夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『虚構推理 逆襲と敗北の日』ネタバレ・感想 “あの人”と対面!その結末は?

こんばんは、紫栞です。

今回は城平京さんの『虚構推理 逆襲と敗北の日』の感想を少し。

虚構推理 逆襲と敗北の日 (講談社タイガ)

 

こちら、あやかし達の争い事の仲裁・解決、相談を受け、虚構を用いて人とあやかしの間を繋ぐ「知恵の神」である岩永琴子と、その恋人で、不死で未来決定能力を持つ“怪異を超えた怪異”である桜川九郎の二人が活躍する【虚構推理シリーズ】の小説版第五作目。

 

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2021年12月に発売されていたのですが、チェック不足で買い忘れていました。アニメの二期が始まる前にと慌てて購入。

前作は短編集でしたが、

 

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今作は長編です。長編はシリーズ一作目の『虚構推理』、三作目の『虚構推理 スリーピング・マーダー』に続いて三冊目ですね。

 

目次

 

第一章 見たのは何か

第二章 岩永琴子の逆襲と敗北(前編)

第三章 岩永琴子の逆襲と敗北(中篇)

第四章 岩永琴子の逆襲と敗北(後編)

第五章 知恵なす者の悪夢

 

の五章から成っています。

 

第一章「見たのは何か」は九郎の従姉で同じく未来決定能力と不死の力を持つ桜川六花がまだ岩永の屋敷に寄宿していた頃、六花に手を貸してもらって解決させた殺人事件を琴子が九郎に語るというもので序章というか前座のようなお話。

 

二章からの「岩永琴子の逆襲と敗北」はキリン(※神獣の麒麟ではなく首の長い“あの”キリン)の霊が山に現われたことで三人が転落死する事件が発生。その現場に居合わせ、キリンの霊と対峙して怪我をした男性を助けたのがなんと六花さんだとかで、警察署で琴子と九郎は六花さんと久しぶりの対面をすることに。

琴子と九郎から逃げ回るように行方をくらましていたのに、あっさりと二人の前に姿を現した六花さんの魂胆はいかに。警戒しつつも琴子はキリンの霊の仕業で起こった事件を“怪異のない事件”としておさめるべく虚構の推理を構築する――ってなストーリーですね。

 

 

 

 

※以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

酷い事件

第一作目の「鋼人七瀬」事件で黒幕として登場、シリーズの立ち位置としては一応敵対関係にある六花さんとの直接対面。短編の方ではちょこちょこと過去話などで登場していたんですけどね。通常の時間軸での対面はシリーズ初です。なので、当然ながら今作ではシリーズとして大きな変化がある物語となっていますよと。

 

事件の方は黄色くって首が長いあのキリンの幽霊が日本の山奥に出現するというヘンテコな設定が如何にもこのシリーズならではのおかしさといった感じ。しかし、設定はヘンテコでも今回は死者が三人出ているってことで内容は重たいです。

 

このシリーズは元々「真実を隠すために虚構の推理を披露する」という“アンチ推理小説”ともいえるものなのですが、謎の追究としてあるのは「動機」。

「見たのは何か」も「岩永琴子の逆襲と敗北」も動機の謎を導き出すには理解しがたい人間心理による発想の飛躍が必要になっています。

『スパイラル』の小説版の方でもこういった発想の飛躍が必要な動機が描かれていましたが、

 

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今作では犯人一人だけでなく事件関係者皆が非人道的で身勝手な考えによる行動をしているので「そんな思考に陥ってしまうこともあるかもしれない」と読者に思わせるのは無理があるかなと。思考の仕方もかなり回りくどくって無理矢理感漂う。

 

考えれば考えるほど酷い話で、胸糞悪い真相。牽制し合うのに疲れたから好きな人を皆で見殺しにしたとか「はぁ?」だし、そんなことしといて“挺身の栄誉”って何だよって感じ。あまりの自己陶酔っぷりに吐き気がする。気持ちが悪い。

 

 

 

 

苦しい関係

そんな訳でひたすら酷い事件なのですが、いつも通り怪異の事実を隠すため琴子は虚構の推理を披露することで思惑通りに人を動かし、事を収めています。

 

しかしながら、今回琴子が選んだ方法は人としての一線を越えるものでした。そこの部分を六花さんに指摘され、琴子は思わぬ取引に応じることとなる。こんなことに勝ちも負けもないだろうところですが、タイトルにあるように岩永琴子は敗北を喫するのです。

 

世の秩序を守るためにと「知恵の神」として時に厳しい判断を下してきた琴子ですが、今回は死者を出すことで事を収めた。

それがもっともスムーズで理にかなった手段であり、六花さんにつけいる隙を与えたくなかったとの思いもあってのことでしょうが、知恵を絞れば他にも方法があっただろうにこの選択を何の躊躇もなくしてしまうのは、やはり一般的には人の道に反している。

 

「神」としてふるまうならば人間性は捨てねばならない。

そして、「神」として秩序を守ろうとするならば、怪異を超えた怪異であり秩序からもっとも外れた存在である九郎も琴子は排除しなければならない。

 

琴子に悲壮感がないので忘れてしまいがちですが、十一歳であやかしに攫われて右眼と右足奪われて神様やらされているって、あんまりにもあんまりな境遇ですよね。今作はそんな、いつもはクローズアップされていないこのシリーズの救いのなさや前途多難っぷりがあらためて表面化。鋭くツッコまれています。

 

さらに、第五章の「知恵なす者の悪夢」ではなんとなくぼかされたままで謎となっていた部分、まったく“それ”っぽくない恋人同士である琴子と九郎、二人の心情も明らかになっています。

今までは恋人にしては九郎先輩があまりに素っ気なさ過ぎて「何で恋人になったんだ?」と疑問だったのですが、今作を読むとむしろ琴子の方が九郎先輩から愛情を示されても頑なに認めようとしていないのだというのがよく分かる描かれ方をされていて、九郎先輩が恋人になった理由も確りと明らかに。

 

「なんだよ、面倒くさい二人だな」という感じですが、これが本当に面倒くさくって(^_^;)。二人ともお互いに虚構で本音を覆い、建前とすることでどうにか一緒にいることが出来ているようです。愛情があるからこそ愛情を否定する虚構を用いなければならない関係・・・なんて厳しい現状なんだ。

 

 

 

 

前途多難

今作でシリーズは一区切りですね。第一部完といったところでしょうか。今度から六花さんと協力関係になるようなので、琴子と九郎先輩の二人体制から六花さんを交えての三人体制に移行なんですかね。

秩序を守る「神」と、秩序から外れた存在である二名。はたしてどのような結果が待ち受けているのやら。

 

片瀬茶柴さんによる漫画版ですと、この「岩永琴子の逆襲と敗北」のエピソードの後に小説版前作の短編集に収録されていた「雪女を斬る」をやっているようです。

 

 

来年、2023年1月にはアニメのseason2が放送予定ですし、シリーズの今後に期待ですね。

 

 

※小説版第6弾出ました!詳しくはこちら↓

 

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ではではまた~

『濱地健三郎の呪える事件簿』シリーズ第3弾!コロナ禍での怪異6編 あらすじ・感想

こんばんは、紫栞です。

今回は有栖川有栖さんの『濱地健三郎の呪(まじな)える事件簿』をご紹介。

濱地健三郎の呪える事件簿 濱地健三郎シリーズ (角川書店単行本)

 

シリーズ第3弾

こちらは心霊探偵・濱地健三郎と助手の志摩ユリエが様々な怪異と対峙していくシリーズ【濱地健三郎シリーズ】

 

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の第3弾。2022年9月に刊行されました。

 

前作『濱地健三郎の幽(かくれ)たる事件簿』から約2年ぶりの刊行。

 

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前の2冊同様、お化け好きの為のエンタメマガジン「怪と幽」にて掲載された短編をまとめたもので、今作は2020年8月~2022年4月に執筆された6編が収録されています。

前の2冊ではそれぞれ7編収録されていましたが、1話ごとのページ数が少し増えたため今作は6編の収録になったのだそうな。とはいえ、各話40ページほどなので読みやすさは相変わらず。

 

今作は執筆された時期が強く反映されている短編集になっていますので、前の2冊とはまた違った雰囲気の1冊にもなっています。そのおかげか濱地先生の意外な部分なども垣間見せてくれる本になっていますので、ファンは必見ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

目次

 

●「リモート怪談」

ユリエが濱地先生の事務所に来る前に勤めていた興信所でお世話になった先輩とのリモート飲み会で、先輩が体験した怪談話をユリエに語るというもので、タイトルそのままのお話。

 

コロナで最初の緊急事態宣言が出たばかりの頃が舞台。この時期は通常の撮影もままならないということで、リモート通話設定ものの実験的なドラマなどが多数制作されていたなぁ~とこの話を読んでいて思い出した。

怪談の内容はこの手のものだとありふれた部類のものですが、ユリエの対応の仕方が心霊探偵助手としての成長を感じさせるお話。ユリエが濱地先生の事務所に勤める事となった細かい経緯も作中で語られています。

作中で「怪談話は誰も傷つけない」と出て来ますが、「・・・そうか?」ってなる。人によっては聞かされることでダメージを受けることもありますよねぇ。

 

 

 

●「戸口で招くもの」

東京都心から五十キロほど離れたとある村。所有している小屋に数日前から誰かが勝手に住み着いているようだと隣人から聞いた岩辻老人。確認しに小屋に行ってみると、戸口でおいでおいでの挙動をする頭と両手首のない幽霊が。岩辻老人は心霊探偵・濱地健三郎にどうにかしてくれと依頼する。

 

今回収録されているものの中では一番本格推理もの要素が強いお話。コロナ禍という特殊な状況下がフルに活用されたネタで、この嫌な状況も本格ミステリで作品として昇華させることが出来るのねと感服。

幽霊なので見落としてしまうところですが、“首なし死体”は推理モノ界隈での十八番ですしね。怪談と本格ミステリが見事に融合したお話だと思います。

最後の場面が次のお話の前フリになっていてこのシリーズだと新鮮。

 

 

 

●「囚われて」

岩辻老人からの依頼を解決させた後、ユリエと濱地が事務所の留守電を確認するとおぞましい声で「タ、ス、ケ、テ」というメッセージが残されていた。果たしてこれは何処の誰からのSOSなのか、何故心霊探偵の事務所にかかってきたのか。事は一刻を争うと二人は必死に考えを巡らす。

 

ユリエの恋人・進藤君も活躍するお話。進藤君はこういった緊急を要する状況下で非常に頼りになる存在として毎度登場しているなという印象。

コロナ禍のせいかどうかは分かりませんが、恋人といいつつ二人の仲はさほど進展しない。読者がびっくりするぐらいスローペースですけれども、二人とも今の緩やかな感じで満足しているようです。

前編から続いての展開だったので本全体で連作的流れになるのかとワクワクしたのですが、普通に終わったので少し拍子抜け。

無自覚に“引き寄せちゃう人”話ってよく聞きますけど、本当にいるんですかねぇ・・・。

 

 

 

●「伝達」

緊急事態宣言解除後、おでん屋で食事をした帰りにパトカーのサイレンを聞きつけた赤波江刑事。現場に行ってみると、悪戯によって道路に張られたロープで自転車に乗った被害者が重傷を負ったという事件だった。

赤波江が運ばれていく被害者のポケットから落ちた財布の中身を確認してみると、箸袋に八桁の数字が。それは濱地探偵事務所の電話番号だった。気になった赤波江は被害者のことを調べ始めるが――てなお話。

 

いつも濱地先生に便宜を図ってくれる赤波江刑事ですが、今回は赤波江さん初の心霊探偵への依頼話。

信じがたい偶然の連なりによって濱地先生のところに依頼がくるまでを描いているもので、なるほど、毎度の依頼人たちもこういった経路で濱地先生に行着いているのかと知らされる感じ。ホームページもないし、宣伝している訳でもないが、濱地健三郎の力を必要とする人は導かれるように事務所の電話番号を入手出来るという“アレ”です。

あまりにも何か図られたような偶然ってのは確かに恐いかもしれない。

 

 

 

●「呪わしい波」

妻に先立たれ、一人で古物商を営む苑田亘輝。昔から金縛りに遭いやすく、只の現象だと慣れっこになっていた苑田だったが、店の土地を売れと不動産屋にしつこく迫られるようになってから、これまでとは違った金縛りに毎晩遭うようになった。久しぶりに訪ねてきた娘の未紀は病人のように窶れている父に驚き、金縛りが関係しているのではないかと心霊探偵・濱地健三郎に依頼をする。

 

金縛りの方に引っかかってしまうところですが、小道具屋ってことで道具絡みの怪異もの。

「世の中には奇妙な犯罪の手助けをする奇妙な仕事がある」んだそうで、新手の犯罪が描かれている。

この話で出て来たカンナギ開発やアドバイザー、設定的には濱地先生と敵対する立場なので、また登場することがあったらシリーズとして面白いかもとか思うのですが・・・どうなのでしょう。再登場にチト期待。

 

 

 

●「どこから」

看護師の野沢季久子は霊的なものを視ることは出来ないものの、その存在を皮膚感覚で知る能力を持つ。

原因不明の高熱にうなされる患者を見て霊的なものを感じた野沢は心霊探偵・濱地健三郎に相談。濱地はユリエと共に患者が一人で住んでいるという屋敷を訪れる。

 

お屋敷での展開前にキャンプ場での怪異譚もあるこちらのお話、「どこから」というタイトルのように、はっきりした原因が判らずじまいの何やらつかみ所がないエピソードとなっています。

理由がわからないままに終わるのもまた怪談の定番ですね。わからないからこその恐さ。ミステリ要素は少なく、完全な怪談。

珍しく濱地先生が怪異相手に苦戦しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナ禍での心霊探偵

年齢不詳のダンディな紳士であり、霊能力と推理力を兼ね備えた名探偵・濱地先生が活躍する怪異譚も今作で20編以上に。※『幻坂』での濱地健三郎登場回を入れると22編。

 

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結構な本数となり、怪談と本格ミステリの狭間を揺れ動くシリーズの独特スタイルにも読者として慣れてきたなといった感じ。

 

それは助手で物語の主な語り手である志摩ユリエも同様なのか、前作まではまだ濱地先生と共に怪異にふれることで霊能力が徐々に開花している自身に戸惑っていたものですが、今作ではもう“慣れたもの”となっていまして、もはや完全に濱地先生と同じ“視える側の人間”として板に付いてきています。心霊探偵の助手として着実に成長しているなと。

 

上記したように、今作で収録されているのは2020年8月~2022年4月に執筆されたもの。この間に現実世界で何があったかというとズバリ、コロナウィルス感染拡大によるパンデミック(ま、今も終わってはいないんですけどね・・・)

作中時間はリアルタイムで進むが、メイン二人は永遠の34歳である“サザエさん方式”が採用されている【作家アリスシリーズ】でも『捜査線上の夕映え』でコロナ禍を描いていましたが、

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今作で濱地先生もコロナ禍で起こる心霊事件と対峙していると。

 

【学生アリスシリーズ】で過去、

 

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【ソラシリーズ】で〈もう一つの日本〉というパラレルワールド的舞台なども描いてきた有栖川さんですが、

 

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コロナ禍が真っ向から描かれていることで【作家アリスシリーズ】のアリスと火村先生同様、【濱地健三郎シリーズ】も現代が舞台で、濱地先生とユリエは読者の私達と同じ「今」を生きる人物なのだと強く印象づけられます。

 

商売柄、コロナ禍で濱地探偵事務所が経営難になるなんて心配はご無用なのですが、人間界での緊急事態宣言やステイホームはお化けの世界にも妙な具合に影響している模様。今までにない大変な状況を逆手にとったような怪異と謎解きを愉しむことが出来ます。

 

コロナ禍が心理的に影響を及ぼしたのか、いつも超然としている濱地先生が焦って苛つく、恐れの感情をユリエに吐露するなど、人間的な部分をみせてくれるのも今作の見所の一つ。

 

便利で都合の良い設定だなとか思っていましたが(ごめんなさい)、不可思議な作用によって依頼人がどんどん送り込まれてくるって普通に恐いですよね。

使命感的なやりがいもあるでしょうが、超然的なものに支配されているかのようで恐怖ですよ。いつか解放してもらえるあてもありませんし。

 

 

シリーズとしての成長と“今だからこそ”の面白さも兼ね備えている1冊ですので、ファンはもちろん、少し気になった方も是非。

 

 

 

ではではまた~

『ルー=ガルー 忌避すべき狼』あらすじ・解説 “あの”作品との驚きの繋がりとは!?

こんばんは、紫栞です。

今回は京極夏彦さんの『ルー=ガルー 忌避すべき狼』をご紹介。

文庫版 ルー=ガルー 忌避すべき狼 (講談社文庫)

 

あらすじ

二十一世紀半ばの日本。すべてがデジタル管理された社会で、人々は携帯端末によって繋がれている。

旧弊的な教育制度もなくなり、他者との物理接触もイベント化しつつある児童たち。そんななかで、十四五歳の少女ばかりが狙われる連続殺人事件が発生していた。

 

牧野葉月は週に一度のコミュニケーション研修後に同級生の都築美緒宅に神埜歩未と向かっていた際、偶然被害者の一人である矢部祐子と接触するうちに事件に巻き込まれていくことに。

 

一方、葉月たちのクラスの担当カウンセラーである不破静枝は、事件が発生し執拗に未成年の非公開データの提供を要請する警察に不審を感じ、同じく警察上層部に不信感を抱いていた県警刑事課の橡兜人と共に事件の謎を追い始めるが――。

 

 

 

 

 

 

異色作

『ルー=ガル 忌避すべき狼』は2001年に刊行された長編小説。

当時の単行本ですと帯に“近未来少女武侠小説との文句がついていたこちら、書くに当たって2030年から2053年までの近未来の社会設定を月刊「アニメージュ」と月刊「キャラ」誌上、ネットで一般公募するという【F・F・N(フューチャー・フロム・ナウ)】たるプロジェクトが試みられました。

読者と共に物語を創る“双方向性(インタラクティブ)小説というやつですね。本の巻末には応募者への御礼とともに名前も掲載されています。

 

ライトノベルとして書かれていまして、近未来が舞台で少女が主役、終盤は少女が大立ち回りをするアクションものになっているなど、普段の京極作品らしからぬ異色作。

 

京極夏彦といったら江戸時代~昭和を舞台にした“妖怪小説”を書く作家ですからね。

 

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現代が舞台の小説を書くこと自体も珍しいから当時の読者は驚きだったでしょう。

 

徳間書店からの刊行だったのですが、今手に入れやすいのは講談社から出されているノベルスと文庫ですね。

 

 

文庫は一冊での収録のものと分冊版と出ています。

 

 

 

 

樋口彰彦さんによって漫画化されていて、

 

 

2010年には劇場版アニメにもなっています。

 

 

京極作品のなかでは比較的ストーリーが解りやすいので映像化しやすいですかね。

 

 

表面的な情報だけですとかなりの異色作ではありますが、読んでみるとそこはやはり京極作品。

ウンチクはないものの文章やストーリーの進め方は通常運転だし、ミステリ要素もちゃんとあり。1000ページはこえていないですけどやっぱりレンガ本ですしね。(※単行本だと750ページほど)

 

一見すると如何にもライトノベル的な少女たちのキャラクター像も、読んでみるとなにやら百鬼夜行シリーズ】(京極堂シリーズ)の主要メンバーたちを彷彿とさせる。

ひたすらクールな神埜歩未は中禅寺的だし、天才で何もかも規格外で調子外れの都築美緒は榎木津的、引っ込み思案で周りに流されがちな牧野葉月は関口的で、武闘派でとにかく考えるより先に行動する未登録住民の麗猫(れいみゃお)は木場的・・・といった具合に、京極ファンは考えて楽しむのも一興かと。もちろん容姿は百鬼夜行シリーズの面々とは似ても似つかないですけどね・・・。

 

最後に明かされる真相は「京極夏彦小説だ!」感を突き付けられるものになっていて、ずっと京極作品を読み続けているファンはある意味感動・感激します。私はそうだった。

 

異色作であるものの、今作もやはり京極的妖怪小説なのです。なので、設定で尻込みせずにファンには必ず読んで欲しい作品。

 

 

 

 

 

無機質社会

読者からの公募によって構築された未来社会設定で書かれている訳ですが、デジタル化が進んで物理接触が減った無機質社会ってことで、アニメの攻殻機動隊森博嗣さんの【百年シリーズ】【Wシリーズ】と共通するような世界観。順当に未来を予測するとやっぱりそうなるのですかね。

 

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物語は牧野葉月視点とカウンセラーである不破静枝視点が交互に語られ同時進行していく構成になっています。

葉月サイドの方が事件に対しての少女たちの立ち振る舞い、静枝サイドの方が事件の謎を追うってな感じで、少女たちの成長物語が描かれる一方で大人二人組がミステリ面での細かい謎解きをする。

 

もちろんメインは少女たちの方なのでしょうが、個人的にカウンセラーの静枝と刑事の橡のコンビが好きですね。

 

静枝は前時代的な意識を持つ堅物たちに抵抗心と嫌悪感を持ち、真っ向から噛みつく潔癖症の女性。(この舞台では潔癖症の方が普通で、そうでない人の方を不潔愛好症と呼ぶようですが・・・)

差別意識を徹底的に排除しようと用語や表現に関して過剰に反応してしまうというのは今読むと非常に現代人的。

今作が刊行されたのはおよそ二十年前ですが、世界が予想された通りに近づいているなぁと。

 

このツンツン女性である静枝が、いつもなら忌み嫌っている世紀末生まれの冴えない中年男性・に対して徐々に態度が軟化して協力し合う過程が面白くって、個人的イチ押しポイントです。

 

 

近未来ものの『攻殻機動隊』や森博嗣さん後期シリーズ作品でも共通しているのは、社会の変化・進化によって人間が本来の生き物としての在り方から外れてしまい、「人を人たらしめているものは何なのか」がテーマになっているところ。

 

『ルー=ガルー』でもそれは同様でして、今作では特に“食べること”にスポットが当たっています。

合成食品の発達により、この物語の人々は“本物の肉”を食べることがない。生きるために他の生物の命を奪う必要がなくなっている訳で、その状態は「人間が食物連鎖から解脱した」と言える。

しかして、それは生き物として大きく逸脱しているということなのではないか。本来の生き物の性質、獣の本能は、この無機質社会で完全に失われるものなのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リアル(死)にふれる

タイトルのルー=ガルーとはフランス語で人狼のことで、夜間狼に化けてさまよい悪事を働く伝説上の怪物。

“出合ったものを屠る、忌避すべき狼(ルー=ガルー)”

 

狼の頭と人間の体をもつ獣人であるとされる一方で、呪術などで狼になった者、狼に憑依された“狼憑”――精神病の類いによる奇行を表す言葉でもあります。

 

ルー=ガルーは作中の特定の人物を示していて、本人自ら最後にそう名乗っているのですが、どんなに社会が変わろうと残り続ける人間の、獣の本性自体を指しているのだとも思える。

 

モニタ越しで他人との物理接触が少なく、どこか生きている実感が希薄だった少女たちが、殺人事件とそれに伴っての戦闘で「死」というリアルにふれ、生き物として覚醒していくのがこの物語のテーマ。

 

とはいえ、少女たちは獣の本能のままに生きようと決意するのでは決してない。「人殺しが裁かれないのでは物語に決着がつきません」と、これもまた人間的理性と罪悪で苦しむ。

 

「決着なんてないわ」

静枝は――本心そう思った。

「そういうものは――データ上便宜的につけられるものでしょう。現実にすっきりした決着なんかないのよ。言葉の上では何とでも言えるけれど、そしてそう思い込むことは簡単だけど、人間はそんなに簡単なものじゃないし――ある意味でもっともっと単純なものよ」

 

どんなにデジタル化、システム化されようと、良くも悪くも「人間」としての不可解さと苦悩は残る。もしそれが完全になくなったのだとしたら、それこそ本当の「人間」の終わりなのかもしれない。

 

狼は――絶滅した。

そういうことになっている。

 

 

 

 

他シリーズとの繋がり

近未来設定の異色作なので、京極夏彦作品におけるシリーズ間の繋がり、同一世界観でのものとは違う、単体作品なのだろうと思ってしまうところですが、実は『ルー=ガルー』も他シリーズと密接に繋がっている同一世界ものです。

 

臓器培養の医学的発展は【百鬼夜行シリーズ】(京極堂シリーズ)の二作目魍魎の匣にて美馬坂幸四郎が行なっていた研究を彷彿とさせるものですが、

 

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“モロに”繋がっているのが【百鬼夜行シリーズ】のアナザーストーリー集である百鬼夜行-陰』に収録されている復員兵・鈴木敬太郎が語り手の「鬼一口」

 

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ま、このストーリーにも『魍魎の匣』の久保竣公が関わっているのですが・・・元を辿ると元凶はコイツってことに。まったく、どこまでもはた迷惑な・・・。

 

百鬼夜行シリーズ】とはいえ、短編の「鬼一口」は本当のファンでないと見逃してしまうだろうマイナーどころ。繋がりに気がつけた時の感激もひとしおでしたね。

 

 

一世紀前の「鬼一口」での出来事が発端となり、今作の事件を引き起こしたとは・・・・・・何やらこう、歴史の連なりと人間の業の恐ろしさの壮大さ(?)で怖いような感慨深いような気持ちになる。妙に感動するといいますか。

 

 

企画ありきでの作品だったので一作のみだろうと思われた『ルー=ガルー 忌避すべき狼』ですが、なんと十年後の2011年に続編の『ルー=ガルー インクブス×スクブス 相容れぬ夢魔が刊行されています。

※詳しくはこちら↓

 

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ちゃんと続きものとして今作を補強するような驚きの真実も明かされているので、今作を読んだら間髪入れずにこちらも是非。

 

 

ではではまた~

 

 

 

『invertⅡ覗き窓の死角』2編 あらすじ・解説 シリーズ3作目 城塚翡翠、涙の訳とは?

こんばんは、紫栞です。

今回は相沢沙呼さんの『invertⅡ(インヴァートⅡ) 覗き窓の死角』の感想を少し。

invert II 覗き窓の死角 城塚翡翠

 

シリーズ3冊目、倒叙集2冊目

こちら、2022年9月に刊行された【城塚翡翠シリーズ】の新作。

度肝を抜いた『medium霊媒探偵城塚翡翠

 

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倒叙ミステリの中編集『invert城塚翡翠倒叙集』

 

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に続く、霊媒探偵・城塚翡翠が活躍するシリーズ3作目です。

 

“invertⅡ”ということで、犯人視点の倒叙ミステリ集第2弾。シリーズとしては3作目だけどタイトルに「Ⅱ」とついているのでちょっとややこしいですかね。

2作目と3作目は読む順番を間違えてもさほど支障はないと思いますが、今回もやはり必ず1作目の『medium霊媒探偵城塚翡翠』を先に読んでいないと絶対にダメです。依然要注意。ま、このシリーズはこの先ずっとそうだと思いますが・・・。

 

お馴染みの遠田志帆さんによる美しい装画でして、初回ですとこの絵の限定ポストカードが本に付いてきます。青、赤ときて、今回は黄色の表紙。次は緑ですかね。(今村昌弘さんの『兇人邸の殺人』の時も同じようなこと書きましたが・・・)

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装画を見ておわかりでしょうが、城塚翡翠、泣いております。シリーズ読者としては「どうしたどうした!?」って感じになりますね。もちろん作品内容を表しているものでして、中身を読めば涙の理由が分かりますよ。

 

 

 

 

 

 

 

各話・あらすじ

前作は3編収録の中編集でしたが、今作は2編収録で表題となっている「覗き窓の死角」は300ページほどある長編レベルのボリュームとなっています。

 

では順にご紹介。

 

 

●「生者の言伝」

とある計画を遂行するため、友人の家族が別荘として使っている屋敷に数日間不法侵入していた十五歳の夏木蒼太は、予期せず屋敷にやって来た友人の母に忍び込んでいたところを見つかり、揉み合いの末に刺し殺してしまう。

途方に暮れているところに、嵐で車が故障してしまったので雨宿りをさせてくれと20代と思しき女性二人――城塚翡翠千和崎真が訪ねてきた。

綺麗な年上女性に翻弄され、蒼太は二階に死体を放置したままの屋敷に二人を招き入れてしまうが――。

 

こちら、シリーズ1作目の『medium』よりも以前の、数年前の出来事として書かれています。

犯行の直後によりにもよって名探偵が偶然にも訪ねてきて相手をしなくてはならないという“ついてない犯人”もので、コメディ色が強いお話。

シチュエーションもコメディの描き方も金田一少年の事件簿の短編集に収録されている「殺人レストラン」を彷彿とさせる。

 

作中でも「長寿漫画の高校生探偵かよ」と出て来るので、オマージュ的なものなのかもしれない。

加えて、15歳の少年が美人に好意的な態度をとられてラッキースケベ(翡翠は探るためにワザとやっているんですけどね・・・)展開があるなど、ライトノベル風味も合わさっています。ここら辺の感じは読んでいると女性読者は冷めてしまうかも。このシリーズはいつもそうだって気もしますが・・・。

 

コメディ色が強いので骨休め的なお話かと油断していると、最後に驚かされる。やはりただでは終わらないといった感じ。

蒼太君の計画ですが、何故ここに滞在する必要があったのかがいまいち解らない。蒼太君の嘘をつく時の癖についても、なんとなく分かりはするがキッチリとした明言はなしなので、余韻を残すためなんでしょうが個人的にはもう少しスッキリさせて欲しかったですね。

 

 

 

 

●「覗き窓(ファインダー)の死角」

写真家の江刺詢子は、かつて妹を自殺に追いやった憎い仇であるモデルの藤島花音を殺害するべく入念に練った計画を実行する。その計画は、2週間前に偶々知り合った城塚翡翠をアリバイ証人に仕立て上げるというものだった。

強い動機を持っている詢子が犯人ではないかと疑いを強めていた警察は、アリバイ証人が翡翠だと聞いて驚愕する。確認してみると、翡翠は確かに死亡推定時刻に詢子と一緒にいたので、彼女に犯行は不可能だと断言した。しかし、翡翠の態度はいつもと様子が違っていて――。

 

“覗き窓”と書いてファインダーと読ませるこちら、翡翠のことを名探偵とは知らずにアリバイ工作に利用するという、これまた不運な犯人が描かれていますが、このお話で気の毒なのは翡翠の方なんですよね。

それというのも、犯人の詢子は翡翠にとってミステリ愛好家の同士で友人。見た目と性格のせいでこれまでまともに友人がいなかった翡翠は、詢子と友だちになれてたいそうはしゃいでいたのです。それなのに犯人として対峙しなければいけないというこの仕打ち・・・。いつもと違って詢子に対してはニュートラルな状態で接していた翡翠を最初に見せられるぶん、これは読者も辛い。

犯人の詢子は話が進むにつれ嫌悪感が増していく。やはり復讐殺人を自己満足だと自覚せずに正義だと思っている人物というのは滑稽でしかない。

 

このシリーズですと無闇に期待してしまうものですが、どんでん返し要素はこのお話では薄め。正当な倒叙推理小説ですね。

トリックも本格推理モノの王道的なもので、それこそ【金田一少年の事件簿】などで繰り返しやっているようなトリックなのですが、“翡翠だからこそ”解らなかったのが読者的にも悔しい。このシリーズだからこそのミスリードで「あ~やられたなぁ」といった感じ。

仕掛けよりも、翡翠の人となりなどに重点が置かれていてこれはこれで新鮮で読み応えがある。今までは皆無だった翡翠視点での描写があるのも必見です。

 

事件解決の決め手となる“あるもの”ですが、翡翠も詢子も気が付かないのは若干無理があるなと思う。写真家なら被写体をじっくり見るだろうし、“アレ”をなくすのってショックなんですよ。事件に関係無くっても探せるところは探すだろうし、詢子にも聞くだろうに。

「女性ってこうでしょ?よくわかってるでしょ?」といった感じで思考の仕方、服装やメイクについても細かく書いていますが、こういった部分がやはり突き詰められていないぞと。

同性間での容姿が優れているものへの嫌悪感が描かれがちですが、同性だって群を抜いて美しい女性には憧れるものですし、かわいい女子が好きな女性は案外多いのですよ。

 

後、作中で詢子が考える「ふわふわ女子は本格ミステリを好まない」というのは男性の本格ミステリ愛好家が女性に抱く思い込みの典型でしょ。

前からそうでしたが、女性読者としては諸々男性作家特有の部分が少し引っ掛かりますかね。ま、もっとあからさまな作家もいるのでこれ位は気にするほどでもないかもですが・・・。

 

 

 

 

 

 

人間味のある翡翠・シリーズの広がり

2編収録ではあるものの、今回の本は「覗き窓の死角」がメイン。

今までの翡翠は超絶美女の、ぶりっこ口調と仕草で相手を揺さぶり鋭く真相を見破るという、素が見えにくい探偵役でしたが、「覗き窓の死角」で翡翠の人間的な部分が明らかにされています。美女には美女なりの、能力がある者には能力がある者なりの悩みと葛藤があるらしい。

 

このお話では前からちょこちょこ登場していた蝦名刑事、翡翠に対して否定的なんだか肯定的なんだかよくわからない“めんどうくさい”態度をとる三十代男性刑事・槙野翡翠を徹底的に嫌っている女性鑑識課員の奥谷など、刑事さんサイドが賑やかに。※シリーズ1作目に登場していた鐘場刑事は捜査情報の漏洩問題で部署異動したらしい。

 

翡翠が嫌いつつも協力している警視庁の官僚・諏訪間駕善の登場、翡翠の亡くなった弟、警察と法務省が積極的に翡翠を利用したがる謎など、ここにきて大きくシリーズが広がりをみせてきたなといった感じ。

思わせぶりな描写や事柄がちらつかせられているので、今後のシリーズの動きに期待大です。

 

 

日本テレビ系で10月から『霊媒探偵・城塚翡翠』のタイトルで連続ドラマ化が決定していますが、発表される役者さんがことごとく原作のイメージと真逆なので個人的に困惑しております。これは、“あえて”の真逆キャスティングなのですかねぇ・・・。

1作目の話をやるみたいですが、連ドラでどのようにやるのかも不安。超評判の作品なのでいずれ実写化はするだろうと思っていましたが、やるなら映画だろうと思っていた。ネタ的に・・・。

 

ドラマだけでなく、連載誌「アフタヌーン」にて『medium』のコミカライズが連載開始されています。

作画は乙一作品や『Another』十角館の殺人のコミカライズも担当した清原紘さん。

 

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初回限定のポストカードと一緒にこのコミカライズの広告も本に付いていたのですが、コミカライズのキャラクター像は原作のイメージ通り。原作者の相沢沙呼さん完全監修なんだそうな。相変わらず清原紘さんの絵柄は美麗ですね。

 

 

そんな訳で、小説、ドラマ、漫画と、これからシリーズ自体がどのように動いていくのか気になるところ。なんにせよ、今後とも追っていきたいと思います。

 

 

ではではまた~

 

 

 

 

『ピンクとグレー』小説 映画 あらすじ・解説 やばい?わからない?違いを考察

こんばんは、紫栞です。

今回は、加藤シゲアキさん原作の『ピンクとグレー』の小説と映画の違いについて紹介していきたいと思います。

ピンクとグレー (角川文庫)

 

先月、映画を観た後に小説を読みました。前に映画のPERFECT BLUEからストーリー着想を得ていると知り、映画の予告も面白そうで気になっていたのですが、やっと観て読んでと出来た次第。

 

原作小説と映画でかなり違いがあるのですが、その違いが何やら興味深い違いだと感じたので、少し考察してみたいなと。

 

ではとりあえず、小説と映画を順にご紹介。

 

以下、小説と映画についてネタバレしていますのでご注意~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小説

 

 

作者の加藤シゲアキさんはジャニーズ事務所所属のタレントで、アイドルグループ「NEWS」のメンバー。『ピンクとグレー』は2012年に刊行された作家デビュー作ですね。

 

ジャニーズアイドルが小説を出版するということで当時話題になりました。通常は賞を受賞してのデビューが多い文学の世界ですので、受賞なしでの刊行は読書家から否定的に言われることも。賞を取ったら取ったで「話題性で取れたんだろう」なんて意見も出たので、もはやこういった色眼鏡で見られることはこの先も避けられないことなのでしょうが。

 

吉川英治新人文学賞は伝統のある賞なので、話題性だけで取れるなんてことはないだろうし、芸能界は芸術的センスや想像力・創作能力が高い人達が集まる世界なので、お笑い芸人やアイドルの書いた小説が評価されることは不自然なことではないと個人的には思います。

ま、才能があってもなかなかデビュー出来ないとう人がごまんといる世界なので、不公平感は拭えないものでしょうけど。

しかし、1年に一冊ペースで出せているのは凄いですよ。(専業作家さんでも数年出さないって人いっぱいいますからね・・・)今年でもう小説家デビュー10周年なのに驚き。おめでとうございます。

 

 

ストーリーの着想を得たという『PERFECT BLUE』は今敏監督のアニメーション映画で、芸能界に身を投じる主人公が精神的に追い詰められていくサイコホラーの傑作ですが、

 

 

『ピンクとグレー』は芸能界が舞台の青春小説。

色眼鏡云々はさておき、現役アイドルが芸能界舞台の小説を書くというのは興味をそそられる。

 

幼馴染みである河田大貴(りばちゃん)と鈴木真吾(ごっち)の二人は、高校生の時に共に読者モデルとして声をかけられたことをきっかけに一緒に芸能活動をスタートさせるが、いつまでも業界でぱっとした仕事にありつけない大貴と猛烈にスターダムを駆け上がっていく真吾との間には徐々に距離広がっていき、やがて別れが訪れる――。

 

という、ありがちですが設定を聞いただけで苦しくなるような切ない青春物語ですね。

 

『ピンクとグレー』というタイトルは、曖昧な二人を中間色の二色で表しているということらしい。

文庫版は単行本から改稿されていまして、作者の加藤シゲアキさんのあとがきとインタビューが収録されています。

 

 

物語の語り手は終始大貴で、本の三分の二は大貴が真吾(ごっち)と過した日々を出会った小学生時代からトビトビに回想している様子が描かれていく。

学生時代の様々な出来事、一緒に芸能事務所に入っての同居生活、幼馴染みのサリーとの恋、「白木連吾」(芸名)としてどんどん売れていき変わっていく真吾、真吾への劣等感と売れない焦りから鬱憤をためていく大貴、二人の衝突と決別、数年後に再会して再び親友同士として笑い合う二人・・・・・・

 

と、青年二人の青春が描かれる訳ですが、ここで事件が起きる。再会した翌日に、真吾は首を吊って自殺してしまうのです。「最後の白木連吾はりばちゃんに決めて欲しい」と6通の遺書を大貴に託して。

 

相応しいと思う遺書を選び、“白木連吾”として綺麗に真吾の遺体を整えた後に警察に連絡した大貴は自殺幇助などの疑いで留置場に。出て来てみると、大貴は自殺した大スター白木連吾のイケメンの親友として話題になっており、白木連吾絡みの仕事が次々舞い込むようになった。

 

「白木連吾とのことを書いてみないか」という誘いに乗り、大貴はノンフィクション小説を執筆。本はたちまちベストセラーとなり、今度はこの本を原作とした映画化の話が持ち上がる。白木連吾――ごっちを大貴が演じるという提案で。

 

その提案を受け入れた大貴は、撮影でごっちを演じることで同化するように危うい精神状態となっていく。そして、首を吊る場面の撮影時に本当に首を吊ろうとして意識が遠のき――

と、物語は大貴の生死が確りと分からないままに終わっています。

 

 

つまり、三分の二までの内容は大貴が書いたノンフィクション小説で、残りの三分の一は本発売後の大貴が現在体験している出来事ですよという構成になっています。たぶん。(どこの章までがノンフィクション小説として出版した部分なのかが、読んでいてもよく分からないのですよねぇ・・・)

 

本を書くことで追想し、演じることで追体験をする。

 

簡単にいうと、“なぜ親友は死を選んだのか”という謎を知るために、アレやコレやと試行錯誤する様が描かれている物語ですね。

 

ここで終わっている小説に対して、映画では“その後”、追体験した後の結果が描かれています。

 

 

 

 

 

 

 

映画

 

2016年公開のこちらの実写映画、「幕開けから62分後の衝撃!!ピンクからグレーに世界が変わる“ある仕掛け”に、あなたは心奪われる――。」という謳い文句がついていました。

 

“62分後の衝撃!!”とはどういうことだ?

なんですけども、この映画、前半の62分まで原作に沿ったストーリーが描かれるのですが、首を吊るシーンのところでカットがかかり、撮影終了のクランクアップ風景が映し出される。

 

つまり、ここまでは映画の撮影でした~と。ごっち、スターの白木連吾だと思っていた人物(中島裕翔)が、実は売れない友だちの方のりばちゃん(菅田将暉さんが演じていた方)でしたよ~と。観ている者があっけにとられるどんでん返し的仕掛けとなっています。

 

かなり大胆で面白い構成ではありますが、捉え方によっては鑑賞者をこけにしたような仕掛けなので、この時点でかなり評価が分かれる映画なのですけども。(前半丸々ですからね・・・)

原作小説では終盤での出来事だった【大貴が白木連吾役を演じる映画の撮影】が、この映画では前半部分になっている訳です。

 

じゃあ、残った後半の1時間ほどは何をするのかというと、映画撮影を終えた後の大貴の様子、死んでしまったごっちに囚われていた大貴が苦しみながらも乗り越える様、“二人の本当の別れ”が描かれる。

 

 

 

 

 

「しょーもな」

小説と映画で構成もテーマも違いはしますが、“なぜ親友は死を選んだのか”という謎を知るべく、ごっちのことを理解しようとアレコレしている点は共通しています。

 

大貴としては、業界に翻弄され変わっていく自分に嫌気がさした、芸能界でスターとなったことで友人や恋人と決裂してしまったことなどが理由なのではないかと、自分が知っているかぎりのごっちとの出来事を回想していくのですが、そこには「自分の存在が良くも悪くも相手に影響を与えていて欲しい」という願望がある。

 

数年ぶりに再会して盛り上がった翌日に死なれて、「最後の白木連吾はりばちゃんに決めて欲しい」と遺書を託されたのですから、大貴がある意味“思い上がってしまう”のもしょうがないことですよね。

 

しかし、後になってごっちのお母さんから渡されたビデオテープを観て、ごっちの自殺には年の離れた姉の存在が強く関わっていたのだと知る。

ごっちは姉を行動の指針としていた人物で、幼少期にダンスのステージ上で転落し亡くなった(※原作では転落後、病院でチューブを切って自殺。映画では自ら転落してそのまま亡くなる)姉を知りたいとステージの世界に飛び込み、生前姉が言っていた「やらないなんてない」の言葉の通りにその世界で行動力を発揮していた。

 

そして、姉が死んだのと同じ年齢になったら死のうと、前々から決めていた。

 

小学校の時からの幼馴染みで、一時期同居生活もしていて、スターの「白木連吾」ではない本来のごっちのことならば自分が誰よりも知っていると思っていた大貴ですが、ごっちがここまで姉に影響を受けている人物だとはまるで知りませんでした。大貴はその事実に打ちのめされる。

他人を理解しようとする行為の徒労感・むなしさを叩きつけられるのですね。

 

このごっちのお姉さんですが、これがまた死んでしまった理由がわからない。こうすればステージで高く飛べる「やらないなんてない」と、決行してしまったということなのかなぁ~・・・と、ボンヤリと想像することしか出来ないのですね。

はっきりとわからないからこそ、ごっちもここまで囚われてしまったのでしょう。姉が生きた年齢までしか生きないと決めるほどに。

 

自殺してしまったごっちのことを理解しようとしていた大貴だったが、ごっちはごっちで自殺してしまった姉を理解しようとしていた。なんとも皮肉な、言ってしまえば「しょーもな」なお話。

 

 

小説では、大貴はこの事実を映画撮影中に知っています。知った上で首を吊るシーンの撮影に臨み、ごっちと同一化して“本当の共演”を果たせた感覚を得て終わる。

しかし、この同一化で表現されているごっちの思考も、結局は大貴の願望からくる妄想にすぎない。死者が最後に何を想っていたのかは、死者にしかわからないこと。残された者は想像することしか出来ないのですから。

 

 

映画ですと、撮影終了後にこの事実を知り、周りから「白木連吾」の話を聞いて、自分の行為のむなしさを実感し、「しょーもな」とごっちの幻影と決別し、先に進もうとするところで終わります。

 

 

 

 

違いを楽しむ

小説ですが、各章が年齢と飲み物で、最後の章が「27歳と139日 ピンクグレープフルーツ」となっているのは凝っているし洒落ていて良いなと思うのですが、回想部分と違う部分とでごちゃごちゃとしていて読みにくい。

上記したように、“どこまでが小説として出版した部分か”も、もっと分かりやすくしてハッキリと二部構成にした方が作品としてまとまったのではないかな~など、面白いのだけれど、もっと面白く出来たのではないかという気がする。

デビュー作だし、狙って分かりにくくしているのかも知れませんが。

 

小説は最後死んだかどうか気になるところかと思いますが、スタッフに引き下ろされる時に意識があるので大丈夫だったのではないかというのに私は一票。

 

 

大胆に構成を変えているものの、映画はその点分かりやすいです。タイトルに引っ掛けて画面の色を変えているのは表現として面白いし、原作で幼少の大貴が言っていた「しょーもな」というセリフで冒頭と最後を繋いでいるのも作品のまとまり方として良いと思う。

映画には原作者の加藤シゲアキさんがカメオ出演しているのですが、私は初見では気づけなかった・・・。横断歩道でのシーンのようです。気になる方は是非探してみて下さい。

 

行定勲監督は叙情的で綺麗な映像を撮るのが特徴ですが、ベッドシーンなど性的な部分は誤魔化さずに割と赤裸々に撮る監督でもあり、この映画も出演者のファンなどは衝撃を受けますかね。検索すると「やばい」と出て来るのはそのせいでしょうか。一応R指定はないのですけど。

 

“6通の遺書”は興味を惹く設定なのですが、原作小説も映画もこの設定を活かしきれていない印象。映画だと6通の遺書の内容が明かされないままですしね。なら6通出してくるなよと思う。

小説の方ですと6通全部の内容がちゃんと書かれていますよ。

 

 

 

 

ダラダラと書きましたが、このブログでとりあげているのはほんの一部。『ピンクとグレー』は他にも様々な要素が描かれた青春物語です。

「わからない」「理解できない」となる人もいるでしょうが、小説も映画も色々と考えさせられる考察しがいのあるものとなっていますので、気になった方はセットで是非。

 

 

 

 

 

ではではまた~

『落日』湊かなえ あらすじ・考察 イヤミスじゃない!?一気読み推奨ミステリ

こんばんは、紫栞です。

今回は、湊かなえさんの『落日』をご紹介。

落日 (ハルキ文庫 み 10-3)

 

あらすじ

長年下積みをしつつも世に出るチャンスをなかなかつかめずにいる新人脚本家・甲斐千尋(本名・甲斐真尋)の元にある日、デビュー作が評価され大注目を浴びている新進気鋭の映画監督・長谷部香から「新作の脚本について相談させてほしい」とメールが届く。

 

十五年前、引きこもりの男性が自宅で妹を刺殺後に火を放ち、就寝していた両親もろとも死に至らしめた『笹塚町一家殺害事件』。

 

すぐに犯人の立石力輝斗が逮捕され、とっくに裁判で死刑判決が確定しているこの事件を題材に、香は新作を撮りたいらしい。それというのも、香は事件が起こる以前、五歳の時に一時期笹塚町に住んでいて、立石一家とは同じアパートだったのだという。被害者の妹とは少しばかりの面識もあったらしい。

香が真尋にメールを送ってきたのも、千紘が笹塚町出身だと知ってのことだった。

 

「知りたい」と必死な様子の香に気圧され、「無理に蒸し返す必要はない」と思う千尋はあまり前向きな気持ちになれないながらも『笹塚町一家殺害事件』について調べ始める。すると、思いもよらぬ証言が次々と出て来て――。

 

隠された真実にふれていく真尋と香。二人がたどり着いた「真実」、「物語」とは――。

 

 

 

 

 

 

 

「映画」と「裁判」

『落日』は2019年に刊行された長編ミステリ小説。WOWOWで連続ドラマ化が決定しています。

WOWOW湊かなえ作品が連続ドラマ化されるのは『贖罪』

 

 

『ポイズンドーター・ホーリーマザー』

 

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に続き3作目ですね。

 

作者へのインタビューによると、

「今回は、版元の社長から“裁判”、担当編集者から“映画”という言葉をいただき、なら裁判シーンのある映画を作る話にしようと思いました」

とのことですが、十五年前に起こった『笹塚町一家殺害事件』を題材に映画を作りたいと映画監督の香に協力の申し出を受けた脚本家の真尋が、地元である笹塚町の人たちに立石一家、主に被害者で犯人の妹である立石沙良についての話を聞いていくというストーリーですので、実際は映画を作るために取材をする物語ですね。

 

テーマは“裁判ではわからない隠された真実”。

 

色々と伏線が散りばめられ、あらゆる人物・出来事が繋がりに繋がっていくのが見事な作品なのですが、レビューを見てみると「何がなんだかよく分からなかった」との意見が割とある。

これは、本が400ページ以上あり、中盤は中だるみともとれる展開をするので、休み休み読んで分からなくなってしまうということだと思います。

人間関係などが複雑に入り組んでいるので、読む期間を空けちゃうと思い出すのに苦労するかなと。私は時間があって一気読み出来たので、把握するのに苦労はしなかったのですが。なので、出来れば一気読みがオススメの作品ですね。

 

イヤミスで有名な湊かなえさんですが、今作はイヤミスではありません。(見方を変えればイヤミスではあるかも知れませんが・・・)

読後に溢れる感情は嫌悪感ではなく感動です。イヤミスが苦手な人にも安心してオススメできる貴重な(?)湊かなえ作品ですね。

 

 

 

 

 

二人の主人公

物語は全六章。各章の語り手は一貫して真尋なのですけども、各章の前に香の幼少から現在に至るまでの「エピソード」が挿入されているという、二つの視点・それぞれの物語が交互に描かれ、同時進行していく構成になっています。

 

こういった構成は湊かなえ作品でよくなされるもので、それぞれの物語が同時進行しながら最終的に一本に繋がっていく仕掛けは、湊かなえミステリの特徴の一つ。

 

既に刑が確定していてひっくり返ることはない事件を調べるというストーリーなので、ドキドキハラハラといった緊迫感はありません。そのぶん、人間ドラマに重点が置かれた作品となっています。

 

描かれるのは、『笹塚町一家殺害事件』を通しての甲斐真尋と長谷部香、二人の物語

 

これから自殺をしようとしている人々の人生の最後を終えるまでの最後の一時間をドキュメント形式で描いた初監督作品「一時間」が海外の大きな賞を取り、注目されている駆け出し映画監督・長谷部香は、才能に加えて美貌にも恵まれていながら、どこかオドオドしていて余裕のない人物。

 

幼少期、教育熱心な母親から問題を間違える度にアパートのベランダに閉じこめられるという仕打ちを日常的に受けていた香には、ベランダを区切っている板ごしに手だけを触れ合わせてコミュニケーションを取っていた友だちがおり、その子の存在が幼少の香にとっては心の拠り所となっていた。

後になってその子が一家殺害事件で殺害された立石沙良だったということが分かり、「彼女がどう生きたか、彼女を殺害するに至ったお兄さんはどんな人だったか、何故彼女は殺されなければならなかったのかを知りたい」と、『笹塚町一家殺害事件』を題材に映画を撮りたいと考える。

 

 

対して、遙か前に二時間ドラマの脚本を手掛けて以降、目立った成果が出せておらず焦っている新人脚本家・甲斐真尋は、「知りたい」と息巻く香に「知ることがそれほど大事だとは思っていない」と言って持ちかけられた仕事を断る。

 

結局、業界関係者の元彼に「こんなチャンスを逃すなんてどうかしている」と言われて後ろ向きながらも引き受けることになるのですが、「知りたい」という気持ちが創作の原動力となっている香と、見たい物だけを見せる「現実を忘れさせてくれる娯楽」が創作意欲の千尋とで対比的に描かれています。

 

真尋に現実逃避的な思考が強いのには“ある出来事”が大きな影を落していて、事件に向きあうことで真尋が目を背けていたものも明らかになっていく。探っていくうちに思わぬ真実が浮上し、無関係だったはずの『笹塚町一家殺害事件』は真尋自身の物語となる。

 

作者の湊かなえさんは脚本家でもあるので、業界の話などは実体験が盛込まれているのかと思えてリアリティを強く感じられます。真尋は若干作者の自己投影がされているかもですね。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~ ※最後の真相には触れていません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「事実」と「真実」

 

「この認識が合っているかわからないけど、実際に起きた事柄が事実、そこに感情が加わったものが真実だと、わたしは認識している。裁判で公表されるのは真実のみでいいと思う。そうしなきゃ公平とは言えない。だけど、人間の行動には必ず感情が伴っている。そこを配慮する必要があるから、裁判で問われることも真実の方でなければならないのだろうけど、果たして、それは本当の真実なのかな」

 

これは第四章で香と真尋が裁判所でいくつかの裁判を傍聴した際に香が言うセリフ。

 

『笹塚町一家殺害事件』は、世間にはアイドル志望で夢と希望に溢れていた女子高生の妹を、無職の引きこもりで家族を困らせていた兄が刺殺し、家に火を放ったことで就寝中だった両親も殺すことになった事件といったように認識されている。

 

捕まった力輝斗は死刑を望み、あまり多くを語らなかったので「事実」から分かることだけが公表されそのように認識されるのに拍車をかけたのですね。

 

 

話が進行するにつれ、妹の沙良には嘘をつき周りを陥れて楽しむ虚言癖があったこと、日頃から沙良は兄の力輝斗には辛くあたっていたこと、両親は昔から沙良ばかりをかわいがり、力輝斗を疎外していたこと、香の幼少の頃の“板ごしの友だち”は沙良ではなく、虐待を受けていた力輝斗の方である事などが明らかに。

 

ここまででも当時報道や裁判で世間が受けた印象とはだいぶ違うことが分かり、事件の見え方がすっかり変わる訳ですが、最終的に力輝斗が沙良を殺害するに至ったのにはある“決定的な出来事”があったのだと、終盤でさらに驚きの真相が判明。その出来事は実は千尋のすぐそばで起こっていて・・・・・・。

 

と、これらの過程が様々な仕掛けを用いて描かれていて読者を引き込むのですが、苦境や内情が知れたところで、立石力輝斗が妹と両親を殺害した「事実」は変わらない。

 

いまさら判決が覆ることもないし、香や真尋がやっていることは端から見れば無駄なことなのです。それでも「事実」ではなく「真実」を知ることで香と真尋は当事者たちの気持ちを想像し、痛みを受けながら自分が今まで抱えていた問題に向きあう道を進む。

 

『落日』というタイトルは、舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』の劇中歌「サンライズ・サンセット」のイメージでつけられているのだとか。


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“再生に繋がる一日の終わり”という希望が込められたタイトルなのですね。

 

 

香に関しては、「家族」「母娘」「毒親といった、湊かなえさんが繰り返し描いてきたテーマがフルで詰められている印象。

 

湊さんは“嫌な母親”を描くのは天下一品なのですが、父親に関してはいつもさほど踏み込んで描かれないのですよね。今作ですと、香は自殺した父親のことを引きずっているという設定なので他作より父親に対しての描写が多いとは思いますが、やはり深く踏み込んではいない感じ。

 

どんでん返し系の仕掛けに関しては、この手のミステリを読み慣れている読者なら容易に解るものだと思います。真尋の姉についてなど、すぐにピンとくるかと。

色々な伏線・人物が繋がっていくのが面白い作品ではありますが、あまりにも諸々繋がりまくるので、「偶然にも程がある」と呆れる読者もいるやもしれません。

 

中だるみを感じさせるのは主に上記した裁判所での傍聴シーンなどだと思いますが、作者としては今作のテーマを示すためにも絶対に入れたいシーンだったのだと思います。退屈かも知れませんが、テーマがわかりやすくなって良いのではないでしょうか。

 

 

個人的に“力輝斗が善人、沙良が悪人”と、あまりにクッキリハッキリと見えるように描かれているのはリアリティがないかなと気になりました。

これはしかし、真尋が想像で補っているということでこうなっているのでしょうが。真尋が行着いた「物語」がこれだということで、あくまで真尋がふれた真実から導き出した創作なのですね。

 

 

“裁判ではわからない隠された真実”というテーマの他にも、“なぜ創作をするのか”にもじっくり目が向けられている作品。

イヤミスではありませんが、湊かなえ作品の特色・醍醐味がまるっと味わえる作品になっていますので、気になった方は是非。

 

 

 

ではではまた~

 

 

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『invert 城塚翡翠倒叙集』“あの”メディウム続編!3編あらすじ・感想

こんばんは、紫栞です。

今回は相沢沙呼さんの『invert(インヴァート)城塚翡翠倒叙集』をご紹介。

invert 城塚翡翠倒叙集

 

まさかの続編

こちら、ミステリランキング5冠を獲得し、2020年のミステリ界で話題を攫いまくった長編小説で2022年10月から連続ドラマ化も決定した『medium霊媒探偵城塚翡翠

 

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の続編で、霊媒師の城塚翡翠が探偵役として活躍するミステリ中編集。前作の仕掛けが仕掛けなので、ネタ的に続編は難しいだろうと読者の誰もが思ったことでしょうが、まさかの続編です。

 

タイトルの「invert」(インヴァート)は逆さ・裏返し・反対・逆転という意味で、倒叙推理小説は英語で「invert detective story」と書く。今作は3編収録の中編集ですが、すべて犯人視点で物語が進行する倒叙モノに特化した本になっています。

 

この本を読むとやはりどうしても前作のネタバレはくらってしまうので、絶対に先に『medium霊媒探偵城塚翡翠』を読まなければダメ。もう、絶対、絶対に読む順番は間違えないようにして下さい!一作目の驚きが台無しになります。

今作の最初にも

*この作品は『medium霊媒探偵城塚翡翠』の結末に触れています。未読の方はご注意ください。

と注意書きもありますので。とにかく厳守で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各話・あらすじ

 

上記の理由で、前作を読んでいない人はこれから紹介するあらすじにも注意ですので悪しからず。

 

 

●雲上の晴れ間

ITエンジニアの狛木茂人は、幼馴染みで会社社長である吉田直政を自宅風呂場での事故に見せかけ殺害する。念のために死亡推定時刻に“社内にいなければ絶対に出来ない作業をしていた”という鉄壁のアリバイを用意し、無事事故で処理されそうだと安心していた狛木だったが、隣の部屋に越してきた美女・城塚翡翠が「私には霊感がある。あなたの部屋を訪ねたときに男の人の霊が視えた」と言い出して――。

 

わざわざ隣人のふりして近づく翡翠。恋愛慣れしていない若い男性という、非常に翡翠が手のひらで転がしやすそうな犯人で、実際モロに思いのままになっている。まったく、こんな都合良く男性の妄想みたいな女子が好いてくれる訳ないだろうに。気が付きなさいよ。

最後、「女性というのは、恐ろしいですね」と言う狛木に対し、翡翠が「女性が恐ろしいのではありません。わたしからすれば、男性が愚かなのです」と返答しているのが正にって感じ。

アリバイトリックはプログラミングに関するものですが、専門知識がなくても容易に解けるものになっていますかね。なので、物証当てがメインの物語となっています。

 

 

 

●泡沫の審判

小学校教諭である末崎絵里は、元校務員で卑劣な犯罪行為を繰り返している田草明夫を夜の学校で殺害する。窃盗目的で学校に侵入し、逃げる際に転落死したのだろうと警察が判断しようとしたところに城塚翡翠が現われ、「これは、殺人事件です」と断言。翡翠は事件を探るためスクールカウンセラーとして小学校に潜入し、末崎を苛つかせて揺さぶりをかけるが――。

 

わざわざスクールカウンセラーになって犯人に近づく翡翠。事件解決後も契約期間終了までは勤めるというのだから、ようやる。

頭の硬い女性教諭が相手ということで、いつものぶりっ子キャラとは変えるのかとも思いましたが、いつも通りのキャラクター設定で犯人をイライラさせることで揺さぶりをかける戦略。女性視点だと翡翠のあざと女子の振る舞いは本当にイラッとくる。男性視点だと「バカだなぁ、男って」なんですけど。

卑劣なことをしている田草から子供たちを守りたかったという犯行理由なのですが、殺さなくっても何とでもやりようがあっただろうとどうしても思ってしまう。末崎は自分が盗撮された写真が警察に見られるのも承知の上での犯行をしているので、田草の脅迫が恐ろしかったという訳でもないだろうし、余計に。

 

 

 

●信用ならない目撃者

元捜査一課の刑事で、今は表向き探偵社の社長をしながら裏で脅迫によって荒稼ぎをし、“犯罪会のナポレオン”とも喩えられる雲野泰典は、裏家業の事実を知った部下の曽根本を殺害する。

捜査一課時代の知識と経験を駆使し、自殺に見せかけた完璧な殺害計画を実行した雲野だったが、向かいのマンションの住人に犯行を一瞬目撃されたかも知れないという懸念が残った。すると数日後に、会社に刑事と共に訪ねてきた捜査協力者で殺人事件ではないかと疑う城塚翡翠から「男が拳銃を手にしていたという目撃証言がある」と聞かされる。しかし、目撃者は決定的な場面は目撃しておらず、酒で酔ってもいたため証言は曖昧らしい。

現場には証拠はなにひとつ残されていない。事件を左右するのは目撃証言のみ。

雲野と翡翠はそれぞれに目撃者の女性に接触。目撃証言を巡る闘いが始まるが――。

 

男性の犯人であるものの、犯罪慣れしていて(※殺人を犯すのはこの事件が初)、年齢高めで人生経験豊富、霊能力もまったく信じていないしで、翡翠の今までのキャラクター設定で懐柔するのは困難な相手。読んでいて「そうだよね、チョロい男性ばっか出してる訳にいかないよ」ってなった(^_^;)。

目撃者は涼見梓という30代の女性なのですが、目撃したものを思い出してもらおうとする翡翠と、勘違いだったと思わせようとする雲野とで目撃者へのアプローチ合戦をするのが主となっています。

普通は目撃者にわざわざ近づくのは犯人の立場からするとリスキーだろうところですが、雲野は“犯罪会のナポレオン“とかいわれて犯罪者として(?)自信に満ちあふれるので(目撃されている時点でどうなの?ですが)、大胆にも目撃者に恋愛的アプローチをしちゃう。やめときゃいいのに・・・。

 

収録されている作品の中では一番ページ数があり、先の2編のほぼ倍の長さ。この中編集のメインともいえるお話で、仕掛けの驚きもふくめてもっとも“城塚翡翠らしい”ものとなっていて読みごたえもあります。

 

 

 

 

 

 

以下、若干のネタバレ~※事件の真相には触れていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カマトト探偵

今回の中編集は倒叙に特化しているからなのか、日本人の間では倒叙モノで一番馴染みがあるだろうミステリドラマ古畑任三郎へのオマージュが多々あります。

 

3編ともパターン化されていまして、犯人が殺人を犯すところからスタートし、主に犯人の視点で物語が展開されるなかで、翡翠と世話係兼助手である千和崎真の二人の会話がちょこちょこ入る。最後の解決編で犯人と翡翠で1対1の対決。エピローグで翡翠と真の会話で終了という流れ。

 

解決編の前には翡翠から読者への挑戦状のような芝居がかった口上があるのですが、古畑任三郎を意識したというか、翡翠がわざとらしく真似していまして、部屋の明かりも一々消したりする。

独特のキャラで犯人を苛つかせつつ揺さぶりをかけるのも古畑的ですかね。

 

 

翡翠と真、女性二人のコンビ色が強い作品にもなっています。

 

今作は前作の『medium霊媒探偵城塚翡翠』の続編ということで、読む前から読者の期待のハードルがむやみに高くなってしまっています。

前作が驚愕の仕掛けで読者をアッと言わせているぶん、どうしても前作と同等レベルの驚きを続編の今作に期待してしまうのですね。

 

正直、前作ほどの衝撃はないのですが、今作は3編目の「信用ならない目撃者」に前作と同種の驚きを与える仕掛けが施されています。

「信用ならない目撃者」でのミステリ要素が突出しているのはもちろんですけど、先の2編「雲上の晴れ間」「泡沫の審判」倒叙モノとしては正統派、言うなれば“普通の推理小説”なのがこの本の最大の引っ掛けとして作用している。

二つ続けて正統派を読んだ後なので、3編目も同じようなミステリなのだろうと思ってしまうのですね。

 

先の2編も推理小説として充分に完成されたものなんですけど、3編目を読んで“城塚翡翠”で読者が期待するミステリが得られて「やっぱり最後にやってくれましたか」となる。

 

個人的に、翡翠の“霊媒探偵”としての特色が薄いのが少し残念でしたね。奇術のシーンや怪異に見せかける演出なども今作ではさほど披露していないので、霊媒探偵”というより、抜群の容姿を駆使してぶりっ子を演じることで相手に取り入る、もしくは苛立たせて油断させる“カマトト探偵”といった感じ。

作中でも真ちゃんに

「殺人鬼と恋愛ごっこをすることでスリルと快感を得るドS探偵」

とか言われちゃっていますが、なんか、本当にそうだなと。

 

それもあってか、前作以上に翡翠の口調とかに本気でイライラしてしまった。相手を煽りまくる態度は前作では状況が状況だったので爽快さがあったのですが、今回は最初からネタが割れている状態ですからねぇ・・・。人によってだいぶ好みが分かれる人物像になっていると思います。

苛立たせるために効果的だとして「はわわ」「あれれ」などと言うのですが、現実でそんな口調をやられたら、男女問わずにおかしい人だと距離を置かれると思う。(私はコ○ン君が「あれれ~」と言うのも毎度少し苛ついてしまう)

いくら美人に言い寄られて浮かれ頭の男性でも一気に冷めるでしょうに。

それともこれがリアルで、愚かな男性はわざとらしすぎるあざと女子も見抜けないものなのでしょうか。そうなら、とても嫌な現実ですけども・・・どうなのでしょう?

 

 

翡翠と真のやり取りも漫画的というか、わざとらしさがあって私としてはちょっと「うーん」だったのですが、真が翡翠の世話係兼助手になった経緯がそれなりに何かありそうなのにまだいっさい明かされていないので、シリーズはまだ続けるつもりなのかもしれません

・・・・・・・と、思っていたら、2022年9月18日にこのシリーズの第三弾が発売予定だそうです。

タイトルが「invert」なので、また倒叙もの。

※読みました!詳しくはこちら↓

www.yofukasikanndann.pink

 

 

この手の仕掛けの推理小説は冊数を重ねるごとにハードルが上がって作者的に苦しくなりそうですが、相沢沙呼さんの手腕に期待したいですね。ドラマも放送されることですし。

 

 

前作『medium霊媒探偵城塚翡翠』を読んだ方はこちらの続編も是非。

 

 

ではではまた~

 

 

 

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