夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『見えない目撃者』ネタバレ・感想 ツッコミどころを楽しむ!"期待を裏切らない”映画

こんばんは、紫栞です。

今回は、映画『見えない目撃者』を観たので感想を少し。

見えない目撃者

 

『見えない目撃者』は2019年に公開された映画。

警察学校卒業直後に自身が起した交通事故で弟と視力をなくした女性・浜中なつめ(吉岡里帆)が、三年後、自動車との接触事故に遭遇し、車の中から助けを求める少女の声を聞く。

誘拐事件の可能性を警察に訴えるも、視覚障害故の勘違いではないかと捜査は打ち切りに。

なつめは少女を救うべく、車と接触した男子高校生・国崎春馬(高杉真宙)に直接話を聞きに行き、二人で事件を追う。すると、女子高生が連続して失踪している事実が判明して――ってなお話。

 

この映画、2011年公開の韓国映画『ブラインド』

 

 

日本リメイク作品

2015年に中国でも『見えない目撃者』というタイトルでリメイクされています。

 

 

『ブラインド』は原作なしの映画オリジナル作品のようです。中国と日本でリメイクされるだけあって、当時の韓国では相当ヒットした映画だった模様。

 

猟奇的連続殺人が絡む韓国映画の日本リメイクですと、『22年目の告白-私が殺人犯です』を思い出しますね。

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韓国映画の有名作で殺人の追憶

 

 

という実際の事件を元にしたものなどがあるせいか、韓国映画の連続殺人事件ものだと元ネタとなる実際の事件があるのかと「実話」というワードで検索する人も多いようですが、『ブラインド』はモロにモデルにした事件というのは無さそう。色々な事件から着想を得てのものですかね。

 

私はこの日本版しか観てないですけど、『ブラインド』のストーリーをそっくりそのままなぞっている訳ではないようで、「原案」扱いになっています。

盲目の女性と青年が連続誘拐事件を追ううちに犯人に命を狙われるという大まかなストーリーは共通しているものの、細かな設定や犯人の職業などは韓国、中国リメイク、日本リメイク共に異なるのだとか。

なので、三つそれぞれに違いを愉しめる映画なのではないかと思います。

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

事故で目が見えなくなったものの、元警察官としての能力が高い主人公が視覚以外の情報から真相を追究していくところや、最初はツンケンしていたものの、主人公の熱意に押されて若者ネットワークを駆使して調査に協力する男子高校生とのコンビが良い。

スリラーサスペンスらしく、ドキドキハラハラして飽きませんし、雰囲気もたっぷりで映画としての出来はまずまずだと思います。

 

私は何も知らずにミステリかなと思って観たので、襲われて逃げるシーンがやたら多くて「スリラーだったのか・・・」と、なった。

あと、前半は全然なのに、後半からグロいシーンが妙に生々しく出て来て驚きました。遺体写真とか、切り刻んでいるところでカメラが執拗にズームになるところとか・・・個人的に、痛そうなのは苦手。これも後になってR-15だったのに気がついて「R指定だったのか・・・」と、なった。

R指定を最初から知っていたら、ビビりなのでそもそも観ようとしなかったかもしれません。とはいえ、個人的には耐えられる範囲のグロさで、観たことを後悔するというほどではないです。

R指定となると、アダルトなシーンや誰それと一緒に観ると気まずいシーンなんかがあるんじゃないかと危惧する人もいるかと思いますが、そっち方面のシーンは無いので大丈夫です。ま、幼児とは一緒にというか、見せない方が良いと思いますが。

 

 

気になるのは、ありえない・イライラする行動、ツッコミどころが多いところですね。

途中、犯人から逃げて駅構内に飛び込むのですが、なぜか無人で駅員さんもいないし、盲導犬を連れた盲目の女性相手なんだからすぐに追いつきそうなものですが、なぜかやたらゆっくり迫ってくる犯人。せっかく人が多いところに出たのに「撒いたから大丈夫」って助けも呼ばずに電話切っちゃうし。春馬くんも普通の高校生のはずなのに「2時の方向」「11時の方向」ってなつめをナビゲートするのはおかしいし。特殊な訓練うけとんのか。警察学校の同期じゃないんだぞ。

あと、道路でスケボーは止めましょうね。

 

終盤、犯人の屋敷に突入するのですが、警察の応援が来ること分っているだろうに犯人が館から逃げようとしないし、タイミング的に女の子まだ殺害していないのはおかしいし。この状況でその女の子を探そうとする主人公もおかしい。停電している最中は解体しようとは思わないだろうし、警察の応援をおとなしく待ちなさいよ。んで、肝心の警察の応援が遅いし。

 

 

あと、あまりにも予想がつく展開をしていくのも観ていて色々通り越して笑ってしまう。

まず、犯人が出て来た瞬間に解る(キャストで)。

盲導犬のパルが犯人から助けてくれるシーンがあるんだろうなぁ~と思っていたら案の定。

定年退職間近なことを強調する、いかにも犯人に殺されそうな刑事さん。そして案の定殺される。

「正義をみせてやる」と、妙な勇ましさを突如発揮して一人で乗り込む刑事さん。やっぱり案の定殺される。(殺され方は意外でしたが・・・)

 

刑事さん二人は、わざわざ殺されに行っているのかい?って感じですね。一人で犯人と対峙しようとするんじゃないよ・・・。これってスリラーあるあるなんですかねぇ・・・。

 

 

なんというか、分りやすいフラグを立てて、分りやすく回収するといいますか。ある意味、期待を裏切らない展開なのでしょうけど。

 

事件や犯人に関してはもう一捻り欲しいところですね。「儀式殺人」ってことでしたが、そこの部分についての詳細や犯人の掘り下げがないので、ただの“狂った犯人”でしかない。犯人のセリフも少ないですし、何を考えているのか本当に分らないんですね。ミステリではなく、あくまでスリラーサスペンスだから、あえて「ただの化け物」として扱っているのかも知れませんが。

 

パルの生存がちょっと分りにくくなっていましたが、最後に足を怪我した状態で出て来ていたので大丈夫だったということのようで良かった。元の韓国版だともっとメチャメチャに襲われて死んでしまうようです。韓国版は犬好き注意ですね。

 

 

色々気になるところを羅列してしまいましたが、こういったツッコミどころを楽しむことも出来る映画ってことで逆に良いのかも知れないとも思います。個人的には観てみて良かったですので、気になる方は是非。

 

 

 

 

ではではまた~

『虚構推理 岩永琴子の密室』小説版第6弾!短編5編 あらすじ・感想

こんばんは、紫栞です。

今回は、城平京さんの『虚構推理短編集 岩永琴子の密室』の感想を少し。

虚構推理短編集 岩永琴子の密室 (講談社タイガ)

 

こちら、あやかし達の争い事の仲裁・解決、相談を受け、虚構を用いて人とあやかしの間を繋ぐ「知恵の神」である岩永琴子と、その恋人で、不死で未来決定能力を持つ“怪異を超えた怪異”である桜川九郎の二人が活躍する【虚構推理シリーズ】の小説版第六作目。

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一作目以降は月刊少年マガジンコミックス『虚構推理』の原作として描き下ろされていて、

 

 

今はアニメのseason2が放送中です。

 

 

 

前作の『虚構推理 逆襲と敗北の日』は長編でこのシリーズ的に大きな転機となる事件が描かれていましたが、

 

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今作は短編集。第二部始まりってことになるのでしょうが、このシリーズの日常といいますか、相変わらずあやかし達からの依頼を受けて虚構の推理を披露して場を収めるという通常運転で展開されております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目次

タイトルの通り(※広い意味でとらえれば)“密室”にまつわる短編五本収録。

 

 

●みだりに扉を開けるなかれ

自殺を装うため、密室トリックを用いて妻を殺害した男。しかし、殺された直後に幽霊となった妻によって密室の扉が開けられ、犯人の夫は疑心暗鬼に――な、お話。

 

別の依頼を片付けて帰路につく中での車内で、琴子が九郎に事件のあらましを聞かせるというもので、20ページほどの小話。

個人的に、幽霊が鍵を開けられるというのはちょっと納得がいかないですが・・・これで力を使ったせいで弱い地縛霊になったというフォロー(?)がされていますけど・・・。「う~ん」ですね。ま、このシリーズでは今更でしょうが。

この事件のせいで、あやかし達の間で鍵を開けて密室を台無しにするのが流行してしまう。

 

 

 

 

●鉄板前の眠り姫

昼営業終了前のお好み焼き屋に一人立ち寄った琴子。店主は店の雰囲気にまるで合わない娘に来店され、さらに鉄板前で眠りこけられて困惑する。九郎が琴子を回収しに現われるが、店主は九郎を怪しみ、あらぬ疑いをかけ始めて――ってなお話。

 

九郎先輩が変に九郎する話ですね。ページ数は30ページほど。

琴子の見た目が完全に幼女なのでそんなことになってしまう。あやかし関連で話せないことも多いので、説明に窮するんですね。

これだけだとコメディ小話みたいですが、終盤で思わぬ展開をする。

 

 

 

●かくてあらかじめ失われ・・・・・・

合い鍵を持っている被害者の元妻に罪を着せるため、“開けられて無駄になる”のが前提の密室トリックと“持ち去られる”のが前提の偽造遺書を仕掛けた犯人。目論見通りになったと最初は思っていた犯人だったが、実際は密室を開けたのがあやかし達だったため、事態は一般的には説明のつかない妙なことに。事態の収拾のため、琴子は被害者の娘・美矢乃に接触するが――ってなお話。

 

「みだりに扉を開けるなかれ」での弊害ともいえる事件。ページ数は90ページほどでこの本では長め。

前作での事件をきっかけに、協力体制となった六花さんが登場。琴子に対して結構親切で、敵対していたのが嘘のよう。前作での気づきで六花さんも琴子に同情的になっているのかもしれない。

終盤で解決のため協力していますが、これは別に未来決定能力を使う必要なかったのではという気がする。「念のため」と作中でも言っていましたが。

 

マンションの部屋が隣同士の男女の高校生というベタなラブコメみたいな設定に、ベタな推理小説そのままの家族の秘密。物語はそういった人間関係がメインですが、ベタなぶん予想はつきましたね。しかし、こんな親たち嫌だなぁ。

 

 

 

●怪談・血まみれパイロ

落語調のお話。世に起こる怪異はすべて化け狸がやっていると信じている男が工事用の赤いコーンを蹴飛ばしたら、血まみれのコーンが毎夜アパートの部屋の前に現われるようになった。ある人物のアドバイスに従い、男は化け狸を捕まえようと罠を仕掛けるが――ってなお話。

 

いかにも一休みといった20ページほどの小話。依頼されれば、あやかしのために落語も描き下ろさなくてはいけないとは、“知恵の神”って本当に大変だなぁと。

「怪異や世に伝えられている妖怪は全部狸が化けたもの」ってのは、京極夏彦作の豆腐小僧双六道中ふりだし』で描かれた陰謀「妖怪総狸化計画」を思い出す・・・。

 
 
 

飛島椿の祖母・龍子は、政財界に多大な影響を持つ女性だった。しかし、50年前に夫の走太郎を喪ったのをきっかけに一線を退き、人前に出るときは喪に服して黒いベールをかぶるようになったという。

27歳になった椿の前に飛島家のかつての使用人の幽霊が現われ、「走太郎様が巻田孝江を確かに殺せたと奥様に納得させてくれ」と懇願される。どういうことか分らない椿が父の頼行に問い質すと、頼行は50年前に走太郎が起した殺人事件を一家で隠蔽した事実を椿に告白した。

頼行と話し合うも、未だにベールをかぶり続ける龍子の不安を取り除いてやることは自分たちには出来ないと判断し、使用人の霊にそう告げると、今度は「おひいさまにお力添えを願うのはいかがでしょう?」と提案される。

半信半疑ながらも椿は頼行と共に“おひいさま”と面会するが――ってなお話。

 

90ページほどのお話で、語り手は一貫して飛島椿。琴子サイドの視点がないので、この物語では琴子が“謎のゲスト”って感じ。

50年前に村で起こった事件で日本の古式ゆかしい本格ミステリ風味。説得のための提案が複数用意されているのはこのシリーズだからこそのもので“らしい”ですね。

作中でも言及されていますが、この物語はナサニエル・ホーソーンの短編小説『牧師の黒のベール』にたいしての解釈の一つを著者の城平さんなりに提示したものなんじゃないかと思います。

 

 

若干、状況や行動に不自然さがあるのが気になりますが、この黒のベールをかぶりつづける理由の解釈が空恐ろしくって良いですね。個人的に好みです。

最後のシメがちょっと物足りないですが、あえて読者に想像させるエンディングにしているのかと。この物語の場合はその方が良いのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

以上、五編。

「かくてあらかじめ失われ・・・・・・」と「飛島家の殺人」がメインで、後は前フリや小話といったラインナップ。

全体的に、殺伐とした人間関係が描かれていたなという印象。特に、「夫婦って、結婚って何なんでしょうね・・・」と、なった。虚しい・・・。

前作で第一部が終わって第二部開幕なはずですが、短編集なだけあってシリーズとしての大きな動きは特になし。短編集だといつも九郎先輩の出番が少なくなりがちで、六花さんも協力するようになっているからかさらに印象が薄い気が。「鉄板前の眠り姫」での活躍で帳尻をとっているのか。

 

毎度のことながら、琴子にわざとらしい下ネタ言わせるのが個人的には好かない。下ネタは下ネタでも、なんというか“モロ”すぎて、ひたすら下品なんですよね。元々下ネタは下品なものと言われればそれまでなんですけど、種類(?)があるじゃないですか。

「カワイイ子がこんなこと言っちゃうんだぜ~」っていう著者の狙いがミエミエで、女性読者としては不快なんですよね。

なので、「飛島家の殺人」ではその下ネタ披露もなくって良かったなと。ホント、下ネタ要素要らないのになぁ・・・。

 

収録作品はどれもこのシリーズならではの内容になっていて良かったです。

作者もこの設定での物語作りにどんどん慣れてきているようで。各事件もですが、今後シリーズ全体をどうまとめ上げるかにも期待出来そうです。

 

今後も追っていきたいと思います。

 

 

ではではまた~

『霧越邸殺人事件』館シリーズのスピンオフ?綾辻行人ノンシリーズの名作!

こんばんは、紫栞です。

今回は、綾辻行人さんの『霧越邸殺人事件』(きりごえていさつじんじけん)をご紹介。

霧越邸殺人事件<完全改訂版>(上) (角川文庫)

 

あらすじ

一九八六年十一月。ちょっとした慰安旅行で信州の温泉地にやって来ていた劇団『暗色天幕』(あんしょくてんと)の劇団員たち八名は、帰りの山中で急な猛吹雪に遭遇し、命からがら巨大な洋館「霧越邸」に駆け込んだ。

一人に一部屋ずつ客室をあてがわれ、暖かい食事も用意してもらってと申し分のない対応で迎えられたが、館の住人たちは皆極端に無愛想で、何か隠している様子。物が勝手に動いたり壊れたりと、不可思議な現象が起きたりと、美しいがどこか異様な邸に皆は困惑する。

 

遂には、謎めいた殺人事件が発生。雪で外界から閉ざされた邸の中で、ひとり、またひとりと犠牲者が増える中、『暗色天幕』主宰の演出家・槍中は”探偵役“として連続殺人の犯人を突き止めようと奔走するが――。

 

 

 

 

 

 

ノンシリーズの代表作

『霧越邸殺人事件』は1990年刊行の長編小説。「霧越」は「きりごえ」と読ませる。邸の近くにある湖の水温が高いため、霧が立ちこめるからこの名称で呼ばれているという設定。霧の中そびえる洋館というのが如何にも幻想的。

初期からの館シリーズ

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後期の『Another』

 

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などで有名な綾辻さんですが、この『霧越邸殺人事件』も綾辻さんの代表作の一つで非常に評価が高い作品。

綾辻さんはシリーズものが多いので評判を耳にしても読むには気合いが必要だなんてこともあるかと思いますけど、この『霧越邸殺人事件』はノンシリーズものの単発作品なのでとっかかりやすいかと。

 

今更ですが、館シリーズ】のスピンオフ作品だと聞いて読んでみました。とはいえ、共通しているのは特徴的な建物の中での殺人事件ものという点だけで、【館シリーズ】との具体的な繋がりは特にないですね。序文に「――もう一人の中村青司氏に捧ぐ――」と書いてありますが、ま、それだけ。なので、【館シリーズ】を読んだ事なくても全然問題なしで愉しめます。

 

 

 

 

 

旧版と完全改訂版

もともと新潮社から刊行された本ですが、

 

 

2014年に角川から〈完全改訂版〉が上下巻で刊行されています。

 

私は分冊が嫌いなので一冊で読める旧版の新潮文庫で読んでしまったのですが、〈完全改訂〉されているなら角川版を買ったほうが良いですかね。(私は装丁が変わっただけかと思っていたので新潮文庫を買ってしまった^_^;)

 

新潮版の方の『霧越邸』図面のカバー装画は作家で綾辻さんの奥様である小野不由美さんによるもの。

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小野さんのお父さんは設計事務所を経営していたらしく、図面や建物に造詣が深いのだとか。

また、小野さんは“『霧越邸』という異形の夢の種子を僕の心に植えつけ、やがて多くの力を貸してくれた”とのこと。執筆に小野さんの協力があったとうのは『十角館』でもあとがきで書かれていましたね。

 

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角川版の装画は綾辻行人作品の文庫ではお馴染みの遠田志帆さん。あえてなのか、構図が『Another』と共通したものになっている。いずれもインパクトのある美しい絵で目を惹きますね。

 

気になるのは旧版と〈完全改訂版〉の“中身”の違いですが、内容を変えるような大幅加筆はないものの、リーダビリティを向上させているらしい。

確かに、旧版は30年以上前に書かれた初期の作品だからか、ちょっと読みにいところや無駄なんじゃないかという箇所があるので、そこら辺が直されているんですかね。私はそういうところも怪奇幻想感が強まっていて良いと思うのですが。ホントのところは実際に読み比べてみないと分らないですけども。

 

 

実は、1993年に火曜サスペンス劇場「湖畔の館殺人事件」というタイトルで実写ドラマ化されているらしい。綾辻さん自身も原作使用料を貰っていいのかと疑問に思うほど原形を留めていないドラマ化だったみたいですが。

三十年ほどの単発二時間ドラマなので、調べても詳しいことは今となってはよく分らないのですけども。誰かドラマ化の再チャレンジしてくれないですかねぇ・・・。

 

 

 

 

 

序盤を乗り越えて

今作は吹雪の山荘もので王道のクローズド・サークル。文庫だと700ページほどあって結構な大作で読みごたえあり。

目次の時点で四人殺害されるのが分るんですけど、第一の殺人が起きるまでに170ページぐらい費やしているので序盤が長く感じる。

また、登場人物の名前がいずれも読みにくいものばかりでへこたれそうになりますが、ま、大丈夫です。事件が起こってからはスイスイ読めますし大変面白いです。この読みにくい名前にもちゃんと意味があるのですよ。

なので、序盤でページをめくる手が止まりそうになっても、是非耐えて欲しいところ。

 

 

殺人事件が発生するまでが長いのは「霧越邸」の描写に力が入っているためですね。恐ろしくも美しい邸についての語りや美術品への思想の話は読んでいてクドく感じますが、ここでの描写が後半の展開への説得力をもたらしている。

 

それにしても、劇団員たち八名と先に遭難して駆け込んできていた地元のお医者さん一人、総勢九人が個人のお屋敷になだれ込むというのはさすがに人数が多いなと。

この大人数に押しかけられるという非常識な事態にも拘わらず、一人一人に綺麗な客室あてがってくれて、美味しい食事振る舞ってくれるとか・・・いくらお金持ちとはいえ太っ腹ですねぇ。

 

ここまでしてもらっていながら、劇団員たちは住人たちが無愛想だとか文句タラタラ言うし、言われたこと守らずに館の中探検したり徹夜したりで若干イライラする。「珈琲が良いです」とか、ホテルじゃないんだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

“本格・怪奇・幻想”の殺人小説

「霧越邸」では超自然的現象が起こる。

これはもうそのままそういう前提の物語となっていまして、人為的なものではない。じゃあミステリのジャンルとしては特殊設定ものなのかというとそこまでのものではなく、殺人事件は間違いなく人間が起しているもので、ちゃんと自然法則に則ってのもの。

 

綾辻さんは怪奇幻想やホラーも書く作家なのでジャンルの見極めが最後まで読まないと解りかねるのですが、この物語では怪異部分は被害者や犯行を事前に示唆する、暗示するといったもので、『Another』のように直接的なものではない。

 

事件の真相解明は“通常の”論理的思考で到達出来るように書かれている本格推理なので考える必要はないっちゃないのですが、怪異的な示唆・暗示を読み解くことでも解答にたどり着けるよ~といったボーナス的要素にとどまっています。

〈完全改訂版〉での綾辻さんのあとがきでは、『霧越邸殺人事件』は本格ミステリが7、怪奇幻想が3って割合だと書いているようで。確かになといった感じ。因みに、『Another』だとこの割合が逆だと。これも確かに。

 

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この手のクローズド・サークルものではオキマリの密室殺人はなく、あるのはアリバイトリックと見立て殺人。しかし、これは発想としてはありふれたもので比較的解明は容易。

メインは動機の解明で、終盤の展開に驚かされる。この「動機」に「霧越邸」の魅惑が不可欠なんですよね。「霧越邸」だからこそ起こってしまった事件。

 

 

怪奇幻想部分で本格ミステリとしては賛否が分かれますかね。

個人的に、怪異での示唆や暗示について語り手の鈴堂や槍中がえらく真面目に考えこむのには「殺人事件が起こっているのだからもっと現実的なことに集中しなよ」とは思ってしまった。

そんな具合に怪異を信じているくせに、怪異が示してくれた次の犠牲者をやすやすと死なせているのも「もうちょっと気をつけられただろうに・・・」とモヤモヤ。ま、館での連続殺人ものだとしょうがないか・・・。

 

「動機」部分に関しては、人形美というか、無機質で不変の美が絡んでいる。それはいいんですけど、だったら第三の事件はもっとこだわりの装飾をしたかったんじゃないのか?この犯人は。と、少し違和感も。

 

“謎の人物”の登場は興奮しましたが、もっと早くに出て欲しかったですね。

 

 

 

こんな感じで人物の行動にイライラしたりモヤモヤしたりはあるんですけど、終盤の謎解きのたたみかけはとにかくお見事でとても面白いです。

 

この間、知念実希人さんの本格ミステリ愛、特に綾辻行人へのリスペクトが盛込まれた『硝子の塔の殺人』

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を読んだばかりなんですけど、この『霧越邸殺人事件』にも影響を受けての作品だったんだなと思いましたね。こうやって気がつくのもまた一興。

 

 

『霧越邸殺人事件』は本格ミステリ、怪奇幻想、ホラー、サスペンス・・・諸々の要素が絶妙なバランスで合わさった非常に完成度の高い作品です。

シリーズものしか知らない人、今まで綾辻さんの作品を読んだことがない人にも読んでいて欲しい作品ですので、気になった方は是非。

 

 

ではではまた~

有栖川有栖 "トラウマ" 関連小説8選 火村とアリスについて

こんばんは、紫栞です。

今回は、有栖川有栖さんの小説シリーズ【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)において、主要人物二人の“トラウマ”が描かれている作品をピックアップしてご紹介しようかと。

「火村英生」シリーズ【5冊 合本版】 『ダリの繭』『海のある奈良に死す』『朱色の研究』『暗い宿』『怪しい店』 (角川文庫)

 

【作家アリスシリーズ】は犯罪社会学者の大学准教授・火村英生が探偵役、その友人で作家の有栖川有栖をワトソン役とする推理小説のシリーズ。

※シリーズについて、詳しくはこちら↓

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1992年からおよそ三十年、出版社を跨いで続いている本格推理小説シリーズなのですが、事件の謎解きだけでなく、シリーズでは火村とアリスがそれぞれに抱えるトラウマが描かれています。

 

火村がフィールドワークと称し、わざわざ殺人現場に赴いてまで殺人犯を捕まえるのに固執しているのは、“自分も人を殺したいと思ったことがあるから”。それだけ聞かされても理由になってないだろって感じですが、どうやら過去に色々あったらしく、悪夢にうなされて飛び起きるなどしている。

 

アリスはアリスで、学生時代に好きな女子にラブレターを渡したその日の晩に、その女子が自殺未遂をしたという、絶妙に心をえぐられる出来事に直面している。この現実から逃避するために虚構の理路整然とした世界である推理小説執筆にのめり込むようになったってのが、作家を志した経緯なんですね。

 

今回は推理小説部分をさておいて、この二人のトラウマ部分だけに的を絞って紹介していきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

●『46番目の密室』

 

長編。

シリーズ第一作目。初っ端なので、まずは読んでおかないとでご紹介。最初なので、火村がどういった人物なのかの説明が確りされています。その中での「何故殺人事件に向きあうのか」「罪人に対しての考え方」などの問答で、火村先生は過去何かしらあったのだな~感をただよわせております。

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●『ダリの繭』

 

長編。

長編としてはシリーズ第二作。ここで始めてアリスのトラウマについて描かれています。火村が“アレ”だから対比でアリスは能天気そうに見えますが、思いのほかエグいトラウマで最初に読んだ時は驚いた記憶。

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●『海のある奈良に死す』

 

長編。

火村先生の悪夢話が初お目見え。火村とアリスは大学入学からの仲なのですが、大学時代から火村は悪夢を見て飛び起きるってな行動を度々していたらしいことが明らかに。友人としてのアリスの心情が切ないですね。

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●『朱色の研究』

 

長編。

火村先生の悪夢の具体的な内容が明らかに。事件関係者で火村のゼミの生徒・貴島朱美が過去の体験から悪夢に悩まされているのを知り、火村の口から直接語られる。長年訊けずにいた事を思いがけず知ることが出来、アリスは朱美ちゃんに感謝しています。

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●『スイス時計の謎』

 

中編。

講談社から出している【国名シリーズ】の中の一冊で、四話収録されている中の表題作の一編。アリスの高校の同級生たちが登場するということで、アリスのトラウマ絡み話となっています。シリーズとはいえ、【国名シリーズ】はほとんどが短編集なので基本どこから読んでもOKなのですが、このお話は絶対に『ダリの繭』を読んでからにして欲しいところ。

様子がおかしいアリスを気遣う火村が新鮮ですね。(いつもは逆だから・・・)

ミステリとしても評価の高い作品です。

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●『菩提樹荘の殺人』

 

中編。

短編集の中に収録されている表題作の一編。ここではアリスが例の体験を受けて十七歳の時に始めて書いた小説が「菩提樹荘の殺人」というものだったことが明らかに。これは著者の有栖川さんが十六歳の時に雑誌に応募した「ぼだい樹荘殺人事件」たる作品に由来しているのだとか。

アリス自身のトラウマへの向き合い方もですが、アリスの火村への心情も語られる。これを読むと、「朱色の研究」で火村が朱美ちゃんに悪夢の内容を話したの、アリスは意外と根に持っていたんだな~と分る。

 

 

●『鍵の掛かった男』

 

長編。

「火村のことか!?」と、なるタイトルですが、まぁ違います。(有栖川作品は思わせぶりなタイトルのものが結構多い・・・)

謎めいた男の正体を追う物語なのですが、前半はアリスが一人で奮闘する珍しい長編。必然的に、身近にいる謎の男・火村英生にも想いを馳せるよと。

トラウマについて具体的なことが語られる、関わる訳ではないのですが、『菩提樹荘の殺人』から次の『狩人の悪夢』に行く前のアリスの心情の段階として読んでおいた方が良い長編なんじゃないかと思います。

 

 

●『狩人の悪夢』

 

長編。

またも「火村のことか!?」な、タイトルですが違う・・・ようで、違わないとも言える。とにかくシリーズファンには絶対に読んで欲しい作品。終盤の“あるシーン”が長年読んできたファンとしては感涙もの。アリスみたいな友人は生涯大事にしないとダメだよッ!って、なる・・・。

※詳しくはこちら↓

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コンビとして友人として

2023年2月現在まではトラウマについて特に触れている作品はこんなものでしょうかね。

もちろん他の作品でも多少は触れていますし、火村のちょっとした狂気が垣間見えるものもあるので、ファンとしてはやはり全作読んで欲しいところではありますが。

 

【作家アリスシリーズ】はサザエさん時空設定で火村とアリスは永遠の34歳ではありますが、キャラクターは経験と共に変化して成長していくシリーズとなっています。

そのため、今では二人とも精神年齢は成熟しているというか、とても大人ですね。火村先生も作品を重ねるごとにどんどん紳士的になっている印象を受ける。

 

個人的な印象としては、角川から刊行されている長編はシリーズ的に重要度が高いものばかりなので必須だなってことと、短編集で見落とされがちかも知れませんが、菩提樹荘の殺人』はシリーズの一つの転換期になっているので重要。アリスが自身のトラウマと折り合いをつけ、火村に対する姿勢が大きく変わるきっかけになっている物語ですので。

その後の『鍵の掛かった男』『狩人の悪夢』での今までとは一味違う「結構グイグイ切り込むね」感は『菩提樹荘の殺人』での“吹っ切れ”があってこそのものなのだろうと思います。

 

 

推理小説のシリーズでミステリ部分がメインなのですが、このシリーズは「友人関係」を描くのが主題としてあるのだと思います。

よくある仕事での必然性とか、同居しているといった推理小説でのコンビではなく、「必要もないのにわざわざ会う」という、友人だからこその親しさや距離感。二人のコミカルなやり取りを見ていると、「楽しいから会っているんだなぁ」と伝わってくる。

探偵と助手の前に、友人なんですよね。

 

だから、アリスが火村の秘めている過去について何処まで踏み込もうかと悩んで一人四苦八苦するのも、関係を破綻させたくない、火村と友人でい続けたいという想いがあるからこそのもの。

社会人になると、友人関係の持続には双方の「会おうとする気持ち」が不可欠ですからねぇ・・・。下手につついて相手に避けられたらあっという間に没交渉なんで、それが嫌で神経使っていると。

もちろん、火村自身を心配する気持ちは大前提としてあるでしょうが。

 

火村の過去・トラウマは気になるところではありますが、ミステリとして、こういった主題を描くためのスパイス的要素という部分が大きいのだと思います。

なので、火村先生の過去について躍起になって考察するよりも、トラウマを通して二人の友人関係の変化を愉しむのが良いのかなと。なんせ、著者の有栖川さん自身も火村の過去はまだ知らないみたいですし・・・(^_^;)。

 

ミステリだけではない、【作家アリスシリーズ】の深みを味わって欲しいなと思います。

 

 

ではではまた~

 

 

 

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『硝子の塔の殺人』面白い?駄作?本格ミステリへの愛を叫ぶ!驚きマニア小説

こんばんは、紫栞です。

今回は、知念実希人さんの『硝子の塔の殺人』をご紹介。

硝子の塔の殺人

 

あらすじ

円錐状のガラスで覆われた直径十メートルほどの展望室に閉じ込められながら、どうしてこんなことになってしまったのか、自分はどこで間違えたのかと考えていた。

殺意を抱いて神津島太郎(こうづしまたろう)に近づいたときか、絶好の機会だとこの硝子館での宴に参加することを決めたときか、それとも、あの名探偵に会ったときか・・・・・・。

 

生命科学で大発見をした研究者で重度のミステリフリークである神津島太郎が、潤沢な財産を惜しみなく注いで建設した硝子館。

この巨大なガラスの円錐状の館に招かれたのは、刑事、料理人、医師、霊能力者、小説家、名探偵・・・と、いわくありげな面々ばかり。

館の主人である神津島太郎が「とても重大な発表をする」と言って集められたゲストたちであったが、発表の前に神津島太郎が密室の中で死んでいるのが発見されたのを発端に次々と惨劇が発生。

雪で閉ざされた塔の中で、自称「名探偵」の碧月夜と医師の一条遊馬は“硝子館の殺人”の謎に挑むが――。

 

 

 

 

 

 

 

本格ミステリ愛炸裂作品

『硝子の塔の殺人』は2021年に刊行された長編推理小説。作者の知念実希人さんは日本内科学会認定医で、映画化された『仮面病棟』、連ドラ化された『祈りのカルテ』など、病院が舞台で医療知識が活用されたミステリなどで有名ですね。

 

知念実希人さんの作品を読むのは始めてなのですが、『屍人荘の殺人』

 

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『medium 霊媒探偵城塚翡翠

 

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同様、近年の本格ミステリ界隈での話題作らしいので読んでみました。

 

作家デビュー10周年で書かれた今作は、語り手が医者であるものの医療知識などはそこまで絡んできません。

舞台はガラスの円錐状の塔という特殊すぎる館、雪で閉ざされたクローズド・サークル、様々な職業の招待客たち、忌まわしい過去の事件、連続する密室殺人、名探偵、読者への挑戦状・・・・・・などなど、本格ミステリと聞いて皆が思い浮かべるであろうコテコテ設定。

それに加えて、作中では本格ミステリ作品のマニア知識が存分に語られていまして、作者の本格ミステリへの愛が存分に感じられる作品となっております。

 

帯の推薦文にある有栖川有栖さんの「まるで本格ミステリのテーマパーク」竹本健治さんの「これはありったけのミステリ愛を詰めこんだ花束」という紹介がまさにって感じですね。

 

ミステリマニアが言及するのはエドガー・アラン・ポーコナン・ドイル、アガサクリスティーなど、ミステリの起源に関する古典ものに偏りがちですが、今作では日本で1980年代後半から1990年代前半にかけて起こった“新本格ムーブメント”の代表的作家たちである有栖川有栖歌野晶午法月倫太郎などの作品に加え、森博嗣さんの作品に登場する真賀田四季

 

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上記した今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』や、『ビブリア古書店の事件手帳』などのライトノベルミステリへの言及、映画『ナイブズ・アウト』のナイフ、

 

BBC制作のドラマ『シャーロック 忌まわしき花嫁』

 

 

の衣装であるウェディングドレスが事件の小道具として登場するなど、私のように近年ミステリにしか触れてないよ~といった人間でも楽しめるウンチク披露になっております。

 

古典ものについて語れられるのは当たり前ですが、「これを知らなきゃお話になりませんよ」と突き放されている気分にもなってしまうもの。近年ミステリについての言及が多数あるのは読んでいて嬉しいですね。

とはいえ、ミステリなんて全然読まないし観ないよという人にはチンプンカンプンでしょうが(^_^)。

 

特に島田荘司さんの【御手洗シリーズ】

 

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綾辻行人さんの館シリーズ

 

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に関しては今作の要ともなっているのでこの二つのシリーズを読んだことある人向けの作品ですね。

 

なので、帯の推薦文も当然書いてもらっている。

 

綾辻さんの「ああびっくりした、としか云いようがない。これは僕の、多分に特権的な驚きでもあって、そのぶん戸惑いも禁じえないのだが――」の文の意味は、今作を読み終わるとよく解るようになっています。もはや、綾辻さんへのラブレターだよなと。

 

島田さんは「今後このフィールドから、これを超える作が現われることはないだろう」という、「そ、そこまで!?」な、絶賛文を書かれていて、今作の巻末には島田さんの「『硝子の塔の殺人』刊行に寄せて」も収録されています。

 

島田さんがここまで絶賛するくらいですから、今作は単なるミステリ愛に溢れた作品というだけではもちろん留まっていません。

読者の読みの裏の裏をかく仕掛けと構成で今までにない驚きを与えてくれる“ミステリマニア小説”となっています。

 

 

 

 

 

 

 

以下、序盤について若干のネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一条遊馬・碧月夜

この物語、初っ端のプロローグ部分で医者の一条遊馬(いちじょうゆうま)が罪を暴かれて塔の展望台に閉じ込められているところから始まる。つまり、一条遊馬が犯人ですよと最初に明かされているのですね。

 

で、回想する形で一条遊馬が語り手のまま館に招かれた一日目から事が進んでいく(※この物語は四日間の出来事として描かれている)。プロローグで書かれている通りに一条遊馬が神津島太郎を毒殺し、医者の立場を利用して簡単な密室トリックで病死に見せかけようとする。

 

「あ、倒叙モノなのか」となるところですが、遊馬が予期せぬ第二第三の密室殺人事件が発生。

自分以外にも殺人犯がいることに戸惑いつつも、遊馬はこの状況を利用し、もう一人の犯人に自分の犯した殺人の罪もおっかぶせてしまおうと考える。

その為には第二第三の事件の謎を解いて犯人を見つけなければいけない訳ですが、遊馬は自分なんかに探偵役は務まらないと早々に判断。じゃあ名探偵・碧月夜(あおいつきよ)の助手の“ワトソン役”になることで犯人に早く近づこうとする。

 

碧月夜は端正な顔をした長身の女性で、シャーロック・ホームズを真似てチェック模様の英国風スリーピースを着て男装しているミステリオタクで自称「名探偵」。

上記したような作中で語られるミステリウンチク披露は、ほとんどが碧月夜の口から語れるものです。

これだけだと完全にヤバイ人ですが、(ま、最後までヤバイ人なのに間違いはないのですが)自称しているだけでなく「名探偵」なのは間違いのない事実。ちゃんと頭が切れる探偵役として謎に挑みます。

 

最初の殺人を犯しているという、腹に一物ある語り手・一条遊馬が、クセが強いオタク名探偵・碧月夜に自身を“ワトソン役”として売り込むところが面白いところ。

 

口説き落とした方法もですが、ワトソン役として認めてもらった後の二人のやり取りも面白いです。信頼し合っているコンビではなく、“裏”があってのコンビ関係というのが新鮮ですね。

 

遊馬は碧月夜を利用して罪を逃れようとする腹づもりですが、本格ミステリでは「名探偵」はすべての謎、すべての罪人を暴くもの。

 

遊馬の目論見が裏目に出るのは火を見るより明らか。現にあのプロローグだって・・・・・・ですけども、もちろんそれだけでは終わらない仕掛け、どんでん返しが待ち構えている。

 

上記した王道の本格ミステリ要素に加え、倒叙モノとどんでん返しの要素も盛込まれていると。ホント、本格ミステリのテーマパーク”ですね。

 

 

 

 

 

ギリギリ

この物語、仕掛けがとにかく大胆で挑戦的なのですが、そのぶん荒唐無稽なところがあり、人によっては「バカミス」だとも受け取れる代物になっている。

私も読み終わった時は「これは賛否が分かれる作品だろうな」と思いました。人によっては「滑稽だ」「駄作だ」となるだろうなと。

 

確かに、発想としてはミステリファンなら一度は夢想することで作中でも“モロな”ヒントが何度も書かれているので読んでいて「もしや・・・」と、なるのですが、あまりに荒唐無稽なので「いやいや、そんな・・・」と否定してしまうところを・・・なんというか、ねじ伏せてくる真相「ええ!それで正解だったんですか!?」みたいな。

 

私は、一歩の差で「バカミス」にはなっていないと思います。ギリギリではありますが。スレスレの危うさで理論と物語構成によって了承できる“ねじ伏せ”であるかなと。逆にこの荒唐無稽さをよくここまでの物語、本格ミステリとして昇華させたものだと感服しますね。

 

終わり方もスッキリはしないものですし、動機面が陳腐だという文句も出るかと思われるところですが、個人的な印象としては新本格ミステリから江戸川乱歩的活劇に着地した」って感じ。エンタメ100%。いったいどれだけ欲張れば気が済むのか・・・そこがまた感服。

 

やっている事酷いですし、あの終わり方は私も「う~ん・・・ちょっとなぁ・・・」ではあるのですが。

あと、第二の事件での密室トリックがとても見事だと作中で言っていますが、そのトリックは何だか特に見破りやすいような。私はそのトリックだけ概要読んですぐ察しがついた。

 

しかし、この大仕掛けと驚きの真相を知った後も、いや、さらに存分に伝わるのは本格ミステリへの愛の叫び!マニアここに極まれり。ミステリオタク万歳!!な、作品ですね。

 

 

キャラクターがユニークですし、続編が出たら是非とも読みたいですが・・・ストーリー的にどんな風に続けるか予想出来ないですね。このまま終わるのが物語としてはやっぱり綺麗なんじゃないかという気もする。

 

『屍人荘の殺人』や『medium 霊媒探偵城塚翡翠』も映像化されたので、同じような話題作の今作も映画化されるんじゃないかと思うところですが・・・正直、この二作の映像化も微妙でしたからねぇ・・・。

 

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どうも、本格ミステリファンが凄いと思う部分と一般視聴者では齟齬があるといいますか・・・。なかなか難しいようです。

 

今作は近年のミステリ知識、特に綾辻行人作品に関しては必須なところもありますから、映像化するならそこら辺どうにかしないとですね。

でも、ネタ的には映像化不可能といったものではないので、上手くやれば面白い驚きエンタメ映画が出来ると思うんですけど。

 

 

とにかく、近年ミステリファンならかなり愉しめる作品ですので是非。

 

 

 

ではではまた~

『金田一少年の事件簿30th』3巻 “ベタベタ”な「鬼戸・墓獅子伝説殺人事件」開幕!

こんばんは、紫栞です。

今回は金田一少年の事件簿 30th』3巻の感想を少し。

金田一少年の事件簿30th(3) (イブニングコミックス)

 

30周年記念3巻

連載開始30周年を記念して、37歳からふたたび17歳の高校生である金田一一の活躍が描かれる『金田一少年の事件簿30th』の3巻。丸々二冊使っての事件だった八咫烏村殺人事件」

 

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に続いて、今巻は「鬼戸・墓獅子舞殺人事件」という長編が収録されています。

 

 

 

鬼戸・墓獅子伝説殺人事件

あらすじ

金田一一七瀬美雪は、夏休みの課題「日本の伝統文化風習の研究」の取材のため、小学校時代の同級生・星宮つむぎが住む東北の「鬼戸村(おにのへむら)」に記録係として佐木竜二も連れて三人で訪れた。

「鬼戸村」には漆黒の獅子が舞う「墓獅子舞」という何百年も前から伝わる祭事があり、今年は星宮つむぎが墓獅子の役を務めるのだという。

ところが、舞の最中に村の若者が殺害される事件が発生して――。

 

 

※以下、若干のネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ベタ”第2弾

「夏祭り、しきたり、呪い、惨殺・・・。ジャパニーズホラーに溢れた新章が堂々スタート!」と、コミックスの帯に書いてあるように、“金田一少年といえば”な横溝正史風ミステリが展開されております。

前回の「八咫烏村殺人事件」に続き、今回もベッタベタなこの感じ。この30周年記念シリーズは原点回帰で“ジャパニーズホラー”を押し出していくスタイルなのですかね。

 

高校の夏休みの課題研究で東北の村まで行くとはやけに熱心な・・・と、なるところですが、美雪が小学校時代に仲良しだった星宮つむぎに会いに行きがてらってことで。刑事さんもですが、各地方に友人がいる金田一と美雪である。

 

今回は記録係として連れてきた佐木2号もいてのトリオで事件に挑む。記録係を連れての課題研究とはまた豪勢なことですが、佐木2号が一緒にの事件は久しぶりで嬉しい。

 

メタなこというと、佐木2号がいるときは映像記録が重要な証拠になる事件のとき。今回は短時間の間に二つの殺人事件が起きるアリバイトリックと、高い櫓に大男をどうやって吊したのかが謎の提示なので、アリバイトリックの方で客席全体を撮ったビデオ映像が重要になるのだと思われ。

 

第一の事件と第二の事件は墓獅子舞の最中に起こる。椅子に毒針が仕掛けられての殺人と、堂内の音響室で盆の窪にノミを突き刺されての殺人。

 

容疑者たちは五分程度かそれ以下のほんの短い時間しか席を外していないのにどうやったんだ!って話ですが、一つは毒針を椅子に仕込んでのものだし、音響室いって殺すだけなら本格推理の世界では“出来る”認定される気がしますけども。(本格推理の世界においては、犯人は凄腕の殺し屋レベルの早業能力がある)今回は普通に殺して帰ってくるのは不可能な時間ですよという認定で事が進むらしい。

 

地方での事件では毎回恒例の、剣持警部に電話させて地方警察を黙らせる場面あり。途中から金田一の能力を認めて青森県警の桑原さんが協力的になる。

今更ですが、この流れって浅見光彦シリーズの定番のくだりそのままですね。オマージュしてるつもりなのかも知れない。

 

 

客席に座っていた容疑者たちは、五年前に起きた吊り橋が落ちた事故絡みで皆そろいもそろって身内を亡くしていて動機がある。偶然にも事故が起こった瞬間をとらえた写真をGUILTY(有罪)と題したものに入れている記者の宇治木政宗など、気になる人だらけではありますが・・・。

ミステリでは“かぶり物”が出て来るときはそこに仕掛けがあるのがオキマリ。「犯人に襲われた!」と言って平気だった人物が犯人というのもオキマリなので、ミステリのオキマリ的に考えれば星宮つむぎが怪しいということになる・・・被害者である白神流星に協力させて~・・・とかですかね。

 

黒シルエット犯人(?)の描写で、純金の獅子を見て「あの獅子があればなんでも手に入る・・・・・・!!そのためならどんなことでも・・・・・・」と思っている部分があるのですが、容疑者たちは皆身内を亡くしての私怨絡みなので、お金目的の犯行はしそうにないんですよね。それだと、欲しがりそうなのは被害者のうちの誰かだけかなと。金の獅子一回盗んだものの、第三の事件であっさり手放してますし。

 

あとこれは絵柄の問題だとは思いますが、親しかったであろう白神の死体に駆け寄るときのつむぎちゃんの顔がまるっきりこんな→(>_<)で、緊迫感がない。

 

 

第三の事件である、高いところに吊り上げての“空中密室”に関しては、まだどんな方法でやったかは見当もつかないですね。これ、“密室”と命名するのはなんだか違うだろって個人的には思うのですけど・・・。

 

今巻はジッチャンの名にかけて!宣言をしたところで終わっています。この事件もあと丸々一冊使いそうですので、まだまだこれから手掛かりが出て来るのかなと。

 

 

次巻、『金田一少年の事件簿30th』4巻は2023年4月発売予定。37歳の方のシリーズもあるので30周年記念シリーズは何冊までやるのか気になるところですが・・・でもこの事件で終わるってのもなんだか妙ですしねぇ・・・。6巻くらいまではやるのかな?

 

なにはともあれ、次巻も楽しみに待ちたいと思います。

 

 

 

ではではまた~

『書楼弔堂 待宵』シリーズ第三弾!登場人物・あらすじ解説

こんばんは、紫栞です。

今回は京極夏彦さんの『書楼弔堂 待宵(まつよい)』をご紹介。

書楼弔堂 待宵 (集英社文芸単行本)

 

〈探書〉の夕

2023年1月に刊行された『書楼弔堂 待宵』は明治が舞台の〈探書〉物語シリーズの第三弾。「書楼弔堂」という、とんでもなく品揃えが良い本屋に、史実の著名人たちが本を探しに訪れて“その人の人生にふさわしい一冊”に出合っていくという連作短編もの。

 

※このシリーズの概要について、詳しくはこちら↓

 

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このシリーズは朝、昼、夕、夜という構成で書いていくものだそうで、第一弾は夜明けを表す「破曉」、第二弾は真昼を表す「炎昼」、第三弾の今作は夕暮れ前を表す「待宵」

前作の『炎昼』から六年経ってのシリーズ第三弾ですね。もうそんなに経っていたのかって感じですが・・・。

 

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前作の明治三十年代初頭から時が経ち、今作は明治三十年代後半(このシリーズはスタートが五年刻みなのがオキマリとなっています)。「書楼弔堂」という店が舞台で、元僧侶で年齢不詳な弔堂主人と、同じく年齢不詳な美童(シリーズ第一弾からはおよそ10年経っているので、実際は結構な年齢になっているはずですが)丁稚・(しほる)が登場するのは同じですが、このシリーズは本ごとに語り手が変わります。

 

今作の語り手は弔堂に行く坂の途中にある甘酒屋の店主・弥蔵(※本名ではない)という老人。この甘酒屋は前作まで手遊屋だったところで、店の親爺が亡くなって空き家になっていたのを、数年前に弥蔵が地所ごと買い取って甘酒屋を始めたとのこと。

弥蔵は商売っ気のない無愛想な老人なのですが、幕末の動乱を生きた元侍で、なにやら色々と訳ありな様子。

 

他にレギュラーキャラクターとして、弥蔵の店の常連客で職を探してぶらぶらしている三十前の若造・利吉が出て来ます。

無愛想で粗野な弥蔵と、調子外れの粗忽者である利吉とのやり取りが読んでいて楽しいですね。

 

各物語の序盤に弥蔵と利吉のやり取りがあり、中盤に弔堂の客である著名人が登場、道案内がてらに弥蔵と著名人が弔堂を訪れるというのが一連の流れとなっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各話・解説

 

『書楼弔堂 待宵』は六編収録。

以下、各編に登場する史実の著名人たちについて紹介しますが、「どの著名人か?」を予想するのもこの物語の楽しみの一つとなっていますので、ネタバレをくらいたくない人はご注意下さい。

 

 

 

●探書拾参 史乗(しじょう)

 

探書の客は徳富蘇峰

日本の歴史を書き記した『近世日本國民史』を書いたことで知られる思想家で、歴史家で、評論家で、ジャーナリスト。小説家の徳冨蘆花は実の弟。

作中の明治三十年代後半は日本が戦争に傾いていた時代。徳富蘇峰は平民主義から国家膨張主義となり、反戦主義から好戦派に転じたとみられて世間から批判されていました。

 

弥蔵の店に「徳富蘇峰鰻屋で目撃した、弔堂に行きたいと話していたから道を尋ねに此処に立ち寄るはずだ」と、オエライさんに媚び売っときたい魂胆の利吉が報せに(待ち伏せに)来る。はたして、予想の通りに徳富蘇峰が甘酒屋に来店。利吉の媚び売りは上手くいかなかったものの、弥蔵は徳富蘇峰と二人で弔堂を訪れることに。徳富蘇峰露西亜の祖国戦争の資料が欲しいと云うが――ってなお話。

 

本人は元々の考えを変えた訳ではないと云いますが、状態としては弥蔵や弔堂が云うように「いきなり意見を変えた」と世間に批判されも致し方ないよなといった感じ。色々反問しますが、その実もっとも気がかりなのは自身の主張で弟と仲違いしてしまったことだろうと弔堂主人に見透かされる。

 

 

 

●探書拾肆 統御(とうぎょ)

 

探書の客は岡本綺堂

和製シャーロック・ホームズとも謳われる連作小説『半七捕物帳』で知られる小説家で、新歌舞伎の台本や怪談話なども多く手掛けました。

 

弥蔵の店にどうも様子のおかしい男が来店。聞くと、男は何者かに後をつけられているようだと云う。下手くそな尾行をしているのが利吉だと知った弥蔵は、利吉を捕まえて男を逃がす。

利吉が云うには、先ほどまで一緒に鰻を食べていた岡本敬二(岡本綺堂)が「あの男は殺人犯かも知れない」と推測を述べたので、確かめるために探偵していたのだという。見失ったと報告にいった利吉と入れ違いに、今度は岡本が弥蔵の店に来店。利吉から聞いた書舗に行ってみたいと云うので、弥蔵が弔堂まで案内をすることに――ってなお話。

 

最初に出て来る様子のおかしい男は明治三十五年三月に起こった「臀肉切り取り事件」の犯人と目された野口男三郎。シャーロック・ホームズ的な観察眼で岡本綺堂が推理するのが洒落ている。『臀肉切り取り事件』は【百鬼夜行シリーズ】の『狂骨の夢』でも少し触れられていた事件ですね。

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病の治療に人肉が効くという俗信を真に受けての犯行というもの。

 

この時の岡本綺堂は始めて台本を手掛けた新歌舞伎の評判が芳しくなく、父親の容態も悪くって気落ちしているところです。

 

 

 

●探書拾伍 滑稽(こっけい)

 

登場するのは宮武外骨

新聞記者で、編集者で、著作家で、新聞史研究家で、風俗史研究家。頓智を利かせた滑稽をモットーとする(?)反骨の操觚者で、不敬罪などで何度も摘発されたり投獄されたりしても挫けずに活動を続けた人物。

 

いつものごとく店に暇潰しに来た利吉と駄弁っていた弥蔵。外では激しい雨が降り、雨宿りさせてくれと荷物を抱えた男・宮武外骨が来店する。聞くと、宮武は金策のために遠路はるばる弔堂に本を売りに来たのだと云う。雨が上がり、弥蔵は荷物運びを手伝いがてら弔堂まで宮武と向かうことに――ってなお話。

 

今回は探書の客ではなく、本を売りに来たという今までにない変化球なパターンで宮武外骨が登場するのが若干の驚きポイント。字が書いてあるものなら何でも買うという弔堂主人の根性は、字が書かれているものなら箸袋もとっておくという中禅寺の困った癖を想起させる。

 

 

 

●探書拾陸 幽冥(ゆうめい)

 

探書の客は竹久夢二

美人画で有名な画家で詩人。浮世絵・日本画の技法を使う作風で、今でも絵やデザインなど人気があってグッズも数多いので、日本人ならほぼほぼ知っているだろう画家ですね。

 

思いついて朝に湯屋にやって来た弥蔵。湯船に浸かっていたらば、利吉と遭遇。ああだこうだと湯屋について二人で駄弁っていたところ、外で反戦のビラ貼りをしていた若い書生が湯屋の張り紙に描かれた絵を見て放心しているのが目についた。その絵についてこれまた三人で管を巻いていたところ、弔堂の丁稚である撓が当て逃げされて怪我する場面に行き合う。撓が客に届ける予定だった本は利吉が届けることとなり、弥蔵と若い書生・竹久は撓を介抱して弔堂までおぶって送り届けることに――ってなお話。

 

この竹久が後の夢二なのですが、この時はまだ十八の若造で将来の進路も決めかねて悩んでいる。夢二といえば恋多き男性として知られていますが、この時はまだ若造だからか恋や女性の話は出て来ないですね。

夢二の進路話とは別に、作中で語られている湯屋の遍歴話も興味深いです。

 

 

 

●探書拾漆 予兆(よちょう)

 

探書の客は寺田寅彦

地球物理学、X線などの先駆的な研究で世界的に認められて一躍名を上げた物理学者で、夏目漱石の門人として俳句や随筆なども書き、それぞれ高い評価を得たのだとか。

 

観光だと利吉に連れ出された弥蔵。利吉は最近流行のミルクホールに連れて行くつもりだったらしいが道に迷い、歩き続けて神楽坂の茶屋で一休みすることに。すると、弥蔵は過去に見た覚えのある老人が歩き去るのを目撃し、思わずその老人と先刻話していた若い男・寺田に声をかける。寺田は弔堂の常連客で、甘酒屋に立ち寄ったこともあって弥蔵の顔を知っていた。

聞くと、かの老人はある本の元になった友人が記した日記を探していたらしく、寺田は謎解き心をくすぐられて自分も探してみると約束したらしい。元になった本を探しにこれから弔堂に行くつもりだという寺田と共に、弥蔵は店に帰ることに。寺田と道中話すうち、弥蔵もつい弔堂へと一緒に足を向けてしまうが――ってなお話。

 

弥蔵を店の外に連れ出しているのが、やっぱり利吉は弥蔵のことを親類縁者のように気にかけているのだな~とホッコリする。

作中で金平糖の実験をしてみようと思っていると寺田が語る場面があるのですが、実際に寺田寅彦金平糖の実験をしたらしい。

このお話で出て来た老人の正体は弔堂によって明らかにされる。次の「改良」でもこの老人は大いに関わってきます。

 

 

 

●探書拾捌 改良(かいりょう)

 

朝、起き抜けに身体の左側に痺れを感じた弥蔵は、愈々身体がいけなくなったかと死に想いを馳せる。店を訪れた利吉はいたく心配し、世を拗ねたことばかり云う弥蔵を諭して「この店を自分に手伝わせてくれないか」といいだす。

そんな中、弥蔵に用があると客が現われる。その客は数日前に神楽坂で見かけた、寺田が弔堂との仲介をした老人だった。老人は弔堂に探してもらった本を受けとりに来たのだが、寺田からの手紙に「弔堂の場所は説明することが難しいので、近在で甘酒屋を営む弥蔵様にお尋ねするように」と書かれていたので訪ねたのだという。

具合が悪いながらも弥蔵は弔堂までの道案内を承諾するが――ってなお話。

 

一応弔堂に本を買いに来る客はその老人ではあるのですが、この話のメインは語り手の弥蔵。ずっと匂わせ続けていた弥蔵の過去が遂にすべて明らかに――!ってな訳ですね。

 

前半部分の利吉が弥蔵を諭す場面がなにやら凄く良い。じんわりと感動する。弥蔵に利吉がいてくれて良かったなぁ。本当に。

前作、前々作の語り手とは違い、弥蔵は「本」を読みたいなどとはまったく考えていない人物。ま、そんな心の余裕がないように自身で思い込んでいたようなものなのですが。何の本を買わせるかは作者の京極さんも悩んだらしいのですが、結果このようになったとのこと。“知ったことではない”で終わっていますけど、なにやら感慨深いシメとなっています。

 

 

 

 

以下、若干のネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒトごろし』との繋がり

京極夏彦作品はそれぞれに他作とリンクするように書かれるのが特徴なのですが、今作の『書楼弔堂 待宵』は『ヒトごろし』と繋がっています。

 

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『ヒトごろし』は新選組副長・土方歳三が主役の物語で、新選組を中心に幕末の動乱が描かれているのですが、今作の語り手である弥蔵は元侍で、その幕末の動乱期に人斬りをしていた。その際に新選組とも関わったとのこと。

ま、『ヒトごろし』では名もなき端役なんですけれども。実はかなり重要な局面を担った端役なのが最後の「改良」で明らかにされる。

 

『ヒトごろし』では坂本龍馬暗殺の黒幕に関しては「おそらくそうだろう」的ニュアンスで断言はされてなかったのですが、今作で裏づけがされている。坂本龍馬暗殺の黒幕については様々な説があって今でもわからずじまいですが、京極小説世界では“そういうこと”だよと。

 

新選組の人間で明治三十五年にまだ存命な有名どころといえば斎藤一永倉新八。「予兆」で登場する「友人の日記を探している」老人が斎藤一で、その“友人”というのが永倉新八

永倉新八はこの頃北海道に居たので名前だけの登場ですが、斎藤一は最終話の「改良」でガッツリと登場。弥蔵と斎藤一、元侍同士で人を斬った過去について語り合っています。

 

斎藤一は『ヒトごろし』でも心根はぶれないのだけれども臨機応変(?)で精神面が安定している人物的に描かれていましたが、今作でもまた、悔いてはいるけれども過去と折り合いを付けている安定した人物像になっています。過去に囚われて世捨て人として生きる弥蔵とは対照的。

 

 

 

 

 

人殺しの記憶

今作の語り手の弥蔵、端的に言うと“甘酒屋をやっている元人斬りのハードボイルド爺さん”で、設定だけ聞くとなにやら愉快な感じが漂うのですけどもそんなことはなく、ガッチガッチに過去の罪に囚われまくって世を拗ねている爺さんなんですね。

三十五年前に散々人を斬ったのにお咎めなしで生きながらえていることに罪悪感を抱いていて、未だ死なないのは罰で、医者に掛かれる身じゃないし、上等な暮らしなんてするべきじゃない・・・と、頑なに思っている頑固者。

 

今作に収録されている六編はどれも弔堂での場面が少なめ。各話のゲストたちは皆、弔堂に行く前の段階、弥蔵と話す中で今の自身にとっての答えをほぼ掴んでいる。年の功なのか、殺か殺られるかという緊迫した世を生きた経験値からなのか、弔堂主人ばりにカウンセラー能力を発揮していのですけども、弥蔵が各話ゲストに問うていることは実は弥蔵が己に問うていることなのですよね。

 

この【書楼弔堂シリーズ】は“成長しない”がモットーなのですが、今作での語り手・弥蔵は様々な客と出会い、弔堂の話を横で聞いていくなかで少しずつがんじがらめになっている頑なさが解れていく。

 

文明開化なんて自分には関係ないと明治の世を突っぱねて前を向くことを拒む頑固爺さんだったものの、他人である利吉が本気で心配している姿を目の当たりにし、弔堂に「人殺しの記憶で蓋をしてしまった、懐かしく愛おしいものを見詰め直せ」と云われて、今生きている明治の世に目を向ける。

 

最後は弥蔵の本名が堀田十郎というのだということが明かされて終わっています。最後の最後で語り手のフルネームが明かされるのは前作、前々作同様ですね。

 

 

 

次で最後!

女性の立場について描かれていた前作とは打って変わり、今作での登場人物は男性のみです。

頑固爺さんが語り手なのと、話に絡められるこの時代の女性の著名人を見つけられなくって男性のみになってしまったのだとか。確かに明治三十五年で限定されると厳しいのですかね。

男のみの物語ですけど、私は弥蔵の語り好きですよ。利吉も愛おしいキャラクターで、やり取りが楽しかったし感動しました。老人と若造のコンビって良いですよねぇ。

 

身のこなしで二本差しだったかどうかが解るハードボイルド爺さんの弥蔵は、弔堂主人が元二本差しの者なのではと疑っていましたが・・・ど、どうなのでしょう?元僧侶という経歴は嘘だとは思えないのですが・・・気になりますね。

 

次はシリーズ最終作、〈探書〉の夜が描かれるはず。今作が前作から六年空いての刊行だったのでいつになることやらですけども、京極さんの他シリーズ同様、愉しみに待ちたいと思います。

 

 

 

 

ではではまた~