんと私とはなんか似たところがあるようだ これも作者が同じせいかもしれないな」とメタ発言をしている始末です。ま、根本的なところは違って、ブラックジャックとはまた別の魅力もあるのですが。男性作家というのは勘違いモテ男を書きがちですけど、手塚治虫は本当に女にモテるキャラクターを描くのが上手い。

 

スターシステム”として、既存のキャラクターを多様に作品に登場させ、俳優のように使う手法が有名な手塚治虫ですが、このように元の作品そのままの設定で登場させる外伝的物語は珍しい。(私は全作品を読破はしていないので、キチンと断言は出来ないのですが)

 

タクシーといえば怪談ってことで、奇譚話ももちろんありますが、主としては人情話のヒューマンもので読後はじんわりと心が温まるものが多い。ミッドナイトが乗っている車はAI 搭載の改造車で、“いかにも漫画”的なSF要素もあって楽しいです。

手塚治虫作品の中では比較的マイナーで知らない人も多いかと思いますが、一話一話確りと起承転結があって読みやすく、主人公のミッドナイトも中身ともにイケメンで魅力的ですので(なんせブラックジャックに似てるし)、『ブラックジャック』ファンはもちろんですが、そうでない人も充分に手塚漫画を堪能できる作品でオススメです。

 

 

 

 

 

未収録

『ミッドナイト』は一話完結型の連作短編ですがサブタイトルはなく、すべて「ACT.○」と表記されています。手塚治虫はサブタイトルのセンスが抜群に良い作家だった(と、私は思っている)ので、サブタイがないのはチト残念なポイントですね。

私が幼少から読んでいたのは秋田文庫版で53話収録されているのですが、今回この記事を書くにあたり調べたところ、『ミッドナイト』が連載誌で掲載されたのは全67話。つまり、本に未収録のお話が14話あるのだそうです。

 

それどころか、秋田文庫版よりも先に刊行されている「チャンピオンコミックス 全6巻」講談社手塚治虫漫画全集 全6巻」だと52話収録で、肝心要であるはずの最終話が収録されていないとのこと。

 

手塚治虫の本ですと、未収録や雑誌連載時と本で内容が変更になったり、加筆されたりが当たり前ではありますが、10話以上の未収録は多い。最終話はともかく、他は『ブラックジャック』での未収録作品みたいに倫理的な問題があった訳でもなさそうなので、とにかく謎ですね。アドルフに告ぐとかみたいにコミックスのページ数調節のためとかなんだろうか。

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コミックスに最終話が収録されなかったのは、あまりにも衝撃的で意外な結末だったためらしいです。

私はこの最終話あってこその作品だと思っていたので、本によっては収録されていないと知って驚きました。最終話がないとちょこちょこ張られていた伏線とか投げっぱなしになって意味が分らないだろうに・・・。しかも、14話も未収録があるとは・・・知った時はかなりショックでしたね(-_-)。

 

マイナーな作品なので、復刻版の刊行も望み薄ではないかとのこと。未収録回を読むには当時の「少年チャンピオン」手に入れるしかないので、今では入手困難となっており、値段も高騰しています。

 

そんな訳で、今最大話数読めて最終話も収録されているのは秋田文庫版全4巻と、

 

 

講談社手塚治虫文庫全集全3巻

 

 

のみとなります。

 

買うなら、単行本ではなく絶対に文庫版!間違って買わないように要注意です!

 

※2023年6月16日に今まで未収録だった11話分が収録された『ミッドナイト ロストエピソード』が発売されることになりました。詳細はこちら↓

 

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以下、最終回について若干のネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝撃の?最終話

主人公のミッドナイトはかつて、暴走族のボスだったときにマリという高校生の女の子を塾まで車に乗せて送っている途中で事故を起こし、マリを植物状態にしてしまいました。なんとか心臓だけ動いているマリを生きながらえさせるため、深夜タクシーのドライバーをしながら金を集めているという訳で、その関係でブラックジャックにマリをなんとかしてもらおうと度々訪ねる。「金でなんでもやってくれる先生ってあんたですか」って言って、「金さえ積みゃなんでもなおしてくれると思い込んでいるバカはお前さんかい」と返されていますけど(^_^;)。

 

植物状態であるマリは何度か心臓がとまっては持ち直したり、脳波がみとめられたりで辛抱強く生き続け、ミッドナイトはそんなマリを生きがいにして命の尊さを噛み締めながら日々を過していたのですが、終わりは唐突に訪れる。

 

最終回は、ミッドナイトはタクシーを走行中に誤射で飛んできた弾道ミサイルによって車ごと瓦礫の下に閉じ込められ、全身に重度の熱傷を負って危篤状態となってしまう。ミッドナイトが死にかけていると聞いたブラックジャックは、ミッドナイトとマリの身体を前にして驚愕の手術を施す--と、いった内容。

 

 

誤射で弾道ミサイルがいきなり落ちてくるのも、ブラックジャックの手術内容も確かに驚きではありますが、手塚作品ではそれ程の事ではないとも思う。『ブラックジャック』でも馬の脳を人間に移植するとかやってたし、これでダメなら他にもダメなもの過去にいっぱいあったろって気が。

う~ん、でも、週刊連載でずっと見てきた主人公が最終回でいきなりこんなことになるのは、リアルタイムで読んでいた読者には受け入れがたいのかな。

 

しかし、最初からこの結末を想定してストーリーが構成されているのは明らかで、やっぱり未収録で読めないってことじゃダメだろうと思う。ミッドナイトの事を思うとやるせなくなりますから、知らない方が良かったってなる気持ちも分りますけれども・・・。

 

この最終回は色々な意味合いがあるなぁというか、考えさせられるものになっています。

世の中には車のことを恋人だと宣う人がいるものですが、『ミッドナイト』はそんな人と愛車との関係をエスカレートさせたものだとも取れるし、この手術は男女の恋愛の究極形態として描いているのかなとか、脳が人のすべてではなく、全身全部で統合されて生物は成り立っているのを示しているのかとか・・・いろいろ要素が詰め込まれているなぁと。

そして、マリを助けるためにミッドナイトが身を捧げたとも、ミッドナイトを助けるためにマリが身を捧げたともとれるこの結末・・・。

 

なんやかやと言いつつも、マリを生きながらえさせるのに関わってきたブラックジャックですが、最終回でマリを前にして冷酷な決定だと自覚しつつも「この患者はもうとっくに死んでいる」と言い切る。

この決断を見ると、ブラックジャック先生は患者のためというより、マリを生きがいにしていたミッドナイトのことを慮って今まで付き合ってあげていたのかと思う。

生きているものにしか興味がないブラックジャックと、植物状態であるマリや車に執着するミッドナイトとで対比的に描かれていて、この『ミッドナイト』の最終回はまるで『ブラックジャック』のなかの一編のよう。ただのゲストというより、『ブラックジャック』のスピンオフ的側面が強いのではと感じる所以ですね。

 

 

そんな訳で、繰り返しになりますが『ミッドナイト』を読むなら最終回が収録されている文庫版が絶対にオススメです。作者の手塚治虫自身は漫画の文庫化には反対だったといいますが、『ミッドナイト』に限っては背に腹はかえられません。文庫版一択です。

 

 

ブラックジャック』ファンも、そうでない人も文庫版で是非。

 

 

 

 

ではではまた~

 

 

 

 

 

 

 

 

『死刑にいたる病』小説 あらすじ・解説 ”あの作品”とはまた違うホラーミステリ!

こんばんは、紫栞です。

今回は櫛木理宇(くしきりう)さんの『死刑にいたる病』をご紹介。

死刑にいたる病 (ハヤカワ文庫JA)

 

あらすじ

中学生時代までは地元で神童と言われるほどの優等生だったものの、高校時代に挫折。本来の志望校とはほど遠い偏差値の大学に入学して鬱屈した日々を送っていた筧井雅也に、一通の手紙が届く。

手紙の差出人は、五年前に二十四件の殺人容疑で逮捕され、うち九件で立件・起訴の後に一審で死刑宣告されて現在控訴中の未決囚。国内において戦後最大級のシリアルキラー・榛村大和(はいむらやまと)。

大和はかつてパン屋を営んでおり、雅也は高校進学で地元を離れるまでその店の常連客だった。手紙での求めに応じて面会に訪れた雅也に、大和は「八件の殺人は認めるが、最後の九件目の殺人だけは冤罪だ。それを証明するために、君に調査して欲しい」という。

 

何故大和は自分にそんな調査を依頼してくるのか?不審に思いつつも、子供時代に慕っていた大和の頼みを雅也は引き受け、素人ながらに調査を開始する。

だが、事件調査のために榛村の生い立ちや過去を探り、面会を重ねるうち、雅也は榛村に魅せられていき――。

 

 

 

 

 

 

 

 

サイコサスペンス

『死刑にいたる病』は櫛木理宇さんの長編小説。2015年に刊行された単行本ではチェインドッグ』という題名でしたが、2017年に文庫が刊行される際に『死刑にいたる病』と改題されました。

 

タイトルは違いますが内容は同じですので、買うときは要注意

 

2022年5月に映画公開が決定しています。


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作者の櫛木理宇さんはホーンテッドキャンパスシリーズ】などで有名なホラーを得意とする作家さん。今まで櫛木さんの作品は手に取ったことが無かったのですが、映画化で気になり読んでみました。

 

ホーンテッドキャンパスシリーズ】はホラーとはいえライトめの青春小説となっているようですが、こちらの『死刑にいたる病』はサイコサスペンスでかなり重めの作品となっています。櫛木さんは本来重苦しい話の方が好みらしい。

 

改題前と後でタイトルから受ける印象がかなり違うのですが、改題前の「チェインドッグ」は直訳すると“鎖に繋がれた犬”ってな意味ですね。最初はピンときませんが、読み終わると題名の意味がすこぶる分ってまた恐ろしい。

改題の「死刑にいたる病」は意味どうこうの前に、ミステリファンだと我孫子武丸さんの『殺戮にいたる病』を連想してしまう人が多いかと思います。

 

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『殺戮にいたる病』を読んだ事ある人はまず題名で引っかかって手に取ったり調べたりするのではないかと。実際私がそうなのですが。出版社側もそれを狙っているんですかねぇ・・・。ま、どちらも元はキェルケゴール死に至る病から採っているんですけど。

 

連続猟奇殺人鬼が登場するところは共通していますが、内容は大きく異なります。

『殺戮にいたる病』は、直接的なおぞましい殺人描写とどんでん返しの仕掛けで度肝を抜く作品ですが、今作はまさにサイコサスペンスといった、得体の知れない不安、緊張、ハラハラ感で精神を不気味に揺さぶってくる物語。最後には意外な真相があり、驚きと空恐ろしさで身の毛もよだつホラーな小説ともなっています。

 

タイトルのせいで『殺戮にいたる病』と比較してしまい、ミステリファンは思っていた内容と違ってガッカリしてしまうかもしれませんが、ジャンル自体がちょっと違うものなのだと了解した上で読んで欲しいと思います。

 

 

 

 

 

以下、若干のネタバレ~(真相には触れていません)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリアルキラー

今作は鬱屈した気持ちを抱える大学生が、シリアルキラーに依頼されて「これだけは冤罪だ」という一件の殺人事件を調査する物語。

ですが、実は大和が冤罪だと主張するその殺人事件についての調査の描写はあまりない。雅也が犯人解明のための直接的な調査をなかなかしないんですよね。

じゃあ何してんだっていうと、調査の手始めに榛村大和の過去を知る元教師や保護司、クラスメイトや元交際相手に話しを聞いて回り、定期的に拘置所を訪れて榛村と面会を重ねるといったことをしている。

これじゃあ殺人事件の調査というより殺人犯・榛村大和のルポルタージュを書きたい記者みたいじゃないかって感じで、事件の真相が気になる読者としては「やる気あるのか、お前」と言いたくなるんですけども、これは雅也が大和について調べて本人と面会をしているうちに、「榛村大和」というシリアルキラーに魅了されてしまっているからなんですよね。

 

榛村大和は四十二歳でありながら「俳優ばりの、上品な美男子」という風貌をしており、警察が把握している殺人容疑は二十四件であるものの、実際の殺害人数は本人も覚えきれないほど。北関東のはずれにある農村で、十代後半の少年少女を標的として拉致監禁、激しい暴行と拷問の後に殺害し、庭に埋めてコレクションとして眺めていた。

 

生い立ちは複雑そのもの。

実母は知能に問題があり、性的にもふしだらで、男をとっかえひっかえ家に連れ込んでいた。

幼少の大和は高い知能を持っていたが、それらの養父たちにひどい虐待を受けて、劣悪で不遇な環境で育てられた。

学生時代に既に常軌を逸する暴行事件を起しており、少年刑務所送りとなって出所の後は社会性を身につけ、周囲から非常に評判の良い人物となっていた。

 

などなど、いかにも欧米ドラマに出て来そうなシリアルキラーのテンプレというか、犯行内容も生い立ちもどっかで聞き覚えのあるような内容。

 

実際、モデルにしているのは海外のシリアルキラーたちなんだと思います。作中でも歴代の有名な殺人犯についての説明が散見していますので、作者はこの本を書くために相当調べたんだろうなぁ~というのは分りますが、この手の題材は近年では数多く扱われているので、これだけでは物語として特に意外性はない。

 

今作では、そこに語り手である雅也の生い立ちと選民意識と劣等意識に苛まれる人となりが合わさることで、ジワジワとしたホラーになっており、雅也の家族や謎の男が絡むことでミステリとしても愉しめる作品となっています。

 

殺人犯を深く調べるうちに、雅也はどんどんと榛村大和という「悪」に魅せられ、危うい精神状態へと追い込まれていく。理解しようとするうちに、同化を求めるようになる。

 

「彼のように、じゃない。彼そのものになってしまいたかった。わかるか。それくらいぼくは、榛村大和という存在に夢中だった。心酔していたんだ」

 

大和の生い立ちは確かに酷く、その劣悪な周囲の環境のせいで人格が歪められたのだということが窺える。雅也もまずはこの大和の生い立ちに同情するところが入り口というか、そこから魅了されていって同化を求めて・・・――と、いうことなんですけども。語り手の雅也が育った家庭環境も少し特殊なものなので、よりのめり込んでしまうのですね。

とはいえ、大和の犯行内容はあまりにも残虐でグロく、胸糞悪いものなので、通常は同情する感情にストップがかかってしまうとは思うのですが。でも、実際に女性の惨殺を繰り返したテッド・バンディとか、獄中に居ながら女性ファンがいっぱいいたらしいですからねぇ・・・。

読みながら「雅也~ストップストップ~!」ってハラハラしながら読んでいました。

 

じゃあこの物語は社会的な問題を指摘するのもテーマにしているのか?と、読んでいると思うのですが、実はこれはある種の引っ掛けとして物語に作用している。

 

 

 

 

 

 

榛村大和(はいむらやまと)

雅也が話を聞いて回る人々の中には、もちろん大和を嫌悪する人もいますが、雅也と同じく大和の境遇に同情する人や、殺人犯だと知ってもなお好意的に受け止めている人が多い。

 

少年刑務所を出所後の大和は普通に接するぶんにはとても魅力的な人物だったということもあるでしょうが、そこには悪いモノ、禁忌や邪なモノに惹かれてしまうという人間の仄暗い願望がある。

 

魅了されて同化を望む者は、「榛村大和」を理解した“気になっている”者たちですが、最後に明かされる真相はそんな者たちを嘲笑うものです。

ただ単に周りを魅了してしまう猟奇殺人犯だという読者の認識も、裏切られることとなる。ある意味では“思った通り”ではあるのですが、読後は榛村大和の底知れなさ、支配“遊び”に戦慄させられます。

この男を理解しようなどと思う事はとんだ思い上がりであり、同化を望むことも身の程知らず。榛村大和は怪物で、人の物差しではもうはかれない男であり、トレースしようとしても自滅するだけ。

 

漫画作品ですが、浦沢直樹さんの『MONSTER』に登場するヨハン・リーベルが近い感じですかね。

 

私の読後の感想は、最初思っていた怖さよりもさらに怖くなって終わったなと。

こんなに「邪悪なモノ」がいるのかという、ゾォとするような恐怖ですね。それだけでなく、大和がどうして雅也に事件調査を依頼したのか、冤罪だと主張する事件の真相、謎の男の正体、意味深なプロローグなど、いくつもの謎がラストで確りと解明されるのでミステリとしても充分に読ませてくれます。

エピローグがちょっとやりすぎ感ありますけど、この手の本だとああいう風に終わるしかないのかな~とも思う。ま、私は勝手に都合良く考えとこうかなと(^_^;)。

 

 

 

上記したように大和の犯行内容はかなり残虐でグロいものなのですが、作中では資料の説明として出て来るのみなのでまだ大丈夫なんですけど、映画は『凶悪』『虎狼の血』などのバイオレンス描写を得意とする石井和彌監督なので、映画は原作以上に毒っ気が強い仕上がりになるかもしれません。多分原作よりもますます怖いものになるんじゃないかとも思うので、先に原作で予行練習(?)しておくのもオススメです。

 

気になった方は是非。

 

 

 

ではではまた~

『元彼の遺言状』つまらない?面白い?原作小説 あらすじ・感想

こんばんは、紫栞です。

今回は新川帆立さんの『元彼の遺言状』をご紹介。

元彼の遺言状

 

あらすじ

大手法律事務所に勤め、二十八歳にして年収二千万円を稼ぐ才色兼備の弁護士・剣持麗子。指輪の値段が安いと彼氏からのプロポーズをふいにし、ボーナスの減額に腹を立てて事務所を飛び出して休職状態となって一人暇を持て余していた彼女に、大学時代に三ヶ月だけ付き合った元彼・森川栄治が永眠したとの一報が入る。

大学のゼミの先輩で栄治とも交友が深かった篠田によると、栄治は近年重度のうつ病で体力が低下しており、最終的にインフルエンザにかかって死んだのだという。

 

大手製薬メーカーの御曹司で、数年前に祖母の遺産六十億円を相続していた栄治は、「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という、なんとも奇妙な遺言状を残していた。

 

「栄治が亡くなる一週間前に、僕は栄治と会っているんだ。そしてそのとき、僕はインフルエンザの治りたてだった。どうかな。僕は六十億、もらえるだろうか」

栄治の死の真相を知るためにも、代理人になってこの件を調べてくれと篠田に頼まれた麗子は、最初「報酬が割に合わない」と断るが、栄治の資産額を調べ直して三百億円はあることを知ると、成功報酬百五十億円を目当てに仕事を引き受けることに。

 

「完璧な殺害計画をたてよう。あなたを犯人にしてあげる」

 

森川製薬の幹部三人による審査「犯人選考会」をパスするべく、依頼人の篠田を犯人に仕立て上げるプランを練り奔走する麗子だったが、事態は思わぬ展開に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

コミカルな遺言状ミステリ

『元彼の遺言状』は宝島社が主催している第19回このミステリーがすごい!』大賞(通称「このミス大賞」)の大賞受賞作で、新川帆立さんのデビュー作。

 

選考委員の満場一致での受賞と、作者の新川帆立さんが東京大学法学部卒の現役弁護士だという(※今は作家業に専念)経歴も相まって、各方面で大々的に宣伝されて、作者の新川帆立さんはテレビの密着番組などでも取り上げられていたので、知っている人も多いかと思います。(この本を読む前に私もこの密着番組を偶々観ました。YouTubeの「ガチャピンチャンネル」が好きだと言っていて新川さんに親近感が湧いた。私も好きです、「ガチャピンチャンネル」)

 

さらにこの度、2022年4月から綾瀬はるかさん主演でフジテレビ系月曜9時枠での連続ドラマ化が決定。乗りに乗っているというか、ブイブイ言わせてる作品ですね。

 

「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という奇妙な遺言状を巡る物語で、お金欲しさに主人公が依頼人を犯人に仕立て上げるべく奔走するという、今までにない設定が目を引く作品ではありますが、中盤で殺人事件が起こってマジな犯人さがしをする定番推理小説でもあるといった、奇抜さと王道を兼ね備えたミステリ小説となっています。

 

とんでもない遺言状を巡っての推理小説といえば、横溝正史犬神家の一族

 

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遺言状設定が奇抜なので最初は気にもとめないのですが(『犬神家の一族』の遺言状も充分に奇抜なんですけどね)、遺言状の盗難や被害者、一族間のいざこざや出生の秘密など、『犬神家の一族』と共通する点がいくつかあり、オマージュ的に取り入れているのだとわかる。作中でも『犬神家の一族』について言及している部分があります。

 

とはいえ、おどろおどろしい彼方とは異なり、此方はコミカルでエンタメに振り切ったライトな仕上がりになっているので、作品雰囲気は真逆といっていいほどですが。

 

 

 

 

 

賛否が分かれる?

今作のレビューを見てみると、「もの凄く面白かった」「退屈でつまらなかった」と、意見が真っ二つに分かれているのが目立つ。

大々的に宣伝されて猛プッシュされる作品ですと、多くの人に読まれるぶん反発する意見が多くなるものでして、今作はデビュー作だし尚更なのかなと思います。今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』とかもそういった傾向で意見が分かれていますかね。『屍人荘の殺人』は本格推理小説界の衝撃でもあったのでその反動もあるのですが。

 

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元々、【このミス大賞】は「エンターテインメント第一主義を目的とした広義のミステリー」を掲げている賞で、最初から映像化を見据えてのものも多いので、キャッチーさと“今の時代感”に特化しているといいますか。

タイトルを変更させることも多く、今作も応募したときは『三つ前の彼氏』だったのを『元彼の遺言状』に改題。同じ【このミス大賞】関連でいうと、中山七里さんの『連続殺人鬼カエル男事件』も原題『災厄の季節』からの改題です。

 

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どちらも改題後の方がインパクトは強く、より多くの人に手にとってもらうためにタイトルやプロモーションが大事だと熟知している感。“売れる作品”に重きを置いているのが、他の文学賞とは大きく違う点ですね。

 

こういった「本を普段読まない人にもアプローチする本」というのは、推理小説としての完成度や重厚な物語を求めている読者とは相容れなかったりします。今作のレビューも読者層の違いで分かれているのかなぁという感じですね。

『元彼の遺言状』はミステリ要素より主人公のキャラクターやコミカルなやり取りの方が目立つエンタメ作品だというところも大きいかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

剣持麗子

今作の一番の特徴はなんといっても主人公の剣持麗子。

優秀で有能、美人である麗子は“お金第一主義”。愛情も能力もお金で測る彼女は、彼氏が自分の稼ぎから精一杯の予算で買った婚約指輪を「ダイヤが小さすぎる」「お金がないなら、内蔵でも何でも売って、お金を作ってちょうだい」と罵り、ボーナスのカットに腹を立てて「辞めてやる!」と事務所を飛び出す。

 

ボーナスのカットはともかく、相応の稼ぎもないのに無理して百万円以上の指輪を持ってきてプロポーズされたりしたら、かえって「計画性皆無のバカ男か」って感じで不安になって結婚を拒んでしまいそうですが(^_^;)。

とにかく、初っ端から利己主義の強烈キャラが炸裂していまして、話の“ツカミ”がバッチリなんですよ。

 

しかし、この“強烈キャラ”、実は首尾一貫している訳ではない。

作中で、

私には女友達が一人もいない。みんなで横一列に並ぶなんて、私の一番嫌なことだから、それを強要する女という生き物が苦手なのである。

男友達なら、少なからずいるけれど――。

とあって、「うわ!出たよ。自称サバサバ系女の常套句」って感じなんですが、そのわりには出会う女性みんなを好意的に受け止めているし、どちらかというと、心中では女性より男性に対して辛辣な意見を持っている風に見受けられる。

さばけていると思いきや情にほだされやすいし、誰にでもズバズバ言う性分なのかと思ったらそうでもなく、いつも周りを見下しているのかと思いきやそうでもなかったり。

 

麗子の一番の特徴であったはずのお金に対しての考え方も、中盤でブレブレとなっています。

 

そもそも、金自体に価値はない。金を使うことで得られるものに価値があるのであって、使い切れないほどに金があってもそれはただの紙屑。

作中である人物が言う「俺が欲しいのは金だ。もちろん、本当に実現したいことは別にあるが、そのためには金がいる」というのが金儲けの本来

あるべき姿であるはず。とにかくお金を稼ぐことを第一目的として、儲けばかり気にしてその先を考えないのは、やみくもに紙屑を集めて踊らされているということで、賢ぶってそんなことをしている姿は滑稽なものです。

そのことについては麗子も自覚があり、

自分が本当に欲しいものが何なのか分らないから、いたずらにお金を集めてしまうということは、流石の私も分っている。ただ自分では、自分に何が必要なのか分らないのだ。

と、地の文で語っています。

 

分らないが故に、恋人の自分への愛情や仕事の成果をお金で数値化して確認したいという訳で、上記したような強烈なふるまいも麗子なりにもがいている結果なんですね。

読み始めは「かわいさのカケラもない」という人物像だったものが、読み進めるうち、段々とかわいく思えてくる。このブレ、揺れ動きが剣持麗子というキャラクターの魅力になっています。

真相究明の面白さもさることながら、麗子の“本当に欲しいものは何なのか”を追求するのも物語の肝となっていますね。

 

なので、序盤で主人公に拒否反応を起しても是非最後まで読み進めて欲しいと思います。

 

 

 

期待

個人的な感想としては、「犯人選考会」という今までにない展開にウキウキするも、その後はなんだか思っていた展開とは違ってしまって何やら肩透かしな気分に。ま、王道ミステリも好きなので別に良いんですけどね。

340ページほどで読みやすく、読後感がスッキリしているのは良いのですが、親族間のいざこざや出生の秘密などのネタを扱っているわりにはそこら辺の描写が少ないのと、依頼人の篠田や麗子の家族はじめ、各人物の心情の在り方や変化も突飛で無理矢理感がある。犯人に関しても表面的にしか書かれていないので、動機に説得力がないなぁと。全体的に、描写が浅い印象ですね。

 

作者が弁護士ということで、法律に関して専門的な事柄が多々出て来るのですが、ぶっちゃけ、これを読んでもよく解らない(^_^;)。なので、法律的なことを踏まえた最後の謎解きも推理小説的爽快感を私は得られなかった。法律に詳しい人は「なるほど!」ってなるんですかね。

 

後、誤字や文章が一部おかしいところなどがあって、ちょっと気になりましたね。校閲のときに指摘されなかったのだろうか。

 

とはいえ、エンタメ的には充分に楽しませてくれる作品です。これはまだデビュー作ですし、今後に期待大。今作を執筆中は続編など考えていなかったようですが、シリーズ2作目となる『倒産続きの彼女』が既に刊行されています。

 

 

剣持麗子も登場しますが、主人公は後輩弁護士の美馬玉子という、麗子とはまたタイプの違う女性らしいので注目ですね。

 

そのまま映像化すると2時間もあれば事足りる内容ですので、4月からの連ドラはかなりのオリジナル要素が入るんじゃないかと予想されます。ドラマ制作側の手腕が試される物になりますかね。

公式ホームページを見ましたが、大泉洋さんの演じる依頼人の篠田からして設定がだいぶ追加されていました。原作ですと、篠田の出番は本当に少し。ま、そこら辺も読んでいて物足りなさがあったのですが、ドラマでは綾瀬はるかさん演じる麗子とのやり取りが存分に楽しめるのかなぁと。描写の浅さも補強されるんじゃないかと思うので、ドラマも期待大ですね。

 

 

ともかく、普段小説を読まない人も気軽に楽しめるエンタメ作品となっていますので、気になった方は是非。

 

 

ではではまた~

『少女を埋める』桜庭一樹の自伝的小説集!なぜか文学界での論争に?

こんばんは、紫栞です。

今回は桜庭一樹さんの単行本『少女を埋める』を読んだので、紹介と感想を少し。

少女を埋める (文春e-book)

 

こちら、2022年1月の刊行された桜庭一樹さん初の自伝的小説集。「少女を埋める」「キメラ」「夏の終わり」の三編が収録されています。

 

桜庭一樹さんの小説作品が発売されればすぐ買っている私ですが、基本的にエッセイなどのノンフィクションものは読まない主義で、作家であれ、俳優であれ、アーティストであれ、出してくれる作品を愉しめればそれでよく、制作者の生い立ちや内面を積極的に知りたいとはさほど思わないタイプなんですよね。実際、小説は読んでいても桜庭さんが多数出されているエッセイはいずれも未読。

 

なので、最初桜庭さんの新刊小説がでるという一報に心躍ったものの、自伝的小説だと聞いて買おうかどうしようか悩んだのですが、自伝とはいえ“小説”ならやっぱり読んでおこうとなって買った次第。

 

 

表題作の「少女を埋める」は、数年前から闘病をしていた父親がいよいよ危ないと母親から連絡を受け、故郷の鳥取に帰郷する2021年2月~3月の出来事、「キメラ」は2021年5月~6月の出来事で、「少女を埋める」を発表したことで生じたトラブルの顛末、「夏の終わり」は締めくくりの書き下ろしで、騒動が落ち着いての2021年9月の日々が描かれています。

 

語り手は「冬子」となっていますが、著者の桜庭さん自身が2021年2月~9月までに直接経験したことが素材となっている小説ですね。

この時期は火の鳥 大地編』の刊行時期だったということで、作中で繰り返しこの本についての事柄が出て来ます。

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コロナ禍での病院、葬儀の様子も知ることが出来る本となっていますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

少女を埋める

表題作の「少女を埋める」は父親が亡くなり、葬儀を終えるまでが1日ずつ日を追って描かれる。

語り手の「冬子」は7年前に母親と衝突したことから、実家のある鳥取にはずっと帰らず仕舞いになっていたらしく、好きだった父親へ罪悪感を抱きつつ帰郷し、ぎこちなく母親と共に事に当たってゆく。

盛んに不満をぶつける母親と、それを静かに耐える父親という図式が強く記憶に刻まれていた冬子ですが、臨終と葬儀を経て、今まで知らなかった“夫婦”の世界、「愛」を知り、距離ができてしまった家族と故郷に思いを馳せる。

 

前半は本当にその日あった出来事をただ日記的に書く、エッセイ風味の文章なのですが、後半から追憶などが混じっての小説作品に。話に惹き付けられるのは後半に入ってからなので、作者のファンじゃないと序盤で脱落してしまう人もいるかもしれません。最初、「うーん」と思っても、なんとか最後まで読んで欲しいと思います。

 

父親を見送るなかでの出来事ではあるものの、母娘の物語が主で、そこに共同体(故郷)との戸惑いや対立が入っている印象。

母娘、田舎の共同体、といったテーマは桜庭さんの作品では度々取り上げられているもので

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特色ともいえるのですが、自身のこういった生い立ちが作品の糧になっていたのかなぁ~と知れて興味深い。

過去の記憶に関しては風評被害を避けるためかずいぶんと慎重な前置きがあってから書かれているのですが、そのぶんさほど突っ込んだ描写がないので、小説として読ませるならもっとさらけ出すような部分が欲しかったかなという気もする。

 

「家族」というのは理不尽でおかしなモノ。「どうして私の家はこうなんだ」という不満は誰でも思うことですが、でも、「家族」を「家族」たらしめているのはそういった“おかしな”部分だったりする。

語り手の冬子は論理的思考を愛する女性であり、「正論」を命綱に旧弊的な価値観や男性社会から生き延びてきた訳で、その在り方は至極正しいのだけども、論理の持ち込みは「家族」の解体に繋がってしまう。

それで冬子は危篤の父に思わず「わたしが全部悪かった」と口にするのですが、じゃあどうしていれば良かったのか。「家族」であるために我慢していれば良かったのか?己の考えを押し殺し、幸福を諦めて?

誰にもわからない、答えの出ない問題ですよね。最後に書かれている「共同体は個人の幸福のために!」という叫びがなんとも悲痛です。

 

 

 

 

キメラ

次に収録されている「キメラ」は「少女を埋める」を発表した後、新聞の書評で作品の内容とは異なるあらすじが書かれたことで、冬子が訂正を求めて奔走する物語。

訂正を求めた結果、「作品は一度発表されてしまえば読者のもの」「どのように読もうと読者の自由」「作者が書評に口を出すのはナンセンス」と、書評・文学界との論争へと大きく発展していく。

 

書評を書いたC氏の文章は、「ヤングケアラー」「弱弱介護」というテーマのために小説の内容を無理やり曲解させているのが明らかで、実際にあった出来事をもとに書いている自伝小説だからモデルに迷惑がかかるとか、書評の在り方がどうこう云々にかかわらず、著者が「主観は主観としてあらすじと分けて書いて欲しい」と訂正を求めるのは当然のことだと思う。

あらすじは小説にとっての商品説明。食品や生活用品の表示間違いと同じように、商品の説明が間違っているのなら速やかに正すべきでしょう。書評がなんだの高尚な(?)議論よりももっと前段階の話で、そんな論争になってしまうこと自体がおかしな事ではないかと思います。

 

当たり前の訂正を求めているだけなのに、なんでこんなにままならないのか、難しいのか・・・。著者の意見が蔑ろにされ、論点がどんどんズレていってしまうのが読んでいると歯がゆい。

ここにもまた、「出ていけ。もしくは、従え」という世界があるのだけども、「出ていかないし、従わない」という著者の決意と行動が勇気を与えてくれる。

最後に収録されている書き下ろしの「夏の終わり」では、複雑な心境のなかでも日々の寄り添いと安定が描かれていて、せつなくも穏やかな気持ちにしてくれます。

 

 

良くまとまった1冊になっているとは思いますが、気になってしまうのは著者とお母さんとの今後。「キメラ」での騒動の只中、怖くって自分から母親には連絡できないとあって、ま、怖いという気持ちはわかるが、「母を守るため」とSNSで奔走するよりも先に、お母さんに直接説明するべきなんじゃないかとは思ってしまう。そもそも、「少女を埋める」を発表するにあたり、お母さんとどの程度コミュニケーションをとったのだろうか。作品を発表することで、今後ギクシャクするのは避けられないよなぁとちょっと心配してしまうのですが。

 

 

この本は、著者が自身の気持ちを整理するために書いているのが第一なのかなと。この本を出したことで、桜庭さんは作家としてさらなる飛躍をしてくれるのではないかと期待もでき、悩んだけれども、やはり読んで良かったと思いました。

 

個人的には、YouTube「小嶋だよ!」チャンネルを桜庭一樹さんも好きで観ているというのがファン的に嬉しかった(^^)。私は「ストレスがないとこが良いな~」とただぼんやり思いながら観ていたのですが、作中で「時代にあわせて価値観が更新されており、パワハラモラハラもなく、お互いをケアし合う穏やかな空間だと思えた。」と、あって、「なるほど、そういうところに好感を抱いて私も観ていたのだなぁ」と、勝手に、私の想いが正しく言語化されたかのような気持ちになって嬉しかった。「大島さんの凄さがよくわかった。」というのにはいきなりで笑いましたけどね。

この本だけでなく、「小嶋だよ!」チャンネルも、オススメです(^_^)。

 

ともかく、作中でも言及されていた今後刊行されるはずの新作『紅だ!』をまた楽しみに待ちたいと思います!

※出ました!詳しくはこちら↓

 

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ではではまた~

 

 

 

『殺戮にいたる病』ネタバレ・解説 グロいだけじゃない!衝撃のホラー

こんばんは、紫栞です。

今回は我孫子武丸さんの『殺戮にいたる病』をご紹介。

新装版 殺戮にいたる病 (講談社文庫)

 

あらすじ

蒲生稔は、逮捕の際まったく抵抗しなかった。

樋口の通報で駆けつけた警官隊は、静かに微笑んでいる稔にひどく戸惑いを覚えた様子だった。彼の傍らに転がった無残な死体を見てさえ、稔と、これまで考えられてきた殺人鬼像を結び付けるのは、その場の誰にとっても困難なことだった。

 

六件の殺人と一件の未遂で逮捕され死刑判決となった連続猟奇殺人犯・蒲生稔。彼が「真実の愛」を求めたがために繰り返される、あまりに残忍で残酷な犯行と歪んだ思考の軌跡。

息子が殺人犯なのではないかと疑念を抱き、恐怖におののく蒲生雅子。

被害者と親交があったことで事件を追うこととなった老いた元刑事・樋口武雄。

 

三者のそれぞれの思惑と行動は、あまりにも忌まわしく絶望的なラストシーンへと向かっていく。凌辱と惨殺の果てに蒲生稔が突き止めた「真実の愛」の正体とは――?

 

 

 

 

 

 

 

我孫子武丸の最高傑作

『殺戮にいたる病』は1992年に刊行された我孫子武丸さんの長編小説。

作者の我孫子武丸さんは1987年に綾辻行人さんが十角館の殺人

 

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でデビューして以降の推理小説界の波(?)である“新本格”の第一世代作家の一人。小説執筆の他にシナリオなども手掛けていて、あの有名なサウンドノベルゲームかまいたちの夜我孫子さんによるシナリオですので、そちらの方で知っている人も多いですかね。

 

ネットで名前を検索したら「がそんしたけまる」なんて出てきましたが(^_^;)、正しくは「あびこたけまる」と読みます。千葉県の我孫子市の“あびこ”ですね。確かに、我孫子市を知らないと読むのが難しいですよね。我孫子さんのデビュー作『8の殺人』のあとがきによると、このペンネームはデビューに助力した島田荘司さんが考えてくれたものらしいです。

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セーレン・キルケゴール哲学書死に至る病

 

からタイトルが採られた今作は、蒲生稔が猟奇殺人犯として逮捕されたことが明記されたエピローグが最初にあり、第一章からは殺人を犯していく稔、息子の犯行を疑う雅子、事件を追う元刑事の樋口、三人のそれぞれの視点で連続殺人の物語が描かれるという、結果が示された後に、時間を遡って顛末を知っていくという構成になってします。

 

猟奇殺人が犯人の視点で描かれるとあって、サイコスリラー色が強い、色々な意味でホラーな小説となっています。読み終わった時の衝撃度も相当で、いまだに一部界隈では伝説的に語られる小説であり、我孫子武丸さんの最高傑作との呼び声高い代表的作品ですね。

 

 

 

 

 

 

以下、ガッツリとネタバレしていますので注意!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叙述トリックものの名作

グロさが際立っている内容なので、読み進めている時はスリラーやホラー小説だという意識が強いのですが、この小説は実はミステリ小説です。何で有名って、叙述トリックもので有名な作品なんですね。

 

最初に犯人の名前がフルネームで明記されており、その通りの名前の人物が犯行を重ねていく様が本人の視点で克明に描かれているので、ミステリ的な仕掛けが入り込む隙はないだろうと思ってしまうところですが、これが巧妙に、実に見事に仕掛けられている。

 

上記したように、この物語は蒲生稔蒲生雅子樋口武雄、三人の視点で構成されています。

 

蒲生稔は大学で声をかけた女性をホテルで情交している最中に殺害したことをきっかけに、女性を殺害して“愛する”ことに執着し、女性をホテルに連れ込んでは殺害することを繰り返していく。犯行はエスカレートしてゆき、殺害するだけでは飽き足らずに遺体を損壊して持ち出し、殺害の瞬間を8ミリビデオで撮影して自宅で楽しむように。

 

雅子は大学生の息子の様子が最近おかしいと気になりだし、部屋から血塗れの袋を発見。報道されている犯行日に外泊していること、部屋で8ミリビデオを隠れて観ていた場面などを目撃し、連続猟奇殺人の犯人が自分の息子なのだと確信するに至る。

 

被害者の妹に請われて事件を追うこととなった樋口も、長年の刑事としての経験と直感から、犯人は二十代ぐらいの若い男ではないかと推測する。

 

 

このように、犯人である蒲生稔は現在大学生である雅子の息子なのだという風に書かれているのですが、これが違う。雅子の息子の名前は「信一」で、「稔」は雅子の夫の名前なのだということが最後に分るようになっています。

 

つまり、殺人犯「蒲生稔」は雅子の息子ではなく、夫の方なんですね。「息子」と「父親」を誤認する叙述トリックが仕掛けられている訳です。

 

大学に出入りしている描写があるのは大学助教授だからで、稔の視点場面で「母さん」と言っているのは雅子のことではなく、実母で一緒に住んでいる容子のこと。息子の信一が雅子に疑われるような不審な行動をとっていたのは、信一は信一で父親の稔を疑い、稔が庭に埋めたものを掘り返して調べたり、尾行したりしていたため。

 

雅子視点では「あの子」というばかりで息子の名前を出さないこと、一緒に住んでいるはずの義母の存在が読者に悟られないように書かれているのが巧妙です。

序盤の雅子視点描写の際、

 

“夫の給料は、贅沢を言わないかぎり、彼女が働きに出る必要のないほどはあったし、彼がもともと両親と住んでいた一軒家も、五年前に義父が他界してからは夫の名義となっている。”

 

と、ある。

「義母も他界した」とはどこにも書かれていないのだから、ちょっと想像力を働かせれば義母は今も雅子たち家族と一緒の家に住んでいるということは分るはずなのですが、「母」という単語しか出さないことで煙に巻かれるのですね。

 

最後、雅子が叫ぶ、

 

「ああ、ああ、何てことなの!あなた!お義母さまに何てことを!」

 

という一文の「お義母さま」の部分から、読者はこの物語の本当の構造を知ることとなるのです。

 

作中には、稔が十五歳の少女に「オジン」と呼ばれたり、レストランでフルコースを食べていたり、なにかと羽振りが良かったりと、大学生にしてはどうも妙だなという部分は確かにあり、読んでいて引っ掛かりはするのですが、稔の凄まじくグロテクスな犯行の軌跡をたどるのに気を取られて流してしまうのですよね。

こんなに猟奇的で生々しい殺人描写が必要なのかと読者は思うところでしょうが(本当に、気持ち悪くって吐き気がするような描写ばかりなので・・・)、最後まで“仕掛け小説”であることを悟らせないための目眩まし要素もあって、ここまで執拗なまでの描写なのかなと。

 

 

 

 

 

父親の不在

息子の名前が伏せられていたのと、義母の存在が悟られないように書かれていること以上に読者の目を曇らせる要素が、蒲生稔自身の内面描写。43歳で二人の子供がいる父親だとはとても思えない幼稚な精神性です。

 

考えているのは常に己の欲望のことばかり。一緒に住んでいる人物で「どう思われるか」などと気にするのは実母の容子にのみで、そつのない受け答えをしつつも、心中では妻や子供のことは完全に切り離している。

妻の雅子も、夫の関心のなさに愛想を尽かしてとうに見限っており、子供のことで問題が起こっても夫のことはまるでアテにしない。

 

稔は「父親」にならず、いつまでも「息子」のままでいる男。この家では、「父親」は常に不在の状態だったのです。

 

文学や映画で古くから扱われるテーマの一つに「父親殺し」というのがあります。フロイトのいう、「幼少の息子にとって、父親は母親との恋を邪魔する存在」というのもそうですが、「父親」は家庭では抑圧の象徴的存在であり、その父親を通過儀礼として乗り越えなければならぬ。と、いうテーマ。

 

しかし、それと対当するように、近年は「父親の不在」というテーマが多くなってきているのだとか。家父長制が薄れて母親の存在がより大きくなることにより、父親が抑圧の象徴的存在だという意識が失われ、父親が家庭内で“不在の状態”に。抑圧と同時に道標の存在であったはずの「父親」がいない状況で、どう道を切り開いてゆくのかというテーマですね。

 

凌辱と惨殺の果てに蒲生稔が突き止めた「真実の愛」は、“母の愛”でした。ずっと母親である容子の面影を追って女性を襲って殺戮をしていたのだと、そういった結論に至る訳です。

幼少期、稔は母親の容子に性的な愛情を抱いていたが、それを父親に打ち砕かれたことで「真実の愛」を長らく見失っていた。殺人を重ねた末にようやく気がつけたと。

 

今、彼はすべてを思い出し、あの頃に戻っていた。

母さん。母さん。愛してくれていたはずの母さん。どうしてあんな男のいいなりになっていたの?美しい母さんを汚し、泣かせていた男に。

でももう、何も迷うことはない。母さんはぼくのものだ。

今からいくからね。

 

で、物語は最高に忌まわしいラストへ――。

 

 

至極簡単に言うと、エディプス・コンプレックスでマザー・コンプレックスの男がとち狂って殺人鬼になりましたっていう、ある意味通り一遍で陳腐な真相なんですけど。

 

文庫版に収録されている篠井潔さんの解説にある通り、叙述トリックを用いて、ミステリで「父親の不在」というテーマに挑んでいるのが今作なのかなと。

 

稔はサイコ・キラーという極端な例ではありますが、自分は外で仕事をしているからと家庭のことに無関心な親は多い。殺人犯だと気がつく前、作中で雅子が語る夫の言動は“よくある夫の姿”なんですよね。

 

 

 

他、個人的な感想としては信一が死んでしまうのが残念だったなぁと。重傷を負ったけど一命は取り留めたとかでもいいのに・・・。長男の信一だけでなく長女のも良い子だし、雅子は義母との関係も良好だったみたいだし、こんなことになってホントに気の毒だなと。息子の部屋のボミ箱のティッシュを検分して“回数”を確認する雅子にはドン引きでしたけどね。

 

樋口サイドに関しては、途中参加の記者と三人でせっかく良い感じの結束感がうまれていたのに、最終的にかおるが樋口に「抱いてください」とか言っちゃうのが興醒めで残念すぎた(-_-)。

 

 

グロテクスな描写が多いので人を選ぶものにはなっているのですが、読めば忘れられない作品となることは間違いありませんし、叙述トリックものでは絶対に外せない作品ですので是非。

 

 

ではではまた~

 

 

 

 

 

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『臨場』原作小説のススメ。倉石は病気?死亡した?

こんばんは、紫栞です。

今回は、横山秀夫さんの『臨場』を読んでみたら大変面白かったので、オススメするべく少し。

臨場 (光文社文庫)

 

こちら、2009年に第一章で10話、2010年に続章で11話放送され、2012年には劇場版も公開された内野聖陽さん主演の大人気刑事ドラマ『臨場』の原作本です。

 

 

警察組織では、事件現場に臨んで初動捜査に当たることを「臨場」という。死体が発見され、変死の疑いがあると、臨場要請を受けて検視官が事件現場に向かう訳ですが、この本では「終身検視官」と渾名される凄腕の検視官・倉石義男が関わる事件が短編形式で描かれています。

ドラマは第一章と続章あわせて21話と結構な話数ありますので、原作もシリーズものとして何冊か出ているのではと考える人も多いかと思いますが、小説本として刊行されているのは短編小説集として八編収録のものが1冊のみ。第一章の放送後に、『臨場 スペシャルブック』というドラマのオフィシャル・ガイドが刊行されているのですが、この本に出演者のインタビューやドラマ各話解説に混じって文庫未収録作品四編が掲載されています。

 

 

収録作品は以下の通り↓

 

  • 赤い名刺
  • 眼前の密室
  • 鉢植えの女
  • 餞(はなむけ)
  • 真夜中の調書
  • 黒星
  • 十七年蟬

 

『臨場 スペシャルブック』

 

  • 罪つくり
  • 墓標
  • 未来の花
  • カウントダウン

 

 

原作のお話はほぼドラマ化されていますが、原作は各編40ページほどの短編なので、ドラマでは内容がだいぶ膨らまされています。原作では一編の中に事件が二件三件と余談的に出て来るものがあるのですが、ドラマですとその余談を一話に膨らましたものもあります。劇場版は完全なオリジナルストーリーですね。

 

 

 

ドラマでは倉石班の検視官補助官の小坂留美(松下由樹)、検視官心得の一ノ瀬和之(渡辺大)などの面々と、管理官の立原真澄(高嶋政伸)などがレギュラーとして常に登場していましたが、原作では一貫して名前が出て来るのは倉石のみで、他メンバーが登場するのは一~二編ほど。それに伴い、年齢などの設定もだいぶ変更され、キャラクター像も深堀りされています。

 

主役の倉石にしても、ドラマでは17年前にある事件によって妻と死別したという設定でしたが、原作ですと、若い頃に離婚して以降は店の女などと浮き名を流しているといった人物で、針金のような細長い体型をしているなど、容姿イメージなどもドラマとは異なるのですが、職人気質でやくざな物言い、組織に与しない堅物という、要となる大事な部分はキチンと押さえられています。

 

臨場要請がきて、倉石たちが現場に臨むというパターンでドラマは描かれていましたが、原作は警察関係者、事件関係者、記者、被害者などなど、各編それぞれに視点が変わってまったく異なる描きかたをされていて、ドラマとはまた違った面白さがあるので、ドラマをコンプリートして、ストーリーやトリックを完璧に把握している人にもオススメ。

実際、私もドラマはリアルタイムで観ていたし、再放送でも繰り返し観ているのですが、この小説は凄く愉しめました。一編が40ページほどと短いながら、各編確りとした“オチ”のある、ミステリとしても人間ドラマとしても充分な読み応えがある短編集なので、あまり小説を読み慣れていない人にもオススメです。

 

 

 

 

 

 

 

劇場版まで観た人は、倉石の病気、死んだのか否かが、原作ではどうなっているのか気になることと思いますが、原作では小説本の後半からチラチラと具合が悪そうな描写があり、『臨場 スペシャルブック』に収録されている「罪つくり」の作中で、胃ガンで倒れて病院に入院していますが、入院後ちゃんと完治したのかどうかは最後の「カウントダウン」を読んでも分らずじまいです。

原作自体が倉石の生死について曖昧にしているため、劇場版があんな感じのラストになったのだと思われ。読者、視聴者の判断に委ねるってことでしょうから、私は勝手に、倉石はまだ頑固に検視官続けて「俺のとは違うな」と周りを翻弄していると妄想しとこうと思います。続編を出してくれたら嬉しいんですけどね~・・・無理でしょうか。

 

 

 

ドラマだけでなく、原作も気になった方は是非

 

 

 

ではではまた~

『捜査線上の夕映え』あらすじ・感想 有栖川色全開のエモーショナルミステリ!

こんばんは、紫栞です。

今回は有栖川有栖さんの『捜査線上の夕映え』をご紹介。

捜査線上の夕映え 火村英生 (文春e-book)

 

あらすじ

東大阪市内のマンションで、頭を鈍器で殴り殺された男性の遺体が発見される。殺害された男性は元ホストで、凶器は現場にあった御影石の置物。遺体は殺害後にスーツケースに詰まられ、クロゼットに押し込まれていた。

よくある平凡な、ありふれた事件。しかし、異性関係のトラブルや金銭問題で三人の容疑者が浮上するも、防犯カメラ映像やアリバイに阻まれて捜査は難航する。はっきりしていることは、被害者の身元、凶器、被害者と接点がなくアリバイが成立している第三者が何らかの形で事件に関与していることのみ。

警察の要請により、英都大学准教授で犯罪社会学者の火村英生とミステリ作家の有栖川有栖も捜査に協力するが、これだけの事実では真相を突き詰めることができず、捜査は膠着状態に。だが、捜査陣を惑わす“ジョーカー”の存在により、事態は意外な方向へと動き出す。火村とアリスは真相への旅に出るが――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エモーショナル

『捜査線上の夕映え』は2022年1月に発売された【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)の長編小説。

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450ページほどで、それなりのボリュームがある長編となっています。最初単行本を目にしたとき、ぶ厚くって嬉しかった。有栖川さんは最近長編がどんどん長くなっていく傾向ではあるのですが。

 

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夕焼け空が綺麗なカバー写真が目を引く装丁となっているこちらの本、あとがきの有栖川さんの言によるば“「余情が残るエモーショナルな本格ミステリが書きたい」という漠然としたイメージから構想をまとめていった。とのこと。「エモーショナル」は感情的、情緒的なさまの意ですので、今回はそのような物語が展開されているという訳です。ま、有栖川さんの長編は読後感がいつでも哀愁漂うといいますか、情緒的なんじゃないかとは思いますが(スッキリ爽快で終わるのはほぼない)。今回の長編はいつもよりもっと意識的に書かれています。

タイトルに“夕映え”とありまして、夕陽といえば、シリーズファンは初期の長編『朱色の研究』を連想すると思うのですが、

 

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今作はやはり全体的に『朱色の研究』を意識したかのような構成になっていますかね。なので、『朱色の研究』的雰囲気だという心構え(?)で読めば間違いはないと思います。

 

大阪での事件ということで、登場するのは大阪県警の船曳班京都府警、兵庫県警と出て来るなかで、大阪県警の船曳班はシリーズの一番代表的な捜査班というイメージが持たれているかなと思うのですが、長編で出て来るのはえらく久し振りな感じ。それもあって、火村がアリスのマンションに泊まる場面も久し振りな気がする。

 

船曳班の面々の他に、今回は新たに布施署長に就任した中貝家警視(女性)が初登場。火村とアリスに興味を示してきます。犯罪社会学者と作家のヘンテココンビが捜査協力していると聞いたら気になるのが当然なんでしょうけど(^_^;)。

記者の因幡丈一郎もちょろっと登場。この人って、初登時はなんとも不穏で今後劇的な展開でもあるのかとビクついたもんですが、回を増すごとにそれなりの節度がある常識人になっている感じで、このままシリーズに影響がもたらされることはなさそうですよね・・・。有栖川作品は嫌みな人もどこかお上品になりがち。

あと、『鍵の掛かった男』でアリスに協力してくれた巡査部長・繁岡さん(返事が「ふぉい」の人ですね)が天満署から布施署に異動になったとのことで再登場。あれっきりのキャラクターかと思っていたので、再登場は嬉しいですね。今後ちょくちょく出てきてくれるのだろうか。

 

 

 

 

コロナ禍

もう一つ、今作の大きな特徴が「コロナ禍」ですね。【作家アリスシリーズ】は現在の現実世界が舞台のシリーズ。火村とアリスはサザエさん方式で“永遠の34歳”なのですが、二人は永遠の34歳のままリアルを生きている。こう言うとなんとも妙な状況を書いているもんだって感じですが。ま、今更です。

で、今おかれているリアルといったら、「コロナ禍」ですよ。なので、火村とアリスも読者と同じようにコロナ禍の中で感染症対策に余念がない日々を過しております。

 

連載期間の関係もありまして、作中での設定は2020年の9月。第三波がくる前の、緊急事態宣言から何カ月か経ってすこ~し感染者数が落ち着いたころ、政府のGO TOトラベルキャンペーンをやっていた頃ですね。この後、冬にまた爆発的に感染者増えたんですけども・・・。

 

自粛生活でほぼ人に会わない生活を送っていた二人。英都大学は完全リモート授業になっているものの、火村の下宿先には高齢者が居るということで、警察の方も捜査協力の要請は控えていたため、フィールドワークは長らくお休み状態だったのですが、婆ちゃんも「行っといなはれ」と6月頃から言い続けてくれているし、十分に気をつけて行動すれば大丈夫かということで、久し振りの大阪県警からのリクエストに二人そろって応じることに。

 

コロナで警察の捜査も不便な点が多く書かれていてなるほどなぁと。マスクで顔が半分隠れてしまうって、捜査にはかなり痛手ですよね。因みに、火村先生は黒の不織布マスク派らしい。火村が黒いマスクしていると威圧感が凄そう・・・(^_^;)。

序章で火村とアリスがリモート通話をしているのもそうですが、捜査協力している最中もことある毎に友人に会える喜びと、フィールドワークに参加出来ている感動を噛み締めているアリスが微笑ましいですね。火村も腕がうずいていたのか、若干はしゃぎ気味でテンション高め。二人ともいつも以上にやり取りを楽しんでいる御様子です。

 

 

 

 

 

以下、若干のネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今作では、物語の途中で雰囲気がガラッと変わります。全体の三分の二ほど、第四章までは船曳班の鮫山さんに事件の経緯のレクチャーをうけたり、森下さんのアテンドで事件関係者に順番に会ったり、コマチさんこと高柳真知子の独自捜査を聞いたり、捜査会議に参加したりで話が進むのですが、第五章「真相への旅」で火村とアリスの二人は捜査本部から離れ、瀬戸内海の島へ旅に出る。

 

作中でアリスが言っている通り、刑事ドラマから旅番組に変わったって感じですね。毎日朝から晩まで警察の捜査に参加するも、どうも今ひとつ真相に踏み込んでいけない状態の中で、いきなり火村の誘いで瀬戸内海二人旅ですから、まるで「え?気晴らし旅行ですか?」なんですけども。アリスが久々の旅にはしゃいで満喫しまくっているから尚更ですね。

もちろん、気晴らし旅行では断じてなく、事件関係者の過去を探って真相を究明するための旅なんですが。

 

この旅で物語は一気に動きを見せる訳ですが、三分の二読まされた後唐突に旅行で、その旅行描写も移動から懇切丁寧に事件とは関係ないことを描いていますので、シリーズファンじゃない人にとっては単調で妙に長い話だなぁと感じてしまうかもしれないですね。ファンにとっては事件とは関係ない部分も楽しいというか、このシリーズの醍醐味でもあるんですけども。しかし、本当に旅行に行きまくる二人です。目的があって島のゲストハウスに泊まる際、火村は社会学者として島の暮らしの現状を調査するのが目的、アリスは作家としての取材という“設定”でオーナーに説明するのですが、このオーナーは何の疑いもなく最後まで信じていましたけど、「社会学者とミステリ作家が二人そろって辺境の島に訪れるってどんな状況だよ。ゴチャゴチャ言っているけど、半分以上はただの友人同士での旅行だろ」ってなりそう。それとも、妙に思いつつもあえて指摘しないでくれていたのだろうか。

瀬戸内海での場面はどんどん事件関係者の過去が明らかになっていくのが面白いのですが、自転車で競争をする34歳男性二人が微笑ましすぎましたね。

 

この旅の他にも、事件関係者たちがそろいもそろって事件発生時期に旅行に出ているなど、旅行が強く関係する「旅の物語」となっています。

 

 

 

 

 

ジョーカー

物語の序盤で捜査陣を惑わす“ジョーカー”の存在が示唆される通り、今回は意外な人物が裏切りともとれる行動をするという、このシリーズでは今までにない展開をしています。

ジョーカーの正体には最初たいそう驚いてしまったのですが、よくよく冷静に考えてみると別に罪を犯した訳でもないし、今後のシリーズに影響もないだろうから「そんな大事じゃないか」って感じなのですが。

 

防犯カメラに映らない犯行方法がメイントリックではありますが、この本でのミステリ的面白さは、「“ジョーカー”が何故そのような行動をしたのか」から推理を組み立てていくロジックですね。通常は妨害でしかないジョーカーの行動ですが、この“本来ならばしないはずの行動”から火村は推理を組み立て、膠着状態を脱する。

 

これにともない、シリーズ準レギュラーの過去が明かされています。有栖川さんのあとがきによると、「この背景はかねて考えていたわけではなく、書きながら作者が「知った」ことである」とのことです。て、これ、菩提樹荘の殺人』のあとがきでも同じこと書いていたんですけど。何をどう言おうと結局後付け設定は後付け設定ですよね。ま、後付けでも全然構わないんですけども。火村先生の秘密についてもいつかそうやって「知って」くれるんだと思います。

 

しかし、トリックに重きを置いていない物語とはいえ、今回のメイントリックは個人的にはいただけないですね。密室殺人で鍵師が犯人でしたと言っているようなもので、「・・・は?」ってなってしまう。この無茶なところが愛のなせるワザって風に描かれていましたが。愛の試練が厳しすぎる。

エモーショナルに力入れているにしても、もうちょっとちゃんとトリックらしいものにして欲しかったですね。

 

身勝手ではあるものの、犯人の心情など諸々はなんともいえず情緒的。有栖川ミステリだなって感じで、そこら辺は大満足ですね。「暴かれないなら満足、暴かれたとしても“この人”になら心は満たされる」と、いう、“どちらに転んでもかまわない”という犯人の有り様や、物語の途中で舞台と雰囲気が変わるのは『朱色の研究』を連想させる構成ですね。『朱色の研究』ほど、物語に夕陽は絡んでないのですが。もっと大きい意味でというか、物語全体の雰囲気や心境を表して「夕映え」ってことでしょうか。確かに、読後は夕焼け空を見ているときのような心境になります。

 

 

なにはともあれ、有栖川ミステリを堪能できるのは間違いなく、シリーズファンなら外せない長編で必見な部分もあるので是非。

 

 

 

ではではまた~