夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『富豪刑事』アニメ・ドラマの原作小説 とんでもないお金の使い方が面白い!推理小説

こんばんは、紫栞です。
今回は筒井康隆さんの小説富豪刑事を紹介したいと思います。

富豪刑事 (新潮文庫)

ドラマ・アニメの原作小説
富豪刑事』は1975年から1977年にかけて4編発表された連作短編小説。今からおよそ40年前の作品ですね。

筒井さんは小説家としては時をかける少女』『七瀬ふたたび』などのSF作品で有名な作家なのですが、

 

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こちらはトンデモ設定ではあるものの、キッチリとトリックのある連作推理小説
“SFの鬼才がまったく新しいミステリーに挑戦する”
と、新潮文庫の紹介文にも書いてあるように、いつもとは違うジャンルに挑むという意欲作だったのだと思います。筒井さんは実験的作品が多い作家さんですので、他ジャンルを書くといっても特別なことではないのかも知れませんが。

 

概要としては、大富豪の息子・神戸大助という刑事が大金を惜しげも無く使って事件を解決してゆくお話。

 

一般的にはこのタイトルを聞くと2005年に深田恭子さんが主演をしたテレビ朝日の連続ドラマを連想する人がほとんどだと思います(世代にもよるでしょうけどね・・・)

  

富豪刑事 DVD-BOX

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第一話 富豪刑事の囮

第一話 富豪刑事の囮

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私も当時毎週観ていました。人気があり、2006年には第2シーズンとして富豪刑事デラックスも放送されていましたね。

 

富豪刑事デラックス DVD-BOX

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  • 発売日: 2006/10/06
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深田恭子さんの刑事らしからぬ煌びやかな服装ととぼけた振る舞い、夏八木勲さん演じる孫を溺愛する大富豪老人、ユニークな捜査班の面々、ぶっ飛んだ散財方法など、非常に楽しいエンタメドラマでした。


ドラマが好きだったので原作小説があると知った時「いつか読もう」と思っていたものの、今までずっと読まずじまいだったのですが、今年、2020年4月にノイタミナ枠でテレビアニメ化されると知ってやっとこさ読んでみた次第です。

40年前の作品だし、原作小説とはいってもドラマとはかなりの違いがあるのは分かっていたので、「ドラマ好きだったといっても、原作はどうかなぁ~」とか読む前は気がかりだったのですが、まったく無用な心配でした。原作小説もとっても楽しいエンタメ作品になっています。

 

 

 

 

 

 


各話あらすじと紹介
今作は全部で4編の連作短編小説。1編はどれも60ページ程で4編全部合わせても250ページ程とサクッと読める本になっています。


ドラマが2シーズンあって倍以上の話数を放送していましたので、原作が4話しかないのは意外かもしれないですが、この本は続編も無くって、本当にこの1冊に収録されている4話のみ。設定の変更や脚色もそうですが、ドラマは各ストーリー自体も丸々オリジナルが多かったみたいですね。原作の4話はいずれもドラマの第1シーズンで使われていたようです。第2シーズンの『富豪刑事デラックス』は丸々オリジナルストーリーだったってことですね。


ドラマは大富豪・神戸喜久右衛門の孫娘・神戸美和子が主役となっていましたが、原作小説では神戸喜久右衛門の息子・神戸大助という男性刑事が主役です。
ドラマで主役を男性から女性に変更したのが何故なのかは判然としませんが、豪華な衣装などは画的に女性物の方が見ていてやっぱり楽しいので、実写ドラマとしては良い変更だったと思います。


他、捜査班の面々もドラマ独自のアレンジがされていましたが、ドラマ版も原作小説版もそれぞれに個性的で面白いです。

大富豪・神戸喜久右衛門が唯一ドラマも小説も人物設定が同じ感じ。息子(ドラマだと孫)が刑事になったことを大いに喜び、自分の金を捜査に使ってもらうことが、散々悪どいことをして金儲けをしてきた罪ほろぼしになると考えている人物ですね。夏八木勲さんは見事に原作通りの喜久右衛門を演じていたのだと、この本を読んでしみじみと実感しました。

 

 

収録作品
富豪刑事の囮
五億円強奪事件の時効まであと3ヶ月。容疑者を四人まで絞れたものの、そこから先に捜査が進展せずに途方に暮れる捜査本部。そこで、神戸大助が刑事という身分を隠して御曹司として各容疑者に接触。大金を使わざるを得なくなる工作をして、強奪した五億円を使おうとしたところを逮捕しようとするお話。


窮地に追い込んで金を使わせようというのではなく、親しくなったところで富豪なのを見せつけ、張り合う心理に導いて使わせようとするところが富豪刑事ならでは。凡人には考えつかぬ様々なダイナミックな金の使い方が『富豪刑事』の1話目として相応しいお話です。

 

●密室の富豪刑事
ある会社の社長室で社長が殺害される密室殺人事件が発生。容疑者は被害者のライバル会社社長だが、殺害方法も証拠も掴めず捜査は難航。そこで、神戸大助は新たに容疑者の会社のライバルになり得る会社と密室殺人が起きた社長室と似た作りの部屋を造って罠を張り、容疑者がまた同じ犯行を実行するよう仕向けようとする。


今度は罠を張るためだけに本当の会社を設立しちゃうお話。密室殺人ということで、本格推理小説を意識しているというか、コミカルにオマージュしているような物語り。作中で本格推理小説ではお馴染みの「読者への挑戦」が挿入されています。

 


富豪刑事のスティング
子供の誘拐事件が発生。被害者の父親は犯人に言われて警察に知らせずに要求された五百万円を渡したが、子供は帰されずに「もう五百万用意しろ」と電話があり、被害者の父親はたまりまねて今度は警察に連絡する。捜査を開始するが、神戸大助は「五百万円を用意出来ない」という被害者や警察にやきもきし、なんとか自分が用意した金を被害者の父親に不自然な形にならぬように渡そうとする――と、いうもの。


作中で著者のものと言葉として「話を面白くするために、小説中における時間の連続性を、トランプのカードをシャッフルするように滅茶苦茶にしてしまえばどうであろうか」と出て来て、実際にそのようなプロットで書かれるという試みがなされています。
札束を雑踏の中でばらまいて周囲の目を惹きつけるというドラマで繰り返しなされていたシーンが今作で登場しています。

 

●ホテルの大富豪
神戸大助たちの管轄である町に二つの暴力団組員のほぼ全員が集まって何らかの談合をするらしいという情報が入り、署全体で警戒にあたることに。多すぎる警戒対象者をどうやって扱おうと頭を悩ませる署員たち。神戸大助は自分の父の持ち物である高級ホテルに暴力団員全員が宿泊するように誘導し、署員たちはそれぞれホテル従業員に扮して暴力団員たちを見張ろうという案をだす。
なんだか東野圭吾の『マスカレード・ホテル』のような流れの本作。

 

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 今作の方が30年以上前の作品だし、こちらは主人公がホテル一個丸々貸し切り状態にして警備するというトンデモ案ですけどね。


作中で殺人事件も起きています。こちらは“如何にも本格推理小説”というトリックがあるものですね。ホテルの内線電話や鍵の開け閉めなど、40年間の間に随分と変わったので、ここら辺は本の中で一番時代の違いを感じる部分かも知れません。
最終作で前3編では詳しい説明がなかった捜査班の面々の人となりの説明があるというのが妙な具合で面白いです。終わり方も普通の小説とは一味違って、最後まで型にはまらない連作短編集となっています。

 


以上、全4編。

 

 

 

 


ドラマはある程度パターン化された「お約束を楽しむ」というつくりになっていましたが、この小説はシリーズものであるものの、4編とも形式が異なる描き方がされています。
作中人物にメタ発言をさせたり、著者が地の文で読者に語りかけたり、パロディ要素がふんだんに盛り込まれていたりと、全体的にユニークで型破り、それでいてキッチリと正当な推理小説である作品です。

トリックはもちろんですが、次はいったいどんなお金の使い方で捜査をするのだろうとワクワクさせてくれる他にない推理小説でもあります。推理小説を読み慣れている人にも読み慣れていない人にもオススメの本ですね。

 

 


アニメはどうなる?
富豪刑事」とは言うものの、原作小説の主人公・神戸大助は班員の中では一番の下っ端で、捜査会議で提案をするときも「あのう」とおずおずと手を挙げてだし、他とはあまりにもズレている金銭感覚を揶揄されて赤面してうつむいたり、「富豪なのは自分ではなく父です」と、常々言っていたりと、偉そうな素振りはほとんどない、少し内向的な性格をしています。それでいてダイナミックな金の使い方をするところがチグハグで面白いのですけども。周りの刑事たちも警察の上層部も大富豪の息子だからと忖度することもなく接しています。

 

2020年4月から開始されるアニメですが、公式サイトを見ると神戸大助と加藤春という男性刑事とのバディものとなっているようです。

「加藤春」たる人物は小説では登場しないし、バディものでもないのでこの設定は完全にアニメオリジナルですね。
キャラクターの絵柄や下っ端刑事ではなく警部になっているところ、「で、いくら必要だ?」という公式サイトの文句を見るに、神戸大助の設定もアニメでは大きく変更していそうですね。葉巻吸ってるところは同じですが。


有無を言わさず金の力を使う警部と「金がすべてじゃない」と主張する刑事とのバディものということでしょうか。ドラマとは違い、原作通りの男性主人公ですが、アニメはアニメでオリジナル要素の強い独自の作品になっていそうですね。

 

 

40年以上経っても色あせない『富豪刑事』。アニメやドラマで気になった方は原作小説も是非。

 

 


ではではまた~

 

富豪刑事 (新潮文庫)

富豪刑事 (新潮文庫)

 

 

 

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有栖川有栖『幽霊刑事』[新版]のススメ~

こんばんは、紫栞です。
今回は有栖川有栖さんの『[新版]幽霊刑事』をオススメしたいと思います。

[新版]幽霊刑事 (幻冬舎文庫)


新版
こちらは『幽霊刑事』と書いて「ゆうれいデカ」と読ませるタイトルの作品。

連載されたのは1999年~2000年で、その後2000年~2003年の間に講談社から単行本、ノベルス版、文庫とそれぞれ刊行されているのですが、2018年に新たな文庫版『[新版]幽霊刑事』が刊行されていたことを今更ながらに知ったのでご紹介。

 

2003年に刊行された文庫版とこの[新版]で何が違うのかというと、この『幽霊刑事』の後日談にあたる短編『幻の娘』が本作に一緒に収録されているところです。
『幻の娘』は2008年に新潮文庫のアンソロジー『七つの死者の囁き』

 

 

に収録されたもので、長年有栖川さんの本には収録されずじまいでした。いつかノンシリーズの短編集に収録されるのだろう!と、ず~っと待っていたのですが、この[新版]で長編とセットで刊行され直されていたという訳です。


正直、「ああ、そういうことしますか・・・」って感じで(^_^;)。私は先の文庫版を既に所持して完読している状態だったのですが、

 

幽霊刑事 (講談社文庫)

幽霊刑事 (講談社文庫)

 

 

おかげさまで買い直した訳です。ま、この短編の内容的にやはりセットで一冊の本に収録されているのが一番良い形なのかなとは思います。なので、今から読む人は是非[新版]の方で。

 

 

 

各話、あらすじと紹介~

 

 

 

●『幽霊刑事』
あらすじ
刑事の神崎達也は或る日、上司の経堂に呼び出されて射殺される。同僚との結婚を間近に控えての突然の死。経堂に射殺された理由も解らず、無念ばかりを残した神崎は成仏できずに幽霊となるが、恋人にも母にもまったく自分の存在に気が付いてもらえずに途方に暮れる。そんな中、後輩刑事の早川が霊媒体質で幽霊の神崎の存在が見えることが判明。神崎は早川に協力してもらい、自分が殺された理由を解明して経堂を逮捕させようとするが、その矢先に経堂が密室で殺害された。自分が謀殺された事件には他に黒幕がいるのか!?
幽霊の姿をフルに使い、霊媒体質刑事・早川と共に神崎は事件の真相を探る。事件への疑念、恋人への未練を解消し、神崎は悔いを残さず成仏することが出来るのか?

 

 

 

 

 

笑いあり・涙あり・謎解きあり!の、恋愛ミステリ小説
『幽霊刑事』は元々、1998年に有栖川さんが原案を提供した同題の舞台劇をふくらませて小説化したもの。

この演劇は賞金・賞品つきの犯人当てイベント『熱血!日立 若者の王様part9 推理トライアスロンでの1回きりの公演で映像化もされていないため、今となってはこの演劇がどのようなものだったのか詳細は分からないですが(有栖川さんはイベント当日の記録ビデオをもらっているらしい)、元が演劇用に書いたものだというのは読んでみると凄く納得。なんというか、お話全体に演劇的な面白さがあるんですよね。

ノンシリーズものなのですが、有栖川さんの作品の中では一番映画化に向いていそうだなぁと個人的には思います。今作は500ページ以上ある結構なボリュームの作品なので小説慣れしてない人にはオススメしにくいというのがあるので、映像化されればなぁ~と。


『幽霊刑事』をネットで検索すると同題の映画が表示されるのですが、

こちらは銃撃戦での被弾が原因で幽霊と対話できるようになった刑事が(なんか某ドラマで聞き覚えのある設定ですね・・・。こちらの映画の方が公開は先のようですが)猟奇殺人に挑むというホラーサスペンスアクションなんだそうで、この小説とはまったくの無関係。


上記の映画のように幽霊と対話できる人物が主人公で、イタコ捜査官よろしく被害者の霊などから話しを訊いて謎の解明をしていくというパターンのものは結構あって珍しいものでもないですが、今作での主人公は霊媒体質の早川刑事ではなく、被害者で幽霊になってしまった側の神崎。語りの視点も一貫して神崎によるもので、通常の作品ではあまり描かれない幽霊となってしまった者の哀しさや葛藤が描かれています。

 

幽霊になってしまい、恋人に気が付いてもらえない苦悩などはなんともやるせないですが、コミカルな部分が一杯あって作品イメージはそんなに悲壮なものではありません。なんといっても幽霊の神崎と霊媒体質の早川との二人のやり取りが楽しいです。
イタコ家系の血を引いているものの、実は早川もまともに幽霊をみて会話するのは神崎が初。幽霊初心者(?)であるため、皆が居るところでも神崎に話しかけられて普通調子に応えてしまい、捜査班の面々から「独り言が多くなった」「挙動が不審だ」と度々言われてしまう事態となります。

ここら辺のすれ違いや誤魔化し方がコミカルな演劇風味で楽しくって笑ってしまうのですが、これが最終的には「休職してカウンセリングうけろ」なんてことになってしまって、笑えない可哀想な事態に。現代日本霊媒体質者に厳しい。此の世は無常ですね。神崎の恋人で婚約者だった須磨子までも・・・ですから。これが常識的な対応ではあるのでしょうが・・・「ファイトだ早川!」と、読んでいて応援したくなる(^_^;)。

 

奇抜な設定ですが、有栖川作品なのでやはり今作も折り目正しい本格推理小説となっています。今作の謎解きはこの奇抜な設定だからこそ成り立つロジックとなっていて、ミステリとして、小説として物語りが完成されていて良いなぁと感服しました。

幽霊だからこそどこにでも侵入して捜査し放題だったり、空を飛べて移動が自由自在いうのもこの設定ならではで面白いですね。

 

 

 

 

『幻の娘』
あらすじ
神崎が殺害された事件から2年後。早川は殺人事件の容疑者が「事件発生時刻にある家の窓の処に立っていた娘と言葉を交わした」という主張の裏取り捜査をするが、容疑者の証言を元に製作した似顔絵を持って近隣の住宅で聞き込みをしたところ、この似顔絵の娘は10年も前に亡くなっていると訊かされる。容疑者が見て言葉を交わした存在は幽霊だったのか?霊媒体質である早川は容疑者が見たという“幻の娘”に会おうとするが――。

 


霊媒刑事として
『幽霊刑事』の後日談という内容で、早川が霊媒刑事として(?)自分が進むべき道を見出す物語りになっています。こちらは一貫して早川視点でのお話ですね。40ページ程の短編です。
自身の霊媒体質を活かして刑事という仕事に向き合い魂と魂を繋ぐ役割をしていこうと決意するところで終わっているので、著者の有栖川さんとしては霊媒刑事・早川を主役とした作品集を書こうかという考えもあったが実現には至らなかったとのことです。それというのも、心霊探偵が主人公の別シリーズ『濱地健三郎の霊なる事件簿』という短編集を刊行してしまったから。

 

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早川が主役のこの『幻の娘』は【濱地シリーズ】のプロトタイプになったとのこと。早川が活躍する短編集も読んでみたかった気もしますが、この早川の存在がなければ【濱地シリーズ】は産まれなかったのだとすると、感謝すべき作品ですね。

 

 

 

 

以下、若干のネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 


空白
この本の巻末には「※本文545~552ページの空白は著者の意図によるものであり、作品の一部です。(編集部)」という注意書きがされています。
事件が解決し、神崎は恋人・須磨子への想いを告げて(須磨子には聞こえていませんが)消えていきます。

 

ずっとお前を愛している
たとえ、無になろうと

 

と、いう文のあとに空白のページが数ページ続き、さらにこの[新版]の方では空白のページの後に海の写真が挿入されてよりもの寂しく、悲しく、寂しく、感慨深くなっています。


映画の『ゴースト』のように、

 

ゴースト/ニューヨークの幻 (字幕版)

ゴースト/ニューヨークの幻 (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
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最後には恋人に強い想いが通じて姿が見えてくれても良いじゃんとか思いますが(須磨子自身も「見えない!」って最後キレてましたからね)、今作では最後まで神崎の姿が見えるのはイタコ体質の早川のみ。
幽霊を登場させているものの、この作品には何となく天国とかあの世とかなさそうな雰囲気で「死ねば無になる」というのがまざまざと見せつけられている感じなので、本当に無常だなぁと。

コミカルな部分が多くある分、このラストは辛いですね。ご都合主義で誤魔化さず、“幽霊”という条件を絶対に崩さずに描いているのは推理小説的厳しさな気がしたりも。でもラストには哀しさだけではなく一種の爽やかもあって、読後感は悪いものではないです。独特の感慨が残る締め方は有栖川作品の特徴ですね。

 

 

恋愛と本格ミステリの融合である今作ですが、個人的には神崎と早川のやり取りが楽しくって大好きな作品です。私はやっぱり有栖川さんの笑いのセンスがツボなんですよね。幽霊とイタコのコンビでシリーズ化して欲しいくらいですが・・・ラストを読んで現実は甘くないなぁと(^_^;)。
後日談の『幻の娘』は早川が奮闘するお話ですが、やっぱり神崎がいないのは寂しいなぁと思ってしまいますね。

 

 


そんな訳で、笑いあり!涙あり!謎解きあり!の、大満足エンタメ作品になっておりますので、気になった方は[新版]で是非。

 

[新版]幽霊刑事 (幻冬舎文庫)

[新版]幽霊刑事 (幻冬舎文庫)

 

 


ではではまた~

 

 

 

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森博嗣 シリーズ つながり・順番・概要まとめ

こんばんは、紫栞です。
今回は森博嗣さんの各小説シリーズの順番・繋がり・概要をまとめたいと思います。

すべてがFになる (講談社文庫)

 

森博嗣さんの小説シリーズは厄介なことに一部作品を除いて同じ世界観の時系列で繋がっています。シリーズで世界観を同じくし、人物や出来事を繋がるように書くというのは他の作家作品でもよくみられることですが、森さんのようにジャンルも飛び越え、ここまで壮大なことにまで世界観が拡大されているものはかなり珍しいことと思います。
シリーズの数もですが、とにかく作品数が膨大。それらが凡て繋がっているのが凄味なんですけども、数が数なのと、長い年月をかけてのものなので忘れたり混乱したりしてしまうなぁと新作読む度に思っているのは私だけではない(ハズ)。
そんな訳で、今回は森博嗣作品の世界観を同じくする物語りをシリーズごとで簡単に解説とまとめをしていきたいと思います。
※エッセイやシリーズ外作品、【スカイ・クロラシリーズ】などは除外しています。

 

 

 


森博嗣作品はシリーズ概要を説明するだけで仕掛けのネタバレになるものもありますので、以下ご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 


S&Mシリーズ

 


すべてがFになる
冷たい密室と博士たち
笑わない数学者
詩的私的ジャック
封印再度
幻惑の死と使途
夏のレプリカ
●今はもうない
数奇にして模型
有限と微小のパン

 

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国立大の助教授(この頃はまだ「助教授」が廃止されて「准教授」と定められる前です)・犀川創平と、この大学の学生・西之園萌絵が遭遇する様々な事件を解決していく推理小説のシリーズ。【S&Mシリーズ】という名称はこの二人のイニシャルからきています。
森博嗣さんのデビュー作がこのシリーズの第1作すべてがFになるで、この作品で登場する超ド級の天才・真賀田四季が後のシリーズでも重要な存在となっているので、とにかくこの第1作目「すべてがFになる」を読まないと、繋がりを楽しむという点では森博嗣作品はにっちもさっちもいかなくなる。

 

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犀川先生と萌絵も他シリーズで度々関係しているので、読者的には“主のシリーズ”だと捉える意識が強いです。

 

 

Vシリーズ

 


黒猫の三角
人形式モナリザ
月は幽咽のデバイス
夢・出逢い・魔性
魔剣天翔
恋恋蓮歩の演習
六人の超音波科学者
捩れ屋敷の利鈍
朽ちる散る落ちる
●赤緑白黒

元旧家の令嬢で自称科学者・瀬在丸紅子が探偵役を務め、「阿漕荘」というアパートに住む人々が遭遇した事件を解決、解説していく推理小説のシリーズ。語り手は「阿漕荘」の住人で探偵兼便利屋兼美術品鑑定士である保呂草純平。保呂草純平が回想をしているシリーズだとも捉えることが出来ます。【Vシリーズ】のVは紅子のイニシャルから。
シリーズ全体に叙述トリックともいうべき仕掛けが施されているシリーズで、最後の「赤緑白黒」を読むと瀬在丸紅子【S&Mシリーズ】の主人公・犀川創平の母親で、彼女の小学生の息子として登場していた「へっくん」が幼い日の犀川先生なのだと分かる仕組み。つまり、(一部作品を除き)このシリーズは【S&Mシリーズ】より時系列は20年ほど前となります。
シリーズを読み進めると保呂草さんが実は世界中を飛び回っている泥棒だということが判明。他シリーズでも関わってきます。幼少期の真賀田四季が「赤緑白黒」の最後に登場していますね。

 

四季シリーズ

 


四季 春
四季 夏
四季 秋
四季 冬

真賀田四季の物語りで、各作品の名称は「四季」という名前からとられています。
四季の子供時代や【S&Mシリーズ】すべてがFになる」「有限と微小のパンと時のことや【Vシリーズ】の最終作「赤緑白黒」で紅子と遭遇した時の出来事などが四季視点で描かれる。各シリーズで強烈な存在感を放っている真賀田四季の内面を知ることが出来る物語りで、シリーズというよりは分冊での刊行だったので偶々シリーズのようになっているとのこと。この4作を1冊にまとめた『四季The four Seasons』も後に刊行されています。

四季【全4冊合本版】 (講談社文庫)

四季【全4冊合本版】 (講談社文庫)

 

 四季の物語りだという以外に、【S&Mシリーズ】と【Vシリーズ】の繋がりや人間関係を補足する作品でもあり、作中で30代の犀川先生と50代の保呂草さんが対面するシーンなどがあります。もちろん別シリーズに深く関係する事柄も作中に盛り込まれているので要注意。(ま、森博嗣作品はすべて要注意かも知れませんが・・・)

 


Gシリーズ

 


●φ(ファイ)は壊れたね
●θ(シータ)は遊んでくれたよ
●τ(タウ)になるまで待って
●ε(イプシロン)に誓って
●λ(ラムダ)に歯がない
●η(イータ)なのに夢のよう
●目薬α(アルファ)で殺菌します
●ジグβ(ベータ)は神ですか
●キウイγ(ガンマ)は時計仕掛け
●χ(カイ)の悲劇
●ψ(プサイ)の悲劇

※刊行予定
●ω(オメガ)の悲劇

シリーズ名の由来はタイトルにギリシャ文字(Greek)が入っていることから。基本的には大学生の加部谷恵美が語り手を務め、遭遇した事件を同級生の海月及介が解くというか、説明するという流れですが、途中から【S&Mシリーズ】犀川先生や萌絵、【Vシリーズ】瀬在丸紅子も登場して真相究明したりと、今までのシリーズキャラクター達が入り混じった群像劇のようになっています。時系列としては【S&Mシリーズ】から数年経っている設定ですね。もちろん真賀田四季の影もチラホラリ。


講談社ノベルスは基本段組スタイルですが、【Gシリーズ】は1段(※四季シリーズも)で、文量は【S&Mシリーズ】や【Vシリーズ】と比べるとだいぶ少ないです。確りとした1話完結形式もとっておらず、各作品あやふやな部分を多く残したまま終わっていたりするので、ミステリとは言い難い感じ。このシリーズは現在11作刊行されており、次に刊行予定の12作目「ωの悲劇」で完結するとされています。

 

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このシリーズは後半から時系列が大きく進み、主要登場人物も変わってまるで別物のSFのようになっているので、11作目まで読んだ状態でもシリーズの全容はよく掴めません。最終作に期待ですね。最終作を読んでも、果たして私の頭で全容を理解することが出来るかどうかには自身がないですが・・・(^_^;)

 

 

Xシリーズ

 


イナイ×イナイ
キラレ×キラレ
タカイ×タカイ
●ムカシ×ムカシ
●サイタ×サイタ
●ダマシ×ダマシ

椙田泰男(【Vシリーズ】の保呂草純平)が所長である、美術品鑑定と探偵業を生業とする事務所・SYアート&リサーチの従業員たちが仕事をしている中で関わった事件の謎を追うシリーズ。こちらは一連のシリーズの番外編という意味合いが強いものですね。【Xシリーズ】という名称はタイトルの真ん中に「×」があるから。こちらも講談社ノベルスですが1段で文量は少なめ。一応推理小説ではありますが、明確に探偵役が登場して解決させるとかいう展開はしないですね。


椙田さん(保呂草さん)は(泥棒で)世界中飛び回って忙しい身なので、殆ど事務所には居ません。なので、従業員たちがひたすら奔走している感じですね。
時系列は【Gシリーズ】ηなのに夢のようの後で、刊行も【Gシリーズ】と並行してされていました。このシリーズの方が一足先に完結しています。

 

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 番外編とあって、繋がりなどあんまり気にせずに愉しめるシリーズになっていますが、森博嗣作品ですので、一見気楽なこのシリーズにも重要な伏線が張られているんだろうと思います。謎の人物や思わせぶりな描写もありますしねぇ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

百年シリーズ

 


女王の百年密室
迷宮百年の睡魔
●赤目姫の潮解

エネルギー問題が解決し、都市国家のような形態の国が各所にある未来の世界が舞台で、エンジニアリング・ライタのサイバ・ミチルと、「ウォーカロンと呼ばれる人間とほとんど見分けが付かないヒューマノイドで相棒のロイディが取材先で不可解な事件に巻き込まれて・・・と、いう冒険譚なシリーズ。


100年ちょっと(多分)経過した未来で、技術はだいぶ進んでおり、今現在の常識はほぼ通用しない世界でのお話なので、推理小説的要素はあるものの完全にSFですね。世界観はガラッと変わっていますが、他シリーズと密接な関係があり、あくまで地続きでの物語りです。森博嗣サーガの中での転換期的シリーズですね。漫画も出ていてオススメです↓ 

 

 

 2作目までは上記のような内容なのですが、3作目の「赤目姫の潮解」は登場人物も一致しておらず、不可思議な夢のような描写が延々続けられるという奇書のような難解な作品になっています。3作目に限ってはハッキリいって、完読も難しいのではないかと思います。頑張って最後まで読んでも何を読まされたのかも分からないままに終わるので・・・この壮大なサーガがすべて終了すれば理解出来るのでしょうか?でも再読も個人的にはキツい・・・(^^;)。

 

 

Wシリーズ

 


●彼女は一人で歩くのか?
●魔法の色を知っているか?
●風は青海を渡るのか?
●デボラ、眠っているのか?
●私たちは生きているのか?
●青白く輝く月を見たか?
●ペガサスの解は虚栄か?
●血か、死か、無か?
●天空の矢はどこへ?
●人間のように泣いたのか?

【百年シリーズ】で登場した「ウォーカロン」が主題となっているシリーズ。講談社タイガでの刊行で文量も少なく非常に読みやすいです。
【百年シリーズ】の時よりさらに百年ほど経っている世界が舞台。この世界では「ウォーカロン」が人間社会により密着しており、人間との違いを見極めることが困難になっています。人間と「ウォーカロン」を見極める測定器を開発している研究者であるハギリ・ソーイと情報局員らが様々な事件に遭遇していくストーリー。


この世界では技術や医学が発展するところまで発展されてしまって、人間は驚くほど長寿になっています。主人公のハギリにしても80代なのですが、この世界ではまだ若者扱いされていたり。そのかわりに、子供が産まれないという大きな社会問題に悩まされています。少子化という事ではなく、身体的な問題によるもので原因は不明。本来の生物としての在り方からはだいぶかけ離れてしまっているので「人間とはなにか」というのもこのシリーズの大きなテーマになっています。

 

 

WWシリーズ

 


●それでもデミアンは一人なのか?
●神はいつ問われるのか?
●キャサリンはどのように子供を産んだのか?

●幽霊を創出したのは誰か?

●君たちは絶滅危惧種なのか?

●リアルの私はどこにいる?

●君が見たのは誰の夢?

【Wシリーズ】の続編シリーズ。登場人物もほぼ一致していて、関わってくる問題なども【Wシリーズ】から引き続きになっています。刊行も同じく講談社タイガから。少し年数が経っていて、主要人物たちの関係性が変化しています。
現在進行中のシリーズで、多分10作ぐらいで完結させるとのことです。

 

 

?シリーズ(シリーズ名はまだ不明)

XXシリーズ(3冊目の帯にそう書いてあったのでこの名称で決定のようです)

 

 

●馬鹿と嘘の弓

●歌の終わりは海

●情景の殺人者

 2020年10月に新たなシリーズになると思しき本が刊行されました。こちらは【Xシリーズ】の最終作「ダマシ×ダマシ」後のお話で、探偵事務所の社長になった小川令子と、そこで社員として働くことになった【Gシリーズ】の加部谷恵美、女二人だけの事務所での出来事・事件が描かれる。と、いっても、まだシリーズのパターンとかは今の段階分からないですね。

 

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シリーズ外作品

 

『オメガ城の惨劇 SAIKAWA Sohei's Last Case』

 

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2022年10月刊行。シリーズ外ではありますが、シリーズキャラクターが登場するスペシャルな番外編。

 

 

 


短編集

 


まどろみ消去
地球儀のスライス
今夜はパラシュート博物館へ
虚空の逆マトリクス
レタス・フライ

 

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 シリーズ外の短編もありますが、各シリーズに関係する短編がどの本にも収録されていて、しかも各キャラクターのシリーズその後などが書かれていたりするので必見。
短編集は他に『ぼくは秋子に借りがある』『どちらかが魔女』と刊行されていますが、この2冊はいずれも上記の短編集からの抜粋で再構成されたもので新作はないのでご注意。『どちらかが魔女』の方は【S&Mシリーズ】の短編が集められた本ですね。

 

 

 


ここまで紹介した各シリーズの世界というのは、真賀田四季が存在したことによって生じた世界”です。「すべてがFになる」で「人類のうちで最も神に近い」と称されていた天才・真賀田四季ですが、200年以上経った【Wシリーズ】・【WWシリーズ】で真賀田四季はまだ生きており、もうほとんど「神」と言っていい存在となって世界を観察、必要なときには干渉しています。真賀田四季が居たからこそ【Wシリーズ】・【WWシリーズ】の技術革新が極まった世界に到達しているのですね。(どちらのシリーズにも真賀田四季はバリバリ登場しています)


理系ミステリの先駆けとして注目を集めた森博嗣作品ですが、推理小説の枠を超えてここまでの展開をしていくとは改めて考えると驚きです。

 

もうこの壮大なサーガは終盤に差し掛かっており、要となるのは【Gシリーズ】の最終作「ωの悲劇」になるのだと思います。「ωの悲劇」でいまだに残されている謎の大部分が明かされるのではないかと。しかし、森さんのことですから最終作でまた謎が増えるような度肝を抜かす展開があるのかもしれないですが。その場合は他のシリーズに引き継ぎですかね。

【Gシリーズ】最終作「ωの悲劇」は2020年刊行予定とのこと。楽しみに待ちたいと思います。※追記、2020年には刊行されないまま2021年となりました・・・ま、気長に待ちたいと思います。


ではではまた~

 

 

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「巴里マカロンの謎」4編のあらすじ・感想 11年ぶりの小市民シリーズ!

こんばんは、紫栞です。
今回は米澤穂信さんの『巴里マカロンの謎』をご紹介。

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

 

11年ぶり!小市民シリーズ
『巴里(パリ)マカロンの謎』は米澤さんの青春ミステリシリーズ・【小市民シリーズ】の新作。1月末に刊行されていたようで、本屋で見かけて慌てて購入しました。【小市民シリーズ】は別シリーズ・古典部シリーズ】

 

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と同様に、“日常の謎もの”青春ミステリとして米澤さんの代表的シリーズの1つですが、2009年以降新作が刊行されていない状態で、ファンから新刊が待ち望まれていました。「米澤穂信といえば、小市民シリーズはどうなってるの?」と、いう会話が常というか。

 

今作『巴里マカロンの謎』は短編集となっています。【小市民シリーズ】は今までに第1作春期限定いちごタルト事件と第2作夏期限定トロピカルパフェ事件が短編の組み合わさった連作ミステリで、

 

 

 

 

第3弾秋期限定栗きんとん事件が長編ミステリ

 

 

と、大きく見れば3冊凡て長編といえるものだったのですが、今作はどれも単発ものの短編が収録された作品集となっています。


【小市民シリーズ】は春期、夏期、秋期と、小鳩くんと小佐内さん二人の学生生活を追う形で進行しており、次の冬期でシリーズは完結するとされています。次が完結作だということもあって注目を集めてきた訳ですが、今作は11年ぶりの新刊ではあるものの、完結作ではありません。なので安心(?)して下さい。

今作では二人の高校1年の秋から冬の出来事が描かれています。なので、二人の互恵関係にまだ変化がなかった時、時系列としては第1作の『春期限定いちごタルト事件』の頃のお話ですね。

このシリーズは単行本の過程を踏まず、最初から文庫で刊行されるシリーズで、今作も文庫での刊行ですね。表紙も変わらずに片山若子さんのイラストですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

収録作品


●巴里(パリ)マカロンの謎
●紐育(ニューヨーク)チーズケーキの謎
●伯林(ベルリン)あげぱんの謎
●花府(フィレンツェ)シュークリームの謎


の、4編収録。


「巴里(パリ)マカロンの謎」「紐育(ニューヨーク)チーズケーキの謎」「伯林(ベルリン)あげぱんの謎」の3編は《ミステリーズ!》で2016年から2018年の間に掲載されたもので、最後の「花府(フィレンツェ)シュークリームの謎」は書き下ろし。
各作品、タイトルはエラリー・クイーンの国名シリーズに倣っていますね。そしてやはり、いずれもスィーツ絡みのお話。

 

 

「巴里マカロンの謎」はお店でマカロンを三個まで注文出来るティー&マカロンセットを頼んだのに、少し目を離した隙に小佐内さんの皿に4つ目の謎のマカロンが出現した謎を解き明かすお話。
普通なら何も考えず店員さんを呼ぼうとするところですが、小鳩くんと小佐内さんのコンビなので先の先まで見通した推理劇が繰り広げられています。読んでいる最中は何やら微笑ましい真相が隠されたミステリなのかな?と思っていたのですが、最終的に明かされる真実はビターテイスト。二人で知恵を出し合っての会話で謎が解き明かされていくのが良いですね。

 

 

「紐育チーズケーキの謎」は知り合いの子が中学の文化祭でやるカフェでニューヨークチーズケーキを出すので来てくれといわれて二人で赴き、そこで小佐内さんがCDを探していた男子生徒たちに連れて行かれる事態に。小鳩くんは伝言によってCDを隠したのは小佐内さんなのだと推理。小佐内さんが何処にCDを隠したのか突き止めようとするお話。
「CD、丈夫だな」というのが、真相を読んでの率直な感想(^_^;)。CDの強度に関して知識があったとしても、普通こんな隠し方しない。これが小佐内さんの恐ろしさということか・・・。最後、CDの顛末についてはあやふやなままですね。多分、小佐内さんの目論み通りになったのだろうとは思いますが。

 

 

 

 

 

 

「伯林あげぱんの謎」は新聞部でベルリン揚げぱんを使ったロシアンルーレットで辛子入りに当たった者が記事を書くというお遊びをしたのだが、揚げぱんを食べた4人全員が辛子入りではなかったと主張する不可解な事態に。偶然その場に居合わせた小鳩くんが堂島くんに頼まれて謎解きに挑戦するお話。
初っ端で“廊下で佇み、泣いている小佐内さん”という、とても穏やかならぬシーンがあるものの、このお話ではその後は一切小佐内さんが登場しません。小鳩くんが謎解きをする際に小佐内さんが近くにいなかったのは互恵関係を結んで以来初のことなんだとか。

新聞部ということで、シリーズお馴染みの堂島健吾くんが登場しています。このお話はヒントが大きいぶん、謎解きは難しくないですかね。

 

 

「花府シュークリームの謎」は「紐育チーズケーキの謎」でも登場した“中学生の知り合い”が、まったく身に覚えの無いことで学校から停学処分を受けてしまった謎を追究するお話。
収録されている4編のなかでは一番事件性が高いものとなっています。これは読んでいても全然解くことが出来なかったですね。盲点でした。確かに「ん?」とは思ったんですけど。

このようなタイトルですが、シュークリームはあんまり関係ないのではという気が。

このお話はお正月過ぎの設定で、小佐内さんはお雑煮を食べつつ、去年は散々でお菓子を心置きなく楽しむことが出来なかったと悔やんでいましたが、このお話の最後では御礼としてマカロン、チーズケーキ、揚げぱん、シュークリームと色とりどりのお菓子をもてなされていて非常にうらやましい事になっています。スィーツ好きにとってはまさに夢の話ですね(^o^)。
登場しない“ある人物”に対しては最後までモヤモヤした想いが残りますが、4編が綺麗にまとまったハッピーな終わり方で良かったです。

 

 

 

 次作にも期待!
小鳩くんと小佐内さん二人の独特な会話雰囲気と、スィーツ絡みの謎解き。久しぶりに読んでなんとも懐かしく愉しむことが出来ました。
今作は高校1年の頃に遭遇した出来事という設定ですが、『秋期限定栗きんとん事件』の時二人は高校3年の秋を迎えていますので、“冬期限定”という完結編が出る前に作品集があと1冊か2冊は出るのかも知れません。そっちの方が自然な気もしますね。

 

なんにしろ、11年ぶりにシリーズ新作が読めて嬉しかったですね。短編集でも長編でも、次作をまた楽しみに待ちながら日々を過していきたいと思います。

 


ではではまた~

 

 

 

 

 

 

『邪魅の雫』ネタバレ・感想・解説

こんばんは、紫栞です。
今回は京極夏彦さんの邪魅の雫をご紹介。

文庫版 邪魅の雫 (講談社文庫)

 

あらすじ
昭和二十八年秋。探偵・榎木津礼二郎の元に三度の縁談話が持ち込まれるも、何故か本人達を引き合わせる前に最初は乗り気だった先方から軒並み断られるということが続いていた。先方の家の不審な様子などから何者かの妨害、邪な企みがなされているのではないかと疑いを持った榎木津家の親類・山之内欣一は、薔薇十字探偵社の探偵助手・益田龍一に縁談破談の理由を調べろと言い渡す。


一方、現在交番巡査の青木文蔵は江戸川で発見された会社員・澤井健一の変死体事件と大磯で発見された女学生・来宮小百合の変死体事件を根拠もなく連続殺人だとして捜査方針を決定した本部の動きに不審なものを感じ、刑事の木場修太郎、古書肆の中禅寺秋彦らに相談をするうち、二つの事件には捜査本部が公には出来ぬような“特殊な毒”が犯行に使われているのではないかとの考えに至り、独自の調査を開始する。
大磯の海岸で殺害された来宮小百合は、榎木津の見合い相手のうちの一人・来宮秀美の妹だった。さらにその後、大磯では次々と毒殺事件が発生。果たして榎木津の見合い話と一連の毒殺事件には繋がりがあるのか?

「殺してやろう」「死んでいる」「死のうかな」「殺したよ」「殺す以外にない」「殺された」
数々の邪な想いが錯綜し、ばたばたと人が死ぬなか、ついにあの男が立ち上がる。

「邪なことをすると――死ぬよ」

 

 

 

 

今のところの最新作
邪魅の雫』は百鬼夜行シリーズ】(京極堂シリーズ)の九作目。

 

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シリーズの長編作品としては今のところこの『邪魅の雫』が最新作となります。とはいえ、今作が刊行されたのは2006年なので、もう十五年以上の月日が経っているのですが(^_^;)。

 

前作陰摩羅鬼の瑕はほぼ関口視点で語られる姑獲鳥の夏を連想させるような原点回帰漂う物語りでした。

 

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果たして次はどんな作品なのかというと、なんと榎木津礼二郎の見合い話&過去の女性関係が絡んだ事件。


「女性関係だあ」
と、作中で中禅寺と関口が揃って大声を上げるシーンがあるのですが、まさに読者の心境もそんな感じ(^_^;)。
なにしろ榎木津は常人では計り知れない「神」ですからね。榎木津の恋愛というのがまず具体的に想像出来ないのですけども・・・。“あの”榎さんに見合い話!そして過去の女!冗談や笑い話のようですが、事態は笑っていられないような深刻なものとなっております。

 

百鬼夜行シリーズ】は事件形態・登場人物・視点と、その都度大きく異なるものの、人の記憶が視える探偵・榎木津礼二郎と憑物落としの拝み屋・中禅寺秋彦が必ず登場するというのがシリーズで一貫している共通点。大体の場合、この二人は事件に対しては第三者で後から人に頼まれたりなんなりで介入することになるというのが殆ど。例外として『塗仏の宴』が中禅寺の事件だったのですが、

 

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今作は榎木津が事件の渦中の者である事件。いつも奇天烈な言動で場を混乱させている榎木津ですが、今作は自身が大いに関係している事件とあって通常とは違う雰囲気、シリアスモード(?)な榎さんの様子を多く見ることができます。これまでにないことでシリーズファン必見ですね。その分、いつもの破天荒っぷりは他作品より鳴りを潜めてますけど。ま、今作の前に刊行されたスピンオフシリーズ「百器徒然袋」

 

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でこれでもかと大騒ぎしている榎さんが描かれているので、躁病榎さんはそちらで存分にお楽しみを。

 

つかみが今までにない驚き要素で、スピンオフ的な印象をひょっとしたら受けるかもしれないですが、そこはやはり【百鬼夜行シリーズ】の本筋長編。超絶ミステリが展開され、憑物が落される独自の妖怪小説として相変わらずの読みごたえで「やはり百鬼夜行シリーズの本流長編だなぁ」といったものです。

 

今作では益田と関口という珍しいコンビも拝めます。例によって例のごとく、関口は小説の執筆が上手くいかない毎日であり、気分転換に頼まれてもいないのに益田の大磯での調査に同行しています。なんの役にもたってないのですが。これもいつものことですね(^_^;)。
そして、今作ではなんと益田が榎木津に初めて「益田」とまともに呼んでもらえるシーンが!シリーズファンとして、これは見逃せないポイントですね!(いつも「バカオロカ」「カマオロカ」としか呼んでもらえてないからね)
実は今作では青木もまともに呼んでもらえているのですが(いつもはコケシって云われる)、青木はこの画期的事態に気付いている様子がない。「青木!いま、非常に希少で貴重なことが!」と、読みながら心中で呼び掛けてしまう(^^;)。

 

 


ウンチクがない!?
シリーズファンのなかで『邪魅の雫』についてよく云われる特徴がシリーズお馴染みの妖怪ウンチクが無いというところです。


いつもは画図百鬼が~鳥山石燕が~何々の文献によると~など、事件のテーマに使っている妖怪について作中で中禅寺が京極堂の座敷であれやこれやと執拗に解説しているシーンが頁を割って書かれているのが常なのですが、今作では「邪魅」に関して、

「よこしまに魅力の魅と記す、そう云う名前のお化けが居るんだそうです。これは魑魅の類いと云いますからね、まあ魑魅と云えばスダマ、山野の精霊のようなものでしょう。京極堂じゃないので上手く説明出来ませんけど、いずれ邪悪なモノなんでしょう。妖邪の悪気なるべし、と書いてあったと思います」

と、関口のセリフがあるのみです。


ウンチクに関しては前作の『陰摩羅鬼の疵』でも少なかったのですが、今作では殆どなし。ウンチクが少ないぶん読みやすくなっているし、作品の構成要素を欠いているという訳でもないので「別にいいんじゃない?」ってなものですが、今までの膨大なウンチクに毒されているシリーズファンにとっては、読む上で厄介なはずのウンチクがないと寂しいような気分になるんですね。個人的には「別にいいんじゃない?」なんですが。ま、一抹の寂しさはありますけど。やっぱり毒されていますかね・・・(^_^;)。

 

「今作に妖怪ウンチクがないのは何故なのか?」の、理由は物語りに必要じゃないからってだけだとは思うのですが(いつものウンチクは余計だとか云われたりしますが、あれはあくまで必要だから書いてあるのですよ)。“邪悪なモノで、邪気が人から人に移っていくよ”という説明だけで事足りるので良いと。単純に邪魅について残されている文献がほぼないとか、魑魅の類いとあるので、説明しようとすると魍魎の匣と被る部分などがあるという事情があるのかもですが。

 

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妖怪ウンチクがないだけで、批評に対する捉え方だとか「世間話」「お伽噺」などのウンチクはかなりな文量で語られています。
自分が書いた小説についての批評について、関口が京極堂の座敷で相談するシーンでの中禅寺の言葉には気付かされる部分が多くて読んでいて面白いです。私自身もこうしてブログで本の感想などを書いているので、「書評はこうあるものだ」という話は興味深かったですね。

 

 

 

登場人物・他作との繋がり
今作での語り手は、レギュラー群からは榎木津の見合い話に隠された陰謀らしきモノを追う益田と、刑事として独自に毒殺事件の調査する青木の視点が主です。下僕が頑張っている印象ですね。
他は事件関係者の面々。画家の西田新造、酒屋住み込みの江藤徹也、元刑事の大鷹篤志、そして謎の女。


大鷹は前作の『陰摩羅鬼の瑕』で刑事として登場し、懸想していた女性の遺体を目の当たりにして己を見失ってしまい、最後には刑事を辞めて失踪してしまっていました。今作では失踪後の顛末が描かれています。また、【百鬼夜行シリーズ】のサイドストーリーズである短編集百鬼夜行-陽』

 

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では江藤と大鷹、同じく『邪魅の雫』の事件関係者でヤクザ崩れの赤木大輔、三人それぞれのサイドストーリーが収録されていますので、読むと各人物の詳細をより深く知ることが出来ます。

 

他作との繋がりとしては、鉄鼠の檻

 

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で捜査主任として慌ただしくぷりぷり怒っていた神奈川県警捜査一課の刑事・山下徳一朗が今作でも大磯平塚事件の捜査担当者として登場しています。鉄鼠の事件での経験によって色々と山下さんのなかで変化があったらしく、人が変わったようにすっかり丸くなっており、対面した益田も変容ぶりに驚いています。(鉄鼠の事件の時、益田はまだ刑事で山下さんの部下でした)。

 

山下さんのかつての上司で、『魑魅の匣』『狂骨の夢』『鉄鼠の檻

 

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と、シリーズに度々登場している石井寛爾警部も西田新造の小学校時代の友人としてチョロリとゲスト出演しています。西田先生に物騒な相談や質問をされて答えるという役割ですね。今作ではこれまでの事件のヘマの結果、エリートコースを一時外れて警察署の署長さんになっています。

 

新登場で気になるのは東京警視庁警備二部公安一課四係の刑事・郷嶋郡治(さとじまぐんじ)。中禅寺とも戦中での旧知の仲で、敦子に「お友達なのね」と云われて否定してはいますが、青木の見立てによると嫌っている訳ではなさそうだとのこと。中禅寺は本当に嫌っているときは何も語らず、対象を買っているときほど悪口を云うことが多いように思うと青木談。確かに、そうかもしれない。
郷嶋さんは戦中内務省の特務機関にいたとのことで、今後もシリーズに登場しそうな予感がプンプンします。


そして、今作『邪魅の雫』は京極さんの近未来が舞台の別シリーズ『ルー=ガルー2 インクブス×スクブス 相容れぬ夢魔

 

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とも密接な繋がりがあります。どう繋がっているのかは是非読んでお確かめ頂きたいですね。必見!ですよ(^_-)。

 

 

 

世界
作中で繰り返し描かれているのは、個人は世界にとってあまりにもちっぽけな存在なんだということ。


今作での加害者、被害者達は皆自分が世界の中心であるという狭い世界観の思い込みで道を踏み外していくことになります。皆弾みだなんだで人を殺してしまうのですが、驚きは人を殺した後の方。自分が人殺しという大罪を犯した後だというのに、世界は何も変わらず静かなままだという事実、何かしたところで自分が世界に大きな影響など与えることは出来ないのだという現実に驚くのですね。

世界にとって自分はちっぽけで、取るに足らない存在だというのは、誰でも頭では当たり前に解っていることでしょうが、解ってはいても人間とは何処までも自分中心に考えてしまうものです。自分が怒りや悲しみで大きく揺れ動いているのに、空が晴れ渡っていたり、海が静かに凪いでいたり、電車がいつも通りに動いていたりするのを目の当たりにすると、嘘のような、裏切られたような気分になってしまうのはよく分かる気がします。

特に、作中のある人物の“殺人者なのに平然と食事をし、眠り、生活している自分が信じられなかったのだ。耐えられなかったのだ”という葛藤は、自分がもし同じ立場になったら同じような葛藤をするのではないかというリアルさがありました。ここら辺の描きっぷりが個人的に非常に好みです。やっぱり好きだなぁ・・・と、思う。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


感染する憑物
“この憑物は感染するんですよ”と作中で中禅寺が云っているように、今作は「邪」が人から人へ移っていく事件。邪に魅入られた者が人殺しをして、その後殺される。その者を殺した人物はまた別の者に殺され、その者がまた殺され・・・と、「邪」が病気の感染のように続いていく。殺した側が殺される側になるのを繰り返し、バタバタと人が死んでしまう惨事に。

この事件は卑劣な恐喝者・澤井から端を発しています。澤井は“ある理由”から来宮秀美を乱暴し、恐喝していました。澤井の卑劣な行為に憤り、来宮秀美の妹・小百合は“ある女性”から渡された「毒」を使って澤井を殺害。その後、小百合は殺害に使った「毒」を持って大磯海岸で思い悩んでいたところを、通りすがりの江藤徹也に「毒」によって殺害される。
“ある女性”から小百合を見守るように頼まれていた赤木大輔は、小百合を守り切れなかった不甲斐なさから、元凶だと聞かされていた宇都木実菜を小百合が澤井殺害に用いた「毒」で殺害。
小百合を殺害したときの「毒」に魅入られた江藤は、赤木がその「毒」を持っていることを知り、「毒」を奪って赤木を殺害。
宇都木美菜を警護するように“ある女性”に頼まれていた大鷹篤志は、宇都木美菜を殺害したのは江藤なのだと思い込み、江藤を問い詰めて乱闘。江藤は自身が奪い取った「毒」を大鷹に振りかけられて死亡。
殺してしまったことに動揺した大鷹は“ある女性”に唆されて、宇都木実菜に好意を寄せていた西田新造の家に行くが、西田は大鷹こそが宇都木実菜をつけ回して殺害した犯人なのだと思いこんでおり、大鷹から「殺してしまいましたよう」という台詞を聞いた瞬間、怒りにまかせて殺害してしまう。


と、いうのが大まかな事件の概要。


普通はこんな連鎖は起こるものではありません。皆が勘違いしあって殺し殺されるなんて事態は。こんなことになってしまったのは、当人達に悪意ある嘘を吹き込んだ“ある女性”「毒」という2つの要因のせいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

神崎宏美
“ある女性”の正体は神崎宏美。神崎グループの総帥で、榎木津のかつての交際相手です。

大戦と家のゴタゴタで榎木津とは音信不通になっていたもののまだ想いを寄せており、澤井から「榎木津礼二郎の縁談を俺が壊してやろうか」と持ちかけられて逡巡していたら澤井がさっさと事を起してしまって――・・・で、結果的に一連の事件に発展してしまう。

自分では直接手を下すことなく、人々を操って犯行をさせるというのはシリーズ五作目の『格新婦の理』の織作茜を連想させると思いますが、

 

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実はまったく異なります。結果的にバタバタと人が死んでいるので、自分の手を汚さずに犯行を成し遂げるのが目的だったかのようにみえるのですが、これは神崎宏美が望んでいた事態ではなく、むしろまったく思い通りに事が運んでいない、憤懣やるかたない状況なのです。


神崎宏美は嘘をついて周りを唆し続けているものの、「邪」を遂行するように仕向ける一方で、その遂行を妨げようとも画策しています。いずれも自身でではなく人を使ってなんですが。正反対の矛盾した行動をしていて「何がしたいんだコイツ」状態。


「宏美さん。貴女は自分の輪郭だけを広げて、大きくなったようなつもりでいるだけだ。貴女は、自分の善なる部分を、そして邪なる部分を、他者に託しただけだ。そして実験をしたに過ぎない。恐喝者澤井の排除を小百合さんに託し、その阻止を赤木に託す――実菜さんに対する邪な想いを赤木に託し、実菜さんへの良心を大鷹に託す――一方に邪悪なる願いを知らしめ、一方にその邪願の成就を妨げてくれと乞う――残念乍ら凡て」

邪なる者が勝った。

「赤木が小百合さんの行いを止められていたら、大鷹が赤木を防げてくれていたら――事件は其処で止まっていた筈だ。しかしそれは叶わなかった。貴女の延長である人達は、次次に人を殺した。だから貴女は不満なんだろう。人はどうして――」

邪なものの方に魅せられるのか。


榎木津を他の女に盗られたくないという「邪」な想いと、そんな事をしては駄目だという「善」な想いとで悩んだあげく他者に託したものの、皆が皆簡単に人を殺してしまうのを目の当たりにし、「邪」な方にばかり傾く「人」に苛立ち憤ることに。自分も含め、「邪悪が人の常なんだ」という結論に至ってしまうのですね。

 

ま、神崎宏美の「実験」がことごとく失敗したのは単純に人選が悪いんじゃというのもありますが。赤木はともかく、大鷹はあまりにもヌケサクというか馬鹿ですからね。宏美さん自体も大鷹の扱いに戸惑って「いい加減にしてください」とか云っちゃってますから(^_^;)。あと、なんの関係もないのに好奇心から人を殺して毒を手に入れようなんて考える江藤の存在も宏美さん的には「なんだコイツ」だったでしょう。

 

 

 

「邪悪が人の常である訳はない。慥かに理性や感情では制御しようのない部分を、人と云うものは抱え込んでいるものなのだろう。でも、それは善悪正邪に振り分けられるものじゃない。それは」


それは。


それを殺意に変えたのは。

 

皆が皆殺意をそのまま行動に起してしまったのは「毒」のせいです。

その毒というのは、常温で安全性が高く、致死量も微量で、経口摂取せずとも皮膚に垂らすだけで即死に至らしめる猛毒。大戦時に帝国陸軍が製薬会社社長であった神崎宏美の祖父・岩崎宗佑に作らせていた毒で、『魍魎の匣』や『塗仏の宴』で登場する中禅寺がかつて所属していた「第十二特別研究所」が関係しており、中禅寺曰く“迚も厭な男”・堂島静軒が開発させていたという代物で、その毒は暗号名で『しずく』と呼ばれる。
※十二研や堂島さんについて、詳しくはこちら↓

 

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岩崎宗佑は開戦直後に自殺。その後、残された研究成果は堂島が引き継ぎ、十二研で完成したものの、製造はされず研究成果は破棄されたのですが、実は『しずく』は岩崎宗佑の手許で既に完成しており、神崎宏美は孫娘として莫大な遺産と共に『しずく』も相続することになってしまった。
そして、今になって戦時中に陸軍で間諜のようなことをしていた澤井が『しずく』の存在を嗅ぎつけ、引き渡せとしつこく要求してきた。頑なに拒んでいたら、「榎木津の縁談を壊してやる」と、榎木津の縁談相手を次次と陵辱し、相手も神崎宏美のことも恐喝し始めた。忌々しく許しがたい澤井に殺意を抱いていたところ、同じ想いを抱く小百合に『しずく』を渡してしまい――で、今作の事件の連鎖となる。

 

皮膚に一滴垂らすだけで簡単に人を殺せる毒。この毒の存在に背中を押されて皆殺意を遂行してしまう。
特定の相手に殺意を抱くことは糾弾されることではない。思うだけなら自由ですからね。問題は、実行に移すか映さないか。些細な違いだが大きな違いで、大抵は思いとどまれるはず。しかし、些細な違いしかないぶん、方法が簡単であれば簡単であるほど一線を越えやすくなってしまう。

 

神崎宏美にしても、榎木津を誰かに盗られるのが厭だっただけの女で、祖父が残した「毒」が手許になければここまでの邪心は起さなかった。
ま、事の起こりが「毒」から始まっているのでアレなんですけど。澤井があまりにも屑すぎてですねぇ・・・作中では既に故人としか出てこないんですけど、腹が立ってしょうが無いですよ。

 

結果的に散々に人々を弄ぶことになってしまった神崎宏美は、自分が起した行動によって好きだったものがすべてなくなってしまう事態となった。罰が当たったかのように。最後には榎木津の台詞によって決定的な罰を受ける。


中禅寺は榎木津に辛い言葉を云わせたくないと大磯まで憑物落としに出向いた訳ですが、結局榎木津が辛い幕引きをすることに。消息を知った時にすぐに逢いに行っていればこんな事にならなかっただろうに・・・。なんとも悔やまれる結末ですね。

 

 

 

次!
上記したように、この『邪魅の雫』は2020年2月現時点での【百鬼夜行シリーズ】最新作です。

このブログでは個人的整理・復習もかねてシリーズ長編を一作ずつダラダラと紹介してきましたが、ついにここまで紹介し終わりました。これで準備は万端、新作『鵼の碑』いつでもござれです。


スピンオフの『今昔百鬼拾遺』

 

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も刊行されましたしね、そろそろ、いい加減、来るかなぁと思いたいところですが・・・(^_^;)。

※2023年、発売がついに決定しました!↓

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当ブログで『鵼の碑』の感想を書ける日を夢見て日々を過していきます(^o^)!

 

※書けました!こちら↓

 

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ではではまた~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スマホを落しただけなのに3 戦慄するメガロポリス ネタバレ・感想

こんばんは、紫栞です。
今回は志駕晃さんのスマホを落しただけなのに 戦慄するメガロポリスをご紹介。

スマホを落としただけなのに 戦慄するメガロポリス (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

あらすじ
都内の清掃人材派遣会社に勤めている粟野有希は、公園で食事をしている最中にベンチの下で鳴りだしたスマホを拾う。無事落とし主である瀧嶋慎一に返したのだが、その後同棲していた彼氏の浮気がLINEの誤送信で発覚し破局。傷心していたところ、レンタルビデオ店で瀧嶋と再開し、二人は交際を始め一緒に住むことに。運命的な出会いに感謝し、瀧嶋と幸福は日々を過す有希だったが、その頃から身のまわりで不可解な出来事が次々と起こり始めて・・・。

一方、神奈川県警生活安全部サイバー犯罪対策課の刑事・桐野良一は2020年東京オリンピックサイバー攻撃対策のため、内閣サイバーセキュリティセンターに出向を命じられる。サイバー技術の腕が見込まれてではあるが、桐野が内閣によばれた最大の理由は東京オリンピックを標的にした他国からのサイバーテロに、天才クラッカーにして連続殺人鬼でもある“あの男”が協力するのではないかという情報が入ったためだった。
そんな最中、桐野の元に「内閣サイバーセキュリティセンター内に、北のスパイがいる」という手紙が届く。その手紙には“あの男”の指紋がついていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

スマホを拾っただけなのに~総出演のシリーズ第3弾
スマホを落しただけなのにシリーズ(?)】の第3弾。

 

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第3弾は「スマホを落しただけなのに」というか、スマホを拾っただけなのに」なお話ですね。


シリーズ2作目での事件から一年あまりが経過しており、東京オリンピックまで残り半年ほどというところから始まる舞台設定になっており、お話の主軸は東京オリンピックサイバー攻撃での攻防戦。今作が刊行されたのは2020年1月なので、随分と時事ネタが盛込まれたタイムリーすぎるほどタイムリーな物語りとなっています。

前作の『囚われの殺人鬼』は話がスケールアップしたぶん、

 

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1作目の身に迫るような恐怖が薄らいでしまっている感じでしたが、今作は国家間のサイバー上の戦いで前作よりさらにスケールアップしているものの、2020年東京オリンピックという半年後に本当に開催予定のある一大イベントへのサイバー攻撃が描かれるということで現実的な恐怖があります。“もし東京オリンピックサイバーテロにあったら”という再現ドラマを観ているような恐怖ですね。
しかし、タイムリーだからこその恐怖感なので、オリンピックが終わってしまった後だとこの怖さは半減するかもですが(^^;)。読むなら今!な小説ですね。

 

2作目の主役・桐野とその恋人の美乃里、公安の刑事である兵頭と、殺人鬼の浦井(浦井というのは本名ではないと前作で明らかになっていますが、本当の名前がまだ分からずじまいなので作中では便宜上周りに浦井と呼ばれています)が今作でも引き続き登場しています。浦井は前作の最後で国外逃亡していたのですが、今作ではサイバーテロのために北朝鮮にスカウトされ協力するという立場になっています。前作は超法規的処置として浦井が警察の捜査に協力するということで桐野と共に犯人を追う側だったのですが、今回は桐野とは敵同士。ま、国外逃亡した殺人犯なんですから当たり前でしょうけど。浦井はいまだに桐野のことを友達だと思っている模様ですがね・・・。


また、今作では1作目の主要人物である麻美と富田が結婚して夫婦として登場。シリーズ主要人物総出演の作品で、シリーズファンには嬉しい作品にもなっています。

 

 

 

 


以下がっつりとネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

複雑に
1作目と2作目はAパート、Bパート、Cパートと3パートそれぞれの視点が交互に描かれ展開していくという構成だったのですが、今作ではA、B、C、D、Eと5パートあり、さらにこのパート以外の誰のものなのか分からない視点なども入ったりでだいぶ混線しています。短い文でころころと視点が入れ替わる構成はテンポ良くスピーディに読めて良いのですが、パートが多いぶん気を付けて読まないとこんがらがって訳がわからなくなってしまうかもしれません。


Aパートが有希視点、
Bパートがホステスを使って何やらスパイ工作らしきことをしている謎の男・竜崎視点、
Cパートが北朝鮮で浦井の通訳と世話役をつとめる女性・崔淑姫(チエスクヒ)視点、
Dパートが桐野視点、
Eパートが浦井視点

と、いった具合ですね。

 

作中での大きな謎は主に3つ。


●Bパートの謎の男・竜崎の正体
●竜崎にスパイ工作の駒として使われているホステス・蝶野泰子の正体
●有希に近づいてきた瀧嶋の正体

 

竜崎の正体は公安警察の兵頭彰。手紙にあった「内閣サイバーセキュリティセンター内に、北のスパイがいる」というのは兵頭のことで、外事警察でありながら北のためにスパイをしてきた二重スパイだったんですね。兵頭は2作目の『とらわれの殺人鬼』で終盤に桐野を窮地から救ってくれた人物だったので、この展開は前作を読んでいた人ほど驚きだと思います。今作だと麻美に浦井を誘き出す囮として協力させようとする際、随分と高圧的に意地汚く脅す場面などがあって“嫌なヤツ”感が漂っていたので「おや?」ではあったのですが。

 

兵頭(北朝鮮側)の目的は浦井に「オリンピックを攻撃させて、日本で浦井を殺害し、すべてを浦井一人がした犯行として処理すること」。麻美に無理やり協力させたりしたのも、日本で浦井を殺害するためだったんですね。日本で捕まってしまえば間違いなく死刑なのにまんまと来てしまう浦井も浦井ですが。浦井は北朝鮮エンバーミング技術を使って麻美の剥製を作ろうと恐ろしいことを目論んでいたようです。いまだにそんなに執着していたのか、麻美に・・・って感じですが(^^;)。

 

兵頭が駒として使っていたホステス・蝶野康子の正体は粟野有希。有希には病気の妹がおり、実家への送金のために蝶野康子という源氏名を使って夜は銀座でホステスをしていました。店の客筋から狙いを付けられ、兵頭からの脅しによって詳しいことを聞かされないままスパイ工作に利用されていたのです。

 

そして、瀧嶋慎一の正体は兵頭を二重スパイと疑って内偵していた人物。兵頭が協力者として利用していた有希から兵頭が二重スパイである証拠を掴もうと、瀧嶋と名乗り偶然を装って有希に接触。有希の自宅、スマホ、会社のネットワークにいたるまで徹底的に調べるかたわら、兵頭には後輩刑事の三嶋として張り付き、ずっと内偵調査をしていた。※ちなみに、三嶋という名前も偽名で本名は明かされないままです。


スリードとしては瀧嶋慎一が北のスパイであるかのように匂わせているところと、美乃里と有希のどちらがホステス・蝶野康子なのかというところですね。二人とも夜に仕事をしているらしき描写があるのですが、美乃里の方がより怪しいように書かれていますかね。美乃里は傾いた父親の会社のために奮闘していたというのが真相なのですが。今作の最後では会社にビジネスチャンスをもたらし、父親に代わって会社社長に就任しています。驚きの有能さですね(^_^;)。

 

 

 


引っかけや仕掛けが前2作以上に盛り沢山で面白いは面白いのですが、仕掛けを多く盛込んでいるぶん、展開や人物描写に雑さが目立ちます。
まず言いたいのが、麻美が浦井に襲われかけ、冷凍車に放置されてそれっきりなところです。みんな、麻美に対して酷くない?捜査に協力したからこんな目に遭ったっていうのに。陵辱されかけて冷凍車に放置されているのだから早く助けてあげてよと思う。生死の心配はないんでしょうけど、それっきりエピローグでも麻美のことについての言及がないのはどうなのかと思いますね。作者自身も麻美のことは忘れてしまったかのようです。
1作目の事件から時間が経ってはいますが、いまだにロングの黒髪のままでいる麻美も被害者心理として不自然だと感じる。浦井も逃亡者なのに迂闊だし、崔淑姫も筋金入りの北朝鮮諜報員だというわりには行動が浅はか・・・と、いうか、浦井に心惹かれる心情が意味不明。有希は元彼に未練があるのかと思いきや瀧嶋のことが忘れられないとか言うし、前作で「一国が左右される事件」と大袈裟に言っていた桐野の父親の死の真相もアッサリと明かされるし・・・・・・色々と強引だなし慌ただしいなぁと思ってしまいますね。ページ数が増えてもいいからもう少し丁寧に描いて欲しいなぁと思います。

 

今作で浦井は消息不明となっています。おそらく崔淑姫が連れて逃げたのではないかと思われるので、まだシリーズは続くのではないかと。桐野は警察辞めようかどうしよっかな~てなところで今作では終了していますので、桐野が次登場するのかは微妙ですが。桐野は浦井に友達だと思われているし、対抗できるほどのサイバー技術もあるという設定なのでシリーズから完全退場なんてことはないと思いますがね・・・どうでしょう。

どんどんとスケールアップしてきたこのシリーズ。次はどんな事件が描かれることになるのか気になりますね。今のところシリーズ全てに共通しているのは女性が服を脱がされるシーンが必ず入っているところぐらいですが・・・(^_^;)。

どうなるのでしょう。

 

 

ではではまた~

 

 

 

 

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スマホを落しただけなのに2 続編小説 ネタバレ・あらすじ 囚われの殺人鬼のその後~

こんばんは、紫栞です。
今回は志駕晃さんのスマホを落しただけなのに 囚われの殺人鬼』をご紹介。

スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼 (宝島社文庫)

 

あらすじ
クラッキング技術を使い、長い黒髪の女性ばかりを狙って殺害して山中に埋めていた「丹沢山中連続殺人事件」の犯人を逮捕した神奈川県警。丹沢山中から発見された女性の遺体は六体だったが、犯人はその中の五人の殺害は認めたものの、長谷川祥子という女性の殺害に関しては供述を一切していなかった。
神奈川県警生活安全サイバー犯罪対策課の桐野良一は「丹沢山中連続殺人事件」の犯人のPCから長谷川祥子の情報を探るように命じられるが、いくら探っても長谷川祥子の情報は見つからない。桐野が収監中の犯人と面会すると、犯人は長谷川祥子なんて女は、見たことも聞いたこともない」「長谷川祥子を殺したのはMだと思います」と供述する。
「M」とはダークウェブの住人たちの中で有名なクラッカーだった。犯人は「M」から様々なクラッキング技術と丹沢山中に死体を埋める方法などをネット上で教わったのだという。この供述から警察が丹沢山中をさらに捜索したところ、新たに吉見大輔という男性の死体と身元不明の長身の男性の死体が発見された。

一方その頃、巨額の仮想通貨流出事件が発生。この仮想通貨流出事件も「M」の仕業ではないかという噂が浮上。その噂を証明するように、また丹沢山中から仮想通貨流出事件に関わる新たな死体が発見される。

「M」の正体を探るには相当のサイバー技術が必要だと神奈川県警は判断。異例の処置として、桐野は収監中の「丹沢山中連続殺人事件」の犯人と共に「M」の捜査をするように命じられる。調査を開始すると、桐野の恋人でセキュリティ会社に勤める松田美乃里のもとに「M」を名乗る人物から脅迫メールが送られてきて――・・・。

「M」とは何者なのか。そして、捜査に協力する「丹沢山中連続殺人事件」犯人の真意とは。

危険にさらされながら捜査を進めるなかで、事件は思わぬ事態へと発展していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかの第2弾
今作は2017年に刊行され、2018年に映画化もされたスマホを落しただけなのに』の続編。

 

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前作はスマホを落したことからシリアルキラーに狙われることになる女性の恐怖が描かれている作品で、物語りの最後に犯人も確り捕まっていたため、続きがあるなどとは想定しにくい作品だったのですが、まさかの続編です。


どう続いているのかというと、前作で捕まった犯人とサイバー犯罪課の刑事が手を組んで事件を追うサイバー・サスペンスものとなっている。犯人の他にも前作で登場した毒島刑事なども今作に登場しています。前作での主人公だった稲葉麻美や、その恋人の富田誠は今作では登場していませんね。

前作はスマホを持つことで起きる恐怖を一人の女性の視点で描かれていた作品で、ごく身近に潜む危険が恐ろしいリアリティーのあるホラー小説という感じでしたが、今作はサイバー技術もつ者同士の攻防戦というか、サイバー上でのやり取りが主軸となり、事件自体もとんでもなく大きな事態に発展しています。情報化社会の恐怖を、規模を大きくして~というものですね。

 

 


映画・違い
映画の方も今作を原作として2020年2月に続編映画として公開予定です。この映画の予告編を観ると前作での犯人がまるわかりになってしまうのですが・・・(^^;)。ま、仕方ないんですかね。

公式サイトを見たところ、原作からのかなりの変更があるようですね。

まず、主役が原作の桐野から前作に登場した刑事・加賀谷学(千葉雄大)に変更になっています。加賀谷は原作でも1作目に登場していた刑事ですが、原作ではサイバー犯罪に特に詳しい訳でもない普通の(?)刑事でした。映画ではサイバー技術に詳しい設定に変更されていたので、その設定を活かしたということでしょうかね。前作の主要キャストが主役をした方が続編感も高まりますし。

前作では所轄刑事でしたが、今作ではサイバー犯罪対策課に異動になったという設定のようです。「黒髪の女性にトラウマがある」という設定も映画では追加されているようで、精神的な揺れ動きが原作より強調されているのかも知れません。

 

前作の毒島刑事(原田泰造)や浦野(成田凌)もキャスト続投。原作には登場しないのですが、稲葉麻美(北川景子)と富田誠(田中圭)も映画には登場しているようです。予告編だと結婚式していますね。

他、松田美乃里(白石麻衣)の勤めるセキュリティ会社社長・森岡の名前が笹村一(鈴木拡樹)に変更されていたり、原作には居ない人物などが追加されていたりなどしているので、映画は原作とは違う要素が結構入った作品になっていそうです。
個人的な予想ですが、映画の方が原作よりホラーテイストが強くなっているのではないかと。

 

 

 

 

 

 


以下、ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕掛け・犯人
前作での構成が踏襲されていて、今作もAパート、Bパート、Cパートと三つのパートが交互に描かれて展開していきます。
Aパートが桐野視点、Bパートが美乃里を狙っている「M」らしき男視点、Cパートが美乃里視点。
今作のメインの仕掛けの一つは、Bパートの犯人だと思われていた男が実は桐野の身辺調査をしていた警視庁公安部のサイバー攻撃対策センターの捜査員だったというものですね。名前は兵頭彰。映画だと井浦新さんが演じている人物です。

 

一連の殆どの騒動は桐野の元職場で美乃里のセキュリティ会社の社長の森岡一。コンサルタントをしていた会社の管理の甘さに気づき、「M」の名をかたって五八〇億円の仮想通貨を奪おうとしたが、ホワイトハッカーの「JK16」に暴かれそうになったので、ネットで外国人を雇って殺害し(この「JK16」、凄腕だとかいう話だったのにアッサリと殺されてしまってなんとも肩透かしだった・・・)丹沢山中に遺棄。警察のサイトにマルウェア仕込んで拡散させたり、信号機をクラッキングするなどの陽動作戦をしている間に仮想通貨をダークウェブ上で交換し、さらにこの混乱を利用して美乃里を「JK16」と同じ方法で殺害しようとした。

 

三年前に長谷川祥子と吉見大輔を殺害したのは本来の「M」。ホワイトハッカーである吉見大輔に正体を知られたため、吉見大輔の恋人であった長谷川祥子と共に丹沢山中で殺害した。その後、今度は浦井が「M」の正体を知ってしまい、「M」は吉見大輔らと同じように丹沢山中で浦井を殺害しようとしたが返り討ちにあい、浦井は逆に「M」を殺して丹沢山中に埋めた。
身元不明の長身男性の死体というのが「M」だったと。

 

Bパートの描写が引っかけだというのも、森岡が犯人だというのも、本来の「M」は既に存在しないのではないかというのも、この手の小説を読み慣れている人には容易に見当がつくと思います。森岡が美乃里を殺害しようとした理由が桐野を愛していたからだというのは見抜けませんでしたが・・・(^^;)。

前作と違い、美乃里が殺されそうになるのは何だか余計だという感じが否めない。美乃里も拉致されてもさほど怖がっていませんしね。犯人に読まれる恐れがあるのにメールに桐野の母親が入院している病院名を書くのは迂闊すぎるし、大混乱してる最中にそんな内容のメールを打つのもかなり違和感がありました。桐野や美乃里の行動や気持ちの変化にもついて行けないところがあり、展開の無理矢理感は個人的に読んでいて少し気になりましたね。前作でも思いましたが、主要人物にあまり好感が持てないんですよ。恋人に脅迫メールが届いたっていうのに、「警察に恋人の存在を報告すると結婚せざるを得ない」と報告を渋るのには腹が立ちました。デキ婚を狙おうかと軽はずみに発言する美乃里もまたアレなんですけど・・・(-_-)。

 

 

 


スマホ、落してない
スマホを落しただけなのに~」というタイトルですが、今作ではスマホを落していません。
前作は現代人にとって最も生活に密着した道具であるスマホから個人情報が流出し、拡散されて主人公が追い詰められていくお話であり、「スマホを落した」という些細なことを切っ掛けに個人が集中的に攻撃されるということで、現実味があるぶん怖さを実感できる作品でそこが特色だったのですが、今作では警察のサイトや信号機がサイバー攻撃を受けるなど事件がスケールアップしてるため、どうしても現実味が薄くなって恐怖感は半減しているように感じます。そもそも主役の桐野と恋人の美乃里が殺人犯と思われる人物から脅迫メールなどが届いても悠長に構えているんですよ。あんまりのんきなので、読んでいるとちょっとイライラしてきます(^^;)。

前作の主人公である稲葉麻美はOL でしたが、桐野はサイバー犯罪対策課でFBI からも注目される凄腕の技術者、美乃里はWEBセキュリティ会社勤務と、一般的な職業とは異なるので疑似体験しにくいというのもありますね。二人ともプロフェッショナル感はさほどないのですが・・・。

“囚われの殺人鬼”である浦井ですが、前作では「サイバー知識がある厄介な黒髪女好きの変態野郎」で、ただ気持ち悪いだけの人物だったのですが、今作では凄腕クラッカーとしてやけに盛られた設定となっています。最終的には警察内の混乱に乗じて脱走。捜査に協力している最中に県警のデータベースを改竄し、まんまと国外逃亡しているところで終わっています。

「浦井光治」という名前は元々「M」の名前であり、殺した後で浦井光治と名乗っていたことが判明。状況的には「M」を引き継いだような形になっているということですね。本当の名前は分からないままです。

 

 

桐野は警察官だった父親が死亡した事件を調べるために民間から警察に職を変えたとのことですが、結局今作では父親の事件については解らずじまいのまま。なんでも「一国の運命が左右される事件」なんだとか。これもまた盛っていますね・・・。

 

この『スマホを落しただけなのに~』は既に第3弾のスマホを落しただけなのに 戦慄するメガロポリス

 

が刊行されており、どうやらこの第3弾でも含みを持たせた終わり方をしているんだそうな。

 

第2弾で優秀なサイバー犯罪対策課の刑事を登場させ、浦井を凄腕クラッカーに押し上げ、公安の捜査官を出し、伏線で「一国の運命が左右される事件」を出してきて・・・と、だいぶ風呂敷を広げてきた雰囲気。サイバー・サスペンスとして長期的なシリーズ化が見据えられていそうですね。どれほど続けるつもりなのでしょうか?とりあえず第3弾もまた読んでみようと思います。

 

 

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ではではまた~

 

 

 

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